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 両の掌を耳にあてる.現実と異なり,風の唸りも,小鳥のお喋りも,車の排気音も,空気を叩くヘリコプターのローター音もない.まったくの静寂.

 雑にクレヨンを塗ったような木々の葉はそよぎもせず,灰色の舗装路は,ぐねぐねと道幅も定まらぬまま,ふやけた格子模様のテーブルクロスよろしく,でたらめな網目状を成して幻の市街の涯まで広がっている.まるで完成する前に放棄されたジオラマのようだ.当然ながら,交差点にも,横断歩道にも,鉄橋にも,ひとっこひとり居ない.

 どうしよう.

 ルークスは髪の毛をくしゃくしゃにして頭を抱え,はっと面を上げた.雲の中で見た景色.夢魔の学校で先生が言っていた.人間は,起きている時一番印象に残った所から夢を見始めるのだと.

 だとしたらバス停か,あの部屋だろう.英子さんは朝出かける時,普段通っているのとは別のキャンパスへ行って,テストの話で大学の教授に会わなきゃいけないって話をしていた.真っ白なテスト用紙,なんだか偉そうな態度からすると,さっきのパールピンクの爪をしたおばさんが,教授なのかもしれない.

 心を決めると,一番近くのバス停へ舞い降りる.乗り口側に建てられた柱に,路線案内が載っていた.駅の名前はほとんど意味不明な点と線に省略されてしまっているが,一つだけ"〜大学教育学部前"という名前が,丸文字で手書きされている.

 少年は,指でルートをなぞって確認すると,小さく頷いた.助走をつけてガードレールを躍り越えるや,車の通らない道に大きく翼を開いて,路面すれすれを滑空する.頭を擡げ,羽搏くと,痩躯はまた風に乗って浮かび,沈黙した町の中を矢の如く駆けた.

 道路の両脇には,不自然なほど均等な間隔を空けて,形の良く似た家やマンションが登場する.通り過ぎるバス停も何故か皆,片側だけしかなく,佇まいも同じ鋳型から打ち出したようにそっくりだった.まるで堂々巡りをしているようだ.

 だが,やがて前方に,雲の影像と瓜二つの緑の土手が現れ,次いでスポットライトを当てられたように,そこだけ光に満たされた停留所が見えて来る.草の艶や,屋根の下の陰影など,他とは比べようもないほど細部がはっきりしていた.間違いない.

 「あったー!」

 さっそく大切な人の姿を探し求める.だが庇の下に置かれたベンチを覗いても,すぐ隣に植わったハナミズキの幹をぐるりと巡っても,人影すら見当らない.ここじゃないんだろうか.

 諦めず,高度を上げて周囲を俯瞰すると,大学のキャンパスらしき敷地と,背の高いコンクリート建築が目に入った.やはり立体の一つ一つが,しっかりした質感を持ち,ぼやけた街の景色から際立っている.

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