「シドーにいさまはどうしてフォルにいさまそっくりなの?」 黒髪の少年のひざに、金髪の少女がひじをあずけ、小首をかしげながら問いかける。さむさに負けないよう、ぶあついじゅうたんや壁かけでおおったロンダルキア城の勉強べやで、王の子らはやすみ時間をのんびりすごしていた。 兄はあわい笑みをうかべ、ちょっと考えこんだようすをしてから、おだやかにへんじをした。 「はっきりおぼえてはいないけど、ぼくはね。フォルみたいになりたかった」 「どうして?」 「フォルはいつも元気で、あかるくて、たのしそうだったから。大きくてみにくい僕のところへやってきてくれると、かなしいきもちが、ぜんぶなくなっちゃうみたいだった。だから、フォルみたいになりたくて、こんなすがたを選んだんだと思う」 「そうなんだ…」 「カリーンはどうして、母さまによくにてるのかなぁ?」 「わかんない。だってあかちゃんだったもん…でもきっとね。とうさまだよ!とうさまのせい!」 「どうして?」 ふしぎそうにたずねる若君に、おさない姫宮はちろっと舌をだしてみせた。 「だってね。とうさまが、せかいでいちばん、かあさまをすきなんだよ!だから、わたしがかあさまに、にてたら、いちばんよろこぶのは、とうさまでしょ?」 「ふーん。そうかなぁ」 「そうなの!あ、そういえば…フォルにいさまも、かあさまがすきね。せかいできっと、にばんめくらいに、かあさまがすきかな?」 シドーはすこしこまったふうに、カリーンを見つめた。 「そうだね」 「どうしてかなしそうなの?」 「うーん」 年かさの男の子がこたえあぐねているうちに、へやの扉がひらいて、うりふたつの顔をしたかたわれが、飛びこんできた。ふだんはひょうきんな表情はくしゃくしゃになって、いつも楽しいことをさがしてよくうごく瞳も、真赤に泣きはらしている。 「にいさま?どうしたの?」 おどろいた妹がたちあがってきいた。するとあいては、へやのすみにうずくまりながら、しゃがれたのどから、ぶっきらぼうな文句をなげかえす。 「うるさい!あっちいけ!」 「…え…」 「シドーもカリーンも、みんな!あっちいけったら!!」 「ぅっ…」 兄のらんぼうなくちぶりに、おびえる王女のかたを、もうひとりの王子がそっとだくと、ためいきをついて、戸口へとみちびいた。 「そっとしとこう」 「フォルにいさま…おこってた…わたしを…」 「ちがうよ…かなしいことがあって、やつあたりしただけ。すぐにもとのフォルにもどるから…いまはひとりにしてあげて」 「うん…?」 シドーはちらりと相棒をいちべつして、一瞬だけ、さびしそうな、いたわしげな、くるしげな色をうかべてから、そのまま妹をつれて外へでていった。 フォルはあたまをかかえて、ほんの数分まえのできごとを反芻していた。ずっとむかしからかかえてきたきもち、しんじていたものがくずれて、ばらけて、もうにどとかえらないきがした。ものがたりの本にはいつも、世界でいちばん好きなひとに、おもいをまっすぐつたえれば、きっとうまくいくと書いてあったのに。 ”母さまのことが好きなんだ!結婚したいんだ!” 冗談のつもりではなかった。きちんと正装をして、シドーとふたりでとってきた雪蓮花をささげもって、せいいっぱいの勇かんさで、告白したのに。 ”ごめんねフォル” ロンダルキアの王妃は、ほほ笑んでかぶりをふった。フォルはむねにもえていた火がきゅうに冷えていくのを感じて、わずかにふらついてから、足をふみしめ、むきになって言いつのった。 ”ぼく、父さまよりつよくなる!かしこくなるし、いさましくなるし、母さまのこと父さまよりだいじにする!ぜったいぜったいする!” ”うん” ”信じてよ!” ”信じてるよ” たんぽぽの髪をした、あこがれのひとは、うけとった純白の花を両の手のひらにのせて、そっとかおりをかいでから、にっこりした。 ”フォルはきっと、ズィータさま、父さまより、つよくて、かしこくて、いさましい王さまになる。ぼくが保証するよ” ”じゃぁなんて!” ”それはね。フォルがどんなにりっぱになっても、やっぱりフォルはフォルだし。父さまは父さまだから” ”わかんないよ!” 母はわが児をだきしめて、しずかにささやきかけた。 ”きみがおおきくなって、だれかすてきなひととけっこんして、子どもが生まれたら、わかるよ” ”もが…わかんない!!” やさしくあたたかな、ふたつのかいなから、もがいてのがれて、フォルは走りさったのだった。勉強べやににげこんで、心配してくれる兄弟をおいはらって、ひとりぼっちで、だれもいれず、じっとうごかない、めそめそしつづけた。 どれくらいたったろうか。 とびらをたたく音がした。 「フォル?はいってもいい?」 たずねかけたのは、シドー。もどってきたのだ。母によくにた、のんびりして、おだやかなくちょうが、ひどくしみた。 「だめ!」 さびしかったけれど、そばにいられると、よけいにつらかった。 「そう」 しばらく沈黙があってから、シドーがまた、かたい樫の板ごしにかたりかけた。 「フォルはそんなに母さまが好き?」 「うるさいったら!」 「フォル…」 「好きなんだからしょうがないだろ!」 「きっと、また好きなひとができるよ」 「いっしょうできない!ぜったいできない!」 「そんなことないよ」 「あるよ!」 フォルはかっとなってさけんだ。 「母さまいがいとは結婚しない!ぜったいぜったいしない!もうほかのだれともなかよくしない!シドーともベリーともしない!」 「…フォル」 「あんなこといったから、母さまはきっと、ぼくのこときらいになったんだ。ぼくもうしぬ。むねがいたい。しぬ!」 でたらめをしゃべっていたはずなのに、ほんとうにむねがいたかった。するどいきりで心臓をさされたように、おくのおくまで、つよいうずきが食いこんで、だんだんと呼吸がくるしくなってくる。また、なみだと嗚咽が、どうしようもなくあふれてくる。 とびらのむこうで、兄弟がいきをつまらせて、いくらかあわてたようすで言った。 「しぬなんて、じょうだんやめなよ」 「うるさい!ばか!ぼくのきもちわからないくせに、わかったようなこというなよ!シドーなんてだいきらいだ!きらいだ!きえちゃえ!にどとあいたくない!」 「…っ…」 足音がとおざかっていく。ざまあみろというきもちのあとで、かなしみがおそってくる。シドーにまで見すてられたのだと、フォルはいっそうしずみこんだ。壁にかかった燭台の灯はあかるいのに、へやはまっくらになったようだった。 ロンダルキアの少年は、ひとり宮殿の露台にでて、いてつく天をあおいだ。手と手をかたくにぎりあわせてあごにあてると、あおぐろい夜空のはてへいのりをささげる。母なる女神と、みずからの名のゆらいになった子なる男神に。 「めがみさま、おがみさま。どうかどうか。フォルがしあわせになれますように。フォルのむねがいたくなくなりますように」 でもどうしたらいいのだろう。兄弟の願いはかなえようがない。シドーには、なにもしてやれない。だれも母親のかわりにはなれないのだから。 こたえをさがして、たかみを見あげるうちに、星がひとつきらめいた。ついで、童児のあたまのなかに、どこからともなく、声がひびいた。 ”シドー、わが分身よ” 「だれ?」 おどろいて宙へ問いかける王子に、すがたなきものはおごそかにつげる。 ”わたしはおまえ。おまえはわたし” 「あなたは…ぼく?」 ”そう。わたしはシドー。冬至がちかづいている。ふるい年がほろび、あたらしい年が生まれる聖誕際がまもなくやってくる。わたしの力がもっとも強まる日が” 「シドー…」 ”わたしの名をもつ子よ。うつしみよ。破壊と再生をつかさどるわれらにとって、血肉のうつわなどは、たやすくこわし、またこねなあげられる粘土のようなものにすぎない。おまえがのぞむなら、ふたたび、うろこと牙をもつ、おおいなる戦いの神としてよみがえることもできるのだ” 「いいえ…そんな…ぼくもう…フォルと…みんなといっしょにいられなくなるのはいや…」 ”では、おまえののぞむままに変わるがよい。魔族があやつるモシャスの呪文などより、はるかに自由に、多彩に、かたちをえらべるのだ” 「ほんとうに?ほんとうに…だとしたら…ぼく…」 少年は双眸をとざすと、よく知ったすがたを思いえがいた。するとあわい光が、きゃしゃな四肢をつつんで、おおきく、まどかに、やわらかに、なよやかに、つくりなおしていった。 泣きつかれてねむっていたフォルを、そっとゆりおこす手があった。まぶたをあけると、くちなしの髪とすみれの瞳、冬のおわりをしめす、わかい太陽のようなかんばせが、すぐそばにあった。 「フォル…」 やわらかな手のひらが、ひえた指をつつんでくる。ロンダルキアのよつぎはほほをそめて、うつむきながらつぶやいた。 「ごめんなさい…」 「どうしてあやまるの?」 「へんなこと言ってごめんなさい。きらいにならないで」 「ならないよ」 常とおなじく、やさしいほほ笑み。ふれあうところから、ぬくもりがつたわって、少年は緊張がほどけていくのを感じた。 「ぼく、いちばんじゃなくていいから。父さまより、カリーンよりあとでいいから…いつも…いっしょにいてくれなくていいから…だから…結婚しなくていいから…きらいにならないで」 「ぼくは、フォルがいちばん好きだよ」 「ううん…いい…なんばんめでも…ときどき、いっしょにいてくれたら…」 「ずっといっしょにいるよ。ぼくはフォルとはなれない…結婚したっていい。フォルがぜったいさびしくないようにするから」 「うそ…だって父さまがいちばんだいじなんでしょ?わかって…」 「ちがうよ。ぼくはフォルがいちばんだよ。ほんとにほんとにいちばん」 ほっそりしたうでが、うなだれていたあたまをだきしめた。おおきくて、ふっくらしたむねの谷間に、はなさきをうずめるかたちになったフォルは、どぎまぎして、みみまで朱にそめてつぶやいた。 「これ…ゆめだ…」 「ちがうよ」 「だって…」 「ちがうよ。ほら。さわって。ちゃんとここにいるから」 うながされるまま、ちいさな手でこわごわと、なめらかな輪郭をなぞって、さわりごこちをたしかめてから、ぎゅっとしがみつく。 「んっ…」 「あたたかい」 「うん…フォルは…あついね…」 「そう?…あ…ね…ほんとうに…」 「うん?」 「結婚してくれる?」 「う…うん…」 少年は、ひとまわりおおきなあいての、うつくしいおもざしへ、うわめづかいをしてから、ごくんとつばをのんで、おずおずとたずねた。 「せっぷんしたい」 「え…ぁ…うん…わ、わかった…あの」 おとめが、ひたいにそっとくちづけようとするのを、王子はかすかに身をひき、まじまじとみつめかえした。 「父さまが、母さまにしてるみたいにしたい」 「え…ぁ…」 「好きなひとどうしなら、してもいいんだ。ね?そうでしょ」 「そう…だけど…」 「じゃ、するね」 「んっ?!…んっ…んっ…」 とうとつな、求愛。ただおしつけるだけの。くちびるが、くちびるを、つつくばかりで、たくみさも、みだらさもない。けれど、たとえようもなくあまやかだった。 「…っ…だれ?」 「え?」 「きみ…母さまじゃない…」 むすめはおののいて、抱擁をといた。 「どうしてわかったの」 少年はくびをかしげてから、まつげをすこしふせて、ひくくささやいた。 「なんとなく…ぼく…きみのこと知らないよね…ううん…知ってる…すごくよく知ってるきがする…でも分からない」 「ぼ、ぼくもういかなくちゃ」 「だめ!」 逃げようとするあいてを、みじかい五本の指がつかみ、おどろくほど強いちからでつなぎとめた。 「ずっといっしょにいるって…言ったよ!」 「だ…だけど…あの…ほんとうに…いかなくちゃいけないんだ…また…あえるから」 「だめ!そばからいなくならないで。ぼく、いま、きみが好きになったんだ…母さまとおなじくらい…ううん…なんか…それとはちがう…なんだろう…どきどきする…そばにいると…あたまがぼぅっとして…ふるえて…あれ…とにかくいかないで」 おとめは、じゅくしたりんごのように顔を赤らめて、かたえをむいた。 「…フォル…だめだよ…そんなふうに言ったらずるいよ…ぼ、ぼくはね。冬至のあいだだけしかいられない…ゆうれいみたいな…ものだから…」 「ゆうれい?死神族なの?きみ?じゃぁぼく、ロンダルキアのどうくつにいって、きみのおとうさんやおかあさんにたのむよ。きみがずっとここにいられるようにって」 「あ、ちがう…ちがうんだ…ゆうれいっていうのは、たとえばのはなしで…ほんとうに…いまは…いかせて」 「だめだよ…名まえも知らないのに。またあえるかもわからないのに」 「名まえ……あの」 「ねぇおしえて、きみはぼくの名まえを知ってるのに、ふこうへいだよ!」 「王子さまの名まえぐらい…みんな知ってるよ…」 「とにかく、きみの名まえが知りたいんだ!!」 かいなをとらえたまま、ひたむきにたずねかけるフォルに、むすめはためいきをついて、よわよわしくへんじをする。 「…名まえはないんだ…」 「そんな…」 「ほんとうに…だから…フォルが好きによんで…それが…ぼくの名まえになるから…」 「はぐらかさないでよ!」 「信じて」 だれかによくにた、まじめで、かしこそうなまなざしが、まっすぐむかってくると、少年ははっとむねをつかれたようすで、指のちからをゆるめた。 「うん…じゃぁ…」 母そっくりの、けれどやはり別人のおもだちをじっとのぞきこんでから、こころにうかんだ名まえをくちにのぼせる。 「シ…シディア」 おとめはまたぎくりとしてから、問いかえした。 「どうして…そんな名まえ…」 「きみに、いちばんにてる子の名まえをつけたんだ…すっごくいいやつで…ぼくのいちばんのみかたで…でも…」 フォルはきゅうにだまりこくると、かたをわななかせてから、ぽろぽろとなみだをこぼしだした。 「ぼ、ぼく…あいつに…ひどいこと…言っちゃった…どうしよう…母さまだけじゃなくて…シドーにまできらわれちゃった…」 はなをすすりあげる少年を、シディアはそっとつつみこんで、こもりうたをうたうように説ききかせた。 「だいじょうぶだよ。シドーはきっと、フォルをきらいになんてならないよ。フォルをよく知ってるもん。夢中になると、まわりが見えなくなって、からまわりして…でも、いつだって…母さまのことも、シドーのこともたいせつにしてるって…知ってるから…」 「そうか…なぁ…なんか…ぼく…やっぱりゆめ…みてる気がする…きみみたいに…きれいで…やさしくて…なんでもわかってる子…いるはず…な…」 ひとはだのあたたかさが、ロンダルキアのおさない王子をふたたびまどろみへといざなった。まだ小鳥のようにほそい手足がこわばりをうしなうと、おとめはそっとだきあげて、ながいすまではこぶ。 まぼろしのむすめは、ぐったりした童児をそっとよこたえると、かなしみのかげのきえた、あどけないよこ顔にみいってから、しずかにひとりごちた。 「フォル…だい好きだよ…ずっと…いっしょにいるから…ずっと…」 それから、きびすをかえすと、足音をたてずに、勉強べやをあとにする。あとには、ただ、きそくただしい寝息だけが聞こえた。 「絶対いるはずだよ!金の髪で!青い目で!背は母さまと同じくらい。顔も母さまにすっごく似ている。シディアって…ううん…それは僕が付けた名前だけど…いるはずなんだ!」 少年が執務机の前で、飛び跳ねるようにしてまくし立てるのへ、羽筆をとった女官が困ったような微笑で応じる。 「殿下の仰られた特徴をもとに探してみたのですけれど…宮中には一人も該当する者はおりませんでしたわ…」 「そのような容姿ならば必ず目につくはずなのですが」 後を引き取ったのは隣にの卓に腰かけた別の女官、といっても鏡のようにそっくりな姉妹だが。双子の内侍はともに目まぜを交わしてから、どちらともなく語句を継いだ。 「ひょっとすると、魔族がモシャスの呪文で王妃様に化けたのではないでしょうか」 「だとすれば重罪ですが…」 「違うよ!そんな風に巧くモシャスを使えるような魔族なんてぜんぜんいないじゃないか!それに…そんな感じじゃなかった…シディアは…ちゃんとそこにいた…」 うつむくフォルトゥナート王子に、姉妹はどう声をかけようかと、揃って頬へ掌を当てる。降って沸いたような若君の恋煩いは、非常に興味深くはあったが、為すべき執務の妨げともなっていて、まことに悩ましかった。 「お仕事の邪魔して…ごめんなさい…僕…あとは自分で探すよ。ありがとう」 ねぎらいをすると、ロンダルキアの跡取りは悄然と肩を落として内侍のもとをあとにした。双子はじつにもったいないという表情で、小さな背が遠ざかっていくのを見送っていた。 廊下に出たフォルが、いくあてもなくとぼとぼ歩いていると、向かいから城の奥方、たおやな母后トンヌラが、丈高き伴侶、ズィータ王を伴って近付いてくる。 「あ…フォル」 妃の方がちょっと気まずげに話しかけると、息子はさっと面を上げてから、なんだ、というつまらなそうな表情で会釈をして通り過ぎていった。 「な…何だよあの態度!うっきー!昨日、僕に告白したくせに!可愛くない!」 貴婦人にはふさわしからぬ所作で足踏みをするトンヌラを、ズィータはにやつきながらからかう。 「…がきの機嫌てのは変わりやすいんだよ」 「ううー。色々考えちゃった僕が馬鹿みたい…」 「はっ…頭の中身は同じくらいだからな。お前もフォルと」 「むぅ…」 妻はふてくされて上目遣いをしてから、夫の笑みの深さに、はたと察するところあって、相好を崩した。 「もしかして…ズィータ様も、ほっとしてます?」 「…あ゛ぁ゛っ!?」 竜王の二つ名を持つロンダルキアの若き君主は、図星を突かれた時に見せる不機嫌きわまりない面持ちで、じろりと連れを睨み返した。 「…何で俺がほっとしなきゃなんねえんだよ」 「あは。僕。こんなにもてたの…はじめてかも…♪」 「てめぇ…」 ズィータが牙の如き歯を剥き出して威嚇するのへ、トンヌラは少し後退って、手で口元の辺りを隠しつつ、なおもおかしそうな色を浮かべていた。 「この…」 「フォルってきっと大きくなったら…かっこよくなりますよね?」 拳を握り固め、肩を怒らせていた青年は、だしぬけに固まると、ふっと力を抜いた。 「まあな…」 「ズィータ様みたいになるかな」 「ならねぇよ。半分はお前の血だ…幾らか間が抜けるだろ…」 「えぇっ?」 「…ふん…」 不満げに唇を尖らせる金髪の乙女のもとへ間合いを詰めると、いきなり腰に腕を回して抱き寄せ、柱の影へ押し込めて、接吻を奪う。舌と舌をからませ、口腔を舐リ抜く、相変わらず獰猛な、ドラゴンの口付け。 「んむ……はっ…ぁっ…ちょ…いきな…り…」 「うるせえな…」 厚での冬服の布地の上から強引に尻を攫んで揉み解し、高い襟から覗く首筋に歯型を刻む。所有の証を新たにするように。 「あとで…ちょ…あとで…ね?…」 うっかり王の独占欲をつつくと、時も場も構わずに乱暴な示威に出るのだと、妃は今更ながら思い起こして、とりあえず臥所につくまでは抑えてくれるようにと、荒っぽい愛撫のあいだ、途切れ途切れに懇願する。だが相手の腕が裳裾をめくり上げ、下に隠れていた素肌をさすり出すと、諦めとともに、嬌声をこらえる努力を放棄した。 実のところ、嫉妬深さで名高い竜の長にしても、此度ばかりは剣で斬り捨てる訳にも、大顎で噛み砕く訳にもいかない恋敵とあって、かなり鬱屈していたのだ。伴侶が面白おかしく寝物語に話してきかせた我が児の振る舞いに、どう処したものかと最も窮していたのは、若き父だったかもしれない。 「ちっ…おら…足開け…」 「はい…ズィータ様♥」 絆を確かめるように、よく仕込まれた雌の体にむしゃぶりつきながら、雄はほんの一瞬、訝しげに目を細めた。かくも旨しき柔肉を省みぬまでに、世継ぎの心を捕えたほかの女とは誰なのだろうと。だが、やがて長虫の本能が、嗜虐の歓びの中にすべての妄念を押し流していった。 「フォル…離れてよ…勉強できないよ」 「…んーもうちょっと」 近ごろやたらとべたついてくるようになった双子の片割れに、ロンダルキアの王子シドーは、へきえきといったようすで嘆息した。 「…ふられたのかなぁ…僕…」 「知らないよ」 「だってシディア…あれから一回も…嫌われたのかな…泣き虫だと思われたのかな…」 「知らないってば。だからって僕にくっつかないでよ」 「こうしてると胸の苦しいのがちょっと楽になるんだ…なんでだろ」 「知らない!」 頬を蘇芳に染めて喚く相棒を、フォルは考え深げに覗う。 「うーん…やっぱシドーと似てる…」 「もうその話はいいよ!ほら!さぼってるとまた算数分かんなくなるよ!教えてあげるからちゃんとやりなよ」 「ね。ちょっとだけ接吻してみていい?」 「よくないよ!もう!本当に頭おかしくなったんじゃ…むぐ…」 そっくり同じ顔と顔が重なる。教科書が床に落ちて、重い響きを立てた。後は衣擦れの音だけがする。 寸刻の後、だしぬけに戸が開いて、小さな金髪の旋風が駆け込んでくる。 「兄様!おっはようございま…っ!!???」 元気一杯の妹の挨拶は中途で断ち切れたように消える。刹那、シドーがフォルを突き飛ばして、哀れなほどうろたえつつ、幼い姫宮を見遣った。 「あ、あのカリーン。こ、これはね」 「…兄様と…兄様が…」 「ち、違うんだ。あの…冬至の祭りのだしものの練習をしてて…」 「…母様と…父様…みたい…に…」 「違!忘れて!忘れて!ねぇ!」 「そうだったんだ…私…知らなかった…」 何故か瞳に涙をいっぱいに溜めて、王女カリーンはくるりと兄二人に背を向けると、入ってきた扉から走り去っていった。 「バーサぁあ!バーサァぁああ。兄様たちがぁ」 「うわ!女の子ってどうしてそんなに口が軽いの?待ってカリーン!待って!」 必死で追いかけていくシドーを、フォルはぼんやり眺めやってから、唇に指をあてると、いつまでも、いつまでも、さすっていた。 |
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