シドーの三騎士が一騎、デビル族の長バズズは、表立って口にはしないが、ロンダルキア最強の将軍であると自負していた。ベリアルもアトラスも なるほど剛力と戦場で兵を用いる才なら劣らないが、諸方に網の目の如く張り巡らせた密偵や斥候からの報告をまとめ、全体を俯瞰し、重大な方針を決める深謀遠慮はない。いわば王国にとって唯一の軍師なのだ。 バズズは誇りとともに重荷を負い、主君に代わってさまざまな情報を集め、謀を巡らせていた。雪と氷の大地のすべては掌にあるといっていい。そうでなくてはならない。魔の支配する最後の封土が栄えるか滅ぶかは、緋い双眸が万事を見逃さず、常に揺るぎなく把握しているかどうかにかかっているのだから。 だから、つまり王妃の寝所を覗くというのは、当然の義務から出た行為である。 「おのれ…穢れたふたなりめが…此度はどんな姿でズィータ様を籠絡しようと…見えん…毛布をかぶっていては見えんぞ…」 宮廷にあっては常に赤髪の青年の姿をとる魔将は、かねてアイアンアントに命じて掘らせておいた壁の穴に必死に顔を押し付けていた。サマルトリアの王子、いやロンダルキアの王妃に成りおおせたロトの子孫が、新しい衣装を賜ったという話は掴んでいた。 ロンダルキアにも数少ない霊器を、わざわざ形を直したものだという。元々、白き嶺峰の国には幾つかの畏るべき武具が伝わっていた。まず永らく一角獣族の上位たるギガンテスが守り、今はズィータ王の佩く破壊の剣。さらに骸骨族のスカルナイトが護持する死神の盾、そしてデビル族の悪魔の鎧だ。いずれも勇者の装備に劣らぬ力を持つと言われており、実際、若き竜王の手になる破壊の剣は、隼の剣と一つに鍛え直されて無双の強さを発揮している。 悪魔の鎧は代々、族長を補佐するエビルロードが管理しており、現在はバズズの姉が手入れをしているはずだった。ところが、しばらく虫干しをしていないのを思い出して指摘したところ、王の側役を務める双児の女官はどちらともなく顔を見合わせ、とんでもない事を言ったのだ。 「ああ、あれ?陛下がお望みになられたので差し上げましたわ」 「呪いを矯めてトンヌラ様の防具に贈られるとか」 「陛下も本当に細やかな心配りをなさって」 「でも大事を考えれば仕方ありませんわ。ここでは王のお妃にのぼせる不埒な家臣もいるのですから」 「そうそう」 二人がじっと凝視するので、弟は一歩後ろに退がってから、おおげさに咳払いし、しかつめらしく語句を返した。 「では、城の工房に運ばれたのでしょうな」 「多分ね。でもまさか、陛下のお望みを妨げるつもりではないでしょうね」 「僭越に過ぎますよ」 「いや我が輩は…デビル族の主として、家宝にどのように手が加えられるのか立ち会うだけだ」 だが行ってみると、すでに鎧は作り変えられ、後宮へと持ち去られたあとだった。バズズは、細工を手がけたという人間の工匠を締め上げて、どのような品となり果てたのかを質した。初老の鎧職人は息を詰まらせながらも、助手のフレイムやブリザードが横暴に腹を立てて踊り狂うのを抑え、たどたどしく説明した。 赤髪の騎士は満足せず、さらに詳しい情報を得ようと図面を出させ、細部にわたってしつこく訊ねて、改造の全貌を掴んだ。 貞操帯だ。ほとんど肌を隠さず、乳房と秘具を強調するような骨の拘束具に、秘具を貫く長く太い張り型を組み合わせている。呪いは編み直され、本人か伴侶のいずれかの意思でなければ外れないよう鍵の役割を果たしている。まるで本当に姉の台詞どおり、宮廷に竜王の花嫁を組み敷こうとする慮外者がいるかのような警戒ぶりだ。 しかし誰があんな、いびつな、男ならぬ、女ならぬでき損ないを抱くというのだ。あの醜くたわわに膨らんだ胸、しっとり艶を帯びた不健康な白い肌。未だ少年と娘の繊細さを併せ持つ姿態ながら、おぞましい太腿から双臀にかけては、子供を産んでからむっちりと脂肪がつき始めている。悪魔の鎧をまとえば、柔肉の瑞々しさはいっそう引き立つだろう。想像するだけで嫌悪のあまり涎が溢れた。無理矢理犯そうとすれば、忌むべきロトの裔らしく、鋭い光を宿した双眸でねめつけ、厳しくも凛と響く声で抗議するに違いなかった。 だがデビル族の長を相手にどうやって拒める。同系の呪文を使うとはいえ、所詮はか弱い半陰陽の身だ。白兵戦に長けた護衛がいなくては十分に闘えもしない。さらにロンダルキア王の苛烈な責めになじんだ官能は、魔将の愛撫にもたやすく靡くはずだ。芯を蕩かせばいかに魔法で栓をしても、蜜壺から甘露が滴るのを止められはしない。 「バズズ様、バズズ様?そろそろ作業に戻ってもよいでしょうか?」 青年はふと我に返ると、迷惑そうな表情を浮かべた工匠の襟元から指を外した。周囲から注がれる人間と魔物の白けた視線に、幽かに気後れしかけたが、こらえて胸を張ると、殷々と響く声で告げる。 「職人ども、忘れるな!我が輩は、うぬ等人間どもの働きぶりをいつでも見張っておるのだ。魔物を陵ぐという鍛冶や細工の技故に慈悲をかけられているのだと覚えておけ。怠けたり、拙い仕事をしたりして、王国にとって役立たないと分かれば、城に置く謂れはないと知れ。いや生かしておく必要すらないのだ」 「はぁ…では失礼して…」 槌や鑿を打つ音が戻ると、バズズはどうにか威厳を保ったまま工房をあとにした。背後で漏れる失笑やひそひそという呟きには努めて聞こえないふりをする。 真昼時でも寒さの厳しい廊下を、早い足取りで進み、迷路のような城内を登り下りしてこの秘密の覗き穴にやってきたのが半刻ばかり前。辛抱強く待ち続ける魔将の背は、何故か少し煤けていた。 やがて寝台の上で毛布が蠢き、滑らかな曲線を帯びた輪郭が、するりと外に抜け出る。揺らめく蝋燭の明かりに、縺れた金髪が煌めき、絞りたての山羊の乳のような白い肌が薄闇に浮かぶ。 「おぉっ…」 まだ少年らしさの残る華奢な半身に、不似合いほど大きな丸みが二つ揺れ、つんと固くなった尖端は子に与えるべき滋蜜に湿っている。 「…シドーとフォルに…おっぱいあげなきゃ…」 寝ぼけた、しかし柔らかみのある温かな声。 もう千回も聞いているのに、不快のあまり震えを抑えられなかった。バズズは城内を秘かに監閲する際、しばしば聞き耳を立てた。女神、いやあの不吉な穢れの具現が、年若いシルバーデビルの歩哨や、老いた門番のサイクロプスに話し掛け、励ます内容を、能う限り把握し、魔族におかしな偏向を促していないか神経を尖らせていたのだ。すでに由々しい影響が現れていた。矜り高き雪原の諸部族から選ばれた精鋭は、そろってやにさがり、城の守りの要たるドラゴンまでもが女主に鼻をこすりつけて、愛撫を求めるのだ。 「…く、ロンダルキアの滅びの因め…こっちを向け…胸…いや鎧がはっきり見えん」 望みどおり、王妃は覗き穴を振り向いた。凶々しい邪骨の装具は、紡錘型の乳房を括り出すように支え、起きたばかりで固くなっている秘具にもしっかりと絡んで、かすかに動いている。 「ぁっ…」 艶やかな唇が不意に喘ぎを漏らす。なよやかな裸体が、いきなり絨毯を引いた床にぺたんと尻餅をつくと、小刻みに肩を震わた。 「また…動い…て…やっ…止まって…」 どうやら鎧の呪いは完全に制御できていないらしい。当然の報いだった。人間の細工でデビル族の財物を好きにできると考えるのがおこがましいのだ。赤髪の青年は、左右の鼻腔から血を垂らしながら、にやりと野性味の勝った笑みを浮かべると、食い入るように憎むべき双生の痴態を凝視した。 「も…赤ちゃんに…ごはん…あげっ…んっ…あああっ!!」 骨の指が肉鞠を揉みしだくかに見えたのは、気のせいだろうか。ともかくも王妃は派手に母乳を噴きながら大きく仰け反った。腰が浮き、両腕が突っ張って、弓のようにしなる胴を支える。細茎は天井を指して勃ち、左右の胸は仔鹿の如く跳ねた。 魔猿の化身は、垂れる涎を拭いもせずに覗き穴に顔を押し付けた。本能があの獲物を組み敷け、犯せ、種付けよと叫んでいた。狂熱に浮かされ、あいだを遮る石積みを呪文で打ち砕こうと口を開きかけた刹那、壁を隔てた部屋のさらに奥から、冷たく響く声がした。 「トンヌラ。いつまで寝てる。ちび共に乳をやる時間だぞ」 バズズは凍りついた。臥所の内では、トンヌラがおののきながら、寝台の足に掴まって、汗だくになった体を引き上げる。 「ズィータ様…ぁ…」 「早く来い。試着の時ちょっと遊んだだけで、疲れてうたた寝とは情けないな。一応は、元戦士だろうが」 「僕…僕…」 くすりと笑いが漏れる。竜王の、残酷で、傲慢で、しかししもべ等を惹き付けずには置かない笑い。あの笑いを一つ勝ち得るために、将も兵も死地に赴く。しかし穢れたサマルトリア産まれの半陰陽は、いともたやすく手に入れてしまう。淫らなすすり泣きだけで。 デビル族の長は隠れ処に蹲ったまま、嫉妬に吼え哮りそうになるのを必死にこらえた。尤も胸を焦がす 「母の務めも果たさず、雌の喜びを求めるのか」 「やぁっ…しませ…んっ…これ…止め…」 「さっさと起きないのが悪い。立てないなら、這ってこい。二人に乳をやらせながら、犯してやる。お前にはふさわしいだろうが」 「ふぁっ…はぁい♪」 とろんとした眼差しになると、ロンダルキア王の牝犬は尻を元気よく宙に振りたてて、四つ足で進んでいく。一度、堕ち始めればもう、腟を抉る張り型のうねりも、乳房を弄ぶ骨の指の動きも、かえって夫のもとへ急ぐ助けになるようだった。 あの表情。竜王以外には決して露にしない、卑しい奴隷の媚態。ラーミアの生まれ変わりと謳われる異形の娘の正体だ。確かに昼は女神の貌で、魔族と人間とを等しく慰め、病めるものや飢え渇くものに情けを施し、邑々に絡まる憎しみや恨みの糸を解きほぐしていく。しかし夜になれば主人の肉棒をねだり、穴という穴を使って奉仕し、ありとあらゆる蓮葉な口上を述べ立てて誘惑する。 人間や弱小の魔族のあいだでは最近、邪神の父たる覇者よりもむしろ、母たる伴侶を崇め慕う曚昧の輩が増えてきているようだが、これを目にすれば皆すぐに考えをあらためるだろう。とはいえ、後宮の秘事を見守る資格があるのは、せいぜいがシドーの三騎士、いや軍師にして右腕たるバズズただ一騎なのだが。 金髪の女蓄が部屋の奥へと消えると、しばらくして小さな子守唄が流れ始める。優しげで穏やかな曲調だが、歌うソプラノは乱れ、とぎれ、か細い悲鳴を混じえた。さらには伴奏のように、ゆっくりした間隔で腰を打ち付ける音がする。 「憩え…安らげ…んっ…嬰児…よ…ひゃっ…やっぱり…無理ぃ…ひぁあああ!!」 「ほら、シドーがむせるぞ」 「ずる…ズィータ様…だめ…あぐっ…ほんと…ぁっ!それしごいちゃらめぇっ!!いっちゃ…いっちゃぁっ!!」 「っ…ち…もう果てるのか?まだ乳やりの…途中っ…だろ」 「いっちゃいましゅぅ!!赤ちゃんにおっぱい上げながら、いっちゃいましゅぅっ。ごめんなさぃ!!シドーぉ、フォルぅ!変態のお母さんでごめんなさぃいっ!!」 謝れ。ロンダルキアの万民に謝れ。お前を貞淑と慈愛の鑑と信じるすべての男どもに。バズズは目尻に大粒の滴を溜めながら、無言のうちに叫んでいた。 夫婦の一方が絶頂に達した気配が伝わってくる。とはいえドラゴンの直系である夫の方は、無尽の体力を備え、満足するまではまだ当分かかるだろう。もうしばらく、あのいとわしい囀りを聴いていられるのだ。 赤髪の青年が滂沱の涙を流しながらも、観得るはずのない主君と寵妃の交合を視野に収めようと、覗き穴に額をこすりつけていると、不意に背後から肩を叩かれる。 「バズズ…」 「ぅあっ…!姉上…がた…」 内侍に変じたデビルロードが二人、悲しげな眼差しで弟を眺め降ろしていた。 「あなたがここまで駄目になっているとは」 「やはり独り身が長すぎたのでしょうね。でもいけませんよ」 溜息混じりに諭されて、ロンダルキア軍きっての知将は極めて愚かしく瞬きを繰り返した。 「こ、ここは後宮ですぞ」 「私たちは女官です。あなたは騎士」 「うっ…」 「早く来なさい。すぐにここを離れれば、私たちは見なかったことにしてあげますから」 「うぅ…」 バズズはこの期に及んでも未練げに竜王の閨を窺っていた。すると姉の一方が、弟のがっしりした肩にしなだれかかり、細長い指をそっと顎に当てる。もう一方も反対側に回って、二の腕にたっぷりした乳房を押し付けた。 「仕様がない子…やはり昔のように」 「姉様たちが相手をしてあげなくてはいけないのかしらね」 「さあおいでなさいな。いつまでも横恋慕は見苦しいわ」 香水と共に二匹の牝の濃厚なに匂いがシドーの騎士の鼻をくすぐった。ふらふらと立ち上がると、血を分けた一族の女を左右ともに抱き寄せ、衣服の上から円かな臀を掴む。 「んっ…がっつかないの…陛下やお妃の邪魔をしないよう、私たちの部屋へ行きましょう」 「禁忌に焦がれるなら、産んであげますわ。穢れた同族婚の子を何匹でも」 「姉様たちの腹はどちらもあなたのものよ」 大逆の罪に嵌まりかけた総領を引っ張り戻すためなら、デビル族の姫はどちらも胎を差し出すのを厭わなかった。竜の掌中にある宝の、輝く金髪の一筋にさえうっかり触れただけで、部族の長だけでなく幼な児にいたるまで鏖になりかねないのを承知していたのだ。 バズズはなおも後ろ髪を引かれながらも、健全な雄らしく、すぐ側にある瑞々しい肢体に欲望の対象を移していった。いずれにせよ上の姉は目元の涼やかさ、下の姉は唇の艶めかしさが、少しだけ王妃に似ていたのだ。 「前からちょっと風が入るなと想ったけど、こんなところに穴が開いてたんですね。シドーとフォルを次の間に寝かせててよかった」 屈み込んで壁を覗き込むトンヌラの尻を、後ろからズィータは不機嫌そうに眺めやった。 「古い城だからな。部屋を移すぞ」 「え。いいですよ。ここズィータ様も気に入ってたじゃないですか」 「…子を生んだばかりの躯に悪いだろうが」 あれだけ責めておいて今更のような気遣いをする。矛盾を分かっているのかいないのか。伴侶への心配を口にしてから、つまらない事を言ったと憮然とするロンダルキア王に、振り返った妃が笑いかける。 「穴は塞げばいいんですよ」 「…ふん。部屋なんぞ幾らでもある」 「フォルもこの部屋に入ってから夜泣きが減ったんです。気に入ったんじゃないかな」 「…好きにしろ」 子供の話を出されると、若い父は急に弱くなる。年下の母は目を細め、ややあって相手の胸へ肩を寄せた。 「それに…」 「何だ」 「ズィータ様が抱いて下さるなら、このままでも温かいです」 「ちっ…」 ズィータはトンヌラをしっかり腕で包み込むと、さっさとバズズを呼びつけて穴を塞がせようと心に留めた。智謀と妖術に長けた魔将に、およそ縁のない土木の仕事を命じるのは才覚の無駄遣いかもしれないが、取り敢えず猿は便利だった。 「…貞操帯はいつも付けておけよ」 「はい…でも…」 「でもはなしだ」 別に本当に浮気を恐れている訳ではない。だが、とロンダルキア王は内心独りごちた。妃が無防備にほかの男どもに話し掛けるたび、沸き起こる殺戮の衝動を抑えるには必要だ。うすらでかいサイクロプスやませたシルバーデビルの小僧、盛りの付いたドラゴン。一様に浮かぶにやけ面を、破壊の剣で真っ二つにしたくて、絶えず指が疼くのだった。貞淑の印を付けさせていると考えれば、少しは我慢も利く。 竜王は幾らか皮肉な笑みを浮かべて、己の牙から部下を守るために、妻にまとわせた頼りない防具を眺めやった。 |
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