11.
異邦の騎士が,有りもせぬ財宝を狙って寄せた際,エルフの井戸は人馬の飲料を賄い,案内板の代わりを勤めた.指揮者である"赤い男爵"ことグノーフ・タンタクス卿は,オアシスエルフから妻を娶りながら,戦の臨んで彼女を拷問し,井戸の秘密を聞き出したのだ.
侵略軍の実体は沙漠の外縁に領土を接する人間諸侯の連合であり,総数は1800を数えた.太り返った腹の貴族は,サーディアンとは異なり,辺境の厳しい暮らしになど何の興味も無かったが,ただ長命種に対する盲目的な嫉妬と憎悪から,大規模な遠征を企み,エルフの習俗に詳しいタンタクス卿を司令官として,先遣隊を送り込んだ.
かつて自身冒険者だったというこの奇人は,預けられた兵力をおよそ100〜150人程度の分隊に再編成すると,エルフの井戸を野営の拠点にし,次々飛び石のように伝わせる全く新しい行軍方式で,不可能と言われていた焦熱地獄の踏破に成功した.
美々しい紋章つきの鎧を纏った盗賊の群は,翡翠の都の手前に集結すると,砂嵐が過ぎるのを待って森へと攻め入った.かくて都の住人は,実に森の誕生以来初めて,外敵に直面することになったのである.
ジゼルは,枝から枝へ飛び移り,赤炎と黒煙の逆巻く方へと急いだ.腰に吊るした銀の細剣(レイピア)が喧しい鞘鳴りを立てる.だが少女の長い耳は,火事に混じる殺気だった物音に注意を向けており,ぴんと真直ぐになったままだ.
興奮していなかったといえば嘘になる.赤髪に隠された明晰な頭脳は,当然ながら危険を認識していたし,自分が勝手な行動が,長老達を怒らせるだろうことも弁えていた.だが若いエルフの血潮は冒険の期待に沸き立ち,刺激を求める心は,上辺だけの理性などでは抑制できなかった.
いよいよ熱が膚に感じられる辺りまで辿り着くと,いきなり目の前の枝を栗鼠の群が駆け抜け,ジゼルに足を止めさせた.周囲の雑木林はすっかり混乱と恐怖に満ち,置いていかれた野鳥の雛の怯え返った叫びに,獣達が下生えを踏み分ける音や,焦げた空気に噎せ返る息が交じり合っている.
「ひどい…誰がこんな…」
答えは直に解った.眼下に5人ばかり,重装備の兵士が現れると,潅木の茂みに斧を入れ始めたのだ.切り刻んだ細枝を積み上げ,ある程度の山になった所で,ぱちぱちと爆ぜる松明を近づける.疑い様も無く放火の現場だった.
「あいつら…よし,火の精(サラマンダー)よ,不届き者の兜を焼け!」