恋愛論

 
     
 

そう、例えばの話。

もし、自分が目の前でとても満足そうにイチゴのショートケーキを食べている相手に好きだと伝えたらどうなるだろうか?
別に好きでもない、寧ろ嫌いな相手に。
嘘でも好きだと言えるだろうか?


「竜崎は、イチゴを最後に食べるんだな」

白い皿の上に残った赤く熟したイチゴが一個残っている。

「イチゴは最後ですよ」

Lはフォークでそのイチゴを刺して、口まで運ぶ。

「すっぱくないか?」

甘いものを食べた後に、果物を食べると酸味が強調されるのが普通だ。

「いえ。とてもおいしいです」

そう言って満足そうにイチゴをほおばるLの味覚には、それが通用しないらしい。
Lは皿の上にフォークを置いて、そのままテーブルに戻した。

「月くんは食べませんか?」

月の座る椅子の前にもイチゴのショートケーキがある。
入れたての紅茶と一緒にワタリが運んできたのだ。
月は読みかけの小説が区切りのいいところまですすんだら食べようと、そのままにしていた。
いらないとは言い辛かった。

「食べるよ」

栞を挟んで本を閉じ、月は冷めかけた紅茶を一口飲んだ。

「月くんは、私のことが好きですか?」

漆黒の双眸は月の硝子玉の様な薄茶色の瞳を逃さないように、捕らえた。
今、この部屋には二人きりだ。
何を言っても大丈夫だろうと、月は口元に鮮やかな笑みを浮かべた。
誰もを虜にしてやまない、美しい死神がそこに現れた。
その事実を知る人間はいないけれど。

「嫌いだよ」

そう。
本気で。
お前さえいなければ、僕はもっと早く自由になれたのに。

合わせた目を逸らす事もなく、月はLの返事を待った。

「嫌い、ですか?」

親指の爪を噛み、Lが聞き返す。
それは、疑問ではなく確認だった。

「ははっ。冗談だよ」

深刻な空気を破るように、月が笑う。

「竜崎の質問がどんな種類の好きかはわからないけど、友人としては好きだよ」

イチゴのショートケーキを一口食べる。
嫌になるくらいの甘さが広がって、月は断らなかったことを悔やんだ。

「恋愛対象には成り得ないと?」

紅茶をティーポットから注いだ月は、再びLと目を合わせた。

「当たり前だよ。僕は同性愛者じゃないから」

月はイチゴを食べる。
食べる順番にこだわるほど、好きなわけではないが、わざわざすっぱくするつもりもない。

「それはわかりませんよ。同性愛者じゃなくともその人だから好きになることもあるのですから」

二杯目の紅茶は、苦くて渋かった。

「好きになった相手がたまたま男だったということか?」

月は眉間に皺を寄せ、あからさまに嫌そうな表情になる。

「基本的に、恋愛に性別や年齢は関係ありませんから。異性がいいと思うのは子孫を残さなければならないという、本能です。そこに、恋愛感情などというものは必要ありませんから」
「それは竜崎の考えだろ?」
「まあ、そうですね」

カップの中身を飲み干したLは、月にそれを差し出した。

「でもせっかく好きになったのなら、相手にも自分を好きになって欲しいと思うのも本能です」

月はLから差し出されたカップに紅茶を注いだ。
茶葉は入っていないはずなのに、水色はなんだか濃くなっている。
自分が飲んだ二杯目よりもなんだか渋そうだ。

「我儘だよ。一方的に好きになった相手に自分を好きになって欲しいなんていうのは。相手の感情と都合を無視している」

Lは角砂糖を三つ、カップに落とした。

「だから両思いになるのは難しいんだ」

どこまで好きになったら、相手が自分のことを好きになるのかなんて、考えるだけでもばかばかしいと思わないか。

「本当にそう思いますか?」
「なにが?」
「両思いになるのは難しいと?」
「嘘っぽいって言いたいのか?」
「いいえ。案外簡単なんですよ。両思いになるのは」

月はショートケーキの最後の一口を紅茶で流し込んだ。
思った以上に甘ったるかったケーキは、しばらく食べなくてもいいと思う程、強烈だった。

「相手に自分を意識させるだけでいいのですから」

唇に付いたクリームを舐めとるように、Lは月の口を塞いだ。
同時に両手首を押さえられ、月は抵抗ができなかった。
見た目からは到底想像できない程の力は、振り解こうにもびくともしない。
なんとか足でLの腹部を蹴り上げ、ようやく開放される。

「月くんは甘いですね。ケーキのようです」

腹部を撫でつつも、やけに満足そうなLの態度が気に入らない。
月は指先で唇を拭い、Lを睨む。

「意識させようと?努力しているってところか」
「それも一理ありますが、単にキスがしたくなっただけです」
「僕が竜崎を好きになるなんて、きっと一生ないね」

溜息とともに本音を吐き出し、月は立ち上がった。

「言い切りますか?」
「言い切るよ」

見上げるLに、月は冷ややかな一瞥を送る。

「後悔しますよ」
「どっちが」

月はLに背を向け、部屋を出て行った。
逃げ出すようで気に食わないが、これ以上Lと冷静に会話を続ける自信もない。
下手に腹を立てて、ミスをするよりも、頭を冷やすことの方がよっぽどマシだ。
Lの恋愛感情を一体どこまで信じて利用すればいいのか。
考えれば考えるほど壁は果てしなく大きくなっていくようだ。
月は深い溜息をついた。


(嘘でも好きだなんて言えない)

その結論は思わぬ早さではじき出された。






 
 

2004/06/24

 
     
 

月くん継続中。
(もういいよ・・・)
えらそうな月って書けないかもしれない・・・(爆)
きっと、月がえらそうにできる相手はリューくんだけなんだよ。

 
     
   
     
 

 

 
 
     
 

 

 
 
     
     
     
     
     
     
     

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