薄緑の非常灯に照らされた小児病棟の奥で,夜勤の看護士が忙しく働いていた.注射器,浣腸器,胃カメラ,腸カメラ,暴れる患者を抑える為の拘束具.妖しげな治療器具を満載したワゴンが廊下を走り抜け,ベテランから新人まで,揃って見目麗しい白衣の男女が早足で行き来する.
病院の他の場所では,でっぷり肥えた患者が,スプリングの利いたベッドへ横たわり,至れり尽せりの奉仕を受けながらも,新設の部署に出入りする人の多さを訝しみ,そっと夜伽の相方へ耳打ちした.
「ありゃなんだい…よっぽど重要人物でも入ったのかね」
「何でもありませんわ.私の奉仕が不満だから,気を散らされるのですね…ぇいっ…」
「うぉっ…」
女の紫眼が闇に煌く.密やかな口付けの音,あられもない嬌声,尻と尻がぶつかるお定まりの響き,三,四人が一度に乗っているかのような,ベッドの軋み.
毎晩の如く繰り広げられる,淫楽の饗宴.
恐ろしいほど健常で,栄養状態の良い病人.同じく,激務による過労とは無縁そうな,艶めいた職員.およそ生と死の交差する殺伐とした喧騒とは程遠く,ねっとりと快い倦怠の匂いばかりが漂う個室.
此処は,政治家や実業家,特別金払いの良い客だけが入院を許される隠れ宿.世話をするのは皆,粒揃えの美形.用意される食事は,料亭の其すら及ばぬ珍味佳肴ばかり.ホテルと紛う白亜の洋風建築が建つのは,四季を通じて気候の穏かな南の島だ.
周囲にはプール,テニスコート,ゴルフ場,レストラン,ミニシアター,バーが配され,逗留中に得られないものはといえば,ただ退屈だけという行き届きぶり.医療機関の名を借りた歓楽の地,最も危惧される院内感染が性病という,冗談のような,しかし一部の階級にとっては,かねて周知の施設である.
困難を極める脳の外科手術,不治と噂される血液病の投薬治療.もっともらしい理由から入院希望者は引きも切らさない.だが実際は,融通の利かぬ検察が汚職の証拠を握りかける寸前,あるいは執念深い市民団体が徹底的な訴訟の構えを取った矢先,つまり本来尊敬を受けるべき身分の紳士淑女が,無遠慮なマスコミの非難に晒されかねぬ段になって,巷から消え失せ,優雅な「闘病生活」を過す為の場所なのだ.かくなる故あって,清潔そうな表玄関には,毎回趣向を変えて発表される千もの病名に対応すべく,耳鼻科から心臓外科まで,あらゆる看板が揃えられている.
だが,小児病棟とは?
「鬱血もない,綺麗なピンク色だね」