Beans & Horns

 這松に鶯が鳴く。霞のたなびく碧空から、柔らかな陽が射し、白梅の蕾を擽って、仄かに緑がかった花弁を開かせようとする。朝方の霜柱が溶けて土はぬかるみ、根の強い小さな草の芽が吹く中に、くっきりと雀の足跡を残していた。

 目覚めたばかりの春の乙女は、まだ執念深い冬の翁と席を同じくしている。小鳥の囀りはあたかも通りがかる雲へ、注意を促すかのようだ。見よ、見よ、野の香満つ景色の其処彼処に、老いたる爪痕が刻まれているのを、と。雑木林の根元を埋める笹の葉には雪塊が溶け残り、樹陰の涼に危うい余命を繋ぐ。年降りた樺の幹は、一月前鹿の仔の齧った痕を痛々しく残す。天候の不順が、竜の牙のような桁外れの氷柱を生じさせた為、重荷に耐えかねた大振りの枝は付根からへし折れ、根元で苔の苗床と化して横たわっていた。

 嗚呼しかし最早、辺りから死の静寂は去った。登山客の他は、滅多に往き交う者とてない山中に在って、確かに今、砂利を踏みしだく、軽やかな足音がする。鼻緒の軋みと下駄の歯の鳴る響きが忙しく早く、小径に広がった。撞木が鉦を打ち叩き、ころころと明るい笑いが上がると、梢高くにぶつかって万象を騒がし、囃唄が若葉の季節の訪れを告げる。

 かんなぎの装いをした子供が二人、天狗のように跳ね回り、じゃれ合いながら道を来る。そっくり鏡に写し取ったような目鼻、寸足らずの背丈。並んで走りながらも、目まぐるしく右と左が入れ替わり、どちらがどちらか区別がつかない。

 「兄者あにじゃ、あそこ」

 「そうじゃな弟者おとじゃ。あそこじゃあそこじゃ、匂いがするぞな」

 先に口を利いたが弟、後に答えたが兄。片やはくるりと宙でとんぼ返りを打ち、片やは喧しく鉦で囃す。互いの周りを巡ると、顔を合わせてにんまりする。もう解らなくなった。右が兄で左が弟か、あるいは逆か。

 揃って撞木で差し示すのは、行き先に構える瓦屋根の大門。蔦の絡む柱には、くすんだ表札が掛かり、北斗と読み取り難い字体で屋号だか姓だかが記してあった。

 「匂うぞな、鬼の匂いじゃな」

 「臭い臭い大鬼の匂いがのう」

 脇腹を肘で小突き、額をぶつけあって忍び笑いをすると、先を争って軒下へ駆け入る。一人が相手を押し退けると、配線も剥き出しに取り付けられたインターフォンを押そうとし、ぐっと伸上がってから地団駄を踏んだ。

 「兄者、届かんぞな!」

 「弟者はちびだわの」

 「兄者と変わらん」

 「ほーかね。なら、肩に乗るぞなも」

 兄がしゃがむと、弟はにこにこして下駄を脱ぎ、肩車をして貰う。

 「おー、高いの。富士山が良く見える」

 「わしは見えん、後で代れ」

 「おう、まずこれ押すわな」

 罰当たりにも撞木で呼び出しボタンをつつくと、鈍い音が響いた。二人はトーテムポールのように縦に繋がったまま、目を真ん丸くして待っていたが、暫くしても返答がないと、また早口で囀り始めた。

 「兄者、留守かもしれん」

 「節分に留守をするの家などありゃせん。鬼に地所を取られるぞな」

 「ほーかの、ほい」

 またインターフォンを押す。今度は間隔を空けずに何度も何度も押す。段々楽しくなって行為そのものに夢中になり、鼻歌を唄いながら妙な節に合わせて押していると、等々家中から応えが有った。

 「誰だ!悪戯するんじゃない!」

 鋭い剣幕に、兄弟は目を見合わせると、すとっと肩車を解いて並び、勢い良く鉦を鳴らして声を合わせた。

 「鬼は外、福は内、追儺の儀承り候」

 調子をつけた言い回しは、堂に入ったものだったが、住人には感銘を与えなかったらしい。

 「はん?子供か?、騒いでないで出て行け。警察を呼ぶぞ」

 双児はまた向かい合い、逆向きに首を傾げると、額を寄せて相談した。

 「怒りっぽい客だなも」

 「邪気を払ってやらんと」

 「ほーじゃな」

 前にも増して凄まじい演奏を始め、鬼やらいの大合唱を始める。松の鶯は喉を詰らせ、有象無象の小鳥が交すかまびすしい相聞の唱もぴたりと止む傍若無人な豆坊主コンビのオン・ステージに負けたのか、低い呻きがあって、門の脇戸が開いた。作務衣に半纏を羽織った若い男が現れ、頭から熱した薬缶のように湯気を吹きつつ二人を睨みつける。

 「この糞餓鬼、何の用だ」

 「鬼やらい」

 「追儺の儀承り候」

 兄と弟は悪びれもせず答えると、団栗眼で見詰め返した。微塵も邪気を感じられないので、男は言葉を失いかけ、咳払いをすると作り笑いを浮かべた。

 「ついな?」

 「屋敷を祓い清め、福を呼込む」

 「この家には鬼が憑いとるぞな。頃も良いで、払うと良かろ」

 「…は?」

 男は聞きなれない単語の連続に、はじめ外国語を喋っているのかと疑い、改めてこましゃっくれた面を眺めてから、やっと話に合点が行ったらしい。

 「いや、間に合ってる」

 「そら違うぞな若いの」

 「来る福を拒んだら禍を背負い込むのと同じだなも」

 嘆かわしげに頷きあう小さなかんなぎに痺れを切らし、男はいきなり戸を閉めた。しっかり閂をかけると、インターフォンの配線を引っこ抜く。ふんと鼻息を吐き、後はもう騒がれても構いつけるまいと、玄関を戻る。と、いつのまにか庭に二人の子供が居て、母屋を見上げているではないか。瞬きするような間の出来事だった。

 「お前ら…」

 「ぼろっちいぞな兄者」

 「鬼のせいだわの、若いの、井戸はどこぞな?」

 平然と話を続けられ、挙句己の胸にも足りないようなちび達から若いの呼ばわりされ、家主は堪りかねて絶叫した。

 「井戸なんてあるか!っていうかそれより、どうやって入った」

 にじり寄って叱り付けても、兄弟は脅えた素振りさえ見せず、ひそひそと囁き合っていた。

 「水道でもよかろ、な弟者」

 「ほーじゃの兄者」

 「おい、本当に警察を呼ぶぞ!」

 押しかけのかんなぎは、片言隻句も気にかけず、猿の如く走り去ると、何処からか水の入った弁天桶を担いで(民家にある筈もないのだが)戻り、いきなり庭に立ち尽くす家主にぶち撒けた。頬を強く叩かれ、作務衣姿がぐらりとよろめくと、どすんと尻餅をつく。

 「…なんてことしやが…」

 「邪気は払えたかのぅ、兄者」

 「おう、目を見れば解るぞな」

 濡れねずみになった男は、ぽかんと口を開けてから、此方を覗き込む二人の子供を交互に見て、不意にからからと笑い出した。暗く険のあった眉根が開き、皺を刻んだ目元に陽気さが現れる。服に視線を落とし、流石に少し顔をしかめてから、ふっと軽い息を吐いた。

 「はは…何者なんだいお前さん達は」

 「鬼やらい」

 「…おに、やらい。そんな職業があると聞いたことがあるな…子供がするとは知らなかったが…いや、怒鳴って悪かった…ちょっと家中に不幸が重なってね。よし、折角だから頼もうか。幾らだい」

 子供等は嬉しそうに下駄を鳴らすと、撞木と鉦を打ち叩いて甲高く喚いた。

 「兄者、門つけは炒り豆がいいぞな」

 「わしは煮豆がいいぞなも」

 「豆か…台所に有ったかな…用意してくるよ」

 立ち上がると、双児の片割れがちょっと鼻を蠢かせて側に寄った。

 「待つぞな。あんたから鬼の匂いがするぞなも。屋敷中が臭いぞな。弟者、随分匂うのう」

 「おう、これまでに嗅いだ覚えのない強さじゃ」

 男は袖を嗅いでから、困ったように笑った。

 「だとすれば、嫁と息子だろうな。去年一昨年と続けて逝っちまって。飼ってた犬も死ぬし、はは、厄だらけだな、家は」

 冗談めかしていはいるが、言葉を切る度に喉仏が引っ込み、端々に震えが混じる。少年は神妙そうに相槌を打つと、瓜二つの相棒に話し掛けた。

 「そりゃよっぽどの鬼だなも兄者」

 「おう、大食いの鬼じゃ。わしらの会った事のない鬼ぞな」

 「お屋形様がってたぞな。人喰い鬼には関わってはならんち。手に余ると」

 「そら昔の話ぞな。わしらも大きくなったで、構わんじゃろ」

 鬼やらいの客となった男は、二人の真剣な態度に、却って可笑しさを抑えられず、鼻で息を漏らしてから、肩を竦めて玄関へ消えた。あの幼さで昔だの大きくなっただの捲し立てるのは、何とも奇天烈だった。

 家主が消えるや、早速兄と弟は仕事を始めた。どこからか竹箒を見つけて、母屋の周りを掃き、同じくはたきで鴨居の煤と埃を払い、蜘蛛の巣を慎重に外へ移す。屈みこんで縁の下を覗き込み、蛇がいないと残念そうに唸り、物置を引っ繰り返して麻縄を一巻きを探し出すと、短く切り、目鼻を描いて放り込む。

 樋に魚臭い巾着袋を提げ、軒先に紙垂をつけた柊の枝を飾っては、きゃっきゃとはしゃぐ。凡そ追儺とは呼べぬ出鱈目だったが、男が服を着替え、升に豆を盛って戻る頃には、屋敷の外はすっかり綺麗になっており、心なしか空気も以前より爽やかになったようだった。

 「有難いな、掃除までしてくれたのか…」

 「炒り豆だなも!」

 「むぅ…煮豆はないのか…」

 「おい弟者、煮豆は撒けんぞな」

 二人は升を引っ掴むと年の数もへったくれもなく一度に掴めるだけを口に頬張り、ばりばりと噛み砕いた。ふるまい手は目を細めて、無邪気なおどけ様に眺め入り、晴れ晴れと笑った。

 「大食いは君達のようだな。ところで、俺は渡邊元和、そちらの名前は何と言うんだね?」

 「太郎冠者」

 「次郎冠者」

 「はは。解ったよ。それでいいや。ほら、まだあるぞ。撒く分も残しとけよ」

 と、太郎冠者と名乗った方が顔を上げ、凝と元和に魅入った。顔の真中を穴が開くほど見詰められ、広い背中がむず痒そうに揺れる。次郎はといえば依然豆を食うばかりで、兄の様子になど脇目も振らない。釈迦に説法よと、機嫌を損ねたのだろうか。

 ややあって、太郎は舌で転がすようにして、男の名を問い返した。

 「渡邊?」

 「おう…」

 「弟者、渡邊といえばあれぞな」

 「んにゃ、解らんぞな」

 察しは元和の方が良かった。相好を崩しながら、茶化すように両腕を開いて答える。

 「ああ、鬼退治の綱だろう。言い伝えじゃあこの家はその渡邊の分家の分家だそうな。はは、俺は入り婿だから良く知らんがね。じゃぁ憑いてるのは茨木童子かな。酒呑童子かな…」

 「ぶるぶるっ、兄者、豆を多めに撒いとくぞなも」

 「ほーじゃの」

 鬼は外、福は内、と唱えながらばらばらと豆を撒く。懐かしい光景に、ふと眼前の子等と同じ年頃だった息子の記憶が甦った。そういえば、生きている間は一度も豆まきをしなかったな。きちんと節分を祝っていたら、あの子も達者だったかもしれない。男が埒もない想いに囚われていると、兄弟は横を擦り抜け、何の遠慮もせず敷居を跨いで屋内に上がりむ。

 「ひどい臭いじゃ。茨木童子だったらどうする兄者」

 「あれは綱が退治したぞな。もうおらん」

 「他の強い大鬼じゃったら」

 「豆を撒けば帰るぞな」

 ぺちゃくちゃやりながら部屋を巡る。またしても箒と塵取り、はたき、雑巾が手品のように現れては、用を終えると消えていく。DVDを早送りにしたような速度で、広い屋敷の隅々まで清め終えると、漸く追いついた家主にまた豆をねだる。

 「煮豆がいいぞな」

 「煮豆は撒けんぞなも」

 呆気にとられながらも、期待に応えようと台所へ向かう。町から離れていることもあり、彼の妻が死ぬ前に買い置きをしていた筈だったが、余り定かではなかった。

 「待て待て、今探してくるから…でも君達、さっきちょっと食べ過ぎたんじゃないかな…」

 「わしら、年の数だけ食わにゃならん」

 「兄者はちょっとさばを読んだぞな、五十粒は多すぎるぞなも」

 「弟者は六十粒食うとった」

 「ははは、何歳なんだい二人とも」

 「四十九」

 からかわれているのかと振り返ったが、向うはにこりともしない。本当に変わった子等だなと訝りながら、渡邊は廊下を辿った。ぺたぺた足袋を履いた足が四つ、後を追う。

 「台所が艮の方にあるんは怪しからん」

 「おう、変えた方がいいわな」

 「風水もしてくれるのかい?残念ながら家は貧乏でね、リフォームも出来ない」

 先頭の元和が簾を潜って中に入ろうとした所で、いきなり太郎(だろう)が、服の裾を引っ張って止めた。次郎(だろう)が懐から紙垂を連ねた縄を取り出して、じっと冷蔵庫やコンロの並ぶ奥を見詰める。非常灯が緑に瞬く奥は、アルミの勝手口になっていた。

 「どうして戸がついてるぞなも」

 「どうしてって…台所だしな…裏戸くらいなきゃ不便だろう」

 「神棚が無い」

 「前に改造した時に取ったんじゃないかな。お祓いはしたよ」

 緊張した口調に驚いて、頭を巡らすと、兄弟は態度こそ泰然としていたが、肩を小刻みに震わせていた。弟は、俊敏に兄と男の前に回り込むと、注連縄を楯のように広げて捧げ持った。

 「すぐに、この家を出るぞな兄者。ひどい臭さだなも」

 「待つぞな…鬼門を閉じてからぞな…若いの、さっきの豆があったのはここきゃ?」

 「ああ。何故?すぐ取ってこれるよ」

 大袈裟過ぎる警戒ぶりに、家主は苦笑を禁じえなかった。彼にとっては毎朝毎晩調理をしている場所なのだ。ごっこ遊びが嵩じて、本当に鬼が居ると信じ込んでしまったのか。やはり子供だ。渡邊は太郎の指を振りほどいて、通せん坊をする次郎を優しく退かすと、安心させようとおどけた足取りで簾を擡げた。

 「ちょっと待ってなさい」

 「入ったらいかんそな!」

 「おいおい」

 軽く踏み出すと、ひょいと首を差し入れて、冷蔵庫に手を伸ばす。

 それが、男の最期だった。

 いきなり冷蔵庫の戸が観音開きになって、鮫のように並んだ牙を露にし、無用心に差し出された上半身を骨ごと噛み千切ったのだ。仮初の生命を得た家電製品が、血と肉片を飛び散らせながら餌食を咀嚼し、プラスチックの肌を波打たせ、ぎろりと無数の眼球を開いた。

 野獣というより爬虫類に近いような腥さが漂い、饐えた湿気が残された二人の肌にまとわりつく。次郎は急いで後退ると、背で太郎を押し、台所から遠ざけようとした。

 「兄者、付喪神が居る…」

 「どけ、見えん…」

 「見んでいい…若いのが食われた…逃げるぞな」

 と、下腹を激痛が襲い、次郎は床に崩れ落ちた。兄もよろめいたが、倒れる前に壁にもたれて、喉に指を突っ込むと、食べた物を吐き戻し始めた。

 「…兄者?」

 「あの豆は穢れとったんだなも…」

 「ほーか、ほんじゃ撒いてもしょうもなかったわな…あっ、食うたらもっといかんかったち」

 「ぼやっとしとらんで、お前も吐くぞな…うえーっ」

 弟は頷いて指を揃える。しかし太郎の勧めに従う暇もなく、台所から太いコードが延びて彼の腰に巻きつくと、一気に内側へ引きずり込んでしまった。

 「弟者!いかんぞなも…うぇっ…」

 残された少年は、懐から薄い紙パックを取り出して、端を破ると、ざっと台所に向かって振り撒く。細かな塩の粒が宙に広がり、火花を散らすと、嗄れた叫びが迸った。

 「全然足りんの…」

 溜息をついて片割れの落とした紙垂を飛び越えると、虚空から竹箒を捻り出し、逆さに構えて突っ込む。広がった棕櫚の先が松明のように焔を噴き、惨たらしく断ち切られた男の腰から下と、冷蔵庫に飲み込まれかけた弟の姿を映し出す。

 「鬼は外〜、福は内〜、ほい、弟者」

 「…ほーじゃった。鬼は外〜福はう…むぐっ!」

 電源コードの端でコンセントが蛇の大顎のような形に変形し、迂闊に口を開いた次郎の喉に突き刺さる。息が出来ず手足をじたばたもがかせていると、肉の布団のようになった冷蔵庫の内部にくっつき、忽ち動きを封じられてしまう。

 「どじぞな、弟者…」

 太郎はげっそり毒吐くと、燃える箒を振り回して、周囲に篭る淀んだ気配を振り払う。だが余裕を見せてはいられなかった。引出しが開いて、ナイフやフォークが打ち出される。素早く柄で弾くと、続いて戸棚が開いて、カップや皿が蛭に似た環状の歯列を剥いて襲い掛かった。

 背を丸めて躱すと、オーブン・レンジの戸が倒れ、足元を浚おうとする。箒を杖代わりにして何とか持ち堪えるが、すでに弟を捕らえた冷蔵庫は戸を閉じようとしていた。

 「ありゃ不味いぞな…」

 急いで箒を構え直し、投げ槍の要領で撃ち放つ。柄の先が冷蔵庫に深々と刺さると、血も凍るような咆哮があって、冷蔵庫は獲物を解放した。べっとりと汚れた袴は半ば噛み千切られ、半ば溶け、白い素肌を晒している。

 「弟者、気をつけるぞなも…」

 「おう、兄者済まんかった。次は気をつけるち約束する…でも腹が痛い…」

 「六十粒も食うからだなも」

 側に寄って肩を貸しあいながらも、駄弁は止まらない。二人は掌で食器を叩き落とし、足を引き摺りつつ、台所から脱出しようと進み始めた。

 「付喪神がいっぱいおるの兄者。作ってから百年経った冷蔵庫って、あるきゃ?」

 「観音開きのは無いぞな」

 「ほいじゃなんで付喪神になる?」

 「知らん」

 下半身だけの骸の側で、悠長に語らう二人。歩みを急がせもせず、複雑な型を踏んで、あたかも千鳥足の酔っ払いのように揺らぐ。だがおかしな足の揺れは、風に吹かれる柳にように捉えどころがなく、飛来する人喰い食器を避けるからくりだった。能面のように焦りや怖れを欠いた双貌はしかし、共に薄ら汗を掻いて、集中の度合を示している。

 ようやく簾を潜る辺りまで辿り着いた所で、二対の耳は、背後で勝手口の把手が回る、不気味な音を聞きつけた。長方形だった廊下が、菱形や台形に歪み、かぎろい、紫がかった光が壁や床と天井を染めて、木板や漆喰を脈打たせた。

 「兄者、ふりむいたらいかんぞ」

 「おう」

 蝶番が油をさしたように静かに周り、鳥肌立たずにはおれない、苛烈な瘴気が吹き付ける。かんなぎにしか嗅げない異臭に、兄弟は鼻のあたりを皺くちゃにして舌を出した。

 「ひどい臭さぞな」

 「かなり年寄りの鬼だなも」

 すぐ耳元で、女の笑いが聞こえる。老いの衰えなど欠片も感じさせなかった。太郎と次郎は唖になったかの如く口を噤み、淡々と踊るような足取りを続けた。

 「次郎、紙垂を拾え」

 ぽつんと短い語句に従って弟が床へしゃがもうとすると、兄が慌てて引っ張り戻そうとした。

 「弟者、何しとる!」

 「え?」

 紙垂に指で触れた瞬間、黒く太く、鉤爪を備えた掌が次郎の二の腕を掴み、無理矢理振向かせた。留め置こうとした太郎は踵を摘まれ、均衡を失って転ぶ。

 『捕まえた』

 地獄の底から響くような声で、鬼がそう告げた。










 赤銅の髪に黒鉄の肌。双眸は、爛々と輝く硝子珠。十八文ばかりはありそうな足が家鳴りをさせて進むにつれ、袷の胸元では臼砲の弾のような乳房が飛び跳ねる。雲つくような巨躯の女は、がっしり横に張った腰に鉈をぶらさげ、髑髏の瓔珞を太い首に飾り、巌のような肉付きを揺すりつつ、両腕に獲物の首根っこを捕えて、意気揚々。南蛮に似た真直ぐな鼻梁と太い眉。生際から突き出した二本角は、水牛に似て短く鋭い。分厚い唇からは犬歯が伸び、歯列の間には、夕餉を待ち切れぬとてか、毒々しい紅の舌がひらめく。誰しもが父祖から昔語りに伝え聞く鬼の姿に、寸分も違い在らぬ。

 物語に拠れば、彼等は大抵、捕まえた子供を頭から骨も残さず食らい尽すという。けれど、椋ヶ谷の茜姫と号す大鬼は、非力さ故に餌に不自由するような小物とは性ほかと違った。人の春秋を、明暮にも等しく数える長命とあって、夜々心に塵の如く重なる退屈を紛らわさんと、常々、変わり種を捉えたら生きたまま玩具にする積もりであったのだ。

 そもそもの切っ掛けは、以前酒盛で挙がった、鬼やらいの一族についての話だった。人の族ではあるが偉く頑丈で、巷をうろつく半成の化生などより遥かに精気が強く、鬼でも怨念や煩悩を糧とする下等な類は、油断していると、屋敷から追い出されたりするという。如何せん山谷に居を構え、天地に遍く魂魄を同胞とする大鬼には縁がない。捕えるには、わざわざ丑寅門の開いた家を探して入り込み、罠を張らねばならない。しかし段取りさえ巧くやれば、連中は鬼の臭いにひきつけられるので、然して待たされる訳ではないと。

 正に説明の通りだった。形は小さくとも、二匹も手に入ったのだから文句はない。目星をつけた時には既に、建物は魑魅魍魎で満杯になっていおり、おまけに有象無象の連中が、夜毎徘徊して住人の精を吸うので、かなりむず痒くはあったが、堪えて形を潜めた甲斐があった。

 「鬼よう。食うなら兄者が良い。豆を五十粒たべて太っておるぞなも」

 「いや弟者のが旨い。豆を六十粒食って丸々しとる」

 子供等は、互いを指差しあって、なにごとか喚いている。とりあえず片方を天井の梁に吊るすと、もう片方の包み紙を剥くことにした。抵抗のつもりか、ひりひりする塩をかけられたが、頓着せずに袴を引き千切ると、やっと白い褌が露になる。異性に触れられた経験が無いらしく、人ならぬとは言え女である茜姫が不躾に撫で回すと、怯え切った声が零れる。

 「兄者、兄者っ!」

 「おい鬼女、やっぱりそいつは下痢気味で旨くないかもしれんぞなも」

 『黙ってな、気が散る』

 褌の上から玩具のような魔羅を握り締めると、声は甲高い悲鳴に変わった。面白いので、もっと搾り出してやろうと、褌をずらし菊座を露にする。鉤爪のついた指を唾で濡らしてから捻じ込んでやるだけで、細い肢体が跳ね上り、瞳孔は開ききって、白い喉は小気味良い唱を奏でた。

 『へぇ。頑丈だって聞いてたけど存外もろいね…鬼やらいでもちびは駄目かね』

 激しい反応に、兄は流石に心痛を隠せぬ面持ちで、鬼の気を引こうと足をばたつかせた。

 「…弟者はへたれぞな。したがまぁ、勘弁して欲しいなも…わ、わしが先に食われるで」

 『そうかい?良い心掛けだね』

 指を鳴らすと、かまいたちが吊るされた少年の袴を破り去る。戦慄に打ち震える表情は中々食欲をそそった。ところがそれを見るや、下に組み敷いた弟のほうが弱々しく乞うた。

 「兄者よりわしを食えばよかろ。腸を引きずり出すなり、なんなり…」

 『こうかね』

 「ひぐぅっ…!!!あっがぁっ」

 鉤爪を奥に沈めながら、残る手で褌の前を擦り、勃ち起させてやる。死を目前にしながら快楽を味合わされるという矛盾に、少年は酷く混乱したようだった。

 『お前達の名前を聞いておこうかねぇ』

 「…っ、権田原五郎佐衛門」

 「芋山芋之進」

 『へぇ…』

 鬼女は面白くもなさそうに、権田原某と名乗った方の肛門から爪を抜くと、褌を、わざと双臀の谷間に食い込むように吊り上げた。前布が、くっきり性器の形が解るほど股上に張り付く。其処を狙って、鋭い牙が噛みついた。丸ごと齧り取られるのかという恐怖に、小さな肩が竦む。だが、茜姫は瞳を諧謔味に煌かせるや、毛筋も痛めぬ程の丁寧さで、薄い布きれだけを食い千切った。犬歯の先が雁首の真下を擦り、萎えきった包茎は失禁し、畳を汚す。長い舌が躊躇いも鳴く淫具に絡み、塩っぽい水を味わいながら皮を剥いた。

 「あ゛ぁあああっ…あひっ…ひっ」

 強がりを言う勇敢さが枯れ果てたのか、少年は不様に小便を漏らし、啜り飲まれ、いつ貪り食われるか解らぬ恐怖に浸されながら、しかし徐々に甘い吐息を漏らし始めていた。他方、裸同然でつるされたままの片割は、弟の痴態から視線を逸らしながら、虚しい励ましをかける。

 「弟者…しっかりするぞな…」

 細い声に戸惑いを聞き付けた鬼女は、褌の残りを取り除くと、兄へ見せつけるように小さな菊座を広げてやる。括約筋にかかった鉤爪は、鉄板でも真二つにしかねぬ、鋭い光を放っていたが、幼い蕾を傷つけはせず、ただ巧みに縁を寛げた。そっと粘膜を掻かれ、優しく捲られ、湿った音がするまで肉襞を突付かれる。めくるめく感覚に、次郎は知らぬまに太腿を擦り合わせ、鼻にかかった高音で鳴きながら、排泄孔から腸液を滴らせてしまう。

 『もう一度尋ねるよ、あたいの目を見てお云いな。名前は?』

 「名を言うたら仕舞いじゃぞっ」

 既に遅しとは心得つつも、太郎が吠える。だが、彼の血を分けた相棒は鬼の瞳を覗き込み、十柄の剣に貫かれたように背を強張らせると、意識の焦点を失って呟いた。

 「あぅ…源 烏丸 次郎…」

 『良い子。では次郎。あたいのものにおなり。この、されこうべに口付けを』

 「弟者!」

 次郎は、双児の諌めには応えず、ただ三本の指を一度に捻じ込まれて喘ぐと、がっくりと項垂れた。気力を振り絞ってのろのろと頭を上げると、大きな胸に手をついて、岩山を攀じ登るようにしながら鬼の喉に回された瓔珞へ唇を押し付ける。

 『お舐め。百済の高僧じゃ。経を唱えて洪水を鎮めた法力の主さ。功徳があるよ。右隣のは唐のなうての道姑。月の常蛾みたいに綺麗で、賢くて肉が柔らかかった。左隣は蒙古の武士だよ。たいした豪傑で、いい肝を持っていた。そうそう、上手だ。お前のここも解れて来た』

 「ひゃんっ」

 内側で指を折り曲げられ、恥かしさと快さの混じった嬌声が零れる。暗示にかかりでもしたように惚けた面持ちだ。年端も行かぬ少年は僅かも逡巡せず、命ぜられるがまま骸骨に舌を這わせ、罅割れをしゃぶった。浅ましい姿に兄が歯噛みして視線を逸らすと、茜姫は唇を三日月に歪めて、指を入れたままの下半身を擡げ、片腕だけで悠々と空中に支える。直腸を抉る鉤爪に自重を預け、尚も次郎は髑髏に齧りつき、旨そうに喉を鳴らした。太郎は片割に、理性の片鱗でも残っていはしまいかと、盗み見て、余りに淫らな情景に赤面する。

 「弟者、なんちゅ…」

 『兄が淋しがっているようだねぇ。慰めておあげ』

 「ぁんっ…あにじゃ…ぁっ」

 己と瓜二つの身体が後ろを弄られながら、赤児のように丸くなり、抱かれたまま鬼女の乳房に凭れている。宙吊りになった少年は、厭わしさに臓腑が爛れそうだった。生れてからずっと同じ景色を見、同じ音を聞き、同じものを味わってきた連れが、初めて手の届かぬ所へ行ってしまったようだった。

 だが嘆きに暮れる余裕は与えられず、巨躯の妖魅が、細身の寵童を降ろすと、すぐさま新たな獲物にむしゃぶりつき、幼茎を褌の上から舐った。上品さや体面など全く窺わせない。好物を貪るだけの、あっけらかんとした行為だった。布越しにふぐりを舌に乗せ、左右の重さを量るように上げ下げしてから、幹を這い登って鈴口に辿り付く。いきなり、きつく先走りを啜られ、太郎の四肢が切なげに捩れる。終わらない。大樽を二つ対にしたが如き肺は、幾ら吸引を続けても酸欠には縁遠いらしく、しつこく汁を飲乾して、聊かも飽かないようだった。

 緊張を持続させられている間に、いきなり臀肉の間が広げられる。次郎の可愛らしい鼻の頭が嬉しそうに兄の菊座に押し付けられ、此方も布越しに熱い接吻をする。幼い唇は、認め難い官能に悶えながら、浮ぶ限りの罵詈を投げ付けたが、効果は乏しかった。

 「いかんぞな…屁が…きゅぅっ、やひっ、聞けぇっ…わひはぁっ…ぁぅっ」

 『名前をお言い』

 「ひやじゃぁっ!わひはぁっ…ひもやはひっ…ぁぅぅうっ」

 『なら良い、当ててやろう。弟とそっくり同じで、源 烏丸 太郎であろうが』

 正解の証拠に、白い腹が凹んで、胴が弓なりに仰け反り、甲高い絶叫が迸る。茜姫は満足そうに指をならすと、梁にかけた袴の袖を切り落して、太郎を床に降ろした。

 『太郎、己で尻を広げて、弟に強請れ。次郎、兄の初物を貰え。良く締るぞ』

 鬼女の呪禁の通り、双児の片方は、悔し涙を流しつつも、うつ伏せのまま腰だけを上げて、指で後孔を弄り、桃色の肉襞を剥き出しにする。もう片方は、興奮に呼吸を荒くしながら、薄荷の棒飴のような頼りない逸物を扱きたて、ゆっくりと入り口に宛がう。

 「嫌…じゃぁ…弟者よすぞな…」 

 「兄者…おいしそうじゃ…わし…したい…」

 『聞き分けがないなら叩け。尻が朱に染まって戻らなくなるまでな。お前の兄はお前の玩具にして良いよ。お前のしたいことを好きなだけ出来る肉人形にね』

 「なっ…」

 悍しい宣告に、まさかと次郎を見遣ると、うっとりとしたまま手首を捻り、混沌の闇からはたきを取り出す。太郎は絶望に拉がれながらも、はたきが鬼女へ向けられはしないかと幽かな期待を持った。儚い願いを、あっさりと裏切り、柔らかな尻を衝撃が襲う。子供の腕力では、加減をしなくとも、肌を破り、肉を裂くのは至難だが、屈辱は苦痛に勝った。太郎が泣きじゃくりながら許しを乞うのに五分と掛からなかった。だが打撃は続き、撞木で鉦を叩くのと同じ調子で、少年を哭かせ、とうとう声が枯れ果てからも、更に延々と小気味良い音を響かせた。

 『もう良い』

 ようやく次郎の動きが止まり、茜姫が赤銅の蓬髪を揺すって、そっと赤紫に鬱血した臀部を撫ぜる。汗だくの肩が痙攣し、膝は崩れそうに震えるが、しかし最前の命令に縛られて男を誘う姿勢を保ったままだった。鉤爪が食い込み、円かな真珠の肌に初めて瑕をつける。

 「ひぃぃぃぃっ!!!!」

 『これからずっと太鼓になりたいか』

 畳を擦って首が横に振られる。もう沢山という仕草だった。茜姫は節くれだった指を少年の黒髪に絡ませ、噛んで含めるように語りかける。

 『あたいに逆らわなきゃ可愛がってやる。生意気言ったら、太鼓だよ?』

 「ひぐっ…解ったぞな…」

 『じゃぁ弟にさせてやりな。可哀相にあそこをがちがちにして、あんなに物欲しそうにお前を見てる』

 気力を振り絞って振向くと、涙で滲んだ視界が次郎の上気した表情を捉える。牙の間から耳元へ、兇暴で、しかし誘惑の色を帯びた囁きが注ぎ込まれる。

 『けつにぶち込んで欲しいとでも言うんだね。今更恥かしがるんじゃないよ』

 「弟者…わし…け……ぅ…ぅ…嫌ぁっ、堪忍、お屋形様ぁ…」

 『ふは、太郎はかわいいねぇ次郎。怖さなんて感じなくなるまでしてやりな』

 「兄者は…かわいい…かわいいだなも…」

 鬼女の腕が次郎の腰を抱き寄せ、小さな杭を打ち込みやすいよう、太郎の腫れた臀を抓り、引き上げる。二つの肢体が彼女の胡座の上で繋がり、全く同質の声が異なった調べを奏で始める。弟の指は、導かれるまま兄の胸飾りを摘み、残る手で幼茎を握って、玩んだ。

 「え゛ぁっ…ぅぎぃっ、おとじゃぁっ、止め…ぁううっ」

 「あにじゃ、あにじゃ、きれいなこえ、あいじゃのこえすき…もっと、もっと」

 『自分と同じ声が好きなのか。大した色狂いだね、次郎。太郎は猿みたいになった尻が、擦れて痛くてしょうがないんだろ。我慢しな。ほれ二人とも舌をお出し』

 双児の舌を交互に楽しんで、兄の苦痛を和らげ、弟の劣情を煽ると、茜姫は空いている手で己の毛深い女陰をまさぐり、吐息を漏らした。

 「おとひゃぁっ、あんっ、おひひ、あひっ、あへっ」

 「あにじゃの腰、自分で動いてるぞな。絡み付いて、わし変になる…」

 そろそろだなと、浅黒い容貌を危険な表情が掠め、腕が無理矢理、兄弟の繋がりを解く。

 「ぁあっ!?あにじゃぁっ」

 『落ち着け次郎。太郎に強請らせろ。さすれば太郎のぜんぶがお前のものになるぞ』

 「兄者の…」

 『太郎のじゃ。もう、お前の兄でなく、玩具じゃ』

 「たろうの…全部」

 予測に違わず、鶏姦の喜悦を覚えこまされた兄は、粘った音をさせて肛を開閉させながら、もじもじと尻を揺すって、続きをせがんだ。

 「弟者…っ」

 『駄目だな太郎。次郎はお前のようなすけべな小僧は兄ではないとよ。お前が次郎様と呼んで、肉親でなくただの玩具になるんなら情けをやらんでもないそうだが』

 「ぁあっ…あっ、じろう…さ…ま…わし…切ない…ぞな、次郎、さまぁ」

 太郎の脳は、最早正常な判断を下せなくなっていた。次郎は発情した仔犬のように片割れにしがみ付くと、滅茶苦茶に腰を使い始めた。

 「たろう、たろう…ぜ…んっ…ぶっ、わしのぉっ…」

 「ふきゅぅぅっ!じろ…ひぅっ…さ…ひっ」

 絆を断ち、捻って結び直す。実に楽しい。鬼は屈託なげに笑い、二匹の獲物の頭を撫でた。










 『次はあたいが遊ばせて貰う番さね。ほら、まだ座るんじゃないよ。男の子だろ!』

 墨を刷いたような膚の大女が、折り重なった侭ぐったりしている二人を引き剥がすと、横に並ばせた。両手で皮を剥いた魔羅を掴んで、沢山のご馳走を前にした子供のような笑顔を浮かべ順番に頬張る。舌がねっとりと蠢き、まだ癖の少ない牡の味を満喫する。左右の肢体は、時をずらして折れ、快い囀りを迸らせる。双児はまだ精通を迎えておらず、従って休みを得られぬまま、互いに手を握り合って、快楽の無間地獄に耐えていた。そっくり同じ顔が唇を重ね、舌と舌とをもつれさせる。交じり合った唾液は、下に差し伸べられた猪首に落ち、擽ったそうな笑いを起させた。

 「ひゃんっ、じろう、さ、も…ぅ」

 「たろう。んむっ…じゅるっ、まだこらえ…いかんで、わし、むりぞな…」

 『んっ、次郎。太郎にばかり負担をかけるのは良くないね。まだ弟根性が抜けないのかい。ほら太郎はいっちまった、お前の番だ。何回目かちゃんと数えてたかい』

 「ぁあっ、二十五回目ぇっ、ひぅっ。たろ…あにじゃ…たすけ…」

 容易く元の呼称に戻ってしまう次郎を嘲りながら、ぐいと未熟な生殖器官を引っ張って、しゃぶる棒を鞍変えする。口淫を免れるとは言え、扱かれるのだから、太郎も気が抜ける訳ではない。やがて双方が三十回の絶頂を迎えた所で、ようやく鬼女は二人を座らせた。

 むっちりした丸太のような左右の腿に其々丸い双丘をちょこんと載せ、特大の釣鐘型をした胸の、褐色の尖端を食ませる。乳児のように素直に与えられた玩具に吸い付く兄弟。しかし悪戯っぽさは抜けないのか、舌先で転がして、歯を立てる。不覚にも少女のような喘ぎを漏らしてから、茜姫はやや頬に紅葉を散らし、仕返しに双児の後孔を同時に四本の指で犯した。あえかな悲鳴の二重唱。半音の狂いもなく、ともすれば一つの声と思い込みかねない。ただ次郎が悶えながらも嬉しそうに咥え込むのに、太郎は滂沱の泪と共に腰を浮かすばかり。結局は、兄の方のお仕置きがきつくなり、弟は欲求不満げに己から腰を埋める。

 『太郎。あたいの乳首を食い千切る気か。そう固くなるんじゃないよ。たかが指四本じゃないか。拳が丸ごと入るのに比べりゃ楽だろ。次郎を見なよ。あんなに慶んでるのに』

 幾ら諭されても楽になる訳ではない。依然として震えながら嫌々をする少年の肩を、相棒が抑え、意地悪く下へ押し込む。指を深々と飲み込まされ、太郎の目に火花が散った。

 「えへ、たろう…もっとこしを…あぅっ…ふれば、らくに…おごぉっ!!…はぁっ…はぁっ…なる…ぞな。さっきわし…としてた、みたいに…」

 潤んだ瞳を嗜虐に煌かせる次郎に、玩具となった兄は怯えながらも従順に頷き、淫らに尻を振って鬼の指を飲み込む。女はあくまでも柔らかい少年二人の粘膜を楽しむと、畳に転がる撞木を取って栓代わりに捻じ込んだ。嬌声と苦鳴をじっくり聴き終えてから、今度は双児を向かい合わせに座らせて、ゆっくり立ち上がる。

 『さぁお前達のそれを楽しませて貰うよ』

 両方の陽茎を指で弾いて、女陰と菊座に宛がう。華奢な淫具はどちらも然したる下準備もなく内部へ滑り込んだ。溶鉱炉のような熱と、きつく纏わりつく収縮に、少年達は自らも菊蕾を貫く栓を食い締めながら裏返った喚きと共に、戦慄きつつ逞しい背と腹にへばりつく。茜姫は顎を噛み合わせ、動くよう命じた。

 筋肉の巌を抱かされた寵童らは、温かい肌にしっかりと全身を押し付けて拙く腰を使った。前に抱かれた次郎は乳房に埋まりながら、忌み嫌っていた筈の臭いに包まれて安らいでいた。背に張り付いた太郎はのたうつ女体に魅入り、壊れた発条仕掛けのように抽送を繰り返す。

 「あつぃ…あつひぃっ」

 「…むんっ……ぅくっ…ふむっ…んっ!んっ!んっ!」

 『くぅっ…固くて…二人とも…元気…じゃないか…褒美をやる、よっ』

 乳房の間から、次郎の頬を挟んで引き出すと唇を奪って、唾液を注ぎ込む。極上の甘露のように嚥下する様を眺め、脚を腰に回す。と、独り置いていかれたような太郎が、懸命に首を伸ばして口付けを求める。首を捻って噛み付くように桜色の口元を掠め、一際強く菊座を締めてやった。三者は皆臓腑を暴れ擦る凶器を、更に激しく嗾けて、快楽を貪った。ほっそりした四本の肢と太い二本の肢。複雑に組み合わさって、一つの旋律を生む。

 真紅の髪を振り乱し、乳房で天を突かんばかり反り返ると、幼い掌が四つ、六つに割れた腹を、汗で滑る肋の下を、崇め、磨き清めるように撫で回す。擦れ、弱まり、消え往かんばかりのの嬌声は、鬼やらいの少年達が、身も、心も仇敵たるべき女の下僕に堕ちた証だった。

 勝利の雄叫びを放って、汗に濡れた黒鉄の半身が旋風を起す。兄と弟は揃ってあどけない美貌を蕩けさせ、全身で稚い忠誠の誓いを顕した。










 「きぅうっ」

 太郎が茜姫に両腕を掴まれたまま悶える。肉の焦げる匂いがして、形の良い尻が震えた。焼印を手にした次郎が、兄の臀部に打たれた椋の葉の紋をうっとりと見詰める。

 『良く似合うぞ。あたいのものらしくなった』

 「ぅっ…ぅううっ…」

 あらゆる液体で汚れた顔を、鬼女は舌で拭き取るように清め、微笑んでやる。羨ましそうに見ている次郎を差し招くと、二人で尻を向けて這いつくばるよう命じる。まだぐずる兄の秘具を抓って言われた通りに従わせると、其々の股間で根元にはまった鈴が涼しげな音を立てる。

 『お揃いだな。太郎は右、次郎は左にあたいの紋がついた』

 「おそろい、うれしい♪なぁ、あにじ…たろう?」

 「うん、うれしぃ…ぞなも」

 頬を赤らめつつ、虚ろな目付きで太郎は頷く。何時まで見ても飽きぬ光景だが、茜姫は合図をして立ち上がらせると、柏葉のように広い両の掌で無傷の方の尻を鷲掴み、握力だけで二人を支え、軽々と抱え上げた。

 「ふゅぅっ…ぅっ」

 「はぅっ…ぃう」

 『よしよし、これからは人里でも山中でも、その紋を表に出しておけ。お前等があたいのものだって解るようにな』 

 次郎が勢い良く、太郎がおずおずと頷く。鬼女は独りづつたっぷり十秒は舌を啄んでから、乱暴に尻を揉んで、云った。

 『鬼の僕になったんだ、さっきの男みたいに、変な付喪神なんかに食われるんじゃないよ…ところで、お前等の仲間はあとどれ位いるんだい?』

 「わしは…お屋形様のほか…知らん…ぞな、太郎は?」

 「わしも知らん…ぁっ、指…ぅっ…ほんとにぃ…知らん…ぞなぁっ!ひぃっ」

 『疑っちゃいないさ。だが他の鬼にこんな可愛いのを取られたら癪だからね。それで、お屋形ってのはお前等と同じような美形なのかい』

 「ふにゅぅっ…お屋形様は女の人ぞな…美人だけど…あぅっ…怖いぞな…」

 「ぅうっ、鬼に負かされ…くんっ…、僕になった…なんて…知れたら…殺され…」

 「嫌ぞなぁ…」

 『あたいが守ってやるよ。それに女でも綺麗で珍しければ好きさ。そいつもあたいの僕にしてやるさ』

 「それは…無理…お屋形様はほんと…っ、っ、強いっ、ぞなぁっ!…」

 少年達は彼女の腕の間でもがき、水から揚げられた若鮎のように跳ねる。だが如何にいたぶっても茜姫の不興は治らなかった。無理とはなんだ。このあたいに。双眸に焔が点り、肩が瘤のように盛り上る。唯でさえ山のような背丈がより巨きく見えた。

 『ふん…まぁ見てな…何処に行けば会えるんだい?』

 「ぅあっ…あひゅぅっ…かひゅぅっ…」

 「たろうは…ふっ…ん…ちょっと…もう…だめぞな…休ませ…。あの、御山に…はっ、結界があっ、…て鬼は…入れな…い、ぞな…」

 『ちっ…玩具同士で庇い合う位なら、何とか良い知恵をお出し、ほらほら!』

 鬼女は、勝手極る要求をしながら、勝手極る嬲り方をする。答えられる状態にない兄まで弄られて、快楽に順応した弟も矢張り焦った様子で答えた。

 「ふぎゅっ!?…解った、解ったち…ぃっ…わしらが返らんかったら、お屋形様は鬼が出る所に自分で…出向くかもしれん…ぅっ…きぁあっ!」

 『なんだい?それなら話は早い。お前等が鬼の臭いを追えばいいんだ。この辺りにいる鬼を先に全部追い出せば…お屋形様もあたいの所にのこのこ来るしかないって訳さ』

 「ふぇっ?」

 『よし決めた。あたいが鬼やらいの続きをしてやるよ…こういう間抜けな家の建て方をする人間の所に行って住み着いた化生を全部食っちまえばいいんだろうが?簡単さね』

 「けど、鬼が鬼やらいなぞ…」

 『文句があるのかい?玩具のくせに』

 「な…いぞな…あんっ…でも…」

 焼印のある尻をくねらせて、次郎が哀しげな声を出す。だがどうしようもなく尻を弄られる悦びが染み付いてしまっていた。

 『なんだ』

 「あの若いの、きちんと葬って欲しいぞな…わしらが…ちゃんとしとれば…」

 『生意気な。古い家に住んで、鬼門を開けて暮らしてた馬鹿共なんざ自業自得だ。あたいが殺したんでもなし、野ざらしが丁度いいんだよ…』

 「で…も…」

 やっと意識を取り戻した太郎が、上目遣いで抗議する。陵辱し尽くされ、鬼やらいとしての誇りを粉微塵にされても、せめて弔いによって、けじめをつけんとする、屈折した心根であった。やれやれと溜息をついた茜姫は、戦利品を大事に抱えたまま外に出ると、獅子吼を放った。凄まじい家鳴りがあってから、屋敷は砂の城のように倒壊する。香袋も柊の枝ももろともだった。改めて、完全な敗北を受け入れた少年達は、愁眉を寄せ、つい涙を零した。裸の尻に刻まれた恥辱の烙印が疼く。

 茜姫はやっと溜飲を下げ、二人に接吻しあうよう命じた。昨日まで想像だにしなかった背徳の業に、妖魅の下僕となった双児は躊躇いもせず耽った。間に主の舌が割り込むと、良く捏ねた唾液のカクテルを捧げる。濃厚な蜜のように其れを味わって、鬼女は笑った。

 『気が済んだか。もう自分が鬼やらいだなんて気でいるのはお止め、玩具共。これからは仲間を裏切って、あたいが獲物を狩る道具になるんだから。さ、しっかり捕まってな』

 黒旋風が地を払い、鬼は子等を攫って天に消える。如月の空にもう、鶯は鳴かない。ただ荒々しい哄笑だけが、春の息吹に乗って遠く谺していた。

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