Tentacle Night

「殺してやる。あの化け物共を鏖にしてやる」

 銃を手にした女が物騒な言葉を呟き、うろうろと飢えた熊のように歩き回る。締め切られた室内には湿気がこもり、むっと蒸し返っていた。空調は止まり、照明は落ち、天井に向って立てられた懐中電灯の反射光だけが、薄闇に閉ざされた部屋の様子を、朧に浮ばせている。

 濡羽珠の黒髪と、象牙のような白い肌。袖無しの軍用胴着から剥き出した二の腕は、鎌を持った死神の刺青で飾られている。不吉な佇まいは恰も、触れただけで斬れる鋭利なナイフのよう。歯軋りに歪む容貌はまだ子供っぽさを残し、どうやら20歳を過ぎてはいないと見えたが、弾帯を掛けた肩は、歴戦の古兵と劣らぬ程濃い血の匂いを染み付かせている。

「喋らない方が良いですよ、軍曹殿、酸素の無駄になる」

 いきり立つ背中に、抑揚の無い台詞が投げかけられる。若い女下士官は振向くと、憎々しげに声の主を睨みつけた。食いつかんばかりの勢いに、相手は軽く肩を竦め、斜めに担っていた自動小銃をまっすぐ抱え直す。

 部屋の隅、通風孔の真下に二人目の人物が蹲っていた。此方は石炭のような黒い肌、茨草の如く縮れた髪に、広い額と厚い唇。はっきりアフロ系と知れる特徴に加え、目にはチンピラめいたサングラスを掛けている。

 尤も、彼の落ち着き払った態度には、さして凄みは伴っていない。頬は丸みを帯び、鼻は小さく、今にもグラスをずり落としそうだ。細い体格は規格の合わない軍服に埋まりそうで、背と同じ丈の武器を肩掛けた姿は性質の悪い冗談に見えた。本来はとても兵役につける年ではない。

 襟や脇から薫る汗の匂いは、この密室に着く迄にかなりの恐怖と興奮を味わった証だろう。色硝子の奥から油断の無い視線が、外へと繋がる扉を監視している。

 軍曹と呼ばれた女は、舌打ちして少年の方ににじり寄る。胸に蟠る怒りの矛先を誰かに向けたくてうずうずしているらしい。引き攣った口元に覗く犬歯は、凶暴な山猫そのものだ。

「ファック!てめぇは隊の仲間が訳の解らねぇ化け物に殺られて、何で三日経った犬の糞みたいな面していられんだ?あ?」

「腹は立ちますよ。でも怒鳴れば部屋の酸素が減る。下手すればあの生き物に気付かれる。ここで死んだら元も子も無い。そうでしょう」

 よく通るアルトが、畳み掛けるように反論する。年の離れた姉弟の喧嘩みたいに、人種の違う二つの顔がぶつかり合う。年嵩の方は柳眉を軽く上げ、小馬鹿にしたような表情を作って、それからさっとサングラスを奪い取った。

「レイバンかよ。俺の半分も生きてねぇジャリが…イニシャルまで入ってら、J・J…ママからのプレゼントか?」

 少年は慌てて取り返そうと手を泳がせる。つぶらな瞳が露になると、もう兵士というより赤ん坊向けの抱き人形だった。女はからかいの笑いを浮かべながら、身をもぎ離し、戦利品を自分の顔に掛けてしまう。

「サンソのムダです、グンソードノ、ってか。バーカ。ガキが一丁前の口利くんじゃねぇ」

「子供扱いしないで下さい。ガニメデの時は、ゾブロフスキー隊長と三人で、敵の包囲を破ったじゃないですか!」

 そこまで言って、はっとした少年は口を噤んだ。相手の表情は強張り、怒りに変って悔恨と苦痛が張り詰める。言葉が途切れた静寂に、吐息だけが重なる。

「だが今度は中国人相手とは状況が違う。もうゾブロフスキーの旦那も、爆弾屋のエディも、人斬りムラサメもいねぇ。俺達しか残ってねぇ。合衆国宇宙軍一の『死神小隊』もお仕舞いだな」

 喪った仲間を数える陰鬱な声を、少年は遮るようにして首を振る。

「まだです。まだ死の女神カーリーレイラ・ディキスン軍曹が居る」

 長髪に隠れた女の唇がにっと三日月を描き、手袋を嵌めた指がサングラスを外すと、元あった場所に掛け直してやった。手はちょっと離れてから、また伸びて、くしゃくしゃっと年下の戦友の癖毛を撫でる。

「それと、クールなサングラスのJ・J伍長もな。解ってるさ、お前がチビでも立派な兵士だってのは。俺だって昔は特殊才能育成法のお世話になったんだ…だけどな…」

 死の女神カーリーレイラの背に初めて、優しい、とでも言ったような気配が降りた。そっとJ・J少年の肩に手を回し、驚きで固まった首筋にふっと息を吹き付ける。

「…まぁいいや…そうだ、な、生きてここから帰れたら男にしてやろっか?」

「え?」

「屁の匂い嗅いだような面すんなって。な?生きて帰ったら、キモチーこと教えてヤる。だから、もーさっきみてーな声出すな…」

 やっと何を申し出られているかが解って、瑞々しい黒檀の肌が火照り出す。小さな伍長はすっかり縮こまると、落ち着かなげに見下ろす長身の軍曹に向って、こくんと承諾の合図をした。ぱっとレイラの美貌が喜びに華やぐ。

「アハッ、よっし、もう撤回なんて認めねー。帰ったらマリファナキメてやりまくってやる…っと…」

 目に見えない、耳にも聞こえない予兆が、睦言の時間を唐突に終らせる。二人は頷き合うと、互いから離れ、素早く姿勢を建て直す。まずJ・Jがサングラスの縁を懐中電灯の明りに光らせつつ、銃を通風口に向けた。

「上です。振動からして、250kg前後…あいつです」

「くそ…くそったれのミミズ野郎。人間様に盾突いた報いを受けさせてやる」

 歯をかちかち鳴らしながら、しなやかな女戦士の肢体が襲撃に備え、撓む。すると嘲罵に応えるように、頭上を通る通風管の中で、何かが重く這いずる音を立て始めた。少年兵の華奢な掌が懐中電灯を掴んで、通風孔の格子戸へ向ける。

 そこには既に、緑色の肉の索が絡まり縺れて、ぎっちりと詰っていた。まるで詰め物をしすぎた料理みたいに、四角い通風管が円筒形に膨らんでいる。あまりの質量に外の捻子や鋲がひしり、甲高い悲鳴を上げてねじけ、外れていく様がありありと見て取れた。

「シット!どいてろJ・J」

 赤外線照準が格子戸の中心を射抜く。軍曹の肩が盛り上り、正確無比な連射で、金属の覆いごと奥にいる化け物を引き裂いた。

「ミンチにしてやるよ!」

 銃火を操る叫びには破壊の快感が滲んでいる。一方、相棒の少年は、同じく銃を構えながらも用心深い態度を崩さない。ようやく弾丸の霰が止まると、通風孔は緑色の液体をボタボタ滴らせ、潰れた肉塊で塞がれていた。勝ち誇った表情で、射撃手が銃を降ろす。

「…ケッ、バーガーキングにゃ、1山5セントでも売れねぇな…マックになら売れるか?」

「どっちにしろ生焼けは勘弁ですよ軍曹。そいつは生命力が強いんだ。エディも片付けたと思った奴に食われた、迂闊に近付いちゃいけません」

「気楽にやれよ。こいつはもうおしまいだ、見てろ」

 さらに何発かが動かない的に撃ち込まれる。レイラはにやりと唇の端を歪めて歩み寄り、熱くなった銃口の先で、滑った肉を突付いた。

「宇宙船内で使う低跳弾弾頭でも、ピンポイントに撃ち込めば弾丸同士がぶつかってこの通りだ。覚えとけ、士官採用試験にゃでねぇけどな」

 J・Jは上官の得意げな台詞を聞き流しつつ、強張った笑みを浮かべていたが、刹那、彼女の傍らで、蜂の巣になった塊が微かに蠢くのを認め、さっと顔色を翳らせると、懐中電灯を激しく横に振って離れるよう促した。

「駄目です!そいつは死んだふりをしてる!」

「はぁ?この腐ったヌードルにそんな知恵が…」

 最後まで言い終える前に、さっと緑の鞭が下士官の引き締まった脚に絡みついた。犠牲者が引金を引く前に、痛んだ通風管の継目から無数の触手が飛び出して、手を、首を、腰を、異常な速さで束縛していく。

「軍曹!!!」

 少年兵は即座に小銃を投棄て、救出に向った。化け物の動きに劣らぬ機敏さで左胸と左腰に吊った軍用短刀を抜き、竜巻の様に両手を振るって触手を切り刻んでいく。

 人間離れした反射速度は、束の間敵を躊躇わせたようだった。レイラの喉を締め付ける一本が、僅かに弛緩し、呼吸を封じられていた肺は白い蒸気を吐き出す。と、血の気の失せた唇が共に警告の叫びを迸らせた。

「だめだ!J・J、逃げろ!お前にゃ無理だ!」

 だが特殊才能育成法で生み出された戦闘の天才ファイトナチュラルは、制止に耳を貸すどころか、益々勢いを増して、ねじれのたうつ無数の標的へ、斬撃を加える。余りの勢いに壁に体液が跳ね飛び、寸断された緑色のソーセージが床に転がった。

 触手は、戦局に利有らずと感じたのか、いきなりレイラの胴着を真下に引き破り、露になった乳房ごと、黒い竜巻と化したJ・Jの方へ投げ付けた。彼女を刃に懸けまいと、思わず少年の手が止まる。

 好機を逃さず、肉の紐はこの活きの良い獲物を取り囲むと、忽ちの内に、ほっそりした手首を締め上げ、危険な武器を叩き落してしまった。咄嗟の割に、人間の心理を利用した実に狡猾な作戦だった。憤怒と無力感に苛まれ、レイラは顔に捲き付く触手に噛付こうとした。

「汚ぇぞこのクソバケモンが!俺たちを楽に食えると思うな、テメェなんざ…がああっ!」

 触手は抵抗を封じる為、喚く獲物の脇腹を締め上げると、残りの布も剥ぎ取り始める。

「離せ!!その人を離せぇ!」

 武器を失った少年兵は丸腰のまま暴れ、非力な腕で、眼前で行なわれる狼藉を止めようとした。だが化け物は上官を離すどころか、今度は彼自身の纏うだぶだぶの軍服を掴んで、チャックごと抉じ開けた。漆黒の素肌と、白いタンクトップ、ブリーフが剥き出しになる。

「J・J…ちくしょう…止めろ…」

 内臓を圧迫されて泡を吹きながら、抵抗の手段を探した。幼い仲間が貪り食われるのを目の当りにするのは耐えられなかった。だが弱々しくもがく内にも、ズボンをずり降ろされ、脂汗の浮いた太腿を触手達に這い回られる。

 焦る人間達を尻目に、相手はすぐに捕食を始めようとはしなかった。むしろ丁寧と言っても良いような繊細さで大小二つの肢体を扱い、突付いたり擽ったりといった巧みな慰撫を交えながら、訓練された兵士の筋肉を隅々まで揉み解していく。丁度硬すぎる食材を柔らかくするような按配である。

 おまけに、触手は所々磯巾着のような繊毛を生やしており、白い肌と、黒い肌の其々に粘液を塗し、丹念に丹念に舐めしゃぶるのだった。毛穴一つ一つから垢や角質を穿り出し、代りに甘い匂いのする汁を刷り込む。料理の下拵えという訳か。怖気を奮いながらも、レイラは四肢から力が抜けてしまうのを感じた。J・Jも同様らしく、喘ぎながら、だらんと触手に吊り上げられる格好になっている。囚われの男女は、困惑したまま顔を見合わせた。

「軍曹…こいつら…捕食が目的じゃない…」

「何だと?」

 最悪の事態を回避できるかもしれない。僅かな希望が軍曹の脳裏を過った。少年兵は打ち消すように震える吐息をつく。

「…繁殖するつもりです…以前見た軍の資料では、実験動物の雌羊を捕獲して…その腹を使って…産卵を…あっ…」

 触手がブリーフを引きずり降ろし、滑らかな股間を蠢く。あどけない面差しが生理的嫌悪に強張り、からんとサングラスが床へ落ちた。潤んだ双眸は、恐懼に見開かれたまま、年嵩の戦友を向く。してやれる事が無い。彼女は不甲斐なさで吐きそうになりながら、無理に冷静さを保った口調で質問を続けた。

「蜂みたいに卵を産み付けて、俺達の肉をガキの餌にしようってのか?」

「…いえ…孵卵器に改造するんです。幼生の好物になる分泌物を出す、生きた餌袋に…」

 レイラの尻の谷間に、太目の触手が押し付けられた。下着の上からびちゃびちゃと濡れたものを押し付け、不規則なリズムで擦り上げて来る。脚の自由が利くなら蹴り飛ばしてやりたいが、理性はどちらにしろ無駄だと告げていた。もう筋肉に力が入らない。それでも舌だけで、状況を楽観的に取れるような言葉を捻り出そうとした。

「じゃぁ死にゃしないん…だな?このまま…耐えてりゃ…助けが…」

「…ええ、羊は実験室で何年も生き延びたそうです…しかも衰弱するどころか…老化もさえせず…」

 だからこそ大統領府ホワイトハウスは、この奇妙な生物の輸送をレイラ達宇宙軍に命じたのだ。人類の夢、不老不死を解く鍵を持つ生き物を、特殊部隊の厳重な警護の元、秘密裡に地球まで運ぶように。

 だがJ・Jは話の最後を省略した。実験動物の雌羊はホルモン異常を起こし、母乳と腺液、腸液等を垂れ流しながら、触手からの絶えざる栄養補給抜きで生きられなくなっていた。外見は元のままでも、代謝機能は触手生物の付属器官に成り果てていたという。レイラは持ち前の勘の鋭さで、連れの表情から大体の所を掴んだが、尚も空元気の笑顔を作って鼻を鳴らした。

「大丈夫だって、俺は死の女神カーリーだぜ?こんなスパゲッティ野郎に何されようが負けねぇ…」

 痩せ我慢もそこまでだった。触手が下着を咀嚼し尽くし、奥の黒い茂みに到達したのだ。秘部を覆う和毛を障害物と判断したのか、次々に根元から引き抜いていく。後孔の周りも同じ処遇を受けていた。ぶちぶちと遠慮の無い暴行の音に、苦痛の絶叫が入り混じる。

「ギィィィッ!!ガハァッ!くそが!くそがァァッ!!ウギィッ」

「軍曹ッ…ヒッ!?」

 J・Jの股間に下がる細い幹へ、別の一本が絡みつき、尖端をちろちろと擽っている。

「なっ…そんな…」

 触手は汁気の多そうな獲物の片割れを放って置かなかった。未発達の亀頭を覆う薄皮に繊毛が入り込み、恥垢をこそげ取ると、閉じた尿道の中に入り込んでいく。本来出す為だけにある器官へ侵入を受け、少年は半狂乱になって腰を揺すった。

「ヒィッ…ヒァァッガァッ!嘘だぁ…嘘だ…入る訳…フギィッ!」

 残りの触手が黒い双臀を左右に引っ張り、芯でひくつく蕾を軽く抉る。一方レイラは両胸を好き勝手に捏ね回されながら、既に少年と同じ無毛になった陰部を大きく広げられていた。

「止めろぉ!J・Jは女じゃネェ、相手は俺がしてやる!手出すんじゃ…」

 勿論人間の言葉など通じはしない。解っていても彼女は、気丈にタンカを切った。だが触手はせせら笑うように膚を這い登り、硬い乳房の尖端に辿り付くと、繊毛を錐の如く尖らせ、乳腺に埋め込んでいく。

「グアアアアアッ!!ああああ!胸が、胸がァッ!」

「キャヒィィッッ、そこ無理、無理だよぉっ」

 J・Jの陰茎に入り込んだ繊毛は、精嚢まで辿り付くと、微細に枝分かれして根を張り、太さを増し始めた。レイラの胸の内部にも同様の、異常な組織が発達している。更に触手は次々と、膨らまされた乳房の周りや、少年の丸みを帯びた腰へ吸い付き、尖端が蛭そっくりの口吻を開くと、血を吸い始めた。

 緑の導管が仄かな赤に染まり、丸い瘤が内側を通り抜けていく。失った血液の代りに媚薬や弛緩剤など、様々な化学物質を含んだ液体が、動脈や精脈の区別もつけず、流し込まれていく。輸血、否輸液は、全く同量が同時に行なわれる為、体格の格段に小さいJ・Jは、早くも血液の五分の一近くを取り替えられてしまった。

 触手の一本が、試すように痩せた腹を殴りつける。衝撃で仔鹿のような背が反り返り、強制的に開かされた菊座から、どろっと排泄物が零れ落ちた。触手はそれに群がり、あっという間に食い尽くしてしまう。

「あ…は…食べてる…僕の…出したもの…」

 焦点の合わない目で、少年兵は薄笑いを浮かべた。レイラは胸の圧迫感とむず痒さにおかしくなりながら、歯を食い縛って、彼を正気に戻そうと名を呼んだ。

「ジム・ジェファーソン伍長!しっかりしやがれ!」

 刹那、J・Jは我へ返ったようだった。だが、またどすんどすんと腹を撲打され、度毎に汚物が床に落ちると、やがて瞳はまた理性を喪い、苦痛を快感に変える神経の働きに溺れていった。

「あはっ…僕のお腹撲って、うんち出させてる…あは、あははは…」

 恍惚としたアルトの嬌声に、頃は良しと、触手は寛いだ後孔へよじ入り、直接内部の老廃物を貪り始める。レイラは絶望に打ち拉がれて、視線を逸らした。もっとも触手は直、彼女の両孔をも犯し始め、置かれた立場を思い出させたが。

「ブグッ!…ア、アアアガァアアッ!」

 膣と直腸に鉄塊を捻じ込まれたようだった。括約筋と秘裂が、共に破れて使い物にならなくなるのではないかと恐怖が駆け抜ける。触手は最初から彼女の受け入れられる限りの直径を用意したのだろう。脳の奥で火花が散り、四肢は激しい痙攣の余り不様な蛸踊りを踊った。

「太ぉい、太いよぉっ!中で食べてる!うんち食べてるよぉっ!」

 耳元で、正気を失ったJ・Jの喘ぎが聞こえる。軍曹は泣き出したかった。たった今愛を誓った筈の年端も行かない戦友が、女の自分そっくりの方法で陵辱され、淫らに鳴いている。

 同じように直腸を押し広げられ、同じようにおかしな薬を打たれ、化け物に犯されながら、粘液に塗れている。そう思うと、なぜか急に子宮が熱くなり、手足の指が空を掴んで戦慄く。媚薬の効果を認めまいとして歯を食い縛る彼女の欲情を、しかし触手は聡く嗅ぎ取り、針状の繊毛を陰核へ突き刺した。

「かはっ!あう"…ぅっ」

 失禁。下士官は凛々しい太眉で八の字を描くと、爛れた呻きと一緒に、大量の水分を金属の床へ解き放つ。触手達は塩っぽい液体を美酒の如く啜り、残りを求め小陰唇に入ってきた。

「おごぉおっ!あがぁっ!そこは違ぇ…ィ゛ッ!!」

 臓腑で蠢く触手達が、大腸に到達し、尚も押し上がってくる。内側と外側から分泌される催淫成分の性で、何も考えられなくなってきた。乳房は痛いほど張り詰め、ゴム鞠の様に柔らかくなって滅茶苦茶に揺れる。

「もう入らないよ、出させて、出させてよぉっ」

 快楽で曇った瞳に、むずがるように首を振る黒人少年が映った。淫液を注がれすぎて陰嚢が膨らみ、肉棒は血管が浮いている。すっかり幼児退行した彼の、舌足らずの要求に応えて、触手は吸引を開始した。

「はひぃっ!吸ってる!吸われっ」 

 後は口も利けない程の快感なのか、頤を外して涎を垂らすだけだ。一通り精が抜き取られると、再び液体の注入が始まる。J・Jはビクビクと過剰に反応しながら、何十本と無く触手を咥え込んだ括約筋を収縮させ、うっとりと宙を仰いだ。終りのない射精、全ての牡にとって究極の快感であり、究極の地獄。

 其処に居るのは、もうレイラが知っているクールなジェファーソン伍長でも、恥かしがりやのJ・Jでもない。化け物の好み通り哭き、よがり、狂う、淫乱極まりない少年娼婦の姿だった。

「J…J…」

 せめて、抱いてやりたい。目の前で触れもしないまま、彼が壊れていくのは嫌だった。風船のように膨らみ、今にも破裂しそうな乳房を、いつの間にか自分の手で揉みながら、女は切なさで啜り泣いた。

「抱かせろ、抱かせろよぉ…俺にも…」

 不意に、触手が動きを変え、大小の裸身を寄添わせる。期せずして願いが叶い、レイラの背骨を電流のような喜悦が通り抜けた。思わず触手達を見回すと、彼等はぐいとJ・Jの両脚を広げ、促すように彼女へ押し付ける。

「「はっ♪」」

 皮膚が触れ合うと、それだけで気絶しそうな衝撃が、双方へ伝わる。敏感になった二人の神経は僅かな摩擦だけでも異常な量の快楽信号を伝えた。真珠の肌をした長躯が、黒玉の肌をした矮躯を抱き締め、貪欲に刺激を求める。美しい獣同士は絡み合い、可能な限り多くの面積を密着させてくねった。

 左右の胸を犯していた触手が抜け、秘裂を嬲っていた触手も愛液を飛び散らせながら退く。解放された乳首から勢い良くミルクが溢れ、J・Jの艶やかな肩に染みを作った。だが、新陳代謝を作り変えられた軍曹は、もう怒りや憎しみを持つのを止めていた。代りに乳房を持ち上げ、指の刺激だけで意識を飛ばしそうになりながら、何とか喘ぐ少年の口元に押し当てる。

「…くは…はは…ミルク出るようになっちまった…J…ジミー…飲んでくれよ?」

 少年は素直に口に含み、喉を鳴らして嚥下していく。恐らく、媚薬の効果もあるのだろうが、ただでさえ上気した頬が、更に色を増している。

 片方だけ解放するのは不公平という訳なのか、精嚢がぱんぱんになった伍長の性器からも触手が外れる。たちまち濃い白濁液が射出され、レイラの鍛えぬかれた下腹へ飛び散った。熱いシャワーのようにそれを浴びながら、軍曹は困ったように眉を潜める。

「こら…ジミー、行儀、悪いぞ、綺麗にしろよ」

 乳首を含ませていた口を、今度は六つに割れた腹筋へ押し付け、出したものの後始末をさせる。命令に従う少年の拙い舌使いにぞくぞくしながら、女は指で秘裂を広げた。この子が欲しい。それだけだった。もう他はどうでもいい。

「へへ…お前が入隊した時から…こうやってペットにすんの夢だった…予定が狂っちまったけど…そろそろ、本番…な?」

 とろんとした表情で、上目遣いに顔を擡げたJ・Jを、優しく導く。ずるっと、勃ったままの淫具は抵抗もなく入ってしまう。レイラはちょっと寂しそうに笑ってから、緊く締め付けてやる。

「ハヒィッ!ア゛ァ゛アッ…」

「気持いーか?ちっと…ヤラれ過ぎでガバガバになってけどな…俺は、キモチーぜ、ジミー…」

「あ、あぁ、レイラ、レイラぁ…」

 ぎゅっと華奢な肩甲骨を抱いて、女は睫の泪を払った。唯一残った肛門の触手が二人の結合に反応して激しくのたうち始める。動いて快感を貪ることを半ば強制されながら、それでも彼女は自らの意思で少年を高みへ連れて行こうとした。

「やっとファーストネームだけで呼んでくれたな…あは、な、ジム。気持イーだろ?俺もお前も化け物にヤられてんじゃない…二人でメークラブしてんだ…他はカスだ。それだけ考えてろ」

「レイラ、レイラぁ…」

「何だよ。相手が俺みたいなガサツな女じゃ嫌ってか?悪いな…ペース上げるぜ?」

「やぁっ…」

 二人の内側を侵す触手は、とっくに胃を抉じ開けて食道まで達していた。だが死の女神カーリーは超人的な努力で愛の舞を舞う。乳房を纏めて押し上げ、幼い恋人の目を楽しませるように差し出し、悪戯っぽく片目を瞑って腰を左右に捻る。長髪から汗が飛び散り、転がったままの懐中電灯の光に、真珠の粒のような煌きを放つ。

「ひぁっ…ひゃっ、ふぁん…あぅっ」

「可愛く鳴くな♪この踊りにゃ最高の伴奏だぜ…っぅ…俺は…死神ってよばれってっけど…」

 余りの心地良さに耐えかね、少年は無意識に腰を引く。すると手袋を嵌めた指が、形の良い桃尻を掴んで、乱暴に抓った後、ぐいと引き寄せる。

「逃げんな、お前のとんがったアレも…柔らかい尻も、全部俺のもんなんだから…な、この踊りを見た男は皆、俺を愛の女神ドゥルガーって言うんだぜ?」

「レイ…ラ…」

「大好きなジム、お前だけの為にずっと踊ってやるから…辛い事何か感じないように…ずっと……ずっと…グ…グゥ…ウグゴォッ!…グボァアァアッ!!」

 少しでも幸福な時間を作り出そうと、彼女が気力を振り絞った舞踏は、しかし無惨な結末を迎えたた。ついに食道を這い登った触手が喉から桜色の唇へ出て、上から下まで彼女を串刺しにする形で縫いとめたのだ。胃液が逆流し、嘔吐感が込み上げてくる。だが全ての消化器官をみっちりと埋め尽くされ、身動きすら出来ない。

 触手はそのまま、しなやかな姿態を操り、少年の唇へと近付く。涙を流しながら、レイラは自分の口から伸びた異物がJ・Jの口腔を犯すのを眺めなければいけなかった。

 細い喉を抉じ開けながら、触手は下へと滑り降り、胃まで来てから、少年の体内の触手と絡まりあい、融合する。二人は接吻を強要されながら、下も上も、全てを一繋がりにされた。

 お預けを食っていた周囲の肉蛇も再び彼等に群がり、毛穴という毛穴を犯しながら尽きることなく媚薬を注ぎ込む。レイラは胸の尖端をまた塞がれ、乳腺が張り詰める感覚に打ち震えた。だが今度は、触手が搾乳ポンプのようにミルクを吸引し、圧迫感の代りに、苦痛にも似た吸引の官能を齎す。涙が止め処なく頬を伝い落ちた。

 蛋白質と脂肪をたっぷり含んだ栄養に、化け物は満足した様子で、J・Jの肋の浮いた黒い胸にも近寄ると、試すように、褐色の乳首へと繊毛を差し込んだ。此方は母乳を作れない構造だと解ると、別の触手が、少年の項に注射針のような器官を突き刺す。いや、項だけでなく、太腿や、足の裏、指の間、背中のあちこちへ、雀蜂の大軍よろしく突き捲る。ミルクの出ない罰とでも言わんばかりだ。

 J・Jが白目を剥き、愛する人の腕の中で失神する。だがレイラ自身もう、悦楽の井戸に溺れながら、これから続く試練が少しでも軽くなるようにと、祈る事しか出来なかった。






















顛末

 無明の密室に、むっと草いきれが立ち込めていた。辺りには引き裂かれた軍服の名残や、捻じ曲げられた小銃の残骸が散らばっている。

 金属製の壁には肉厚の緑黴が生え、鋲打ちされた床も、奇妙な苔に覆われて、人造物とは思えない変りようだ。此処彼処を蛞蝓と植物の中間のような姿の化物が這い擦り回り、触手を伸ばして餌を探していた。

 ここを、合衆国宇宙軍、特殊作戦部隊のエウロパ基地と紹介しても、誰も俄かには信じられないだろう。精鋭の兵士も、主力となる強力なMRM(Machine Robot Military)部隊も残っていない。各小隊は分断され、殆どが怪物に貪り食われた。僅かな生き残りは、半永久的な繁殖の苗床にされている。

 十数年前に国際宇宙ステーションで起きたバイオハザードの際は、特殊才能育成法で訓練された優秀な救助部隊が投入され、無事解決した。だが今回の事故発生場所は地球から離れた外惑星領域で起り、暴走した実験生物も、遥かに凶悪な性質を備えていた。

 宇宙軍の最悪のミスの一つは、特殊才能育成法で生み出したロボマスターの前線配備を躊躇った点だった。基地は合衆国の宇宙戦略における最重要拠点の一つでありながら、駐留部隊の大半が適齢期を過ぎた、いわば特殊才能育成法の「引退者」で構成されており、予想外の敵と遭遇した際の、戦力の要となるべきMRの数が少なすぎた。

 合衆国軍が前線に送り込む兵士の選別基準通り、送られた一握りの戦闘の天才ファイトナチュラルは全て貧しい有色人種層だった。それでも最優秀の小隊に一人づつ配備された彼等は、MRガデスを操って鬼神の働きを見せた。だが、ガニメデの鉱山を巡り、新たにMRバイカンフーを配備した中国軍との度重なる衝突は、貴重なMRMを著しく損耗させ、バイオハザードの発生時に行動できたのは結局僅か7小隊、基地から脱出できたのは4小隊に過ぎなかった。

 因みに、彼等の大半はイオの中国軍基地へ投降し、掃討部隊の第一陣が到着するまで捕虜として生活することとなった。だが人民共和国政府は、生存者の確認と、実験生物に関する情報収集を目的として、自軍MRMにエウロパ基地への突入を命令。結果として最悪のバイオハザード拡大を呼んだ。

 イオの破滅で、最も悲惨な犠牲は中国軍の年若い戦闘の天才ファイトナチュラル達だった。大半が苗床として連れて行かれ、望まぬ不老不死を与えられ、半永久的に犯され続けた。幼少から環境バランスを破壊する出産を悪と教えられてきた彼等にとっては想像を絶する苦痛だったろう。

 両陣営の基地壊滅後、合衆国政府は核兵器を搭載した新型MR宇宙船「マルスIII」を派遣。中国側も同様の高速船「剣竜」を送って、エウロパ、イオを軌道上から爆撃した。

 かくして証拠隠滅は成され、人類に栄えある宇宙軍の恥部は日の目を見ずに済んだ。ただ、帰還した剣竜の報告では、イオには宇宙船が残っておらず、基地の友軍の一部が掃討部隊到着までに脱出行動を取った可能性があり、またこれと符合して、ガニメデ鉱山に奇妙な熱源反応が検知されたという。

 中国側はこれを密かに合衆国へ通達し、両政府は現在も、ガニメデ探査用の合同MRM編成について討議中である。

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