The Painter of a Harem

帝国では最近、後宮に画家をはべらせ、絹のしとねで乱れ狂う寵姫や小姓を描かせるのが流行っていた。淫らにしどけなく、主の目を喜ばし、艶福を寿ぐように。できあがった作品を諸侯のあいだで回覧し、良し悪しを比べるたしなみもあり、各家は競って優れた才能を求めた。

版図の中では辺境にありながら交易と学問で殷賑を極める西京都の太守が、このほど遠く迷宮の街から戦利品として連れ帰った描き手は、若輩ながら優れた腕前と評判が高かった。うわさでは見た目にも愛らしく、閨房に置いても映えるのだとか。

初めは異土に慣れず、奴隷の境遇もよしとせず、技を示せと言いつけても怒り抗うばかりだったが、お抱えの錬金術師がよくしつけてからは従順になった。おもざしはいまだ憂いを帯び、時折手を止めてすすり泣くくせは治らなかったものの、かえって可憐として多少の粗相は目こぼしを受けていた。

季節のめぐりとともに、徐々に籠の鳥の暮らしを受け入れるようになった画家は、日々筆と布板を抱きつ、緑こぼれる中庭を横切る御影石づくりの回廊を渡って、昼なおほの暗い太守の臥所に通うようになった。

来たばかりの頃と異なり、もううなだれはせず、まっすぐ背を伸ばし、あたりに見せつけるような踊るがごとき足取りで進む。

うわべも以前とはすっかり変わっていた。ほっそり痩せていた体つきは、秘薬によって胸と腰をたっぷりとふくらませ、この地の貴顕が好む砂時計型に整えてある。耳、鼻、舌、乳首、秘裂、陰核には合金の環が飾り、細い鎖がつないであった。それぞれに小さな鈴が下がって、動くつど涼やかに鳴る。へそにも金の栓が埋めてあり、陽射しを浴びるとまばゆく光った。

香油を塗り込んだ艶やかな肌の上から、透ける薄衣と面紗をまとい、左右一対の淫紋を刻んだ双臀を、勢いよく振りたて、はちきれんばかりの乳房を揺すって、凛々と音色を響かせながら進んでいく。

ゆきすぎるほかの奴隷は皆いたずらっぽい笑みを浮かべ、腕を伸ばして尻朶を撫で上げたり、胸先を爪弾いたりしてすっかり感じやすくなった肢体を昂らせてゆく。

一度、視界の隅を黒い靄がかすめていったが、意識をむけるゆとりはなかった。乱れた吐息を漏らしながら、描き手はしかしどうにか道具を放さず仕事場へたどりつく。

「太守様、早筆が参りました」

跪いて挨拶をすると、すぐに暗がりから応えがある。

「入れ」

緑檀と銀伽羅を組んだ格子戸が開いて、室内に焚き籠めた甘い薫がただよってくる。煙が皮膚をくすぐるだけで、夜の玩弄を思い出し、腋と股の叢にじっとり汗を掻いた。

早筆の総身は、耳や鼻の穴にいたるまで、錬金術師の薬で毛穴を焼いてしまい、赤子のごとく滑らかになっているが、わざと茂みを残してある部分もある。そこからのぼる麝香じみた匂いに、みずからむせそうになる。獣じみていた。もう人ではなくなりつつあるのかもしれない。昔に学んだ本草の知識がそういう考えをほのめかせるが、あまり恐ろしさはなかった。ただ鼓動だけが早まる。

踏み込むと、きれぎれに小鳥のさえずりが聞こえてくる。いや、しゃっくりのようにあえぎをこぼす声変わり前の喉だ。

「草採にこらえしょうがないゆえ、そなたがつくより先に慰めていたところだ」

「や…みな…ぃで…」

「そうではないだろう。幾度も教えたはずだ…また…しおきがいるか?」

「ふぅ…ふぅ…ぁっ…ぅぐっ…早筆さ…おれの…いやらしいすがた…見…やっぱりや……んっ…ぅ!」

「まったく覚えの悪い小姓よ」

逞しい青年の腕のあいだで弱々しくもがくのは、少女と紛うような少年。遠い迷宮の街で、画家とともに捕虜となった幼い冒険者見習いだった。

もともと華奢な子供ではあったが、寵童として磨きがかかってからは、凄艶といっていいたたずまいがある。胸が締め付けられる苦しさについあえぎ、顔をかたえに向けてしまう。

「早筆。そなたもそなたで困ったものだ。ほかのものを素描するときは眉一つ動かさぬのに、こやつを前にするといつもそうして目をそらす」

「おゆ、るしを…」

「ならぬ。そなたの筆がもっとも乗るのはこやつを写し取るときだ。こやつがもっとも可憐になるのもそなたを前にしたときだ…世にとってはどちらもたとえようもなく好ましい」

太守は残酷に笑う。浅黒い彫像のような体躯。年齢の定かならぬ美貌。恐らくはみずからも秘薬を服して若さを保っているのだろう。獣じみた精の強さ、疲れを知らぬ膂力は戦場でも房事でも相手を徹底して屈服せしめるのだと、早筆は身をもって分かっていた。

「さあ描け。我が小鳥を」

太守は、小姓の腕をもたげさせ、無毛の腋に刻んだ淫紋をねぶりあげる。合金を皮膚に埋めて織りなした複雑な文様が妖しく燃える。

未熟な肢体には、ほかの奴隷より多く、錬金術師による刺繍が施してある。両腋はもちろん両掌、両蹠(あしのうら)、心臓の真上、右の頬と、一つだけでも働きだすと立っているのがつらいほどなのに、七つも八つもとなれば耐えず官能を覚える神経だけが剥き出しになっているようなものだろう。

秘薬のせいか少年の胸と腰は、ほのかにふくらみつつあった。冒険者見習いとして年齢なりについていた筋肉はすっかり落ち、代わってうっすらした脂肪がなまめかしくほっそりした短躯をおおい、ますます性別を定かならなくしていた。

若き画家の脳裏に過去の記憶がよみがえる。生まれ育った迷宮の街で見かけた錦絵にも、似たようすをした色町の男娼がしばしば登場していた。

「草採…くん…ぅっ…こんなの…」

「つとめを果たせぬようなら、また折檻だぞ」

ためらってすらいられない。腕の震えを静めて、あぐらを描いた主の上に座って腰を振る寵童のもろげな輪郭を布板にとどめてゆく。

「しまりがよくなったぞ。感じるのか。あの娘のまなざしを」

「言わ…ない…でっ…ひぁ!!!っ…」

男は子供の胸の先端をねじりあげながら、また気をやらせた。いまだ精通を迎えぬ幼茎がへその下を鼓いて雫を散らす。今後も子種を放てぬようよう陰嚢の下、付け根あたりに淫紋を刻んであるのを、描き手は知りたくもないというのに知っていた。

草採をかたちづくる、まっすぐでいてやわらかな線を、一筋また一筋と無地の平面に走らせるごとに、心臓に刃が喰い込むような錯覚を抱きつつ、早筆はしかしただひたすらに素描を続けた。

涙がまた頬をつたって、こぼれ落ちる。

どこかで何かがずれてしまった。


帝国は、迷宮の街を略奪せんと試み、みじめな失敗を喫したはずだった。

だが、ひとたびはほうほうの態で遁走した密偵、錬金術師は、失地回復を試みて再び潜入を図ったところ、思いもかけず見慣れぬ財宝を手に入れた。半ば廃墟と化した迷宮の街の縁辺、住民が市外区と呼ぶ雑然とした地域でだ。

故買屋の騙る胡乱な来歴を聞く限りでは、崩壊した寺院の片付けにあたっていた僧侶が偶然掘り出し、あつかいにあぐねて打ち壊そうとしたものの、あまりに丈夫で諦め、ごみ焼き場に回したものだとか。

「ずっと見ておったのか」

「盗み出したやつは手伝いとして入り込んでいた女で」

「ふん。まあよいて。貰おう」

かなり高かったがろくろく値切りもせず代金を支払った。あまりうるさくして衛士隊などの耳目を集めるのは厄介だった。なにせ錬金術師がごとき東方人は当節歓迎されざる風がある。それどころか街に魔物があふれる災いが襲った際に便乗してさらなる騒ぎを起こし、混乱に拍車をかけたとして恨みを抱くものもいた。

「しかし手土産もなくては…帝国へ戻るに戻れぬ…これがどんな役に立つやら…運命の占盤(うらわ)だと?書付によれば時間をさかのぼって改変できるだと…?そんな都合のよい話があるか…ふん。できるのであれば…あの時なんとしてでも皇甥殿下に御出馬を…あの色狂いをなんとか…」

奇怪な祭具をあちこちいじるうちに、いきなり空間がゆがみ、ねじれ、白い靄がかかる。

気付くとあたりの景色が違っている。同じ市外区でも、あまり荒廃しておらず、はるかに活気がある。

「錬金術師様。ほかに皇甥殿下に報告すべき点は」

密使が尋ねている。来るべき時を前に最後の打ち合わせをしているところだった。迷宮の街に禍が生じるのに合わせ、帝国から気球に乗り組む奇襲部隊を呼び寄せ、財宝をかすめとり、内通している要人を保護する策。錬金術師はうなずいていった。

「迷宮の街には、帝国本土をもしのぐすごぶるつきの美女や美童がいる。一人二人でも捕えて献上したいところだが、余力がない。それだけが無念だと申せ。よいな」

「は?それはいったい…」

「必ず伝えるのだぞ。必ずだ」

余人に理解しがたいそそのかしではあったが、案外に功を奏した。

街に魔物があふれた際、西京都の太守である皇甥がみずから四隻の気球艦隊を指揮し、直属の降下兵を率いてやってきたのだ。さっそく亡命しようとしていた支配層、すなわち商工組合や参事会の大物を、すばやく保護し、阻止しようと襲ってきたものたちも撃退した。

宙に描いたものを具現化する謎めいた術を操る娘や、罠を武器として操る奇怪な戦法をとる元冒険者の盗賊で、後者はきわめて手強く、さしむけた精鋭をあまた失うはめになったが、かろうじて太守の狼牙棒が上回った。

「…群青鞭とか言うのだったな」

ついに膝をついた難敵を前に、皇甥は得物を構えつつ尋ねる。やはり土地を捨てると決めた冒険者の酒場の亭主から聞いた話をもとに、死闘などなかったかのごとく悠然と問いかけている。

「先帝の息女に仕えたとか…予も仕えてみぬか。その腕ここで散らすには惜しい」

「…へへ…そいつは…どうもね」

盗賊が最後の抵抗とばかり放った殺しの罠を紙一重で叩き壊すと、太守は嘆息する。

「残念だ」

そうしてとどめを刺した。

奇襲部隊が脱出したあと、迷宮の街は滅んだ。地下からあらわれたという龍が一切を滅ぼした。帝国がかきまわしたせいで戦線に不協和が広がったためかもしれない。魔物の王も、人間の英雄もともに歳ふりた長虫の爪牙に敗れたという。

かくして瓦礫の山に破壊の化身はとぐろをまき、かきあつめた財宝をしとねにして、何物も近づけぬという。いずれは始末する術を考えねばならないが、とりあえずは西の草原部族や北の一揆衆、南の海賊衆などを防ぐ藩屏として役に立ちそうだった。

帝国にとってはまったくの僥倖から赫々たる成果をものしたかたちだった。戦利品も多かった。人も物もともどもに。利とともに当分は飽きぬ娯しみを得たのだ。


西京都の宮殿に併設する軍舎の一角。輪になって水煙管を吸い、くつろぐ半裸の青年達がいた。皇甥直属の降下兵。いずれも君主の好みに沿う美形ばかり。体はそろって屈強ながらもどこかが欠けており、それぞれ義手に義足、義眼などで補っている。すでに解放奴隷の身分ながら、なお将に絶対の忠誠を誓う士卒だ。

ひとたび戦が起きれば、布を張り合わせた嚢に危険な引火性の気体を満たし、船室を吊るした空飛ぶ乗り物に収まって、東奔西走。墜落死も恐れず、鳥かむささびのごとく争いの場に舞い降りる。属州の叛乱鎮圧や貪官汚吏の捕縛など出番は絶えない。

労多きつとめに就くますらおをねぎらうべく、太守はしばしば宴を張り、貴顕や富豪さえめったに楽しまない珍味佳肴、奢侈と艶福とを惜しみなく与えていた。

鈴を鳴らして寵姫と小姓が踊る。片方は円かな双臀に刻んだ一対の淫紋を羚羊のごとく軽やかに跳ね上げ、片方は腋や掌、蹠にある似た模様を煌めかせつつ、いびつにふくらんだ腹をゆすり、息を合わせて淫らな舞を披露していた。股肱と恃む近臣への、格別のふるまいだ。

「いいぞ早筆ちゃん。もっと尻振れ」

「草採。おっぱいに見とれてちんけなもん固くしてんじゃねえぞ」

娘は卑猥な罵りを受け流すが、少年はたじろぎ、足をもたつかせる。

やおら雌奴隷はたわわに実った乳房をわざとらしく掬い上げるようにして、今宵の恋人達に見せびらかした。目の当たりにした仔奴隷はつらそうにまつげをふせ、肩を震わせる。

「早筆ちゃん。こっちこっち」

ひとりの若者が、こらえきれなくなったようすで立ち上がると、年頃らしい性急さで乙女の手首をつかんで引き寄せ、たわわな肉毬を揉みしだき、円かな尻を鷲掴む。

「ひぅっ♥」

最前までの妖艶なふるまいと打って変わって、たちまち余裕のない表情で力任せの愛撫に恍惚のあえぎをこぼす。

小さな相方が弾かれたように飛び出そうとするが、すぐ膝から崩れ落ちた。

「きゃぅっ…ぅっ…」

「こりねえなちびすけ」

隊の古参らしき男が、細い腰を掴んで引き戻しながら告げる。数えきれないほどの挿入のためにすっかり縦に割れた菊座を指で広げ、中からこぶし大の珠をひきずりだした。からくりじかけらしく、艶やかな表面には無数の突起が出入りしながら、勢いよく回転、振動している。ひとつで数珠のようにつながっていて、とてもほっそりした胴に収まっていたとは信じられない量感がある。

「おいたをすりゃこいつでおしおき、忘れたわけじゃないんだろ」

「ふぅっ…ふぅっ…」

少年はなおも震える四肢をもがかせ這い進もうとする。降下兵は義手であごをつついてから、生身の手でさらに勢いよくごつい玩具を引きずりだした。

「ぎぃうっ!?」

「おっとそうだった…こいつが、大事なあの娘のはらわたに入るんだぜ」

耳元でささやけば急におとなしくなる。調教を担った錬金術師が伝授した、命令に従わせるこつだった。二匹の奴隷は、迷宮の街育ちらしくしぶとくあきらめが悪い。だが本人ではなく連れを痛めつけると脅せば屈すると。

「いい子だ。そら、いつもみたいに数えてみな」

男が慣れたようすで命じるや、さらに玩具をいじくり、腸液と香油の混ざった泡とともに薄桃の粘膜をめくらせつつ、無数につらなった珠のほとんどを露にさせてから、また一つ一つ押し込んでいく。

「ふぅ…ふぅっ…ふぎぅっ」

「あの娘に同じことをさせたくないだろ?」

「…ぁっ…ひとぉつ、ふたぁつ…みぃっつ…よっつぅう!!」

途中でまた戻したり、挿れてゆく速さを変えたり、好き放題もてあそびながら、同輩と一緒に、面白半分に小ぶりな尻を叩き、かすかにふくらんだ胸をひっぱり、舌をつまむ。

「じゅうろきゅうぅう…じゅうにゃにゃぁっ!!」

勢いよく極太の数珠を抜き取ると、たっぷりとはらわたに満たしてあった香油と薔薇水、媚薬の混ぜ物が噴水となって逆流する。

「ぁぉっ…ぉっ…」

柳腰だけをもたげたまま、うつぶせに痙攣する少年の汗に濡れた長髪を、ごつい銀色の義手が掴んで引き起こす。

「ほら。のびてないでおねだりしろ…俺達をその気にさせりゃ…あの娘の負担も減るってもんだ」

「ふぅ…ぐぅっ…いやらしい…めすあなにおなさけをそそいで…ください…ませ」

子供は十指を震わせつつ、おのが双臀をつかんで広げ、薫り高く湯気を立てる縦割れの菊座をくつろげ、何度も繰り返し練習した向上を述べ立てる。笑いながら大人がのしかかり、いきりたった逸物をじらすように排泄口に押し付ける。

「ぁっ…草採くん!」

執拗な抱擁と愛撫に蕩けかけながらも、旧知の娘は夢中で呼びかける。

「早筆さ…おれ…だいじょ…こんな…のへい…うぎぅ!!」

古参の降下兵は狙いすましたかのように剛直を深々と打ち込み、柔らかな直腸をけずるようにして結腸までをえぐる。

「ほっ…うそはだめだぞ草採。もうお前だめだろ。ほら。みっともない顔見せてやれ」

半ば白目を剥き、舌をつきだしてわななく小姓のかんばせを、わざと愛妾に見せつけるようにしながら逞しい攻め手はようしゃなく腰を前後させ、華奢な胴を宙に跳ねさせる。もはや精通を迎え得ない幼茎は先走りの雫をしたたらせ、ついで失禁しながら上下する。

「ねえ。まだあんなチビ気にかけてるの?早筆ちゃんは俺と一緒になるって約束しただろ」

うしろからなれなれしく若者が呼びかける。あたりをはばからぬ大きな声で。すると離れたところで、すでに焦点を失ったようすの童児の双眸が一瞬さらに大きくなったようだった。乙女は息を詰まらせ、かぶりを振る。

「ちが」

「ほら、見せつけてやろうよ」

蜜壺の口をわざとらしく剛直がつついてみせる。挿入のもたらす歓びを連想したのか、また大きな震えがみずみずしい肢体を駆け抜ける。

「ぁっ…やっ…」

「へへ。ほら接吻しながらつながろう。夫婦らしくさ」

若者は愛情たっぷりの口づけをしながら、しとどにそぼった茂みの奥にある合金の飾りだらけの肉襞をかき分け、剛直を捻じ込む。

「♥!♥!♥!」

踊りのうちに昂り、意識せぬまま待ち望んでいた逞しい雄の蹂躙を受けて、雌奴隷は唇と唇の隙間から覚えず喜悦をもらし、のしかかるような巨躯にしがみついてしまう。鍛え抜いた筋骨が生む一打ち一打ちが、門を壊そうとする破城槌めいたしゃにむな勢いで子宮まで届き、揺さぶりが胸やへそをつなぐ細鎖に伝わって鈴を鳴らす。

「ぷはっ…ね?俺のが…いちばん…すごい…だろ?」

新入の降下兵は接吻を解いて尋ねる。抽送を止め、意外な余裕を示して見下ろしながら。しかし両の指はしっかりと敵娼(あいかた)の双臀に輝く淫紋を掴んで揉みねじっている。

「ひむ…ひゃらぁっ♥♪…くしゃとりきゅんがぁ…いるのにぃ」

「二人のときは、ちゃんと…いって…くれただろ…みんなに…はっ…聞かせたい」

じらすようにゆっくり陽根を押し引きさせながら、ついばむがごとき口づけをする。唇を軽く噛み、すでに堕とした獲物からだめおしに屈服の印を引き出す。

「ほーら、早筆ちゃんっ…言って」

「ひんっ…あなたのがあ…一番だからぁ…もぉ…んっ…」

「隊の、皆、よりっ!?」

「一番…いひばんらからぁ」

「皇甥、殿下、よりっ?」

「そぉらからぁっ!」

「あのチビより!?」

熱に浮かされたようにさえずっていた早筆が急に固まる。

「知ら…ない」

「ちゃんと言ってよ!!あのチビより俺のほうがずっといいって!好きだって!ほらっ」

膣をいっぱいに押し広げた逸物が、荒っぽく粘膜を削り、無情なまでの恍惚をもたらす。後宮の画家はむせびながら、いやいやをするように首を振った。

「ひゃんと言ったぁ…言ったからぁ…あの子とはぁ…してないからぁ…分かんないぃ…おねがひだからぁ…草採くんの前でこんなの…やめて…やめて…くださぃ…」

淫蕩さをまといながら芯に保ってきた気丈さが折れ、幼子のように泣きじゃくる絵描きに、ますらおは面白くなさそうに腰を使い、無理矢理絶頂に追いやっていく。

「ぁああ!ぁっやら…いぎだくなっ…あの子の前でいぎだぐなっ…おねが…らめぇっ!」

「気持ちいいって、言って!ほら!言ったら止めてあげるからっ」

「ぁぐっ…ぎもぢぃっ!ぎもぢぃぃっ!!」

「じゃあイっちゃいなよほらっ!」

「な…ひぐぅっ♥!!?」

あっさりと前言を翻して、雌奴隷を達させると、したたかに精をほとばしらせる。余韻を存分に味わってから、ようやく凶器を引き抜き、妖しく輝く模様を帯びた尻を、やはり陵辱に遭っている仔奴隷に見せつけるようにしながら、放り出す。

「ほら、きれいにして。いつもみたいに」

汗みずくの愛妾は息もたえだえになりながら、あぐらを掻いた青年のもとに這い寄り、半ば萎えた秘具に鼻を寄せてから、すぐ咥え込んで、舌を巧みに動かし残滓をこそいでいく。

「どうだチビ。早筆ちゃんはもう俺のだぞ」

髪の毛を指でくしけずりながら、やや離れたところにいる小姓に勝ち誇ってみせる。古参の降下兵数名の玩具になりながら、硝子のように虚ろな双眸が透明な涙をこぼす。

酸鼻きわまるようすな年下の少年を横目でとらえながら、娘はまつげをしばたたかせつつ、心細くなった嬰児がおしゃぶりにすがるようにして頬をふくらせ、口淫にいそしむ。

「上手になったね早筆ちゃん。俺と一緒になったら毎朝してね」

「…ふぃなふぃっ」

恨みがましげな上目遣いをしながらも、奉仕を止めはしない。否定したのも、結婚についてなのか、毎朝のつとめについてなのかは判然としなかった。

「勝気だな早筆ちゃんは。でも俺はそういう子の方が好きなんだ」

にやける若者に、まだ輪姦に混ざっていない先輩格のいくたりかが呆れたようすで眺めやりつつ、水煙管を吹かし、雑談を交わす。

「新入りのやつ、だいぶ惚れ込んでいるな。殿下が手放すとも思えんが」

「分からんさ。あのお方は女にはさほどこだわりがない。ちゃんと画業を続ける条件なら、解放して添わせるやもしれん。軍功次第だな」

「ならやつにも機会はある。属州の叛乱は当分収まりそうにないし、例の迷宮の街への遠征で手練れのほとんどが死んで、降下兵は人手不足だ」

「ああ、例の群青鞭とかいうやつが暴れたせいか…前帝の」

「おい、その話はよせ…」

「だが属州で群青鞭を見たうわさがあるぞ」

「ばかな。やつも最期には殿下がみずから仕留めたという話だ」

「その場に生き残っていた証人は錬金術師しかおらん」

「殿下の武勇を疑うのか?」

「むろんそうではないが」

かすかに気色ばむ同輩に、もう一方の降下兵はあわてて首を振る。どこかで聞きなれぬ犬の遠吠えがする。宮殿のまわりをうろつくのは珍しい。不意に座が白けた。

「ええいつまらん話はやめだ。例の余興といこう」

嗜虐に満ちた嗤いとともに同意のつぶやきが広がる。隊の誰かがどこからともなく布板と筆を運んでくる。ぞろぞろと集まると、しつこく未来の妻を貪る新入りをたしなめる。

「おい。たっぷりさせてやったろ。独り占めはまたあとにしろ」

「でも…」

年上の男がじろりとにらむと、すごすごと若者は引き下がる。

「さてと。俺達も遊ばせてもらわんとな…そら早筆ちゃん。お前さんの得意技をやってくれよ」

告げながら、形も長さも太さもさまざまだがいずれ劣らぬ獰悪そうな陰茎をずらりと並べて見せる。

ただひとりからの延々と続く愛撫からやっと逃れられたと思えば、休むいとまもなく今度は複数からのからかいが始まる。後宮の画家は髪を額に張り付かせて疲労のにじむ凄艶のおもてをあげると、また呼吸を浅く速くし、頬を紅潮させてそれぞれを眺めやる。

「味見しなよ」

「別に…もう…全部覚えて」

「いいから。こういうのは手順が大事なんだよ」

苦労して身を起こし、蹲踞の姿勢になると、秘具の一つ一つに唇で触れ、舌を這わせ形を確かめる。いかにもけなげなふるまいに、次々に機械や生身の手が伸びては頭を撫でていく。

尻尾がわりに淫紋の燃える双臀を媚びたっぷりに振りながら、寵姫は繰り返し隷属の儀式を行っていく。だが見るまいとしながらも、時折あまり離れていないところにいる寵童に視線を走らせてしまう。何人分もの精を穴という穴からあふれさせ、活ける厠と化したかのごときありさまを見て取り、またおののく。

「ぁっ…の…草採くんを…もう…」

「分かった分かった。いつもの芸がうまくできたらな。ほらやって」

「んっ…みなさま…どうか…私に盲描きの…練習をさせてください♪」

つっぷして腰だけをもたげ、腕には素描の道具を抱え込みながら、早筆はねだる。

「よーし」

降下兵は誰が誰か分からぬよう背後から獲物にのしかかる。

「ぁっ…二番伍(ご)の…副伍頭さっ…」

すばやく性器のかたちを布板に書きつけていく。なまなましいほどの精確さで。子種を注ぎ終えるとすぐに交代。次は意地悪く肛門に突き立ててくる。

「ひぁっ…そっち…ずるっ…んっ…一番伍の…伍頭さ…」

順繰りにすべてを正解し、それぞれの特徴をとらえた逸物を線の重なりとして写し終えると、ようやくひとときばかり放免となる。素直に感心したようすで絵のできばえを褒める台詞をどこか彼方に聞きつつ、胸を床にこすらせ、のたくるようにして、白濁の溜まりに浸かったような稚い元冒険者見習いのそばへ、のろのろとにじり寄る。

「…草…採…くん」

返事はない。でもかすかに呼吸は聞こえる。最前まで肉棒をしごかされていたであろうちっぽけな手に、淫らな筆を振るっていたみずからの手を合わせる。かろうじて握り返してくるのを感じた。

迷宮の街の娘は頬をゆるめる。主人の機嫌をとるための愛想ではない、安らいだ、穏やかな微笑みだった。


宴の後には、後始末をする役回りもある。

「今日はひどいな」

声変わり前の喉からそうこぼしながら、子供が子供の介抱をしていた。一方は義手に義足、半仮面をつけた奇態なうわべで、いでたちからして錬金術師の弟子らしかった。もう一方は素肌のそこかしこに淫紋を刻み、秘薬のために丸みを帯びた輪郭を持つ小姓だ。

「俺だよ。半月だ。分かるかよ…草採…」

未熟な世話係は、抑えた口ぶりながらも心配を隠せぬようすだ。

「なあ…死ぬなよ。また元気になって色々教えてくれよ。迷宮の街のこととか…お前の兄貴のこととか…あと…早筆さんて人のこととかさ…な?」

とつとつと話しかけながら清潔な布で肌をぬぐう。

「悪い…ちょっときついぜ」

後ろから抱き起して、栓がわりに後穴に埋めてある極太数珠をゆっくりひきずりだす。幼い姿態が半ば失神したままのけぞり、また軽く達してしまうのを、見て見ぬふりをしつつ、下に盥をあてがい、ふくれた腹を推す。たちまち精液が菊座からあふれる。

「あいつら…どれだけ…ごめん」

指を入れて掻き出してやる。図らずも甘鳴きを引き出してしまい、少年はかすかにたじろぎながら、できるだけ優しく排泄を終えさせた。次いで四つん這いにさせると、太い浣腸器を準備し、押し当て薬液をそそぎこむ。

「ひぅっ…」

「ごめん…師匠が…これしかくれねえんだ…」

「ぁっ…ぁっ…」

犬のような恰好のまま瘧(おこり)にかかったように震える冒険者見習いに、錬金術師の弟子は腕を差し入れて支えながら、ささやきかける。

「だいじょぶだから。出しちゃえよ」

「はん…げつ…見ない…で…」

「恥ずかしくねえよ…俺だって昔これいっぱい使われたんだから…」

「んっ…んっ…ぅうう…」

お腹がきれいになるまで何度もする。ようやく片がつくと、ぐったりした仔奴隷に、申し訳なさそうにしながらも、同じ年頃の世話係は肛孔を広げて差し出すよううながし、相手が切なげにまつげを伏せて従うと、注意深く診察する。

「うん…きれいな色だし…へいきみたいだ。迷宮の街の秘薬ってすごいな」

「もう…いい…?」

「あ、ああ悪い」

尻餅をついて深々と溜息を吐く寵童に、相方はつい見とれてから咳払いをする。

「部屋までいけるか?ここに寝藁持って来てやろうか」

「…すけなきゃ…」

もうろうとしながら、草採は肩を左右に揺らして独りごちる。半月はとまどいつつ訊く。

「なんだって」

「たすけなきゃ…おれが…早筆さん…たすけなきゃ」

「まだ言ってんのか。そんなの無理だ。お前が迷宮の街の冒険者だからって…うちの師匠や、帝国で一番強い降下兵を連れてる皇甥殿下に太刀打ちできっこない」

「おれ…たすけなきゃ…」

「やめろよ!おまえあの薬のせいで体は丈夫かもしれないけど、ふつうなら死んじゃうぐらいひどい目にあってるんだぞ!」

「早筆さんを…こんなめに…おれのせい…ぜったい…たすけなきゃ…」

「だめだって!なあ!」

言い募ったところで、暗闇になにかがうごめくのを認めた世話係は、かばうように小姓の前に立った。

「なんかいるぞ…じっとしてろ…俺が…」

進み出てきたのは黒い毛並みの仔犬だった。布にくるんだ荷を咥えている。

「犬?どこから」

仔奴隷は相方の横をすり抜けて近づき、跪いて震える手で布に触れ、ほどいた。中から細く短い得物と革袋があらわれる。

「霜の棍棒…あと、妖精の粉…錬金術師、取り上げた…宮殿の…宝物庫から…奪い返してきた?」

「なんだよ?いったい何がどうなって」

「…この子…地獄の猟犬…おれ…地獄の猟犬団を…裏切ったのに…なのに…来て、くれた」

棍棒を胸元におしつけてあえぐように屈んでから、尻尾を振る仔犬に指を伸ばして、舌が舐めるのに任せる。

「うん…いくよ…今度は…ちゃんと、戦う…おれ…地獄の猟犬団だから…」

猥らな刻印を帯び、男を楽しませるための肉付きに変わり果てながら、しかしまっすぐに立った少年は迷宮の龍とさえ戦った冒険者の気風があった。

「本気かよ」

「ごめん、半月…今までありがとう」

微笑む草採に、半月は急に耳まで朱に染まる。

「ば、馬鹿!お別れみたいに言うな!俺も一緒に行くに決まってるだろ」

「でも…半月は錬金術師の弟子で…」

「へん。師匠…いやじじいなんか元々大嫌いだ。解放奴隷になれるようにしてやるから恩に着ろとか言って、こき使いやがって。そのうち逃げ出すつもりだったんだ。俺はお前と一緒に迷宮の街に行く」

「え…あ…うん…うんっ。わかった。うれしい」

「そうと決まれば善は急げだ…早筆さん?だっけ?居場所どこか見当つくか?」

「たぶん。だいじょうぶ」

小さな冒険者が視線を向けると、幼獣のかたちをした魔物、地獄の猟犬は任せてと言うようい勢いよく尻尾を振った。


早筆は、将来の夫を気取る若者にまたがり、精一杯腰を振っていた。宴がはねたあと、軍舎の片隅で規律破りの逢引きしていたのだ。

「ぁっ…ぁっ…んっ…」

「ったく…隊の皆もひどいよな…また、早筆ちゃんのここを、俺のかたちに合うように、なじませないといけなくなった」

「やっ…もっ、そっちは…動かない…でっ…」

「へへ。あ、そろそろいっちゃっていいよ」

細い鎖をごつい手が無造作に引っ張る。合金の輪が貫く陰核と乳首を一度にねじれ、裏返った絶叫とともにすんなりした娘の輪郭は弓なりに反って、痙攣とともに望みもせぬ絶頂に達する。

そのまま二度、三度と同じ責めをしてから、たえきれず倒れ込んできた雌奴隷を、降下兵はしっかり厚い胸板で受け止め、よしよしと汗みずくの背を撫でる。

「ごめん。いじわるしちゃて。早筆ちゃんが中々一緒になる話にうんて言ってくれないから…ね、誓いの接吻しよう」

「んっ…むっ…」

舌と舌とで互いの口腔を貪る。指と指をしっかりからめて、まだつながったままに恋人らしい後戯を愉しむ。

「俺、早筆ちゃんの体だけじゃなく絵も好きなんだぜ。隊の皆はふざけた扱いしかしないけどさ。ほんとにすごいと思ってんだ」

「んっ…ぁっ…んっ…」

「俺、三人ぐらい妻持つつもりだけど、絶対早筆ちゃんは一番大事にするよ。本当は平等にしなきゃいけないらしいけど…惚れたからさ…今まで抱いてきた女の中で一番だ」

「…ぁっ…ぅっ…ふぅっ…ふぅっ…てきとうな…こと…」

「信じない?じゃあ証になる贈物するよ。夫から妻へのさ。何がいい?何でも言ってよ。あ、あのチビはだめだぜ。あいつは俺と早筆ちゃんが仲良いとこ見せると、やきもち焼いて食ってかかるしさ。奴隷のくせに。それに皇甥殿下が手放さないよ。たまに恩賜で降下兵に抱かせたりはしてもさ」

乙女はぎゅっとまぶたを閉じて、何かをこらえるようにしばらく黙りこくってから、また口を開いた。

「絵筆が…欲しい…」

「あはは。早筆ちゃんらしいなあ?どんな絵筆?」

「迷宮の街から…持ってきた…私の絵筆…宮殿の宝物庫にある」

「戦利品か!あの犠牲が沢山出た遠征の…それを盗み出せって?」

「とってきてくれたら…私の中にある…あなたが見たことのない…きれいなもの…見せてあげる」

「えへ…それって…」

「できる?」

挑むようなまなざし。若者は一瞬口ごもってからにっこりする。

「できるさ。降下兵はどこにだって入れる。しかも俺は気球の操舵役だ。早筆ちゃんのためなら」

「ひひひ。そこまでになされい」

しゃがれた声が割って入る。男女が振り返ると、けばけばしいいでたちをした初老の人物がいつのまにかそばに来ていた。

「れ、錬金術師殿」

「操舵役。その娘は、かつて迷宮の街を治める最長老を助け、褒美として魔法の筆を受け取り、皇甥殿下の遠征に際しても、手強い敵として立ちふさがったもの。うわべ通りのものではない」

「そ、それがどうした。今は俺の妻に…」

「ひひ。軍功を立て、あらためて褒美として授かるならばよし。だがそれまではなりませんな。いかに殿下が降下兵に甘いとは言え…宝物庫から戦利品を無断で持ち出すなどいたずらでは済みませぬ」

「…お、俺は…」

「さて。近頃は西京都も何かと物騒。市中には属州の叛徒どもの手先だの仲間だのが潜り込んでいると聞く。武名高きの降下兵ならば、念のため気球の点検にでも行かれてはいかが?」

「…ちっ…またな早筆ちゃん。次はきっと…」

「おほん」

咳払いをしおに、新入の降下兵はそさくさと敵娼を離し、服をまとって立ち去っていく。残るは輪飾りと細鎖のほかは一糸もまとわずうなだれる絵描きだけだった。

錬金術師は下卑た嗤いを浮かべる。

「まっこと迷宮の街の住民は油断もすきもない…危うく大参事になるところであったわ…さて小娘、部屋にはひとりで戻れるな?わしは、ほかの降下兵どもが水煙管の喫(の)みすぎで粗相をしでかさぬか見回りがあるのでな」

「…殺してやる…」

「おお怖い怖い。わしに色仕掛けは効かぬし、あとは絵を描く以外に能のない奴隷に何ができるのやら…またあの小僧が助け出そうとするかもしれんな…そろそろ分からせてやれ。余計なまねをするたびにむごい折檻に逢うのだとな」

「草採くんに何かしたら許さない!!」

「許さないと言って何ができるのだ?ん?ま、身の程を弁えよ身の程を。戦利品らしくな」

弾む足取りで歩いていく派手なよそおいの密偵に、後宮の画家は唇をかむよりなかった。

ややあって独りになる。部屋に戻って身を清めなくては。明日のつとめがある。粗相がすぎればまた罰を受けるだろう。大切な少年が。

「悔しい…悔しいよ」

そばで仔犬の鳴き声がする。

「え?」

夜の陰りと分かつのも難しい色をした小さな魔物。迷宮の街で会った覚えがある。

「あの時…草採くんの…ところに案内してくれた…」

幼獣は前肢の下に何かを抑えている。拾い上げる。よく知っている品だ。かつて白髪の最長老からもらった。描いたものをしばしのあいだうつつに呼び出す不思議な財宝。

具現の筆。

「…どうして…ううん…ありがとう…また助けてくれるんだ…分かった…やる…今度こそ…草採くんを…救い出す…私が!」

虚空に線が疾る。まるで白い紙に赤い顔料で引いたように鮮やかな一筋。

娘は胸の奥底から沸き起こる熱をさらに掻き立てて、困憊しきった四肢に鞭うつ。過ぎ去りし日に、迷宮の街で異形の描き方を学んだ腕が縦横無尽に動き始める。


西京都の太守として威勢を誇り、玉座に最も近い君侯と噂のある皇甥は、月を眺めていた。かたわらにいくたの戦場をともにした狼牙棒を立てて。

「あまりに太陰が冴えて眠れぬ故…臣に貸し与えた我が小鳥を愛でにゆこうと思ったのだが、そなたはそうさせたくないらしいな」

「ああ」

篝の下にできた影からそっけない返事がある。獣の唸りとともに。こっそりと忍び込んできた、くせのもの、らしからぬ大胆な態度に、宮殿の主はからからと笑った。

「名乗るつもりがあれば、聞こうか」

「最近じゃ、群青鞭とか呼ばれてるな」

「群青鞭?そやつは予が手ずから討った。豪のものではあったが、それを騙るほどの腕があるか?」

「さあ知らねえな」

青い炎が蛇のようにのたくりながら飛び出し、太守の構えた狼牙棒にからみつく。

「ぬぅ!」

鋼鉄の太芯さえ焼き切ろうとする灼熱の舌を、皇甥はとっさに力任せで振り払い、油断なく後退する。

すると明かりのもとへ小柄な青年があらわれた。名乗りの通り藍に燃える笞(しもと)を携え、わずかにびっこを引く漆黒の巨犬を一頭従えて。

「その武器が群青鞭だと…だがあの男ではない…」

「めんどうくせえな。どうせ死ぬんだ。気にするほどのことかよ。ま、それなら、てめを殺るのは、地獄の猟犬団の嗅鼻とでも覚えて逝きな」

「そなたも冒険者とやらか!面白い!よくぞここまで来た!」

短躯の影がはやてのごとく動くと、虚空を泳ぐ蛇と紛う蒼い火の緒が、予測のつかぬ角度から標的にからみつこうとする。同時に獣は黒い靄となって消え、まったく違う地点から牙と爪で襲い掛かる。長躯の皇甥は、どちらも紙一重でかいくぐると、神出鬼没の犬にはかまわず、敏捷に駆けまわる人の方へ間合いを詰め、棘だらけの鉄塊を振るった。

当たればどちらも即座に死をもたらす技を繰り出しながら、二人と一匹はしかし鮮やかに躱してまた位置を変え、隙をうかがいつつ、間を置いてまた鋭く攻めかかる。まるで舞踏のようだった。

「やるな…先代の群青鞭よりつたないが…若さがある」

「余裕かましてられんのか。お顔に焦げ目がついてんぜ」

「くく…いつまでも遊んでやりたいが…そろそろ幕のようだ」

無数の足音が近づいて来る。荒淫の疲れも見せず武装してあらわれたのは皇甥直属の降下兵だ。

「殿下!ご無事で!」

「くせものを討て!」

残念そうな笑みを浮かべて、太守は武器を下げた。

「済まぬな。予みずから討ってやれず」

冒険者も鞭を収めた。

「気にすんな。こっちもまとめて片付けられて手間が省ける」

「はは!最期まで面白いやつ。なるほどあの男に似ている」

「知らねえって…おい…それはよせ奪衣(だつえ)!」

急に慌てたようすで嗅鼻が叫んだ。ただし眼前の敵ではなく頭上に。

かけつけた一隊も含め、場にいたすべての注意が天へ向く。月が隠れていた。だが雲ではない。

気球だ。引火性の気体を満たした布張りの嚢が降りて来る。いや落ちて来る。船室には操舵役の若者がついていたが、双眸は焦点が合わず、左右別々に回っている。耳や鼻には細い木の根か蔦を思わせる器官がもぐりこんでいる。

「あぎ…おで…ばやぶでぢゃんど…げっご…」

側に寄り添うのは、いびつにねじくれた四肢と、みずみずしい女の胴や首を併せ持つ、魔物と人間の合の子じみた何か。半魔とでも言うべきか。口許を三日月のごとくゆがませ、ぞっとする嗜虐の歓びを示している。

小柄な青年が舌打ちしてとっさに胸元をさする。だしぬけに服の下に着込んだ襷(たすき)がぼんやり耀(かがよ)いを放ち、続いて淡く輝く函(はこ)が周囲にかたちをなすと、すっぽりと全身を包んだ。そばにいた狗(いぬ)も危うきを察してか、黒い靄となっていずこかへ逃れた。

せつな、帝国が築いた錬金術の粋が城の中庭にぶつかると、炸裂とともに粘性の炎をあふれさせ、あたりを容赦なく焼き払った。


「なぜじゃああああああ!!!」

錬金術師は走っていた。初老の見た目に似合わぬ健脚で。しかし表情は必死だ。

「すべてうまくいっておったのに!!なんでこうなる!!おのれぇええ!!!」

全力で駆けながらよくも叫べるもので、若い頃よほど鍛えていたのだろう。追いすがるのは人面獣身。獅子の胴、蝙蝠の翼、蛇の尾を持ち、男とも女ともつかぬ麗しい首を備えた魔物。合成獣だ。

たてがみの一筋、尾の鱗の一枚にいたるまで精緻な造形だが、どこかうつつのものならぬ、絵の大家が想いのままに描いたかようなはかなさがある。しかし敏捷に跳びまわりつつ、剣より鋭い鉤爪で無造作に宮殿の石作りの柱だの床だの天井だのをえぐりとってゆくところからして、壊し、殺め、喰らう能は十分に備えているらしかった。

「あの小娘に例の筆を渡したのは誰じゃ!ええい引き上げじゃ!!半月!半月!どこにおる!」

不意に物陰から仔犬が飛び出し、すねにかみついた。同時に半仮面をつけた少年が躍りかかって、からくりじかけの手足を繰ると、打、突、蹴を立て続けに浴びせる。さらにとどめとばかり、見えざるなにものかが、棍棒の一撃でしわんだ顔面を打ち据えた。霜がこけた頬に張り付き、衝撃とともに低温が伝わると錬金術師はあっさり昏倒する。

「ざまあみろ!」

勝ち誇って師匠にもう一蹴り、二蹴りくれるのは義手義足の幼い弟子、半月。すぐそばで、輝く粉が舞い散って、そこかしこに淫紋を入れた未熟ながらも猥らがましい裸身があらわになる。冒険者見習いの草採は息を整えると、連れの勢いにちょっとまごついてから、棍棒を構え直して警戒する。

獲物の横取りにあった合成獣は、代わりに少年二人に肉薄し、やがて止まった。優しくも恐ろしげなかんばせから、心根は測り難い。しかし下を駆け抜けて小さな影があらわれる。黒い仔犬だ。そっくりの姉妹と落ち合うと、二匹してくるくる互いを回りながら、尻尾を振り、嬉しげに鳴きかわす。

「また犬かよ…どうなってんだ」

からくりを装着した童児が尋ねると、淫紋を帯びた相棒は返事をせぬまま、まっすぐに魔物のむこうを見つめた。

「早筆…さん…」

「草採くん!!」

たわわな乳房と双臀、ほっそりした腰を備え、砂時計型の輪郭をあまたの合金で飾った娘が馳せてくる。少年も駆け寄って抱き着いた。

「ま、待って…私、汚れて…」

あわてて制そうとする画家に、冒険者見習いは構わずひしとしがみついた。

「早筆さんっ!!早筆さん早筆さん早筆さんっ」

「わ、わわ…んっ…草採くん…私…ごめん…ずっと…救い出せなくて…」

「おれが…おれが助けなきゃいけないのに…おれのせいで…早筆さん…こんな」

「なんで?草採くんはなんにも悪くないよ!悪いのは…」

裸のまま互いに恥じず、欲しもせず、ひたすら語り合う大小の二人。

半月はあっけにとられ、あまり理解できない西方の言葉でつむぐ会話に耳をかたむけていたが、なんとなく内容に察しをつけて、また錬金術師を蹴りつけた。

「こいつが悪いんだ」

二頭の仔犬はくるくると娘と童児のまわりを巡りながら尻尾を振り、盛んに鳴いている。具現の筆によって絵から生まれた人面獣身の魔物は、脚を胴の下にしまいこむ香箱座りをして、皮膜の羽をたたみ、静かにすべてを見守っていた。

さらに新手の魔物があらわれる。わずかにびっこを引いた巨犬。幼獣の親だろうか。びっくりした草採は早筆とともに振り返った。互いを抱きしめて離さないままに。

「おまえも?じゃあ兄貴も…兄貴…兄貴がここに?」

とたん、離れたところからまばゆい炎の光が届き、遅れて轟音が押し寄せてくる。合成獣がすばやく翼を広げ、小さなものたちを包み込み、かばった。

「おい…今度はなんだよ…」

状況が判然としないまま、しばらくじっとしている一行。静けさが戻る。ややあって狗が吠える。誰かが怒鳴りながら近づいてくる。

「正気かお前は!ここには殿様と兵隊以外にも沢山住んでんだぞ。あの気球につまってたもんが燃え広がったら…」

「敵をまとめて処分する効率のよいやり方だとは思わんかね」

「ふざけんじゃねえ!そいつは地獄の猟犬団のやりかたじゃ…うお!」

人面獣身の魔物を前にして、なにものかが身構える気配がする。だが冒険者見習いの少年は恐れず叫んだ。

「兄貴!」

また駆けてゆこうとするが、年嵩の娘がぎゅっと腕に力をこめて離さないのでやめる。翼のおおいが外れて、兄貴分と弟分がそれぞれの姿を認める。

「草採か…ちぇ…あいつら…色町みてえなまねを…隣にいるのは早筆さんだな。うちのちびどもはうまくやったって訳か」

「あなたは…?」

やや緊張して問いかける絵描きに、小柄な青年は冒険者風の辞儀をして応じる。

「俺は嗅鼻。地獄の猟犬団のもんだ。そこにいる草採の仲間さ。迷宮の街で、そいつがいなくなったから、ずっと探してた」

「ごめん…兄貴…おれ」

「いいんだよ。こっちこそ見つけるのが遅くなって済まねえな。色々あってな…あ、こいつは奪衣。気に食わねえが団の新入りだ。うちもだいぶ人が減ったんでな」

「よろしく」

どこか禍々しいたたずまいのある女があいさつする。冒険者風のしぐさだが、あまりそぐわない。落ち着いた物腰は僧侶か学者のようだ。犬達は気に入らないらしく、低く威嚇の音をさせている。とはいえ飼い主の手前こらえているようだ。

草採は不安げに一同を見回してから、はっとして知己の安否を問う。

「ヒロは?ヤマダサンは無事?」

「無事でもねえが何とか生きてるよ。ただ迷宮の街をのっとっちまった龍ともう一度戦(や)るのはまだきつい。俺がここへ来たのは頼りにできる仲間を取り戻すのと…早筆さん…街を治めてた白髪の最長老はあんたを心配してた…行方を探してくれって、あの爺さんのいまわの願いだ」

「じゃあ最長老…吟詩さんは」

早筆が苦しげにつぶやくと、嗅鼻は無言でまぶたを閉ざした。

「冒険者として立派に龍と戦って亡くなったよ…とにかく爺さんの依頼は果たせそうだ。ずらがろうぜ。そろそろ、うちと手を組んだ属州の叛徒が、市中で帝国の武器庫だの詰所だの襲ってるはずだ。肝心の気球は全部始末したし…こっちの分担は終わり…ってかちゃんと始末したよな」

「したとも。興味深い発明ではあったがね」

「よし…帰ろうぜ」

兄貴分の台詞に、弟分は喜色満面になってから、またあわてて口を挟む。

「あの兄貴、こっちの、半月って。おれの、だいじな、友達」

「ん?そうか?じゃあ一緒に来いよ。早筆さん。そのでっかいのは飛べるのか?何人乗せられる?」

「…私と草採君…とあと一人ぐらい」

ちょっと不服そうに述べる絵描きに、冒険者はうなずいた。

「よし、じゃあ早筆さんと草採、半月とやらはそっちへいってくれ。俺と奪衣はほかの方法で逃げる。都の外れにある使ってない天文台?とやらで落ち合おう。犬どもが案内する」

かくて地獄の猟犬団は太守の宮殿をあとにした。絵と歌と踊りと戯れの仕上げに、死と炎と滅び、混乱を残して。


一度は奴隷に堕ちた仲間を救出した冒険者集団、地獄の猟犬団は、帝国本土を離れ、まっすぐ属州を横切って、迷宮の街への帰途も半ばというところ、ほかに人気のない泉のそばの野営地で、ひとまずの休息を得ていた。

まとめ役の小柄な青年嗅鼻と、参謀役の妖婦、奪衣は、水辺で戯れに及ぼうとしていた。すでに一方は服を脱ぎ始めている。

「そろそろ、今度の働きに対する報酬をもらうころあいだな」

「またかよ」

「嫌いではないだろう?君も」

「まあな…だけどお前の匂いがつくと犬どもが嫌がるんでな」

「おや。女より犬を気遣うのか」

「お前ほんとに女かよ…なんか…」

奪衣の手足がまるで縄がほつれるようにばらけ、くねる。

「さてな。だが人間と魔物の中間、半魔の難儀な気質は承知してくれたまえ。まわりへの殺意をそらすために飲む薬のせいで…昂ってたまらなくなるのだ…」

女は慣れた手つきで男の洋袴をくつろげ、すでに固くなりかけている陰茎を引き出すとうっとりと鼻をすりよせ、匂いを嗅いでから舌を伸ばす。

「そいつは分かったがよ…お前のあのにょろにょろした指で頭をいじるやつを俺にしようとしたらぶっ殺すからな」

「心得ているとも。もっとも、そうしてやった方が楽になれそうな子達もいるがね」

「あんだと…?」

「ほら…」

口淫を止めた奪衣があごをしゃくってみせると、木陰でかすかに葉擦れが起きる。

「出てきたまえ。もう限界なのだろう」

年嵩の娘と年下の少年。淫紋を帯び、雄に奉仕するよう帝国が徹底した馴致を施した奴隷二人が手を握り合い、うつむきながら進み出てくる。

「早筆さん…草採…」

茫然とする青年に、妖婦は嫣然と説き聞かせる。

「錬金術師の技をあなどらない方がいい。淫紋とか言ったか?あれをつけて旅のあいだよくぞ男の精をがまんしてきたものだ。二人とも本当に意志が強い。だがそろそろ慰めてやらないと流石にもたんぞ」

仔奴隷は雌奴隷と指をからめたまま、おずおずと口火を切る。

「兄貴…おれ…あの…だめ…もう…ちゃんと…考えられ…ななくて」

「お願い…します…草採くんを…」

「は、早筆さんを…あ、兄貴なら…ひどいこと…しない…と思うから」

冒険者のまとめ役はまぶたを閉ざして深呼吸する。何度か答えようと唇を開きかけ、また閉じ、ややあって告げる。

「俺は色町の路上で育ったからよ。こういうのよく知っちゃいるし、だから余計に参るってのもあるが…くそ…草採、早筆さんのこと好きなんだろ」

「うん…」

「すごくか」

「うん。すごく…好き…」

「そんで苦しいのが見てられねえってのか。だったらお前が」

「俺…ちゃんと…できないから…」

淫紋の一つが精通を妨げている。詳しい理屈は分からなかったが、以前に得体の知れない相棒がした説明に、青年はひとまず納得するしかなかった。

「分かった…来いよ…むこうについて、体治したら全部忘れんだぞ」

「色町の技でもはたして完全に治せるかどうかは」

「ちょっと黙っててくれよ!」

いらだった叱責に、妖婦はえくぼを作って口をつぐむ。少年と娘は、帝国がじっくりと仕込んだ通りに四つん這いになって近づき、ひさしぶりの雄の器官に顔を寄せた。

「君達。私の分もあるんだぞ」

奪衣も割り込む。草採と、ややためらってから早筆もが、そろって奪い合うように嗅鼻の陰茎にむしゃぶりついた。

「兄貴っ…兄貴っ♥」

「あむ…もう…そんなにがっつかない…こんなの…んっ…でも…草採くんのお兄さんのだから…」

「ふふ。大人気だな…」

三匹がかりの猛然たる奉仕に、青年は思わず情けないあえぎをもこぼしす。

「やべえ…さっさと…なんとかしねえと…俺…死ぬ…」


「草採のやつ…あんな兄貴とか…俺に…言えよ…んっ…んっ…」

半仮面の少年、錬金術師の弟子である半月は義手と義足を外した片羽のかっこうで、胎児のごとく丸くなっていた。生身の指でみずからの菊座をいじり、腸液にそぼらせる。

肌に淫紋こそなかったが、何年にもわたって受けた調教をなおひきずり、泉のそばの睦み合いをこっそり盗み見たあおりに心を乱していた。

「あんなやつ…ぜんぜん…欲しくな…ぜんぜん」

すんすんと鼻を鳴らしながら、肛孔をいじる性感だけで射精もなく絶頂に達する。物足りないまままどろみに滑り込み、淋しさから逃れるように夢のやみわだにもぐっていく。浅い眠りが軛をはずした望みの中では、四匹目の奴隷は嬉々として仲間とともに主人の愛玩を分かち合う。

そうして人間がそれぞれに夜を過ごすなか、野営地の外では、ひさしぶりに再会した地獄の猟犬の親と子がともに異郷を駆け巡り、欠けゆく月に遠吠えを放つのだった。

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