トンヌラが、狒々のねぐらに連れ込まれて早三日。寝ても覚めても毛むくじゃらの両腕に捕われ、絶えずきつい体臭を嗅がされて、意識は朦朧とし、いつも酒に酔ったようはっきりしなかった。王の妃としての慎みなどとうに消え去り、畜生と化したかの如く口移しで餌を貰い、小水も大便もつながったまま済ませながら、ひたすら淫戯に耽っていた。 攫われてすぐは逆らったのだ。威厳を籠めてたしなめ、次いで攻撃呪文を唱えては、相手の鋼板のような胸にぶつけ、最後に故郷サマルトリアで世継ぎとして習い覚えた武術を駆使して抵抗しようとした。しかしすべて無駄だった。 二本のごつい腕が華奢な体を無理矢理抱きすくめ、分厚い唇が獣臭い接吻をくれると、本人が望まぬ限り身を守るはずの魔法の貞操帯は、簡単に外れてしまった。五感が一斉に叫んだのだ。目の前にいる逞しい雄こそが真の主だと。求められるままに番い続け、強い仔を沢山孕まねばならないと。 濡れそぼった秘裂を剛直が貫くと、体は完全に屈伏した。けれど心までもがあっさりと砕けたのは、じっと見つめてきた妖猿の、瞳の色のせいだった。普段から仕え、服するのに慣れた、あの竜の眼と同じ、煌めく黄金だったのだ。 あとはただ凌辱を恩恵とするよう仕込まれた、婢としての思考に従うだけだった。 「あひっ…ごしゅりんしゃまぁ!ごしゅりんしゃまぁ」 数夜前まで、美しくも冷たい黒髪の青年に向けていたのと同じ敬称を、ためらいもなく蝙蝠の羽を持つ猩猩の変化に投げ掛ける。女神の化身として貞婦の鑑と称えられていたロンダルキアの国母は、もはや魁偉な魔族の姿をまったき伴侶と認めて疑わず、調教され尽くした牝畜の本性を恥ずかしげもなく晒していた。 「おっぱひぃっ…かんじゃりゃめりぇひゅっ…ごしゅりんしゃまぁっ!!」 嬌声まじりの懇願が上がるや、たわわな果実に食い込んでいたあぎとが外れ、デビル族特有の兇暴な様相が耳まで裂けた口をかっと開くと、昂ぶった咆哮を迸らせる。すると金髪の若妻は荒く呼吸を乱したまま、共鳴するようにわなないて、びっしりと歯型の付いた乳房を震わせ、蜜壺に咥え込んだままの巨根をきつく締め付けた。 鋭い牙の口付けは、痛みのあとに熱い疼きを残し、四肢に甘い痺れを走らせていた。点々と赤い輪の形をした痕があるのは胸だけではなかった。双臀にも内股にも、柔らかそうな個所は余さず味を試すように咬み跡が散っていた。 所有の証。雪のような膚に、否が応でも際立つ緋の刻印を付けては、とうてい宮殿へ還れないだろう。しかしトンヌラはもう構わなかった。誰も訪れぬ山の懐で、暖かい寝床と、たっぷりした餌と、苛烈な折檻と荒々しい愛撫とをともどもに与えてくれる飼い主さえいれば、家族さえ捨てて、ずっと、ずっと獣の伴侶として暮らしたいとさえ思っていたのだ。 だしぬけに狒々が耳朶をはみ、恍惚の夢想から引き戻した。尽きせぬ性欲を処理する便器としての勤めを果たすよう、命じているのだ。王妃は掠れた悲鳴を漏らすと、濃い毫に覆われたうなじにしがみつき、ししおきのよい太腿を揺すって情けをねだった。 滑稽なほど媚びを含んだ動きに合わせて、女にはあるはずのない小さな陰茎が、先端に滴を溜めて弱々しく上下している。繁殖のための機能を持たぬ、摂理を外れた奇形の器官。だがほっそりした胴の奥では、夫のために三度にわたって児を為した健康な子宮が、また胤を宿そうと蠕動していた。 「はぁっ…ひぐっ…ぎぅっ…ぁ゛あ゛!!」 下腹の奥で密やかに蠢く命の器を、ごつい矛先が続けざまに突き上げる。双生の后は、脳裏が真白に染まるのを覚え、唇を咬んで、忘我の境へ流されようとする心を繋ぎとめた。妖猿の牡は交接したまま繰り返し射精を行う。始まってしまえば、人間の牝とは官能の波を重ね合わせるのが難しくなる。せめて最初だけでも、一緒に絶頂に達したかった。 「も゛ぉ゛っ…も゛ぉ゛」 しかし赤ん坊の喃語ような言葉で幾らかきくどいても、狒々は決して急ごうとせず、相変わらず大人の手首ほどもある逸物で産道を軋ませ、愛液の先走りの混じる泡とともに粘膜を擦りながら、乱調子の抽送を続けるだけだった。トンヌラは耐え切れず、背を弓なりにして、白い息の塊を吐くと、長々と尾を引くように哭きながら果てた。 ロンダルキアの銀嶺を跳ねる羚羊を思わせる四肢が、瘧にかかったのようにおののく。次いで象牙の艶に輝く裸躰は、真冬の夜より暗い毛並みのあいだに埋もれながら、ぐったりと手足を弛緩させた。 だが有翼の大猩猩は満足せずに、歯型で飾った円かな尻を、なめし革のような掌でしたたかに拍ち、未だ硬いままの秘具を包む柔襞に絞まりを取り戻させた。力任せに振るった平手に対する素早い反応をよしとしたのか、そのままさらに、脂肪の乗った白い肌にへ紅葉を散らせ、裏返った悲鳴を引き出しながら、ぽってりと腫れた陰唇を押し広げ、深々と穿ち続ける。 「ひっ…あぐ…ぃいい!!あひ…もぉ…やっ…おしりぃ…やめ…ひぐ…」 途切れ途切れの抗議に、答えたのはいっそうの打擲だった。金髪の若妻は鼻先に火花を散らすと、身をよじらせて悶えた。王の臥所では、永らく経験していなかったような乱暴きわまりない責めに、抑えようもない嗚咽が零れる。 雪国に嫁いでからというもの、房事にかけては桁外れに貪欲な連れ合いから、毎晩のように激しく求められていたとはいえ、近頃では嵐のような営みも些かは落ち着き、閨での扱いの端々に配慮や気遣いを感じるようになっていた。細やかに触れてくる指先や唇から、ぎこちない優しさを察すると、そこから例えようのない温かさが染み渡って、堪えようとしてもついくすぐったい笑みが零れたものだった。 けれど奴隷の体は本当のところ、もっと容赦のない被虐をこそ、至福とするよう馴らされていた。だからこそ魔族に生殖の道具として玩弄されるうち、塞がった傷が掻き毟られてまた開くように、魂のうちで歪んだ悦びが再び花咲き、実を結ぼうとしていた。 狒々が十何度めかに手を振り降ろした時、王妃はついに啜り泣きを止め、涙と洟と涎で汚れた端正な縹緻に白痴めいた笑みを浮かべると、それこそ猿のように真赤に膨らんだ双丘を猥らがましく揺すって、正しい台詞を述べた。 「ひぐ…たたひて…くだしゃい…トンヌラの…駄牝のけちゅ、いっぱひいっぱひおしおきしてくだしゃい!!」 主は嘲るように喉を鳴らすと、婢を徹底して嬲り抜いていった。煌めく山吹の髪を面白半分に引き抜き、そこかしこへ齧りつき、青い痣がつくほど撲り、赤い筋がつくように引っ掻き、伴侶が失神するまで攻めつけた。 いや、獲物が気絶したあとさえも、猩猩は前後の孔を交互に使って、たっぷりと種汁を注ぐのを止めなかった。飽きてくると、女陰を貫いたまま抱え上げて地下の泉に下り、冷水を浴びせて蘇らせては、痙攣にも似た反応を楽しむ。 とうとうトンヌラは白眼を剥くと、死んだ蛙のように不様に脚を開いて、どんな刺激にも微かに足の親指の先をひくつかせるだけになった。絶倫のデビル族はさらに執拗に腰を使ってから、やっと相手を解放する。 次いで妖猿は、いたぶりつくした双生を抱き起すと、だらしなく開いた唇に舌を捻じ込み、甘露の如くに唾液を吸ってから、うずくまって瞼を閉ざした。醜い容貌には、牡として完全に牝を征服したことに勝ち誇る色とともに、どこか母のもとで睡む幼児のような安らかさがある。 鋼索を縒ったような両腕は、ずっと欲しがっていた人形をようやく手に入れた子供のように、しっかりと華奢な伴侶を抑え込み、もう誰にも取り上げられまいとするような、奇妙ないじらしささえ漂わせていた。 「父さま、母さまはまだかえらないの?」 「あ、あぁ…」 童女の問いかけに、丈高い青年が弱々しく答えた。二人がいるのは場所はロンダルキア城の特別な一角、王家と僅かな側仕えを除いて、殆ど出入りを許されていない、ごく内々の部屋だった。 「おそいな…バズズおじさまとふたりで、だいじょうぶかなぁ」 呟いた金髪の娘は、わた玉のかざりがついたふんわりした上下をまとった温かそうな姿で、大きく薄い本を抱えたまま、暖炉の前に敷いた絨毯に座り込み、青く澄んだ瞳を壁に投げかけていた。数百年を閲した古めかしい石積みには、色鮮やかな綴れ織りがかかって、生まれ育った山地が正確な縮尺で表してある。 尋ねられた相手は、肩から下の隠れるようなたっぷりした打ち掛けを羽織り、同じく床に胡坐をかいて、左手で射干玉の髪を梳りながら、真紅の瞳を同じ方へ向けた。 「だ、大丈夫とは?」 「だって…母さまってのんびりやだし、すぐよりみちするし、まいごになりやすいでしょ…このまえだって、わたしとふたりで朝ごはんのあとおさんぽにいって、すぐどこかいちゃって、ずーっとおたがいをおっかけてぐるぐるして、おうちにかえれたのゆうごはんだもん。父さまだって、あのほうこうおんち、しってるでしょ?」 「う、うむ。そういえばそうだな」 「バズズおじさまは、やさしいから、ずっとつきあわされて、いっしょにまいごになってないかな…おててをけがしたばっかりなのに…かわいそう」 黒髪の青年は微かに身動ぎすると、手の甲で目の上を覆って、しばらく黙りこくってから、ゆっくりと返事をした。 「案ずるなカリーン。隻腕となろうとも、あやつはロンダルキア一の勇士。竜王の信頼最も篤き魔軍の統帥だ…いかなる災いからも妃を守るであろうよ」 「ほんと?えへへ!うん。そうだよね」 お気に入りの小父が褒められたのが嬉しくて、カリーンと呼ばれた童女は兎が跳ねるように上半身を揺すってから、精悍な子守り役の側へいざるように近付いた。 「父さま…おひざにのっていい?」 「え?…」 「ちょっとだけ…だから」 大人のようにふるまいたい背伸びと、親へ甘えたい気持ちのはざまで、頬を染めながら、上目遣いをする娘に、相手はどぎまぎしながら思わず退いた。 「なななならん。親子とはいえ、そのような振る舞いをする年ではないぞ!」 「…ぅ…わ、わかってるもん!…だけど…父さま…この前はしてくれたのに…」 叱責を受けたカリーンは、うつむくと、大きな瑠璃の双眸を潤ませて、怯えたスライムのようにおののきながら、膝の上で拳を握りしめた。 「ひっく…父さま…なんかへんだよ……兄さまやわたしをさけてるし…きょうだって、わたしが…おっかけなかったら…」 「政務が忙しいのだ」 「…いつも…ちゃんとあそんでくれたのに…」 「お、あ、そうだな。そうだったな」 「かくしごとしてない?…母さまと…バズズおじさまのことで」 喉を震わせながらも鋭く訊く声に、青年はぎくりと肩を竦めると、厳しい顔になって諭した。 「子供が知るようなはなしではない!」 「ふぇ…」 いよいよ本泣きしそうになるカリーンに、相手はへどもどして語気を和らげた。 「待て待て。とにかくあの二人に心配はない…何も…何も間違いは起きていない…そうだ。膝に乗ってもよいぞ。うむ。問題はない。親子なら何も問題はない」 「ひっく…うん…」 少女は招きに応じてのそのそと胡坐の上にのっかると、くるりと背を向けて、広い胸板にもたれた。ややあって丸まっこい指で持っていた書物を開くと、しかつめらしく読み始める。涙をこぼしそうになったのをごまかすように、じっと内容に集中しているふりをしていた。 長身の子守り役は微笑んで、次々繰られていく絵入りの項を覗き込んだ。 「おや。ミッドガルド語の勉強か。感心だな」 「うん、バズズおじさまのみつけてくれたごほん。むずかしいけど、おはなしがおもしろいの。母さまがえらんでくれたの。ジパングにすんでいた、くろねこと、さむい世界樹の森にすんでいたはいいろぐまのおはなしです」 「ほう」 今はゆく道も閉ざされた上方世界にもロンダルキアに似た気候の土地がるのかと、青年は興味を惹かれて耳を傾ける。 「はいいろぐまは、ゆきとこおりからうまれた、つめたいいきものでした。でもとても、くろねこと、ともだちになりたかったの。だって、くろねこのところには、ふゆでもこおらない、みなとがあって、あたたかくて、とてもきもちよさそうだった。でも、くろねこは、しずかなくらしがしたくて、はいいろぐまが、ちかづくと、おこったの」 「ふむ…」 「はいいろぐまは、おおきくておそろしそうだったから、そばによるだけで、くろねこに、いやがられた。はいいろぐまが、つよいちからでだきしめたら、くろねこはしんでしまう。そうおもっていたの。でも、はいいろぐまが、くろねこの、おとしものをとどけたり、おうちのまえで、こんにちわっていって、ちょっとづつ、なかよくしようとしても、へんじがしないの」 「よくないな。それは」 「とうとう、はいいろぐまもおこって、くろねこをはたいたりしたわ。でも、そっとよ。あんまりひどくしたら、それこそ、くろねこは、おおけがをして、にどとあってくれないんじゃないかって」 「むぅ…」 「だけど、くろねこはあいかわらず、つーんとしてた。しっぽをちょっとはたかれたぐらい、へいきだったのね。はいいろぐまも、それいじょう、ひどいことはできなくて、ただ、きたのくにからかなしそうに、ながめていた」 「情けないな。それはちと」 「ところがそこへ、くろいかぜがふいて、ひがしのうみから、おおきなわしが、とんできたの。わしは、するどいかぎづめで、くろねこをおさえつけて、くちばしで、つついた。そうしていったわ。やぁ、おれと、ともだちになろう、ならなけりゃ、おまえを、ばらばらにひきさくぞ」 「何という慮外ものだ!灰色熊は当然その鷲を打ち殺したのだろうな!」 「ううん。できなかった。だって、くろねこはへんじをしたの。はい、はい、あなたのともだちになります。わしさんと、なかよくしますって」 「お、おかしいではないか!さきに話しかけたのは灰色熊の方だろう?ずっと猫の近くにいたのも熊なのだろう?何故そんな乱暴な鷲に…」 「わかんない…それから、くろねこは、わしと、けっこんしました。そうして、いちどは、ひどいけんかもしたけど、ずっとずっと、せかいがほろぶまで、しあわせに、くらしました。わしはくろねこに、えさをとらせながら、どんどんつよくなって、せかいのていおうになって、さからうものをすべてやっつけました。はいいろぐまは、さんざんうちまかされて、もっとよわいものに、あたりちらして、たくさんおさけをのんで、なきながら、ねてしまいました。そしてそのままつめたくなって、ゆきとこおりに、もどってしまいました」 「…許せぬ!」 「ふふ…父さまって、わしににてるのかな、くまににてるのかな、っておもったけど…」 「ぬ」 「なんだか、かおまっかにしておこってると、おさるさんみたい」 童女がくすくす声を漏らして、膝の上で楽しげに跳ねると、小さく弾力のある尻が、青年の股間をこすった。 「ふぉ!」 「?どうしたの父さま」 「かかかカリーン。降りなさい…その…ちと用を思い出した…」 「えー。まだごほんあるのに?」 子守り役が、激しく震えながら、左腕一本を使って小さな体を引き剥がそうとすると、娘はさらに朗らかに笑いながら身をよじってかわそうとした。 「やだー」 「これ、カリーン…そんなに動いては…ふぉぉ…ならん…」 不意に扉を敲く音がして、二人の戯れを遮った。黒髪の若者は、ほっとしてカリーンをどかせると、そさくさと立ち上がって尋ねた。 「なにごとか」 「親爺殿。デビルロードの姉御がたが呼んどる」 部屋の外から近衛が、ぶきらぼうに告げる。 「…む…すぐ行く…済まんな。仕事のようだ」 「うん。いってらっしゃい」 ロンダルキアの政の司は、すぐにも装いを直すと、幸福なひとときを背後に置き去りにして、急ぎ廊下へと歩を進めた。早い足取りに打ち掛けの裾が翻ると、右の裾を反対の手でしっかりと抑え、決然と執務室へ入る。 待ち構えていたのは厳しい面持ちの女官二人だった。瓜二つの整った造作を幾分暗くし、きちんとまとめた銀髪を微かに不安げに揺すりながら、砂時計型の胴としなやかな四肢を強張らせている。 「何かあったか」 青年が尋ねかけると、内侍の一方が前へ出て話しかけた。 「陛下」 続いて片割れも肩を並べて、台詞を紡ぐ。 「お妃様と弟のことですが」 「バズズか?何も問題はないぞ」 デビルロードの双姫はそろって首を振った。いつもにこやかな表情に、どこか悲しげな翳りがある。 「陛下は弟に信を置かれすぎていらっしゃいます。デビル族にとっては光栄ですが」 「恐れながらそれは間違いかと存じます」 「何をいう」 気色ばむ統主に、二人は相次いで述べる。 「確かに、軍事と機略にかけて、あれは我が一族の中にあっても多少の長ありと申せましょう」 「さもあろう。だから元帥の任を与えているのだ」 「されど…お妃様の件に限っては、さかりのついた若猿も同じ」 「過ちを犯さぬ保証はどこにもないのです」 「陛下から、二人が出かけたと聞いてもう三日。もし…お妃様の身に何かあれば…」 「取り返しがつかぬやも」 矢継早の注進を聞くにつれ、雄々しい顔は次第に蒼褪め、鏡合わせのような女官を交互に見比べた。 「あなた方は…普段から、そういう目で見ていたのか…一族の頭に対する敬いはないのか」 「弟の性格は知り抜いております。そもそもあれには、適当におだてて面倒な棟梁の役割を押し付けていただけのこと」 「…やはり宮廷に上げるべきではなかった…僭越ながら、我ら姉妹に、バズズ追討とお妃様奪還の命を下されますよう」 「は!?」 さすがに絶句する雪国の執権に、妖猿の化身はそろって緊迫したようすで云い募る。 「身内の恥は…身内で雪ぎます…三日のうちに必ず帰ります」 「どうか、デビル族のほかのものに累が及ばぬよう、ご寛恕を約束いただけませんか」 「勝手な願いとは承知しております」 「しかし…ロンダルキアの武威を支えた昔日の功と、弟の首を以って、竜王の慈悲を願い申し上げます…」 黒髪の青年は咳払いを一つすると、臙脂の両眼を炯々と燃やしながら、いつまでも続く懇請を断ち切った。 「たいがいにしないか!この際はっきり云っておく!バズズはロンダルキアの諸将にあって、最も竜王の心を知り、意をよく汲んで事を為す真の忠臣!あれが后に邪な想いを抱くはずがない!そもそも、そうした考えをするその方らこそが不敬であるぞ!!」 「申し訳ありません」 「お許しを」 深々と平伏するデビルロードを、統主はむっつりと眺め下ろし、冷たい声音で釘を差す。 「その方らの性格からして、秘かに出かけてバズズを討つつもりであろうが、許さぬぞ」 「っ…はい…」 「滅相もございません…」 ロンダルキアの政の司は、憂慮の色を深めると、内侍らを諄々と諭した。 「普段ならいざしらず、今王妃の側にいるのはデビル族としての枠でとらえられぬ恐るべき戦士とみてよい。かかれば必ず返り討ちに遭うぞ」 「…バズズが?」 「まぁそんな」 「疑うつもりか?」 不機嫌そうな問いかけに、魔族の双姫はまた頭を垂れた。 「いえ」 「決して」 「ならばよい。下がれ。バズズと王妃のことはいずれ時間が片をつけるだろう…すぐに戻ってくるはずだ…元通りに…恐らく…多分」 虚ろに宙を仰ぐ青年に、乙女らは互いにめまぜを交して、また前へ進んで、おずおずと訊いた。 「ところで陛下」 「そのお召し物ですが、たいそうよい柄」 「古風ながら、瀟洒な趣もあり、黒によく映えていらっしゃいますわ」 「どこでお誂えになったのでしょう」 統主はしばし黙りこくっていたが、ややあって、視線を降ろすと、片手で打ち掛けの襟を掻き寄せて穏やかに応じた。 「先日成敗した、ハーゴン派の残党が持っていた品だ。魔法の法衣という。水の羽衣ほどではないが、炎熱や冷寒、呪文の類を遮る生地を使っている…失われたミッドガルドで織られたという」 たおやめの姿を借りた二頭のデビルロードは半分だけ納得したようすで相槌を打った。 「さようでございますか」 「どおりで陛下から、いつもの竜の覇気が感じられぬ訳」 「何やら御心を昏くさせることでもあったのかと」 「案じておりました」 剣の刃を思わせる玲瓏のおもてが、引き攣った笑みを浮かべて、頷いた。 「もうよかろう。下がれ」 女官が退出すると、青年はどっかりと椅子に腰かけて、頭をかきむしった。美しい姿形には似合わぬ、狒々のように品のない仕草だった。 「まったく…どうしてこんなことになったのだ…どうして…」 がらんとした執務室に、返事をするものはない。だが答えは分かりきっていた。君主と后と将軍と。三人の関係が狂い始めたきっかけは、三日前。災いに満ちたあの昼下りの出来事だった。 「そもそも、お前らの使う変化の術ってのは、どういう仕組みなんだ」 ローレシアの元第一王子にして、伏魔領の国父たる竜王ズィータは、重臣の部屋の長椅子に寝そべりながら、退屈そうに尋ねた。手には透明な液体を満たした小瓶を弄び、黄金の双眸に硝子の煌めきを映じている。 腹心たるデビル族の長、バズズは驚愕して抱えていた羊皮紙の束を取り落とすと、片方だけの腕を差し伸ばして、緊張に嗄れた声で告げた。 「ズィータ様!なりません。とんでもない劇薬ですぞ!」 「ん?」 怪訝そうに縦長の容器を振ってみせる主君に、将軍は急いで近付くと、非礼は承知で持っている品をひったくった。 「これはかのデルコンダル王めが調合した薬を、我が輩が再現したものです。人間には何の効果もありませぬが、魔族には狂気に近い発情を引き起こすのです」 「…何故そんな代物をお前が?」 黒髪の青年が眉を潜めて尋ねると、緋の鬣をした部下は瓶を机に置きながら、低く応えた。 「先のハーゴン派との戦いで、思うところありましてな」 「ほう」 「我ら魔族は余りに人間の技に関心をもたなすぎる。非力と侮る余り、裏を掻かれ、正気を奪われ、挙句には操られる…こうした失態は二度と繰り返してはならぬと」 「ふむ。いずれデビル族が天下を獲るのに、人間の手管は抑えておきたいって訳か」 ズィータが山吹の瞳に利剣の切先の輝きを灯すと、バズズは首を横へ振った。 「さようなつもりはありませぬ。ただ最近は、亡きベリアルの奴めの言葉がとみに思い出されるようになって参りまして…あやつがもし無事で居れば、最前の奇襲にも…」 「今のロンダルキア元帥はお前だろうが。バズズ。俺は例えあの牛面があの世から戻ってきても、そいつを変えるつもりはない」 さらりと告げた竜王に、妖猿の化身はかっと頬を火照らせて、頭を垂れた。寒さを寄せ付けぬ城内にあるというのに、逞しい体躯は細かく震えていた。 「勿体なきお言葉」 一言、やっと胸から吐き出した謝辞には、万感がこもっていた。対する青年は面倒くさそうに伸びをすると、周囲をあらためて眺め渡した。上着かけにある昔風の打ち掛けや、異界の文字を綴った写本などだ。 「しかしお前の部屋はいつもおかしなものばかりだな」 「は、お目汚しを。すぐに片付けさせます」 ズィータは手を振ってどうでもいいと合図すると、ややあってまた尋ねた。 「これだけ色々あって、酒は置いてないのか」 「こちらに」 バズズはにやっとして、机から陶の小甕と、二人分の杯を順々に出した。すぐに一方を差し出して、主君が受け取ると、許しを得て中味を注ぐ。 竜王は、将軍が自らの分を満たすのを待ってから、がぶりと呑んだ。 「ふん。こいつの趣味だけは買ってやる」 「ありがたき幸せ」 双方ともしばし無言で杯を重ねると、やがて妖猿の方がまた口を開いた。 「先ほどのお尋ねですが」 「む」 「変化の術です。あれは化ける相手の外形と特徴を写し取るのです。ほかの氏族は存じませぬが、我がデビルでは、長は名継ぎの際に必ず、邑の奥に隠した庫に降ります」 「ほう」 興をそそられた青年が身を乗り出すと、部下は杯を置き、居ずまいを糺して続けた。 「光の差し込まぬよう、常には封印を施した一角があり、溶けぬ氷塊が置いてあるのです。大きさはちょうどこの部屋ほどでしょうか。中には人間の戦士が独り、武装したまま凍てついております」 「なるほどな。お前の姿はそいつから盗んだのか。何者だ」 「詳らかでないのですが、伝承によると、ロンダルキアの建国まもなき頃、デビル族に一人で挑んだ人間の勇士とか。王家の傍系とも聞いております」 「するとお前の顔は俺の遠い親戚になるのか」 雪国の君主はぷっと酒を噴きそうになってから、袖で口元を拭った。元帥は恐縮したようすで、広い肩を竦めると、語句を継いだ。 「当時バズズの名を持っていた長が、勇敢な敵の死を惜しみ、骸が朽ち果てぬようにしたのだと。歴代の棟梁のうちでも非凡な才を持つ牝だったそうですが」 「ほう。面白いな。ではデビルロードどものあれは、どこから盗んできた」 「男と向かい合って、件の牝が同じように眠っております。どういう訳か人間の女に化けた姿で。姉たちはそこから写し取ったのです」 ズィータは返事をせずに杯を干すと、また注ごうとするバズズを制し、しばし物思いに沈み、また新たな問いを投げかけた。 「お前は化けようと思えば、俺にも化けられるんだな」 「ロンダルキアの法が禁じております。しかも竜の血を引く御体を象るのは大変な魔力を費やします故…」 はっきりできないとは云わない将軍に、若き王は考え深そうな眼差しを向けた。 「うわべだけでなく、特徴なども真似る訳だったな…ところで、術は他人にもかけられるのか」 「…は。ちと工夫はいりますが」 「なるほど…では例えば、俺がお前に化け、お前が俺に化けて…お互いの立場を入れ替えるのも可能だな」 「な、何を仰います!戯れにもそのような…」 「戯れの何が悪い。ここのところ、がきの世話だの、うっとうしい行事や式典だので、うんざりしていたところだ…たまに遊ぶのも悪くない」 黒髪の青年がいたずら小僧そのものの笑みを浮かべて提案する、相手はへどもどしながら隻腕で蘇芳の鬣をさすって、心配そうに語句を返した。 「あの…王妃殿下はいかがなされるのです」 「ぼんやりしてるからな。俺達が入れ替わってもどうせ分からないだろ…くく。この場で一つからかってやるか」 結局目的は奥方へのからかいらしい。バズズはやれやれと肩を落とすと、承知した印に顎を引いて、呪文を唱えた。たちまち眩い光が赤髪の偉丈夫を包むと、有翼の狒々が本性を現す。 ”…さてこれで” 続く詠唱とともに虚空に滑らかな鏡が現れる。妖猿は禍々しい姿を、平らな面に映すと、指で印を切った。すると再び雷電に似た閃きが迸って、鴉羽色の頭をし、抜き身の刃のような印象のある痩躯の若者が登場した。傍らにいる人物と、髪の毛一筋までそっくりだった。 「ほう。見事だな」 「光栄至極…とはいえ、竜眼までは写し取るのは叶わぬようす…我が輩の魔力ですべてを模すには、陛下の本性が大きすぎるのです」 説明の通り、バズズが化けた第二のズィータは瞳だけは姿を変える前の紅だった。 「これからどうする」 竜王が尋ねると、魔将は鏡を指差した。 「ご覧あれ」 呪文が生んだ石英の大板には、未だ先ほどの大猩猩が焼き付いていた。鏡の中の影と妖魅と外の実体は、主君を挟むと、最後にもう一度、古の字句を口遊んだ。 「モシャス!」 幻と現。二つの像を多彩な耀いが行き交い、あいだに立つ青年にからみついて、しなやかな四肢を野太く、毛深くし、端正な面立ちを獰猛な獣のものに移ろわせていった。 やがて、竜王が立っていたところには、漆黒の毛並みを持つ有翼の狒々が立っていた。 「いかがですかな」 術を成功させて緊張を解き、息を吐いて尋ねるバズズに、ズィータは普段と同じ山吹の目を細めて答える。 ”…悪くないな…いつもより、うずつかん。竜になった時ほどではないが、人間でいるよりは…狭苦しくないな…” 「それは何より…したが…ズィータ様には、デビル族の躰でも十分ではないようですな。毛や瞳の色が…変わってしまうとは…我が輩とは逆…選んだ器が小さすぎ、そうした形で本性が溢れているのです」 ”ふん。そんなものか、よし王命だ。今から俺がこの姿に飽きるまで、お前は影武者をやれ” 黒猿が命じると、側に控える青年は情けなさそうに眉の端を下げてから、すぐに姿勢を糺すと、素早く礼をとって、厳かに答えた。 「仰せ賜り、仰せ従います。このバズズ、別命あるまで、ズィータ様の影として努めを果たします」 ”よし” 狒々満足げに頷くと、いきなり緋の尾に空を切らせて、相手を打ち倒した。 「げはっ!?」 ”ん?妙な感じだな。尾だの羽だの、動かせるものが増えると。竜でいる時は気にもしなかったが” 「どうぞお気を付け下さい。手足も伸びております。慣れぬうちは転ぶやも…」 ”サルの動きぐらい何とでもなる。よっと” うそぶいたズィータは軽く肩を回そうとした勢いで、豪腕を風車のように振るってしまい、立ち上がりかけたバズズをまた打ち倒した。竜王と瓜二つの容貌がひしゃげ、引き締まった体が錐揉み回転しながら宙に舞うと、机に落下し、焼き物の甕と杯、さらに小瓶を撥ね飛ばして、床にぶちまけた。 ”あ…” 「ほ、ほげぇ…っ」 悶絶する元帥を尻目に、砕けた硝子の容器から一筋の煙が立ち昇る。狒々の姿となった王は慌てて息を止めたが、濁った色の気体はまるで生き物のようにくねりながら耳や目に伸び、さらには毛孔からも入り込んで来た。 ”が…ぁ…” 黒猿は己の喉を掴んで喘ぎながら、がっしりした両脚を床に踏み締めた。色欲と淫奔の泥濘を脊椎の辺りから湧き出し、脳を浸していく。 不意に扉を敲く音がした。 「ズィータ様。僕ですけど。バズズさんとお話が長くなりそうだからおやつを…」 樫の厚板ごしに、春に囀る小鳥の如くのどかで優しげな声が届く。狒々は血走った眼をそちら向けると、被膜の羽を広げて、壁や天井につかえさせながら、一気に戸口に突進した。 たちまち悲鳴と咆哮が交錯し、呪文の閃光に次いで、爪牙が絹を裂く音がする。最後に窓を打ち砕く響きがあって、寒風が部屋に入り込む。狂乱の一幕のあいだ、ロンダルキアの元帥はといえば完全に眼を回し、黒い竜巻が上を通り過ぎていくのをただ、仰向けに横たわったまま見逃したのだった。 「我が輩のせい?我が輩のせいなのか?やはりそうなのか?ベリアルよ…やはり貴様ではなく、我が輩がこの国の兵馬の大権を預るなど…荷が勝っていたのか」 最近とみに自信を失くしたバズズは、ぶつぶつと呟きながら、椅子の上で膝を抱え、揺すっていた。主君の姿を借りて、神経症にかかった猿のような真似をするのは、影武者としては些か不用心ではあったが、本人にはもはや周囲に気を配る余裕などなかったのだ。 「ズィータ様があのまま野生化した場合…我が輩はどうすればよいのだ…」 間もなく南海の島、ハーゴンの地下神殿への行幸が控えている。呪文に長けた祈祷師や妖術師に、ミッドガルドの魔法の法衣一枚で正体を隠しおおせる訳がない。王の口車に乗せられたとはいえ、ロンダルキアの国法が禁じる王族への変化を為したと知れれば、デビル族の長の名は地に落ち、咎負いとして後ろ指を差されるようになるのだ。積み上げてきた武勲も栄誉もすべてが無に帰す。もののふとしての死と同義だった。 「このまま…ずっと竜王として…シドー様やフォルトゥナート様、カリーン様の親を演じるなど…できるはずが…」 だしぬけに妖猿の脳裏へ、石鹸の泡が乱舞し、白い湯気がたなびく情景が広がった。城の側にしつらえた温泉。君主の家族のために区切った一角で、裸の童女が両手を広げて立っている。 ”父さま…いっしょにおふろはいろ!” 「はは…何を馬鹿な…我が輩がそのような不埒な」 慌てて首を左右に振り、妄念を払いのけると、打開案を考えようと猛然と思考を巡らせる。うわべを象っただけに過ぎぬとはいえ、ロトの血を引く精悍な顔立ちは、真剣な表情になると独特の凄みを帯びて、あたかも決戦に赴く前の英雄の趨きがあった。 わずかな時間のうちに、あまたの機略が浮かんでは消え、組み立てられては打ち捨てられ、次々と想像の絵を広げては、また畳んでいく。やがて煮詰まり、凝集した知恵の働きが一つの像を結んだ。 柔らかな寝台に、肌の透けるような寝間着をまとった姫宮が、本を抱えながら横たわっている。頬はほんのりと林檎色に染まり、唇は少し濡れて大人びた艶があった。 ”父さま…ねむれないの…いっしょに…ごほんよんで?” 「いやいや。カリーン様はもうおひとりでもお休みになられるお年頃…そのような甘え方をなさるはずがない…うむ…」 今度こそ苦境を破るべき起死回生、乾坤一擲の奇策をひねり出そうと、片方だけの手で黒髪を掻き乱し、歯を食い縛って意を凝らす。 鐘のなる大神殿。嫁御寮の白装束をまとい、あどけない顔立ちに薄く化粧をした娘が、花束を抱えて上目遣いをしている。 ”父さま、母さまがいなくてもさみしくないよ、わたしが、父さまのおよめさんになるから…” 「…ふむ。ズィータ様…不肖このバズズ。一切を抛うつ覚悟でご命令を遵守し…必ずやロンダルキアの社稷を守り抜く所存…すべてはお任せください」 魔将は、暗く長い洞穴から抜け出たような、爽やかな面持ちで、まっすぐ前を向くと、隻腕に拳を握り固めて、厳かに去りにし主君への誓いを新たにしたのだった。 薄暗い窖。狒々の家畜は、黄金の叢に縁取られた秘裂と肛孔から、多量の白濁をひり出しつつ、気だるげに腰を振り立てては、腥い肉杭を飴の棒のように美味そうに舐めしゃぶっていた。顎が外れそうなほど口を開き、瞳の焦点も定まらぬまま、食道の粘膜まで使って牡の器官に奉仕する。時折、猩猩の鞭のような尾がしなり、痣だらけの奴隷の腹の下、生白い土筆のような幼茎を敲いては、くぐもった呻きを上げさせる。 もう何日経ったのか。双生の便器にとっては、すべてが曖昧になっていた。何か一つの対象に意識を集めるだけのゆとりがない。食事も排泄ものべつまくなしの強姦と同時で、主を喜ばす以外に考えを逸らすと、すぐさま仕置きされるはめになる。 闇の毛並みの妖猿は、トンヌラに人間としての一切を捨てて尽くすよう求めていた。 半陰陽を隠してサマルトリアの王子として育った過去。ローレシアの世継ぎと旅をした辛い冒険の記憶。奇縁からロンダルキアの后として嫁いだあとの幸せな暮らし。すべては遠ざかっていた。一緒に洞窟で寝起きするようになった牡の、性欲処理の道具として生きる充実した日々に比べれば味けなく思えた。 国母としての矜持と義務。夫への忠誠、子供等への愛情。異常な独占欲を持った魔族は一つ一つを無慈悲に剥ぎ取っていった。柏葉のような掌が乳房を揉み潰し、ごつい指が雛菊を捻り上げ、太い牙が鎖骨に深々と埋まるたび、竜王の伴侶は心にはめていた最後の箍さえ削れていくのを感じた。 「ズィー…タさま…ごめんな…さい」 ”グ…!?” 狒々は急におののくと、いつもより早くに精を放った。金髪の婢は相変わらず粘りつくように濃く喉にからむ子種を、唾液と混ぜてどうにか嚥下すると、残滓を丁寧に舌でぬぐいとって浄めてから、ようやく唇を外した。少し馬鹿になったような口を抑えて、恥ずかしげに睫を伏せ、ややあって満足してもらえたかどうかをおずおずと上目遣いに伺う。 ”オ前…イマ…ナンテ言ッタ” 「ぁ…何でもない…です…」 ”言エ!” 硬い拳が、異形の乙女をなぎ倒した。若妻は喘いでから、血を垂らしつつ起き上がると、媚びた笑みを作る。 「あの…喋れるんですね…もしかして…」 ”言エ!” 再び拳が飛んで、無防備なみぞおちを殴りつける。堕ちた王妃は、折角胃に収めたばかりの精液を吐瀉し、二孔からも下痢のような音をさせて白濁をこぼすと、すすり泣きながら、主の足元にひざまづいた。 「ズィー…タさまって…言いました…」 ”俺…アイツ知ッテル…良ク知ッテル。大嫌イダ。思イ出シタクナイ。イツモ忘レタイノニ忘レラレナイ。デモ大嫌イダ…アイツ、オ前ノ何ダ” 「あ…あ…お、夫です」 ”オ前ノ牡カ!グハハハ!!!” 狒々は怯える奴隷を引き寄せると、いきなり柔らかな下生えの奥、欝血した肉襞のあいだに三本の指を捻じ込み、めちゃくちゃに掻き乱した。 「ひぎぃいいい!!」 ”奪ッテヤル!オ前。イイ牝。アイツニハモッタイナイ。俺ノ仔生メ” 「あ…かはっ…ぁっ…だ…め…」 ”オ前モウ俺ノ牝穴。俺ダケノ孕ミ袋ダ。アイツトハ別レロ” 「ひっ…いや…」 捨て去ったはずの蟠りが真黒な恐怖になって甦り、家畜を揺すぶった。だが妖猿は僅かも手心を加えずに性器を嬲りながら、耳元で囁く。 ”オ前、夫居ルノニ、自分デ俺ニ跨ガッテヨガッテタ” 「そ…それ…ひっ…は」 魔族は手を止めると、淫蜜の糸を引きながら指を抜き、代わりに剛直の先端を宛がった。しかしすぐに挿入しようとはせず、腟の入り口あたりをゆっくりとなぞるように擦りながら、王妃の官能を煽る。 ”言エ。オ前ノココ誰ノモノカ…” 「ひ…ぁっ…は♥ごしゅりんしゃまれしゅ!ごしゅりんしゃまらけのものれしゅぅっ♪」 ”俺以外ノ牡ニハ使ワセルナ” 哀れなほどたやすく快楽の陥穽にはまったトンヌラは、無我夢中で毛深い恋人の命令に頷いた。 「ひゃぃっ…だかりゃぁ…だかりゃぁ…いれていいれしゅか…いれたひれしゅ…」 ”ズィータト別レロ” 「ひ…」 どこか幼げな面影の残る婢のかんばせが、再び強張る。だが秘具と擦れる女陰の辺りから喜悦がたえまなく波となって押し寄せ、超えてはならない一線で踏み止まろうとする足を掬おうとする。 ”ズィータト俺ト、ドッチニ仕エル” 直截な問いかけに、しかし若妻は混乱の極に達して、泣きじゃくりながら腰をくねらせ、母乳を飛び散らせつつ、ふくよかな胸を上下させた。 「どっち…あれ…わかんにゃい…わかりましぇん…ぼ…ぼくぅ…らめぇ…わか…ぁ…どっち…あぁ」 ”俺ノ他ニオ前ノ主ガイルノカ” 「ぁぐ…い、いましぇ…ん…」 ”ジャァ俺以外ノ夫トハ別レロ” ものほしげにひくつく花芯を浅く、巨根が抉る。背筋に電撃が走るような、目も眩む感覚に、半陰陽の娘は貞節にしがみつく最後の努力を放棄した。 「別れましゅぅ!…別れましゅぅ!!…ごしゅりんしゃまだけにおつかえしゅるのぉ、だからぁ汚まんごぉ…ほじってくりゃしゃぃ!!」 ”自分デ入レロ” トンヌラは恍惚として腰を沈めると、逞しい牡の分身を胎内に迎え入れた。善き母として幾度も命を送り出してきた穴は、暴力で操を奪った猩猩の剛直を罪深い歓びとともに咥え込んだ。 ”ドウダ、ズィータヲ…トンヌラヲ捨テタ気分ハ” 「ぃ…ぁっ…」 裏切り。離反。神鳥に捧げた聖なる誓いさえ踏みにじり、ただ一匹の動物に還る。しがらみもなく、過去も未来もなく、魂の求めるまま愛しい相手にしがみつく。 「ぎもぢぃぃい!!ぎもぢぃ゛ぃ゛よぉ゛お゛ぉ゛っ!!!」 ”グハ…ハハハ!!俺ノモノ!コイツハ全部俺ノモノダァ!!” 漆黒の牡猿は勝利の叫びをあげながら、どれだけ穿ってもきつさを失わぬ腟を存分に突き上げた。いかなる逃げ場も与えず精神の隅々まで掌握した獲物に、何度でも狒々の仔を産むと約束させながら、あとはただいつ果てるともない蹂躙を続ける。 滑らかな肌を持った金髪の牝猿はてらいのない歓びに浸って、伴侶と舌を絡ませ、汗に塗れたむっちりとした太腿を相手の腰にからめ、凄まじい打ち込みの勢いを能う限り受け留め、子宮に伝えようと懸命だった。 二頭は山々の懐に抱かれて、互いの熱に暖められながら、永劫とも思えるあいだ、不倫の邪婬に溺れていった。 か細い悲鳴とともにトンヌラは睡みから覚めると、久しぶりにどの穴にも異物が入っていないのを悟り、うそ寒さに裸の肩を震わせた。 見回すとデビル族の巨漢は傍らで仰向けになって、静かに規則正しい息をさてている。荒々しさばかりが優る容姿だというのに、眠っているあいだは鼾もかかず、寝相もおとなしい、少年のようなところは、竜王によく似ていた。 王妃はふっと微笑んで、怪物の掌を握ると、短剣のような指の尖端を眺めた。ややあって腕を持ち上げようとしてから、到底無理なのを察すると、深呼吸をしてから、首を近づける。いつしか唇から零れた呟きは、どこか病んだ響きがあった。 「…ズィータ様…ごめんなさい…僕…ぜったいに…誰かとこんな風にならないって…けど…だめ…この大きなお猿さん…ご主人様が…どうしても…どうしても…好きなの…愛してるの…何でか分からない…でももう離れられない…だから…こうするの…許して下さい」 猩猩の鉤爪を自らの白くおののく喉に押し当てると、横一文字に引き裂こうとする。だが皮膚をこすったのは、鋼の刃にも劣らぬ鋭い切先、ではなく、温かな、剣胼胝のできた男の手だった。 「あ…れ…?」 視線を落とすと、横たわっていたのは、毛むくじゃらの魔族ではなく、見慣れた長身痩躯の青年だった。驚いて指をを離すと、掴んでいた掌は洞窟の床に落ち、大きな音をさせた。 「っ…今まで見た夢でも最悪だぜ…サルになるとはな…」 罵りながら、竜王ズィータはゆっくりと身を起こし、だるそうに四方を窺がう。やがて眼前に、痣と痍で化粧し、白い膚を斑にしてなお凄艶な奥方を捕えると、絶句し、次いで瞬きした。 トンヌラは狭い肩を振り子のように左右へ揺らしてから、崩れ落ちるようにうつ伏せになった。 「あ…ぁあああああああああっ!!…ぁっ…ぁっ…あああああああ!!!!」 「おい、待てよ…」 「許して…許して下さ…め…嘘…ごめんなさい…ズィータ様ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい…違っ…僕…僕やだ…うぁ、あ…も…ぅあ…」 夫が慌てて妻を引き起こすと、昏く陰った菫の瞳を覗き込んだ。裏切りの言と、行いとを、すべて王に聞かれたと知った妃は、涙すらこぼせないほどの罪悪感に打ちひしがれ、憑かれたように謝罪の台詞を零すだけだった。 「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」 ロンダルキアの君主は眼を泳がせてから、急にいつもの酷薄な笑みを作ると、軋むような声音を出した。 「…っ。そうだな。皆てめぇが悪い」 びくりと奴隷の背が痙攣する。左右それぞれの二の腕を鷲掴んできた長い指を、もう振りほどきようもなく、遁れようもなく、生まれたての小鹿のようになりながら、裁きの予感にうなだれる。 ズィータは淡々と告げた。 「軽く弄られただけで随分あっさり降参したな。お前は結局、誰にでも脚を開くのか。相手が俺であろうとなかろうと…いたぶってくれさえすれば、サルでも構わんという訳だな」 「ぅ…ぅっ…」 トンヌラは弁明しようとしなかった。できるはずもなかった。ただ口を噤んだまま、頭上に落ちてくるであろう処刑の斧にも等しい、愛想尽かしの言葉を待つよりない。 青年は黄金の双眸を燃やしてなおも嫁を詰り続けた。 「俺と別れたいそうだな」 「…っ…」 「新しい男に抱かれただけで、随分めでたい頭だな」 「は…ぅ…」 「逃げられると思ってるのか」 「…ぇ…」 「…言っておくがな。お前がほかの男と逃げてみろ。そいつをお前の目の前で、生きたまま切り刻んでやる。いいか毎日指一本づつ、朝から晩までたっぷり時間をかけて削いで、そいつ本人に食わせてやる…分かったか」 「ぁ…」 双生の娘は魂の抜けるような溜息を吐き、従順に頷いた。 竜王は自分で自分を切り刻むのは不可能だという理屈を都合よく傍へ置くと、如何にも仕方ないな、という尊大な態度で、神鳥の化身を睥睨した。 「てめぇには別に罰をくれてやる。城に戻ったらな」 「…はい」 「甘く考えるなよ。妃が仕事もがきも放り出して、浮気遊びに夢中になっていた…その意味は分かってるだろうな」 「ぅ…はい…」 「…ま、分かればいい。今のところはな」 ズィータが大きく胸を反らせて告げる。トンヌラはひたすら恐懼して首を竦めるばかり。辻褄の合わなさに思いを至らせる余裕はないようだ。 夫は尚もしばらく悠然と構えていたが、ややあって、指を曲げる力を強めたり緩めたりしてから、いきなり妻を抱き締めた。 「本当に馬鹿だな…お前は」 「ふぁ…ぇ…」 「だからっ…攫われないように、鎖につないで、檻に入れて、飼っとくしかないじゃねぇか」 「ふぁ…はい♪」 それから仲直りの印にいつもそうするように、二人は優しく接吻を交した。 ラーミアの生まれ変わりたる生き女神が、ロンダルキアの古城に戻ったのは五日目の朝だった。王と妃が再び一緒に姿を現すと、宮廷は安堵と祝福に湧いた。太陽と月のように、二人は山々のあいだの領土を照らす光であり、繁栄の象徴だった。恐らくはしばしの失踪も神事や奇蹟の一部なのだと、民草は噂し、不安の名残りを押し流していった。 一方で神鳥の化身を護衛するはずだった妖猿の頭に対しては、またしても評価は著しく下がった。常々浅はかなところのある将軍ではあったが、よもや麗しき奥方に懸想し、邪な想いを遂げようとしたのではないかという噂が立ったのだ。 引き金となったのは、帰還当日の出来事。皆が集まる広間で、トンヌラは何故か、魔族の姿に戻っていたバズズを見て、何故か羞恥に耐えかねるように視線を逸らし、隙かさずズィータが部下へ鉄拳を振るったのだ。 デビル族の長は訳が分からぬようすを装っていたが、実際は外聞の悪い心当たりがあるはずだと、誰もが信じていた。尤も大勢はこうも考えていた。妖猿には、穢らわしい真似をするだけの勇敢さはなかったに違いない。代わりに神鳥の化身に些細な粗相を働き、尊厳を傷付けたのだろう。故に竜王は一刀のもとに斬り捨てはせず、ただ一発の殴打のみで済ませたのだと。 当の闇の后には大事がないのは、すぐに知れた。戻ってしばらくは疲れから臥せっていたものの、数日もすると床を離れて、下々に明るい笑みを見せ、いつも通りの生真面目さで執務をこなすようになったのだ。 とはいえ僅かな、しかしはっきりとした変化はあった。家族や近習にしか察せぬような細かな振る舞いの違いではあったが、国母の気性をよく知っているなら驚きを覚えずにはいられない差異だった。 以前なら夫が、衆目の前で淫らがましい真似をしようとすると、妻として控えめながらも窘めたものだが、そうした慎みをすっかり失ってしまったのだ。 省みれば、嫁いだばかりは痛めつけられた仔犬のように怯えいじけた双生の娘が、王妃としての暮らすうち無意識に気高さや淑やかさ、成長と円熟の証をまといつけていったのだろう。だがいずれもまったく損なわれたといってよかった。 昔に戻ったトンヌラはほとんど卑屈といっていい恭しさで伴侶に尽くし、力強い手が乳房を握り、冷たい唇がうなじに触れるたびにあられもない喘ぎを零した。 神鳥の化身が鎮めの役割を果たさなくなると、竜王もまた鎮まりつつあった暴虐の面を幾分か甦らせたようだった。まだ家臣に牙を剥くところはなかったが、城勤めの魔族のあいだには、恐怖の余り出仕が難しくなるものさえいた。 しばらくしてハーゴン派の襲撃で受けた宮殿の損傷も塞がり、内部に再び魔法の暖気が循環し始めると、真央にある君主の住居では、昔のように裸身の奴隷が歩き回るようになった。子供ができてからは許されていた黒衣さえ剥ぎ取られ、首輪に紐を通されて、雄を誘う雌らしく丸々とした尻を振りながら、時に四足で、時に二足で、主人のあとをついていく。 竜王はどこであろうとも美しい家畜を貪った。廊下で、居間で、食卓の上でさえも。かつては連れ合いの抵抗に遭ったような生活の場で、思うさま相手を犯し抜くのは、悪童が親の戒めを破っていたずらをするのに似た喜びがあるらしかった。 尤も攻めの激しさは、子供の戯れで済みはしなかった。外では分からぬとはいえ妻の白い膚にはやがて痣が増え、寝不足のために双眸の下には隈が濃くなり、食欲さえ減じたようすで、娘のカリーンが不安がったほどだった。あまり料理が喉を通らなくなり、普通に過ごしていてさえふらつくようになると、夫は口移しで無理に流し込んだ。 だがズィータは夜毎の玩弄を抑えようとはしなかった。トンヌラは段々と醒めていても夢現となり、いつもどこか蕩けたような笑みを浮かべ、幽世の妖精のような風情になった。特に故郷サマルトリアからもたらされた苺の温室で過ごす際は、まるで陽だまりに置かれた一輪の黄薔薇のようにもみえた。 片手に鉢を持ち、ほっそりした指で熟した実をもいで、口へ運びながら、瞳はどこか遠くを窺がう。唇の端から紅の果汁が筋になって垂れても、拭おうともせずぼうっとしている。 「おい。いつまで待たせる」 「ぁ…申し訳ありません…ご主人様」 叱責に我へ返った妃は外向けに着る裾の長い黒衣を翻し、王の傍らへ寄ると、鉢を地面に置いた。次いで、大きく足を開き、裳をめくった。肌を隠す厚い布地の中は、しかし下穿き一つなく、むっちりした太腿と、手入れを禁じられて濃くなった金の叢が剥き出しになっていた。 股から尻にかけては、便所の落書きとしか表現しようのない、下品な罵詈雑言が書き連ねてある。ルプガナの場末の売春婦でさえやらないような、男の関心を買うための余興。そこだけ偽りの性を主張する細茎は、興奮に勃ち返っている。 「今日は貞操帯をつけていないのか」 「はい♥」 「言い付けを守らなかったな」 「はい♪駄牝のトンヌラは、すぐに肉穴にはめてもらえるように、勝手に外してきちゃいました♪お仕置きしてくださいっ♥」 「ほかの男に見られれば、犯してくれと言っているようなものだがな」 「その時は命懸けで戦いますから…ご主人様の便器の印、つけたままでいられるように」 「ふん。さっさとやれ」 「ふぁい♪」 トンヌラが張りのある双臀をわななかせると、金毛に縁取られた柔襞を開いて、潰れた苺と緋の液が鉢に落ちる。一つ、二つ、三つ、四つと、合計で十個ほどの果実が法臘の器にたまる。 夫の見守る側で、妻は恍惚の息をつくや、裾を捲らったまま屈み、手を後ろに回すと、服の綴じ目を外していった。やがてたわわな両胸を外気に放り出すと、紡錘型に垂れた鞠の尖端を、鉢に向け、小気味よい動きで搾り出した。みるみるうちに乳がしぶき、苺の赤と混じりあって薄桃になる。 奇妙な一品ができあがるや、奴隷は着衣をなおし、貴婦人に相応しい体裁を繕ってから、しかしまた跪いて犬食いする。主人が近付くのを感じて頭をもたげ、開いた口のあいだに果実と乳の混ざりものが絡んでいた。 王はためらいもなく口付けをして、唾液とともに酸味と甘味、野の匂いを楽しむと、洋袴の前をゆるめてから、妃の腰を掴んで膝に乗せ、一息に貫いた。親が幼い児を抱くような、対面に座った姿勢で、二人はつながり、接吻を交えた。 「…ぷはっ…お味は…いかが…ですか…」 「悪くはない」 黒髪の青年がむっつり呟くと、双生の家畜は、夜伽の激しさに少しばかり面窶れした顔を朱に染めて、子供が駄々を捏ねるように腰をゆすって、剛直を締め付けた。 「ごしゅじん…さま…」 「ふん…」 飽きもせずまた唇と唇を重ねようとした刹那、温室の空気がかすかに動いた。 「母さまぁ」 だしぬけに聴こえた王女カリーンの声に、さすがにトンヌラも背筋を強張らせると、急いで模裾を下に引っ張り、接合部を隠した。 「な、なぁに…カリーン」 「また父さまが…ずるい…。わたし、きのうも母さまとお菓子つくるのがまんしたのに…」 硝子の小屋へ入ってきた娘は、母恋しさを素直に表して、父へ妬みの眼差しを向けると、ややあって不思議そうに首を傾げた。 「母さま…だっこしてもらってるの?」 「そ、そうだよ…あの…んっ」 妃は答えながら細かく肩を震わせた。折角引き降ろした裳裾の裏へ、夫が黙ったまま手を滑り込ませてくるのを、どうにか止めようとして、結局侵入を許すと、切なげに喘いでから、なけなしの気力を集めて母の顔を作る。 「母様はきょ、今日、…ごしゅ…父様に可愛がってもらってるの…おふっ!?」 懸命に笑みを保って答えながらも、睫の端には涙の珠が溜まり、全身に走るわななきを殺しきれない。夫は妻の菊座へ三本の指をまとめて捻じ込み、裏側から腟を擦りながら、もう一方の手で赤ん坊をあやすように金髪を優しく撫でる。 稚い姫宮は無邪気に相好を崩した。 「ふふ、母さまほんとにあかちゃんみたい。かわいい」 「や……ひっ…ぐっ…」 「カリーン。こいつはもうしばらく俺だけで使う…バズズとでも遊んで来い」 「えー…はーい…」 王女は露骨に不満そうに、しかし大人しく部屋を出て行った。足音が遠ざかると、ズィータは軽く瞼を閉ざしてから、いったん肛孔へねじこんだ手を抜き、改めて五本の指を揃えて突き入れた。 「かぁっ…!!!!!!」 「もう我慢しなくていいぞ」 「ぃ…いっぎゅううううううう!!!!い゛ぎま゛ずぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ!!!ごしゅじんざまぁあああああ!!!」 双孔を同時に抉られて、妻は泪と洟と涎を垂らしながら、髪を振り乱し、絶頂に達した。先ほどまで辛うじて装っていた母としてのの顔などかけらも残っていなかった。 夫は、まだ当分は固いままだろう巨根を、具合のよい蜜壺にめりこませたまま、相手を人形のように揺すぶって、連続して果てさせる。快楽を得るというより、伴侶の過敏なまでの反応を娯しんでいる風だった。 「ひ゛ぃ゛…ぁ……あぐぅ!!!!!…ぁっ…ぎぅうう!!」 逝きすぎて辛いのか、妃はべそをかきながら、ほかに頼るものもなく、ただ王の首にしがみついては、また官能の坩堝に放り込まれ、絶叫を迸らせては、犬のように舌を突き出して余韻に漬る。幾度繰り返したか、次第に痙攣が弱まってくると、ズィータはトンヌラの裾をまくって、また下品な落書きを露にし、ふくよかな尻肉を乱暴に握り込んだ。 「ふぐ…ぅっ…」 「しかしな。お前をいつまでも妃にしておくと、面倒だな。がき共がもう少しでかくなったら…身分は剥奪するか」 「っ…!?…ぁっ…」 「そうすれば、お前を俺以外の奴に会わせる必要もないだろ…ずっとこの小屋にでも入れて飼っとくか…」 「ぁ…そんな…の…」 「文句があるのか」 鉤爪のような指を獲物の双臀に食い込ませながら、夫は静かに尋ねる。妻は痛みにまた息を詰まらせてから、蕩けた表情で答えた。 「うれしい…です…」 「勘違いするなよ…別にがき共から母親を取り上げるつもりは…ない…だが…お前は俺の…俺だけの…っ…」 黄金に煙るズィータの眼差しに、どこか淋しがりや少年の陰をみて、トンヌラは喜悦に溺れながらも、胸の奥でわずかに困ったような、くすぐったいような心持ちが起こるのを覚えた。 傲慢で兇暴な竜の王は、すべてを欲しがっているのだ。本当は臣民や家族にさえ、一かけらだって分け与えたくない。女神がほかへ向ける笑みの一つ一つに嫉妬し、不満を溜め込んでいる。どれだけ幸せを攫んでも、まだ足りない。小さな頃腹を空かしすぎて、幾ら食べても満腹になれない男のようだった。 「…ごしゅじんさまが…おのぞみなら…あ、で…も…」 戸惑いと恥ずかしさと、温かさが、鳩尾のあたりから漣となって広がる。 「もう…っ…ちょっとだけ…まって…いただか…ないと…はぅっ…んっ…」 「っ…ん…?」 ロンダルキアの君主は敏くも伴侶の言葉の調子から何かを悟ると、まず目を丸くし、やがて相手の華奢な背を強く抱き寄せた。 「ふぁっ…」 「男か?女か?」 「わかりま…せ…そんな…っ…」 「そうか」 青年はゆっくりと抱擁を解いた。あれだけがっついていたのが嘘のように、憮然とした表情の奥からありありと懸念を覗かせ、しかしなおもつながりを解こうとはせず、奴隷の体を玩具にするのを諦めきれぬ未練とで、鬱々としていた。 「まだ…予感…だけですから…大丈夫」 「予感?予感だと?ち…っ…たわごとを」 まだしばらくは妻の体をもてあそべる嬉しさと、期待を裏切られたつまらなさで、複雑そうにしながらも、夫はまた乱暴に腰を使い出した。 神鳥の化身は、竜王の下で歓びを囀りながらも、ふとまた思いをほかへ逸らした。かすかな心配。面映さ。諧謔。霊感が告げる受胎も、いつ種がついたのかまでは分からない。あるいは、あの時、洞窟での営みが引き金だかもしれないのだ。生まれてくる子供が漆黒の毛皮を持った狒々だったら、夫はどんな顔をするのだろうと、妻は少しおかしいのだった。 |
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