二年参りというのも、有名な仏寺や神社でこそ御利益があろうもの。いや、好き好んで由緒定かならぬ僻地へ参らんとする輩もないではないが、それとて限度がある。 村の祭事を司らんが為建てられた鎮守、菩提寺の類は、昔であれば代々の氏子や檀家を頼りに出来ようものを、過疎の進む昨今では、祀り手を喪い、寂れるがまま朽ち逝くばかり。古、津々に霊満つと述べられた日本の各地には、嘗ての聖域が廃墟と化して、数多横たわり、大晦日の晩とて、猫一匹、参道を横切りもしない。 例えばそう、関東と甲信越の県境、連山の間の隘路に沿って進み、舗装もない礫だらけの廃道を抜けると、凡そ凄涼という他形容しようもない、荒れ果てた盆地が忽然と姿を現す。行き当たりで車を降りて、すぐ近くに御碗の如く盛り上がった小高い丘へ登れば、目の良い者なら、人が住まなくなって久しいトタン板の集落を認められるだろう。 空の彼方、赤石の峰々へと続く、なだらかな稜線には、昭和の頃製材用に植えられた杉を駆逐して、椎、楢、柏といった昔ながらの雑木林が鬱蒼と茂り、日の明るい内ならまた、樹陰に埋れるようにして、はっきり境内の跡と解る、草生した空き地が残っているのも見えるかもしれない。 古刹といえば聞こえはいいが、要は取り壊しの手間も惜しんで打ち捨てられた、建物の骸骨だ。山門の表札は墨が落ちて読み取れないが、近付いてみれば、穢土寺、と隷書された筆跡だけは知ることも出来よう。宗派もどことは知れず、本尊すらはっきりしない。或いは立川流の分派だとか、まぁ専門の研究者なら色々説明もつけられるやもしれぬが、腐りかけの本堂を塒にする蛇や蝙蝠にしてみれば、どうでも良い話である。 柱や梁だけはまだしっかりしているらしく、手入れをされなくなって大分経つというのに、傾きこそすれ崩れる気配はない。とはいえ瓦はとうに剥げ落ち、代わりに天然の草葺き屋根が、積り積った腐葉土から繁茂していた。 中に入ると、床には大きな黒い孔が穿たれ、下から蒸気といおうか、瘴気といおうか、なにやら湿ったものが噴出している。異常な雰囲気は、偶さか迷い込んだ旅人にも察しは付こうから、知恵の働く者はすぐさま其処を後にする。 なればこそ、まもなく年の変らんとする時刻に、わざわざ斯様に妖しげな場所に詣でるのは、余程の奇人か、良からぬ企みを抱えた連中と相場が決まっている。丁度時刻は子二つを打ったろうか。参道の石段を、風態妖しき黒服の影が三つ、やたらと跳ねる小さな子供を取り囲んで、半ば引き摺るようにしながら馳せ登って来る。 「早くしろ!」 「ちっ、噛付きやがった」 黒服の独りが、暴れる子供に苛立って、力任せに頬を打った。重く、顎の骨と肉が軋む嫌な音が、夜のしじまに広がる。対等な喧嘩であれ、一方的な暴行であれ、痛みを味わった経験が有れば、耳にするだけで、不快な感触をまざまざと思い浮かべずには居られぬ、あの鈍い響きだ。 「大人しくしてろ」 どすの利いた声。 「離せっ、くそじじい」 だが殴られた方は大人しくなるどころか、相手の顔に血の混じった唾をかけ、唇の端から真紅の筋を滴らせながら、せせら嗤った。 「なんてくそがきだ」 爪と歯と、拳固の飛び交う舞踏。懐中電灯が闇夜を切り裂き、在らぬ方へ揺れ、星に触れんと天を薙ぐ。また鈍い響き。 「身の程を弁えろ!お前は買われたんだぞ」 「そうだ、園長に大人しくしてろと言われただろうが」 「うっせー、死ね」 子供は頭を滅茶苦茶に振って毒吐き、爪先で側にあった脛を勢いよく蹴り飛ばすと、悶絶して転がる黒服の横をすりぬけ、すたこら逃げ出そうとする。だが他の二人が、背後からその肩を捕え、地面に抑えつけた。 「こいつ、半殺しにしてやる」 「よせ、活きの良いままでないと、あいつは満足しないんだぞ」 大人達が交す不穏な会話に、捕えられた方はぱっと顔を上げ、鋭い目で睨みつける。 「あいつって何だよ。俺をどうする気なんだ。やっぱり園で言ってたのは嘘かよ」 「黙ってろ。おい、縛れ。もうこの小猿にはうんざりだ」 まとめ役らしい男が舌打ちしながら呟くと、脛を抑えたまま石畳の上に転がる仲間に些か同情の篭った視線を注いでから、素早く表情を引き締め、懐からプラスチックのバンドを取り出した。危険を察したのか、少年はすり傷だらけの脚をばたつかせ、しぶとい抵抗したが、黒服はてきぱきと慣れた手付きで踝と手首を拘束し、喚く口に猿轡を嵌める。 「よし、これでいい」 「お前、いつまで寝てるんだ。かつぐのを手伝え」 頷いた一人が脛を蹴られた連れを支え起すと、縛られて尚芋虫のように身をくねらす少年を三人がかりで抱え、本堂へ向かう。足元では、腐った木材が不安な悲鳴を漏らすが、構っている余裕はない。彼等の顔には焦りが浮んでいた。 「そろそろ年を越しちまうぞ」 「なに、後少しで済む」 「んー、んーっ!!」 「ええい!もがくな、親無しの街ダニが!…っと、相変らず酷い匂いだ」 一行は例の穴まで荷を運ぶと、互いに頷き交し、息を合わせ、ゆっくりと振り子のように反動をつけて揺さぶり出した。 「んむぅっ!!!!」 「「「いっせいの、せー」」」 合図と共に、左程重くはない少年の身体が、勢い良く奈落へ投げ込まれる。すぐに、水飛沫の上がる気配がした。黒服達はほっとした表情で各々腕時計を確認し、互いの掌を打たせた。 「ハッピーニューイヤー!」 「ヒャッホー、これで帰れるぜ」 「来年はこの役目、他の奴等にやらせて欲しいもんだ…」 男達がぶつくさ零している間に、穴の底では何かが泡立ち、波打ち、のたうち始めていた。湿った空気を介して奇妙な音が伝わると、三人は辟易した面持ちで顔を見合わせ、踵を返して外へ向った。 「なんだってんだあいつは。覚えてるか?去年は羊丸々一頭だったぜ」 「んで、今年はついに人間だ」 「孤児院に掃いて捨てるほどいるんだ。猿と同じさ。気にするなよ」 「いやしてないけど。そういや丁度申年じゃねぇか。あー、関係無いけど紅白録画し忘れた」 「はぁ?おまえ見てんの?」 「悪りーかよ」 「…別にいいけどよ。どっちにしろ俺も来年は家で過してーな」 「まったくだ。ご隠居の道楽に付き合わされるのはうんざりだ」 「活き仏だかなんだか知らないが、生餌に食いつくなんて碌な生き物じゃないぜ」 「ま、縁起物だからな。この二年参りも」 参拝客が去った後、寺の穴はまるでげっぷでもするように湯気を立ち昇らせ、朽ちた建物の土台を低く震わせた。今年も穢土寺の主は満腹そうだった。 「んむっ…っぐっ…」 尻が痛い。背筋が疼く。少年は腥い微温湯に腰まで浸かりながら、胸中で愚痴を零した。あいつら、思い切り投げやがった。しかもなんだ、この便所の底みたいな所は。暗くてよく解らないが、壁の苔だけがぼんやり光って、黒く汚れた石積みの継目を示している。 古井戸、という単語は、残念ながら碌な教育を受けていない頭脳には刻まれていなかった。彼に解るのは此処が蒸し暑くて、狭くて、べとついて、嫌な空間だということだけだ。 「んっ…んっ」 手首と足首を動かすが、どうにも縛めは解けない。 「っ…!」 畜生、外へ出たら絶対あの三人を見つけて、この穴へ突き落としてやる。ついでに上から小便をして、うんこをして、生ごみを落して…執念に燃えて復讐の算段をしている内、急に太腿が冷たくなって、いつのまにか穴の水位が上がっているのに気付いた。 「…んむーっ!んっ!」 不味い。この態勢だと溺れてしまう。必死になって身を起そうとするが、いかんせん四肢に自由が利かず、おまけに服はぐっしょり濡れて酷く重い。もがけばもがくほど疲れるだけだった。頭上では、黒服連中の、楽しげな談笑が響いている。惨めだ。 と、不意に、水がたゆたい、近くで何か大きな物体が動く。 「?!」 大きな影が立ち上がって、光る苔を視界から遮る。はぁはぁと魚臭い息が顔にかかった。頬を鱗に覆われた指が撫ぜ、項を粘つく舌がなぞる。驚懼に襲われ、猿轡を嵌めた唇からくぐもった悲鳴が上がる。 「良い声。そなたは人だね」 するとなにか、鋭く尖った先端が、プラスチックのバンドを易々と切り裂き、手足と口を解放した。少年は、もっけの幸いと自由になった四肢を動かして後退りながら、両目を皿にして、暗がりを見通そうとする。 「嬉しい、やっと苗床が得られた」 言葉に合わせ、闇の奥より太い索のようなものが伸び、慌てる彼の両手と腰を一巻きに巻き取った。頭上では足音が無情に遠ざかっていく。助けを欲する余りに我を忘れ、男達の注意を引こうと再度叫びをあげようとすると、いきなり唇を塞がれる。 忽ち、口腔がへどろの匂いで溢れ返り、粘っこく蠢く二股の舌を侵入を受ける。同時に、Tシャツを貼り付かせた背を、水掻きのついた広い掌が這い回り始めた。少年は、厭わしさに耐えかね、気の強そうな瞳からついに涙の粒を零す。長い指が顎の頤を抑えると、食道を太い管が貫き、一気に胃の底まで捻じ込んだ。 吐き戻すは叶わず、咽びすら許されぬ。ざらざらと鱗に覆われた爬虫類らしき尾っぽの先が少年の尻朶をなぞり、谷間から菊蕾を割って、直腸をつついた。今の今までそうした経験の無かった排泄口は、必死に括約筋を締めて穴を閉ざそうとしたが、尾の先から分泌される液体を塗られるや、急速に自律機能を失って、鱗だらけの器官をずりずりと受け入れていく。 やがて、ぼこっ、ぼこっと少年の喉が大きな塊を嚥下し、胃が冗談のように膨れ上がる。幼い肺が息も絶え絶えになって初めて、管が食道から引き抜かれ、唇が解放された。 「ぐぇえええっ!」 「吐くでない。これからずっとそなたの胃で飼うのじゃ」 「なにしや…がったぁ!ひがぁああっ!」 腰骨が砕けるような勢いで直腸の尻尾をくねられ、少年は不様にもがいた。胃液が逆流し、脂汗が全身から吹き出す。だが尾はざらつく鱗を、直腸粘膜にこすりつけながら、更に奥深くヘ進み、終に大腸まで達すると、今度は此方を歪に膨らせ始めた。 「ふぎゅぁああっ…ひゅぅ…ひゅうっ…うぎゅぅっ」 「良い声じゃな。安んぜよ。液を沁み透らせ、内側を破れぬよう強めた。妾の子が遊んでもぶじなようにな。良いか、これから妾はそなたに、三十個ほど卵を産む。はじめだから少なめじゃ」 「ひゃへ…ろぉっ…」 「まだ狂っておらぬのか。面倒な。だがすぐじゃ」 常識外れに太い蜥蜴の尾が、痙攣する肢体を百舌の早贄のように宙へ固定する。自らの子を預ける母胎に相応しいよう、強引に内臓の位置を整えながら、大量の粘液を流し込み、揺り籠のように前後に動いて、苦痛を和らげる。さっきまで栄養失調気味にへこんでいた腹は、妊娠線に似た青筋を走らせ、伸び切った皮の上からでも、テニスボール位の球がどんどん詰められていくのが分った。尾は産卵の度に鱗を擦りたてながら後退し、時間をかけて宣言どおり三十個を仕込み終えた。 「良きかな。今年は一際大きいぞ。元気な子になりそうじゃ」 「あっ…がっ…」 「嬉しさに泣いて居るのか。さもあろう。妾の子が産めるのは、人には過ぎた誉れぞ。孵化の折には幼い母の身を幾千倍の快楽が寿ごうよ」 尾が、抜け際に開ききった排泄口を粘つく液体が塞ぐと、見る見る内にそれは固まって栓と化した。胴を蜜柑袋のように孕ませた少年に、しなやかな肢体が圧し掛かる。 「次は前を貰おう」 女、なのだろうか。あるいは、雌。ともかくも鉤爪のついた指は、特別細かい鱗に覆われた内股の間、陰毛の生えぬ灰色の陰唇を広げ、少年のまだ剥けていない亀頭の上に、ぽたぽたと紫の愛液を滴らせる。確かに女性らしく艶めいた厚唇が捲れると、短剣のように並んだ牙が開き、蛞蝓のように滑る舌が飛び出した。舌は長く長く伸びながら豊かな乳房の間を降りて、勃起した幼茎を絡めとると、皮を下ろして恥垢をこそぐ。 裏返った悲鳴、身震、歯鳴、吐息、あらゆる反応が重なり合い、ぶつかりあって交響楽を奏でた。張り詰めた腹を優しく摩られ、性器を入念に舐られる感覚に、苦悶と快楽が混じり合い、獲物の理性を破壊していく。 「美味じゃ。小便臭くて、な」 舌が退くと、代りに腰が当てられ、しとどに濡れて濃厚な匂いをさせた秘裂が、まだ玩具のようなそれを咥えこみ、きつく締め上げる。人外の妖女は根元まで受け入れたと見るや否や、狂ったような激しさで腰を跳ねさせ、また降ろし、自らが饅頭のように孕ませた腹に爪を立て、吼え猛り、凶悪極る肉の舞を舞った。とうに力を失ったはずの四肢が痙攣し、動きの激しさで卵の位置がずれると、在り得ない官能の波が脊椎を走り抜ける。 「あひぃっ、ぁあっ!んぁっ!お腹ぁっ」 「よしよし、なんじゃ」 「たま…ごぉ…割れちまぅっ…んぁあっ!」 「ほほ、もう子供の心配をしてくれるのかえ、可愛い子。大丈夫じゃ。程よい揺すれがあったほうが、孵りが早いのじゃ」 髪の毛を撫ぜながら笑い、さらに乱暴に可憐な肉椅子を揺すってやる。少年は完全に我を忘れた態で嬌声を漏らす。瞳は潤み、頬は紅潮し、唾液が口腔を溢れ出て滴った。井戸の水は羊水のように一人と一匹を包み込み、聖婚を祝すように煌き、泡だった。 「ほほ、ほほほ、ほほほほっ」 艶やかな、しかし毒々しい笑い。古井戸の主は、美しい女の尻を淫らに振りながら、異形の尾を高く擡げて勝利を宣した。 |
「うぐ…はぁああっ!!あうぅっ」 「ほれ、呼吸を忘れるでない」 元旦を迎え、三元日を過ぎ、どれだけの時間が経ったろう。日の差さぬ穴の底に変りなどない。捕えられた獲物は依然命を繋いだまま、主の子を産んでいた。 男達を相手に、あれだけ派手に暴れていた手足はもうない。産後の飢えを満たす為、肘から先、膝から下を食い千切られ、粘液で血止めをされて、達磨と化している。腹の皮は伸びきった状態で安定し、妖しく蠢いていた。 「ふっふ…はぁ…ふっふ…っはぁ」 「そうじゃ、さぁ、二十七匹目じゃ」 山椒魚と守宮を掛け合わせたような生き物が肛門を広げて這い出す。多くは井戸の主の長い尾にしがみつき、一部は蝦蟇のような口を胸の双丘に吸い付かせ、無心に乳を啜っている。 「かわゆいのぉ…ほれ、母の役目を果せ」 少年には、いやもう少年とは呼べぬ、肉の孵卵器に過ぎないが、陵辱者と同じ、西瓜大の乳房が出来ていた。石榴色の尖端からは白い液体が溢れ、幼生がくっついて吸い始めると、恍惚とした喘ぎを漏らす。乳腺と共に異常なまでの性感が通っているのだ。 「一度に二匹にしか乳を与えられぬのは不便よな。かといって羊のように沢山在る訳でなし…ふふ、量で補って貰おうか…おどき」 主は二匹の子を優しく水溜りに降ろすと、眼前の柔肉を鷲掴んで激しく揉み立てる。噴水のように滋養液が迸り、水を濁らせると、幼生達は争って寄り集まり飲み干した。 「ひあああっ!おっぱひぃっ、揉むのいやぁっ、あひぃっぁあっ!」 「嘘をつけ痴れ者が。男根は硬くなっておるではないか。ほれ、此方の白蜜も零せ。いい滋養になる。そう作り変えてやった」 陰嚢を鷲掴みされると、短期間で魁偉に成長した肉茎がどろりと濃い精を放つ。だがもはや栗の花の匂いはしない。何か別の、液体なのだ。 「らめぇ、倶苗様ぁっ、俺のあかひゃんっ、また生まれひゃうよぉっ!」 「では産めば良い和真。身軽になるぞ」 祭祀の如く、名前を交す二人、二匹、二柱の神か。 「はひぃっ、産むの、産むのぉっ…ふっふ…はぁ…ふっふはぁっ…」 意気込みはどうでも、子を一匹を生むのにはやはりかなりの間を要する。消耗も激しい。倶苗は己の体内で発酵させた、和真自身の手足の肉を、口移しで与えてやった。すぐに、少年の胃に仕込まれた寄生虫が其を貪り尽くし、消化し、糞として排泄する。少年が摂るのは二次的な加工物だ。 「自分の肉は旨いか?」 「倶苗様がぁっ、腐らせてくれたからぁっ、美味しひぃよぉっ…ふっふ、はぁっ…」 二十八匹目、続いて二十九匹目、三十匹目。そろそろ皆狭い腸内に飽きたのだろう。一度に受け止めるには多すぎる出産の快感に、それこそ嬰児の如く泣き叫ぶ母を尻目に、子等は水へ入ると、すいすいと泳ぎ去っていく。倶苗は、幼妻の腹が空になったのを見澄ませて、早速また尾を捻じ込んでやる。 「ヒギィィィィッ!!!」 「和真は、妾の鱗で擦られるのが好きであろうな」 「あ゛ぁ゛っ、ひゃいぃっ、しゅきぃっ、奥の方までぇっ、おねがひぃっ…あひぃっ」 「愛しいぞ。妾の和真。そなた、昨年の羊がどうなったか解るか?」 「ひゃひぃっ、ふといのぉっ、おれぇっ、くるっちゃ…えひ、ひあああっ!」 臍の周りが派手に変形していくのを恍惚と見守りながら、少年は歓喜に咽び泣く。妖女は彼のたわわに膨らんだ胸を揉みしだき、遠慮なく母乳を搾り出しながら、ぎざついた牙を剥き出しにして唸った。 「妾と子等が貪り食った。井戸から出られなんだからな。そしてその子等も妾が喰らった。生き延びる為に」 「ひがぁっ、も、はいんなぃよぉっ!はいんなひぃっ」 少年の腹は卵が詰っていた時より膨れていた。妖女は、和真の体内でとぐろを巻いた尾を、絶えず蠢かせながら、赤く指の跡のついた乳房の尖端へかぶりつき、噛み千切りそうな勢いで甘露を吸い出すと、うっとりと笑う。 「今年は違う。手足だけで足りた。そなた殺さずに済んだ。卵を減らしたし、井戸を出る算段もついておる。ああ、だがな愛しい和真。もし試みが破れ、ここを出られなかったら、いっそ妾を喰らってくれ…子等も食ってよい。そなたにすべてをやるぞ和真」 「あっ、ひゃべひぇっ、おへ、くなわひゃま…おへをひゃへぇっ」 声変わり前の、細い喉が痙攣する。 「ふふ、食べても良いのか?和真の甘い乳房や、肉の詰った尻や、柔らかな臓腑、妾が食べても良いのか?」 「ひぃよぉっ」 倶苗の表情が哀しげに、嬉しげに揺らぐ。少年の頬に接吻し、女のような両胸を想う様握り潰すと、幼生にたっぷり乳を与えてやる。 「ここを出よう。獲物の多い外界へ。たらふく喰って、また沢山の子を産んでもらう。和真、餌さえあれば妾も、眷属となったそなたも無限に生きられるのじゃ」 言葉を待っていたように、壁に皹が入る。恐ろしい衝撃が井戸全体を揺らしたかと想うと、どこからともなく太い獣の捻れ角が突き出し、積み石を押し崩した。 現れたのは、彼女に良く似た鱗を持ち、しかし割れた蹄と、隆々とした筋骨、肩にかかる巻き毛、複数の乳房を持った巨躯の生き物だった。 「倶苗様」 「未屠、良くやってくれた」 「ふぇ…ぁっ?」 曇った目で、新参の姿を眺める和真。未屠と呼ばれた獣人は嬉しそうに足を踏み出そうとし、驚き泳ぎ回る幼生達に気付いて慎重に後退った。 「その子が新しいお母様?可愛い…私の子も産んでくれる?」 「そなたは卵では増えないから駄目じゃ。和真、紹介しよう。これは未屠。昨年の子の内、ただ一匹残した子じゃ。未屠、疲れたろう。ほれ、飲んで精をつけるが良い」 倶苗が和真の乳房を搾り出すと、未屠は首を振り、腰を屈め、堅く勃ち返った若幹にむしゃぶりついた。複乳が垂れ下がり、悪戯者の幼生が何匹か水面から、腹違いの姉に食いつく。 「ふひぃっ、きゅあああっ!すわなひでぇっ!!」 最も敏感な器官を桁外れの強さで吸われ、異形の少年は泣きじゃくって懇願した。だが主たる女は嗜めるように肥大した乳首へ爪を立て、あろうことか乳腺の奥へと捻じ込んだ。手足を食い千切られても快楽を感じる神経は、激痛を狂悦に換えて射精を促す。 「未屠に逆らってはならぬ。妾の次にお前を所有する子じゃ」 瘧にかかったように震えながら、従順に飲み物を搾り出す少年。ごくりごくりと喉を鳴らし、羊の化身は心ゆくまで渇きを癒した。 「ぷはっ、和真母様の蜜、美味しい…後でいっぱい飲ませてね。ねぇ倶苗様。今年の幼生、とても元気…わたしの乳房にしがみついて…」 「ほほ、和真と妾の子じゃもの…さぁ、おいで。出よう。外は獲物が多いかい?」 「ええ。大抵は大きな殻を持ってるけど」 三十匹のちびたちをしがみつかせ、未屠と倶苗は立ち上がり、割れ目をくぐる。少年も、数匹にしがみつかれ、蛭宜しく歯を立てられ吸血されながら、腹腸は相変らず鱗だらけの尻尾に出鱈目な勢いでねじくられ、巨乳を面白半分に搾乳され、涙と唾と洟と汗と尿を垂らしていた。 妖女は、幼生を少しでも栄養の高い血液を飲ませてやろうと、己にしがみついているのを和真に移し、小さな歯が柔肌に食いつくのを見守りながら、不思議そうに尋ねた。 「殻とな?」 「ええ、脚でなく、くるくる回る四つの輪で動くの。昨日も一匹捕まえたわ。中には、余り美味しくないけど肉に量のある人間が三匹入っていた」 「苗床にはなりそうだったかえ?」 「うんうん。気に入らないかから殺して食べたわ」 「ほほ、まだ季節ではない。一年待つことじゃ。ちゃんとした雌でなくてはいけない」 「雌って倶苗様みたいな?」 「そうじゃ、どうしても眷属に引き入れていいと思える雌が見付からなければ、妾が孕んでやろう。さすれば卵として和真に植え付けてやれる」 「それでは、わたしが和真母様を孕ませた気がしない…」 未屠は、彫りの深い美貌には似合わぬ、子供っぽい膨れ面をする。倶苗はからからと笑い、思い出したようにして和真を滅茶苦茶に揺すった。 「いぎひぃぃぃっ!あがぁっ」 「これは妾のだわえ。お前も良い苗床が欲しければ自分でお探しや。人間どもの街へ降りれば幾らでも見付かろう。餌もな」 「そうね」 二匹と一人、三十の子が太陽の光を浴び、人里へと降りたのは、それから程なくだった。 |
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