3.

 エルフの童児は不安の余り,尖がり耳を垂らし,団栗眼を潤ませて,とうとう大声で泣き始めた.加害者はといえば,平然としており,レイピアを日光に煌めかせながら鼻歌交じりに樹陰を抜けていく.大人びた生徒が,幼い先生をイジメるのは,いつものことだったので,よしんば鳴き声を聞き附けた者が居ても,やれやれと溜息を吐いたきり相手にしなかったろう.

 この凡そ女の子らしい所の無い姫様は,オアシスエルフと呼ばれる希少なエルフの,極めて重要な血筋に属していた.ジゼル,という名も縮めたものに過ぎないが,本名は舌が縺れる程長いので,皆は大抵ジゼル様と呼んでいた.

 浮ついた様子からも解るように,年はまだ,人間でいえば14,5といった所.しかも長命の種族には子供が珍しい為,我儘放題に育てられているのだ.おまけに彼女は,この,翡翠の都の出身ではない.お転婆に手を焼いた近臣達によって,いわば花嫁修業にと里に出された,厄介なお客様なのである.

 エルフ特有の穏やかさや落着きを尊ぶ都の長老達は,受け取った姫君の扱いに困り果て,年の近ければ良かろうと,都で唯一の子供のエルフにジゼルの世話を押し付けた.それが今,一糸纏わぬ姿にされたレフィ少年である.確かに世紀で時を数えるような老人達から見れば,同じ子供かもしれないが,2人の年には人間に換算すればおよそ4才から5才の差があった.当然興味も違えば考え方も違う.年嵩の方は子供扱いされて面白くないし,年下の方は,何をしだすか解らない台風のようなお姫様におろおろするばかりだ.

 遊んだり勉強したりする間にも,絶えず衝突が起き,能力や知力で遥かに勝るジゼルは,こうしてレフィをいびっては,ふらりと独り姿を消してしまうのだった.

「レフィじゃなくて,リフォルが居たらな」

 ふとジゼルの口を突いて出たのは,少女の幼馴染で,レフィ少年の姉にあたる女性の名だ.リフォルは100歳を越えているが,エルフとしてはまだ娘時代を抜け切っていない年齢である.彼女となら話も合ったし,退屈もしなかったのだが.

 残念ながら2年前に,沙漠の向うの人間族に嫁いでしまった.翡翠の都で生まれた娘が,人間と結ばれるなど習わしに無く,時が止まったような此の地には,珍しい波乱に飛んだ大恋愛だったのだが,終ってみると,ジゼルにとっては今の境遇が,化石の庭のように味気くなってしまった.

「ボク,いっそ人間に生まれれば良かったな…」

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