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※ご注意 |
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染血 |
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「例えばの話です」 Lは1本のナイフを手に持ち、テーブルの上に置いた。 刃渡り20センチの鋭利なナイフは、照明を反射し怪しく輝いている。 繊細な装飾の施された柄は、人殺しの道具ににつかわしくない。 「このナイフであなたを傷つけるとします」 その白磁の肌に一筋の美しい紅い線が浮かび上がるだろう。 赤い液体は肌の上を伝い、床へと零れ落ちる。 「そして私は、その傷を抉るように爪を立ててみたいという衝動にかられます」 月は黙ったまま、紅茶の入ったカップを口に運んだ。 一口飲んだそれは、何故か鉄錆の味がした。 「好意を持つ相手の肉体に傷をつけるという行為は、独占欲以外なにものでもありません」 できれば、その傷跡を一生残したい。 それが、自分の所有物であるという印になる。 「でも、ナイフで傷をつけただけでは、その傷跡はいつか消えてしまいます」 流れ落ちる血液を舐めとり、傷口にキスをしたい。 錆びた鉄の味が口内に広がり、それは味わったことがないほど甘いに違いない。 感情の読めない冷めた瞳で見つめる月と目を合わせ、Lはナイフを持ち直した。 「月くん、これは遊戯です。貴方が私を嫌うように、私は貴方を愛している。それを確かめたい」 Lは月の不意を付いて左手首をテーブルに押さえつけ、その甲に鋭いナイフの先端を突き立てた。 「ぅわああっ」 ナイフは月の手を貫通し、テーブルに達した。 傷口からじわりと赤い血が流れ出す。 痺れるような激痛が、月の全身を拘束している。 肩を震わせてはいたが、それ以上声はあげなかった。 痛みから生まれる涙で濡れた瞳をテーブルの上のナイフに向けている。 「痛いですか?」 Lの声が聞こえていないのか、月からの反応はない。 苦痛に歪む醜い顔を見たかった。 月はLが思う以上に負けず嫌いなのか。 負けず嫌いと称してもいいものか。 目の前にいるのがLだからというのが、その理由になるのなら。 月はただその痛みに耐えていた。 血の気がなくなった青白い肌はその美しさを際立てる。 面白くない。 Lは親指の爪を噛んだ。 「いつもそうやって、冷静に物事を判断し、対応する。その姿勢には感服します。けれど、目の前にいる者まで排除するのはどうかと思います」 Lは一度手を放したナイフをもう一度掴んだ。 月がそれに気が付いて、目を見張る。 「流河、やめ・・・」 このナイフを勢いよく抜き取れば、血しぶきが飛び散り、多量の出血は免れない。 「でも、殺すには本当に惜しい」 ゆらりとその瞳が濁る。 舌先で口唇を濡らし、月を見た。 「我慢しなくてもいいんですよ?ここには私しかいない」 ほんの少し指先に力を入れ、ナイフを揺らした。 新たな激痛が月を襲う。 「あ、ぅ・・・っ」 月の口から呻き声が漏れる。 額に浮かんだ汗が零れ、テーブルの上に落ちた。 「痛いでしょう?」 耐え難い苦痛に襲われ、眉間に皺を寄せる月の表情を確かめながら、Lはゆっくりとナイフを弄った。 「ここの傷は、一生残るものとなりますね」 まるで新しい玩具で遊ぶ子供のように、Lは楽しんでいた。 手のひらからも流れてくる鮮血がテーブルの上に広がり始める。 「こんなことをして、何の意味がある」 震える声で理解できないと言い切る月に、Lは漆黒の双眸を向けた。 暗闇を湛えたその色で正義を口にする。 「これは私のものであるという印ですよ?」 「ふざけるな」 睨む月にLは動揺することなく、答える。 「月くんはこの傷跡を見るたびに今日の事を思い出す。そうでしょう?この刻印がある限り、月くんは私のことを忘れない」 Lは傷口を広げるようにゆっくりとナイフを抜き取った。 月が悲鳴にも似た声を漏らす。 溢れ出す鮮やかな赤い液体をLは舐めた。 想像していた通り、何よりも甘いそれは口唇を赤く染める。 もう一度、ナイフをその手に突き刺したくなる衝動をぎりぎりで抑えた。 手にしたままのナイフは、月の血が滴り落ちてもなお、鋭い輝きを放っていた。 両目を塞ぎ、両手を繋ぎ、両足を縛る。 四肢をもがれ、五感をとじ、肉塊となっても。 私は彼を愛するだろう。 寧ろ、それに欲情する。 「流河・・・」 偽りの名を呼ぶ月の双眸に憎悪の色が浮かんだが、多量の出血による貧血を起こし、そのまま意識を失った。 Lは乾いた血で指先が赤黒くなった手で月の左手を掴み、止血を施した。 まだ、死なれては困る。 白磁のような顔色の月に口付けをして、Lは微笑った。 終 |
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2004/08/20 |
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お持ち帰り・・・したいですか? 鬼畜の解釈を間違っているようですか? |
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