虚しく日々が過ぎる内,次第に食痕は稀になってきた.とうとう本部は正体を野犬だったと発表し,季節の変化と共に移動したと結論,非常線を解き,警察人員による登山道の封鎖を停止した.ただ,先の学者だけは,地方紙に別の推測を発表した.群は初め幼獣を抱えていたが,連中が成長するにつれ,消化力が増し,餌の骨や皮を残さず平らげられるようになったのだと.
然乍,過熱した報道にも関わらず,住民は終始一貫して薄い興味しか持たなかった.穢土山を訪れるのは,元々登山客でも限られた好事家だけだった.つまりさして重要な観光資源だった訳でもなく,また過疎化の進む地域でもあったので,事態はうやむやのまま,新聞社や警察の電子記録に未解決の印だけが残された.
勿論ある種の特殊な,政府機関に近しい組織は,水面下で事件にかなり大きな反応を示した.件の論説が新聞に掲載された翌日に,一本の電話が学者の自宅に掛かり,所属する学会の理事から強い調子で妄言を慎むようにとの訓告があった.老碩は,無責任に面白がるばかりで有効な対策を採らないマスコミにもうんざりしていたので,上からの諌めを良いしおとばかり,あっさり身を引く決意をすると,以後の展開には係りを持とうとしなかった.
半月後,県境を越えて幌の掛かった貨物車が五輌,穢土山を囲む廃村の一つに入った.大きな荷台の内二つには,鉄帽を被り,濃緑のつなぎを纏った乗員が満載されていた.彼等は,訓練された動作で素早く装備を積み降し,服と同じ色の天幕を設営すると,自動小銃と手榴弾を携えて,空地に整列した.
肩に縫い付けられた階級章は日本国軍と異なり,何れも漆黒に塗られ,赤い丸の数で上下を表すという意匠だった.しかし将校らしき男がかける号令は,はっきりと自衛隊時代から続く伝統的な方式に則っている.凡そ六十人という変則的な中隊編成だが,点呼の様子をとっても本来の所属は隠すべくもない.
金属質に響く声で幾つかの指示が下され,兵卒は部署に散り,夕闇が迫るより早く陣地の防備を整える.永らく生活の匂いを失っていた場所に,再び煮炊きの火が起された.だが四半世紀,ぶりに訪ったのは,嘗ての住人である炭焼きや百姓とは似ても似つかぬ,死を伴侶とする戦士の集団であった.
子供等は,非情な敵が忍び寄るのを感じ得ず,食べ,眠り,学び,遊び,瑞々しい命の働きを直向に全うせんとしていた.親譲りの長い尾を枝に巻きつけ,鉤爪で幹を登り,鱗に覆われた背と滑らかな胸を寒風に晒しつつ,笑いと,叫びを交互に響かせては,組み打ち,噛み付き,引っ張りっこする.