Pediatric Ward

薄緑の非常灯に照らされた小児病棟の奥で、夜勤の看護士が忙しく働いていた。注射器、浣腸器、胃カメラ、腸カメラ、暴れる患者を抑える為の拘束具。妖しげな治療器具を満載したワゴンが廊下を走り抜け、ベテランから新人まで、揃って見目麗しい白衣の男女が早足で行き来する。

病院の他の場所では、でっぷり肥えた患者が、スプリングの利いたベッドへ横たわり、至れり尽せりの奉仕を受けながらも、新設の部署に出入りする人の多さを訝しみ、そっと夜伽の相方へ耳打ちした。

「ありゃなんだい…よっぽど重要人物でも入ったのかね」

「何でもありませんわ。私の奉仕が不満だから、気を散らされるのですね…ぇいっ…」

「うぉっ…」

女の紫眼が闇に煌く。密やかな口付けの音、あられもない嬌声、尻と尻がぶつかるお定まりの響き、三、四人が一度に乗っているかのような、ベッドの軋み。

毎晩の如く繰り広げられる、淫楽の饗宴。

恐ろしいほど健常で、栄養状態の良い病人。同じく、激務による過労とは無縁そうな、艶めいた職員。およそ生と死の交差する殺伐とした喧騒とは程遠く、ねっとりと快い倦怠の匂いばかりが漂う個室。

此処は、政治家や実業家、特別金払いの良い客だけが入院を許される隠れ宿。世話をするのは皆、粒揃えの美形。用意される食事は、料亭の其すら及ばぬ珍味佳肴ばかり。ホテルと紛う白亜の洋風建築が建つのは、四季を通じて気候の穏かな南の島だ。

周囲にはプール、テニスコート、ゴルフ場、レストラン、ミニシアター、バーが配され、逗留中に得られないものはといえば、ただ退屈だけという行き届きぶり。医療機関の名を借りた歓楽の地、最も危惧される院内感染が性病という、冗談のような、しかし一部の階級にとっては、かねて周知の施設である。

困難を極める脳の外科手術、不治と噂される血液病の投薬治療。もっともらしい理由から入院希望者は引きも切らさない。だが実際は、融通の利かぬ検察が汚職の証拠を握りかける寸前、あるいは執念深い市民団体が徹底的な訴訟の構えを取った矢先、つまり本来尊敬を受けるべき身分の紳士淑女が、無遠慮なマスコミの非難に晒されかねぬ段になって、巷から消え失せ、優雅な「闘病生活」を過す為の場所なのだ。かくなる故あって、清潔そうな表玄関には、毎回趣向を変えて発表される千もの病名に対応すべく、耳鼻科から心臓外科まで、あらゆる看板が揃えられている。

だが、小児病棟とは?


「鬱血もない、綺麗なピンク色だね」

眼鏡を掛けた青年医師は、ペンライトを胸へ仕舞いながら、穏かな診断を下すと、開ききった少年の尻穴へ拡張器を挿れ直した。くぐもったボーイ・ソプラノが、きつくシーツの端を噛んだ歯の隙間から零れる。ゴム手袋を嵌めた掌が、検査着の裾から覗く裸の臀部を叩くと、悲鳴は半オクタ−ブ程高まり、啜り泣きの色を帯びた。

「そろそろ行きましょうか、光くん…皆待ってますよ」

「…でき…ない」

震えながら、小さな患者はそう呟いた。涙が頬を伝い、大粒の瞳が、哀願するような上目遣いを向ける。すると医師は、綺麗に整えられた眉に不興げな弧を描かせると、聞き分けのない子供を諭すような口振りで囁いた。

「やるんだ、これは治療なんだからね」

ラバーに覆われた指が無防備な尻朶を握り、力を篭めると、光と呼ばれた男の子は、痛みのあまり咽びながら、のろのろと起き上がった。白衣の青年は満足そうに微笑むと手を離し、くっきり跡の残った白い肌が、じわじわと脂汗で覆われるのを、ゆっくり観察した。

「今何リットルかな?」

ちらっと、恨みの篭った幼い視線が返る。

「っ…ぁっ…1リットルと…200…」

「まだ入るかな、明日はもっと多くして貰うよう、マキさん達に頼んでおこうか」

「やっ…やめて…うぐぅっ!!」

浣腸で膨らんだ腹部を悪戯っぽく突付かれ、光は青褪めた。だが、おっとりした物腰の若い男は、患者が苦しむ様子には少しも憐れみを示さず、震える肩を組んで、さっさと歩き出すよう促した。

「"嬉しいです、いっぱいして下さい"でしょう?どうして間違えちゃうのかな。そんなんじゃ光君、いつまで経っても退院できないじゃないか…」

「ひぃぁっ…も…やだ…帰らせて…」

「ホームシックなのは解るよ。でも、光くんのセックス嫌いが治るまでは、うちで預かるって、君のお父さんとの約束だからね」

医師は上辺だけ優しく宥めながら、冷たい嗜虐の煌きを含んだ瞳で、相手の悲嘆を眺めていた。裸身へ薄地の検査着を纏うのを許されただけの少年は、俯き、戦慄きながら、残酷な言葉の責めを、黙ってうけとめるよりほかなかった。

すれ違う人々は面白半分に検査着の裾を捲り、瑞々しく張りのある肉の感触を愉しんでいく。気分次第で勢い良く平手打ちしたり、遠慮なく抓り挙げたり、淫靡な指使いで撫で上げると同時に耳元へ、毒のある嘲りを注ぎ込む。

目的の場所へ辿り着く頃、光の腰から太腿は熟したトマトそっくりに腫れていた。

「さぁついたよ」

「…」

廊下の突き当たり、柔らかなクリーム色に塗られた扉を開くと、中から濃厚な雄の匂いが溢れる。背を強張らせ、膝を震わせながら、呼吸が乱れるのを悟られまいと、息を詰めても、医師の訓練された目は素早く患者の反応を捉えて、からかいの台詞を口に上せた。

「もう、待ち切れないんだね?ほら」

押しやられるまま、少年は部屋へ入った。薄闇で覆われた蒸し暑い空間、四方から歓迎の声が沸き起こり、鼓膜を打つ。心拍が早まり、視界が揺らぐ。皮膚の火照りが体の内側まで伝わって、逆上せてしまいそうだった。

「やぁ光くん。今日も可愛いね」

「何人を満足させられるかな」

「お腹の調子はどうだい。このい匂い、今日はストロベリージュースを入れてきたのかな」

「好物だよ、ありがとう。おいで」

後退ろうとする光の手首を、がっしりした拳が捕えて、易々と引き寄せる。すぐ、柏の大樹を連想させる節くれだった筋肉の林が、白樺の若木のような痩身を囲み、腥い息と獣じみた麝香を吹き付ける。胸一杯大人の男の匂いを嗅いで、少年は朦朧とよろめき、へたり込む。と、眼前に隆々と屹立した雁首がずらりと並び、頬や瞼へ触れんばかりの距離で脈づいていた。

「欲しいんだろ。おしゃぶり好きの光くん♪」

「いつもみたいにおねだりしてごらん」

甲高い口笛と、わざとらしい舌打ちが、少年を煽り立て、追い詰める。濡れて、てかる無数の鈴口は、饐えた精の匂いを醸し、吐気と、鳥肌と、涙を催させた。だが脊髄を駆け抜ける衝動は、いつしか小さな唇を開かせ、物欲しげな涎を垂らさせる。

欲しい。

悍しい欲望を払うよう瞼を閉じたが、魁偉な性器の形はもう脳裏に焼きついていた。幾ら考えまいとしても、ご馳走の前でお預けを食った犬宜しく、唾が後から後から湧いて、顎を濡らし、検査着を汚してしまう。

「光くんの気が乗らないなら、今日は止めるか」

「そうだな」

至極あっさりと、男達は引き下がる素振りをした。途端、光は両手を伸ばして、近くの二本を握った。掌で触れた肉棒の熱さに瞳を開くと、己が為した所業の賎ましさを認め、茫然とする。

「おやおや、手癖が悪いな」

「まずちゃんと声に出してお願いするんだ」

濡れた鈴口が鼻先をこすり、応えられない匂いで誘惑する。最後の箍が外れ、頭の芯で何かが弾けた。意識の隅でだけそっと、呪文のように名前を呼ぶと、少年は唾液のせいで巧く回らない舌を動かして、すっかり暗記してしまった文句を唱えた。

「しゃぶらせて下さい…!お兄さん達の、太いのしゃぶらせてぇ!いっぱい、いっぱいおいしいのぉ!!」

恥知らずな請願が引き金となったのか、許しが得られる前から、突き出された陰茎にむしゃぶりつくと、先程までとは別人のような貪欲さで舌を這わせる。先走りを舐め、凹凸をなぞり、次々と太さや長さの違う逸物を頬張って、恍惚と目を細める。

「ん…上手になってきたね」

「美味しそうな顔しちゃって…」

長い指が汗で濡れた髪をまさぐり、少年の一心不乱な奉仕を誉める。含み笑いと共に、丸太のような腕が細い腰を抱き、掬い上げるようにして尻を擡げさせる。

蠕動する器具を咥え込んだままの菊座へコップが差し出され、沢山の眼が見守る中、ゆっくり栓が引き抜かれた。

「あぶぁっ、んぁあっぅ!!あっ、あぁぁぁぁっ!?」

括約筋の圧迫感が消え、つい肉棒から唇を離して喘ぐ少年。開いた後孔からはすぐ、勢い良く苺の果汁が迸り、小振りな容器の縁を弾いて飛沫を散らした。急激な排泄の衝撃で震える尻へ、追い討ちをかけるように数本の手が伸びると、肉を千切らんばかりの強さで抓る。

「痛ぁあっ!ひぃっ」

「ちらかさないように、しっかり締めておくんだ。練習したはずだろ?」

「ひぃぅ…んっ…ふぁ…はい…んくっ…」

弛緩しきった排泄口を必死で閉じ、甘酸っぱい香の液体が零れるのを抑えようとする。だが意地悪く双臀を交互に摘まれ、捻られて、自然腰を左右へ振ってしまう。ジュースは微細な紅玉の粒となって、内股や、膝の裏、踝を彩った。

小さな両手が、其々ごつい剛直を握り締め、ふらつく脚が重心の均衡を保とうと大きく八の字を作ると、苦労して前屈みの姿勢を支える。だが懸命な格好も、周囲の嗜虐心を誘うだけなのか、指の数は増すばかり。薄桃の乳首や、漸く皮から頭を出した幼茎の尖端まで、爪を食い込ませ、引っ掻いて玩ぶ。

「きぅぅう!ひんっ、へひゃっ!あぅうあ!!いじらな、ひっ…あっあっ!?」

「舌が休んでるよ」

正面の男は、低く詰ると、水鳥のような喉の奥へ、己の脈打つ兇器を捻じ込み、食道の粘膜を使って粗暴な口姦を始める。少年は最早まともな呼吸すら許されぬまま、尚も腹へ収めた飲料でコップを満たす行為を強いられた。

氷の塊が、褐色の窄まりを押し拡げると、一つ、二つと濡れた輝きを放って落ちる。結晶が硝子を叩くと、澄んだ響きが起こり、笑いのさざめきが篭った空気を揺らした。

「…皆にもご馳走してあげるんだな」

藪蚊の群が刺しでもしたような、腫れ痕だらけの太腿を、容赦ない打擲が見舞う。裸の背が弓なりに反り、肩甲骨が寄ると、仔鹿のような四肢が痙攣する。可憐な蕾はまた寛いで、空の器へと、良く冷えた果汁を注いだ。

次々と透明な杯が現れては、瑞々しい香で満たされ、手から手へと巡っていく。小気味良い尻打ちの響きに、唇を塞がれた童児のくぐもった嬌声が応え、淫らな水音が、男等の耳を擽った。

「いつも飲み物をありがとう光くん。俺達も、お礼をしないと、な?」

「そら…はっ、出すぜ、残さず飲め!」

濃い精液が直接食道へ流し込まれる。嘔吐感を堪えて、さも幸せそうな表情を作ると、喉を鳴らして嚥下する。黒い睫の端へ涙の珠が溜まるのだけは如何ともし難い。それでも萎えた逸物がゆっくり口腔を抜き取られるや、促されるより先に、隣の性器を含み、舌を巻きつける。経験から、同じ真似をするのでも、主導権を取ったほうが楽なのは学んでいた。

「ふは、食いしん坊さんだな…」

頬を内側から亀頭の形に出っ張らせ、狂ったような熱心さで奉仕する。だが、されている方は全く動じもせず、ただ少年に拙い技巧を駆使させておいた。

「おやおや、一本だけじゃ足りないのかい」

揶揄された通り、苺の汁と氷とを出し尽した菊座は、余韻を味わうかのように伸縮していた。光は頬へ紅葉を散らしつつ、切なげに下半身をくねらせる。浅ましい誘惑の仕草。もう躊躇の片鱗さえ窺えない。

「つくづく助平な子だ」

嘲りを合図として、野太い陰茎が、馴致された秘部を貫く。ジュースクーラー代わりをさせられていた直腸は、快い冷たさに整えられており、情欲の火照りを程好く醒ました。

「しっかり締め付けろよ」

男が命じながら腰を前後させ始める。手足がばらけてしまいそうな衝撃が少年を襲い、官能の霧で覆われた脳を揺すぶると、理性の残滓さえ消し去ってゆく。

上と下から火掻き棒で串刺しにされ、内臓を攪拌されているかのようだ。掌へ捉えた肉棒も焦げ付きそうな位熱い。ほんのり脂肪の乗った胸や、肋の浮いた脇腹まで彼等の欲望の証が押し付けられ、先走りを塗り込め、皮膚の毛穴や牡の匂いを染ませる。

あらゆる方法で、光に己の立場を思い知らせ、ただ性の処理具としての存在へ貶める。

「んぐっ…、ぷはぁっ、あひぃぁ、もっと、もっとぉ!お兄さん達のミルク頂戴!濃くて、臭くて、美味しいのぉっ!!お口にも、お腹にもぉっ、いっぱひいっぱひぃぃっ!欲しいのぉっ」

青黒く血管の浮いた肉刀でで臓腑を抉られる度、裏返った叫びを上げ、ぎりぎりまで顎を開くと、両手の剛直二本を引き寄せて、期待に潤んだ双眸を泳がせる。白魚のような指がもどかしげな性急さで幹を扱くと、粘りを含んだ白濁が口内へと放たれる。

「あはっ、ぁんっ…」

唇の端へ反れた雫を舌でこそぎ、たっぷり唾液と捏ねて、独特の風味を満喫し、飲み干すと又、新たな逸物へ接吻して、愛しげに舌を這わせる。

後ろでは、最初の男が射精を終え、ぽっかり黒い穴と化した肛門から逸物を引きずり出した所だった。だが、直腸内に注ぎ込まれた液体を溢す暇もなく、次の男根が再び、幼い窄まりを押し広げる。

「きゃんっ♪んっ、さっきのお兄さんより太ぉい…」

爛れきった表情で阿りながら、妖しく腰を揺する。連日嬲り抜いた成果が、漸く顕れたようだと、大人達はめまぜして、ほくそえんだ。

「俺のも頼むぜ、脇の下に挟んでくれ」

「じゃ、俺はふわふわの髪毛を使わせてもらおうかな」

「ビー玉みたいなお目々へかけてやるよ」

「次が痞えてるんだ。とっとと、いかせるんだな」

各々欲望を口にしながら、筋骨逞しい雄獣が襲い掛かると、柳の細枝を縒り合わせたような肢体は、あっという間に見えなくなる。官能の嵐はいつ果てると無く続き、やがて光はめくるめく悦楽の波へ攫われ、乳色の海へ溺れながら、一度だけ誰かの名を呼び、意識を失った。


別室で控えていた青年医師は、四杯のコーヒーをお代りして、オンデマンド専門誌のバックナンバー半年分を読み終えてから、やおら腰を上げ、陵辱の現場へ戻った。扉を開けて踏み入ると、凄まじい悪臭が漂い、少年が精液の沼にへたり込んだまま、焦点の合わない眼で宙を仰いでいた。

がらんとした室内の隅では、幾たりか看護士が固まり、適度の疲労に身を任せ、マリファナ煙草を燻らせ、他愛の無い冗談を言い合っている。栢山が光へ近付くのを認めると、うち一人が立って、素早く側へ並んだ。すると青年は、幼い患者の瞳孔を確かめながら、振り返りもせず、形ばかりの労いをする。

「ご苦労様」

「いえ…すいません。若い奴が少し、破目を外しまして」

「許容範囲内さ。しかし毎回、この匂いはなんとかならないかな?」

顔を顰める医師に、看護士は皮肉っぽく片眉を擡げて応える。

「慣れなければやっていけませんよ、先生はともかく、我々はね」

「ふむ…ともかく皆を呼んで、風呂場で洗浄してくれないか」

棒きれのように痩せた手首から脈を取って、栢山はそう頼んだ。すると看護士は、後頭部を掻き、小さく舌打ちして言葉を返す。

「後の奴等はさっさとシャワーを浴びて宿舎へ戻るか、街へ出るかしたいでしょうから。まぁ、俺独りでも大丈夫ですよ。光くんの体重なら」

「じゃ、お願いしてもいいかな。投薬は特に必要なさそうだ。洗ったら、寝かせて置いてくれ」

「解りました。先生も仮眠をとられたら?今頃は他の病棟もお遊びはお開きで、女の子達も手が空いたでしょうし。まず何も起らないでしょ」

「はは、どっちにしろ片付けなきゃいけない書類の山がまだ残ってるからね。宵っ張りはいつもさ」

医師は有難い勧めをそう断って、聴診器を取り出すと、精液で滑る少年の胸へ押し当て、正常な心音を確かめた。問題なしとのお墨付きがでると、看護士の方は仲間を差し招き、ビニールタオルを持って来させた。てきぱきと汚れた肌を包み込み、糸に切れた操り人形のような肢体を軽々と担ぐと、放心したままのあどけない相貌へ、ちょっと注意を向ける。

「ねぇ先生」

「なんだい」

「先生はこの商売、お好きですか」

ぎこちない沈黙が場を支配した。情事の汗もまだ乾かぬ、秀でた額の下、暗く影を作る眼窩から、疲労の滲んだ視線が投げ掛けられる。見詰められた青年は、能面のような表情を僅かに緩め、淡い笑みを浮かべた。

「物心ついた時から病院の番人だからね。この身体だし、好きも嫌いもないさ。何故だい?」

「いえ別に、ただ訊いて見たかっただけですよ」

そっけない回答に、医師は心持ち首を傾げる。ベテランの看護士が、こういう話を口にするのは珍しい。だが、問質そうとするより早く、相手は軽く会釈を済ませ、ぐったりした患者を背負い直すと、同僚と連れ立って大股で歩み去っていった。

薄闇の部屋へ独り残された青年は、腕組をすると、眠りに沈むが如く瞼を閉じ、いつになく深い物思いに耽った。


福島光が悪夢から醒めると、其処は真白い病室だった。

シーツも、毛布も、ベッドも、壁も、天井も、床も、全てが目の痛くなるような白で統一され、隅から隅まで染み一つ、汚れ一つない。四方の壁一つを大きく切り取った窓からは、陽射しが差し込んで、無機質な部屋の色彩に、多少の温もりを与えていた。

光は、意識のはっきりしないまま身を起こそうとして、まず四肢の怠さを感じ、次いで胃の圧迫を覚えた。不調を堪えて、動作を続けると、すぐ手首と足首へ嵌められた枷の存在を知る。

「…っ」

唐突に込上げる涙を抑え、必死で深呼吸した。恐慌を来しても益はない。慣れなければ。毎朝毎朝、自らの立場を確認する度、打ち拉がれていては、精神が持たない。

「おはよう光くん」

いきなり挨拶をされて、肩が竦んだ。自由になる首を右へ捻ると、ドアを入ってすぐの場所に、若い医師と、二人の看護士が立っていた。昨夜とは別の顔触れだ。

看護士はどちらも女性で、形の良い太腿を強調するような短いタイト・スカートを穿いて、ドアの両脇に歩哨の如く並んでいる。右側は活発そうなショートヘアをブラウンに染め、大きな胸を強調するような襟刳りの深いデザインの制服を纏っていた。左側は、額から一房、白いメッシュをいれた黒髪を後ろで纏めている。鬼火のような光を放つ竜胆の瞳が印象的だった。

医師の方は昨夜と同じくメタルフレームのメガネをかけ、痩せぎすの長身に白衣という出立ちで、下は別段色気のない黒のズボンとタートル・ネックのセーターを着けていたが、それは彼の職務が、性的魅力で患者の無聊を慰める事ではないからだろう。

光は、怯え切ったまま三人を順繰りに眺めたが、左側の看護士にだけ、ほんの少しだけ長く視線を止めると、溜息をついて瞬きした。

医師はベッドの側まで来ると、人差し指で彼の頬を擦る。

「おはよう。寝惚けているのな?もう八時だよ」

「っ…先生…おはよう…ございます…」

「充分睡眠は取れたみたいだし、隈もなくて、血色も良い。さぁさぁ光くんしゃきっとして、もう活動の時間だ。まず、一緒に朝食はどう?」

朝食という単語を聞いた途端、患者が青褪めたのを見て、ドアの右側に立つ看護士が首を振った。

「うーん。お腹は一杯みたいですよ。昨日のお夜食で」

「そうか。昨夜頑張りすぎたんだね。でも蛋白質ばっかりじゃバランスが悪いでしょ。胃洗浄でもして少しは入るように…」

光はぎゅっと目を瞑ると、大人同士の狂った会話に耳を貸すまいとした。

すると、今まで無言だったもう一人の看護士がベッドへ登り、毛布を下から捲って、横へ棄てた。丈の足りない検査着では隠せない、裸の両脚を見られ、少年が羞恥に震える。女はアメジストの相貌を楽しげに輝かせただけで、看護帽を取ると、結った後ろ髪をほどき、喜々として獲物へ圧し掛かった。

「んくっ…」

光は酷く取り乱しながらも、何とか賎ましい反応をするまいと唇を引き結ぶ。だが、未熟な器官を舌先で転がされ、まだ締りの戻っていない肛門を三本の指で掻き混ぜられると、快感に過敏になった身体は、すぐ不様な喘ぎを漏らし、両手両足を突っ張らせて、陸へ上がった魚のようにくねるしかなかった。

「マキさんちょっと、朝からいきなりは…先生、いいんですか?」

「ふふ、そうだね、ま運動すればお腹も減るかな。じゃ、マキさん、ミズヤさん。二人に任せますから」

「え、あ、はい」

医師は踵を返すと、振向きもせず部屋を出て行った。

ミズヤと呼ばれた看護士は、ちょっと顎へ人差し指を宛てて考え込んでから、何か思いついてにっこりした。胸ポケットに挟んでおいたボールペンのような機器を摘むと、あらぬ方向に向けてスイッチを押す。

白亜の壁面がゆらめき、空色の電子光を放つと、くすんだ画像を映し出した。どこからともなく大勢のざわめきが室内に溢れ、少年を玩んでいたもう独りの看護士、マキが頭を上げて、うっとりと目を細める。

"しゃぶらせて下さい…!お兄さん達の、太いのしゃぶらせてぇ!いっぱい、いっぱいおいしいのぉ!!"

録音された声を聴いた途端、光は凝然と眼を開いた。石像の如くに固まった彼の手足を、女の指が優しく撫ぜ、誡めを外し、姿勢を変えるよう促す。そのまま小鳥のように軽い肢体を抱き起こし、大股開きの格好で画面と向かい合わせると、細い顎を支えて、逸させないようにする。

"んぐっ…、ぷはぁっ、あひぃぁ、もっと、もっとぉ!お兄さん達のミルク頂戴!濃くて、臭くて、美味しいのぉっ!!お口にも、お腹にもぉっ、いっぱひいっぱひぃぃっ!欲しいのぉっ"

男の性器に囲まれ、厭わしい台詞を喚く己の姿に、少年は恥辱の涙を抑えられず、ただ戦慄く唇を歯で噛んで、懸命に嗚咽を押し殺した。

「すごいね。私だったら、お酒入っててもあんな台詞いえないよ」

ショートヘアの看護士は、画面の操作機器を胸にしまいながら、患者の苦悩を掻き立てる為か、わざとらしい口調で、淫蕩さを誉める。目論見通り光の頬が真赤に染まるのを認めると、同僚へウィンクをくれてから、鼻歌まじりにスカートを上げ、派手なレースの下着を降ろした。

ベッドの上のマキは、無言のまま相槌を打つと、凍りついたままの患者の耳元へ、からかうよう舌を捻じ込む。一方で仕事柄、神経質なほど清潔に保たれた両手は、より小さな両手に重ね、股間でちょこんと勃った幼茎を包むよう導いた。

漸く弱々しく抵抗を始めた子供の内耳へ息を吹き込んで、力を奪うと、本人が陵辱される姿を肴に、自慰を強いる。倒錯した行為を受け容れまいと、光は瞼を閉じ、呼吸を荒らげつつも懇願した。

「やめて…マキさ…」

「しなさい」

仮借ない命令が、儚い想いを断ち切った。項垂れた少年は、覚束ない様子で自らを扱き、女の膝で悶える。看護士らしく短く切り揃えられた爪が、胸の赤い尖りを摘んで、思う存分捻り回せば、声変わり前の高音が、病室の天井へ跳ね返った。

「ねぇねぇ。あれ、何人分飲んだの?」

下着を脱ぎ終わったミズヤは、ベッドの側の収納を開けて、片手で中を引っ掻き回しながら、もう片手で画面を指差した。何本もの陰茎に、涎を垂らして奉仕している少年の顔がアップで映っている。

「ぅい、ひんっ…むね、やっ…はふっ…ぅっ」

「答えなさい」

マキがまた囁くと、光は喉を詰らせ、暗く沈んだ目付きで彼女を一瞥してから、のろのろと答えた。

「覚えて…んっ…ませ…」

「そりゃ、あれじゃぁ無理ないかもね…っと、ありましたありました♪」

お喋りな看護士が取り出したのは、大型のディルドゥだった。長さは二十センチを超えるだろうか。表面はごつごつと疣だらけで、製造者の悪夢めいた想像力を感じるような代物だ。

「これ、使ったら、思い出すかな」

「ひっ!?ぁっ…ぁっ…」

規格外の大きさに驚愕し、思わず自慰を止めて逃げようとするる少年。寡黙な方の看護士は、己の膝で縮こまった患者を優しく揺すぶって、緊張を和らげるよう、肩へ口付けを重ねる。だが指は柔らかな尻朶を揉みながら、括約筋を解し、準備を整える。

「まぁたまた、初めてじゃないくせに」

ミズヤが、少年の身も世も無い顔つきに吹き出しながら、ディルドゥを着ける。丁度、録画が切り替わり、今度は光が数人の女看護士から治療を受けるシーンが大映しされた。

"…キさ…マキさ…きゃぅっ…助け…"

"こら、今は私が抱いてあげてるんだから、他のお姉さんの名前を呼んじゃだめでしょ"

"んぁあっ!あぐぅっ!ひがぁっ…"

極太の張型で刺し貫かれ、空中に抱えられたまま犯される少年を、白衣の天使達は、面白そうに見物している。男女を入換えただけで、先程と内容の違いはない。

"ほーら、目がトローンとしてきたぁ…"

「この時も最初は嫌がってたけど、終りのほうは凄く気持ち良さそうだったよ?」

生の言葉と、記録された声が重なり合い、光の胸を掻き毟る。延々と痛めつけられ続けた自我が、とうとう崩れる寸前まで押しやられているのを察し、ミズヤは一気に畳み掛けた。

「ねぇ、あれが本当の光くんなんだよ。どうして我慢するの?えっちなのに、そうじゃないふりするからつらいんじゃない。ほら、なっちゃいなよ。えっちな光くんに」

瞳孔が広がり、また縮む。鼓動が、早まり、また遅まる。壊れかけた精神の秤は左右へ揺れて、やがて掠れた答えを形作った。

「嫌…です…」

「んもぅ!どうして?」

「…僕は…僕のまま…がいい…です…僕が、嫌いな…僕になるの…嫌です…お願い、ビデオ、止めて…お願い…」

「だめですわ」

にべもない否定。マキが、紫の双眸に冷たい怒りを含んで、背後から光を睨んでいた。映像はまた変わり、蝋燭の熱さと鞭の痛みでもがく犠牲を登場させる。

「光くんは、私達が嫌いですの?」

「っ…っ…」

「治療を嫌うのは、看護士の私達を嫌うのと同じこと」

「!…?…なっ…はぁっ…ぁっ…ぅっ…」

心臓へ釘を打たれでもした様に、あどけない顔立ちが歪む。看護士の言葉に、最後の鎧にさえ容易く皹が走り、見えない魂の傷口から鮮血が滴って、望みもせぬ快楽で霞んだ視界を、朱に染めた。

「好きなら、どうして拒むのです」

「ぁっ…ぅっ…ぁっ」

「そうそう、えっちな光くんの方が、私達も好きだなぁ?皆、えっちな君が大好きなんだよ」

同僚が巧く急所を捉えたらしいのを悟ったミズヤも調子を合せながら、今の内とばかりベッドへ膝を乗せ、投げ出された踝を掴んで割り開いた。

光は肩を震わせると、泣くような、笑うような、子供らしからぬ奇妙な表情を浮かべた。

「…マ…っ…ミズヤさん達は…そうすれば、楽しい…ですか?」

「そうよ?」

「じゃぁ…いいです…あはっ…して…くださぃ…」

ふくよかな肉の椅子から降りると、ベッドの上で四つん這いになり、尻を振る。ミズヤは安堵の色を浮かべ、広げられた後孔へ野太い擬似性器を押し当てると、慎重な腰つきで挿入した。

「んはんっ…ぅっぐっ…」

何か媚びた台詞を口にしようとして、内臓が潰れてしまいそうな圧迫感に、声を失う。だが、正面から抱きとめようとする、マキの腕だけは、何処にそんな力が残されているのかというほど激しい勢いで払った。

「…ミズヤさ…ん…もっ…がぅっ…ぁっ、して、は、きぅっ」

要望に答えてミズヤの腕が柳腰へと回り、ゆっくりと結合を密にする。腸液の交じる樹脂と粘膜の摩擦音が、妖しく沸き起こった。

独り蚊帳の外へ出される形になった、もう一人の看護士は、腕をさすりつつ、怪訝そうに光を窺う。すっかり淫蕩に染まった瞳が、彼女の視線とぶつかると、素早く脇へ逸れた。

「あらあら、そういう態度はダメよ。ちゃんとマキさんにも…んっ!?…」

いきなり唇を塞がれて、囀りが途絶える。ミズヤは、少年のいつにない積極性に驚いたが、治療の効果が出たのだと解釈して、リズムを失わないようにと、肛姦を続けた。

マキは服の乱れを直してベッドを降りる。ミズヤが任せてと笑顔を送るのに頷いて、ドアをでようとし、ふと陵辱の映像を流し続ける壁を見遣った。今、この瞬間にも撮影は行なわれているのだ。

自分が弾き出されたのは、後で上から不自然に取られるだろうか。査定へ影響が及びはしないだろうけれど。逡巡が、刹那の間看護士の足を止めさせた。

画面にいきなり、キスシーンが映る。少年がファーストキスを奪われる所、しているのはマキ。初めて相手をしたのは彼女だから。入院して一ヶ月は、遊戯や勉強をしながら、少しづつ自慰などを仕込んでいった。あの頃は随分懐いていたのに、四六時中、沢山の看護士に接するようになってから、人を選ぶようになったのか。

映像の少年が涙を零す。入院してから泣いたのはこの時が初めてだった。跳び退って逃れようとする彼を、紫の瞳をした看護士が言葉少なに宥め、優しく招き寄せる。やがて忍耐が報われて、少年は怯えを克服すると、差し出された手を握り返した。まだ彼女が、職務として抱こうとしているのだとは知らないのだ。

光は父親に抱かれるのを拒んで、此処へ送られた。だからまず母親の代わりを宛がって頑なな心の殻を和らげ、少しづつ性に関する禁忌の念を削いでいかねばならなかったのだ。マキが選ばれたのは、顔付きが彼の死んだ母親に似ていたからだとか。

延々と過去の幻像を甦らせる壁面から視線を外すと、ベッドの上では少年が犬のような格好で嬌声を上げていた。ショートヘアの同僚が、頬を上気させながら緩みきった菊座を犯し、振動し回転する精巧な玩具で、良く慣らされた直腸を捏ねていた。今の光なら、男だろうと女だろうと、喜んで奉仕するだろう。入院した当時の初々しさは影を潜め、依頼通りの色情狂になった。

ちくりと胸の痛みを覚え、看護士は急ぎ廊下へと歩み去って行った。らしくない、気の迷いだと、頭を振りながら。


「小児科病棟は、駄目かもしれませんね院長」

ソファへ腰掛けた医師が、肘掛け椅子に座ったまま居眠りする、でっぷり太った中年女に向かって、ぼんやりと呟いた。

「どうして?」

院長が薄目を開け、落ち着いた口調で訊き返す。青銅の鐘のような、低く重い声音で、怒りも苛立ちも、悲しみも喜びも含まず、聖職者の祈祷のように厳かな響きがあった。

「職員に対する負担が大き過ぎますよ。ベテランの看護士から一人、仕事に対する疑問みたいなものを漏らされましてね。良くない兆候だと思うんです」

「罪悪感?それは変ね。私達は今までだって老いも若きも沢山の客を迎えて来たでしょう。仕事と割り切って楽しめない子はいない筈だけど」

青年はソファの背凭れへ肩を預けて、天井を仰いだ。

「今までのは、どんな助平爺婆だろうと、合意の上でしたが。今度は未成年で、しかも無理矢理です。寝たきりの老人を虐待するのと同じ位精神的な不快があります」

「この事業は需要も多いし、収益率も高いの。私達が後から参入するにしても、利点は色々あるわ。当院のブランドに対する信頼を梃に、充分成功が見込める。客は性病の感染や、調教師からの恐喝を、気にせずにすむし、アフターケアもしっかりしてる。だからお得意からの要望も多いし、是非軌道に載せたいわね」

贅肉が震え、垂れた肉の隙間から、真直ぐな視線が注がれる。真面目で、駆引きや企みなどない目付きだった。彼女はいつも彼女なりの誠実さをもって計画を進めるのだと、部下もよく知悉していた。

「あなたは経営者だ。お気持は解ります。しかし私は現場責任者です。院全体のリズムが崩れてるのを放置してはおけない。なんとか医師だけなら抑えつけられますが、看護士まで権限は及ばないんですよ」

「貴方は看護士を尊重しすぎる」

「ええ、しかし仕方ないでしょう。うちでは、気に入らないから辞めてくれ、という調子ではやれない。彼等は貴重な人材で、訓練は時間が掛かるし、引退も早い。いつも不足してる」

「高い給料を払ってるし、待遇も普通の病院に比べれば雲泥の差よ。説得なさいな」

青年は苦笑して立ち上がると、肉の山のような経営者の肩を叩いて、諭すような口調で言葉を接いだ。

「いけませんね。看護士長を呼んでも同じ意見でしょう。此処は舞台と一緒なんですよ。彼等が仕事を続けられるのは、役者として気分がのっているからなんです。所が、あの子は皆を素面へ戻してしまう…あれだけ泣かれたら、終った後でどんな気持がすると思います。死にたくなりますよ」

「外の調教師は皆やっていることだわ」

「彼等は麻痺してますからね。後始末となると殺人も厭わない連中が大半だ。でもうちにまでそういう雰囲気がお望みでしたら、今まで通りの経営は諦めなきゃいけない」

院長は呻くと、テーブルからハンカチを取って、襞の間の汗を拭った。

「いいでしょう。他に女の子の治療を一件見積もっていたけど、撤回させます。でも余所へ回すだけよ?私たちが損をして、しかもその子はもっと不幸な目に遭うかも知れない」

「構いません。正義の味方に鞍替えした訳じゃありませんからね。もし今後うちで仕事を受けるなら、小児科病棟だけは別に施設を作って、其方には専門の職員を置くという手もあります」

「ええ、そう考えていた所です。そうするとコストは二倍どころでは済まないでしょうけど。とにかく、今やってる福島さんの依頼だけは終えて頂戴。大事なお得意様なのよ」

白い歯が零れ、長身の影は、肉塊の側を離れた。

「勿論。あと二日もあれば仕上がります。そろそろ向うへ引き取りの連絡をしてもいい頃だ」

「そう、良かった」

弛んだ肌の重なりが恵比須顔を作る。青年は頷くと、戸口へ向かい、最後に振返ると、上機嫌に尋ねた。

「また痩せてくれませんか。余った皮膚を処理して、たまに客のお相手をして頂けると…」

「勘弁して…もう一キロだって落すのは御免よ…私に頭脳以上のものを必要とするような腹心には、辞めてもらいますからね」

「いや…ただ勿体ないと…」

「よしなさいったら!」

自動扉が開き、閉じると、百貫でぶの院長は瞑想に戻った。部屋にはコンピュータも書類もなく、ただ連絡用の電話呼び出しコンソールが置かれている。というのも、彼女こそが病院の方針を定めるコンピュータであり、記録保管庫であり、同時にその使用者であるからだった。

静謐に満たされた室内で、音を立てぬ思索の渦が、アイデアの火花を散し、新しい計画の試案を無数の花弁のように広げては、また萎ませる。あたかも病院に備え付けられた一個の計算機械ように、肉の山は倦まず働き、只管組織と施設の保全のみをを図って、未来の方針を定めていった。


日課の性戯をこなし、物憂い休息の時間へ入ると、少年は窓辺へ困憊した身を預け、緑滴る中庭に望んだ。柔らかな羽音を立てて木蜂が花壇を飛び交い、青々とした芝を、看護士が駆け回って、サッカーボールを追っている。男女混成で、数も足りなかったが、パスやトラップは様になっていて、敷地が狭いからか、組み立て式のゴールへテンポ良くシュートが入っていた。もしかすると、サッカーではなくフットサルというスポーツだろうか。ぼんやりと桔梗の双眸を探したが、勿論居はしなかった。

頬を桟へ押し付けて、瞼を閉じる。どうでも良かった。最近は普通に考え事をするのが辛い。勉強も随分休んでいた。病院へ入れられる前、図工で作っていた木製の自動車は、どうなったろうか。薄板を組み合わせて、プラスチックの窓をはめ込んで、クラスで一番難しい作り方に挑戦していたんだけど。

ああそうか。もう僕は学校へ行かないんだった。お父さんがそう決めたから。

中庭の看護士が一人、此方へ気付いて手を振った。一緒にやろう、という合図だ。微笑んで首を横へ動かす。サッカーは好きだけど、上手ではなかったし、もう体力がなかった。あの人は昨日の夜、あの部屋に居た。前にも何度も、されたっけ。

悪い人達ではないと、前から解っていた。色々するのは、全部仕事だから。暖かさも冷たさも演技なのだ。あの人も、入院してすぐは、普通に遊んでくれたし。近くの海で泳いだり、ゲームセンターで遊んだり、勉強を見てくれたり、他に子供がいなくても、退屈しないように、付き合ってくれた。ここの看護士は皆、患者にとてもサービスする。

光の母が入院を断られた町の病院とは大違いだった。あそこでは、沢山のお年寄りが、ベッドにベルトで縛られて、看護士はいつも怒ったような顔で、不潔な動物の世話でもするみたいな態度で働いていた。医者も皆偉そうで、来院した人を虫けらのように扱った。

自由診療。お金がない人間は、申し訳程度の診療も受けられない。

だったけ。母が説明してくれたのを、彼はぼんやり覚えていた。十何年か前は、健康保険という制度があって、貧乏人とお金持ちが同じように病院へ行けた。でも、ある時から、その仕組みは壊れてしまった。保険を受けるためのお金がどんどん高くなって、戻ってくるお金は少なくなった。お金持ちは代わりのものを見つけたけど、私達は保険を抜けるしかなくなった。

何故かって?世間じゃ皆切り詰めた暮しをしてても、贅沢好きなお役人や、戦争したがりの政治家に給料を払ったりしたせいで、国の金庫が空っぽになったからよ。皮肉っぽい説明は、まだ若い彼女をいつも年寄りに見せた。贅沢好きのお役人や、戦争をしたがる政治家というのが、誰のことかは、後で知った。

水商売をしていた母は一年前、酔っ払って車に轢かれ、背中を打って病気になり、光の看病では全く無駄で、元々痩せていた彼女はどんどん骨と皮だけになって、死んだ。それでも彼女は最期まで色々なことを語り、いつも笑っていた。時にあの皮肉っぽい笑いで。

"光、もし私が居なくなっても、自分らしく生きなさいね。そうしていれば、保険もお金もなくても平チャラよ。自分らしく。解る?"

"解んない"

"あっそ、んー、自分らしくっていうのはね、光。他人から「可愛い」とか「賢い」なんて、言われてムカつく気持ちよ。それなら解るでしょ?"

"…うん"

"どんな友達だって、一番好きな人だって、自分についてあれこれ決め付けたり、押し付けたりされるのは嫌でしょ。だから勝手な型に嵌め込ませたりしないこと。それが自分らしさ"

"僕、お母さんになら、可愛いって言われてもいい"

"うふ、実は私も、光になら美人て言われてもいいわ"

自分らしく。

少年は肌寒さを覚えて窓を閉めた。自分らしさなんて、もう何処にも残っていない。白く塗られた室内を見渡して、床へ蹲る。涙は枯れてしまったし、今の嫌いな自分は憐れめなかった。

彼を作り変えたこの病院は、自由診療の発達が産んだ畸形だった。かつて、普通の病院が荒廃への道を辿り始めた頃、まともな診療を受けられないと考えた金持ちが共同出資して作った施設が、時代の波に乗って大きく歪な成長を遂げたのだ。

保険制度という狭苦しい鉢から、汚濁と豊穣に満ちた土壌へと移され、富を養分に、捩じくれた枝と太い根を伸ばして、あらゆる欲望を木の下闇に憩わせる、禍々しい大樹。上辺はどんなに明るく健やかでも、洞の部分はじくじくと腐り、蟲が沸いている。

その主要な出資者の一人が、光の父だった。

通夜まで、会ったこともなかった。霊柩車のような黒塗りのセダンで乗り付け、鋭い目付きで少年を射竦めると、誘拐するように屋敷へ連れ戻った。施設へ入るよりも、肉親に引き取られる方が幸福だろうと、因果を含められ、初めは納得した。

だがあの押出しの良い、羆のような参議院議員は、善意から養育を申し出たのではなかった。そうだったら、もっと早く、母の死よりも前に姿を現していた筈だ。彼の目的は復讐だった。愛人に捨てられた屈辱を晴らす為に、子を嬲るつもりだったのだ。

"俺は堕ろせと命じた。息子は妻との間だけで充分だ。あの女は拒んで逃げた。あいつもどうせ最初は堕ろすつもりだったろう。俺への当て付けに産むのを決めたんだ。だからこれから、そいつを清算してやる"

はっきりと意図を告げ、言葉と違わぬ行動を取った。

教科書とノート、習字道具と、リコーダー、鍵盤ハーモニカ、絵の具箱、体育着、水着。日本庭園で燃え、毒を含んだ煙と火を上げた。母がなけなしの金を叩いて買った子供服が焼かれようとした際、光は父に跳びかかり、噛み付こうとした。

簡単に玉砂利の上へ叩き付けられ、幾度も容赦なく腹を蹴られ、激痛で動けなくなり、あっけなく敗北を喫した。武術の稽古を積んだ大人に、唯の子供が勝てる訳がなかった。 

"穢らわしい淫売の触れたものなど、福島の家には要らん。良く聞け、出来損ない。俺がなよなよした娼婦の息子を引き取ったのは、自分の血筋が更に汚れるのを防ぐ為だ。本来なら始末させる所だが、お前にはまだ一応の使い道がある。母親譲りの身体がな"

妊娠しないから。外に愛人を作るのはこりたから。

少年は病室の壁へ頭をぶつけ、記憶の氾濫から抜け出そうともがいた。あの夜の出来事は、思い出したくなかった。自分らしさを賭けて、全存在を戦いに費やして、負けて、踏み躙られた時、人はどうして死なないのだろう。

「僕は…」

"淫売の息子"

「くそっ…」

"マグロがっ…和子から男の喜ばせ方は習わなかったのか"

「お母さん」

父はもう母には触れられない。父は母が怖かったのだ。己より強く、正しい人間が怖かった。だから母が死ぬまで、姿を現わさなかった。

でも息子は違う。母の戦いを受け継げなかった。卑怯で、弱くて、情けない。ビデオの映像が甦る。あれが自分か。あれが。乾いた目頭がまた熱くなる。だが、頬を濡らすのは、決して憐憫の涙なんかじゃない。自分らしさを守れなかった悔しさが、瞳という傷口から透明な血となって滴っているだけだ。それだけ、だった。


少しの間睡んでいたのか、気付くと、外の景色は茜を刷いて、看護士達の姿は消えていた。遠くでまだ小鳥が鳴いている。夕暮れはまだ遠く、陽射しは明るさを保ったままだ。

「疲れてるなら、ベッドで休みなさい」

声に振向くと、医師が壁に背を預けて、少年の方を観察していた。

「…はい…」

起き上がると、這うようにベッドへ向かう。青年は欠伸をすると、つかつかと歩み寄り、光を下から抱え上げて、まっさらなシーツへ横たえた。

「ぁっ…」

小さな患者がとろくさいと、いつもさっさと抱き上げられて、運ばれてしまう。慣れているとはいえ、やはり赤ん坊扱いされているようで恥かしかった。

「結局あまり体重は増えなかったな。基準値ギリギリだ。僕等も君が初めてだったからね。健康管理の甘さは大目に見てくれないか」

「…先生」

ぽつんと言葉が転び出る。

「なんだい?」

「僕の後も、誰かに、こういうこと、するんですか」

「うーん。解らないな。ただ、光くんはとても手が掛かったから、正直この場所でやるかどうかは…っと、君に話してもしょうがないな。まぁ、光くんは、自分のことだけ考えていなさい」

「…優しく…して下さい…」

「ん?」

「その子達には、もっと優しくしてあげて下さい」

医師は狐に摘まれたような顔で、しばらく口を噤んでいたが、やがて苦笑を作った。

「僕等は光くんに優しくなかった?」

「…はい…」

正直な応えが、また暫く会話を途切らせる。靴音と共に白衣が翻って、少年の前を規則正しく往きつ戻りつし、時折止まると、小さく溜息を漏らす。

「それは済まなかったね…」

「先生…」

光は寝返りを打って、男の、地味な意匠のベルトをじっと覗き込んだ。

「先生は、仕事以外の時、何をしてるんですか?」

「ん?どうしたんだい急に」

「ただ知りたいんです。先生が、どんな人なのか…もう…すぐ終るんでしょう?これ…だから」

若い医師はちょっとこそばゆげな仕草で頬を掻くと、ベッドの端へ尻を載せた。手を伸ばして触れようとはせず、ただ指を組んで、患者へと穏かな眼差しを注ぐ。

「ああ、纏まった休みが取れれば、自分の研究をしてるか、たまったメールの返事を書くか、余裕があれば医者の集まりにも顔を出す。後でお酒を飲んだりね」

「普通…なんですね…」

「うん。おかしいかい?」

「いいえ」

「…うん………そうだ、僕はね、大学にも通ってるんだ」

「だい…がく?」

「ちょっと変わっててさ。アメリカにバベル大学っていう、インターネット上の完全通信制大学があるんだ。試験さえ受かれば学歴も国籍も問わない。ちゃんと先進国で有効な学位が取れる。出資者がロボットで有名なGM社だから、講師陣も工学関連に比重が大きいんだけど、最近はナノ・マシンを外科だけじゃなく内科の治療にも応用しようって動きが盛んで、僕もその授業を視聴してる。録画だけどね。ヨミ教授っていうその道の第一人者が…あ、退屈だったかな?」

「いいえ」

青年はなんとはなしに赤面して腰を上げると、大股に部屋の隅まで歩いていった。少年は表情を欠いたまま、少しに眠たげに瞼を擦る。

「…光くん。話は変わるが、当院では、最後の晩は、患者が好きな看護士を選べる。君もそろそろ退院だ。今のうちに選んでくれないか。都合をつけるから」

「…一人がいいです…」

「遠慮するなよ。お兄さんでもお姉さんでも、好きな人と一緒に、好きなプレイがを楽しめるんだ。今までみたいに責められるだけじゃなくて、君が責めてもいいよ。治療じゃなくて、頑張ったご褒美だから」

「…だったら、一人にして下さい」

そっけない返事をされて、医師は片眉を擡げた。

「照れてるのかい。だったら僕が代りに君の望みをあててあげよう。マキさんだ?そうだろ?」

「止めて下さい!」

真青な顔色で少年がベッドから跳び上がる。すると、してやったりという表情が、相手の頬を掠めた。

「やっぱり。男の子は誰だって始めての女性に憧れを抱くものだ。ましてマキさんは光くんのお母さんの和子さんに似てるからね。最後の晩はたっぷり甘えさせて貰えばいい」

「止めて…止めて下さい…さっき、僕が選べるって…だったら、どうして独りじゃいけないんですか…嫌です。マキさんは嫌です。他の誰でも…先生…」

「だめだめ。マキさんに決まり。じゃ、楽しみにしてるといいよ」

すっかり元の調子を取り戻した医師は、激しく抗議しようとする患者を後へ残して、逃げるような足取りで自動ドアを滑り抜けていった。

光は呻いて頭を抱えた。お母さんに似てるだって。そんな風に思っているのか。あの人も、そう思っているのか。だったら最初から、全部用意されていたんだな。僕を操るため、お母さんの思い出まで利用する訳か。何て馬鹿な。 

でも違う。心の奥で、芽吹いたばかりの何かが、喉を振り絞って違うと叫んでいる。少年の魂はもっと別の、母の思い出より致命的な、小さい傷を隠し持っていた。これだけは、医師も、看護士も、決して知れはしないだろう。

いけない。ばれれば弱みを作るだけ。急いで、意識の隅へ追いやり、記憶の底へ埋めてしまわなければ。これが、きっと最後の自分らしさだから。


「光くんは君を選んだよ。満足させてやってくれ」

「はい」

白衣の青年は、コーヒーの入った紙カップを片手に、マキへ顎をしゃくった。普段着の看護士へ黒のローライズジーンズと、肌に張り付くような藍色のTシャツ、胸元へシルバーのネックレスという格好で、いつも年齢不詳に見える制服姿とは対照的な、不安な若さを顕している。

医師は幽かな憂鬱に囚われ、額に皺を寄せた。今の彼女はまるで小娘のようだ。初めから、三十代位のもっと経験のある人材を起用すべきだったかもしれない。涼やかな目元や、意志の強そうな唇など、光の母に良く似た容貌をしているとはいえ、与えられた役割を演じきるには、いささか未熟な印象を受ける。

妥当だが最善ではない。だが小児科を開設して入院した初めての患者とあって、院長が直接を決めた人事だ。現場を離れて大分経つとはいえ、かつて病院でも一、二を争う優秀な看護士だった上司の選択眼は信じるべきだろうし、マキが能力も経験も備えているのは確かだ。医師は不安を抑え、なるたけ淡々とした口調で先を続けた。

「何か質問は?」

「何も。いつもの仕事ですわ」

看護士の平板な反応に苛立って、爪先でこつこつと床を蹴る。

「それは違うね。今回はただ患者を楽しませるだけじゃ駄目なんだ。あの子のマザー・コンプレックスを暴いて、セックスと結び付けなきゃいけない」

「ええ。それは承知しているつもりですけれど」

「そうかい?だが一応聞きなさい。光くんは、美化した母親の思い出を最後の砦として持ってる。あの子がやたら潔癖なのも、彼女の影響だ」

「水商売だったと聞いています」

「ホステスだよ。美人だった。だが子供の教育方針とは無関係だね。独立独歩の人で、精神科医の分析を信じるなら、一年前鬼籍へ入るまで、母と父の両方を役割を務めていた。あの子は今でも病的に親へ依存しており…つまりそのイメージを破壊しない限り、セックスへ対する嫌悪を持ち続けるのさ」

「実の父親との」

まただ。やはり小児科病棟の計画は失敗だ。モラルを刺激しすぎるのだ。例え実態がどうであろうと楽しくやれるなら構わないが、罪の意識を感じさせるような仕事だけは不味すぎる。

「顧客に対する批判はしないというのが、当院の原則だ。マキさんらしくないな」

「あら、状況をきちんと整理しておきたかっただけですのよ」

「ふぅん。とにかく、あの子が君へ特別懐いているのは、母の面影を重ねているからだ。君はもう一度、彼に擬似的な近親相姦を味あわせて、心の聖域を取り除くんだ」

もっともらしい説明を受けても、看護士は納得しかねるよう首を傾げた。

「本当に?」

「何がだい?」

「光が私へ懐いているのは、お母さんと似てるから?」

「他に何が?」

「精神科医が間違った分析をしていた場合はどうですか」

「表面上は変化はないだろうな。光くんは、意識の裏にセックスに対する嫌悪を残して、これからの生活、ずっと苦しみ続けるだろう。福島さんは相当な精力家だからね」

マキは頷くと、自動販売機へコインを投じ、アイス・コーヒーを買った。取り出し口の中で、氷がじゃらじゃらと音を立て、焦茶の濃縮液と水を掻き混ぜる。医師はそこはかとない疑念を抱いて、彼女を観察した。

「情が移ったかな?」

小さな笑いが漏れる。

「それは先生でしょう」

「…皆さ。小児科病棟は閉鎖になりそうだよ。少なくとも当面は。院長は嫌がってるだけど」

「……」

「気にならないのか。部署が変わるんだし」

「私は、今の受け持ち患者が退院するのに合せて辞めますから」

「えっ?」

竜胆の鬼火が二つ、真直ぐ男を睨み据えた。

「何か?」

「マキさんは若くて、優秀だ…此処より条件の良い職場はないだろう」

「貯金も充分溜まりましたし。もう退職願も出しましたの。今週中に受理されますわ」

「だが、また戻って…」

「…いいえ…」

急に厳しい声音で言い放つと、彼女は場を離れた。医師は呼び止めようとして思い留まり、暗い視線を紙コップの中へ落すと、コーヒーの渦を眺めながら、今日でもう十何度目かの溜息を漏らした。


どんな友達だって、一番好きな人だって、自分についてあれこれ決め付けたり、押し付けたりされるのは嫌でしょ。だから勝手な型に嵌め込ませたりしないこと。

少年は湯に打たれながら、胸に刻んだ語句を反芻した。ノズルを取って、尻へ宛てがい、窄まりを指で広げ、内側を洗う。シャボンを流し込んで、寒気を我慢して、石鹸の匂いだけしかしなくなるまで綺麗にしたら、身体の他の部分も擦る。滑らかな皮膚が水滴を弾いて、千々の珠を散らした。

皮を被った秘具を剥いて垢をこそぎ、脇や膝裏、双臀の隙間を丁寧に浄めると、髪へシャンプーを馴染ませる。此処へ来るまでは坊主も同然だったが、かなり伸びてしまって、指に余った。

一通り身体を洗い終えると、シャワーを切って、洗面台で歯を磨く。何度も口を漱ぎ、鏡で目脂や鼻糞がないのを確かめる。清潔を保つ習慣は、病院へ着いて最初に教え込まれた。施された調教の中では、多少なりとも実生活で有用な部類に入る。

「…お母さんみたいにして下さい…お母さんみたいにして…おっぱい吸わせて…抱っこして…ぎゅってして…」

練習する。

マザコンのキャラクター。色々なバリエーションを。覚えた沢山の淫語を駆使して。此処は舞台で、彼は俳優なのだ。お芝居こそが、生き残る道だ。誰にも自分らしさを触れさせない、最強の武器であり、防具なのだ。学んだのはつまり、そういうことだった。

裸のまま寝室へ戻る。腰を振りながら。看護士達の好色そうな視線が突き刺さるが、構いはしない。彼等は端役だ。背景や書割と同じだ。今夜の観客は独りきりだから。

ベッドへ上がり、正座して瞼を閉じる。震えを抑えようと、肩を抱く。僕は間違ってない。負けるもんか。絶対に、例え、マキさんが相手だろうと。

やがて自動扉が開いて、しなやかな影が忍び入る。緩やかな砂時計型のシルエット。見上げるような高さで二つのアメジストが翳り、蛇苺のように色づく唇から白い犬歯が零れて、きらりと貪欲そうな光を放つ。

少年は顎を擡げ、僅かに身構えた。負けるもんか。貴方なんかに。

「ぁっ、マキさん…来てくれてありがと…ございま…」

何を痞えてるんだ。練習したんだから、舌が、もっとちゃんと回らなければいけないのだが。

「きょ…、お母さんみたいに、してくれるって、マキさんが僕のお母さんそっくりで、それで、僕マキさんがお母さんだったらって」

「お上手ですね」

長い指が宙を泳ぐと、なだらかな胸の桜桃を爪弾く。

「ひぅっ…ぁんっ♪」

嬌声を漏らすタイミングは完璧だった。良く出来ましたというように、女が微笑む。

「とてもお上手。これならお父様もお喜びになるでしょうね」

ぎくっと、不意に演技の流れが崩れる。マキは素早く光の脇へ腕を入れると、痩せた肢体を引き寄せて、勃った乳首を啄んだ。少年は咄嗟に媚態を作ろうとしたが、尖端を歯で挟み捻られ、心ならずも裏返った悲鳴を上げてしまう。

看護士は目で笑うと、小さな石榴へ深い痕を刻むまで食み、漸く顎を開いて、今度は胸から喉へ舌を這わせた。唾液で銀の線を引きながら耳元へ進み、蕩けるような囁きを注ぎ込む。

「続きをどうぞ」

「ふぁっ…あくっ…お母…さ…みた…い…し…ひっ」

「同じ台詞ばかりだと飽きられてしまいますわ」

頬を指でつついて窪ませると、残る手で硬くなった雛菊を摘んで、やわやわと揉む。成熟しきった、柔らかな乳房や腹が制服越しに、煩悶する小さな患者を受け止め、彼の体型へ合せて作られた家具の如く、ぴったりとくっついた。

巻きがちの細髪から汗が甘く薫る。シャンプーを使ったばかりだろうが、子供の代謝機能は早くて、ちょっと経つとすぐ、焼いたばかりのお菓子みたいに、美味しそうな匂いをさせる。

「ただ鳴くだけでも、いいんですよ。それなら繰り返しても、気付かれません」

「んっ…んふっ…んっ!ぃっ…お母さ…みた」

少年が声を殺そうと息を詰めれば、肺の動きが華奢な肋へ、肋から肩へ、筋肉の緊張となって衣擦れを起こし、女の肌へと伝わった。困ったような、おかしがるような小さな感情の漣が、器量の良い顔を渡って、口元を綻ばせる。

「意地っ張り…」

皮被りの肉具を扱きながら、もっと下の蕾へも悪戯を仕掛ける。軽く催促するだけで、男を喜ばせる装置として開発された其処は、忽ち三本の指を咥え込み、熱く潤んだ粘膜を収縮させて、健気な奉仕を始めた。

「ふふ♪私に、光くんと同じものがあれば、ここも、もっと楽しめるのですけれど」

「んぅっ…!!!ぐぅっ…ひゃぅ…うっぐ…も、もっと…してくださ…」

噛み合わない阿り方をするのが、少年は精一杯だった。駆け出しの大根役者と、名優が同じ舞台へ立っているような有様だ。マキは余裕たっぷりに片目を瞑ると、反った喉へ吸い付いて、キスマークをつけ、優しく謡った。

「その目、何が何でも負けないぞ、という目では、殿方を苛立たせるだけ。こういうことは、一生懸命すればするほど、すぐ見破られてしまいますわ」

呼吸困難へ陥ったように、少年は胸を波打たせる。女は顎を肩の凹みへ乗せて、相手が逃げようとするのを許さず、逆に密着の度合を増した。

「閉じていなさい」

「…っぇ?」

「媚びた目が出来なければ、ぎゅっと閉じて、よがりなさい。淫らな言葉を思いつけなければ、その分大きな声で鳴きなさいな。光くん、もっと頭をお使いなさい。頑張るだけではだめ」

「どうして…マ…マキさ…んぁっ…」

「思い詰めるだけでは、足りませんのよ。ここで、身体で覚えたことだけでもね。ずるをしなさい、自分らしさを守りたいなら、世界一狡猾で、卑怯で、残酷になりなさいな」

光の瞳が大きく円くなり、縁から涙が溢れる。

「ひぅっ…ん…マキさん、だめ…お願い…だめ…僕…マキさんを…嫌いに…嫌いにならなきゃ…やめて…今更…」

「嫌いに?それは無理ですわ。私と寝た子は皆、私を心から愛するようになりますもの。諦めなさい。私を嫌いになる方法だけは、教えてあげません」

看護士の紫の瞳が昏い炎を噴き、白い指が菊座を内側から掻き毟った。絶叫を放とうとした唇を口付けで封じ、射精寸前の幼茎を根元で抑え込むと、しなやかな両腕と両脚の全部で、若鮎のように跳ねる肢体を捕え、筋肉の不規則な律動を楽しむ。そうして最後に、濡れる眼球に唇を寄せ、硝子細工の如く澄んだ眼球から涙を舐め取りながら、女は真底快げな舌鼓を打った。


マキは、虚脱した光に数回浣腸を施し、排泄を入念に観察してから、薬を与えた。

「この赤い錠剤は、病院で調合した座薬。内側で溶けて、光くんの御尻を楽しむ殿方、つまり光くんのお父様を天国へ連れてってくれますの。この青い錠剤は、ご自分で飲んで下さいな」 

「いまですか」

「ええ、トイレさえ使わなければ、効果はしばらく続きます。それに、きっとあの方はすぐ味見したがるでしょうから、私からのサービスです」

「あり…がとう…ございます」

少年は深々と奴隷のような礼をした。表情を見せないためだ。女は、手入れの行き届いた長い睫を瞬かせる。

「それから帰りの船は、私も乗りますから。出るのは一緒ですわね」

「…はい」

巻毛を垂らしたまま、下げられた頭は戻らない。あるかなきかの溜息を漏らしたのは、二人のどちらだったろう。

「ねぇ光くん…固くならないで聞き流して下さいね…んんっ…例えば、ある、此処とは別の島に、小さな診療所があったとします」

「はい?」

「その島では、幾つかの村の住民が集まって、組合を作って、ちょっとづつお金を出し合って、健康保険のまねごとみたいなものをやっていて…」

「…」

「ですから、診療所もなんとか患者さんを診れますの。ちょっとお人好しの若いお医者と、看護士をしている綺麗な奥さんと、三歳になる可愛い可愛い娘が居て…」

「いい、ですね…」

掠れたボーイ・ソプラノが、抑揚を欠いた答えを述べる。語る側は少し早口になった。

「そこはでも、やっぱり忙しくて、とても人手とお金が不足してるんです。お金の方は、そうですね、綺麗な奥さんが出稼ぎにいって何とかしたとしましょう」

「マキさ…だって…僕は…あいつ…」

「旦那様は淋しがり屋で、奥さんが帰って来る時、新しい家族を連れてきたら歓びますわね。娘はお土産に可愛いお兄さんを貰ったら、嬉しくてたまらないでしょう」

「ありがと…ございま…」

「覚悟してほしいのは、その村は退役した兵隊さん、傭兵という、ちょっと変った仕事をしていた人の住んでいる所だということ。この病院とは正反対で、セックスは殆どないけれど、代りにとても荒っぽいから、心の優しい、繊細な男の子は、慣れるのに時間がかかるかもしれない」

「…あ…りがとうとござい…す…」

何でそんなこと言うの?そんなとこに、いけないのは知っているのに。あなたが、最後に教えてくれたのは、僕がこれからあいつのところへいって、それでも自分らしくいきるための業なんじゃないか。違う。そうじゃなくて、きっとなぐさめてくれてるんだ。うん、解った。いつか。いつか。僕も、じぶんの家へ帰るよ。ここではないどこかへ。

「聞き流して下さいと言ったでしょう。ほら、涙をお拭きなさいな………本当に、意地っ張りですね、光くんは」


明方の船着場を波が叩き、接岸したフェリーの舷板を荒々しく玩ぶ。甲板から渡り板がかけられて、鎖が陸と船体とを繋ぐと、階下から乗客の大きな肩が現れ、仮拵えの橋を踏んだ。頑丈な剛性ベニヤ材が撓み、尋常ならざる重みで軋む。

狭霧を巻いて、季節外れのコート姿が三たり、硬い地面へ降り立った。

先頭は恰幅の良い巨漢で、丸太のような両腕と、厚金の重ねたような胸板、ビール樽より太い胴へ、血管の浮き出た猪首を乗せている。秀でた額と赤らんだ獅子鼻、大きく横に広がった口、間から覗く頑丈そうな歯、其等を支える巌のような下顎は、銅線を植え込んだような剛い髭で縁取られ、顔全体に、獣じみた獰猛さが漂っていた。

後に続く連れの二人は、どちらもずっと痩せている。独りは禿頭の壮年で、丸硝子の黒眼鏡で表情を隠している。今一人はちびで、猜疑心の強そうな目付きで当りをきょろきょろとヤモリのように見回していた。左胸の物騒な膨らみ方からして、どうやら護衛のようだった。

「ようこそ福島様。朝一番の便とは、お早いおつきですね」

朧に翳んだ浜の奥から、白い制服にをまとった男女が挨拶と共に現れる。どちらもぞくっとする程美しいが、全く暖かみのない雰囲気だった。

「お連れも一緒なのですね。どうぞ宜しく、病院から案内を言い付かりました私はカナエ、こちらがサトキです」

握手しようと差し出された掌を不機嫌そうに睨んで、福島議員は口を開いた。

「此処へ長居するつもりはない。それと、俺に触れようとするな淫売ども。もうあと一歩でも近付いたら、海へ叩き込むぞ」

看護士達は、にっこりして身を引く。するとちびの護衛が歯を剥き出して、まるで敵を威嚇する猿そっくりに、息巻いた。

「解らんか。福島代議士せんせぇはお前等に消えろと言ってる」

「しかし、患者の退院を見届けるのは当院の通例ですので」

禿頭の護衛が、じりっと歩みを前へ進める。

「必要ない。代議士せんせぇは、この病院の主要な出資者の一人だ。つまらん慣習など捨ててしまえ」

白衣の男女は顔を見合わせると、素早く靄の奥へ消えていった。巨漢の参議員は顔を顰め、足元を踏み鳴らして、ひとくさり天候を罵ってから、盛大なげっぷをする。

「身の程を知らん淫売だ。院長にあのでぶ婆が就任してから、態度が悪くなる一方だ」

「女が頭になると、決まってそうですよ」

ちびが相槌を打つ。禿げの方も軽く頷いて、眼鏡を直すと、霧の向うを指差した。大小二つの影が、濡れそぼった大気を掻き分けて船着場へ降りてくる。片方は看護士のマキ、もう片方は、光だ。

三人の男は、強く興味を惹かれた様子で、奇妙な組み合わせを眺めた。女の方は平凡なダッフルを着込んでいるが、手を引かれる少年の方は、パーカーの下に、後腿を剥き出しにしたハイレグのパンツを穿き、尻穴から巨大なバイブレーターを生やして、見せびらかすように腰を振っていたのだ。

「無事終ったのか?お前は?」

「付き添いで、向うの港までご一緒します」

「あはっ♪お父様ぁ、お久し振りですぅ…僕ぅ、お父様のおっきいち○ちんが恋しくて、ずっと眠れなかったんですよぉっ…はやく、はやう下さいぃっ…」

福島はにやりとして、息子を抱き寄せた。

「随分淫売らしくなったな。もう身の程知らずに逆らったりはせんだろう。半分は俺の血だから我慢も出来る…良くやった」

「病院はお客様のご要望に背きません」

看護士が微笑んで側を通り抜けようとすると、男は獣のような唸りを上げた。

「何か?」

「淫売女は俺に近付くな。何度言えば解る。船に乗りたければぐるっと回ってゆけ」

「失礼しました」

言われた通り、彼女が迂回して渡し板へ足を乗せると、後から禿げが追いついて、耳打ちした。

「出航したら、船室で大人しくしていろよ。代議士は、商売女に側へ寄られるのがお嫌いだから、お楽しみに水を差さんよう気をつけるんだぞ」

「船内でなさるおつもりですか?」

「どうしていかん?代議士は多忙でな。ところでお前は幾らだ?病院の商売女はお高いそうだが…」

「そうですわね、後で部屋へいらっしゃって下さい。なんならお仲間と二人一緒でも」

サングラスの向うで、仏頂面が助平たらしく笑み崩れる。

「へへ大したスキモノだな。お前等は、揃って、やるのが好きで好きでたまらないんだろ」

「あら、それは殿方も同じかと思いましたが」

熱っぽく囁き返して、マキはちらりと代議士の方へ視線を投げた。父子は濃厚なキスを始めており、光の引き締まった両脚が男の膝へ艶かしく絡んでいる。

「けっ、生意気な女だ。後でヒィヒィ言わせてやる。向こう岸へつくまでにはちったぁ女らしさってものを勉強させてやるよ。俺は代議士とは違うからな」

「あの…失礼ですけど」

「あん?」

「私の見たところ、福島様は体調が優れないようですが」

頭の弱い娼婦として扱っていた相手から、唐突に専門家ぶった言葉をかけられ、禿げはちょっと鼻白むと、脇へ唾を吐いた。

「んな訳があるか。この前の健康診断だってまともな病院でお墨付きがでてるんだ、とっとと船に入って股を濡らして待ってろ」

「ですが…血色をみますと、最近疲労がたまって血圧が不安定なのでは…何か強心剤のようなものを服用されていますか?…それに、暫く性交渉を持たれていないのでしょう。そういう場合、激しい運動は得てして急激な血圧低下の原因に…」

護衛は鬱陶しくなって、拳を固めた。しかし看護士は少しも臆せず、喋るのを止めない。

「福島様の体調を気遣われるなら、お止めした方が宜しいですわ。せめて病院へ上がって、何時間か休養を摂られてから…」

「黙れ。代議士については俺たちが一番良く心得ている。お前みたいなアバズレに世話を焼かれんでもな!」

「そうですの…職業柄、つい…」

「淫売が気取るな」

罵倒と共に突き出された拳をひらりと躱すと、女は小さくお辞儀してから、フェリーへ乗り込んだ。バランスを崩して、たたらを踏んだ禿げ頭の元へ、相棒が追いつく。小猿めいたちびは、階段を昇って行く美しい後姿を拝んでから、怪訝そうな面持ちで仲間を振り返った。

「どうしたんだ」

「ちっ、偉ぶりやがって。メスイヌが…後で死ぬほどヤッてやる」

「じゃ急ごう。代議士の方はあそこでおっぱじめかねない盛りようだぜ。あのガキぁ、確かについその気がなくても、むらむらしてくるような色っぽさだ。病院様々だな」

「冗談じゃねぇ。代議士はそういや、あそこを構造改革するっていってたっけか。なら早いうちに役立たずのデブやインポを追い出して、まともな男を経営者にしねぇと。ああいう勘違いしたスベタばかり増えるぜ」

毒づきを洒落と受け取って、ちびはげらげらと腹を抱えた。

「それなら俺が院長にしてもらいてぇ。なんとか免許はないがな…くくっ、やって飲んで遊ぶだけの生活てのも悪くねぇからな。まあいい。中行こうぜ。ここで喚いても寒いだけだ」

「解ったよ…ちっ、あの女…」

二人は、マキの後を追って船内へ戻る。

最後に残った福島議員は、卑猥なえびす顔で念願の性欲処理便所を弄繰り回しながら、ゆっくりと歩いていた。

「さっそくやってやる。病院の連中の料理の腕前を確かめないとな。嬉しいか」

「はぁい。あんっ、壊れちゃうまで犯してぇ、お父様ぁ♪」

「ふん、和子に似て淫乱だな。尻の形までそっくりだ。こんなデカイ玩具を咥え込みやがって。もうガバガバなんだろ?」

少年は瞼を閉じて、素早く父の頬へキスをした。肯定の仕草だ。巨漢は征服の歓びで胸を躍らせて、振動するバイブの把手を掴んだ。

「邪魔だな。お前の穴がどんな具合か見えん」

「ひゃっ…抜かないでぇ、ローション零れちゃうよぉっ、お父様にトロトロの御尻味わってほしくて、準備してたんだからぁ…」

「ほーぅ、治療の効果は大したもんだ。まぁお前は元々勉強家だったからな、淫売の巣でたっぷり役に立つ知識を仕込んで来たんだろう、えっ?」

好色な当て擦りをして、もはや従順な奴隷と化した妾腹の息子を横抱きにすると、一気に板を渡って階段を駆け登る。振動が心地よいのか、光はまたあえかな吐息を漏らした。

船着場から人影が消えると、やがてフェリーはサイレンを鳴らし、有明の海へと出航した。

島の奥、まだ柔らかな朝靄に包まれた病院では、漸く最初の患者が夢から醒め、看護士の丁重な挨拶と、昨夜と変わらぬ妖艶な衣装を目にして、選ばれた者だけが享受する、輝かしい一日の始まりに胸を高鳴らせていた。


天鴛絨張りの長椅子を並べた展望船室。どの椅子にも透明なビニールカバーがかかっているのは、初めから特殊な用途を想定しているからだろう。 

「お父様、あんまり、じっとみないで…」

伏せ目がちに呟いて、少年は下着へ指をかけた。左右へ引き伸ばして、ゆっくり降ろすと、ピンと天を差す秘具を掌で隠すようにし、いきんでバイブレーターを落す。

あれだけ巨大な玩具で占められていたのが嘘のような慎ましさで、括約筋は穴を閉じ、中へ塗り込められたローションを一滴も零さなかった。締りの良さは期待しても良さそうだと、男は目を細める。

「フェラも手コキも後だ。まずはお前のけつ○んを使ってやる。自分で挿入れてみせろ」

野卑な命令にこくんと頷くと、息子は父の膝を跨ぎ、真下にある股間のジッパーを弄って、魁偉な逸物を表へ出させた。大きい。病院で相手をした看護士の誰より。畸形といっていいサイズだ。以前強姦された際は、直腸へ焼酎の一升瓶を差され、アルコールで限界まで弛緩させられて、やっと受け入れた。だが、しっかりと拡張の済んだ今なら、あの時程の苦痛は味合わないで済むだろう。

「お父様のでか○んぽ、いただきま〜す♪」

腰を降ろす。太い。亀頭がつついただけで脳へ火花が飛ぶ。ゆっくり受け容れようと膝を曲げていくと、いきなり尻朶を鷲掴まれ、根元まで貫かれた。

「…ぃっぎぃ!!???」

ショックで白目を剥く少年を、巨漢が激しい強引に揺すり始める。

「淫売流の、焦らし方を、覚えた、らしいが、お前は、ただの、便所だ。便所が焦らしたり、するか?ああ?」

凶悪な笑みに顔を歪めて、参議院議員は自らの性奴を罵った。彼の情欲の源泉は、自分を否定し、捨て、尚且つ怖れさせた人間に対する復讐心だった。女の面影を宿した子供を犯し、破壊し、貪り尽くす。そうすることで、敵が完全に居なくなったことを確認する。

ある意味で、光の努力は無駄だった。福島を相手に演技など必要なかった。彼は元々、妾腹の息子を一個の人間とは見ておらず、長年温めてきた仕返しの代理をさせるための替え玉、精液を流し込む便器、虫けら以下の存在としか認識していなかったのだから。

「くく、ぬるぬるしてるな。あの女と同じ、俺を身体で楽しませるだけの…」

勝ち誇った雄叫びが、喉をごろごろ言わせる呻きに変わったのは、その瞬間だった。痛みで失神した少年が、長椅子へ放り捨てられ、男は顔を土気色にしたまま床へ潰れた。

激しい物音を聞きつけ、外で待っていたちびの護衛が慌てて室内へ駆け込む。

「代議士、代議士……くそ、祇園、来てくれ、代議士が」

「あらあら、急激な血圧低下を起こしてますわね」

いつのまにか、彼の背後に看護士が立っていた。ちびがぎょっとしていつ入ったのか質そうとすると、女はもう真剣な表情で二つの裸身へかがみこんでいた。

「ですから、お連れの方にお止めするよう願ったのですけど…いけませんわ…」

「いけない?どういう意味だ」

「国家社会党の若手最右派が、同性と近親相姦中に腹上死…マスコミへ書き立てられたら病院にも傷がつきますし…」

「腹上死?ちょっと待て。代議士はまだ…」

「ごめんなさい。即死かそうでないか、人死に慣れていない方は解りませんものね。ほほ」

青褪める護衛を置いて、マキはティッシュを取り出すと、素早くハンカチで床のローションを吸い取り、男の性器をも同様に拭った。

「何をしている…」

「手伝って頂けます?後始末をしないと、証拠が残ってしまいますの」

「証…拠?」

「まぁ、また飛躍してしまいましたわ。いいですか、順を追って申しますと、このフェリーにいるのは私とそちらのお二人と、この子と、船長だけ。船長と私は勿論病院関係者ですし、お二人は代議士の命を…失った今は少なくとも名誉を守る立場でしょう?私達さえ慌てなければ、大丈夫です」

まるで予め用意された台本を読み上げるかのような落ち着き払った解説に、ちびは、異世界の生き物を前にしているかのような恐ろしさに打たれて、女を睨んだ。

「おま…待て、祇園が来てからだ…」

「呼んだか、どうした、何があった」

乱れた服装の禿げが、女の背後から現れる。性脈の浮いた首筋や染みだらけの頬、汗でてかる頭の天辺と、随所にくっきりとキスマークが刻まれており、緊迫した表情にも関わらず、その様子は滑稽極まりなかった。ちびは真赤になって歯軋りし、鋭い金切り声をたてた。

「お前!お前も…何を…まさかよりにもよって、今さっきまで、この女と」

マキは頭を振ると、少年を抱え起こして、己の上着をかけた。

「議員が死んだ時、ボディガードが何をしていたかも、私達だけしか知らない事ですわ」

「死んだ?代議士が?ちょっと待て!」

男二人が怒鳴り、叫びながら主の亡骸を囲むのを、離れた所で眺めながら、女は少年の頬へ唇を寄せて、悪戯っぽいキスをした。

「…取り敢えず病院へ戻ってはどうですの?あそこなら人目に触れず、何でも出来ますし」

「黙れ!お前の指図など受けん!」

「そのガキを連れて、あっちへ行ってろ淫売め!」

にっこりして、看護士は自分の患者を抱えたまま場を離れた。彼等がどうするかは、もう解っていたし、あれこれ示唆してやると、逆効果になる場合もある。ちょっとばかり悩ませてやった方がいいだろう。

幼い身体の体温を感じながら、こっそり脈を取る。後二時間とせず、直腸内の毒素は分解するだろう。経口の中和剤は、もう二時間保つが、代謝の早い彼は、もう少し短く見積もった方が良い。肛腔を洗浄できる設備があれば安心できるのだが。あの二人が、さっさと決断を済ませてくれるのを願うばかりだ。

潮風がマキの頬を擽り、故郷を思い出させる。島ではもう、色取り取りの花が咲いている頃。娘はファーブル跣で、虫にばかり興味を持つけど、光くんは綺麗なものが好きでしょうから、ああ、庭の手入れもしないとと、取り留めの無い想いが去来する。

きっかり一時間の後、船は白い波の軌跡を描いて、元来た航路を辿り始めた。


船着場からの連絡を受けて、病院側は必要な手配を済ませると、心臓麻痺とか脳溢血とか都合の良い死因を選定し始めた。

緊急会議を終えた医師は、院長室で、永らく禁煙していた煙草を、部屋の主の抗議にも係らず猛然と吹かし、充血した瞳を、肘掛け椅子の上へ座った肉塊へ注いだ。

「自民党の元老から幾ら貰ったんです」

「人聞きの悪い事を言わないで頂戴」

「これで主要な後援者を一人失いましたよ」

「そうね。困ったわ。でも、いつでも当院を必要としてくれる裕福な方は居るものよ。そういえば話していなかったかしら、半年前大口の寄付の申し出が…」

「自由民主党護憲連合名義で」

「いいえ、あなたは左翼政治家を皆、陰謀家にしたがるようですけど、申し出をしてくれたのはとても善意のNPOで…」

院長の目が、胡散臭い泳き方をする。医師は煙草をマホガニーの机へ押し付け、焦げ目をつけると、新しいのを取り出して、フィルターを千切ってから咥えた。

「古い言葉なら外郭団体だ。或いは隠れ蓑。ここをクソゲームのクソ舞台にする気ですか」

「あら、昔の下品な口癖が戻ってるわよ先生。もう医大生崩れのプッシャーじゃないんだし、此処は立川じゃないの。やめて頂戴な。煙草は拳銃の次に貴方に似合わなくてよ」

「引き受けたのは、貴女ですか、彼女ですか」

「何のことかは解らないけど、私じゃないのは確かね」

「小児科病棟の計画は、最初から福島を嵌める為の…」

「いいえ」

ぶよぶよした脂肪の山が、大きく震えて、怒りを顕す。青年はニコチンとタール(ともに0.5mg)を深々と肺へ導いて、激情を鎮めた。

「じゃ、後だ。あの男が女を寄せ付けなかったから、こういうやり方で…」

「事故って怖いわね。それにしても腹上死は、人によっては本望な死に方だそうよ」

「彼女はどするんです」

「辞めたいという人間を引きとめてもしょうがないわねぇ…」

「光くんを引き取るとまで言ってる。許すんですか」

「両親が死んでしまったのよねぇ…まぁ、本人の希望が一番だから…ほかに親権主張する人も居ないでしょうし…」

「暗殺の道具として使った償いという訳ですか」

ころころと鈴を転がすような笑いが、仄昏い部屋の空気を震わせた。

「先生、あなたがあの子を引き取りたいなら、行って、マキさんと対決してらっしゃい。昔の自分を出せば、勝目はあるかもしれないわよ」

「ふん。俺…いや僕がそんな…」

「ただし、あの子を引き取るなら、この仕事は辞めなさいね」

「くどいな…もう仕事へ戻りますよ…」

「そうね、ところであの新しい二人の患者さん。確か祇園さんと山中さん、面倒見といてくれるかしら。セックス漬けで頭のネジが飛んじゃったみたいなの。まだ若いのに、年輩の患者さん達を見習って欲しいわよねぇ。当分小児科病棟のベッドは埋まりそうも無いから、そっちでお願いするわね。看護士はミズヤさんとサトキさんで…」

心の闇と炎を飲み込んで、病院は動き続ける。白衣の天使達は、汚れた金と欲望を、歪な鋳型へ流し込み、禍々しいヘルメスの神像を打ち建てる。

だが今夜、小児科病棟の扉は静かに閉り、一隻のフェリーが船着場を出てゆくだろう。勿論明日になれば、対岸からは百隻の船が、また新たな患者を積んで押寄せるのだけれど。

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