『んの書〜なつかしいあなたへ〜』

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第4話

《――テロリストグループは人質解放の条件として、「人質全員がライザンバー2をノーミスクリアする事」との声明を発表しており、人質解放には相当な時間を必要とするだろうと専門家は見ております。現在、国際警察機構は――》
 やれやれ、何だか最近、物騒な事件が多い気がするなぁ……
 近所の中華料理店の天井隅に取り付けられたテレビが放送している、
海外のテロ立てこもり事件ライブ映像を横目で見ながら、僕は陰鬱な気分で卵スープを啜った。
 『魔法怪盗団』の一件以降、“接触者”や“資格者”の活動が大人しくなったらしいので、少しは世の中も平和になると思っていたんだけど……実情は正反対になっている気がする。
 こうした事件も、当事者以外にも納得はいかなくても理解はできるような整然とした理由じゃなくて、
『太陽が黄色かったから』『ウルトラ真ボスの弾幕がウボアー』
なんて無茶な理由で起こった突発的で意味不明な事件が多いんだ。
「理不尽な事件が発生しているのは、一般社会だけじゃないぞ」
「アタシ達退魔業界の方も、変な事件が多発して大変なんだからぁ」
 テーブルの向かいの席で、妖艶な金髪シスターさんとでっぷり太った髭モジャ大男が、餃子と八宝菜を口に運びながら同時に傾く。
 以前の事件から何かとお世話になっている退魔組織の人達――シスター・ゲルダさんとアルタン・ボブロフ氏だ。
 2人とも超一流の退魔師らしいけど、こうして見ると普通の人間に見え――
――るにはちょっと無理があるか。うん。
「変な事件?」
「この頃、新種の魔物が出没してな――」

 2人の話によると、最近、世界中で旧支配者や独立種族、奉仕種族達『邪神』に似た性質を持つ魔物が出現しているという。もっとも、本物の邪神なら人間の退魔師さんが退治するのは不可能だけど、それらの魔物はなんとか退魔できるので、旧支配者達に似た別種の魔物ではないかと推測しているとか。
「でもォ、魔力波動係数とかアストラル認識パターンは『邪神』としか思えないのよね。ねぇ、アナタの恋人さん達は何か知らないのォ?」
 10人前はありそうな中華丼を3口ぐらいで飲み込んでから、ボブロフ氏は首を傾けて見せた。もちろん、“つぁとぅぐあ”さん達にそんな話を聞いた覚えは無いし、僕自身にはその現象が何の事なのかさっぱりわからない。
「いや、すいません。初耳です」
「そうか……話を変えるが、赤松殿。君は魔法使いになってみる気はないかな?」
「……は?」
 僕はゲルダさんの餃子をくすねようとした姿勢のまま固まった。まぁ、当然の反応だと思う。
「もう一度言う。正式に魔術師としての修行を積んでみないか?」
 ゲルダさんのクールな美貌は真剣だった。冗談ではなさそうだ。
「な、なぜ僕が魔法使いに? こう見えても童貞は捨ててますし」
「何の話だ?……とにかく、君には魔術師としての素質がある――」
「ホントですか!?」
「――かもしれないのだ」
 かくっと15度くらい上半身を傾ける僕を尻目に、ゲルダさんは淡々と話を続けた。

「君のように、人知を超えた超高位存在と接触し、あまつさえ交わった者には、後天的に魔術師としての素質が宿るケースがある」
「もっともぉ、こればっかりは専門の施設で調べて見ないとはっきりとは分からないけどねェ。素質があっても正式に修行しないと何の力も得られないしぃ」
「は、はぁ……」
「最近、我々の業界も人手不足でね。素質のある者は積極的にスカウトしているのだが……いかがかな?」
 魔法使いねぇ……僕とは全然縁の無い世界だと思っていたなぁ。後天的な素質だから全然自慢できないけど……あ、まだなれるとは限らないか。
 うーん、それに……
「せっかくですが、僕にとんがり帽子で箒に跨る姿は似合わないと思うので」
 正直、魔法や超常現象の類は周囲にいくらでも使える御方がウジャウジャいるので、使えてもほとんど意味無いよね。それ以前に興味も無いし。
「そうか、残念だな」
 台詞とは裏腹に、ゲルダさんの表情は僕の返事を予期していたように落ち着いたものだった。
「この件を引き受けてくれるのなら、私の餃子を盗もうとした件は不問にするつもりだったが」
「え?」
「ちなみにぃ、アタシの地元では盗っ人は手の指を切断されちゃうのよォ」
「え? え?」
 ――結局、よくわからない内に、今回の食事は(なぜかボブロフ氏の分まで)僕が全部奢る事になった……トホホ。

 そんな話があった事なんて、忘れかけていたある日――
 あの『ユゴス総合病院』の一件から三日後……僕は自室でとろけていた。
「……暑い」
「……あぉん」
「……熱いぜ……熱くて死ぬぜ……」
 地球温暖化問題を深刻に考えてしまうくらい、今日はフルスロットルに暑い。いくら真夏日とはいえ、日中の平均気温が38度というのはやり過ぎじゃないだろうか?
 こんな日は、たとえワイルドリザードが攻めて来ようとエアコンの効いた部屋の中に引き篭もっていたいのだけれど……
「……わぅん、わぉぉん……?」
「……えーと、“しょごす”さんの話によると、修理にはあと3時間くらいかかるって……」
 舌を出しながら汗だくではぁはぁ荒い息を吐く“てぃんだろす”の頭を、僕は力なく撫でた。
 ……なぜ、こんな日に限ってエアコンが故障してしまうんだー!!!
 今、僕達は自宅の中でヴァーチャルサウナ風呂を体験していた。
 僕の家の冷暖房は、一台の親機が各部屋に冷暖房を供給しているシステムなんだけど、肝心の親機が故障してしまったので、家中のエアコンがいかれちゃったんだ。現在、“しょごす”さんがフルピッチで修理に取り掛かってくれているのだけど、やっぱり南極製品とは勝手が違うらしく、直るにはまだ時間がかかるらしい。うーん、この展開、誰かの陰謀を感じるなぁ……
「……せんせー……質問……」
 と、こんな環境の中でも普段通りの無表情を崩さない“いたくぁ”さんが――
――例によって、いつのまにか部屋にいた――片手を小さく上げた。

「何ですか?」
「あぉん?」
「……おめぇら……ウチになにする気だべか……」
 正座して湯呑を持った姿勢のまま、右半身をコアラの如く僕に抱き付かれ、対照的に左半身を“てぃんだろす”に抱きつかれている“いたくぁ”さんの声は、しかし、それでも無感情なままだった。
「いやぁ、“いたくぁ”さんって体温低いから、こうしていると冷たくて気持ち良いんです」
「わん、わわん!」
「……お前等……」
 さすが『吹雪の魔神』だけあって、“いたくぁ”さんの身体は夏場でも涼しい(気がする)。今朝方エアコンが壊れていると“しょごす”さんに宣告されて以来、ひょっこり姿を現せた“いたくぁ”さんを拉致して、こうして“てぃんだろす”と一緒に抱き付いて涼を取っていたんだけど……
「……キミは……何処に堕ちたい?……」
 “いたくぁ”さんの無感情な声に、僕は確かな殺気を覚えた。
 さすがに5時間以上抱き付かれていると、“いたくぁ”さんも忍耐の限界のようだ。いや、“てぃんだろす”が一緒にいなければ、僕は彼女に抱き付いた瞬間に冷凍ヒモ無しバンジーする羽目になっていたかもしれない。
「そ、それじゃあ、喫茶店にでも行こうか!!」
 身の危険を感じた僕は慌てて“いたくぁ”さんから離れて、“てぃんだろす”を引き剥がしながら、自分でも不自然なくらい明るく言ってのけた。

「くぅん……きゃうん?」
「外はもっと暑いって? うーん、バスかタクシーを使おうかな」
 数分後――“しょごす”さんにちょっと出かけてくると伝えた僕は、“てぃんだろす”と一緒に玄関で靴を履きそろえていた。背後に“いたくぁ”さんが佇んでいるけど、きっと彼女も付いてくるのだろう。喫茶店で抹茶パフェでも食べる気なのかな。
「さぁて……」
 僕は軽く息を呑みながら、玄関のドアノブを掴んだ。金属製のドアノブを通して、扉向こうの熱気がはっきりと感じられる。憧れのパライソ(クーラーの効いた喫茶店)に辿り着くには、これから真夏の炎天下という難所を潜り抜けなければならない……
……ああ、考えるだけで頭がクラクラしてきた。
「いくよ。“てぃんだろす”に“いたくぁ”さん」
「わん!」
「……地獄で会おーぜ……」
 覚悟を決めた僕は、灼熱地獄への扉を一気に押し開けた――!!

びゅぉおおおおおおおおお―――!!!(猛吹雪)

「…………」
「…………」
「……早く……行こ……」
 目の前に広がる純白の光景に、僕は唖然として固まった。
 雪混じりを通り越して氷混じりの暴風に、吐く白い息は一瞬で流されてしまう。灰白色の猛吹雪に見え隠れする町並みは、全て白い雪と氷に覆い隠されていた。
「きゅ、きゅぅん」
 カタカタと寒そうに歯を打ち鳴らしながら“てぃんだろす”が僕にしがみ付いてきたけど、僕にはその頭を撫でる余裕も無い。
 な、なぜに真夏の炎天下の中で猛吹雪が!?
 ついさっき、二階の自室で窓の外を見た際には、陽炎が揺れる八月のヒートアイランドが見えていたのに……まさか、二階から降りて玄関を開ける数分間の間に、真冬にタイムワープしちゃったの!?
 無論、いくら考えても僕に原因が分かる筈が無い。
 でも、こうしたわけのわからない現象の影には、必ず彼女達の――『邪神』の存在がある事だけはわかる。
 そして――今回も、それは例外じゃなかった。
 『原因』は、向こうからまっすぐ、こちらにやってきたんだ。
「……!?」
 まともに目も開けていられない猛吹雪の中――その『影』だけは、なぜかはっきりと見えた。

 かろうじて人影だと分かる『影』は、接近するにつれその数を二体、三体に増やし、その数が五体になった時――
「――よう、初めまして……かな?」
 影の一団の1人が、錆びた鋼のような渋い声を放った。
 灰色のコートが良く似合う、外国映画の場末のバーに登場しそうな、渋い三十路後半の中年男性だった。ハードボイルドを愛する者なら、こんな男になりたいと願うかもしれない。
「勝手に自己紹介させてもらうぜ。俺の名は“脆木 薫(もろぎ かおる)”。あんたと同じ“接触者”だ」
「接触者!?」
 1年半前の出来事を思い出して、思わず身構える僕に、周囲の影が次々と名乗っていく。
 以前“ン・カイ”で見た事がある、茶色い全身タイツにミニスカサンタコスチュームを着た、鹿の枝角を生やした気の強そうな美女――
「私は“いほうんでー”……って、お前、どこかで見た顔ね!?」
 ミイラみたいに全身に包帯を巻き、目の辺りから真っ赤な血を流している不気味な女性――
「“る、りむ、・しゃい、こ、ーす”」
 灰色のゴシックロリータ風ドレスを着た、手に石版を持つ金髪ショートカットの美幼女――
「はろはろー♪“うぼ=さすら”よ。姉さん元気してるー?」
 そして、着物の上にエプロンを付けた金髪の美しい和風メイドさん――って、
「“しょごす”さん!?」
「はイ、私は“しょごす”でス。初めましテ」
 驚愕する僕の目の前で、“しょごす”さんは深々と頭を下げてくれた。間違い無い。服装は和風メイドだし、髪型はお下げじゃなくてロングストレートヘアだし、目も糸目じゃなくて切れ長のシャープな眼差しだけど……それ以外は美貌も声も仕草も身長もプロポーションも、僕の知る“しょごす”さんと全く同じに見える。自分から“しょごす”って名乗ってるし。ど、どういう事だろう?

「ご主人様、呼びましたカ?」
 その時、背後からお馴染みの“しょごす”さんがひょいっと顔を出して……次の瞬間、まるでテレポートみたいな勢いで、僕をかばう様に立ち塞がった。
「ア、貴方ハ!……19506057800499607112587さン!?」
「19506057800499607112578さン……まさカ、貴方の仕事先がここだったとハ……」
 2人の“しょごす”さんは、お互いを指差し合って、本気で驚愕しているようだった。
「えーと、どういう事でしょうか……分裂でもしたのですか?」
「いいえ御主人様……あの個体は“しょごす 19506057800499607112587”。私と同型の“しょごす”でス」
 僕の疑問に即答しながらも、“しょごす”さんは身構えながら向こうの“しょごす”さんから目線を離していない。どうやら、相当にヤバイ相手らしい。
 何だかよくわからないけど、向こうの“しょごす”さん――混乱を避ける為に、向こうは“和風しょごす”さんと呼ぼう――と“しょごす”さんは、仕事上の同僚って事なのかな。
「すでに戦闘モードに移行していますネ……どうしてもやる気ですカ?」
「それガ、現在の私の最優先事項でス」
「そうですカ……ならバ、私もメイドとしての任務を遂行させてもらいまス!」
 一触即発の空気を纏って対峙する“しょごす”さんと“和風しょごす”さんだけど……うーん、声質も口調もCV井上喜久子も全く同じなので、傍から聞いてるとどっちの台詞なのかさっぱりわからないなぁ。
 その時、低い咳払いが吹雪の中に響いた。
「……おい、話を続けていいか?」
「「ア、申し訳ありませン」」
 さすが同型、台詞も完璧にハモっている。
 脆木氏は呆れたように肩をすくめると、どこか気だるい調子で僕に話し始めた。
「あんたに恨みは無いんだが、俺のオンナが吼えてるんでね。悪いがあんたのオンナを襲撃させてもらうぜ」
「誰がお前のオンナよっ!! と、とにかく、こんな所で足止め食ってる場合じゃないわ」

 “いほうんでー”さんは真っ赤な顔で脆木氏を睨むと、いきなり僕に枝角を向けて、ずどどどど〜って雪風を撒き散らしながら突進してきた……って、いきなり何スか!?
「わぉん!!」
 枝角が僕に激突する直前、“てぃんだろす”が服を引っ張ってくれなかったら、僕は哀れ串刺しになっていたかもしれない。
「邪魔するぜ」
 ずどどどど〜っと地響きを立てながら玄関の中に突撃する“いほうんでー”さんに続いて、脆木氏に“るりむ・しゃいこーす”さん、“うぼ=さすら”さんも勝手に家の中に消えていくのを、僕は呆然と見送って――
「――って、“つぁとぅぐあ”さん達が危険で危ない!!」
 あの“いほうんでー”さんは“つぁとぅぐあ”さんを敵対視していたんだった。あまりに急展開が続くので、ついぼーっと成り行きを見守ってしまった。
「あぉん!」
「不法侵入されてまス!すぐに排除しましょウ!」
「……喫茶店……行かないの?……」
 緊張感の無い1柱を除き、慌てて僕達は家の中に飛び込もうとしたんだけど……
「申し訳ありませんガ、これ以上先には行かせませン」
 あの“和風しょごす”さんが、どこか悲痛な面持ちで僕達の前に立ち塞がったんだ。
 さっきの話によると、“和風しょごす”さんは“しょごす”さんと同型の元戦闘型超絶生命体らしい。つまり、泣く子も黙る荒唐無稽な戦闘力の持ち主って事だ。うーん、どうしよう? できれば穏便に済ませたいんだけど……

「御主人様、ここは私にお任せ下さイ」
 そこにずいっと“しょごす”さんが1歩前に出た。対峙する2人の目線の間に、見えない火花がバチバチと音を立てているような気がする。
「まさカ、あなたと戦う事になるとは思いませんでしタ」
「願わくバ、この展開は避けたかったのですガ……」
「あなたと私は機体スペック、武装、戦闘経験、固有人格、メンテナンス状況等、全ての戦闘要素が互角――」
「すなわチ、任務への使命感と御主人様への忠誠心、戦いの信念が勝敗を分けまス」
「ならバ、この戦い私の勝ちでス!!」
「それは私の台詞でス!!」
 ウネウネグチョグチョガシャガシャカシャン……と、身の毛のよだつような効果音を響かせながら、2人の姿が名状し難い戦闘形態に移行していく。両者を中心に気流が渦を巻き、ゴゴゴゴゴ……と地響きが轟く。あああ、また大怪獣バトルが始まるらしい。
「ここは私が引き受けまス。御主人様は今のうちに早ク!!」
「行かせませン!!」
「そうは行きませんヨ!!」
 両者の拳(?)が神速で交錯する!
「ショゴス流星拳!!!」
「ショゴス昇龍波!!!」
 背後からの爆風に吹き飛ばされるように、僕と“てぃんだろす”と“いたくぁ”さんは家の中に飛び込み、そのまま勢いに任せて自室への階段を駆け上った――

 ――しかし、
「こ、の、先は、私、が通さな、い。“る、りむ・し、ゃ、いこ、ーす”の名、にかけ、て」
 自室の押入れの前には、新たな障害が立ち塞がっていたんだ。
 まるで四足歩行の獣のような四つん這いのポーズで、目を覆う包帯の奥から真紅の涙を流し、青紫色のロングヘアを燃えるように震わせて、ゆらゆらと体を揺らすように威嚇する“るりむ・しゃいこーす”さん。スレンダーながら肉感的な血色の悪い肢体をボンデージ風に包帯で隠す姿は、奇妙な色香を感じさせた。
 一々確認するまでも無いだろう。どうにかして彼女にお引取り願わないと、“つぁとぅぐあ”さんのいるン・カイへは行けないみたいだ。
 さて、どうすればいいのかな……
「あのぅ」
「SYAAAAAAAAA!!!」
 ちょっと声をかけただけで、ネコかヘビみたいに威嚇されてしまった。とほほ、話し合いでの解決は無理っぽいなぁ。
「私、に近、づ、くな!、!」
 対処法を考える間もなく、いきなり“るりむ・しゃいこーす”さんの全身が青白く輝き始めた。不思議な事に、青白い光は彼女の周囲2mぐらいの範囲に留まっているんだ。そして――
 …ぴき…ぱき…ぱりん…
「え、えぇ?」
 なんと、青白い光の範囲内にある、押入れの襖、テーブルの端、クッション、床の絨毯までが、あっという間に漂白するみたいに真っ白に凍り付いて――粉々に砕け散った!?
「あ、あれは一体!?」
「……あれが……“るりむ・しゃいこーす”の力……万物を凍結させる魔力……
……あの光の中では……如何なる物質も……高温も……言葉も……存在も……信念も……
……神々すら……全てが凍りつき……白い静寂の中……崩壊する……
……あれが……かつて……古代ヒューペルボリア大陸を……たった1人で……滅ぼしかけた……
……異次元の邪神……『白蛆』!!……」

 僕の疑問を“いたくぁ”さんのやたら長い呟きが答えてくれた。
 なるほど。いまいちよくわからないけど、いわゆる漫画とかでよくある『冷気』や『凍気』とか言われる力を使える神様らしい。外があんな風景になってしまったのも、彼女の仕業か。
 白いキラキラとした結晶が部屋中を舞っているのは、ダイヤモンドダストという奴だろうか。いや、これは凍結して砕け散った家具の破片か……
「……って、部屋!! 部屋が大変な事に!!」
 さすがに僕は慌てた。こうしている間にも、現在進行形で部屋がカチンコチンに凍りついているし!! あああーっ!! やりかけの仕事のデータが残っているパソコンが、まさに今、目の前で粉々にぃぃぃぃ!!!
「わぉおん!!」
 僕の動揺が伝わったのか、“てぃんだろす”が怒りのオーラを纏いながら“るりむ・しゃいこーす”さんに飛びかかった。でも――
「私に触、れる、な、!!」
「きゃぅん!?」
 “てぃんだろす”の牙が“るりむ・しゃいこーす”さんに触れようとした瞬間、“てぃんだろす”は襲いかかる姿勢のままピッキーンとマンガみたいに凍り付いて、ごろん、と僕の足元に転がってきた……わーっ!!
「て、“てぃんだろす”っ!?」
「……はい……これ……」
 “いたくぁ”さんがどこからともなく取り出した湯気立つヤカンのお湯を、フリージング状態の“てぃんだろす”にかけて氷を溶かすと、
「きゃいん、きゃうん!!」
 解凍された“てぃんだろす”は泣きながら僕の懐に飛び込んで、寒そうにガタガタ震えながら僕の上着の中に潜り込んでカメさん状態になってしまった。うーん、よっぽど寒かったんだろうなぁ。
「無駄、だ。、私、に触、れ、るもの、は全、て、が凍りつ、く」
 “るりむ・しゃいこーす”さんの口元がニヤリと歪む。
 うむむむむ……どうすればいいのだろう?

 僕は隣で湯呑の中身が凍り付いているので、かき氷製造機でガリガリと宇治金時を作っている、“いたくぁ”さんの脇腹を肘で小突いた。
「“いたくぁ”さん、なんとかなりませんか?」
「……無理っス……オイラでも……奴に触れたら……カチンコチン……」
 あう、“いたくぁ”さんすら凍っちゃうんですか!? 某文献によれば、神様を凍らせるには絶対零度の数百倍の凍気が必要な筈なのに……いや、彼女は対象に関係なく、全てを凍結させる事ができると“いたくぁ”さんがさっき言ったっけ。恐るべし、“るりむ・しゃいこーす”さん。
 しかし、このまま足止めされているわけにもいかないし……どうすればいいのだろう?
 と、その時――手首に弱電流のようなむず痒さが走った。
「!?」
 これはもしかして、と思った瞬間、手首のミサンガがしゅるしゅると解けて、瞬く間に恥ずかしがり屋な“つぁとぅぐあ”さんの幼女バージョン“おとしご”ちゃんが出現したんだ。
「“おとしご”ちゃん?」
 もう今の状況は把握しているのだろう。“おとしご”ちゃんは“るりむ・しゃいこーす”さんをタレ目で見つめると、また一瞬の内に黒い紐状に変化して、僕と懐の“てぃんだろす”、そして“いたくぁ”さんの身体に絡み付いて――
「えぇ!?」
「わん?」
「……八甲田山……死の行軍……」
 セーターを編むように“おとしご”ちゃんの黒い髪が絡み合って、あっという間に黒い毛皮の全身コートに変身した。南極越冬隊員や冷凍倉庫の職員が着るような、頭の上から足の指先まで完全に包み込むタイプの防寒着だ。
「ま、さか、お前、は“、つぁ、と、ぅぐあ、”神の…、…!、?」
 “るりむ・しゃいこーす”さんの氷の美貌に緊張が走るのを、僕は見逃さなかった。
「“いたくぁ”さん! “てぃんだろす”!」
 僕は2人に目配せすると、一気に彼女を押さえにかかった。いや、さすがに僕は“いたくぁ”さんと“てぃんだろす”の後に続いたけど。

「わぉおん!! がるるるる!!」
「……寝技に入りました……残り30秒……」
「うぁ、ああ、あ、ああ…、…な、ぜ!? ま、まさ、か!?、」
 思わず拍子抜けするくらい、あっさりと“るりむ・しゃいこーす”さんは2人に押さえ込まれてしまった。うーん、さすが“おとしご”ちゃんの毛皮。防寒対策はバッチリだね。肌触りも“つぁとぅぐあ”さんの髪の毛に包まれてるみたいに気持ち良いし。
「な、ぜこの“お、としご、”、が私の、力への対、処法を、知ってい、るの、だ!、?」
 “るりむ・しゃいこーす”さんの方はこの事態に納得が行かないみたいだけど、僕に言われてもよくわからない。ともあれ、なんとか第2関門クリアーってとこかな。
 ところが――
「ひゃ、う、っ! な、何を、する!、?」
「……お楽しみは……これから……」
 “るりむ・しゃいこーす”さんに跨る“いたくぁ”さんの瞳が無表情のままキラーンと光った。スゲェ怖い。
「い、やぁ、!、な、な、にをす…、…るっ!?、」
 “いたくぁ”さんの指が“るりむ・しゃいこーす”さんの薄めの胸を隠す包帯をちょっとずらすと、思いのほか可愛いピンク色の乳首が顔を出した。そのまま白い指先が乳首を撫でまわす。
「んは、ぁ…、…な、っや、やめ、ろぉ…、…う、う、んっ!」
 乳首を摘み、乳輪を撫で、乳頭を潰し、乳房を揉み解す……たちまち“るりむ・しゃいこーす”さんの声に甘い響きが混じり始めた。
「……予想通り……責められると弱い……以前も……人間にボコられて泣いて帰ってるし……」
「、く、そぉ…、…お、のれっ、!すぐ、に凍、らせて、…、…ああ、っ!」
「……無駄無駄無駄無駄……ユーの力は……もうミーが封じている……」
 無表情に勝ち誇る“いたくぁ”さん。相変わらず、自分が圧倒的に有利な立場にあると攻め攻めな性質(タチ)だなぁ。
「……抹茶パフェを……食べ逃した恨み……食べ物の恨みは……怖いのよン……」
 やっぱり喫茶店の恨みだったか。どうりで自分からよく動くと思った。

「き、ゃ、ぁん、……だ、だ、めぇ…、…」
 “いたくぁ”さんの猛攻は続く。“るりむ・しゃいこーす”さんの身体を隠す包帯をあっという間に解くと、その青白くて綺麗な柔肌に、再び包帯を巻き始めた――いや、縛り始めた。
「ん、はぅ!、き、きつ、い、ぃ……、」
「……完成……」
 瞬きを2・3回する内に、専門の縄師も裸足で逃げ出す見事な亀甲縛りが完成していた。柔らかい腹部や臀部に容赦無く包帯が食い込み、乳房を強調するように寄せて、性器を擦り上げる……さっきまで自分の身体を隠していた包帯に攻められる“るりむ・しゃいこーす”さんが切ない声をあげる度に、その青白い肌が徐々に火照っていくようだ。
「……まだまだ……いくよ〜……巫女巫女ナ(ry……」
 台詞通りに“いたくぁ”さんの責めはまだ終わらない。今度はあまった包帯を縦に細く裂き、ツンと立った両乳首にくるくると巻きつけた。
「んき、ゃぁ!、!」
「……リーチ一発……」
 続けて股間の薄い茂みにキスするように唇を当てて、
「はぁ、ぅ!!だ、めぇ…、…ダメ駄目だめぇ!、!」
 ちゅうちゅうと音を立ててクリトリスを吸い出した。ピンク色に輝く勃起したクリトリスに、またもや器用に包帯を巻いていく。両乳首とクリトリスに巻かれた包帯は、臍の部分で一本に繋がっているのだけど……
「き、ゃ、あああ、ああっ、!!、!」
 そこを掴んだ“いたくぁ”さんは、一気に包帯を上に持ち上げたんだ。
「痛ぁ、やああ、ああっ、!! だ、めぇ、あ、はぁう、っ!」
 自分の体重を乳首とクリトリスで支える事となった“るりむ・しゃいこーす”さんは、苦痛と快楽の入り混じった悲鳴を上げながら身体を仰け反らせて――その口に、いきなり肉棒が挿入された。

「ん、ぷぅ!、?」
「わぉん!!」
 いつのまにか僕の懐から抜け出していた“てぃんだろす”が、半泣きの表情で“るりむ・しゃいこーす”さんの小さな口に勃起したペニスをピストンしていた。その顔は珍しく怒っているように見える。どうやら、カチンコチンにされた事が頭にきているらしい。
「ん、ぐぅぅぅ、ぷは、ぁ!!、い、やぁ、あむぅ、ぅ、ぅぅ……、」
 喉の奥まで挿入される肉棒にイラマチオされながら、乳首とクリトリスを蹂躙される“るりむ・しゃいこーす”さんは、ここだけ包帯を取られずにいる目の周りから血の涙を流しながら、狂ったように悶え、喘ぎ、のた打ち回っているのだけど……
「あは、ぁ、うぅぅ、ぅきゃふ、ぅ!!、あ、は、ぁああう、ぅぅ、くぅん、んん…、…」
 その苦悶の中には、明らかに快楽の喜びがあった。僕が彼女達を止めようとしなかったのも、“それ”があるからだ。
 やがて――
「あぉん!!」
 “てぃんだろす”が切なげに吼える。
「んぷ、ぅ!、?、ぁは、ああ、ぁああ…、…あ、あぁ、……、う、ぇええ、え……」
 恍惚の表情でペニスが抜かれると、“るりむ・しゃいこーす”さんの口からねっとりとした濃い白濁液がドロリと流れ落ちた。
「……では……そろそろ……トドメファイナル……」
 “いたくぁ”さんはぐったりとしている“るりむ・しゃいこーす”さんの腰を抱きかかえると、お尻をぺチンと軽く叩いてから、股間に埋もれる包帯を横にずらし――小さく、しかしはっきりと口を開けたアヌスを指で突ついたんだ。
「か、は、ぁ!」
「……ここが……良いんでしょ?……」
「、あふぅ、あああ、あぁ、ぁああ、、ああああ―、―!!」
「……“てぃんだろす”……次は……こっち……この子は……同じ匂いがする……」
 楽しそうな無表情で彼女のアヌスにチュプチュプと指を出し入れする“いたくぁ”さん。その度に“るりむ・しゃいこーす”さんは今まで以上に全身を震わせて反応する。うーむ、北方系の神様にはアナル好きという法則でもあるのかな?

「きゅぅうん……」
 “てぃんだろす”はフラフラと“いたくぁ”さんに導かれるように“るりむ・しゃいこーす”さんのお尻を抱きかかえた。どうやら、まだ満足していないらしい。あの子は一度火がつくと止まらないからなぁ……
「お、願ぁ、い…、…早く、ぅ……」
「わぉん!」
 もう、“るりむ・しゃいこーす”さんは自分からお尻をふりふりして“てぃんだろす”のペニスを誘っている。それに応えるように、“てぃんだろす”は勢いよくアヌスに肉棒を挿入した。
「んき、ゃあ、あ、あぁああ、あぅぅう、うう、ぁあ、ああああ、!!、!」
「はぁっはぁっはぁっ……あぉん! あぉおん!!」
 全身を包帯で拘束されてる“るりむ・しゃいこーす”さんを床に押し付けて、文字通り獣のようにバックでアナルを犯す“てぃんだろす”。その姿は快楽をむさぼり合う異世界の魔獣のように――美しかった。
「……うふふふふふ……まだまだ……」
 しかし、それでもまだ“いたくぁ”さんの攻撃は終わらない。今度は“いたくぁ”さんは僕を手招きして、
「……ユーは……前を……犯すべし……」
 そういう事を平気で提案しちゃうんだ。この神様ときたら。
「あ、いや、でも、僕は……」
「……そんな格好では……説得力無い……」
 “いたくぁ”さんの冷たい台詞もごもっとも。眼前の刺激的過ぎる光景に、僕はさっきから股間を押さえて前屈み状態にあった。とほほ。
「……じゃあ、遠慮無くやらせてもらおうかな」
「……かもーん……」
 “るりむ・しゃいこーす”さんの快楽に喘ぐ顔を撫でながら、“いたくぁ”さんは再び僕を手招きする。
「それじゃ、よいしょ」
「……え?……」

 そんな“いたくぁ”さんの腰をひょいと抱えると、黒い着物の裾をぺろんとめくって、相変わらず白くて柔らかくてすべすべなお尻を左右に割り、薄桃色にすぼまったアヌスにいきり立つ怒張の先端を押し当てて――
「……違っ!!……」
「いただきます」
 一気に根元まで挿入した。
「……んぁああああ……ぁああああっ!!……」
 うーん、愛撫無しでいきなり入れるとやっぱりきついなぁ。でも、生暖かく柔らかいゴムのような腸壁の感触は相変わらず最高だった。これならあまり時間をかけずに達することができるだろう。
「……ぁああっ……ばかぁ……違うぅ……ぅうっ!……わたしは……“るりむ・しゃいこーす”を……
……かはっ!……犯せ……んふぅ!……とおぉ……」
「いやぁ、早く“つぁとぅぐあ”さんの所に行かなくちゃならないので、てっとり早く済まそうと」
 まぁ、“いたくぁ”さんがあまり調子に乗らないように牽制するのが本当の目的だけど。
 口では抵抗しつつも身体は無抵抗のまま、“いたくぁ”さんは四つん這いでアヌスを犯されている。
「んき、ゃぁあ、あん!、あ、あっ!、もっ、とぉ!、!」
 ちょうど反対側では同じ姿勢で“てぃんだろす”にアヌスを攻められる“るりむ・しゃいこーす”さんがいた。鏡合わせのように向かい合いながら、快楽をむさぼり合う僕達は――
「、ああ、ぁあ、っ!!、あぁあ、あ、あ、あああ―、―!、!!」
「わぉおん!!」
「……きゃぅうん!!……」
「ううっ」
 ――同時に達した。

「は、ぁは、ぁはぁ…、…はあ、ぁぁ…、…」
「くぅぅん」
 オルガスムスに達した“るりむ・しゃいこーす”さんのアナルに精を注ぎ込みながら、“てぃんだろす”も彼女の背中にへちゃっと倒れかかった。2人ともとても幸せそうだ。
「……ううう……ヒドイっす……」
 僕は“いたくぁ”さんのアヌスからペニスをズルリと抜き取ると、尻たぶで綺麗に精液を拭い取った。されるがままの“いたくぁ”さんはとても悲しそうだ。
 さてと……そろそろ先に進まなきゃ。
「“てぃんだろす”、お願いがあるんだけど」
「……わぅん?」
 小さく尻尾を振って“てぃんだろす”は僕の呼びかけに反応を返した。よかった。あのまま気絶したのかと思った。
「このまま“るりむ・しゃいこーす”さんを足止めをしておいて!!」
「わ、わうん!!」
 “てぃんだろす”は額に巨大な汗を浮かべながら敬礼すると、“るりむ・しゃいこーす”さんのお尻を掴んで、一生懸命なピストンを再開した。
「……ぅ、うあ、あぁ、あああ、っ、!!、だ、だめ、ぇ……イ、っ、たば、かりだか、らぁぁあ、ああ、ぅ!!」
 再び“るりむ・しゃいこーす”さんの嬌声が部屋に響く。
 いや、別にエッチで足止めしろとは言ってないんだけど……まぁ、いいか。
「……で……私の……立場は?……」
 “いたくぁ”さんの呪怨に満ちた呟きを背に、僕は押入れの靄の中に飛び込んだ――
「……また……こんな役……しくしく……」

「あ、やっと来たわね! 遅かったじゃなぁい。ぶーぶー」
 闇の中を落下するような独特の感触が覚めない内に、僕は新たな障害が目の前に立ち塞がっている事に気付いた。
 視界がはっきりするにつれて見えてきたのは、暗黒世界の地平線の彼方まで広がる灰色のフレアスカート。手に持つ謎の石版。光を放つような黄金の髪。そしてどこか悪戯っぽい笑顔を浮かべた魂が蕩けるくらい可愛らしい美幼女の姿。
 確か、彼女の名は――
「“うぼ=さすら”よ♪」
 天使のような邪神の笑顔で、“うぼ=さすら”ちゃんはウインクしてくれた。
 し、しまった。つい勢いでン・カイまで来ちゃったけど、僕1人だけで邪神の皆さんをどうにかできるわけないじゃないか。あああ、早くも僕ピーンチ!!
「ふーん」
 そして次の瞬間、思わず息を飲む僕の顔を、胸の前5cmの距離から“うぼ=さすら”ちゃんが下から覗き込んでいた。いつのまにこんな至近距離まで近付いていたのか、僕にはまるでわからなかった。
「あなたが姉さんのハートを射止めた人なんだ。うん、顔はパッとしないけど、誠実で健康そうな個体じゃない。人間は顔じゃないしねぇ」
 誉められているのか馬鹿にされてるのか微妙な評価だなぁ……って、
「姉さんのハート? 射止めたって……僕が?」
「そうよ。あまつさえ子供まで孕ませちゃうなんて……スゴイじゃない! 姉さんが人間と接触するなんて珍しいのよ?」
 子供を孕む?……ま、まさか!?
「お姉さんって、ひょっとして――!!」
 “うぼ=さすら”ちゃんの口元がネコっぽく綻んだ。
「そ。暗黒世界ン・カイの支配者。不浄なる父にして母。偉大なる外なる神々の一柱。“三姉妹”の長女――ここでは“あぶほーす”と呼ばれているわ」
 そこで初めて、僕は“うぼ=さすら”ちゃんに対して、敵対者に対する脅威をあまり感じなかった理由がわかった。
 髪の色とくるくる変わる表情を除けば、“うぼ=さすら”ちゃんは“あぶほーす”さんにそっくりなんだ。
 僕は間抜けな仕草で目の前に微笑む彼女を指差した。
「“あぶほーす”さんの……妹さん?」

「そ。人間の言う姉妹の概念とは全然違うけどね。もう1人、私の妹に“ひゅどら”ちゃんがいるわよ。ま、あの子は知的生命体を見ると首を刎ねて畑に植えちゃう趣味があるから、遭遇しない方が身の為だけど」
 物騒な事をケラケラ笑いながら語る“うぼ=さすら”ちゃんは、しかし悪意や敵意の類は全く感じられなかった。どうやら、問答無用でデストロイされる事はなさそうだけど……
「いや、あの、僕が“あぶほーす”さんのハートを射止めたというのは誤解です」
「え〜っ!? 赤ちゃんまで作っておいて……認知してないのぉ!? ひど〜い! 鬼畜〜! 極悪人〜! 女殺し〜! 油地獄〜!」
「いや、そうじゃありませんったら」
 こ、この誤解は色々な意味で早く解消しなくては!
 汗だくになりながら、僕はしどろもどろに事の顛末を説明した。
 “あぶほーす”さんとのセックスは、“ばいあくへー”さんを復活させる為のもので、僕自身は単なる触媒に過ぎなかった事――
 でも、“ばいあくへー”さんが生きていたので、結局この試みは無意味となり、人間として生まれた“ばいあくへー”さんの生まれ変わりは、『魔法怪盗団』の1人“阿部 ホノカ”ちゃんの従兄弟に養子として引き取ってもらい、今は普通の人間の赤ちゃんとして平和に暮らしている事――
 というわけで、確かにエッチはしたけど“うぼ=さすら”さんが思っているような事は一切無かった事――
「――以上です。分かってもらえましたか?」
「うーん……」
 “うぼ=さすら”ちゃんはネコっぽい仕草で額をこすって、なぞなぞの答を考える小学生みたいに首を傾げた。でも、その口から出た言葉は――
「それで、姉さんとは週に何回くらいエッチしてるの?」
 ……ダメだ。全然分かってねぇ。
 僕はずっこけた際に岩にぶつけた後頭部をさすりながら、よろよろと立ち上がった。

「“うぼ=さすら”さん、僕の話聞いてなかったでしょ?」
「ちゃんと聞いていたよ? でも、そんな事どうでもいいじゃない」
 また、あの小悪魔的な笑みを浮かべながら、“うぼ=さすら”さんが僕を“見下ろす”。その時になって、僕は初めて彼女が僕よりも背が高くなっている事に気付いた。無論、急に大人に成長したわけじゃない。下半身のフレアスカート部分がにゅっと伸びて、僕に身長を合わせてきたんだ。その理由は――
「んっ」
「ッッッ!?!?」
 あまりにも唐突な不意打ちキス――唇を合わせるだけの軽いキスなのに、僕は一発で脳天まで痺れてしまった。すぐに彼女の顔は離れたけど、その感触はいつまでも僕の唇に残り、鼻腔一杯に甘い香りが広がる……
「……って、いきなり何ですか!?」
「えへへっ。ちょっと姉さんのダンナ様の味見をしたくってぇ」
 『悪魔は天使の姿で現れる』
 そんな格言を思い出させる、“うぼ=さすら”さんの魅惑に満ちたロリータフェイス。思わず生唾を飲み込む僕の目の前で、鼻歌を歌いながら灰色のゴスロリ服が脱ぎ捨てられていく。状況を理解する間も無く、“うぼ=さすら”ちゃんの上半身が露出する……
「…………」
 呼吸を忘れて僕はその裸身に見惚れていた。それほど美しい姿だった。
 夕日に照らされた淡雪色の柔肌は触れれば溶けてしまいそうなくらい艶やかで、汚れ無き純真無垢な輝きを放っていた。薄く肋骨の浮かんだ胸元の先端には、ほとんど素肌と変わらないピンク色の乳輪が微かに見える。幼児特有の凹凸の少ない体格はお腹の中心でちょっとへこんで、可愛いおへそが見て取れた。“うぼ=さすら”さんの時と同じく、下半身は見せてくれないけど……
「えいっ♪」
 突然、視界一杯にピンク色の乳輪が広がって――肉付きが全く感じられない胸が、僕の顔に押し付けられている事を知った。
「うりうりうりうり〜♪ どう? 興奮するぅ?」
 無邪気に胸を擦りつける仕草に苦笑しながら、僕は舌先で乳輪を軽くノックした。
「やぁん……くすぐったいよぉ」
 舌先で押さえるだけで隠れてしまいそうなくらい小さな乳輪をクリクリと弄び、時には平坦な胸全体をべろんと舐める。甘いミルクの味がした。

「あはぁ……ん……じょうず…ぅ」
 切ない吐息を漏らして僕の頭をぎゅっと抱きしめる“うぼ=さすら”ちゃん。その乳輪の先端には針先のように小さな乳首の存在が感じられて、彼女が本当に感じているのを伝えてくれた。
「えへへ……じゃあ、次は私の番だね」
 ぴちゃりと音を立てて乳首が僕の唇を離れる。舌先と彼女の乳頭にかけられた唾液の橋を、僕は夢見心地で見つめていた。そう、この時すでに僕は『人外の誘惑』に囚われていたんだ。
「くっ!?」
 突然、僕の股間に強烈な刺激が走った。いつのまにか僕の股間の位置まで身を屈めていた“うぼ=さすら”ちゃんが、ズボンから勃起したペニスを取り出して、両手でゴシゴシと擦っているんだ。
 ……あの姿勢だと、彼女の下半身が消失していて、床に広がっているスカートからいきなり上半身が生えているようにしか見えないけど……
……あまり考えない事にしよう。
「あははっ♪ すっごく立派だね」
 頬擦りするようにシャフトをしごき、小さな舌で亀頭全体をキャンディーみたいにペロペロ舐めて、先端をちゅうっと吸いながら一生懸命咥えようとしてくれるけど、
「けほけほっ……やぁん、おっき過ぎて食べられないよぉ。ゴメンねぇ」
 彼女に僕のペニスは大き過ぎて、口に含むにはちょっと無理があるよね。“うぼ=さすら”ちゃんは涙目で少し咳き込んで、ぷうっと可愛く頬を膨らませた。
「い、いや、十分気持ち良いです……」
 実際、彼女にペニスを擦られて舐められるだけで、いつでも爆発しそうなくらい気持ち良い。こんな小さな子のどこにこんなテクニックが……
……いや、邪神の方々に外見年齢に相応しい道理を求める方が愚かなんだろうけど。
「うふふっ、ビクビクしていて可愛い♪ 怖ぁい♪」

 天使のように可愛らしく、魔女のように艶やかに、“うぼ=さすら”ちゃんはフェロモンを撒き散らしながら、僕をそっと仰向けに横たえた。例のフレアスカートが広がっているので、岩肌の上でも全然痛くない。そして、今にも射精しそうに天に聳え立つペニスの上に、“うぼ=さすら”ちゃんが跨った――と思う。いや、“あぶほーす”さんの時と同じく、彼女のスカートの中に僕の下半身がズブズブと飲み込まれていったので、お互いの下半身がどんな状態にあるのかさっぱりわからないんだ。
 そして――
「それじゃあ……いっただきま〜す♪」
「――ッ!!」
 僕の下半身が一瞬で蒸発した――そうとしか形容できない、名状し難い感触が僕を襲った。ペニスが――いや、フレアスカートに呑みこまれた下半身全体が、ウネウネグチョグチョグチャグチャとしたおぞましい、そして凄まじい快楽に蹂躙されている。気持ちいい。発狂しそうなくらい気持ちいい。得体の知れない『何か』に陰嚢の中の精子が全て搾り取られて、次の瞬間に再び満杯の精子を吸い尽くされる……それを1秒間に数億万兆回繰り返されているのがわかるんだ。コップの水中に落ちた一粒の塩の欠片――
自分の正気と魂が、そんな風に消えていくのが、絶対の真実として理解でき――
 ――ぺしっ
「にゃんっ!?」
 下半身を襲う激流は、マヌケな打撃音と同時に消滅した。
 “うぼ=さすら”ちゃんの背後に立つ人影が、彼女の脳天に触手チョップを食らわせて、この逆陵辱を止めたのだと気付いたのは、
「ほら、しっかりしなさいな」
 漆黒のセーラー服を着た黒髪の美女――“あとらっく=なちゃ”さんが、僕の両肩を掴んでズルズルと引っ張り出してくれた後だった。

「…………」
「何をしているのかって? えーと……可愛い妹が姉さんに会いに来たのよ。うん」
「…………」
「そういう事を聞いているんじゃない? ええとぉ……ちょっと摘み食いを……あはは」
 ぺしっぺしっ
「痛たたたっ!!」
 相変わらず感情が全く読めないぼーっとした無表情で、“うぼ=さすら”ちゃんの頭に触手チョップを入れているのは、銀髪ショートヘアのゴスロリ幼女――我等が“あぶほーす”さんだ。
「危ない所でしたわね。もう少し来るのが遅れたなら、完全に同化吸収されていたわよ?」
「あ、ありがとうございます」
 僕は仰向けの姿勢のまま、頭上から見下ろす“あとらっく=なちゃ”さんに頭を下げた。
「礼は結構ですわ。それよりも早く、その御自慢のモノをしまってくださいな」
「は?……はっ!!」
 “あとらっく=なちゃ”さんの嘲笑的な眼差しが見ているモノにはっとした僕は、真っ赤になりながらズボンとパンツを手繰り寄せた。ううう、こういうのって妙に恥ずかしいんだよね……とにかく、何とか危機は脱したらしい。
「…………」
「別にあの人間とは何でも無い? またまたぁ、自己増殖以外で子供作っちゃうなんて、相当に入れ込んでる証拠――」
 ぺしぺしぺしぺしっ
「痛たたたたたたたたたっ!!」

 一方、“うぼ=さすら”ちゃんは“あぶほーす”さんの無言の剣幕にタジタジだ。連続触手チョップを頭に浴びながら、きゃーきゃー逃げ回ってる。でも、その姿はどこか楽しそうに見えた。やっぱり姉妹だからかな?
……2人のフレアスカートが完全に溶け合って一体化してるし。
「あら、こんな所でぐずぐずしていていいのかしら? 侵入者はずいぶん前に先へ行きましたわよ」
 そ、そういえばそうだった! 僕は慌てて起き上がりながらズボンとパンツを完璧に履き直した。自分でも器用だと思う。
「ありがとうございます。“あとらっく=なちゃ”さんに“あぶほーす”さん!!
……それで、できればお願いが――」
「あの御方を足止めしろと言うのでしょう? 承知しましたわ」
 “あとらっく=なちゃ”さんの唇の端が不敵に吊り上がる。“あぶほーす”さんも触手チョップしながら無言で傾いた。
「ほ、本当にありがとうございます」
「ふふふ、世話の焼ける隣人との付き合いも、もう慣れましたわ」
 僕は何度も頭を下げながら、“つぁとぅぐあ”さんの元に駆け出そうとして――
「えっとぉ……赤松の英ちゃんだっけ?」
 “うぼ=さすら”ちゃんの楽しそうな声に呼びとめられた。
「さっきはゴメンねぇ。少しからかってみただけなの。始末するつもりは初めから無かったから、堪忍ね?」
 チョップの猛攻に頭を押さえながらウインクする“うぼ=さすら”ちゃんの明るい微笑みを見て、彼女の言葉に偽りは無い事を、僕はなんとなく悟りながら全力疾走していた……

「だって姉さんってば、精神感応で赤ちゃんの惚気話を何度もするから、私も気になっちゃって……大っきかったよね♪ やっぱり姉さんも気持ち良かった?」
「…………」
 ぺしぺしぺしぺしぺしぺしぺしぺしぺしっ
「痛い痛い痛たたたたたたたたたたたたたたっ!! ゴメン!! 秘蔵の石版見せてあげるから堪忍してよぉ!!」
「やれやれ……ね」

 漆黒の闇の中に、発光する水晶柱だけが誘導光のように連続して輝いている。この輝きの後を追って行けば、“つぁとぅぐあ”さんの元に辿り着ける事が、なぜか僕には理解できた。
「“つぁとぅぐあ”さん、大丈夫かなぁ」
 自然に独り言が漏れる。まぁ、“いほうんでー”さんの方は、前回簡単に撃退できた事もあって、あまり脅威は感じていないんだけど……
 『脆木 薫』
 あの固茹でな男に、僕は得体の知れない雰囲気を感じていた。特に危険な感じはしないんだけど、何か普通の人間とは違うような……
「“るりむ・しゃいこーす”に“うぼ=さすら”は撃退したようだな」
「うおわっ!?」
 いきなりすぐ隣から声をかけられて、僕は情けない悲鳴を漏らしてしまった。
 幼い身体を凶悪な拘束具で雁字搦めに縛り、真紅のツインテールをなびかせて空中を滑るように並走するのは――言うまでもなく“がたのそあ”さんだ。
 どうやら、考え事をしていたせいで気付かなかったらしい。

「何を驚いている」
「い、いや。何も」
 全力疾走とは別の原因で、心臓がバクバク言っているのがわかった。
 アイマスクとギャグボールで顔を隠している所為で、何を考えているのかは声質でしか判別できない。この口調なら特に不機嫌ではなさそうだけど……この御方、怖いからなぁ。他の神様達は軽い冗談を言っても笑って許してくれるか無視すると思うけど、彼女は問答無用で石化しそうな気がするし。
「残る侵入者は2名だ。瞬滅するぞ」
「え? 手伝ってくれるんですか?」
「仮の宿とはいえ、我が住処に土足で踏み込む者は許さぬ。皆殺しにしてくれるわ」
 うわ、何のよどみもなく言い切ったよこの御方……やっぱり物騒だなぁ。
「何か不遜な事を考えなかったか?」
「い、いいえ、いえいえ。そんな。別に」
「……考えておったな」
 そして、ようやく“つぁとぅぐあ”さんの元に辿り着いた僕達が見た光景とは――

「んぁああっ! ひゃうぅうん! だ、ダメぇえええ……ああうっ!!」
「んんん〜やっぱり“いほうんでー”さんの太ももは美味しいですねぇ」
 まるで触手のような髪の毛の束に絡み取られて、全身の性感帯を責められている“いほうんでー”さんと、彼女の股間に顔を埋めて、太ももをスリスリしながら秘所を舐る我等が“つぁとぅぐあ”さん。それに――
「わははははっ! このかくてるとやらも美味しいでござるなぁ!……ひっく」
「そいつはオレンジブロッサムだ。飲み易くていいだろ?」
 地面に敷いたピクニックシートの上で、真っ赤な顔で酒盛りしている“う゛ぉるばどす”さんと、シートの上に様々なお酒を並べて、彼女にカクテルを作っている脆木氏の姿だった。
「んんぅ? ひでぼんさんですねぇ……御一緒しませんかぁ?」
 唖然としている僕を、“つぁとぅぐあ”さんがほんわかとした蠱惑的な仕草で誘惑する。その艶姿は“いほうんでー”さんとのレズプレイで湯気立つように火照っていて、あまりの色香に理性が根こそぎ粉砕されそうだ。もし、“るりむ・しゃいこーす”さんと“うぼ=さすら”ちゃんに最後の一滴まで精を搾り取られていなかったら、僕は何も考えずに“つぁとぅぐあ”さんに突撃していただろう。
「す、すみません。ちょっと野暮用があって……ところで、“つぁとぅぐあ”さんは大丈夫でしたか!?」
「何が大丈夫なのですかぁ?」
 ……全然大丈夫みたいだ。よかったよかった。
「ふわぁっ!! いやぁ……またイクっ、イっちゃうっ!!」
 ミニスカサンタ服を剥ぎ取られて、茶色の全身タイツ姿のまま“つぁとぅぐあ”さんの髪の毛に責められる“いほうんでー”さんは、おそらく何十回目かの絶頂を迎えて全身をびくびくっと痙攣させた。
 まぁ、この光景はある程度予測できていたんだけど……問題は、あっちの方だ。

「貴様……何をしている」
 “がたのそあ”さんが拘束具の隙間に青筋を浮かべながら、ケタケタ笑っている“う゛ぉるばどす”さんに僕の疑問を代弁してくれた。
「んあぁ〜? “がたのそあ”殿にひでぼん殿も一杯飲むでござるかぁ?」
 ポニーテルを振り乱し、上着も肩が肌蹴て豊満な乳房が半分丸出しになっている“う゛ぉるばどす”さんの姿に、普段の凛々しい女戦士の面影は何処にも残っていない……
「何をしていると聞いている!!」
「いやぁ、怪しい曲者の気配を感じて捕らえたのでござるがぁ……その曲者が供物を捧げてなぁ……
……ひっく! それがまた美味しいのでござるよぉぉ」
 ようするに、酒で懐柔されちゃったわけね……
「まぁ、そんなわけで俺は捕まり、俺のオンナもあんたのオンナに……ほれ、あの始末さ」
 脆木氏は新たなカクテルを“う゛ぉるばどす”さんに渡しながら、絡み合う2人の邪神に向けて顎をしゃくった。
「あんたがこうしてここにいるって事は、“るりむ・しゃいこーす”と“うぼ=さすら”も負けちまったって事かな?」
「え、ええ……まあ」
 脆木氏は、拍子抜けするくらいあっさりと両手を上げた。
「そんじゃ、降伏するぜ。俺達の負けだ……つーわけで、そろそろ俺のオンナを開放してやってくれないかい?」
「あ、はい……“つぁとぅぐあ”さーん」
「はぁいぃ〜」

 数分後――
「しくしくしくしく……なんでもっと早く止めてくれなかったのよぉ!! このダメ信者ぁ!!」
「いやな、お楽しみの所を邪魔しちゃ悪ぃと思ってな」
 泣きじゃくる“いほうんでー”さんに後からチョークスリーパーをかけられる脆木氏――
「はぁはぁはぁはァ……やはり千日戦争(サウザンドウォーズ)になってしまいましたカ……」
「この勝負……引き分けですネ……」
 あれからずっと“しょごす”さんと拳で友情を語り合っていたらしい、全身に×字の絆創膏を貼りつけている“和風しょごす”さん――
「うふふ、ふふ、…、…気、に入っ、たわ、ぁ」
「わ、わぉん!!」
 顔をトロンと惚けて、ジタバタ暴れてる“てぃんだろす”に頬擦りしている“るりむ・しゃいこーす”さん――
「もう、姉さんってば相変わらず照れ屋なんだから……痛たたたたたっ!!」
 頭に串団子みたいなタンコブを生やしながらも、まだ“あぶほーす”さんに触手チョップを食らっている“うぼ=さすら”ちゃん――
 唐突で脈絡の無い襲撃者達は、退散しようとしていた。
「なぁ、いいかげんに諦めようぜ?」
「ま、まだまだよっ!あいつにギャフンと言わせるまでは諦めないわ!!」
「ギャフン、ね……」
 肩をすくめる脆木氏は、“いほうんでー”さんの頭を慰めるように撫でながら、僕に祈るように片手を掲げた。
「そういうわけだ。また俺のオンナが遊びに来るかもしれないが……ま、適当にあしらってやってくれ」
「誰があんたのオンナよっ!!」
「わかったわかった。今回は戦略的撤退といこうぜ」
 うーん、なんだかよくわからないけど、向こうは向こうで大変そうだなぁ。

「今回の事は後で埋め合わせさせてもらうぜ。邪魔したな」
「首を洗って待ってなさい! 食っちゃ寝旧支配者!! 今度こそあんたをボコボコにしてやるんだから!!」
「また遊びにきてくださいねぇ」

「次回のメンテナンスは何時でしたカ?」
「×××万秒後でス。また88075983015449002477500269887844さんと一緒にお食事しましょうネ」
「アイ、コピー。約束ですヨ」

「さあ、帰、ろ」
「きゃうん! わん!」
「あの、“てぃんだろす”持ってっちゃダメです」
「ち、ぇっ」

「姉さんまたねっ。今度はダンナ様を貸してくれると嬉し痛たたたたたっ! 冗談だってばぁ」
「…………」

 三者三様――じゃない、五者五様な言葉を残して、不可思議な襲撃者達は闇の中に消えて行った。
「ばいばぁい……また遊びに来てくださいねぇ」
「……喫茶店……行こ……」
「わん、わわん!!」
「ふゥ、久しぶりに手足触手を伸ばせましタ。たまには実戦もいいですネ」
「妹様、最後まで誤解していたみたいね」
「…………」
「またぁ、かくてるとやらを沢山持ってくるでござるよぉ〜〜〜ひっく!」
「……彼奴等もそうだが、結局、我は何の為に出て来たのだ?」

 ホント、あの御方達は何しに来たんだろう?
 あまりにも当然ながら、僕にはその理由がさっぱりわからなかった……
 ……何気なくズボンのポケットに手を入れた時、指先に『それ』が当たるまでは。

 その日の夜――

 カランカラン……

「いらっしゃいまセ」
 黒ずんだ樫の木の扉を押し開けるとほぼ同時に、あの“和風しょごす”さんが深々と頭を下げて僕を迎えてくれた。
「あ、どうも」
「カウンター席へどうゾ」
 隣市の繁華街の外れにあったカフェバー『夏の終わり』は、60年代のアメリカの場末の酒場を連想させる洒落た内装のカフェだった。いや、もちろん当時のアメリカ風俗なんて知らないから、勝手な想像だけど。
「よう。思ったよりも早く来たな」
 バーテンダー姿の脆木氏は、カウンターの中でグラスを磨きながら僕を迎えてくれた。あまり流行っていないのか、貸切にしてくれたのか、店内に僕以外の客はいない。“るりむ・しゃいこーす”さんと“うぼ=さすら”ちゃんの姿もなかった。“和風しょごす”さんは直立不動の姿勢で入り口の脇に控えている。
「さっきは悪かったな。詫びに何か奢らせてもらうぜ。好きなのを注文しな」
「ええと……マティーニを」
 こういう時にどんなカクテルを注文すれば良いのかなんてさっぱりわからないから、知っている名前をテキトーに注文してみたんだけど、案の定、悪い例だったみたいだ。脆木氏はほんの少し眉を寄せると、
「あれは女子供の飲む酒だ。男ならこいつで行きな」
 氷も入れずにグラスの中に注がれた琥珀色の液体を、僕は少し恐縮しながら受け取った。酒にはあまり詳しくない僕には、ブランデーか何かとしかわからないけど。
 脆木氏も同じ酒を自分のグラスに注いだ。乾杯する気配も無く、一気にあおる。男っぽい飲み方だなぁ。僕も真似しようかと思ったけど、間違い無くむせるから止めておこう。
「こいつは男のハートを動かすガソリンだ。定期的に補給しなきゃな」
 臭い台詞がまた似合うんだこれが。僕が言っても“いたくぁ”さん辺りに無表情で爆笑されるだろうな。

「ええと、これについてですが……」
 しばらくこの雰囲気を楽しみたかったけど、僕は意を決して本題に入った。
 カウンターの上に置いた名刺――これが僕のポケットに入っていた異物だ。ここに記載されていたカフェバーの住所と、殴り書きのメッセージに導かれて、僕はここに来たんだ。
「指示通りに1人で来たか。律儀な事だ」
「まぁね」
 実は手首のミサンガに“おとしご”ちゃんがいるけど、それを告げる必要は無いだろう。それに“和風しょごす”さんがいるという事は、こっそりと護衛を連れて来る事を予期していたに違いない。
 名詞のメッセージでは、お互い一対一で話し合う事になっていたのだから。
 僕は一口琥珀色の酒を飲んだ。かなり強い酒らしく、一口で胸の奥まで熱くなる。それが僕の肝を座らせた。
「本題に入りましょう。僕達に迫りつつある、かつてない巨大な驚異とは何ですか?」
 脆木氏は無言でグラスにお代わりを注ぎ、しばらく琥珀色の液体を揺らしてから、独り言のように語り始めた……
「俺達に迫り来る脅威というのは正確じゃないな……脅威が迫っているのは、俺達のオンナ、『邪神』に対してだ」
「邪神に危機が?……“つぁとぅぐあ”さん達にですか!?」
「そうだ。それも超ド級の奴がな……下手すりゃ俺達のオンナだけじゃなく、この地上から全ての旧支配者達が消えちまうかもしれねえぜ」
 あまりに荒唐無稽な内容に、僕は絶句するしかなかった。あの偉大過ぎる超絶的な力を持つ『邪神』達が……消える? そんなバカな……
「“混沌化”……って言葉に聞き覚えは無いか?」
 ごとっ
 思わず僕の手からグラスが滑り落ちた。『ユゴス総合病院』での出来事が、走馬灯のように高速で僕の脳裏に浮かぶ。あの『大帝』と呼ばれる謎の怪人の言葉……それに、その単語が含まれていた。

「“混沌化”……貴方はそれを知っているのですか?」
「ああ、詳しい原理までは知らないが――」
 脆木氏の話によると“混沌化”とは、簡単に言えば『特定の空間や物体が邪神の力を滅茶苦茶にしてしまうように汚染される現象』を差すそうだ。“混沌化”された空間に入ったり物体に触れると、邪神とその眷属は全ての力を失ったり、逆に力が暴走してしまう。力を失った邪神は、肉体も精神もそれこそ人間レベルの存在にまで落ちぶれてしまうし、暴走した邪神の力は、『擬似旧支配者』とも呼ばれる未知なるモンスターや超常現象を生み出す……
 『ユゴス総合病院』における“う゛ぉるばどす”さん達の力の喪失と“み=ご”さん達の暴走――
 先日、中華料理店でゲルダさん達が話していた新種の魔物――
 ――全てがこれで説明できる。
「そんな“混沌化”が爆発的な勢いで地球上に広がっているんだ。邪神達がどうなるか……説明するまでも無いだろ?」
「な、何とかならないんですか!? 皆が協力して頑張れば――」
 脆木氏は静かに首を振った。
「無理だな。地球上の全ての旧支配者が――いや、外なる神々が加わっても、“混沌化”の拡大を防ぐ事は不可能だろう。何しろ『あいつ』が元凶なんだからな」
「……『あいつ』?」
「あらゆる外なる神々の中でも、最高位にある究極の邪神の一柱――」
 ぴしり――
「『這い寄る混沌』だ」
 世界の何処かで、何かが軋んだ。
「……『這い寄る…混沌』……」
 その『名前』を呟いた瞬間――僕の心臓が凍結したのがはっきりと感じられた。
 それが途方も無く恐ろしい意味を持つ『名前』である事が、絶対の真実としてわかるんだ。
 理性ではなく――狂気の元に。

「『這い寄る混沌』はここでは“ブラックメイド”と名乗っているらしい。そいつが何の為に“混沌化”なんて胸糞悪いものを世界中に広げているのかは謎だ。そもそも邪神が何を考えているかなんて人間風情に理解できるわけがねぇ。ただ1つ、確実に言える事は、このまま“混沌化”が進行すれば、全ての邪神が地上から駆逐されちまうって事実だ」
 頭の中が真っ白に漂白されるような戦慄が走る。
 このまま“混沌化”が広がれば……“つぁとぅぐあ”さんに、“いたくぁ”さんに、“てぃんだろす”に、“しょごす”さんに、“おとしご”ちゃんに、“ばいあくへー”さんに、“あぶほーす”さんや“あとらっく=なちゃ”さんに……みんなに会えなくなってしまう!?
 しかし、その戦慄すらも『まだ半分』に過ぎなかったんだ。
「そいつが、迫り来る脅威の1つだ」
 ごとっ
 脆木氏の言葉に、僕はもう一度グラスを落とした。今度は中身をこぼしてしまい、琥珀の水溜りがカウンターに広がっていく。脆木氏も僕も、それを拭き取ろうとはしなかった。
「もう1つ、それよりも直接的な危機が迫っている」
「それは……一体なんですか!?」
「『大帝』だ」
 再び、あの病院での戦慄が僕の記憶中枢を掻き乱した。
 白い――白い――どこまでも白い。残酷なまでに純粋な白――
「『大いなる深淵の大帝“のーでんす”』――それが『大帝』の名だ」
「『大帝』……“のーでんす”……」
「そいつは外なる神々の中でも特別な存在の1つで、旧支配者達をも軽々と封印する怪物って噂だ。邪神達にとっては、ある意味『這い寄る混沌』よりも厄介な存在らしい。そいつがこの地上で活動を開始したんだよ」
「活動……とは?」
「『邪神狩り』だ」
 “混沌化”と同じ種類の戦慄が、僕の背筋を凍らせた。

「なぜ『大帝』が邪神を始末して回っているのかはわからない。ある旧支配者は徹底的に滅ぼしたのに、別の旧支配者には見向きもしないって感じで、必ずしも全ての邪神の脅威になるとは限らないらしい。だが、俺達のオンナにとって非常に危険な存在である事に変わりは無ぇんだよ」
 沈黙が世界を支配する。
 “混沌化”に『大帝』――正直、それが何を意味するのかは全くわからない。
 しかし、それがとてつもない脅威となって、僕達に迫りつつある事だけは、絶対なる真実として確信できた。確信できるんだ。
 何か、とてつもない事が起きようとしている――
 ……それにしても、
「あのぅ、1つ聞いてもいいですか?」
 厳格な教師に質問する心地で、僕は小さく片手を上げた。
「なんだ?」
「……なぜ、この事を僕に教えてくれたのですか? 別に僕を仲間に誘おうとか、そんなつもりではなさそうですし……今日の襲撃も、僕とこうして話し合いの場を設ける為だったのでしょう?」
 脆木氏は無言で僕に向かって――いや、カウンターテーブルにこぼれたブランデーに向かって手を差し伸ばした。
 そして――

「えっ!?」
 僕は目を見張った。ビデオを巻き戻すみたいに、こぼれたブランデーがグラス目掛けて動き回り、独りでにグラスを這い上がって、きちんと中に戻ってしまったんだ!
「これは……なんですか!?」
 脆木氏はつまらなそうに片手をぷらぷら振って見せた。
「俺はちょっとした『魔法』が使えるんだ。まぁ、魔法といっても手品程度の事しかできないチンケなものだがな」
 パチン、と脆木氏の指が鳴ると、グラスの中でブランデーが渦を巻いていく。
「この力は先祖代々受け継がれていった。その源流を探ると、今から40万年前のヒューペルボリア大陸の魔道師にまで遡るらしい」
 渦の回転は、徐々にスピードを上げていく。
「そいつの名前は“モルギ”――何でも“いほうんでー”神に仕える神官だったそうだ」
 なるほど、だから今の脆木氏も、“いほうんでー”さんの接触者になれたのかな。
 でも、それと僕に脅威を教えてくれた事に何の関係が?
「その御先祖様は、魔法の力だけじゃなくて、あるメッセージを代々伝えるように子孫に命じていた。つい最近の世代まで、そのメッセージがどんな意味を持つのかさっぱり分からなかったそうだが……あんたに、そのメッセージの内容がわかるかい?」
「いや、そんな無茶な」
「もう教えてあるぜ」
「は?」
「そのメッセージの内容はこうだ。『西暦20××年、八月○日、日本国○○県○○市○○町のカフェバー「夏の終わり」にて、ツァトゥグア神の接触者である“赤松 英”に以下の情報を伝えるべし。“2つの脅威が迫っている。それは――”』……ってな」

 今までで最大級の衝撃が、僕の脳味噌に叩き付けられた。
 40万年前の魔術師が……なぜ僕にメッセージを? しかも、今迫りつつある危機をって……どういう事だ?
「話はまだ終わっていないぜ」
「えっ?」
「ちなみに、そのメッセージは神官モルギ自身があんたに伝えたかったわけじゃなくて、彼の友人――最初はライバルだったそうだが――が、神官モルギに頼んで代々継承してもらったそうだ。神官モルギとその子孫、そして俺はそいつのメッセンジャーに過ぎない」
「その、モルギ氏の友人とは?」
 かしゃん!
 内部回転の圧力に耐えられなくなったグラスの破砕音が、合図のように店内に響く。
「古代ヒューペルボリア最大最強最高の大魔道師。禁断の魔術書の著者。最もツァトゥグア神に愛された男――どうやら、あんたはその男かその男の知り合いの子孫らしいな。身に覚えはないか?」

 ゲルダさんは言った。
 ――『君には魔術師としての素質がある』――

「その男の名は――“魔道師エイボン”」

 ――同時刻。
「……はい……はい……確かに、時間的余裕はありませんね」
「……はい……しかし、それは……」
「……はい……そこまで『大帝』は動いていると……はい……」
「……はい……可能性は低いですが、やってみます」
「……はい……はい……」
「……はい……承知しました。“はすたー”様」

 続く


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