暗闇をただひたすら前へと歩いていく。
光など欠片もなく、けれど立ち止まることはできない。
このまま足を止めてしまったら、奈落へとまっさかさまに落ちるだろう。
先に続く道は細いが、両手を広げることができるほど広い。
踏み出す先を間違えば、道から容易に外れてしまう。
今、現実に立たされている場所は、それ程あやふやな世界だ。


その感触を確かめるように、ゆっくりと自分の手を握り締めた。
指はまだ動く。
細く、骨ばった指は、時折意思に反して酷く震える時がある。
日常生活に支障はないが、震えている間は物を持つことさえできない。
いつも震えが治まるまで大人しく待つほかなかった。

「どうかしましたか?」

グーとパーを繰り返す月に目敏いLが問いかける。
月はすぐには答えず、開いたり閉じたりする自分の手を見ていた。

「月くん?」

どんな時も、月がLを無視していると、必ず様子を伺うように名を呼んでくる。
その声音が酷く優しいので、月はいつも居心地が悪いような気持ちになった。

「なんでもないよ」

明らかに嘘だと判る返答をして、月は指を動かし続けた。
それは、自分の指が勝手に震えていることをLに気付かれないように誤魔化す為でもあった。

「そんなはずはない」

Lは月の手首を取り、その動きを強引に止めた。
震える指先の振動がLの手にも伝わってしまう。
月は指先からLへと視線を動かした。
何度か瞬きを繰り返し、怒ったように自分を見つめるLと目を合わせる。

「なんで怒るんだ」

淡々とした口調で問うと、Lに宿る怒りの色が濃くなった。

「何故、黙っていたのですか」

月の指先は絶え間なく震え続け、一目で異常だと判断できるほどだった。

「言えば、何か変わるのか?」

この震えの原因は、精神的なものだと判りきっている。
それをLに言ったところで治るわけがないと思っている月には、そのLが怒る理由が理解できなかった。

「変わらないかもしれません。でも月くんが言ってくれなければ、私には何もすることができないのです」

おかしなことを言うと、月は思った。
けれどそれは口には出さず、喉元で飲み込んだ。
Lとの問答は、時に自分を追い詰めかねない。

「月くんは、一体何に怯えているのですか」
「そう見えるのか」
「いいえ」
「僕が怖いのは・・・」

震える指先を宥めるようにそっとLが握り締める。
冷たそうに見えたLの手は思いのほか暖かく、震える指に体温を感じた。
Lは沈黙した月の答えを待っていた。
どこか、あてもなく空を泳ぐ視線は、再び手元に戻る。
握り合う二人の指先を月は感情のない瞳で眺めた。

「僕が怖いのは、竜崎だよ」

口元に微笑を浮かべる。
指先が震えて止まらないのは、全て目の前にいるLが原因だ。
それは、自分だけが解る精神的要因。

「・・・月くんは、いつもそうやって逃げようとする」

Lが呆れたように溜息を吐くのが聞こえた。
それがあまりにも人間らしかったので、月は声を出して笑ってしまった。

「恐れているはずの私に握られて、何故震えが止まるのですか」

そう言われて月は自分の両手を確かめた。
先刻まで物が掴めないほどだった指先の震えが止まっている。

「竜崎が怖すぎるからじゃないのか」

月は笑う。

「・・・、荒療治ということですか」

Lがもう一度深い息を吐く。

「月くんは酷い人ですね」
「竜崎には敵わないよ」

からかう口調の月を咎めるように、Lは握る指に力を込めた。
痛みを伴うほどの強さに月は顔をしかめる。

他愛の無いやり取りの中にどれだけの本音が混じっているのか。
お互いに知る由もない。


暗闇の中で見つけた光の欠片を持って立っていたのは、悔しいけれど目の前にいるこの男だった。
彼の示す光の方向へと導かれるように暗闇から抜け出した。
そこは、光り輝く未来なのか暗黒の奈落なのか。
確かめる術は、無かった。
















 
 

2005/3/7

 
     
 

2ヶ月ぶりの新作・・・だった。
月はLがどれだけ月のことを愛しているのか
ずっと知らずにいればいいと思う。28本目。

 
     
   
     
 

 

 
 
     
 

 

 
 
     
     
     
     
     
     
     

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