Alef of Tinplate

冒険の書と復活の呪文が織り成す、幾千幾万幾億もの可能性の世界。夜毎織り直され、無限の幅と丈持つ多彩な一巻きの布。

ある時、ある場所で、ある選択が為されていれば、すべては変わり、すべては移ろう。たった一人の王子の名、旅立って初めて倒した魔物、愛した人。出会いと別れ。擦れ違うべき運命、擦れ違わざるべき運命。

されど常に同じローレシアの宮殿。古さびてなお威風並ぶものなき武の国の中心。城門は高く、壁は厚く、(つわもの)はいかめしい。さらに歴代の王が打ち負かした敵をつなぐ牢はいつも暗く、頑丈で、無慈悲で、悲しみを蟠らせている。

王子アレフ、ローラの名を戴く所領の唯一人の後継ぎにして、剣一振りを以って滅びの神を倒し、邪教徒の企みを挫いた真の勇者、あざなを”鉄葉の腕”と呼ばれる若者は、克ち得たばかりの許婚を伴って、監獄の塔深くへと降りていくところだった。

「さあ急いで」

爽やかに笑う精悍な面差しは、しかし左半分を薄い火傷のあとに覆われ、非対称にひきつれている。右の腕は逞しくしなやかだが、反対側はいびつな鉄葉細工だ。生身の方の手に引かれているのは金髪の少女。虚ろな眼差しを、伴侶の背に注いでいる。男女は螺旋階段を早足で駆け下って、闇の濃い最下層へ辿り着いた。

地下の独房。日も月も星も差し込まぬそこに、囚人はいた。いや人とは言えないかもしれない。紫の鱗に包まれた皮膚に、凶々しい牙と爪。杭を打たれた翼は巨大な蝙蝠の如く。腰からうはうねる尾がのびて、金っぽい音をさせながら、鋭い尖端で床を擦っている。古代の彫像のごとく荒々しくも美しい容貌は、石のように強張って動かない。

「やぁ兄上」

ロトの末裔はにこやかに挨拶すると、連れを傍らへ引き寄せた。

「僕の許婚を紹介するよ。サマルトリアのトンヌラ姫だ」

奇妙な響きのする名前に、異形はかっと黄金の瞳を開くと、犬歯を剥いて前へ進み出ようとし、檻に当たると見えない力に弾き飛ばされた。

「懐かしいだろ?かつては王子のいでたちをして、兄上と一緒に冒険していた人だもの。いずれ王位に就くべき病弱な弟に厄除けの女装をさせて、姉は身代りに王子として邪教徒征討に趣く。泣かせるよね。お隣の国も」

「…ータ様…」

アレフはこれ見よがしにトンヌラの頬を撫でながら、魔性の虜囚に語りかける。

「…本当にうらやましかったよ。ムーンブルクのマリア姫と、両手に花でさ。それがこんな事になるなんて、運命は残酷だね」

楽しげな長広舌の続くあいだ、金髪の娘は笑いもせず、泣きもせず、ただ食い入るような視線を、かつての戦友の変わり果てた姿に注いでいた。

ローレシアを表す青装束をまとった若者はかすかに目を細めると、伴侶が着けた新緑の裳裾の上から胸に指を這わせ、乱暴に揉みしだいた。

「ひぁっ…」

心と裏腹に甘い喘ぎを漏らして、サマルトリアの王女は悔しげに唇を咬む。細い眉が震え、下げた両腕の先で握り締めた拳が白くなっている。意図した通りの反応に、許婚は愉悦の印に口の端を釣り上げると、身動きのままならぬ兄へと尋ねかけた。

「随分仕込んだみたいじゃない?マリア姫の純潔は穢さなかったのにさ?僕には分からないんだけど。それってどっちを大事にしてたのかな?」

「やめて…」

「うるさいなトンヌラ。ちょっと黙っててよ。僕は兄上と話してるんだ。ねえ?」

「グゥゥゥ…グオオオオオオオ!!!」

紫鱗の半妖は、牢内に殷々と撥ね返る咆哮を発して突進した。だが再び鉄格子の前で色も形もない障害が阻み、したたかに反対側の壁に叩きつけられる。衝撃で天井から欠片が剥がれ落ちる。勇者は無言で嘲ると、凍りつく姫君のうなじに舌を這わせた。

「お話をしてあげるよ。僕の可愛い人。君が慕ったあの傲慢な王子はね。穢れた竜の血を引くできそこないだったのさ。信じられないだろう?この国最強の騎士と言われた男がさ…でも真実なんだ…」

「…ぁ…ぁ…」

「ロンダルキアへの旅を途中まで共にした君なら、人間離れした強さをよく分かってるはずじゃないか。兄上はね。今は我がローレシアに貢従するラダトームの地に、父上が遠征した際の子なんだ」

まだ語句が理解するだけの悟性を残しているのか、竜人の雄は唸りながらしつこく檻に爪を伸ばし、撥ね返される。ロトの裔は同胞たる娘の耳を甘咬みし、嫌悪と官能の半ばするおののきに満足げな息を吐く。

「古都と海を挟んで城を構えていた竜王の孫を屠り、その娘を無理矢理に娶った。まだ少女のようだったドラゴンの化身から、兄上は卵として産み落とされたんだ。余りにも大きく、母体は耐え切れずに死んだ」

「そ…んな…」

「ふふふ。そうさ。生れから呪われていたのさ。それが人間のふりをして…勇者などと…相応しくないよね?だから僕が交代してあげたのさ。混じりけのない、純粋のロトがね。物語のためはローレシアの王子が居ればいい。それが途中で別人になろうと、青い衣と鋭い剣さえそこにあれば、誰も構いやしないのさ」

アレフはトンヌラの腰に腕を回すと、きつく抱き締めた。檻の奥の兄は燻る眼差しでじっと二人を凝視している。足の鉤爪は深々と石床にめり込んでいた。

「見てごらんよあの嫉妬に狂った顔。不様だよね?あれがいつも肩で風を切って歩いていた騎士殿の正体さ。みじめで、醜くて、卑しい魔物。こんなやつに僕の左腕を奪われるなんてね!」

機械仕掛けの指が生けるものの如くに蠢いて少女の顎を掴み、真直ぐ昔の恋人の方へ向けた。

「だけど僕は、もっと多くのものを奪ってやった。二人の仲間。世継ぎとしての将来、英雄としての誉れ、もう兄上は影で、僕が光さ。民草が賛え、詩人が歌うのはおぞましい蜥蜴なんかじゃない!鉄葉のアレフだ!」

勇者は呵呵大笑すると、素早く指を滑らせて、姫君の円かな双臀を弄び、尻朶を鷲掴んで痛みの悲鳴を漏らさせた。

「聞こえる?兄上のものだった女の声がさ?こいつは頑固でね。妃になるまでは子作りをさせないどころか、唇まで許そうとしないんだ…でも…見てよ?」

鍍金した鋼の手が、いきなり緑の裳裾の縁を捉えて、一息にたくし上げる。股間を隠す下着はなく、露になった山吹の茂みの中には、紅い花蕾を貫いて、大粒の金剛石が付いた銀の指輪が嵌まっていた。ついに幼さの残る双眸から硝子珠のような涙が溢れ、あどけない唇から押し殺したすすり泣きが漏れる。だが許婚は腹一杯餌を食べた猫のように舌で口の周りをぬぐって、明るく台詞を継いだ。

「分かる?僕とトンヌラの誓いの証だ。僕は兄上と違うからね。無理矢理想いを遂げたりはしない…ちゃんと祝福されながら…結ばれるよ…じゃあね?」

「…タ様…やっ…もう少しだけ…もう少しだけ側にいさせて…」

「こんな気味の悪い魔物の側にいて何が面白いのさ。さあおいで。もっと面白いものを見せてあげる」

鉄棒にしがみつく連れをもぎ離すようにして、ローレシアの王子は去っていった。もう独りの王子はあとの闇に置かれて、低く、小さく、しかしきしるように重い呻きを続けていた。


「おお!!しゅごおぃ!!ルルのけちゅまんごぉ!まんごぉ!とろとろなのにひぃ!きちゅきちゅなのぉっ♪」

「ひゃぐぅっ…マリアしゃまぁ!マリアしゃまぁ!マリアしゃまのふたちんぼぉ大きいれしゅぅうっ!!ぼくのおひりぃ、けじゅりゃりぇてりゅぅっ!ふぎぃぃっ!」

純白の衣裳に花冠、薄紗で身を飾った丈高い娘と、同じ格好をした小柄な少年。二人の花嫁は、狂ったようにまぐわっていた。

ムーンブルクのただ独りの生き残り、王家再興の希望の星となるはずだった王女マリアは、あるはずのない雄の器官を生やして、サマルトリアの女装の弟王子ルルを犯していた。かつては魔道書を繰るのに慣れた細く長い指が、薬の影響で膨らみかけた男児の胸に食い込み、ハーゴン教団の生き残りによって生やされた疣だらけの剛直が、よく開発された菊座を抉って、腸液を噴き零させている。

「でりゅ!でりゅよぉっ…ルルゥ!!ルルのおなかにぃっ…わんこの子種ぇっ…でりゅよおおお!!」

「ひゃひっ…くだしゃい…マリアしゃまの赤ちゃんのもとぉ…いっぱひ!いっぱひぃっ!」

大小、年上と年下、男と女であるはずの二人は逆転した関係に溺れながら、唇を套ね、ひしとしがみついて同時に絶頂に達する。

「良かっただろ?ロンダルキアの魔法で、病弱だった弟君があんなに元気になってさ?」

「ああ…ルル…どうして…」

アレフは冷たく硬い左手に葡萄酒の盃を持ち、右手に柔らかなトンヌラを抱いて、見世物を心行くまで楽しんでいるようだった。

「ルル君はね。君が僕と結ばれると聞いて、乗り込んできてね。そんなはずはない。君は、あの牢屋の魔物と結婚するはずだなんて、とんでもない戯言をほざくしさ。マリア様もうるさいんだ。すっかり女王気取りで、長幼の順とかよその国にまで嘴を入れて…あの人…僕を婿にとるつもりだったんだよ?ただ政のためだけに…だから真実の愛に目覚めて貰ったのさ」

ようやくと鶏姦を終えると、金髪の花嫁は肛孔から白濁を垂らしながら、四つん這いになって向きを変え、もう片方の花嫁の、なお隆々とした雄の印にむしゃぶりついた。

「んっ…ルルのおごぉぉぃ…あちゅくって、やわらかくって…わたくしの汚ちんぼぉ溶けてしまいそうですわぁっ♥」

「うむぅっ…マリアしゃま…ちゅぶ…のぉ…おっきひのぉ…おいし…れしゅ…精えきぃ…したにかりゃんで…なまぐしゃくて…たまんなぃ♪」

ロトの裔はくすりとすると、膝に拳を置いたまま俯いている伴侶を一瞥した。

「ルル君もさ。非力なくせに口だけは達者だったよ。僕に降伏した悪魔神官たちが、ホイミスライムでマリア様を躾てるあいだ、ずっと喚いててさ。二人だけにしておいたら、一丁前に慰めたりして…優しいのは君の弟だけはあるよね」

双生に作り変えられ、絶望に打ち拉がれる年上の娘を、幼い少年は自分が娶ると約束して励ました。必ずローレシアの親王の魔の手から救い出すと。騎士気取りで。

だが今のルルにか弱いながらも凛々しいサマルトリアの世継ぎの面影はない。薬と魔法によって四肢は柔らかな輪郭を帯び、平らだった胸もかすかに丸みが出て、顔立ちも姉に似てたおやかさを増していた。何よりも表情が淫蕩な雌のそれだった。

マリアは二度目の射精を終えると、小さな恋人がすべてを嚥下するのを待ってから華奢な胴を優しく引き寄せる。たわわな乳房にあどけない顔を埋めさせながら、腰から下をまさぐって菊座を探り当てると、躊躇なく指を捻じ入れ、易々と拳まで納めてしまう。

「はぐうっ!!」

「ルル…ルル…約束…復習しましょう♪」

「ふぎっ…ぅっ…僕はぁ…マリア様の”妻”になりましゅぅっ…くちとおしりしかちゅかえない…欠陥品の”肉便器妻”でしゅ…が…マリア様の…雄ちんぼぉ様を納める容器として…末永くお使いくだしゃいぃっ…はぉおお!!」

ムーンブルクの双生姫が手を引き抜くと、サマルトリアの女装王子の緩みきった尻穴から勢いよく白濁が噴く。痙攣する”妻”を抱き締めながら、”夫”はうっとりと尋ねた。

「王位はアレフ様に差し上げるのでしょう?」

「ひゃいっ…”便器”が王様になるなんてぇ…おかしいでしゅからぁ…♪」

「わたくしもルルを奴隷妻として下げ渡して貰う引き換えにムーンブルクの継承権は手離してしまいましたわ。でも後悔してません…ルルのケツ孔の具合に勝る宝はありませんもの♥」

「僕もぉ、僕もマリア様の雄ちんぼ様だいしゅきれしゅぅっ…ローレシアの下町でぇ便器しゅぎょうした時もぉ…ずっとマリア様のだけ考えて耐えたんれすぅっ…」

「可愛い子…今度は二人で皆さんにして戴きましょうね…ローレシアの双生娼婦と女装娼婦として、あそこが壊れて戻らなくなるまで♪」

「はひ♪」

濃厚な口付けが始まる。

アレフは軽く金属質な拍手すると、立ち上がって素焼きの瓶から盃へ酒を注ぎ直した。

「三国の問題も解決だ。あとは何かな…?気にかかる事でも…?」

「…こんな…の…おかしいよ…あなたは…どうして?」

「うん。そうだね。当事者だったらおかしくなってくるけど、僕はなるたけああいう穢れとは距離を置くよ。今日は君に弟さんの成長した姿を見て貰いたかっただけさ。僕はおかしくならないよ。君が居るからね。君とは幸せな家庭を築くつもりなんだ。いつも笑いが絶えない、円満で温かなね」

「…そんな…他人を…陥れて…」

「関係ないよ。人間は周りさえ安定していれば、外でどんな悲劇が起きていても、幸せに暮らせるのさ。孤独にも、自責にも苛まれずに」

ローレシアの王子は、いかにも好青年らしくにっこりして、盃を上げた。サマルトリアの王女はもはや答えるべき言葉もなく、ただ青褪めて首を振るだけだった。


夜更け。城の衛士もうつらうつらと睡みかける時刻。

トンヌラは緑の裳裾をからげて、忍び足で牢のきはざしを進んでいた。やがて目的の場所、竜の捕われた独房へ達する。

「…ィータ様…起きていらっしゃいますか」

囁きながら、どうか眠ってくれればいいと願って、格子に指に伸ばし、鉄棒を握り締める。あれほど異形の虜囚を苦しめた魔法の力は、金髪の娘には働かなかった。

「…っ…」

サマルトリアの王女は歯噛みする。バリアならトラマナで無効にできる。だが檻にかけられた呪文はトヘロスだった。何倍にも高められた結界の呪文。人間には意味を為さないが、魔物にとっては侵し難い障害だった。おまけに鋼の格子はどんな怪力の男でも壊せそうにない。

「…マリアのように…アバカムが使えれば…」

だが頼みの親友はすでに闇に堕ちてしまった。もはやかつての仲間や大切な家族を救う術はないように思われた。豪放磊落なローレシアの第一王子に取って代わった細心な第二王子は、ほとんど隙を見せなかったのだ。

やっと盗んだ時間。珍しく酒を過ごしたアレフの側を離れて、ようやくと愛する人の側へ戻れた。もう二度と得られないだろう好機。

「…金の鍵も…銀の鍵も…牢屋の鍵も取り上げられてしまいました…二人で来るはずだったけど…マリアはもう…だからね…わた…僕に…できるのは…」

「グルルル!!」

暗がりの奥から、竜の化身が唸る。脅すように、いや、思いとどまらせようとするように。トンヌラは微笑んで、格子に身を押し付けた。

「…ここを出たら…マリアと…ルルを助けて…お願い…」

「ガァアアアアアアア!!!!!!」

「ごめんなさい…ごめんね…私の…僕の…相棒…さよなら」

猛る半妖が望みのない結界へ体当たりを試みようとした矢先、震える唇がメガンテの呪文を口遊んだ。

絶望の咆哮が響き渡る。

だが、おののく少女の心臓の数拍を打っても、来るべき爆発はなかった。代わりに背後から、耳に突き刺さるような嗤いが響く。

「く…くははははははは!本当に…本当に思った通りに動くんだねぇ君って…」

「アレフ…様…」

ぞっとしたサマルトリアの一ノ宮が振り返ると、ローレシアの世継ぎは鉄葉の腕をがちゃがちゃと鳴らしながら階段を降りてきた。

「いいよ様なんてつけなくて。まもなく僕等は夫婦になるんだからさぁ?それより不思議だろ?君のとっておきの呪文が不発になった理由」

「…っ…まさか…」

「そうだよぉ?君の大事なところに付けさせてもらった婚約指輪さぁ。あれはね。マホトーンの魔力が込められてるんだ。君がザラキやメガンテみたいな物騒な呪文で僕の寝首を掻けないようにねぇ…まさか身を呈して兄上を救おうとするとは思わなかったけど…でも備えあれば憂いなしってね」

若者はいきなり乙女の腕を掴むと、逆手に押さえ込み、格子に体を押し付けた。

「ひっ…」

「逆らうなよ?君のしょぼい体術でさ。マリア様と一緒で僕に襲い掛かってきた挙句。どうなったか覚えてるだろ?二人とも白い背を並べて…紅い鞭の痕は綺麗だったけどさ…僕は兄上と違って女を甚振って興奮する趣味はないんだよ…」

トンヌラは全身が瘧にかかったようになるのを止められなかった。愛する人の前で屈従を示してはいけない、抗わねばならないと頭では分かっているのに、体は教え込まれた痛みと苦しみの記憶に痺れ、わななくばかりだった。

「忘れないで欲しいな。マリア様もルル君も、まして君の大事な兄上の命だって。僕の気持ち次第なんだぜ…ほら…練習した通りにしてごらん」

金髪の娘は頬に熱い涙を伝わせながら、両手で衣の端をつまんで捲ると、凝乳の艶を帯びた太腿を剥き出しにして、腰をくねらせて媚態を作った。ひきつった笑みが仮面のように張り付く。

「あ…あなたのもので…ト…トンヌラのいやらしい粗相の場所を埋めて下さい…結婚まで…子産みの穴を使わぬ代わり…どうぞ存分に味わって下さい…」

「どう?兄上?この女はすっかり僕のものだよ?兄上はそこで指を咥えてみてなよ。サマルトリアの姫君が弟に抱かれてどんなに乱れるかをね」

若者が我が物顔で少女の尻朶に手を置いた刹那、闇の向こうで紫鱗の魔物が再び暴れ出した。だた単なる怒りの発作ではない。病にかかったようないびつな動きだった。肩が膨れ、胴が張り出し、四肢がねじれのたうちながら、太さを増す。鋼索を縒ったような筋肉は質量を多くし、ついには部屋につかえるほどに大きくなる。

「…何だ…」

今や人間としてのうわべを完全に失い、一頭の有翼のドラゴンと化した第一王子は、トヘロスの呪文を強引に押し退けて、鉄格子を掴むと、飴細工のようにねじ切った。

「グルルルルッ…」

「嘘…だろ…その姿…まるで…伝説の竜お…」

「ウゴアアアアアアアア!!!!!」

竜は吠えると、鉤爪の生えた手で姫君をひったくり、尾の一撃で勇者を弾き飛ばした。

「がはっ…くそ…」

血を吐きながら起き上がったアレフは腰に手をやって剣を吊ってこなかったのに気付く。らしくもない失策だった。許婚が恋敵のもとへ向かったのは予想に違わぬ行いとはいえ、やはり動揺したらしい。慎重さを伴侶として過ごしてきた生涯において、最大の、痛恨の過ちだった。

「待てよ…兄上…僕は武器を持ってない…対等じゃないぞ?それで僕を倒して兄上の気が晴れるのか?」

ドラゴンは答える代わり、にやりとすると、灼熱の炎を吐きかける。ロトの末裔は二の句を継げぬうちに灰と変わった。ただ溶けかけた鉄葉の義手だけを残して。


「んむ…ルル…ん…もっと…」

「マリアしゃま…んっ…よだれぇ…甘い…」

「ちょっといい加減にしてよ!二人とも」

弟と親友が睦まじく舌を絡ませる傍らで、トンヌラが真赤になって叫ぶ。三人の髪を激しい上空の風がなぶり、声を途切れ途切れにさせていた。一行が座っているのは巨大な竜。城を覆うほど広い翼を持つ太古の種属の鱗ある背だった。

「うるさいですわね…せっかくいいところなのに」

「ふぇ…マリアしゃまぁ…止めちゃうのぉ?」

「っくー!!!前に旅の途中で僕がされてる時はいつも不潔!とか言ってただろ!」

胃がもたれるいちゃつきぶりに、サマルトリアの一ノ宮は拳を振り回すと、平衡を失って鞍からずり落ちそうになり、慌てて姿勢を直す。一方のムーンブルクの王女は恋人を抱き締めながら遠い目で呟く。

「ローレシアの鬼畜兄弟と、わたくしとルルの関係を一緒にしないで下さい」

「鬼畜兄だい…僕は兄の方としかしてない!!お、弟の方からは死守した!」

「鬼畜は否定しないんですのね…まあ…こんな体になったら、これからどうなるかは分かりませんけど」

ぺちぺちとドラゴンの背を叩きながら、マリアは薄く笑うと、また関心を人形のような少年に戻して、耳に淫らな囁きを注ぎ始める。ルルはくすぐったげにしながらも、幸せそうに年上の伴侶に肩を預けていた。

トンヌラはうんざりという表情で視線を逸らすと、船の檣のように太く真直ぐな長虫の首をじっと観察する。

「もう…戻らないのかな…」

”うるせぇな。アレフガルドの竜王の城へついたらラーの鏡を使えばいいだろ”

頭の中に声が飛び込んでくる。ぎょっとして見回してから、やっと乗っている竜が話し掛けてきたのだと合点がいった。

「…話せるの?」

”ああ…やっと意志の通じ合わせ方が分かってきた…飛ぶのを覚えながらだと苦労する”

「わ!集中して!飛ぶ方に!」

”言われなくても分かってんだよ!おいトンヌラ…”

「ふぇ?ひゃ、ひゃい」

また涙含んでしまう姫君に、ドラゴンは不機嫌そうに話しかけた。

”あのろくでなし野郎に…本当に何もされなかっただろうな…”

「…なにもされなかった…っていえば…されたけど…されなかった…かな?あの、女の子とした経験とか…ないみたいで…わた…僕が嫌がったら…でも…道具とかは…使われたけど…あと叩かれたりとか…吊るされたりとか…」

”け…童貞の変態か…昔からいけ好かないがきだったが…まあいい。もう忘れちまえ”

サマルトリアの王女はくすっと笑って、鱗ある背に指を這わせた。

「忘れ…させてね?」

”…お…おお…任せとけ”

トンヌラがにっこりして何か言いかけたとたん、顔に下着が張り付く。風に乗って飛んできたらしい。青筋を立てて振り向くと、マリアがルルの服の下を捲って、一戦始めようというところだった。

「あら…ごめんなさいませ…」

「はわ…お姉ちゃん…あ、あっち向いてて…よ」

「いい加減にしろこの色ボケどもおおおおおお!!!!」

背中の騒ぎを耳にしながら、ローレシアの王子だった竜は、千ものふいごを併せたような溜息を吐くのだった。

”なんだかなぁ…”


邪教徒討伐からほどなくして、王家の子弟がそろって忽然と姿を消したために、ロトの血を引く国々はそろって大混乱に陥った。死せるハーゴンの呪いだとか、シドーの祟りだとか、ありとあらゆるでたらめが風聞となって広がった。

安定の要たる世継ぎを失っために、後継争いめぐって内乱が起きるとさえ危ぶまれたが、やがてローレシアの王は断固たる態度を示して後添えを迎え、新たな子を設けて諸侯の思惑に終止符を打った。

サマルトリアの王は遠縁を養子に入れて事なきを得た。ただこちらは何やら消えた姉弟の行方について知っている節もあり、秘かに城から北西の方へ手紙を運ぶ鳩を見たという噂もあった。事実は定かではなかった。

両国の民心を抑えるのに効果があったのは、勇者アレフの鉄葉の片腕だった。宮廷の中にいつのまにか周到にばらまかれた噂では、若き英雄は命を落としたのではなく、古より蘇りし悪と戦うために遠くへ旅立ったのだと云われた。サマルトリアの王女と王子、ムーンブルクの内親王は供としてついていったと。いつか平和を取り戻し、必ず帰還するという約束の印に、我が身にも等しい金属の義手を置いていったのだと。

破壊神復活のこの方、不思議には慣れていた人々は奇妙な説明を受け入れた。かくて貴賎や老若を問わず、皆はロトの子孫の献身に感謝と祝福の祈りを捧げ、長く寿いだのだった。

勇者、鉄葉のアレフ、万歳と。

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