※しるえっとサクラ先生、及び作中に登場する人物、団体などはすべて架空の存在です。実在の人物や団体に似ていたとしても偶然の一致です。さらに、当方と致しましては皆様の心の中にある先生像を穢したり、その妄想の発展を制限するものではありません。それからネットをするときは、明るいところで、画面に近づきすぎないようにしましょうね。帽子男からのお願いです。 【先生が住んでる所は多分こんなの】日本の領海の外れに近い、小さな南の島。一年を通して温暖な気候と、豊かな自然に恵まれ、セレブだけが住むことを許された楽園。 青い海原にぽつんと浮かぶ、わずか五百平方キロメートルほどの緑の宝石。さらにその真中に、白い点のように小さな都市が在る。 碁盤の目のように広がるプロヴァンス風の家々は、どれも小さな庭を持ち、それぞれがいつも色鮮やかな花が咲き誇らせて、煉瓦に鋪装された町並に瑞々しさと彩りを添えていた。 街区を東西二つに切って流れる汽水の運河には、交通に不便のないよう幾つものアーチ橋がかかり、朝から夕暮まで、自転車や電気三輪車、散歩をする人達がのんびりと行き来している。 北の外れ、古い水門の側には、穏やかな風景全てを見渡すために、小高い人工の丘が築かれいる。頂きは平らに均され、だだ広い敷地に、白亜の洋館が建っている。 緑のスレートを葺いた屋根、真鍮の風見鶏、もうどれだけ塗り直されたのか分らない漆喰の外壁。最初の持ち主の、徹底した植民地趣味を窺わせる母家は、猛禽の翼の如く左右に棟を広げている。もはや意味をなさない、訪問客への威嚇と誇示。のどかな島の雰囲気にはそぐわないほど古々しく、厳めしい。 唐草模様の鉄格子門をくぐり、長くうねる車寄せを歩いて来た人は、ともすれば名の知れぬ異教の神が、どこか別の時代からこの邸宅を運んで、そっと置いたような印象すら受けるだろう。 しかし辺りを注意深く観察すれば、此処にも否応のない変化の波が打ち寄せているのが分るに違いない。西の棟、三階のバルコニーからはパラボラ・アンテナが据え付けられ、白い薄絹のカーテンが翻る奥からは、風に乗ってカタカタとキーボードを叩く音が聞こえる。 小鳥のように飛べるなら窓辺に舞い降り、そっと中を覗き込み、ありふれた部屋の様子と、住人の暮らし振りを眺められるだろう。 【先生が暮らしてる部屋は多分こんなの】八畳ほどの室内でまず目を引くのは、天蓋つきのベッドと、壁付けの衣装箪笥と、何より可動式の大きなパソコンデスクだ。 G5をカスタマイズしたらしい特注のマッキントッシュに、ディスプレイは四十インチ・サイズが一枚、三十二インチ・サイズがニ枚。いずいれもアップルの純正品らしいのが、昔のアニメに出てくる宇宙船のコックピットのように配置していある。側には原稿用紙が何枚もクリップ止めされた作業台が取り付けられ、プリンタを置いた棚の横に画材一式が掛けてあった。 壁や天井に取り付けられた計八基のスピーカからは、心を寛げる波のさやぎが聞こえる。肝心の部屋の主はというと、オットマン付きのリクライニングチェアに半ば埋れるようにして、ペンタブを振っていた。 画面上には僅か数秒のうちに、可愛らしい少年少女の線画が描き出され、着色、効果を与えられて、ファイル保存されていく。迅速さ、正確さ、華麗さは息を呑むばかり。 例えるなら”新しい人生経験を満足いくまで吸収したばかりの岸辺露伴先生五十人分”といったところか。しかし、よく注意してみると、出来上ってくる画像には、随分きわどい、というか性的な要素を含むものも少なくなかった。 かてて加えて、白い電子のキャンバスにはちょくちょく、ねじれた角や蝙蝠の翼を持った、魁偉な怪物の姿が現れ、少年少女と絡みあい、組んずほぐれつするのだった。どれも異種交姦の意匠は、どれも蠱惑と幻想に満ち、人をどぎまぎさせずにおかないような見事な構図だったが、何が不満なのか怪物だけはみな、完成する前に綺麗に削り取られてしまう。 黙々と作業が進むうちに、真っ暗だったサブ・ディスプレイの一つが明るくなると、眼鏡を掛けた若い女性の顔が映る。 「はい桜也、ストーップ。おやつの時間」 途端、メイン・ディスプレイ上に形造られつつあった、しなやかな裸身の輪郭が乱れる。次いで画面をぐじゃぐじゃと黒い線が走り回って、出来かけの絵を台無しにしてしまった。 不機嫌そうなボーイソプラノの唸りが、液晶の向こうで微笑む美貌へと投げつけられる。 「もーっ、ぅっさいなぁ蜜子ねぇはっ!」 【先生の外見はきっとこんなの】くるりと座席が回転すると、かすかにスプリングが軋んで、小さな影が勢い良く跳び出した。 ハーフパンツから覗く鳥のように細い脚が、ふかふかした毛のスリッパでフローリングを踏むと、そのままバランスを崩してニ三歩前へよろめき、ようやく立ち止まった。骨ばった膝小僧が、自信なさげに揺れ、がりがりの両手が支えを求めるように宙を探ってから、やがて箪笥のノブを掴むと、薄い肩を安堵したように上下させる。 「もぉっ…ぅっざいな」 ふっくらした唇が、拗ねたような呟きを漏らす。けれど、ちょっと上向いた形の良い鼻は、もう階下から昇って来る甘い匂いを嗅ぎ取って、嬉しげにひくついている。自然に笑み崩れた口元からは、赤い舌がちょろりと姿をみせていた。 にまっと笑ったのは、どこにでも居そうな男の児の顔。今にもずり落ちそうな分厚い眼鏡を掛けて、白い歯には細い銀色のブリッジが光っている。少年はとことこと戸口へ向かいかけ、ふと気付いて指を鳴らした。 たちまち電脳尽くしのパソコンデスクは光と熱とを失って、浅い眠りにつく。 頷くと小走りに部屋を出、鉄組みの螺旋階段を、独楽のように凄い速さで降りていく。 「きょーなにぃ?」 半ば目を回しながら、声を張り上げて叫ぶと、下からカチャカチャとお盆に載った食器の奏でる賑やかな多重奏が答えた。 「わっ…」 自分でつけた遠心力に飛ばされ、居間に転がり込んだ身体を、待ち構えていた女性の両腕がしっかりと抱き留める。 「桜也、危ないからそれ禁止っていってんでしょ?」 たわわな乳房に顔を埋め、桜也と呼ばれた子供はキッキッと小猿のように笑う。 【先生の性格は多分こんなの】「だってすげぇおもしろいんだもーん。あ、蜜子ねぇふとったんじゃん?ぼよぼよしてるよ?」 若い保護者は刹那、怒りに頬を引き攣らせてから、どすの利いた返事をする。 「…おやつなしにするよ」 「ぇー。蜜子ねぇだけダイエットすれb…うげぇっ!」 ”蜜子ねぇ”は凍りついたような笑いを浮べたまま、こまっしゃくれの腰に巻いた手に力を篭め、いきなり短躯を抱え上げると、豪快なさば折りをかけた。 「うわ、しぬっ、しぬっしぬーっ!!」 「もう叔母様に失礼なこと言わないっ、なっ?」 「いわないっ、いわっ…げっほ…いわなっ」 エプロン姿のまま問い掛ける叔母に、幼い甥は咳込みながら必死で頷く。 「ほーんとかーっ?」 播磨灘級の絞め技をかけつつ、ゆっくりとダイニングへ歩き出す蜜子。下から腹へ突き上がる衝撃で、ちょっとげっぷしながら、桜也は泣き笑いをして首を縦に振り続けた。 「よーしっ」 若い保護者は、少年を落っことすようにして椅子に坐らせ、わしゃわしゃと髪を掻き乱した。ややあって落ち着いたのを確めると、サーバーを取って、氷で冷やした紅茶をグラスに注ぎ、前に置いてやる。 桜也は眼鏡を直して、空咳を一つすると、グラスを両掌で押し包むようにし、喉を鳴らせて飲み始めた。あっというまに中味が空になっていくのを、蜜子はおかしそうに見守っている。 「ぷはーっ、おやつは?」 「はいはい」 せっつかれた叔母は、白いクロスのかかったテーブルの反対側に回って、銀器の皿に手をかけると、気取った仕草で蓋を取った。きつね色に焼けたアップルパイが、湯気を立てている。 「おっ、リンゴケーキじゃん。ねーたべていい?たべていい?」 「あーもう、切るまで待てんのか君は。はいテーブルに登らない」 身を乗り出す甥っ子に対して、歯を剥いて威嚇しながら、ケーキナイフを操って、三角の切れ端を取り分ける。銀の小皿に載せて差し出すと、少年は一緒につけたフォークには目もくれず、手掴みでお菓子を頬張った。 蜜子はやれやれと眉をもたげ、自分の分を取って席に就く。こちらは上品にフォークを使い、パイのパリパリした端っこを突き崩すと、まずは溢れるシロップをすくってちろりと舐めてみる。走りの林檎だけれど、意外や香りは高い。良い買い物だったとにんまりし、改めて一口味わおういるところへ、いきなり鼻先へ空になった皿が差し出される。 「蜜子ねぇおかわり!」 「…相変わらずいい食いっぷりですなぁ。何故それで太らないのかと訊きたい」 呆れながら一切れ取ってやると、桜也はまた大口を開けてかぶりついた。皿ごと噛み砕きかねない有様だ。それでも食べているあいだは静かなので、若い叔母もほっと息が吐けた。 しばらく快い沈黙があって、パイの薄衣が破れる乾いた響きだけが、ダイニングの高い天井に吸い込まれていく。 「…あーっ…暑くてもアップルパイはうまいわ…」 レモンを浮べたアイスティーを啜りながら、手製の焼き菓子を褒め称えていると、甥がサーバーへ腕を伸ばしながら、じぃっと上目遣いに覗き込んでくる。 「何?よそみしてるとテーブルのもの引っくり返すよ?」 「えー、あのさぁ」 「ほらぁ」 案の定倒れそうになるサーバーを支え、代わりにグラスへお茶を注いでやると、桜也はきまり悪そうにそれを受け取って後ろへ退いた。中味を飲み飲み、考えがまとまらない様子で瞳をあちらこちらへ巡らせている。 叔母はグラスを傾けたまま、不審そうに唇を窄めた。 「なによ?」 「蜜子ねぇってしょ女?」 ぶーっと、アイスティーがテーブルクロスに飛び散る。よろけた拍子に、豊かな胸が弾んで、シャツにしわを作った。少年は、保護者の慌て振りを観察しつつ、ごくんと一口で残りのお茶を干す。 「やっぱそうなの?」 「違ぇよっ!てかなんでそんなこといきなり訊くわけっ!?」 真赤になって叫ぶ蜜子に、桜也はうーんと困ったように呻くと、虚空へ眼差しを投げた。 「次回作。アクマにヤラれまくるロリっこの話なんだけど」 「のがっ、またそんな漫画描いてんの?」 取り乱す叔母に、甥はぷっと頬を膨らせて応じる。 「んだよっ。エロいマンガのおかげで、お金もらってんじゃん!蜜子ねぇなんておっぱいおっきいいがいトリエねーじゃん。カゲムシャのくせに」 「ぐっ…あのねぇ…いや…くっ…」 眼鏡の主婦は整った縹緻を強張らせて何か言いかけたが、結局反論のしようもなく末尾を切らせた。子供の方は構いつけもせず、こましゃっくれたお喋りを続ける。 「アクマって描くのニガテだから。実ぶつみてべんきょうしよーとおもって、それでネットで呼び出しかたとかしらべたけど。しょ女の血がないとダメなんだって」 「あっそ…」 「蜜子ねぇならぜったい、おっけーだと思ったのに」 桜也は行儀悪く脚をぶらぶらさせながら、悩み込んでしまう。若い叔母は疲れたように肩を落として、甥の不穏な考えをまとめる様子を監視した。 「…やっぱクラスの女子の血こっそりとって、使うっきゃない?」 「こらこら。それなし。悪魔なんて適当に描いたら?」 「えーっ…だめーっ。てきとうとかはダメじゃん。ちゃんとやんなきゃ、だれも読よんでくんなくなっちゃうし」 だからといって実際に悪魔を呼び出そうとなんてしなくてもいいだろうに、と胸裡で呟いて、蜜子は不意に、少年が本気なのを悟った。 「桜也。君、まじで悪魔が呼び出せると思ってる?」 「え、できるよー?呼び出しかたのってるとこのBBSにみんなやったって書いてあった」 「…そ…そうなんだ…ちょっとそれ見せてくんない?」 「いいけど」 食べ終わった皿をそのままにして二人は席を立つと、連れ立って階段を登り、桜也の部屋へ戻る。桜也が指を鳴らすと画面が明るくなり、もう一度指を鳴らすとSafariが開く。 小柄な少年は、ぴょんと椅子に飛び乗ると、ワイヤレスマウスを動かして、ブックマークからSammon Devilという名のWebサイトを選択する。いきなり黒い背景に赤い文字で書かれた英語の文章が画面を埋め尽くし、蜜子は一瞬眩暈を起こしかけたが、我慢して目を通す。 「ね?のってるでしょ?」 「ふーんこんなのあるんだ…君もよく調べるね…あ、You must obtain virginal bloodだって、virginって童貞も言うんだよ。自分の血でも使ってみたら?」 「うそ、ほんと?へー、蜜子ねぇあたまいいね。すげー見なおした!」 「っておい…」 止める間もなく、桜也は部屋を飛び出していってしまう。焦って後を追うと、小さな背中が廊下の突き当りにある空き室に消えるのが辛うじて認められた。 「ちょっと待ちなさいって、危ないことしちゃだめっていってんでしょっ」 蜜子が息せき切らして扉をくぐり、中へ踏み込むと、一陣の冷気が横面を撫でていった。ぎょっとして四方へ視線を向けても、窓は空いていないし、隙間風が吹き込むような穴もない。 ただフローリングの掠れた床にはぼぅっと赤く輝く五芒星が描かれ、部屋の隅には黄金作りらしき三叉の燭台が置かれているのが見えた。壁の一面には山羊頭に人身の魔物が胡座を掻いた絵が掛けられ、その下には小さな祭壇まで築かれている。 「うわ…なんで私に黙ってこういうものを用意してるかなぁ…」 桜也は祭壇の下に頭を突っ込んで、御尻を宙に突き出したままふりふりと、何かを探している様子だ。近づいてみると、篭った声でなにごとか早口にまくしたてている。 「これ、ひぃおばぁちゃんのしゅ味だったんだって、お父さんが前に言ってた。ここって、ひぃばあちゃんせん用のアクマしょうかん室だったんだって」 「初耳…」 「なんか…ひぃばあちゃんが生きてたころは、二体合体とか、三体合体とか、今ごともよろしくとか、にぎやかだったんだって。でもマグネタイトが足りなくなったからやめ…あった」 波状の刃を持つ短剣―クリスナイフ―を取り出して、にかっとする少年。歯のブリッジと分厚い眼鏡のレンズが白く光る。幼いながら末恐ろしい所作である。 叔母はへその辺りで肘を抱えると、エプロンの上からでも分るふくよかな胸を持ち上げるようにしてふぅっと溜息を吐いた。額にかかる細い前髪が、煽られてふわりと受く。 「蜜子ねぇ、下がって下がって。やるよ、やるよ」 「…やるって…」 「いいから下がって!!」 甥はうっとうしそうに怒鳴ると、魔方陣の真上に人差し指を伸ばして、クリスナイフの切先をちくりと刺した。 「痛っ…」 止める暇もあらばこそ、とんでもない真似をする子供を、若い保護者はもう正視できなくなって、眼鏡の奥できつく瞼を閉じてしまう。ちびのにわか悪魔召喚師はといえば、ぽたぽた指から床の幾何学模様へ赤い雫の滴らせつつ、不思議そうに首を傾げる。 「え?なんで蜜子ねぇがいたがんの?こんなの全ぜんへーきだよ」 「うぅーっ、やめてよ…そういうことすんの…」 「蜜子ねぇがやってみって言ったんじゃーん」 「あれは、まさか本気でやるなんて…もーっ、ばんそうこうばんそうこう…」 涙目になった叔母が、救急箱を取りにいこうと踵を返したところで、不意にまた凍えるような寒さが肌を襲った。項の毛が逆立つのを感じて、首を後ろへねじると、魔方陣からもうもうとドライアイスを水に漬けたような蒸気が立ち昇っている。 「桜也!!!」 裏返った呼びかけ、しかし地の底から響く、雷鳴の如き轟きに打ち消された。 ”血の匂いがする!!芳しい幼児の血が匂うぞ!!” 【先生の取材方法は多分こんなの・1】濛々とたちこめる冷たい霧の中に、漆黒の像が立っていた。密かな水の粒子の帷を透かして、山のような巨大な肩と頭、丸太のような四肢、樽のような胴の輪郭が窺える。体躯は巌の如く逞しく、背丈は天井を擦りそうなほど高かった。 徐々に蒸気が散り、視界が晴れていくと、謎の影の正体がはっきりと認められた。 筋肉はゴリラ! 牙はゴリラ! 燃える瞳は原始のゴリラ! 「つまりゴリラ?」 愕然と呟く蜜子に、超大型の霊長類は爛々と輝く双眸を向けた。 ”無礼者め、このワシを何と心得る。恐れ多くも前の魔界副将軍、ペドフィリョス伯爵であるぞ” 韻々と響き渡る口上に、桜也はガッツポーズを決めて、叔母を振り向いた。 「アクマだ!蜜子ねぇアクマ出たよアクマ!!」 「いや、ゴリラじゃん」 ”黙らぬか!” ゴリラ、否、悪魔は腹立たしげに地団駄を踏むと、激しく胸を打ち鳴らして謹聴を促がした。 ”美味な男児の血を味わった故、願い事を叶えてやろうかと思ったが…左様に敬意を欠くのであれば、ワシは帰るぞ” 「願い事!!?」 蜜子は我に返ったように頭を上げると、ゴリ…悪魔ににじり寄った。 「叶えてくれるの!?願い事!?やっぱ悪魔だから!!?だよね!?」 ”う…うむ…” ペドフィリョス伯爵は女の剣幕に圧されて後退り、尻を魔方陣の縁に当てて、じゅっと焦がした。眼鏡の主婦は、うっとりした面持ちで指を組み合わせ、祈りを捧げるように膝を就いた。 「桜也もたまにはいいことするよね…それじゃぁ新しいキャセロールとぉ、自動皿洗い機とぉ、バッグの新しいやつとぉ、冬物のコートとぉ…あっ、靴も」 悪魔は右手で頭を掻き、左手で顎を掻きつつ、歯を剥き出してわめいた。 ”やかましい!前の魔界副将軍であるワシがなぜそんな下らぬ願い事を聞かねばならん!だいたい貴様、人知を超えた存在に初めて邂って、畏れとか、怯えとか…” 「ずーるーいよっ、よび出したの蜜子ねぇじゃないじゃん!!」 少年が間に割って入ると、恍惚としながら次から次へと欲しい品を挙げる叔母を引っ張って、脇へどかせた。一息つくと、密林に棲む類人猿そっくりの姿に向き直り、血のこびりついた人差し指を立てる。 「ねぇねぇ!蜜子ねぇとエロいことしてみせて!?」 「はぁっ!!?」 またしても突拍子もない発言に、快い白昼夢を破られた蜜子が叫ぶのと、伯爵が怒りの拳を胸板に打ち付けるのはほぼ同時だった。百万の太鼓を一度に敲いたようなうるささに、叔母と甥は揃って耳を塞ぐ。 ゴ…悪魔は血走った両眼を限界まで見開いて人間達を睨みつけ、食い縛った歯の間から、ふぅふぅと白い息を漏らした。ごつい大顎が忿りに耐えぬようにうごめき、しばし唸るように語句を転がしてから、ようやっと台詞を継ぐ。 ”このペドフィリョス、幼な児一筋五百年!いい加減とうのたって、胸がデカいだけの女をあてがおうなどとは、万死に値する侮辱なるぞ!!” 「ぁっ…と、とうがなんだってぇっ!?……ゴリラにんなこと言われる筋合いはっ…」 眼鏡の奥に焔を点して、蜜子が掴みかかろうとするのを、慌てた桜也がどうどうと抑えた。 「もーケンカしないでよ。ふたりがエロいことしてくんないと、資料にならないじゃん」 「うっさいっ」 叔母の指が甥の頬を抓りあげる。 「ひててててっ…らっへぇ…しめきひが…」 「あぁん?なんで君はそう私を怒らせるかなぁ…だいたいゴリラ描いたら悪魔モノじゃなくて獣姦モノでしょーが。それに、私のことモデルに使うなんて聞いてないし」 「しょじょじゃないんだからいいじゃんひゃっ…」 「良い訳ないでしょ」 ペドフィリョスは、いつのまにか蚊帳の外に置かれて、所在なく二人のやりとりを眺めていたが、ややあって何か思いついたようにウホっと嗤うと、嬉しそうに焦げた尻を掻いた。 ”この女が淫蕩に耽るのが望みか?” 「うんっ…てゆーか…いででへぇっ…」 ”ならば叶えてやろうではないか。それっ” 悪魔がいきなり掌を打ち合わせると、魔方陣の縁から再び冷たい霧が噴き出して、瞬くうちに豊満な肢体を包み込んだ。白い靄を通して戸惑いの悲鳴が漏れ聞こえてくる。 「ちょっ…ちょっ、桜也、また余計なこと言った?わっっ…ぇっ…ぁっ」 少年は、叔母が急に指を離し、尻餅をついたのに気付いて、慌てて助け起そうとした。だが、霧の中で姿がよく見えないまま、伸ばした腕をいきなり払われて、逆に突き倒されてしまう。 「なにすんだよっ」 ややあって水蒸気が散ると、再び室内の様子が見えてくる。蜜子は耳まで紅葉に染まって、エプロンの下に手を入れ、ごそごそとズボンのホックの辺りを弄っている。 「蜜子ねぇ?」 「ぁっ…ぅっ…はぁっ…んっ…ちょっ、待っ…」 何かが炸けるような音がして、いきなりエプロンにテントが張る。M字に開いた両腿の間で、大きな突起がリネンの布地を下から押し、尖端で小さな染みを作っていた。 若い叔母は喘ぎ喘ぎ、信じられないものを見るように三角形の膨らみを凝視し、おそるおそる手で握ると、はぁっと息を吐く。 「これ…おち…ん…ち…」 ”このペドフィリョス、汝等の仲睦まじさにいたく感じ入った。ワシがしゃしゃり出るまでもない。二人で存分に娯しむといい。ついでにおまけもつけてやろう” 掌を打ち合わせる音に続いて三度霧が沸き起こった。すると、魔方陣の内側の床がまるで液体の如く波打ち、植物とも長虫とも分らぬ肉質の蔓が、粘液の跡を引いて、数多這い出してくる。 「うわっ、触手だっ。そんで蜜子ねぇがフタナリ…でもこれじゃ予定とちがっ…ふぇっ?」 蔓の一筋が桜也の足首に巻きつくや、いきなり宙へと跳ね上がり、たいして体重のない身体を、楽々と逆さ吊りにした。 「わっ、わぁああっ!!?ちょっとタイム、タイム…ぼくはちがっ…あっち…」 ”外から描くばかりでなく、自分も当事者として味わってみるがよい、魔界の快楽をな!!ウッホッホッホッホッホ!!!” 独特な哄笑とともに、悪魔は魔方陣の下へと沈んでいく。会心のゴリラスマイルとともに親指をたてて退場するその姿には、”苦難を乗り越えやりとげた漢”特有のオーラが漂っていた。 【先生の取材方法は多分こんなの・2】「あーかえんなよっ、アクマがいないと資料がっ…うひゃっ」 尚もぼやいていた少年は、急に背を強張らせて黙り込んだ。触手が太腿側からハーフパンツの中に潜り込み、双臀の辺りを這い回り始めた。 「ぁっ…ぁっ」 肉の蔓は何十本となく寄り集まって、シャツを引き剥がし、下着をずたずたに千切りながら、滑らかな肌にまんべんなく粘液を塗していく。 「ふぁっ…ぁっっ…あははははっ!!!あはっ、あはははははっ!!くすぐったっ、やっ…あはははははははっ」 桜也は泣き笑ってもがいたが、暴れるほどに衣服はいっそう早く破れていき、ばたつく四肢は空中で触手に絡め取られ、いっそうしっかりと拘束されてしまう。 「ひゃはっ、ひゃはっはははっ、やだっ、しぬ、しんじゃうっ、あはっ…ははははっ!蜜子ねぇっ…たすけ…」 だが蜜子の方も、甥を救えるような状態ではなかった。 すでにエプロンの下は裸に剥かれ、西瓜のような双丘はきつく触手に括り出されている。濡れそぼったリネンの布地の中ではうぞうぞと肉の蔓が蠢き、あるいは無理矢理生やされた剛直に巻き付いて尖端を尿道まで潜り込ませ、あるいは数本が縒り集まって一本の太幹と化し、秘裂と菊座を抉っている。唇にも数本の触手が入り込んで喉奥を犯し抜いており、苦悶の声を漏らすことさえ能わなかった。 四肢は蟹のように折り曲げられたまま宙で固定され、前後の穴を穿る凶器の数が増す度、秘具を扱く触手の勢いが強まる毎に、狂ったような痙攣を繰り返している。曇ったレンズの奥では普段は気の強そうな双眸が随喜の涙を流していた。だが、虹彩にはもう光がなく、どんよりと淀んでいた。しっかり者の叔母は、ほんの数分足らずで壊れた肉人形に変えられていた。 「は、はひゃ…蜜子ね…ぃちちっ!」 桜也は、内股がちくりとする感覚に息を詰め、緊張で背を弓形にした。必死に背を丸めて、広げられた脚の間で、数本の触手が踊っている。どれも尖端から雀蜂が有つような細い針を生やし、肌の柔らかい部分を狙って突き刺そうとしていた。 「なにこれ…」 漫画のネタがゲームのシナリオに使えるかも、と埒もない考えが脳裏を掠めたが、すぐに全身が火照り始めるのを覚えて、針を追い払おうとする。 「ぁ…れ?」 しかし手足に少しの力も篭められない。神経が痲痺してしまったのか、付け根から指先に至るまで、筋肉がだらんと緩み切ったままだ。 「にゃにしたんひゃ?」 段々と舌までもつれ、入れ歯を外した老人めいた喋り方しかできなくなる。代わりに毛穴という毛穴からどうっと脂汗が噴いて、床に流れ落ちる。 「にゃんりゃよこりぇぇ…」 子供特有の甘い汗と粘液が混じり合って水溜りを作ると、触手は群がって啜り始める。あぶれたのは、素肌にとりつき、直接毛穴に繊毛を差し込んで吸い上げ出した。 「ふひぃいっ!!」 さしもの桜也も、おぞましさに蒼褪め、弱々しく首を振る。だが魔界の長虫はまだ数を余らせており、残りは諦めを知らず、餌の在り処を求めて嗅ぎ回っていた。やがて、やせっぽちの踝から脹脛、太腿へと進んで、鼠蹊部まで辿り着くと、ある者は、怯えわななく双臀の間に隠れた褐色の窄まりへ、ある者は小さくしなだれた幼茎へとまとわりついた。 「やらぁっ、みっこねぇたすけ…っ…みっこねぇ…」 いくら呼べど答えはない。保護者もまた、野太い巨根に穴という穴を塞がれ、成す術も無く胎内をかき回されていた。エプロンは胸の谷間で皺くちゃになり、たわわな二つの肉鞠は、少年の内股と同じく赤い刺し跡だらけになったまま、滅茶苦茶に揺すれ、尖りきった乳首もエプロンの上から無数の針に貫かれて、真紅に潤血しているのが見えた。 漫画では描き慣れたようなシーンだったが、実際目の当たりにすると、ただただ痛々しかった。延々と終わりのない暴行の嵐を前にして、急に腹の底に穴が空いたような、やるせない気持ちになる。 「ぁっ…ぅっ…もぅいひかりゃぁっ…もうみっこねぇに、すんにゃ…やへっ…ふぐっ!!」 尤も、幼い甥の方もそう長く叔母を心配していられる余裕はなかった。触手の一本が粘液を潤滑油にして肛腔へ潜り込むと、直腸の奥へ遡っていく。 「ぅわぁっ、ひっ!?あひぃっ!ぎぃっぅっ…」 別の一本が、性器をつついて軽く勃たせ、包皮の内側に繊毛を伸ばそうとする。張り付いた肉を無理矢理剥がされる痛みと、排泄口を玩具にされる悪寒に、華奢な四肢が震え、ブリッジの嵌まった歯がかちかちと鳴った。秘具には僅かに血が滲んでいるが、刺激を受けるにつれ固くなっていく。菊座を穿る触手も直に数を加え、大胆さを増して、括約筋を拡げ始めた。 「いゃぁっ!!…ひだっ、ひだぃいっ!!…ぁっ…ぁっ…っ!!」 桜也は声を失って、赤い舌を突き出す。M字に開いた脚の間で凹んでいた腹が膨れ、胸の肋が浮くと、凝った乳首が天を指した。はらわたが圧迫され、呼吸すらままならないのだろう。 最初の肉蔓がとうとう結腸まで辿り着き、今や内部に溜まった老廃物を貪ろうとしいるのだとは解る筈もなかった。触手の群は消化器官内で伸縮自在に径や長さを変え、枝分かれして、あるいは蠕動し、あるいは腸壁をくすぐり、素早く通り道を寛げていく。 「かっ…はっ…」 ごろごろという唸りに続いて、すっかり柔らかくなった窄まりから、下痢かと紛うほど異常な量の腸液が瀝った。次いで、腹を鼓つ程反り返った幼茎から、此方も洪水のように噴き落ちる。 少年から採れる体液のカクテルを、魔界の蔦草は余さず呑み尽すと、更に分泌を促がすかのように、そして失った水分を補充するかのように、多量の粘液を流し込んでいった。 蜜子もまた熟れた果実のように精液と愛液を搾り取られながら、首も肩も触手に抑えられ、顔を背けさえ出来ずに、己が世話してきた子供の痴態をじっと鑑賞させられている。 そうして、一階の古時計が重苦しい五つの鐘を響かせても、くぐもった呻きとかすれた喘ぎは止まなかった。廊下の方から埃っぽい部屋に差し込む日の光がゆっくりと薄らぎ、六つの鐘、七つの鐘が過ぎる頃、おもむろに一本の蔓が扉の取手を掴むと、蝶番を軋ませて閉じ、内側から錠を回した。あたかも夜を徹して催される饗宴に、誰も邪魔をさせまいとするように。 【先生の取材方法は多分こんなの・3】「ひゃんっ、ひゃぅっ…ぅぁああんっ!!らめぇっ、もぅらめらのぉっ…」 惚けたアルトの阿りが、星明りに照らされた室内に広がる。豊満な肢体にぐしゃぐしゃのエプロンを着けただけの女が、妖魅の愛撫にくねり、躍っている。秘裂と後孔は大人の手首ほどもある肉杭に貫かれ、釣鐘型の乳房は無数の肉紐に荒っぽく揉みしだかれていたが、苦悶とも快楽ともつかぬ嬌声の理由は、陰核のあるべき位置から生えた雄の印だった。 「ださせてぇっ…ちょっとでぇ…ちょっとでいひからぁっ!!」 異形の巨根は鈴口に栓をされて、射精を封じられたまま幹に青筋を匐わせている。何十回となく気をやりながら、唯の一度も欲望を解き放てぬという拷問に、官能に爛れた脳は焼き切れかけていた。 対面では色白の肌を晒した少年が宙に吊られ、叔母の変わり果てた姿を、涙で潤んで硝子玉のようになった瞳に映じていた。ものごころついてから一緒だった親代わりの女性の、人が違ったような凄艶さにあてられ、まだ精通を迎えぬ幼茎がはしたなく脈打っている。 ずっと成年漫画を描いてきて、同居人をモデルにするのも度々だったが、興奮した覚えはなかった。だからこそ今初めて経験する訳の解らない心臓の高鳴りに、嬲られ続けた体の火照りが合わさって、未熟な心は錯乱の極みに達していた。抑えの利かない欲情の昂りに、つい無意識に腰を振ってしまう。 しかし刺激は齎されない。もう随分前から、触手の群は、桜也を弄るのを控えていた。もっぱら蜜子だけが凌辱の対象となり、甥はただ観客として拘束されたまま、叔母の切なげな淫舞を眺めさせられている。 「ぁっ…ぅっ…」 魔界の植生に、獲物を焦らすような知恵でもあるのだろうか。とはいえ少年は悔しげに唇を噛むと、相手の狙い通りに愛撫を懇願するのではなく、もう何も見なくても済むよう、きつく瞼を閉ざした。 (このままじゃ…しめきり…まにあわなく…なっちゃ…う) 朦朧とする頭で、世界の滅亡にも等しい危機を防ぐべく、懸命に考えを巡らせる。だが、神経を蝕む甘い疼きは容易に和らがず、脳裏に叔母が少女のような可憐に哭く姿が焼き付いて、常に意識を忘我の境地へと誘おうとする。 どうにか息を整え、妄念を振り払おうとしていると、いきなり、四肢が支えを失い、秘具の圧迫が消える。尻がしたたか床に打ちつけられた。 「ぃ゛っ…ぁ゛っ…?」 拘束が解かれたのだ。桜也は信じられぬまま目を開けた。途端、揺れる乳房が目の前に飛び込んで、頭が真白になる。かぁっと頬に朱を刺して、また瞼を閉じようとするのに、哀しげなままやきが耳に入る。 「やだぁっ…なんで…なんで出ないのっ?…出したいのにぃっ…」 蜜子もまた、捕縛から自由になっていた。しかし限界まで高められた性感を持て余すのか、普段は家事に慣れた細い指で、剛直を扱き立てている。 少年は叔母から眼を逸らせず、優婉な容姿には相応しからぬ、ごつい亀頭を凝視した。 「蜜子…ねぇ…」 「ぅうっ…桜也ぁ…のせぇっ…だから、ねっ…ひっ…もっ…くるっちゃ…」 拗ねるような叱咤に応じて、触手がくねりながら二人を囲む。一本が、くの字に折れて、慙愧に肩をわななかす甥の、小さな菊座を指し示した。若い保護者は、妖魅の奇妙な仕草に合点して陶然と頷くと、いきなり左右の手で桜也の両足首を掴み、鶏でも割くように開いた。 「やっ…!ちょっ…蜜子ねぇっ…」 「うっさい…いっつも…いっつも…勝手ばっかして…責任とってもらうからっ…」 触れられた所から電流のように痺れが疾って、少年を喘がせた。叔母は、ひくつく巨根を、腸液を垂れ流す菊座に宛がうと、泣きそうな表情で甥の瞳を覗き込む。 「挿れ、挿れていいでしょっ?ねっ?」 「…っ!?」 桜也は、視界一杯に広がる蜜子の顔に怯え、理性がぐずぐずに崩れていくのを感じながら、弱々しく首を横に振った。 「…だめ…ほんと、だめ…わか…ぁっ…わかんなくなっちゃ…しょくしゅの…とめかた…」 「んなのどうでもいぃっ…挿れるね、ぜったい挿れるからねっ?ほら、いいよねっ?」 叔母はもう甥に拒む暇を与えず、強引に捻じ込む。括約筋のきつい締め付けと、熱く柔らかな直腸粘膜に、根元まで収めるより前に射精してしまった。 「んっ…はっ…すごっ…ぃっ…」 「あ゛ぅ゛ぁ゛っ…!!ぁ゛ぁ゛っ…」 溜まりきっていたものを出し尽すと、幼い肢体の反応を存分に味わうために、肌と肌を密着させ、両腕を骨ばった背に廻す。すぐに引き起こし、駅弁の態勢をとると、甥は自らの重で肉杭を奥までしっかり咥え込んだ。 「あひぃっ!?…ふぁあっ…」 「あ…はっ…とまんなっ…君の中さいこっ…だよっ」 乳房に埋まり掛けた顎を上げさせ、荒々しく接吻を奪う。舌で口腔を弄り、ブリッジの上を舐って、官能とともに込み上げてくる嘔吐感に任せると、胃まで溜まった触手の粘液を戻し、口移しに呑ませる。 「ふぐぅっ!?ぅむぅぅうっ!!!!?っ…んっ…んっ…」 「んふふっ…うぶっ…んっ…」 生意気盛りの男の子が、涙を流して己の吐瀉物を嚥下する様が、堪らなく愛しく想える。同時に柳腰を揺すらせ、秘具で腹腔を掻き回し、か細い嬌声を引き出してやる。左手は指で肩甲骨の間をなぞると、掌で尻朶を撫ぜ、円かな臀肉を抓る。 少年が痛みに締め付けを強めると、剛直を千切り取られそうな感覚に、叔母はつい口付けを解いてしまう。唇と唇の間に繋がる銀の糸に、廊下から染み入った月影が煌めきを与えた。 すると四方に蟠っていた触手の群は、成すべき業を終えたように、ささめき、たゆたって、闇の帷へと退き、陽炎の如く虚空に溶けると、痕跡を留めず霧散していった。けれど、犯す側も犯される側も、異変に気付こうとはしない。 蜜子は坐った目付きで、甥の虚ろな面差しを眺めつつ尋ねた。 「んっ?…おなか…いっぱい?」 「ぁっ…ぁっ」 「足りないなら…まだ飲ませてあげるよ?」 桜也がいやいやをして、泣きじゃくる。三つくらいの、まだ素直だった頃に戻ったようだ。歓喜が背筋を駆け登り、また絶頂が訪れる。愛液で床を濡らしながら、温かい子供の体内に精を注ぐと、相手の汗ばんだ髪を指で梳り、くしゃくしゃにしてやった。 「みっこねっ…っ…」 赤ん坊のようにすがりつき、エプロンに鼻を抹りつける少年を、叔母はそっと押し倒す。淡く光沢を帯びた髪、燃える唇、震える睫、揺れる瞳、牝と牡の匂い。すべてが蠱惑の熱を放って二人を互いに結び吐ける。 「じゃ…もっと…いっぱい…漫画の材料になることしよっか」 桜也は曇った眼鏡のレンズ越しに、蜜子の微笑みを捉え、こくりと一つ頷いた。 【先生の打ち合わせは多分こんなの】”いやー、しるえっと先生、今回も良かったですよ。編集長も誉めちぎってました” 「どうもありがとうございます。読者にも気に入って貰えたらいいんですけど」 ”いいんじゃないですか?いつもとは違った雰囲気でしたけど…何ていうんですかね、触手の粘りけ?みたいのが濃いっていうか…でもフタナリお姉さん攻めなんて珍しいですよね?” 「あはは…ちょっと趣向を変えてみようかなぁと思いまして…外しました?」 ”いやいやっ、僕的には悪魔っ娘はポイント高いっすけどねぇ…しかし何か、キャラが先生本人に似てた気も…” 「もう何言ってらっしゃるんですか、フィクションですよフィクション?」 ”すいません、失礼なこといって。じゃ、次回もよろしくお願いしますね…確か、アダムスキー型UFOに乗った三メートルの宇宙人がキャトルミューテーション中に金髪カウガールと遭遇、ってやつですよね!?” 「っ…えと、はいっ」 ”期待してますよ!僕もアダムスキー型に関しては結構詳しいっすからねぇ…なんといってもロズウェル以来…” 「あ、すいません。ちょっと今人が来たみたいなんで」 ”そうですか?じゃーまた今度メッセで…” 「はい、失礼します。それじゃ」 漫画家しるえっとサクラは、電話を切ると、ダイニングテーブルに子機を置いた。寝不足と後悔の念でズキズキするこめかみを抑え、大きな裏庭へ続く勝手口の硝子戸へ歩み寄る。 燦々と明るい光の注ぐ南国の緑園は、落ち込んだ心に聊かの潤いを与えてくれた。 しばらくのどかな午後の風景に魅入るうち、真一文字に結ばれていた唇もようやく綻びかけたが、突如、視界の隅に穏やかならぬものを捉え、また硬く強張る。 いつの間にか、芝生の一角が奇妙な形に刈り込まれ、緑の絨毯に描かれた重なり合う輪のような模様の上で、学童らしき男の子や女の子が数人手を繋いで、ぐるぐる回っていた。一人を除いて全員が、良く日に焼けた褐色の肌をしており、何の遊びだろうか、声を合わせて呪文のようなものを唱えている。 「ベントラー・ベントラー」 微風に乗って、外国語のような単語の切れ端が聞こえる。唯独り色白の子が、何かを期待するように、青空を仰ぐと、雲間から覗く太陽に眼鏡が反射し、にんまりした口元にブリッジが煌めいた。 若い叔母は溜息を吐くと、硝子戸を開き、コンクリート作りの階段を降りていった。丹精した芝生が無惨な縞模様にされているのを認め、柳眉を逆立てると、エプロンの帯を締めた腰に両手を当てて叫ぶ。 「桜也、なにやってんの!?」 眼鏡の少年は片眉を閉じると、秘密めかして仲間を眺め回す。 「チャネリングだよ、ねーっ」 「ねーっ」 悪びれずに笑う子供等に、蜜子は頬をひくつかせた。 「…ってか…何でんなことしてんの」 「次回作。うちゅう人って描くのニガテだから。実ぶつみてべんきょうしよーとおもって、それでネットで呼び出しかたとかしらべたんだ」 「…ぐ、くぉの…」 絶句する叔母へ、桜也は急にほんのり頬を染めて尋ねる。 「せっかくだからさ、蜜子ねぇもやんない?…みんなといっしょにさ…」 蜜子は息を詰めると、何も知らずに戯れる甥のクラスメートを順繰りに見遣り、ごくんと唾を呑んでから、差し出された手を取った。 また、大変な取材になりそうだった。 |
【しるえっとサクラ先生の十大秘密】(1)先生は同人イベントに参加する時、南の島から自家用ジェットを飛ばしてくるらしい。 (2)先生は編集さんと打ち合わせする時、南の島から自家用クルーザーに乗ってくるらしい。 (3)先生は島の側の無人島に別荘も持ってるらしい。 (4)先生は第二次世界大戦前まで遡る秘められた過去を持っているらしい。 (5)先生はいざという時、無人島の地下に隠された巨大ロボットを呼び出し皆を守るらしい。 (6)先生は敵と遭遇した時、それぞれ特徴の異なる四つのフォームに変身して戦うらしい。 (7)先生は某外資系ファンドを通じ、世界の多国籍企業の八割を手中に収めているらしい。 (8)先生はかつて、とある国の王子に五百カラットのダイヤモンドの指輪を贈られたらしい。 (9)そのダイヤには、古代に沈んだ幻の都の地図が彫り込まれているらしい。 (10)しかし先生の血筋は都の…いや、これ以上は言えないな。 |
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