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独占欲 |
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「一人でいるのはたのしいですか?」 それは、月が懇意にしている教授の資料室に居た時のことだった。 自分の興味のあることに同調してくれる友人はまだいない。 大学に入学してから、まだ2週間ほどである。 すでに親しくしている教授がいる1年生などどこにもいるはずがなく、この時点で、月は主席入学の特権をいかんなく発揮していた。 月は時間がさえあれば、教授の許可を得て、一人で貸し出し厳禁の資料や蔵書を読み漁った。 「たのしいときもあるよ。だけど、僕も同じことを流河に言える」 そんな時、大抵、どこからともなくひょっこりと現れて、入り口に立ったまま、中に入らない。 以前理由を尋ねたら、自分は教授から許可を得ていないという答えが返ってきた。 「一人でいるのは楽しいか?」 月以上に常に一人でいるのは、流河の方だった。 特定の友人を作ろうとせず、まともな会話をしているのは、月以外にいないようだ。 「私は常に一人でした。誰かといる楽しさを知りません。当然一人でいる楽しさもわかりませんが」 淡々と他人事のように答える流河を見ると、表情に変化はない。 興味のない人間の過去や育ってきた環境など必要のない知識である。 流河においては、全く興味がないわけではないのだけれど、欲しい情報はそこにない。 「そう」 同情をする理由もない。 あっさりと答えたら、あからさまに不満そうな視線が突き刺さってくる。 「・・・」 「なに?」 資料に目を通しながら、その不満の理由を問うと、少しだけ流河の影が動いた。 「それだけですか?」 「何を期待しているんだ。同情されて喜ぶ性質じゃないだろう?」 資料を閉じて、顔を上げると真っ直ぐに見詰める黒い双眸に捕らえられた。 「・・・」 月は小さく溜息を吐くとにっこりと微笑んでみせた。 「合わせているんだ。僕はまだ流河のことを知らない」 会話で、仕掛けて、試して、反応と答えを分析する。 本気なのか、冗談なのか、探っているのか、試されているのか。 わからないことがあるのなら、それを調べることから始めるのは、当然だった。 「夜神くんは私をどう思っていますか?」 「どうって・・・?」 「私は夜神くんに対して、特別な感情があります」 流河の言葉の意図を計りかねて、月は沈黙したままその続きを待った。 「・・・」 「でもそれは確かなものじゃありません。たとえば、ここに英和辞典があります。この辞典を夜神くんが大事にしているとします。私はそれを許したくないと思ってしまうのです」 まるで、子供の感情のようだと、月は思ったが、口にはしなかった。 その感情をなんというのか、知らないのか? 「・・・」 独占欲・・・言葉を意味を知らないはずがないのに。 月は呆れたように溜息をついて、手にしていた資料を片付けた。 「あ、いま、本当にこいつがLなのか?って思いましたね?」 「うん。どこまでが本当なのかわからないけどね」 淡々とした口調も感情のない表情も。 すべてが本当だとは限らない。 むしろ、一般的な相手よりもずっと不可解で油断できない。 「夜神くん」 いつの間にか入り口から月の側まで移動してきていた流河が、月の両肩を本棚に押し付けるとそのまま無理矢理口唇を重ねた。 触れた途端、月は流河を突き飛ばした。 足元に積まれていた本の山がひとつ崩れて、散らばった。 「・・・何のつもりだ?」 袖口で口唇をぬぐいながら、流河を睨む。 「言ったはずです。特別な感情があると」 流河の言う特別な感情の意味を考えて、月は面倒だな、と正直に思った。 「いま、面倒だと思いましたよね?」 心内を見透かされたところで、動揺するほどでもない。 「思ったよ」 偽ることなく答えると流河は小首をかしげた。 「だめですか?」 「なにが?」 「私が・・・」 流河が答える前に教授が戻ってきてしまった。 「君たち、鍵をかけるから出て行ってくれないか?」 小太りでスーツのネクタイも苦しそうな体型の教授は、にこにこと人のいい笑顔で資料室に入ってきた。 「残念ながら、タイムアウトだ」 月は落とした本を拾い、棚に戻した。 教授にいくつかの質問をした後、月は例を述べて資料室を出た。 その後ろを流河がついて行く。 「また明日」 有無を言わさぬように、月は笑顔で片手をあげた。 「夜神くん」 背中を向けた瞬間、声がとどく。 西日の差し込む校舎の全てが、オレンジ色に染まっている。 振り返るとその光に目がくらんだ。 「・・・」 目を細めた先に、オレンジ色に染まった流河が立っていた。 「また、明日」 その一言が、なんだか無性に心に響いたことを、月は忘れられなかった。 出会って、まだひと月も経っていないというのに。 明日がある。 そんな日々が長く続かないことをその時すでに知っていたのかもしれない。 普通の日常が、まるで非日常のようだった。 終 |
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2007/01/23 |
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ようやくお届けします。 4万HITに引き続き、大学生活です。 日常的な話を目指して書いてみたんですけど。 意外と難しかった(笑) ※5万HIT御礼文章でした。 |
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