※ご注意※
H17年7月に無事に3万HITを達成しました。
その際、行ったアンケートで見事1位を獲得した子月・・・です。
子月=子供の月という設定でございます。
 
     
     
     
     
     
     
     
 

子月

 
     
 



先週から手がけている事件に関するファイルに漸く一通り目を通し終えたLは、パソコンのモニターから目を離し、大きく伸びをした。
何時間も同じ姿勢を取り続けていると、さすがに身体が固まってしまう。
座り心地のよい椅子を後ろに引いて、Lは後ろのテーブルに用意されている甘い菓子でも食べようと振り返った。
突然、目の前をちまちまとした生き物が走り抜けていく。
推定、80センチメートル、性別、男、多分、人間、推定年齢、三〜四歳。
淡茶色の髪がどことなく誰かを髣髴とさせるが、顔までは確認できなかった。
淡いピンクの半袖のTシャツと黒の半ズボン姿で、『それ』は部屋中を駆け回る。
走るということを覚えたばかりのおぼつかない足取りは、見ているだけでその先に起こりうる事故が容易く想像できた。
『それ』が、ソファをよけて曲がろうとした瞬間である。
何もない絨毯の上に『それ』は見事に一回転した後、床に転がったのだ。
直後に響く甲高い泣き声。
「うわぁぁぁーーーーんっ」
倒れこんだ姿勢のまま、何処から発しているのか、部屋中を震撼させるほどの超音波に、さすがのLも耳を塞いだ。
やかましいのには耐え切れなかったが、抱え起こしてやる義理も無い。
ましてや、泣いたからといって甘やかしては、この人間の子供の教育にもよくは無いはずである。
Lは無視を決め込んで、当初の予定通りテーブルの上に用意してあるクッキーをひとつ摘んだ。
側に居る大人が自分に関心がないと悟ったのか、子供はひとしきり泣いた後、ぐずぐずと立ち上がった。
(おや、思ったより気が強いですね)
ちまちまとした子供は、ぐずぐずと嗚咽を漏らしながらも、Tシャツの裾で顔を拭いた。
「よく自分で立ち上がりましたね」
Lは子供の前にしゃがみこみ、手にしたクッキーを与えた。
Tシャツの裾をつかんだままの子供が目を丸くしてLを見る。
まじまじとその子供の顔を見て驚いたのは、Lの方だった。
全体的にちまちまとしているが、意志の強そうな瞳といい、色白な肌といい、どこをどうみても、誰よりもよく知っている『夜神月』なのである。
「ら、月くん?」
Lから受け取ったクッキーをにこにこと食べている子供が、小首をかしげて返事をした。
「はいっ」
くるくると動く丸っこい目と無邪気な笑顔をLは呆然と眺めた。
うっかり鼻血がでそうになるほど、興奮してしまったのはなんとかプライドで押さえ込んだが、目の前の存在が現実であるということは非常に受け入れ難かった。
本当に子供時代の月なのだろうか。
タイムスリップなどという言葉が脳裏を過ぎったが、あくまでそれは架空の出来事であり、信じるわけにはいかなかった。
「・・・、月くんは何処から来たんですか?」
そもそもこの部屋は、Lが捜査専用に設けた特別室である。
建物自体に人間の出入りは多かったが、この部屋へは誰であっても許可なく出入りすることは、禁じているはずなのだ。
「えっとねえ、そこのドアから」
小さいらいとが指をさしたのは、最先端のロック機能を施した出入口だった。
「どうやって?」
「ん〜とね、すうじをね、ぽちぽちっておしたらね、あいたの」
「誰かに聞いたのですか?」
「ううん、ここはちかづいちゃだめっていわれてたから、ないしょなの」
この幼い頭には、潜在的な知能がつまっているらしい。
それこそ、夜神月そのものである。
「誰に近づいちゃだめって言われたんですか?」
「らいとー」
片手を勢いよく挙げて、小さいらいとが得意気に答える。
(ら、月くん?)
どうやら目の前に居る小さいらいとは、自分の知っている夜神月がそのまま小さくなったわけではないらしい。
Lは小さいらいとを抱えあげると、部屋を飛び出した。
月の私室として与えてある階下までいくと、ちょうど廊下に松田が通りかかった。
「竜崎、どうしたんですか?そんなに慌てて」
松田が手にしていたのは、くまのぬいぐるみだった。
もこもことした茶色のくまを目ざとく見つけた小さいらいとの目が、きらきらと輝く。
「まつださー、くまくまー」
Lに抱えられたまま、小さいらいとが両手を伸ばす。
どうやら、松田のことも知っているらしい。
「そうそう。このくまさんね、らいとくんが欲しいっていってたでしょ?」
松田がこのちまちまとしたらいとの存在に驚くこともなく、それどころか、くまを使って小さいらいとを笑わせていた。
『らいとくん、はじめまして』
声色を使って挨拶をしながら、くまのぬいぐるみの手をぴこぴこと動かした。
「くまさん、はじめましてー」
きゃっきゃと喜ぶ小さいらいとをなでてやりながら、松田がのんきにかわいいねーと笑うのが、なんだかLには気に入らなかった。
「松田さん、月くんは何処にいますか?」
Lは抑えた声音で尋ねる。
やはり、真相を聞くのは夜神月本人でないと納得もいかない。
「月くんならさっき部屋に戻ったみたいですけどー?」
松田が危機感の無い表情で答えたが、ぎらりと光るLの眼光を目の当たりにして、慌てて背筋をぴんと伸ばした。
何で怒っているのかわからないまま、松田がその場から逃げるようにそそくさと姿を消した。
「くまはー?」
「あとで」
指をくわえて残念そうに呟く小さいらいとにLは容赦なく言い放ち、月の部屋のドアを叩いた。
呼び鈴があるにも関わらず、どんどんと何度も叩き続ける。
しばらくして、ゆっくりとドアが開いた。
呆れ顔の月にかまわず、Lは月に向かって両手で抱き上げた小さいらいとを差し出した。
「らいとー」
小さいらいとがしがみつくように月に両手を伸ばしたので、月もちいさいらいとをLから受け取り、抱きかかえた。
「らいと、何処に居たんだ?」
よしよしとあやすように抱いた小さいらいとを揺らして、月が聞いたが、小さいらいとは月の肩口に顔をうずめて眠ってしまった。
「もしかして、竜崎の部屋に行っちゃったのか?」
月が目の前に居る不機嫌極まりない表情で立ち尽くしているLに聞き直すと、Lはぼそぼそと答えた。
「はい、気がついたら私の部屋に居ました」
「ああ、やっぱり。仕事の邪魔してごめん。目を放した隙にどこかに行っちゃって探す暇もなかったんだ」
申し訳なさそうに月が頭を下げて謝る。
「その子供は何ですか?」
月も松田もその小さいらいとが存在していることを疑問にも思っていないことは、すでに明白だった。
ならば、小さいらいとは一体、何なのだろうか。
Lが知りたいのは、それだけである。
「何って、見ればわかるだろう?らいとだよ」
「月くんはここに居るじゃないですか」
「そうだよ?僕は月でこの子はらいと」
「ややこしいです」
「そうかな?じゃあちびらいととか子らいととか、好きなように区別してもかまわないけど?」
「では、そのちまちまとしたらいとくんは何処からやってきたのですか?」
「え?ずっとここにいたじゃないか?」
「は?」
予想外の返答に、Lは思わず間抜けな声を上げる。
「だから、らいとは最初からここにいたよ。まさか突然発生するわけないじゃないか。ずっと一緒に居たのに忘れちゃったのか?」
「私は今日初めて見たのですが」
「竜崎・・・もしかして、忙しすぎで記憶がおかしくなったんじゃないか?」
「いいえ、私はいたって正常です。おかしいのは月くんたちのほうでしょう?」
「・・・」
きっぱりとLが言い放つと月は黙り込んでしまった。
沈黙が続き、気まずい空気が流れる。
ふ、と小さいらいとが目を覚まし、Lの方を振り向いた。
「らいと、ぼくね、この人からクッキーもらった」
にこにこと笑う小さいらいとにつられて、月も笑う。
気まずい空気も吹き飛んで、Lは内心ほっとする。
「そう、よかったな。この人は竜崎って言うんだよ。忘れちゃったのか?」
「りゅーざき?」
「そう」
「りゅーざき、ありがとう」
純粋な輝かしい満面な笑顔にLは思わず顔を逸らす。
「い、いえ」
その様子に月がため息をついたのがわかったが、小さいらいとの顔を直視することなど出来なかった。
「あのね、あのね、らいと。りゅーざきのおへやのじめんがね、すっごくふかふかなの。ころんでもいたくなかったの」
「へえ?」
「ねえねえりゅーざき、またあそびにいっていい?」
「え?ええ、かまいません」
やはり、小さいらいとから顔を背けたままLは頷いた。
「わーい」
両手を挙げて喜ぶ小さいらいとを月が廊下へ下ろすと、小さいらいとはてとてととそのまま走っていってしまった。
「竜崎、子供に対してその態度はよくないんじゃないか?」
月が咎めるように口調を強めると、Lは口元を隠したままうつむいた。
「・・・、月くん」
「なに」
「私も大人気ない態度だったと反省していますので、ティッシュをいただけないでしょうか」
「え?」
確かめるまでもなく、顔の半分を隠したLの手がどんどん赤く染まっていく。
「う、わぁー。なにしてんだ」
月が慌てて部屋に戻り、ティッシュ箱を持ってやってきた。
「ほら、鼻を押さえて、上向いて」
「ずみまぜ・・・」
「いーから、しゃべんな。とりあえず、ゆっくり座って」
幼いがゆえの邪気のない無防備な笑顔ほど、凶悪な凶器はないと、Lはしみじみ感じていた。
「でもなんで鼻血・・・」
月は、理由にうすうす感づきつつも呆れたように呟く。
「しかたがありません。月くんのあんな笑顔を見せられたらおわりです」
「・・・変態?」
「ちがいます。月くんだからです」
まっすぐに月を見詰めると、月はぷいっと顔を逸らす。
「・・・最悪だな」
「愛してます」
「ばーか」
月が苦笑しながら、Lの額にキスをした。
「なので、正直に言ってください。私は怒りません」
Lは廊下に正座をして、いつになく真剣な表情で月を見上げた。
鼻にティッシュを詰めたままというのが、なんとも情けなかったが、体裁に構っている場合ではなかった。
「何を?」
「あのちびらいとくんは、誰の子供ですか?」
「・・・」
冷ややかな視線でLを見下ろした月が無言で部屋に入ると、鍵をかけた音がする。
「ああっ、月くん」
失言したと気が付いた時には、すでに遅かった。
こうなると月の機嫌が治まるのにとんでもなく時間がかかるということをLは嫌というほど知っているというのに。
まだ感情に任せて殴られた方が、ましなのだ。
「りゅーざきー」
頭を抱えて後悔していると、小さいらいとがぱたぱたと駆け寄ってきた。
「りゅーざきは、らいととなかよし?」
「仲良しですが、もっと仲良しになりたいんです」
閉じたドアを見上げて、Lは溜息を吐く。
「じゃあ、ぼくともなかよし?」
「そうですね」
「わーい」
「らいとくんは、月くんと仲良しですか?」
「うんっ。だってらいとは、ぼくの・・・」
「ぼくの?」
「・・・えへへ、ないしょーっ」
らいとがほっぺを赤くして、そのまま走り去っていく。
結局答えはわからないままだ。
「ちょ、ちょっと、待ってください」
追いかけようと立ち上がると、何かに足をとられて転んでしまった。


暗転。



がっつん、という衝撃で目が覚めると見慣れた天井が目の前に広がった。
どうやら椅子ごと倒れてしまったらしい。
Lはじんじんと痛む後頭部を抑えて、立ち上がった。
「・・・夢、だったのでしょうか?」
そうでなければ、説明つかないのは事実だ。
どうにも腑に落ちないまま倒れた椅子を起こすと、ドアが勢いよく開いた。
「りゅーざきーっ」
ちまちまとした生き物が元気よく駆け込んでくる。

Lは思わず自分の頬をつねっていた。





 
 

2005/10/10

 
     
 

えーと。
もう、何も言うまい。
子供も難しいね。
ありがとうございました。

 
     
   
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     

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