よくある話 |
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密集した住宅地の路地の奥にある古びた木造二階建てアパートの一階。 人間一人が何とか通れるほどの通路の一番奥の部屋。 木目の板で作られたドアは、開けると耳障りな音を立てた。 正面の窓から入る隣家の明かりで暗闇ではない室内に入ると、ちゃちなつくりのパイプベッドが二つ並んでいる。 六畳一間の粗末な部屋のほとんどをそのベッドが占めていた。 月が緩んだネクタイを解きながら、右側のベッドに腰を下ろす。 「今夜は何処へ行っていたのですか?」 薄闇の中、隣りのベッドから人の動く気配がする。 「どこだっていいだろ」 月は面倒くさそうに答え、シャツのボタンを二つはずした。 「よくありません」 仄かに浮かび上がる双眸の光が、真っ直ぐと突き刺さるように、月へと向けられる。 「僕が何処で何をしようとLには関係ないだろう」 関係ないとはっきりと言われ、Lの心が傷つく。 「酷いことを言う」 Lはベッドから勢いよく飛び掛り、月の背中を硬いマットに押し付けた。 上体を跨ぎ、身動き取れないように体重を乗せる。 「重いよ」 両手首を掴んで押さえつけ、Lは月に口付けた。 噛み付くような乱暴なキスに、月も応えた。 お互いの舌を絡め、息もできないほど激しく求め合う。 「どうして」 月のはだけた襟元から、微かに香る知らないコロン。 「それを聞きたいのは僕の方だ」 長袖のシャツの袖口で、月が口唇を拭う。 それが引き金となったのか、Lは月の腕を掴み、強引にバスルームへと連れ込んだ。 狭い浴槽に嫌がる月を無理矢理押し込み、シャワーの錆びた蛇口をひねった。 冷たい水が勢いよく月に注がれる。 「Lっ」 頭の先から滴が零れ落ち、全身が濡れる。 月が怒鳴りながら睨むと、Lは冷ややかな目を向ける。 「下賤で汚らわしい香りは、月くんには似合いません」 「ふざけるな」 月の平手がLの頬を打ち、水飛沫が飛んだ。 「私は知っての通り、非常に嫉妬深い。月くんは誰よりもそれを理解しているはずだと思っていたのですが、それは私の思い違いだったようですね」 漆黒の瞳が月を捕らえたまま凍りついていく。 二人は田園風景の続く片田舎で生まれ育った。 隣り合った家で暮らしていた為、物心付く前からの幼馴染だった。 幼いときから利発で聡明だった月は、年上でやはり頭脳明晰で、他人とは一線を駕していたLからたくさんのことを学び、影響を受けてきた。 Lもまた、賢くて素直な月を弟のようにかわいがった。 ずっと一緒にいた二人が成長し、興味半分で幼馴染の枠を超えるまでに、大して時間はかからなかった。 娯楽のない田舎では、自分達の能力を充分に生かせないと、先の見えない故郷を逃げるように飛び出したのは、二年前のことである。 期待と不安を胸に抱き、僅かな資金でやって来た都会に、夢と希望を打ち砕かれたのは僅か三ヶ月後だった。 「愛しているのです」 シャワーを浴び続ける月をLは抱き締めた。 月は目を閉じ、沈黙する。 冷えた身体は、勝手に震えだし、Lの体温に縋りついた。 いつからすれ違うようになったのだろうか。 Lから受ける一方的な愛情がだんだんと重くなり、全てを捨ててしまいたいと思ったのは、いつだっただろうか。 今となっては、思い出せもしなかった。 それでも、時々その愛情を確かめるように、他の女を抱いては、そのまま帰宅する。 (精神が異常を来たしているのかもしれない) Lに非難され、乱暴に扱われることに、安堵するのだ。 「僕だって男だ。たまには気晴らしだって必要だろう」 「私がそれを許すとでも言うのですか」 Lは狭い浴槽の中で、月を抱いた。 シャワーを止めると、月の啼く声がバスルームに響き渡る。 (どうしてこの人が私のものにならないのか) 白い肌が紅色に染まる美しさに見惚れながら、Lはその背に口唇を落とす。 「貴方が望むから、私は貴方を自由にしているのです」 本当は、閉じ込めて誰の目にも触れさせたくなかった。 故郷でも、月はその類稀な美貌と優しく穏やかな性格で、村中の住人から好かれていたのだ。 誰も彼もが月に示す好意全てに、Lは気が狂いそうなほど嫉妬し続けた。 都会に出れば、それを隠せると思ったのだが、甘い考えだったとすぐに思い知った。 月の美しい外見は、幾万の人間の中でも異質の光を放ち、人々の目を惹きつけたのだ。 (嫌われてもかまわない) すでに嫌われているのかもしれない。 それならば、もっと早く選択すればよかったとLは後悔する。 「月くん、・・・月くん」 耳元で名を呼び、抱き締める。 月はおとなしく目を閉じ、Lに身体を預けた。 愛されたい。 愛したい。 田舎で育んだ淡い愛情は、都会の喧騒に紛れ、儚く消えた。 誰よりも側に居たはずだった。 すれ違う心が交わることは、もうないのだろうか。 終 |
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2005/2/8 |
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・・・やっちゃった。 やるつもりのなかったパラレルです。 でも思いついたら書きたくて仕方がなくなったのです。 舞台は特に何処と言うわけでもなく。 NYとかロンドンとかちょっと西洋風に言いたいところですが、私の想像力では、香港とか上海とかソウルとかそんなアジア風な都会をイメージして。 ごちゃごちゃとして、煩くて眠らない世界。 裏では娼館とか賭場とかが普通にあるような。 そんな感じ。 貧乏くさい田舎から夢を求めて上京して、挫折するような、そんなありきたりの青臭い物語でした(月とLには縁遠い世界だよな・・・) 書きたくて書いただけなので、満足です。 ちなみに、月視点で書こうとすると白月バージョンと黒月バージョンでLの態度が全く違うことになるよ・・・きっと。 そんなことより、月がLをLと呼ぶことの方が気持ち悪い・・・なぁ。 でも他に呼び方がないんだから、仕方がない・・・ね。 竜崎にしておけばよかったのか?! |
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