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誕生日・2005 |
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また今年も雪が降る。 春の訪れを感じ始める頃、必ず急激な寒波に襲われて、手放そうとした重いコートを引っ張り出すことになる。 風邪をひくと悪いからと、冷え込む日に薄着で外出することを母親は嫌う。 母親の心配を無下にはできず、素直にクリーニングに出す前のダッフルコートをTシャツの上から羽織った。 「行ってきます」 ドアを開け、外に出ると肌を突き刺すような冷たい風が頬に当たる。 住宅街の路地を歩いているとポケットに入れていた携帯電話が鳴った。 非通知表示だったが、月は電話に出た。 「珍しい・・・」 素直に驚いた声を出すと、電話の相手は不満を露にする。 「本当のことじゃないか。用があってもめったに電話なんかかけてこないくせに」 呆れたように反論すると、『寂しい思いをさせていましたか?』などと頓珍漢な事を答えてくる。 思わず電話を切りたくなった月は、無言になった。 月の放つ刺々しい空気を察したのか、電話の相手も沈黙する。 「・・・それで?本当に用がないのなら切るよ」 月が寒風吹き荒ぶ中、わざわざ外出したのは、誰かと約束をしているわけではなく、欲しい本を探すために本屋に向かうためである。 急ぐ用事ではないのだが、無意味な長電話をするつもりもないと、月は相手を急かした。 『大事な用があるのです』 電話の向こうで妙に真剣な声を出すので、月は歩く足を止める。 先刻よりも強くなった風が髪を乱すように吹き付けてきた。 「なに?」 大事だと強調するからには、本当に何かあるのかもしれない、と思ってしまった自分の甘さに、月は後程後悔することになる。 『お誕生日おめでとうございます』 電話の相手は、淡々と告げた。 「え?」 月に発言の余地を与えずに、電話はすぐに切れた。 耳に届くのは、電子音だけである。 「・・・」 月は携帯電話をコートのポケットにしまうと、再び歩き出した。 ずいぶんと身体が冷えてしまった。 ふ、と空を見上げると重苦しい程のどんよりとした濃灰色の雲が覆っている。 強風のせいか、雲は形を変えながら北から南へと流れていく。 (なにを、期待していたのだろうか) 誕生日という習慣を気にかけるような人間だと認識していなかった。 わざわざ電話をかけてくるほど大事なことだと彼が思っていたということに、月は思いのほか動揺していた。 目の前を小さな白い欠片が通り過ぎた。 それは、次から次へと地面へ降り注いでいく。 「雪・・・」 寒さの理由に納得して、月は背筋を伸ばした。 目的の本を抱え、帰宅した月を出迎えたのは、色鮮やかなバラの花束と大きなケーキだった。 玄関で絶句した月に向かって、母親が嬉々として「竜崎さんという方からのプレゼントだそうよ。ちゃんとお礼を言っておきなさいね」などと言う。 「わかったよ」と事務的に返事をして自室に戻った月は、ポケットから取り出した携帯電話をベッドに投げつけた。 終 |
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2005/02/11 |
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去年の月の誕生日用でした。 |
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