「バイスくーん.るーくん,元に戻してあげて?」
"っせえよ.そいつはもう俺の…"
「バイスには戻し方が分らんだろうな」
どこからともなく石と石を擦れあわせたような声がして,触手の動きを凍てつかせた.
"砂の男(サンドマン)!!"
答えるように,広場の一角が粉々に砕け,砂山となると,むくむくと盛り上がって,長衣をまとった壮年の男の姿を形作る.
「校長先生!」
「え?るーくんの知合い?先生?って,私夢見てるんだよね…うひゃー.今日はこんなにたくさんお客さんが…えと,はじめまして」
「申し訳ない.本来ならば,勝手に他人の夢に潜り込んだりはしないのだが,偶々,誰かが私の砂を使って,勝手に呪いをかけた気配を感じてね」
砂の男は,軽く頭を上げると,小刻みに波紋を広げる虹色の水溜りへ注意を向けた.
「久し振りだなバイス.元気すぎるほど元気そうでなによりだ」
"自分のしくじりの後始末って訳かよ.くそヤロー"
バイスは怯えながらも,戦意を喪わずに罵りを叩きつけた.だが相手は余裕綽々と肩を竦めると,片眉を瞑って頷いた.指は胸襟へ伸び,黒いふくさを取り出そうとしている.
「まぁそうなるな」
"俺が,おめぇの砂使えるようになるって思わなかったろ.あとちょいしたら,おめぇにもヤってやんよ"
「生憎だな.私は強敵が育つのを待つ程おひとよしではない」
会話の内容に戦慄したルークスは,ぱっと立ち上がろうとして,胸の重さによろけ,英子に抱き支えられ,赤面して縮こまった.だが,頭だけはまっすぐ砂の男に向けて,言葉を放つ.
「待って下さい校長先生!」
「ルークスくん.酷い目にあったのだから,静かにしていたほうがいい」
「嫌です!だって,あの,先生,バイスさんは,バイスさんが…悪いのは分りますけど…でも」
「情が移ったのかね…」
真青になって口篭もるルークスを見て,英子がきゅっと眉をしかめた.
「あのぉ…」
「今度はあなたか?すまないが今は取り込んでいてね…」
長衣の男がとりつくしまもない調子で答えると,女子大生は少しもたじろがず,穏かな微笑さえ浮かべて言葉を接いだ.
「ここ,私の夢なんで…」
「それは分るが,あなたの夢を掻き乱す者を取り締まるのが私の役目なのだよ」