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嘘 |
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ページをめくる指先。 文字を追う瞳。 頬杖を付く腕。 日の光に透けた淡い茶色の髪。 その、一つ一つを見逃してなるものかという必要以上の気迫すら感じる。 纏わりつくような視線に音を上げたのは月の方だった。 「流河、僕に何か用があるのか?」 本を読む手を止め、月は隣りに座るLの方を向く。 いつものように椅子の上で膝を立て、ともすれば落ちてしまいそうなぎりぎりのところで、バランスを保っている。 「あるといえばあります」 午後の講義が休講になった為、昨日図書室から借りた本を何冊か抱えた月は、自習室に移動した。そんな月にLは当然のように付き添ってきたのだ。 後からついてきたLを拒む理由がなかっただけで、黙認してしまった事を月は後悔していた。 「何?聞きたいことがあれば聞くよ」 月は自習室でその本を読むことに没頭すればよかったが、手ぶらだったLは特にすることもなく、ただ月を見ていた。それはもう、観察と言っても過言ではない程、片時も月から視線をはずそうとはしなかった。 どんなに鈍い人間でもLの大きな瞳に凝視されるのは、気持ちのいいものではない。 ましてや、その対象が月であればなおさらだ。 ただでさえ、毎日のように神経を尖らしているというのに、意味もなく(もしかしたらあるのかもしれないが)見つめられては、尋常でないストレスが短時間で蓄積されるだろう。 「聞きたいことがあるわけではないんです」 月から目を逸らすこともせずにLは親指の爪を噛んだ。 「じゃあ、あんまりじろじろ見るなよ。気になって集中できないよ」 「それは嫌です」 「理由は?」 「夜神君を見ていたいからです」 椅子から転げ落ちそうになったのは、月だった。 「からかっているのか?」 嫌悪の表情を露にし、月はLを睨んだ。 「まさか。本気です」 上目遣いで月に合わせ、Lは表情を崩すことなく言い切った。 淡々と告げる声にも感情が含まれない口調では、にわかに信じがたいものがある。 「冗談だろ?やめてくれないか」 どこの世界に瞬きもなく見つめられて嬉しいと思う男が存在するというのか。 ましてや、相手はLなのである。 「嫌です」 子供のように、Lはきっぱりと言い切った。 月は呆れたように溜息を吐く。 ここ最近、同じようなやり取りを繰り返していた。 Lはいつも本気だと言う。 何を基準にして本気なのかというのは、月には判りかねる。 「嫌なのは、こっちの方だよ」 苛付く感情を剥き出しにして、月はテーブルの上を叩いた。 「なら、もっと素直になってください」 Lの言葉に、月は絶句する。 一体何を言い出すつもりだと、月はLと目を合わせた。 その漆黒の瞳に映るのは、何だと言うのか。 「夜神君が嘘つきだということはわかっています。表情は笑っていても心内では真逆の事を思っている。違いますか?」 いつもよりも深く内側に入り込んだLに月はますます不機嫌を露にする。 ここで下手に誤魔化すくらいなら、怒った方がより本当っぽいだろうと、判断したのだ。 たとえ、それが的を得た真実だったとしても夜神月としては肯定できる内容ではない。 「不愉快だ」 睨みつける月の鋭い視線をLは真っ直ぐ受け止める。 「どうしてですか?」 「どうして?わかりきってるじゃないか。誰だって嘘もついていないのに嘘つき呼ばわりされれば、腹が立つだろう。僕が笑っているのを見て流河がどんな風に受けとろうとかまわない。印象というのは人それぞれで、そのことを否定するつもりはない。だけどそうと決め付けて話すのはやめてくれないか」 「私は確認しただけですが」 「じゃあ訂正してくれ。嘘なんかない」 「無意識のうちに嘘をついているのではないですか?」 「ふざけるな。無意識で嘘なんかつけるわけないだろう?嘘というのは意識しなければつくことのできないものだということくらい、流河だって知っているくせに」 「では夜神君は嘘をついていないと言うんですね?」 念を押すような確認に、月は自分が信用されていないことを悟る。 「当たり前だ」 今はそれでもかまわなかった。 必要なのはLからの信用ではない。あくまで、Lから言いわれたことが誤解であると、否定し続けることが何よりも重要だった。 偽者の自分がLに見つかるわけいはいかない。 「……」 月がきっぱりと言い切った後、Lは沈黙したが、その視線は一度も月から外れることはなかった。 不自然にならないように、月が先にLから顔を逸らし、読みかけの本に目を落とした。 沈黙が続く。 「帰ります」 一言、微かに呟くと、Lはすとんと椅子からおり、あっという間に自習室を出て行った。 月が顔をあげたときには、もうドアが閉まるところだった。 『珍しく感情的だったな』 リュークはドアが閉まるのと同時に話し掛けてくる。 「やりすぎたかな」 思ってもいないことを月は口にした。 わざとらしい方が、本当の事を上手に隠せるのだ。 『あいつがあんまりずっとライトのことを見てるからオレまで見られてる気がしたぞ』 「見えてないんだろ?」 『見えてない』 「じゃあ、気にすることはないよ」 月は中断していた本の続きを読み始めた。 (たまになら、人間らしいだろう?) 世の中に怒らない人間なんて存在するわけがないのだから。 月の口元に微笑みが浮かぶ。 終 |
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2004/06/14 |
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月らしい月を書いてみたかったのですが・・・。 |
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