10.
オアシスエルフの隠れ里を支えていたのは,汲めど尽きせぬ地底の水だった.清々と繁る木々は,街じゅうを網目状に走る暗渠に根を漬しているお陰で,死の渇きを知らずに済んだのである.厚い礫層の下方,固い岩盤を貫いて滔々と流れる暗闇の川こそは,不毛の土地がかつて緑なす原野だった頃を忍ばせる縁であり,今は荒々しい自然を生きる人々にとっての命の源だった.
見えざる大河は,沙漠に染み込んだ天水を集め,遥かな海まで繋がっている.燃え立つ太陽の届かぬ深みには,幾つもの支流が走り,地表に露出する箇所では,オアシスとなっていた.厳しい旅の疲れを癒してくれる清冷な泉は,巡礼によって大地母神(リティヴィ)の慈悲と称えられ,隊商や遊牧民のみならず,追放者や盗賊団のような輩からさえ,等しく感謝の祈りを奉げられていた.
実を言えば,こうした貴重な水場を創造したのも,女神ならぬオアシスエルフであった.縹渺たる黄褐色の広がりの只中に,たまさか水精(ウィンディーネ)の気紛れの如く湧く浅池を,彼等が果樹や砂防林で固め,慰安と憩いの場として整えたからこそ,誰もが利用できる野営地になったのである.
凡そ水と土を扱う業において,エルフに比肩しうる者は無かった.赤髪の妖精は,ただ知識に富むばかりでなく,華奢な外見からは想像もつかぬほど忍耐強い働き手だった.
各氏族は初め,終わりのない仕事のために常若の生を惜しみなく挺し,皮肉を炭に変え骨をも焼くような日照りにも,千里を薙ぎ払う竜巻の群舞にも倦まず苗を植え続けたが,やがて個々に為した成果だけでは飽き足らず,沙漠全てを元の森に還さんとする希望を抱くと,また人間ならば気の遠くなるほど多くの歳月を費やして,互いの集落を秘密の道で結び,間に標として無数の井戸を穿った.
伝承に"エルフの井戸"と呼ばれるこれらの設備を線で繋げば,塵芥の海底を縦横に走る地下水系の,完全な図が描けただろう.尤も大半は,同族以外の目に付かぬようカムフラージュを施されおり,約400年に渡って,造り手を除けば,注意深い遊牧の民砂漠族(サーディアン)のごく一部にしか位置を知られていなかったが.
賢い砂漠族は,屡悪名高い略奪の徒でもあったが,しかし決して,木々の司が住まう処を暴こうなどとはしなかった.ただ耐え難い旱魃が訪れた年に限り,羊の群をエルフの井戸へ導き入れ,乾期をやり過すだけだった.井戸は,どんな暑い夏にも涸れず,1つにつきサーディアンの1部族を潤せた.
だが皮肉にも,この偉大な発明は,最後の最後で翡翠の都を滅ぼす原因となった.