The Statue of Humanization

春うらら。木漏れ日の落ちる洞穴の入り口に、一匹の雌が裸で寝そべっていた。

黒い肌に黒い髪、尖った毛むくじゃらの耳と尾。へそまである茂み。だが整っていても荒々しい顔立ちから、形のよい乳房や双臀はつるりとしている。獣と人のあいだ、獣人。あるいは半魔。

名前を付けるなら、影渡(かげわたり)。筋骨逞しくも成熟した丸みをも帯びた姿態は、そこかしこに歯型、否、牙型がついている。わけてもうなじのあたりと、尻の周りに多い。爪の食い込んだあともある。凶暴な天敵が捕食を試みたかのようだった。逆に腹はたらふく餌を喰らったあとのように膨らんでいる。

そよ風が闇色の皮膚をなぜ、浅い眠りから覚ます。犬歯をのぞかせつつあくびをすると、けだるげに動き始める。はじめは二本足で立とうと試み、ふらついてから、めんどくさそうに四つん這いになる。

生い茂った葉群の下、地面を湿ったもろい土が覆っているあたりにたどりつき、前肢、いや両腕で穴を掘る。ついで、がに股になって尻を上げると、排泄の穴と子産みの穴から、おもむろに白濁をあふれさせる。大変な量だった。

腸(はらわた)と膣に詰まった精液が抜けるにつれ低くあえぐと、とうとうこらえきれず小水もほとばしらせる。小刻みに震えてから、陽だまりのもとへ戻り、また横になると、脚を開いた姿勢で背を折り畳み、舌を伸ばしておのれの秘所をきれいにしようとしてうまくゆかず、いらだったうなりを漏らす。

仕方なく立ち上がり、おっかなびっくり後肢、否、両脚で立って歩き始める。うっそうとした林に分け入るうち、遠くから争うような音と匂いを感じ取る。ようやく樹々のあいだを抜けると、鏡のような池の縁で二頭の獣、人、いや半魔が組み打っているのが望めた。

一方は大柄な雌、あるいは女。ぬばたまの皮膚も尖った毛むくじゃらの耳も尾も、獰猛そうな美貌も、影渡と瓜二つといってよいほど似ている。母の腹から同時に生まれた姉妹らしく。名前を付けるなら暗潜(やみもぐり)。

もう一方は小柄な雄、あるいは童児。あどけない面差しをしているが、唇からこぼれる鋸歯状の歯並びや、黄金にきらめく縦長の瞳孔からやはり人ではない。白璧のような肌に輝く桔梗色の鱗をそこかしこ散らし、額には二本の角。背には退化したようなかわいらしい皮膜の翼を生やし、くねる尾を備えている。名前をつけるなら紫鱗。

目の前の引き締まった下半身にしがみついて、激しく腰を振っているが、勢いが尋常ではない。交尾というより狩猟のようだ。

「わふっ…わぅっ」

音を上げた暗潜が、地面に鉤爪を食いこませながら尻を激しく左右に振り立て、のしかかる少年を跳ね飛ばそうとする。紫鱗はすかさずうなじに噛みついて、どちらが主導権を握っているのかはっきりさせると、いきなり足をふんばって、おのれの二倍はありそうな女体を抱え上げ、宙に支えたままさらに突き上げる。

「わうっ!きゅぅうんっ…ぎゃぅっ!!!」

六つに割れた腹がいびつにゆがみ、内部を暴れまわる剛直の桁外れな大きさをあらわにする。淫らな粘音をさせてぶつかる接合部から、蜥蜴のように二股に分かれた異形の性器が垣間見える。ねじれのたくる突起だらけの器官はうごめきながら前後の穴を同時に貫き、それぞれ子宮と結腸まで達しているようだった。

降参の印に失禁し、小水の弧を描かせながら、のけぞり、舌を突き出してわななく獣耳の女。だが有鱗の少年は満足せず、さらに打ち込みを続ける。絶頂に達したあと失神しても、乳房に食い込む爪や肩を噛む鋸歯によってうつつに戻りまた喉から嬌声と悲鳴のいりまじった哀れっぽい音をさせる。

見守る影渡は両脚のあいだの茂みを濡れそぼらせながら、助けを求めるような姉妹の甘哭きにも、ただ息を荒らげるばかりだった。

執拗な種付けがようやく終わると、秘裂と肛門の二つから残滓をこぼしながら、雌はうつぶせに倒れ込む。幼い雄はやっともう一頭の雌に向き直り、命令するように短い唸りを発する。

影渡はかたちばかりにらみ返してから、四つん這いになって傍へ寄ると、おとがいをいっぱいに開いて、うごめく二股の剛直の片方にむしゃぶりついた。眉で八の字を作りながらも、挑むように上目遣いし、ためらいなく犬歯を食いこませようとするが、かすり傷ひとつ与えられない。

そうしているあいだに華奢な童児には似合わぬ異形の逸物は、やすやすと喉奥まで入り込み、粘膜をこすりながら容赦なく犯す。

「ふむぅ…んむっ…むっ…」

口いっぱいにごつごつした太幹を頬張りながら、負けまいと鼻息を吐き、唇の端から泡をこぼしつつ、首を前後させる獣耳の女。いつしか隣には姉妹が並んでもう一方の屹立を咥え込む。

瓜二つの雌はそろってきつい眼差しを小さな雄に向けながらも、甲に鱗を散らせた掌が伸びてそれぞれの蓬髪を飼い主然と撫でると、千切れんばかりに尻尾を振った。まだ意地を張るそぶりをしてはいたが、誰が優位なのかを示していた。

影渡と暗潜はしゃぶっているだけで軽い恍惚に陥り、耳を伏せて尻餅をつき、愛液をこぼすが、舌を休ませると紫鱗が不機嫌に髪を引っ張るのでまた懸命に再開する。顎が馬鹿になるほど奉仕にいそしんでから、とうとう奔流のごとき精液を受け、一部を鼻や口角から噴き戻しつつ、ようやく唇から長杭を引き抜く。

漆黒の半魔はどちらも、苦労しながら粘りけのある欲望の塊を胃に収めると、ずっと一緒に育った血族にする自然ないたわりで互いの唇を舐め回し、舌をからませ、接吻を交わす。抱き合って乳房と乳房を潰し合い、肌と肌を重ねながら、すんすんと鼻を鳴らし、手酷い蹂躙に逢った身同士を慰める。

有翼有角の子供はあくびをしながらしばらく待っていたが、ややあって咆哮を発する。大気が震え、獣耳の女二人は崩れ落ちると、さすがに怯えを含んだ面差しで、そう遠からぬところに立つ未熟な矮躯を仰ぐ。

縦長の瞳孔を持つ黄金の双眸が剣のごとく、雌を芯まで貫いた。影渡と暗潜は痺れたようにしばし動かないでいてから、最前までとは想像もつかぬ媚を含んだ仕草で、また引き締まった双臀を紫鱗に向け、尻朶をぶつけ合わせるようにして、競うようにしてなまぐわいをねだる。

小柄な雄は双角の陽根を器用にそれぞれの陰唇へと挿して、内側を抉り、削り、擦り攪拌しながら、尽きるを知らぬ膂力でまた種付けにかかる。

あえかな三重唱が、清水をたたえた池のほとりをかすかにさざなみ立たせ、風に乗って、いつまでも、いつまでも森にこだましていた。


「人化の像?って?」

そう尋ねたのは絶世の美女、と紛う容貌を持った長身の人物。酒場の隅にある席に深く腰掛け、素焼きの杯を手にくつろいでいる。

足元には鴉羽色の毛並みをした巨狗が二頭寝そべり、肩には宝石細工を思わせる紫鱗の仔龍が止まっている。いずれも地上の産ならざる異形だが、ほかの客の目には入っていないらしかった。かくもあまたの魔物を飼い馴らすところから、仲間は魔匠と呼ぶ。

円卓を囲んでいるのはほかに、男ものの装束に豊満な肢体を押し込み、うっすら妖気を漂わせた小柄な女。隣には画布と石墨を差し込んだ木の棒を手にした絵師らしき女。向かいには鈍い銀に輝く合金の半仮面をかぶり、義手で料理をつまむ男。別の皿を疑わしげに睨む踊り子風の少女。

いずれも魔匠をまとめ役にいただく名高き冒険者集団、地獄の猟犬団の一員。店内はほかにも同業があまたいてごったがえし、実に賑やかだ。厨房の方では、子供が二人、艶やかな黒檀の肌をした大兵の亭主にちょっかいをかけている。

「おい、チビども仕事のじゃますんなよ!」

男装の女は、やんちゃもの達に母親らしく呼びかけてから、また向き直る。

「さて何の話だったか。そうそう人化の像。どうやら“塔”にあるらしい。人の形をした石みたいなもんが三つ背中合わせにくっつきあった見ためをしてて、近づく魔物を変身させてしまうんだと。二本の足と二本の手、二つの目に二つの耳、一つの鼻…まあ要するに俺みたいになるってことさ」

魔匠は身を乗り出した。

「それがあれば…嗅鼻の姉貴は…人に戻れる?」

「どうだか。魔物を完全な人にするんじゃないらしい。変身したあともどこか元の姿に似たところがある…つまり俺みたいな半魔に近い。おまけに効果も長くは保たんそうだ」

嗅鼻と呼ばれた妖婦は苦笑しつつ、腕をほつれさせて触手に変えると、離れたところにある杯をとっって中身を干した。

「まあ俺は不自由はしてない」

「そうか…」

「がっかりするな。面白い財宝には違いない。“塔”の中域あたりで目撃したやつがいるが、地形が急峻すぎて近づけなかったと…行ってみるか?」

「興味は、ある、けど…今は新しく入った半月とタナカさんがうちになじむ方が先…迷宮の中層も楽にこなせるようになったし、このまま下層まで入れるようにしてから」

魔匠が視線を向けると、半仮面の男と踊り子の娘が食べる手を止めて見返す。

「俺は塔に行っても構わんが」

「ワタシモ」

「それなら、迷宮の下層に到達したら、塔の方へ移ろう。久しぶりに視目の兄貴にも会いたいし」

「へ、あいつが塔にいるかどうかは分からねえがな。いい年こいて落ち着きねえやつだし」

三つの魔物はそれぞれ興味もなさそうにしながら、しかし人の会話にじっと耳を傾けていた。

騒がしさのうちに夜も深まり、集まりが散じて、それぞれが宿に引き上げる頃になると、二頭の犬は急に飼い主の洋袴をひっぱって何やら訴えた。

「…どうした…」

問いかける魔匠に、吠えたり跳ねたり、伏せたりして考えを伝えようとする。

「しばらく暇が欲しいって?分かった…そうか…恋の季節だな…影渡や暗潜にも仔ができる日が来るのかな…?」

二頭は飼い主の掌に鼻面を押し付けてなごりおしげにしてから、くるりと向きを変えて駆けて行った。

「地獄の猟犬だから、間違いはないと思うけど…ちょっと…いや、心配しすぎか」

冒険者が気遣うような眼差しを投げると、不意に肩から小さな黄金の翼が飛び立つ。

「紫鱗!一緒にいくのか?…どういう風の吹き回しだろう…」

桔梗の鱗を煌めかせながら、空からの追跡を始めた小さな龍に、さっきとはまた別のもの思わしげな面持ちを作りつつ、魔匠は人ならざる仲間を見送った。


もともとは迷宮下層の魔物である地獄の猟犬、影渡と暗潜にとって、地上の人や獣はもちろん、不思議な“塔”の住民さえも恐れるには足りなかった。

塔は低域から中域、広域、最上階へと登ってゆくにつれ危険になってゆくのは、ちょうど降りるほど剣呑になっていく迷宮とはさかしまだが、二頭にとっては故郷へ帰るにも等しかった。

もちろん、あらわれる魔物はまるで異なるのだが、弱ければ餌食にし、強ければみずからが持つ魔法の力により黒い靄となってたやすく逃れてしまえばよい。もとより人間を狙った罠にはかからない。

さほど苦労もせず中域の森に到達すると、酒場で聞きかじった噂をたよりに、人化の像なる財宝を探し回った。途中、おっかなびっくり進むかけだし冒険者集団を横目に追い抜き、下品な笑い金狼の大群を避けて通った。雄ばかりで犬や狐や狼の雌を襲って子をなそうとするほか、人間からものを盗むうっとうしい輩で、一匹一匹はしとめるのがたやすいが、返り血を浴びると近い種の雌は激しい昂りを引き起こすなど厄介な性質がある。

飼い主である魔匠その伴侶である嗅鼻が仕込んだ探索の技を生かして、しばらく樹々の間を縦横に調べまわるうち、澄み渡った池のそばにある洞穴に、くだんの像があるのを突き止めた。

二頭は像を頭で突いたり前肢で転がしたりして外へ押し出すと、ぐるぐる周囲を回ってどうやって働かせたものかと吠え付いたり、後肢で蹴ったりしてみた。まったくの無反応。あれこれ試してだめだと、影渡も暗潜も、へたりこんで舌を出し、息を弾ませる。

そこへ頭上から小さな飛影が降りて来る。龍の仔。紫鱗だ。財宝に着地すると、尾を巻き付けて安座する。

地獄の猟犬は、なじみの長虫に何か要求するかのごとく唸ったが、煌めく鱗をした相手はまるで応じるそぶりはない。しかししつこく吠えついていると、とうとう折れたようすで、鎌首をもたげ、人を模した石作りの遺物に、言葉を浴びせた。

もちろん人語ではない。龍のほかには音にするのも能わぬ呪文だ。像はひび割れ、砕け、閃光とともに弾け飛んだ。

あとには筋骨たくましい女が二人、きょとんとした表情で寝そべっていた。瓜二つの獰猛そうな容貌で、そろってとがった毛むくじゃらの耳と尾、鉤爪と犬歯を備え、漆黒の肌と瞳、髪が陽射しを浴びて艶やかに光る。さらにもう一人、桔梗の鱗を散らした青白い肌の少年。翼と角、しなる尾、鋸歯に爪を生やすところは、やはり半魔と知れる。

女の片割れはうなりを上げようとして、うまく声が出せないのに戸惑う。相棒も同じだ。そばにうずくまった童児はあくびをしてから、ぶつぶつとなにごとか詠唱する。

すると急にあたりに言葉があふれた。赤き土の舌という、迷宮のある街でよく通じる人語だ。

「これはなんだ。なんでしゃべれない」

「しゃべれるぞ」

「でも私の言葉じゃない」

「魔匠が話すのと同じ言葉だ」

「なったのか?魔匠と同じに」

姉妹は喜んで四つん這いになって互いを巡った。

「これで魔匠の仔が産める」

「たくさん産める」

子供はうっそり起きると、涼しい洞穴に歩いてゆこうとする。二本足を操るのは初めてだろうに、まるで危うげがなかった。二頭の雌は鼻を付き合わせてから、向きを変えて呼びかけた。

「おい紫鱗」

「お前がやったのか」

「しゃべれるようにしたのもお前か」

「ありがとう」

龍の仔は振り返って、めんどうくさそうに答えた。

「魔匠の仔は、よくない」

猟犬の乙女らはむっとして訊き返す。

「なぜだ」

「魔匠にはもう半魔の雌がいて、子もいる。もっといてもいい」

「そうだ。いっぱいいてもいい」

紫鱗はしばらく黙っていてから、また口を開いた。

「半魔の嗅鼻はむかし、人だった、って。でも影渡と暗潜は、ちがう」

「うるさい!」

「私は魔匠の雌になる」

断固として主張する姉妹に、童児はめんどううにあくびをすると、もう付き合うそぶりもなく、窖に入っていこうとし、急にすばやくまた後ろを省みた。

「何か来る」

声変わり前の喉から発する鋭い警告に、獣耳の女二人も構えをとってあたりをうかがう。やがて茂みが揺れて、薄汚い犬に似た獣、笑い金狼が続々とあらわれる。

「気付かなかった…」

「鼻と耳がにぶってる」

鉤爪と犬歯を武器に、魔物の群と向かい合う。少年は仕方なく洞穴から出てくる。

「ふたりとも窖の奥にいれば。僕が、かたづける」

「うるさい!紫鱗はえらそうだ!」

「指図するな!きらいだ!」

射干玉の瞳を燃やして不機嫌そうに睨みつける姉妹に、童児は黄金の双眸を煌めかせて向き合ったが、結局引き下がった。

「返り血、浴びるの、よくない」

「知ってる!」

「あっちいってろ!」

こらえきれず笑い金狼の一匹が飛び掛かってくる。即座に黒い靄になった影渡が迎え撃つが、うまく手足を使えない。暗潜が助けに入り、団子になっての戦いになるが簡単に決着がつかない。格上らしい気配に、ためらっていたほかの笑い金狼も、勇を鼓して一斉に襲った。

血肉と獣毛が飛び散り、唸り声と吠え声、悲鳴とが交錯する。姉妹は数匹の雄の喉を噛み破り、眼窩を指で抉ってしとめたが、猛った雄は皆逃げ散ろうとはせず挑んでくる。股間に硬くなった性器を認め、目的を察する。

地獄の猟犬二頭がともに人の姿に変じてもなお、まぐわえる雌としてとらえているらしい。ついに影渡がうつぶせになった格好で、一匹の笑い金狼がのしかかり、首筋を噛もうとしてきた。うなじに牙が喰い込めば、かたちばかりとはいえ、つがいの印を受けるはめになる。必死に抗ったが、どうも人の四肢はうまくなじまない。暴れてあがくうち、鼻が嗅いだ焦りの匂い、耳に届いたあえぎから、暗潜も似た窮地にあると知れた。

いきなり、咆哮が響き渡る。

有翼有角の子供が、岩の隧道からあらわれると、黄金の双眸で四つ足の群をねめつけた。

“去れ”

龍の舌が告げる。笑い金狼はそろって打ち震えたが、またしても一匹が意外な挙に出た。目前の雌を捨てるのをよしとせず、気迫は恐ろしいがなりは小さな半魔にいちかばちかの勝負をしかけたのだ。

汚い犬に似た姿は宙で塩の柱となって地に落ちると、粉々に砕けた。

“二度とは言わぬぞ”

もはや雌どころではなかった。紫鱗がいま一歩踏み込むと、あわれな雄の群は股間の秘具をしなだれさせながら、潮が引くように退いていった。あとには返り血にまみれた女二人。

「血を、落とした方がいい」

しなる尾が池を指し示すと、猟犬の乙女らはあえいでから、這うようにしてそちらへ進み、へたばる。龍の仔はあくびをし、華奢な腕を伸ばして、左右に軽々と姉妹を抱え、ちっぽけな翼をはばたかせて浮き上がると、水辺まで飛んでいく。

「はなせ!紫鱗!きらいだ!」

「はなせ!なまいきだ!」

「…はなす」

鏡のごとく澄んだ面に、雌二頭がそろって沈む。しぶきを上げ、さざなみを広げながら、もがく仲間をながめおろしたあと、少年はどうでもよさそうにまた陸の方へと漂っていく。

「紫鱗!ばか!」

「きらい!」

語彙の少ない罵りをよそに、岸辺に降りてとぐろを巻くがごとく丸くなると、うたた寝を始める。

「やなやつ!」

「私より小さいくせに!」

「卵から孵るまであたためてやったのに!」

「恩知らず!」

わめき飽きた姉妹は、反対側の岸に上がると、全身を振るって水滴を跳ね飛ばす。

「…これで、治るか」

「分からない…熱い」

「うずく…」

「うん…」

猟犬の乙女はそろって対岸で眠る少年を眺めてから、ふんとそっぽを向く。それぞれ日向ぼっこのために腹を見せてあおむけになるが、おとなしくしてても徐々に息を弾ませ、胸を上下させる。

「だめだ…」

「だめだ…だめだ」

「くるしい」

「魔匠がほしい…」

「雄がほしい…」

「魔匠!魔匠!」

「雄…雄が欲しい…」

毛むくじゃらの尖り耳が、足音を聞きつける。半魔の雌二頭は、瞳孔を収縮させ、跳ね起きると、犬歯を打ち鳴らしてから、近づく気配の方へ四つ足で不器用に駆けてゆく。

樹々をへだてたすぐ向こうに、かけだし冒険者の一団がいた。男が三人、女が二人。武器を構えて四方をうかがいながら、慎重に先達が拓いた道をたどっている。

標的をとらえた影渡は犬歯を剥いた。まず女を食い殺し、男を押し倒して犯す。口許は笑い金狼そっくりにゆるんでいる。暗潜には人語を介さずとも伝わっているはずだった。

姉妹の一方が、おたけびを上げて葉群のあいだから躍り出ようとしたせつな、龍の尾が喉首に巻き付いて、引きずり倒す。もう一方がためらうのに、小さな影が体当たりし、やはり地に転がす。

「よせ、魔匠が、泣くぞ」

「雄を…雄が欲しいっ…」

「じゃまするな!」

応えて紫鱗は咆哮を放つ。冒険者と半魔はともにわななき、人間たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出したが、猟犬の乙女らは踏みとどまり、なおも獲物を狩ろうとするそぶりだ。

鱗をある童児は、細い喉を手で抑えてかすかに首をひねる。

「僕も…弱くなってる?」

「どけ!!雄を奪う!」

「はばむなら引き裂く!」

脇を抜けてゆこうとする獣耳の女二人を、龍の仔は鞭のような尾と、翼が起こす風で食い止めた。

「分かった」

縦長の瞳孔を持つ黄金の双眸が瞬き、あどけない面差しが、鋸歯を剥くと、今度は幼い雄が、成熟し発情した雌二匹に襲いかかった。


「孕んだ」

「私も孕んだ」

影渡と暗潜がそれぞれつぶやいた。

二人は曇天から落ちてくる水滴の音を聞きながら、洞穴の入り口近くに横たわり、おしゃぶりを離さない赤ん坊のように、二股に分かれた紫鱗の剛直を咥えたり舐めたりほおずりしたりしている。

有角有翼有鱗の小さな夫はあくびをしてから、獣耳の妻二頭の求めるがままに髪を撫でてやる。すぐに甘えた鳴き声が上がる。

「私は四つ産む」

「私は六つ産む」

「龍と狗のあいだに実がむすぶか、わからない」

「わかる」

「わかる」

むっとしたようすの姉妹に、少年は眠そうにそれぞれ一瞥を投げる。

「子は龍?狗?」

「龍がいい」

「狗がいい」

紫鱗はちょっと首を傾げてから、めんどうそうに窖の岩壁に背をもたせてまぶたを閉ざす。影渡がうずうずしたようすで身をくねらせると尻をもたげる。

「あれをして。尻尾で、腹の中なでるやつ」

たちまちくねる尾が菊座を割って直腸に入り、奥へ奥へと捻じ込むと、鱗をけばだてて粘膜を擦り上げる。猟犬の乙女は肩をおののかせ、舌を出して虚空を仰ぐと、だいぶ上達した人語をさらにつむぐ。

「これ、ぞりぞり…ぎもぢいい…しりんに…いっぱい…なでられてる…みたいっ」

暗潜は頬をふくらせる。

「ずるい。私も…私は口が吸いたい。魔匠が早筆や嗅鼻としているやつ」

童児は、すりよってくる女の顎を指で持ち上げて唇を奪うと、みずからの精液の味がするのもかまわずたっぷりと舌をからませ、犬歯をなぞりあげ、粘膜をこすり、甘噛みを与えて、唾液を混ぜ合わせる。

「ふぁ…ぁっ…しりん…私これ…すき…」

「魔匠の雌になるの、やめる?」

「…紫燐の雌になる」

「私も」

競って答える二人に、うとうとしつつも龍の仔は人のようにうなずく。

「うん。そうでないと、魔匠が大変」

「そうか?」

「そうか?」

そっくりの顔立ちをした二頭の雌は憮然としてから、すぐ機嫌を直すと、あおむけと四つん這いで重なった格好になり、それぞれ脚を広げて幼い雄を誘う。

「紫鱗、またして」

「噛んだり、ひっかいたりして」

「叱って、びりびりするやつ」

「私も聴きたい」

矮躯の夫は起き上がると、二股の剛直をくねらせ、逞しい姉妹妻それぞれの柔襞を同時にかき分け深々と貫いた。乳房と乳房を押し付け合わせ、血を分けたもの同士で口づけを交わしながら、猟犬の乙女等は荒らしい龍の仔の支配に嬉々として身を任せた。

森にはなおしのつく雨が降っていた。


しばらくぶりに地獄の猟犬と龍に再会した飼い主は、優しく尖り耳のあいだをなでたり、鱗に覆われた背をさすってやったりしながら、驚きを隠せないようだった。

「本当にお腹を大きくして戻ってくるなんて…どんな毛並みの雄と結ばれたのかな…影渡と暗潜が両方ともなんて…すごいな…紫鱗も一緒だったの?そうか。守ってくれたんだね。ありがとう」

ひとしきりじゃれついてから、三つの魔物はあっさり冒険者のそばを離れた。以前に比べそっけないと言ってよい態度だが、魔匠は鷹揚だ。やや離れたところで、絵師の早筆が画布に線を走らせている。身重の犬二頭と、その上に舞う小さな長虫を一幅に収める構図だ。

「ほんとに紫鱗が、影渡や暗潜の世話を焼いてるみたい」

つぶやくと、そばにいた男装の女、嗅鼻が顎を指でつついて相槌を打つ。

「龍の庇護があれば、生まれてくる仔犬にも安心だろさ」

「でも面白いよね。種の異なる魔物と魔物があんな風に睦まじくなるなんて」

「昔、俺達が倒したもう一柱の龍も…身中に虫を養っていた。まあ望んでじゃないみたいだが、ほかの魔物と一緒にいられたことは確かだ」

「迷宮の主、だったんだものね」

三頭は人間のそばを離れ、魔物だけが知る片隅に下がる。雌がそろって何かを要求するようにうなる。小さな雄ははじめはまぶたを閉ざし、とぐろを巻いてまどろもうとしたが、結局折れて呪文を唱える。

たちまち獣耳の妊婦二人と、有鱗の少年があらわれる。

「紫鱗、すごい」

「また魔法、うまくなった」

「いや、そんなに、長くもたない」

そっけない返事を聞いてるのかいないのか、孕み女は左右からいそいそと幼い伴侶を挟み、丸々とした腹を押し付けて、二重の螺旋を描いて撚り合わさった二股の陰茎を擦り上げる。

「いっぱいいじめて」

「たくさんかんで」

「ひっかいて」

「強い子が生まれるように」

夫はあくびをすると、姉妹妻のむっちりした尻を鷲掴みにして揉み始める。

しばらく龍の仔が獲ってくる滋養豊かな獲物ばかり食べて、ろくに狩りもせずのんびりしてばかりいた猟犬二頭はいささか肥えた。原型の変化は、魔法によって仮初に生じる人の似姿にも反映するらしく、引き締まった肢体も随分肉置き豊かになっている。

「きゅんっ…きゅぅんっ…紫鱗、しりん。暗潜にしているように口を吸って」

「私も、ねえ私も影渡みたいに、腹の中を尻尾で撫でて」

願い通り接吻を奪い、はらわたを鱗でおおった尾でこすってやりながら、少年は小さな翼を広げる。影は大きく広く、すっぽりと女二人を包み、穏やかに抱き取る。

塔での一件からあとは、ちっとも乱暴にしてくれなくなった幼い雄に、身重になってなお血のたぎりを求める魔物の雌はそろって物足りなさを覚えつつも、また荒々しさを引き出す工夫を算段しながら、ひとまずは穏やかな愛撫を満喫するのだった。

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