マンドレイクは、先日仕留めた雄の狼人から最後の養分を吸い取ると、可愛い苗木の群に分け与えた。子供等は皆、もう独り立ちして餌をとれるほど大きくなっていたが、過保護なところがある魔草の親は、つい己の獲物を回してやるのだった。 多くの幼生が根から栄養を受け取る一方、まだ甘ったれな 母が穏やかな表情で食事をさせてやっていると、背後から配偶たるマンドレイクの雄株が節くれだった腕を回して抱き寄せた。本来なら季節ごとに別れを迎える魔草の夫婦であったが、関係は長く続いていた。怪物には余りみられない睦まじさだった。雌株の方がまだ若く、初めて結ばれ、仔を為した相手を大切にしようとしているからかもしれない。 「ちびどもばかりに構うなよ…俺の相手もしてくれ」 「お前さん…だめだよ…そろそろ移動の季節だろ」 増えすぎた仲間を一箇所にとどめておけば、森外れの村の民と激しい戦いを覚悟せねばならない。いずれ都から竜の騎士でもやってくれば、せっかく繁茂した一族が壊滅してしまう。かといって狩りを止めるつもりもなかった。成熟した雌一株なら土の養分や水だけでもやっていけたが、育ち盛りの苗のためにはどうしても活きのいい肉が要ると思っていたのだ。 「あたいはこの土地で最後の狩りに行ってくるから。お前さん、もし二日経って戻らなかったら先に出発するんだよ。ケダモノどもも最近は手強い用心棒を雇ってるから、万が一もある」 「俺にはお前だけだよ」 そう囁きながらも雄株は一緒について行くとは言わない。だが獰猛な雌株は本気で助けがいるとは考えていなかったし、食糧集めや住処探しで何かにつけて頼ってくれる伴侶を、子供等と同じく可愛く思っていた。 「じゃあ行ってくるからね」 マンドレイクの標準からしても図体のでかい夫や、十分に草丈の伸びた息子や娘を、それでも心配そうに振り返ってから、二日経つまでに愛しい家族のもとへ必ず帰ろうと、過剰に世話焼きの女房は固く臍を固めたのだった。 魔草の狩りは単純だ。標的にふさわしい姿に擬態し、甘い香りで惹き付けてから、毒で痺れさせ、命を奪う。取り敢えず前回の獲物だった狼人の骨格をもとに、隆々とした体躯の雌に化けると、森を抜ける獣道の傍らに隠れる。 獣の民の基準からして魅惑に富んだ外形といえるかは定かでない。瓜のような乳房と、六つに割れた腹は釣り合いが取れているのかいないのか、肩は盛り上がり、背までごつごつと巌のよう、脇腹から太腿にかけても女のたおやかさと戦士の剛健さが入り混じった奇妙な取り合わせだ。胴周りの皮膚は果実のようにつるりとしているが、手足は固い棘皮に覆われ繊毛が生えている。 半ば植物、半ば動物といったなりのマンドレイクは、舌なめずりして餌食が罠にかかるのを待ち伏せた。 やがて一刻も過ぎると、木々の間をくねる小径の彼方から、弾むように小さな影がやってくるのが分かった。紫の髪に白い肌、長い耳をした華奢な少年。分量は物足りないが、肉は柔らかそうだ。早速と芳しい匂いを放って招き寄せる。男児はすぐにふらふらと道を逸れて藪に踏み込んできた。 「くくく…ちょろいねぇ」 腕を伸ばすと、両目が隠れるほど前髪の伸びた顔を捕えて、上向かせる。 「さあて…どう料理してやろうかね」 ”口付けをしましょう” 頭の中で平板な声が響く。誰が囁いたのか、馬鹿げた提案に、妖魅の新妻は嗤って首を振った。 「あたいは旦那意外の雄に唇を許すつもりはな…うぶっ!?」 気付くと魔草の雌株は、獲物であるはずの少年と接吻をしていた。幼い舌が開いた唇に入り込み、唾液と樹液を交換すると、微かに温かい植物の口腔をまさぐる。 「…ぅむぅぅううっ…!!!」 苗と変わらぬ年恰好の癖に、ひどく手馴れていた。マンドレイクは茎芯、獣や人でいえば腰にあたる部分に危険な疼きを覚えたが、どうしても舌を絡ませるのを止められない。 「ぷは…はぁはぁ…ちょっと…あたいの誘惑が…利きすぎたようだねぇ…坊や…小さいくせに…ほかの雌…した経験があるんだね…だけど…ここまでだよ…いい思いをさせてやるのは…」 まだ主導権を握っていると信じて疑わない若母は、はやく男児を痺れさせようと棘のある腕を振り上げる。だが先手を打って、小さな掌がたわわな胸の膨らみを鷲掴むと、無遠慮にも揉みしだき始めたのだ。 「ひぎっ!!な、なにするんだい!あたいのそこに触っていいのは旦那と子供だけ…あっくぅぅぅ!!!」 マンドレイクが仰け反ると、尖った乳首の先に、少年はためらいもなくむしゃぶりついた。 ”乳蜜を捧げましょう” 「で、できる訳ないだろ!それはちびどものための大事な…ぁ…う…」 ”好きなだけ飲んでもらいましょう” 淡々とした勧め、というより命令で畳み掛けられて、妖魅の新妻はきつい目付きを幾らか和らげると、毒針のついた前肢を降ろして、荒い息を吐いた。 「そ、そうだね…乳ぐらいなら分けてやっても…」 ”一滴残らず与えましょう” 「…まぁ…うちの児たちも大きくなったし…乳はもう…坊やに全部やってもいいさ…ぁ…痛ぅ…そんなに乱暴に揉むんじゃないよっ…ひっ…雌の扱いを知らないのかいっ…んっ…」 だが幼い獲物は乱暴な指使いを止めようとはせず、却って勢いを強め、引き千切らんばかりに魔草の張りのある果肉をねじり潰していく。大量の蜜をしぶきながら、若母はがくがくと身を揺する。 ”愛撫には喜びを示しましょう” 「はぐ…ひんっ…ふぁっ…痛いのが…気持ちいいなんて…すごいじゃないか…あたしに操られてるくせに…んっ…ここまで酷い真似ができたのは…坊やが初めて…ふぐぅ!!…いいさ…好きなだけ…んっ…おっぱひぃっ!いじめてぇっ!!♪」 華奢な”餌食”は、”捕食者”から熟れた果実を絞るように蜜を噴かせると、むっちりした太腿のあいだに手を突っ込んだ。いきなり豆粒を爪弾かれ、襞を広げられて、マンドレイクは平静を装う余裕もなく甲高い悲鳴を漏らす。 「ひぎぃいいっ!!」 少年はあどけない容姿から想像も付かぬ大胆さで、魔草の花弁を弄り、淫蜜で濡らしてゆく。無毛の秘裂は、繁殖期でもないのに敏感な反応を示していた。 「嘘…だろぉっ…?」 若母は恐怖と快楽を半ばさせて哭く。年に一度しか不可能なはずの、受粉の準備が整いつつある。それはつまり植物としての寿命が縮むのを意味した。天敵に襲われなければ数百年を生きるマンドレイクにとっても、四季の移り変わりの一つ一つは貴重だった。増して夫でもない、年端もいかない異種族の雄に興奮し、子孫を残すのと無縁の行為を喜ぶなどあってはならないはずなのに。 「ひぁ…そこだけは…そこだけはやめとくれ…あたいには…旦那が…子供が…」 ”目の前にいるのがあなたの新しい主人です” 「いやぁ…いやだよぉ…あたいは…ほかの雌株とは違う…一株の雄と添い遂げるんだぁ…」 ”目の前の主人に栽培してもらいましょう” 「ひ…あたいを…あたいを栽培だとぉ?…あたいは誇り高き野生のマンドレイくぅうううう♥」 語尾は上ずった嬌声に変じた。男児が長耳をひくつかせながら、可愛らしい外見に似合わぬ立派な秘具で、しとどに濡れた 「ふぎぃっ!!!あひぃっ♪すごぉっ!!しゅごいよぉっ♪きもひぃいぃ!!!」 同属の逞しい雄蕊を受け容れた際よりも、なお鮮烈な官能の渦が茎芯を駆け登っていく。めくるめく感覚に、マンドレイクはふらつき、とうとう立っていられなくなって、伐り倒されたようにどうと地面へ仰向けになった。 少年は大きな体に圧し掛かって、さらに激しく打ち込みを続ける。ほんの少し前までなら決して欲しなかったはずの受粉の予感に、妖魅の新妻は恍惚として啼いた。 ”気持ちをはっきり伝えましょう” 「ひぃっ…受粉してぇっ!!ご主人様の種ぇっ!!植え付けてぇっ!!」 ”主人の意味をはっきりさせましょう” 「坊やぁっ!坊やがぁ…あたいのご主人様だよぉっ!旦那なんか…比べものにならなひぃっ…!!あたしの雌蕊はぁっ!!もぉ坊や専用だよぉっ♥」 男児がぴたりと動きを止める。隠れた前髪の奥から、昂ぶった眼差しがじっと魔草を見下ろしていた。マンドレイクはおののきながら、自ら腰を揺すって種付けをねだった。 ”坊やの意味もはっきりさせましょう” 「あ…あんただけ…ほかの子供は捨てりゅぅっ!捨てりゅからぁっ!!もうどうでもいいからぁっ!!あたいを坊や専用の便器にしてぇっ!!」 戦士としての、妻としての、親としての、矜持をすべて放棄した隷属の誓いと引き換えに、待ち望んでいた熱い迸りが胎内を灼く。異形の怪物と種を結ぶ力などない精。だが堕ちた若母にとっては、どんな汁気の多い餌よりも上等なご馳走だった。 二日後、長耳の少年は再び同じ森の小径を歩いていた。怪物と出会った場所へ辿り着くと、またふらふらと道を逸れて、藪に入り込む。 一本の丈の高い草まで近付くと、服の下を降ろし、根元に用を足す。たちまち植物は葉をさやがせ、ねじれくねって、女の輪郭を現した。 「く…よくもやったね…調子に乗るんじゃないよ…こ、この前はおかしな台詞を口走っちまったけど…あたいは誇り高き野生のマンドレイクなんだ…お前みたいながきんちょに…」 男児が長い前髪ごしにじっと上目遣いをする。雌株は喘ぎ、ゆっくりと背を向けると、前屈みになって双臀を突き出す。棘だらけの腕が、ししおきよくも引き締まった尻朶を開き、濡れた襞を剥き出しにした。咲き乱れる盛りの花の、芳しい香りが立ち昇る。 「ほら…さっさと済ませな…坊やの…ご主人様のもので…ぐちゃぐちゃにすればいいだろ…くっ…して…ください…お願いします…」 幼い魔法使いはにこっとして、肉便器を志願するまでになった妖魅の新妻に、固く尖った屹立を捻じ込んだ。まもなくして若母の裏返った嬌声が木立ちのあいだを抜けていった。 一方そこから一里ほど離れた森の深部では、マンドレイクの家族が移動の準備を始めていた。 伴侶が村の護衛に倒されたと判断した雄株は、さっさと撤退を決めた。妻が無事に戻ってくれば、いちかばちか子供等とともに村を襲い、住民の男は皆殺し、女は苗床にする計画だったのだが、あの果敢な連れ合いが負けたようなら、とても手が出せない。 用心棒か都の騎士か、あるいはもっと恐ろしく腕の立つ誰か、連中の世界でいう”英雄”とか”勇者”みたいなとてつもない巨漢の戦士か、齢を重ねた賢者でも居るに違いない。 元々、あの新妻のような例外を除けば夫婦の絆がさほど強くない魔草にとって、生存と繁殖こそが最優先で、命を危険に晒してまで復讐などするつもりはなかった。 「いい女だったが、負けちまっちゃしょうがない」 「ねぇ母ちゃんは?」 「移動した先で新しいのを見つけようぜ。ていうかそろそろ、お前らも独り立ちしろ」 「分かったー」 人喰い植物の男は最後に一度だけ、居心地の良かった森を未練げに振り返ると、素早く群を率いて立ち去っていった。こうして世界の片隅で、平和は守られたのだった。 |
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