4.

 かつてリフォルが寝枕に語り聞かせてくれた人間の世界は,胸躍るような刺激と興奮に満ち溢れていた.中でも剣の王と暗黒の賢者のお話が娘達のお気に入りで,物語に登場する様々な登場人物,熱い友情で結ばれた冒険者組合や,冷たい血をした傭兵,財宝を隠した迷宮,あらゆる国から珍しい品々の集まる西の都マイターミナオなどは,幼心をときめかせたものだ.勿論お互い一番好きな所は違って,ジゼルは剣や宝物の方に惹かれ,リフォルは,騎士と姫君の恋や幸福な結末に憧れを抱いていた.

 ジゼルは,結婚なんて考えるのも嫌だったが,活き活きした人間の土地へ嫁いだリフォルが羨ましくて仕方なかった.ジゼルが,故郷でも,この翡翠の都でも,突拍子も無いような腕白ぶりを発揮する原因は,エルフ族の暮らしの中に埋れたくないという感情にあったのだ.

「冒険者かぁ…いつかボクだって…」

 でも,刃に映るのは,痩せぽっちの小娘.周囲に聳える森の梢は,天を衝かんばかりに高く,長い影を投げ掛けている.華奢な妖精の身体を,苛烈な砂嵐から護るために年輪を重ね,大地に根を張った頼もしい姉妹達.けれどジゼルにはそれが,檻のようで,切なかった.

「ボクだって,さっ…」

 負けるものかと,つんと顎を上向けてまた歩き出す.もう脳裏には,哀れなレフィのことなどぽっちりも残っていなかった.未来の自分は腰に黄金造りのレイピアを佩き,煌びやかな宝石の護符を身につけ,白い套衣を靡かせて,颯爽と馬を駆る.周囲を護るのは堅くごつごつした椎やブナではなく,生きて血の通った仲間.思慮深い神官や,勇敢な戦士,当然美形の騎士が居たって構わない.憧れは空想の翼にのって,まだ見ぬ外界へと羽搏いていく.いったい誰に笑えようか,孤独は子供を夢想家にするものだ.

 と,嗅ぎ慣れない匂いが彼女の鋭敏な鼻をつき,意識を現実に立ち返らせた.生木が燃える嫌な臭い.砂と木とが領土を鬩ぎあう翡翠の都に,決して合っては為らぬ野火の先触れ.

「…なんだ…?」

 レイピアを鞘に戻し,突き出した根を蹴って幹に飛びつくと,するすると栗鼠のような身軽さで枝に登る.エルフ族が作る長靴の底には,スパイクが打ち込んであり,いつどんな時でも樹上に避難できるような工夫が施されている.

 梢まで来ると,森の東端から濃い煤煙が上がっている.長い耳は,風に混じって油を含んだ樹皮の爆ぜ音や,炎に絡め取られた葉が乾き,燃え上がっていく様子を聞き取る.都全体を覆う穏やかな魔法の気配,気(プラーナ)の流れが乱れ,逆巻いている.

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