沼地の一本柳の枝に、大柄な男が一人腰かけ、幹に背を凭せて、ごつい手には似合わぬ瀟洒な形の横笛を吹いていた。渺々とした響き。本来は筝と簫とを合わせるための大陸の曲だった。 泡立つ濁水の上を、孤独な韻律が長く尾を引いて渡っていく。だが、だしぬけに流れるような奏ではぴたりと止んだ。代わって、遠くから微かに飛沫をはねかす音がする。濃い霧の向こうから小さな影が一つ、淀んだ面に微かな波紋を残しながら、あめんぼが滑るようにして駆けてきた。 「ほう…」 樹上の壮漢は楽器を唇から離して、短く感嘆すると、切れ長の眼差しを光らせて見守る。やがて瘴気の曇りの奥から迫り来るものの姿が窺えるようになった。 荒織りの胴着に大振りの野太刀を背負った短躯、羚鹿のような四肢ははっきり形をとらえられないほど敏捷に動いて、池畔のぬかるみから節くれだった根に覆われた地上に駆け上がると、まっすぐに寄せてくる。 「小頭覚悟!」 まだ声変わりもせぬ甲高い叫び。だが華奢な手が抜きざまに振るったは紛うなき胴太貫の剛刃だ。達人が使えば軍馬ごと鎧武者を断つという長大な得物は過たずして柳の張り出しに座した標的に襲い掛かった。 小頭と呼ばれた笛吹きは間一髪、むささびの如くに止まり木から飛び降りる。斬撃は枝をばっさり截ち落とした。 「おのれ!!」 むきになって重い武器を上段に構え直す童児に、男は沼の縁へと後退りながら、呵呵と笑って掌を突き出した。 「待て待て伏丸」 「命乞いは聞かぬっ…!」 「かかか…師弟の誼みとして、お前の過ちを糺したいだけよ」 「口車にはのらぬ!」 反駁しながらも、伏丸なる少年は警戒する風に二の太刀を思い止まっていた。壮漢はよしと頷くと、にんまり唇の端を歪めて語句を継いだ。 「わしは抜けた身。よってもう小頭ではない。なおも昔の役目で呼ぶのでは、お前までがわし慕って抜けようとするかに取られかねぬ故な」 「だ、誰が慕うか!裏切り者め!小頭ではない!ご、五郎太と呼んだわ!」 真赤になって叫ぶ怪力の小僧に、しかりしかりと五郎太は顎を撫でてにやつきを広げる。 「さもあろうなぁ…嬉しいのう。お前がわしを名前で呼んでくれたのは初めてじゃ。昔は師匠、次は小頭。まるで勤めばかりのかかわりのようで、淋しい思いをしておったわい」 「な、なぶるか!こが…五郎太得意の話術にはかからぬ!!」 「ふ。やはり伏丸は忍に向かぬ…わしと抜けぬか?」 「黙れぇっ!!!」 童児は胴太貫を掲げたまま、大人の身の丈ほども跳躍すると、かつての師匠に脳天目掛けて猛烈な打ち込みをかける。そのまま頭から股間までを真向唐竹割りにすると、厚い刃をのたうつ根に深々と喰い込ませた。 綺麗に二つになった笛吹きの体はそれぞれ濁水に落ちてすぐに深くへ沈んでいった。仕留めた方は得物を離して立ち上がると、ふらりとよろめきながら、二、三歩下がった。 「…へ…”死なずの”五郎太…口ほどにもない…秘密の忍法とやらを見せるまでもなくくたばりおった…へへ…俺が…”太刀風”の伏丸が殺ったわい…へへへ」 引き攣った笑いを浮かべていたあどけない貌が急にくしゃりと歪むと、涙を溢れさせた。 「ばか!何故抜けた!小頭のばかもの!俺とふたりで役目を果たすのでなかったかよう!俺らいっしょなら炎魔も土鬼も何するものぞと…言ったではないかよう!うわああああ!!」 汀ににじりよって、死んだ男の骸が消えた泥水を覗き込む。すでに先ほどの沈没が生んだ波は止んでいたが、決して凪いではいない。湖底から昇る有害な瓦斯のために沸き立ち、無数の半球を作っては弾けさせているのだ。 「…ちぇ…本当にあっけねえや…」 呟いたとたん、いきなり淀んだ面から腕が突き出して、少年の足を攫った。 「なに!!」 とっさに苦無を抜こうとした手をまた別の腕が抑え込む。さらに叫ぼうとする口には濡れた掌が張り付いた。合計四本の腕がしっかりと童児を捕えていた。まさか仲間が居たとは。炎魔か土鬼か。いずれ風魅と反目するよその乱破が味方についていたのか。 「もごご!!」 呼吸を塞ぐ手だけでも咬み千切ってやろうとするがどうにも力が入らない。五郎太の駄弁に応じているあいだに、瘴気を吸いすぎたと悟って臍を噛む。毒消しを飲んでいたはずだが、どうも大頭の話よりきついようだ。 伏丸が柔の技を駆使して逃れようともがくうちにも、二人の新手は沼から上がってしっかりと前後から華奢な肢体を拘束した。ややあって正面の敵が楽しげに囁く。 「甘い…甘いのう。影の道は腕ばかりでは生きていけぬ…お前など実戦に出ればものの半日で冥府へ転げ込むがおちよ」 童児はぞっとして身を竦ませた。軽薄な台詞を発したは、最前倒したはずの師匠の喉、嘲りを浮かべているのは確かに、死者の貌だ。命を失ってわずかも経たぬうちに霊が形をとって現れたというのか。だが真の恐怖はあとに控えていた。背に回った方からも、そっくり同じ声が聞こえたのだ。 「やはりお前を捨て置けぬなぁ伏丸。わしの嫁になれ。役目や勤めなど無縁の世界でいっしょにおもしろおかしく暮らそうぞ。お前には太刀より晴着が似合うぞ」 「うむぅうう!!!」 異常な状況に怖じ気づくまいと絶叫すると、口を塞いでいた手が外れる。ようやく大きく息を吐けて、少年は幾らか冷静を取り戻した。 「こ、小頭…い、いったい…」 「五郎太と呼べというに…もしくは旦那様とな…ふん…これが”死なず”の奧義。身割れの法よ…わしの体質に過ぎぬがな…」 と前の五郎太が告げれば 「きっかり二つにしてくれたお陰で面倒がなかったぞ。沼から体の素を集めるのは容易いが、歪に斬られると按配がめんどうでな…しかし馬鹿正直な太刀筋よ」 と後の五郎太が引き取る。 「さて、わしの秘密を知ったものは…死ぬるか…わしの身内となるか…いずれかじゃ」 「どうする伏丸…いやさお伏」 からかうような口吻に、少年は怯えを通り越して怒りを覚えると、手足をばたつかせようとし、ままならぬと今度は喚いた。 「うわあああ!その名で呼ぶな!」 すると正面の壮漢がげらげら笑う。 「なあに。お前のむつきを換えたのも」 背に回ったそっくりの男が和した。 「かか…風呂を使わせたのもわしではないか。お前の秘密はすべて承知よ」 頭のおかしくなりそうな二重唱に、伏丸は耳まで朱に染まって歯軋りする。 「俺は男だ!男だったら男だ!」 抜け忍は愉快げに歌った。 「…お前は男であり、女であり、どちらでもなしの双生」 「くノ一の修行を嫌がるお前のために」 「わしが武芸を仕込んでやったものを」 童児は首を振って、なおも敵ををもぎ離そうと暴れた。だが瘴気のせいで自慢の剛腕もすっかり衰えていた。前後の男、二つで一つの魔人は却って興が乗ったようすで、やわやわと幼い獲物の胴着の奥に指を這わせ、つるりとした肌をまさぐり始めた。 「ふぐ…やめろぉ…小頭のばかぁ…殺してやる…ぜったい殺してやる…」 「かかか、叶わぬな」 「刀で幾ら斬られても、わしの体は二つ四つ、八つと増えていくばかり」 「沼におれば八万の大軍を作るも易き話よ…幾ら頑丈なお前も、それだけの婿を相手にできまい」 「だ、誰が婿だぁ!小頭みたいなじじいは願い下げだぁ」 力ずくの抵抗が無理なら罵ってやろうと、伏丸は作れるかぎり蓮葉な表情をして嫌味をぶつける。だが五郎太は猫の如くに喉を鳴らしただけだった。 「ほう若いのが好みか」 「ではこれでどうだ」 みるみる壮漢の顔立ちから皺が消えて、頬に張りと艶が表れる。髭までもが黒さを失って皮膚と同じ色になり、顎へと溶け失せていった。 「あわわわ…」 「人並みに老けねば里の衆に怪しまれるのでな…」 「お伏が好むならもっと青臭い姿になってもよいぞ」 年下の追い忍は呆然として、年嵩の抜け忍がしてのけた変相を凝視し、呼吸さえ忘れて活力に溢れた青年の容貌を窺った。 「小頭…あんた何ものだ…」 「わしか?わしの正体は山の茸か苔の化身…とでも云っておくか…かかか…いや元はれっきとした人であった。修験者でな…一時は風魅の里起こしにも加わったものよ」 「かれこれ二百年ばかりも前になるか。年貢逃れの食い詰め百姓の裔が、いつのまにか、血なまぐさい侍どもの戦の片棒を担ぐようになって、うんざりしてしばらく身を引いていたが」 「気紛れから久方ぶりに風魅の衆に交わってみた。だが相も変わらず無惨な殺しばかりの仕事。雇い主も大名か公方か、堺の大商人か、いずれ下らぬ輩ばかり」 「あえて抜けなんだのは。お伏、お前が居たからよ」 伏丸がぎょっとして覗き込むと、五郎太は莞爾とした。だが手は変わらず胴着の下をまさぐって、薄い胸を撫ぜては乳首の先をつねり、褌を緩める指の動きを止めようとはしない。 「わしと同じ異形の身で、けなげに生き抜こうとする命がある。嬉しゅうなってな。捨てられたお前を風魅が拾ったのは果して良かったか悪かったか」 「里の仕組みの深くに囚れたお前を引き出すのは、苦労したぞ…」 「は、はじめから俺を追い忍に仕立てて…」 屈辱に唇を咬む少年の耳元に熱い息が注がれる。とたん、はらりと下穿きが地面に落ちた。股間を通り抜ける風に、華奢な肢体が震える。 「わしのものになってくれるな?お伏よ」 「やや子をたんと産んでくれ」 「嫌だ!俺は男だ!風魅の伏丸。太刀風の伏丸だ!誰のものにもならぬ!ただ一匹の忍よ!」 かくなればと舌を噛もうとするおとがいを、いきなり男の指が抑えて開いたままにすると、強引に接吻を奪う。抜け忍は引き裂くように追い忍の胴着を毟り取ると、ほっそりした無毛の陽根と影に隠れた陰唇、小振りな双臀を露にした。 「んーむ?んんん!!!」 「誇り高く育て過ぎたか。まあすぐに、摩羅しか頭にない牝畜に堕としてやろうぞ」 二本の剛直が、ぴたりと前後の穴に狙いをつける。童児が必死に呻くのにも構わず、二つ身の青年は勢いよく閉じられた門を貫いた。くぐもった悲鳴が沼の霧に溢れ、やがてすすり泣きと喘ぎに代わっていった。 お伏の朝は、腟と腸を貫く秘具の一打ちで始まる。子宮と臓腑の奥を叩く衝撃に痙攣して、淫夢から覚めると、勝手に亭主を名乗った男に口を吸われる。二つの唇と舌が交互に嬲ってくるので、休む間もない。相手は十分に呼吸を整え、気息を落ち着けて戯れを仕掛けてくるので、不利もよいところだった。 ややあって口移しで食事がある。甘しょっぱい団子。妖しい薬の類が混ぜられているのは分かるが、もともと本草学をさぼってばかりいた童児には正体が分かりかねた。終わると大股を開いてしゃがみ、四つの好色そうな瞳の前で、排泄を披露する羽目になる。 初夜に準備もなく開通した前後の孔は、沢山の血を零し、筋肉も切れたが、五郎太の指が半ば水の如くになって染み通って、元通りにつなぎ直してしまった。いや、元通りではない。今も”夫”の一部がそこに残って、望むがままに疼かせるのだ。 男が排便や潮吹きを見たくなると、どんな時でも新妻の双孔は拡がって、下品な音をさせながら中味を出す。憤って襲い掛かろうとしても、腰から下が意志に背いて垂れ流してしまう。 また尿をするほか使い道はないとて、幼茎の先には鈴が付けてあった。朝の散歩と称して、お伏がはみを噛まされ、手綱を引かれ、馬の尾毛をまとめて付けた張型を肛に挿されて四足で這うと、涼やかな音を立てる。 五郎太はいつも柳のもとまで来ると、笛を吹きながら、双生の女房の役立たずな秘具を曲に合わせて跳ねさせるのを好んだ。 あちこちに雌として縄張りの印を付けると、二本の太摩羅を順番に咥えて飲み水代わりの子種を啜る。兵糧丸を除けば、これが主食になりつつあった。一度噛み千切った事もあった。だが亭主は痛痒を感じないどころか、切れた肉片を利かん気な女房の食道の奥へ滑らせ、胃の腑から腸をくぐって排泄させた。おたまじゃくしのごとくにのたうつ亀頭を体外に出すまで、お伏は七転八倒しなくてはならなかった。 「頬張って離さんなあ」 「うまいかお伏」 堕ちた追い忍の成れの果てを嘲るように、低音の二重唱が響く。双生の幼い牝畜はぎろりと上目遣いをして、咥えていた逸物から残りの餌を吸い出した。 「ぐぶ…んぐ…うまい訳…」 嘘だった。ほとんど精汁の中毒になりかけていた。一滴も与えられない日は、喉に絡む粘っこい御馳走を求めて狂いそうになるほどだった。 「ほう。では明日から施しは止めるか」 「まずいものを飲ませても仕方ない」 「うぁ……ぁっ…だめ…」 消え入りそうに呟く妻に、夫は二つそっくりの顔を並べてにやにやと尋ねた。 「どうした」 「要らぬのではないのか?」 「はっきり云わんと分からんぞ」 「お伏や」 あどけない面差しが涙をこらえて、きっと左右の鏡像をねめつける。 「ぁ…くれよ…俺に…旦那様の子種飲ませてくれよ!…」 「ほうほう」 「よかろう」 「で、下の口はどうじゃ」 「クソ穴もわしのものが恋しかろう」 問いかけを受けるだけで、秘裂と菊座がひくつく。亭主の仕掛けだと分かっていても女房はもう逆らえなかった。両脚を開き、張型を抜き取ると、指で後ろの窄まりと前の肉襞を広げ、爛れた懇願をする。 「だ、旦那様の摩羅ぁ…両方に…挿れて…ふぇっぐ…中がぐちゃぐちゃになって…戻らなくなるまで…」 「おうよかろう」 「焦らしはすまい」 青年はすぐに正面と背から双生の童児を抱え上げて、愛蜜と腸液を滴らす両坑へ杭を押し込む。産道と排泄口をめいっぱい拡げて、凶器は柔肉の奥深くを掻き分けていった。わななく短躯に合わせて、鈴が澄んだ音色をさせる。 「ひぎ…ぁっが…」 「どうだ。今日は馬のものと同じ寸法にしてみたが」 「前は大根ぐらいかな。かかか」 「やめ…こわれ…」 「案ずるな」 「壊れても直してやろう」 「もっと淫らな穴になぁ」 「あぁ…」 毀たれてまた作り変えられる。おぞましい想像をするだけで、お伏の脊髄を官能の疼きが駆け抜ける。やがて容赦のない抽送が始まると、異形の少年は右手を、前の男、左手を後の男に絡ませて、歓喜に咽び泣いた。二つ身の青年は空いた手を柳腰に回して固定し、破城槌の如き突き上げを続ける。 胎と臓を圧迫され、唇の端から泡さえ噴きながら、双生妻は繰り返し絶頂に達し、夫の求めるがままに髪を振り乱して舞った。 かつての弟子がすっかり従順になると、師匠は闇市に連れ出した。馬具一式をつけ、頭巾を被っても素肌は隠さず、尻を鞭で真赤に晴らして歩く半陰陽の幼な姿に、行き交う衆は驚いたが、家畜の糞場で不様な口上を述べて用を足すと、ようやく飼われた牝だと納得がいったらしく、あとはごろつきが値段を聞いてくるほかは構わなくなった。 目的は刺青師のところだった。五郎太がしっかりと所有の証をお伏に刻もうと決めたのだ。いずれ大きくなる体に彫っても無駄だとごねる女職人を口説いて、どうにか尻と背に夫の銘を挿れさせた。 「さてと…わしは外で遊んでくる。お前は大人しくしておれよ」 たった独り、ふらりと出て行った亭主を息も絶え絶えに女房は見送る。刺青師は不思議そうに年の離れた夫婦を眺めやった。 「いい肌だね…くノ一にしちゃぁ」 「な…」 「驚くこたぁないよ。あたしも抜けものさ。土鬼のね…あのお人に手伝って貰ったのさ…」 「こが…五郎太の?…じゃ…」 「五郎太って名乗ってるのかい。まあいいさ。あの時とは外面も違うし。あたしは大頭に孕んだ子を堕ろすように云われてさ…まだあんたぐらいの年だったから…我慢できなくてね…大頭の種だってのに…それで…」 暖簾を開けて、お伏とそう変わらぬ頃の少年が入ってくる。客に一瞥をくれると、とことこと女職人のもとへ寄った。 「雲母様…買物済ませて来ました」 「いい子だ。ご褒美やるよ」 二人はお伏の前で濃厚な接吻を交わすと、銀の糸を引いて唇を離した。刺青師は丁稚の腿に手を伸ばすと、胴着の裾をめくって下穿きを履いていない股間を露にし、無毛の幼茎を扱き始めた。 「ひっ…雲母様ぁ…」 「いいんだよ瑪瑙丸…この子もお前と同じような身分だからね」 少女とまがう可憐な容貌が、嫉妬の彩りを帯びて幼い客をにらむ。女職人はくっくと笑って奴隷を抱き寄せると、円かな腰に指を這わせ、括約筋のあいだに易々と埋めると、嬌声を導きながら香木の玉を引き出した。 「勘違いするんじゃないよ。この子にはほかにご主人が要るんだ」 刺青師は視線をお伏に戻して笑う。 「あたしは…ほかのくノ一の教え役として育てられたんだ…息子に伝えてやれるのは、あとから習い覚えた刺青の技と、こういう手管だけ…だけど幾ら仕込んでもだらしがなくてさ…」 「瑪瑙様…母じゃ…やめ…んっ…」 「お前がいけないんだよ。母じゃに強い子を産ませたかったら…もっとしゃんとしな?」 「ふぁっ…ひゃい…」 お伏はぼんやりと、親子の睦み合いを眺めていた。 女職人はまた笑って告げる。 「あんたが羨ましいよ娘さん」 「むす…!?」 「ずっとあのお人に守ってもらえるなんてね…あたしらぁ…いつ追い忍に囲まれるか…」 「お、俺は…」 「この子だけでも…あのお人に預けたいところだけど…役立たずは連れてかないんだってさ…よほど気に入られたんだね…あんた」 双生の童児は返事もできずにいた。ややあって青年が戻ってくる。今度は身二つ。どちらも衣装をこざっぱりした商人風に変えていた。 「かかか…雲母…瑪瑙丸もだいぶ仕上がったな」 「…どこぞの寺へ色子にでも上げるか?」 「冗談じゃないよ。誰があたしの可愛い亭主をよそへやるかい」 ぎゅっと我が子を抱き締める刺青師に、抜け忍はそろって二つ首を振る。 「お前も業が深いな」 「親子が交わると異形が生まれると聞く」 「面白いのができたらわしが引き取ってやるぞ」 「瑪瑙丸よ。気張れよ」 女職人の息子は真赤になって俯きながら、年上の伴侶にしっかり腕を回して離さなかった。五郎太の二つ身は同時に向き直って、四つの瞳で幼い妻を愛しげに観察する。 「綺麗に仕上がったな。雲母の早彫りは流石だわい…」 「うむ。これからますます目に楽しくなるのう」 「お前…どこ行ってたんだよ…なんで行く時は一人で帰る時は二人なんだ」 お伏が問うのへ、夫は口を揃えて応じる。 「ちょいとな。風魅の追い忍と」 「土鬼の討ち手を片付けて来たのよ」 「え!?」 ほかの三人が目を円くすると、五郎太は楽しそうに続ける。 「お伏が艶姿を晒しておるのに惹き付けられて」 「草どもが慌しく動き出した」 「つなぎが外へ出るのを、わしの半身が待ち伏せし」 「市の中でこそこそしているのをもう半身で始末した」 「容易い容易い」 「あとは風魅と土鬼が互いに争ったと見せかけて、市の近くの藪に屍を放った」 「また二つの里で血腥い仕返し合戦が起こるのう」 「かかかかかかか」 殺戮に飽いたと嘯きながら、呆れた残虐さだった。小さな女房はかつての仲間が兇刃にかかったと知り、胸を痛めたが、亭主は頓着しない。 「忘れるなよお伏」 「一方は土鬼の討ち手」 「この親子の命を狙っていたのだぞ」 「わしが奴等を捨て置いて」 「二人を死ぬに任せたが良かったか?」 童児はどう答えるべきか分からず、瞼を閉ざした。 「だけど…雲母と瑪瑙丸は抜け忍だ…」 男はぎろりと鋭い眼差しを投げる。 「おう。瑪瑙丸はまだ雲母の腹におったのだぞ」 「それを責めるか」 「もしや、堕ろせばよかったなどと」 「思っているのではあるまいな」 「そうじゃない…」 戸惑ったお伏は、年の変わらぬ少年の青褪めた繊細な横顔と、その母のふくよかだがどこか抜き身の太刀のような鋭さのある美貌を交互に観察した。 「…俺は…」 五郎太はまた呵呵と嗤って、親子へ一瞥を呉れた。 「まあよい雲母。わしがここへ来たのも。そろそろお前たちが囲まれるころと思ってもある」 「一箇所に留まりすぎたな」 「当分はわしらとお前たちの臭跡、入り乱れて二群の犬どもは混乱する」 「うまくすれば相討ちも狙える。だが」 「急いで所を移れ…東国へでもな」 「いっそ水蛟の縄張りを抜けていけ」 「虎穴にいらずんばだ…」 刺青師は頷くと立ち上がり、息子に出立の用意を促した。 「ありがとうよ…臥龍居士」 「かかか…そんなきざな号は」 「忘れたなぁ…」 「さて、わしらも西国へ物見遊山と洒落込むか」 「こたびは娘らしい格好をして貰うぞ」 どこからともなく女物の衣装を出して、五郎太、臥龍居士、いや、名前も定かならぬ夫は妻を促す。まだひりつく皮膚に柔らかな布を当てながら、お伏はぶるりと肩を震わせた。死ぬにしても、生きるにしても。伴侶となった男を討つにしても、討たぬにしても、長い旅になりそうだった。 |
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