戻 | ||
道端の花 |
||
道端の花に気がつく程の余裕を持ちながら、自分自身は普段と変わらないように過ごしている。 慌てたらだめだ。 焦ってもだめだ。 相手が求めているものが、自分だと知っている。 欺く為にも余裕が必要である。 日常生活の中でなるべく本当の感情は表に出さないことにしている。 いつ、どこで、なにが、きっかけになるかわからないからだ。 それ以上に相手が心内の読めない表情をしているとは誤算だったけれど。 「夜神君」 名前を呼ばれて、振り返った。 「なに?」 表向きは友人だから、必要以上に友好的に振舞うのは必須だ。 ただ、上辺だけの友人面は、すぐに見破られてしまいそうなので、細心の注意を払う。あの無感情な大きな瞳はなにもかもを見透かしているようで、好きになれなかった。 なんとかLを友人だと思い込まなければならない。 思い込みも度が過ぎれば『本当』になる事を知っている。 『本当』にさえなれば、見透かされてもそこには嘘がなくなり、怖がることもない。 Lの友人であるという立場を選択するのは早計過ぎないか? 「この花の名前を知っていますか?」 Lが指差したのは、コンクリートの隙間からはえている雑草と呼ばれる、生命力の強い植物だった。 「なずな、だろ?」 小さな白い花が揺れる。 「花というより、草に近いけどね」 月は、なるべくLが興味を示すものに対し、否定的な態度をとらないようにしていた。 同意することで、少しでも相手からの信用を得る為だ。 Lがその場にしゃがんだので、月も合わせて前かがみになると、なずなを覗き込む。 「そういうのが好きなのか?」 じっとその一本のなずなをLが見つめているので、何かあるのかと疑問に思った。 「…」 Lからの返答はなかった。 自転車に乗った女性が、道路の端で立ち止まる二人を不思議そうに見ては通り過ぎていく。 「流河?」 名前を呼んでも返事はない。 だから、送迎付きなのか? Lをひとりで放置するのは、かなり危険であると、月は知っていた。 Lはいったん殻にこもると、なかなか出てこようとはしない。 それは、何がきっかけになるかはわからないが、ただ沈黙をしたまま、思考の世界に入り込む。 講義中であったり、食事中であったり、会話中であったり。 さすがに、道端では初めてだった。 「流河?」 月は穏やかに、もう一度呼ぶ。いらいらしている事を悟られてはいけない。 「よびましたか?」 今度の声は、ちゃんとLに届いたようだ。 「ここにいると危険だから、そろそろいかないか?」 住宅と商店に挟まれた路地は、車がすれ違うのがやっとというほどの幅しかなく、歩行者はその車を避けるように、端のほうを通らなければならないのだ。 Lがこの場にしゃがみこんでいるということは、完全に通行の邪魔をしているのである。月は通り過ぎる人の目も気になって仕方がない。 「そうですね。そうします」 Lがゆっくりと立ち上がると、月はほっと息を吐いた。 「夜神君は、何を考えていますか?」 Lの探るような、そうでないような、突発的な質問にはだいぶ慣れた。 「何をって何?」 相手が何を狙って、何を思っているのか、考えるだけ無駄だという事を学んだ。 「いま、何を考えていましたか?」 余計な先読みをすればするほど、誤解という名の鎖が重くなってしまうようだ。 「おなかがすいた…とか?」 笑って、どこにでもいるような人間に見えるように。 「空腹ですか?なにか食べますか?」 Lは並んで歩いてもいつの間にか一歩後ろになってしまう。 月もあえて歩調を合わせることはしない。 「いや、家に帰れば夕飯が用意されているから大丈夫」 「そうですか」 「流河もこれから捜査本部に戻るんだろう?食事くらいはちゃんととらないと。父にもそう伝えてくれないか?」 「わかりました」 Lが頷くと、二人の脇に一台の自動車が止まった。 「じゃあ、私はこれで」 いつからついてきていたのか、それとも打ち合わせがしてあったのか。 その自動車は、Lを迎えに来たのだ。 Lは後部座席に乗り込むと窓を開けた。 「気をつけて」 月が言う。 「夜神君も」 自動車はゆっくりと走り出した。 それを黙って見送り、月も歩き出した。 道端の花に気がつくような余裕が必要だ。 何を聞かれても何を答えても違和感のないように。 終 |
||
2004/06/04 |
||
どんな話が書きたくなったのかわからなくなりました。 |
||
戻 | ||
|
||
|
||