戻 | ||
※ご注意 |
||
欲求 |
||
「痛いですか」 やけに声だけが響く、コンクリートに囲まれた明かり一つない個室。 足元に転がる身体の脇腹をつま先で蹴り付けて、もう一度繰り返す。 「痛いですか」 骨のない、柔らかい場所を踏みつけられ、人形のように反応のなかった身体から呻き声が漏れる。 端整な顔立ちの影はなく、頬や目の周りは赤黒く腫れあがり、痛々しかった。 「可哀想ですね」 両手は後ろ手に縛られ、両足もきつく縄で縛り、全身を拘束し、抵抗を一切許さない状態の相手に容赦のない暴力を繰り返す。 多少の範疇を超えた、理不尽な方法でも月には効果はないも等しかった。 「貴方が、一言、キラであると自白さえすれば開放されるというのに」 耳元で囁くと、月は薄く目を開け、Lの姿を探した。 そして、微かに笑みを浮かべる。 「嘘をついてまで救われたいと思わないよ」 そうして、再び目を閉じた月の腹部をLは力の限り蹴りあげた。 追い詰められたこの状況ですら微笑う月が酷く癇に障ったのだ。 腹立たしい思いを全てぶつけるがごとく、躊躇いのないつま先は月の内臓を傷つけたのか、咽るように咳き込んだ月の口からぼたぼたと血が溢れ、床を汚した。 (この期に及んで、まだそんな口が利けるのか) 胃袋から込み上げてくる血液を何度も吐き出して、息苦しそうに呼吸をする月を冷ややかな目で見下ろした。 苦痛に慣れている人間に苦痛を与えても容易にはいかない。 苦痛に慣れているとは思ってもいなかった。 育ちの良い人間である。 父親は刑事局長。 母親は専業主婦。 生活に余裕があるほどの家庭環境。 どれ程、真っ直ぐに育てられてきたのか。 他人を羨むこともなく、恨むこともなく。 だからこそ、キラに成り得る資格がある。 「何処から傷付けましょうか?」 ナイフを取り出して目の前にかざすと、強がっていた月の顔にも驚愕の色が滲む。 微かに震えた肩に思わず笑みが零れた。 残酷な感情に全身が支配される快感にぞくりとする。 「左手の指から、1本ずつ順番に切り落としましょうか」 流れる血の色を想像し、その美しさを思うと鳥肌が立つ。 「やってみればいい」 追い詰められても尚、月の双眸が放つ光が弱まることはない。 その強さに惹かれて已まない自分を止められず、握った拳に力が入る。 最初から、月には弱さが存在しなかった。 心が持っていかれると本能が警報を鳴らしていた。 (近付くな) (惹かれるな) (捕らわれるな) 異常なまでの敵視は、己を騙す為の術だった。 「できないくせに」 ナイフを持ったまま動こうとしないLに向かって、月は挑発をする。 赤黒い乾いた血液が口の周りに張り付き、醜くなった容貌をさらに際立てた。 「貴方は自分の置かれた状況を理解していないらしい」 Lは足先で月の身体を転がして仰向けにすると、腹部をねじるように踏み付けた。 月の口から血飛沫が飛び、気管に入ったのか、苦しそうに全身を縮めて咳き込み続ける。 (このナイフで心臓を一突きに出来ればいいのに。そうすればこの醜い感情から全て解放されるに違いない) 月の襟首を掴んで自分の方へと引き寄せた。 醜く腫れあがった頬に口唇を触れた後、口付を交わす。 血の味が口中に広がった。 殺したいと思うのは、誰にも渡したくないという独占欲。 傷付けただけでは消えることのない感情を持て余す。 (お前が欲しい) 抑えきれない欲望が両手に流れ込む。 まだ大人になりきれない華奢な首を掴み、指に力を込めた。 「どうして、抵抗すらしないのですか」 微動だにしない月にLは諦めにも似た声を漏らし、手を放した。 酸素を求めて激しく呼吸を繰り返す月は、目を閉じたまま答える。 「抵抗しても何も変わらないからね」 こんなにも優位に立っている方を不安に陥れる人間がいることを初めて知った。 この計り知れない強さの味方をしているのは、一体何なのか突き止めたかった。 (本当に憎たらしい人だ) (泣いて喚いて許しを請えばいいのに) (そうすれば、失望して諦めることができるのに) 「明日は針を用意しましょうか。指と爪の間に刺してゆく古典的な拷問ですが効果的だと思うのです」 月は眉間に皺を寄せ、Lを見た。 「それで気が済めばいいけどね」 Lはかっとなって思わず殴りつけていた。 安い挑発にのってしまったことを後悔したのは、月が意識を失ってからだった。 求めている答えさえ見失いそうになる自分を抑えきれずに、月を置き去りにしたまま、Lは部屋を後にした。 誰か、私を止めてください。 祈る気持ちは誰にも届かないまま、虚しく消えていく。 終 |
||
2004/12/28 |
||
鬼畜の解釈を相変わらず間違っているようですか? たったこれだけの話を書くのに1週間以上かかったなんて・・・。 勉強不足を思い知ったです。 |
||
|
||