選択肢
・えろもあるSSとして読む →○
・えろ主体のSSとして読む →○
・回想シーン並にえろから入る →○
・いたせばそれでよい →○
古河渚が岡崎渚になって、早一ヶ月。
休日の日。
快晴。
今日は渚と買い出しに行くことになっていた。
何でも、調理器具をもっと増やしたいとのこと。
「中華鍋が欲しいんです。そうすれば今よりもっと炒め物がおいしくなります」
「渚の作る飯がうまくなるのはもう万々歳」
「ありがとうございます。それに朋也くんのお弁当ももっとおいしくできます」
「そりゃ嬉しいなぁ」
「えへへ」
他愛のない話をしながら渚が鍵を掛けている時、ふと目に入った隣の部屋のドアには何日か
分の新聞が新聞受けに突き刺さったままになっていた。
「…………」
「朋也くん、どうかしましたか?
「ん? いや、なんでも」
「そうですか。じゃあ行きましょう」
渚と並んで階段を下りる。
「お、こりゃ御両人、お出掛けかい?」
「あ。こんにちは」
渚に倣って「どうもこんにちは」と言ってぺこり。相手も同じように。
谷山さんは俺たちの部屋の下に住んでいる人で、40代半ばの中年男性だ。
こんなどこにでもあるようなアパートに住んでいるわりには、なんでも小会社の社長をして
いる人とのこと。人は見かけによらないというか、住む場所に寄らないんだとか益体のないこ
とを思う。
「谷山さんもどこかに行かれるんですか?」
休日はラフな格好でいることが多い谷山さんだったが、今日はパリっと糊をきかせたダブル
スーツを着込んでいる。出勤の時間帯が合わないのであまり見たことはなかったんだけど、こ
う目の前にしてみると、とても着慣れた印象を受けた。
こうしていると社長という肩書きもスっと入ってくるから服装って不思議だ。
「今日はこれから出張なんだなぁこれが」
「そうなんですか。大変ですね」
「このくらい全然だぁなぁっ」
豪快にかっかっかっと笑い飛ばして、「それじゃいっちょ行ってくっかぁっ!」と両拳をぶ
つけ合ってから歩き出した。
「気をつけてくださいねっ」
「ありがとよおっ! 渚ちゃんとトモ坊も隣人が粗方いないからってあんまりハッスルしすぎ
るなよーっ!」
がっはっはっと下品な笑いを残して去っていく谷山さんの後姿に渚は「はいっ、ありがとう
ございますーっ」と元気よく答えてくれた。
「…………」
無邪気に手を振る渚の横顔を眺めながら、そっとため息を吐いた。
たぶんこいつはわかってない。今の言葉の意味。
いやわかってないんだってホント。
まぁそういうことにピンと来ないヤツであるというのがつまり渚なんだったりするんだけど
さぁ〜。そうなんだけどさぁ〜。
でもほら、やっぱりそこは俺たちだって子供じゃないわけで、年齢に相応した然るべき知識
とかが伴ってもいいと思うぞ俺は。
それなのに……それなのにさぁ〜。
「朋也くん、なんだか不思議な顔をしてます」
「いや、別に……」
力なく笑って、そして歩き出す。
その後ろからぱたぱたと足音、そうしてすぐに並んだ。
そう。
何も知らなかった無垢な頃。
誰にでもある。そんな頃。
俺たちは、その、まぁなんだ。
俺たちは――
――今もって、夫婦の営みを行ったことがなかった……
『朋也と渚の初体験日記』
「朋也くん、おいしいですか?」
「ああ」
テーブルに広げられた品の数々。
夕餉を飾る食卓は質素ながらも、どれも出来立てほやほやあたたかなモノばかりだ。
渚が勧めてくるチャーシューゴマ醤油がけをパクつく。絶品絶品。
「…………」
いや待て。
何のんびり飯食ってんだよ。
ちょっとそうじゃないだろそうじゃ。冷静になって考えてみろって、今の状況を。
今日下の階の住人は出張だ。
今朝見た郵便受けの具合から、たぶん隣も無人のはずだ。
そして、先ほど回ってきた回覧板の確認印によって、下の階の隣とその隣の隣もいないこと
が判明している。
……つまり、だ。
この部屋の周りに限定すれば、今、人の気配はほとんどない。
薄い部屋壁のアパート。普段ならすぐに隣室に漏れてしまうような騒ぎ声も、迷惑にならな
い。
そして、それを聞く人間も、いない。
……つまり、つまりだ。
ある特定の事象において発生してしまう可能性を全面的には否定できない声量の大きめな特
殊とも言える声が突発的に生じてしまうとしても、誰にも迷惑は掛けない。
何があっても何をしても無問題。
何があっても何をしても関知されない。
チャチなミステリードラマだったらまんま殺人現場とかになりそうな今を、とても建設的な
方向で使用することを、俺は朝の時点から決定して計画していたんだ。
つまり――つまり、つまりだ。!
今日俺は、渚ととうとう――えっち、しようと思う。
それはもう焼ける様に情熱的に、猛る様に熱情的になっ。
言ってみれば心と身体に熱く滾る弾倉を装填し済みの連発式多連装ミラクルバズーカ。もう
誰にも俺を止められねぇよ。
え、明日仕事? 知らん。そんなことは知らんっ。知ったこっちゃないっ!
遅刻して芳野さんにスパナで殴られるくらいどうってことない、今日ほどの絶好の機会は今
度いつ来るとも知れない、いやもしかしたら今日を逃しては一生来ないかもしれないじゃねぇ
かッ!
誰の目も耳も気にせず気にならず、渚と二人でしっぽりとらぶらぶにえっちする。
今これ以上に大切なことがあろうか? ハッ、そんなモノはないと俺は断言するねっ!
今日こそ、目の前でのほほんと味噌汁啜ってるこいつと今日こそっ、夫婦の契りを交わして
やるって決めたんだっ!
山吹色のパジャマの中でおすまししている渚のおっぱいをふにふにと弄んでみたりかつて見
た色白いおなかとか細身のしりとかを触ってみたりしたいんだよぉっ!
もうダメだ、何を言われようともダメなんだよ俺は。
新婚当日の夜だって、つまりはアレやソレが言うところの嬉し恥ずかし初夜だって、二人し
てマジ寝しちまったもんよぉ。
まぁ、確かにそんな雰囲気じゃなかったけどさ。いやあれはあれでよかったと思うけどさ。
そう思うけどさ、けどさっ!
今考えると、雰囲気的にはあそこでいっちゃってもおかしくなかったし、つーかあそこでい
かなかったから今現在同棲生活から夫婦生活へとランクアップできないっていうのも否定でき
ないかもしれないわけで、そうこうしていたら逆に手ぇ出し辛くなっちゃって、無駄なほどい
ろんな事気に掛けるようになって……ほら、隣人の様子とかそういうの……。
なんて悶々と考え廻らす日も今日で終わりだっ!
横にいる渚の寝息を意識して睡眠不足バリバリの夜も過去の淡い思い出にしてやる。今日こ
そ渚と一発キメこんで、明日からは二人で睡眠不足生活に励んでやるぜっ。
オッサン見てやがれよっ。もうあんたにヘナチン呼ばわりはさせねぇ。
俺は、俺はっ、渚と、渚とぉぉぉ――ッッ!!
――くんっ、朋也くんっ。
「大丈夫ですか、朋也くんっ」
「……え」
目線を上げると、渚が心配そうに覗き込んでいた。
ああ、そうか、うん、今飯中だった。
箸を持つ指が少し強張っていた。
……妄想に埋没しすぎ俺。
「あ――ああいや、うん、な、なんでもないなんでもない、うん、いやあはは」
「でも、いくら呼んでも反応しませんでしたし、なんだか赤くなったりぼぉっとしたり……体
調が悪いんですか。熱とか……」
「ホント大丈夫だって。大丈夫大丈夫。ちょっとさ、ほら、休みだったから気が抜けただけだ
から。ここのところ仕事が大変だったからなー、いやー、疲れとか出たのかもしれないな」
「えっ。そうだったんですか?」
言ってしまってから、やべ、と思った。
今のは言い繕う方便だったんだけど、真に受けた渚の目が途端沈んだモノとなる。
「……お仕事がそんなに大変だったなんて、気づかなかったです。普段と同じ朋也くんだなっ
て、思ってしまっていました……」
「あ、あ〜、いやその」
「やっぱり、アルバイトを始めて、自分しか見えてないんでしょうか、わたし。自分のことば
かり考えて、今日だって朋也くんが疲れているのにも気づかないで、わたし、一人であんなに
はしゃいでしまって、朋也くんをあっちやこっちに連れまわしてしまって……」
「あ、そんなことないから、全然、ホントだって。ほらこんなに元気っ、イヤッホゥー
っ!」」
我ながらに実に実のないことを……。
つーかオッサンじゃねぇかこれじゃ。いやオッサンでももっとうまく誤魔化すぞきっと。
「ありがとうございます……。でも、アルバイトを始めて、お金を得ることがどれだけ大変か
というのを、わたしは初めて知りました。実家にいた頃もお店の手伝いなんかをして、お父さ
んやお母さんのお仕事をしているのを見て、知っているつもりでしたけど、それは本当に知っ
ているつもりでした」
「そ、そりゃあ……いい経験してる、のかなぁ?」
「はい、そう思います。もちろん、アルバイトだからって気を抜くなんてことはないですけど、
だけど、何かあったときに対応できるのは社員さんたちです。わたしたちとは、仕事の量も責
任も違います。アルバイトの身でも大変なんですから、社員さんたちはもっともっと大変なは
ずです。そして――」
俯いていた顔を上げて、俺を見る。
「朋也くんも、毎日そんな風に大変なはずです。今までは実感としてわかってなかったです。
ごめんなさいです。でもわたしは知ることができたから、だからもっと朋也くんのことを気遣
ってあげなくちゃならなかったはずなのに……それなのに……」
「な、渚、あ、あのなぁ……?」
「すごく、ショックです……」
また俯いて、声を閉じた渚。
呆然と、あまりの事の成り行きに言葉を失くす俺。
かつこつと、時を刻む音が二人の間をも無情に刻む。
いや、あれ。
なんだ。
これ、なんだ?
おかしい。
おかしいってこれ。
ヘンだって絶対。
どうしてこうなった。
何を、間違えた?
俺はだってさ、ほら、ただ渚とえっちしたかっただけなんだろ?
そうだ。そうじゃないか。そんな馬鹿な話じゃないか。
それで悶々としてただけなのに、つーかあれやらこれやら勝手にぶっ飛んでたりして俺最低
ってなだけなのに、なんだよ。
なんでこいつは今、黙ってるんだ?
朋也くんえっちですって呆れてるのならわかる。
何、項垂れてんだよ、こいつは。
そんな話じゃないだろ全然。笑い話だろホント。だったらオカシイだろコレ。
俺と二人ならがんばれると、泣かないと決めた強いヤツ。渚。そんなヤツが今、こうして俯
いているのは、たとえ勘違いだとはいえ、悲しませてしまったからだ。
俺が。
「「 ………… 」」
渚と俺。
向かい合って無言で座る。
俺が、したいのはなんだ。
渚を悲しませることか?
違う。そんなはずはない。
俺がしたいこと。
そんなの、一つに決まっている。
………………ずず
ずっと持ったままだった味噌汁を一口、啜った。
唇を離す。
停止。
そして、
ずず、ずずっ
ずぞぞぞぞぞぅずぞぞっぞずぅぅずぞぞぉぉっ!!
一気に啜った。
息もせず啜る。
一瞬で空になる椀。
かつんっと音を立ててちゃぶ台に置く。
はぁ〜、と一息。
そして素早く茶碗に手を移して抱え持つ。
白米を食う。がばっと掴んでごさっと口にぶっこむ。
もりもりむぐむぐ頬張って、どんどんがばがば食って食う。
大口を開ければおもしろいようにご飯はなくなってくもんだからそのまますぐに冷めてしま
ったあんかけの炒め野菜の合間にパイルバンカーのような勢いで箸を突き刺してざっくりと持
ち上げて俺の顔に突如として生まれた大穴に放り込み、豚肉ときんぴらの皿を持ち上げて親の
仇じみた乱暴な箸裁きでざざーっと流し込んだ。
とにかく食う。ひたすら食う。どこまでもあからさまに飯を食いまくるっ。
ぶち込むように食い破るようにがっつく。これでもかとがっつくっ。
暴食とはまさにこれといった有様に気圧されたのか、視界の隅で顔を下げていた渚が動くの
がぼんやりと見えた。
でも今は止まらない。
この手を止めるわけにはいかない。
とにかく食べなくちゃならない。
食べずには始まらない。
だって俺は、俺が結局したいことってのは、結局――。
最後に茶をずずずずずずずぅぅぅぅぅぅ〜〜〜〜〜と飲み干し、これで終わりとばかりにが
んとちゃぶ台の上に叩きつけた。
キッと顔を上げる。
睨みつける勢いで見る。
そこには、悲しみ色を燈しながらも呆けた表情をする渚の目があった。
膝が立って、身体が動く。
ちゃぶ台越しに肩を、渚の細い肩をがしぃっと掴んだ。
「えっちしよう」
言った。
俺は、言った。
「えっちしよう、渚」
渚の表情の変わらない。
構わず、言う。
「俺と、えっちだ」
言う。
「俺は、渚とえっちがしたい」
言う。
「えっちすんげぇしたい」
ようやく、渚の表情に変化が訪れた。
だから、もう一度。
「渚とめちゃくちゃえっちしてぇ」
渚の目が見開かれた。
だから、息を大きく吸って、
叫んだ。
「俺はなぁっ、おまえとえろいことがしたくてしたくてしょうがないんだーーーっっ!!!」
びりびりと、部屋全体を揺らすような大声で。
滾る思いの丈を全てぶつけた。
「…………」
渚は目を見開いたまま固まっている。
ほんの数十センチ先にある瞳の光が、状況を必死に整理しようとしている様を映し出してい
た。
「…………あ、え?」
混乱している渚。
その表情に一瞬怯む。けど、ままよっ。
畳み掛けた。
「さっきのは嘘。疲れてなんかない」
戸惑いの表情。気にしない。
「だからな俺はおまえとえっちがしたくてホントはそんなことばっか考えててそれがバレそうで
恥ずかしかったからあんなこと言っちまっただけなんだわかるかっていうかわかれっ」
捲くし立てる。止まらない。
「驚くな大丈夫だ安心しろ。いいか渚今日俺はおまえと、えっちする。これはもう決定事項で
確定事項で避けられないことなんだ。もう辛抱堪らねぇ。こうして見てるだけで抱きしめたく
なるし頭撫でたいしおっぱいと尻揉みたくなるしもう大変でホントえっちしてぇ。だから今え
っちのために飯を食った、ああ食ったさおまえとえっちしたいからっ。えっちって体力使うら
しいからな、そりゃもうがつがつ食ったさっ」
押す。
「だからおまえも食え、今食えすぐに食えっ。とにかく何でもいいから食えっ! 俺のアホな一
言で悲しむなんて暇クソもったいねぇしそんなことさせて悪かったと思うけどそれよりもこれ
からもっと大変なことが待ってるんだからな! だから飯食って体力補充だいいか渚ぁっ!」
「あ、あうあう……」
よほど尋常じゃない目をしているんだと自分でも思う。
渚の表情を見ても、それは明らかだ。
でも、逃がさない。
肩を掴む手に、最後の力を込めたっ!
「問答無用今すぐ食うっっ!! つーか食え、食えッッ!!」
「あ、え――」
「えっちするために飯を食えっ、いいから食えーーっ!!!」
「ええっ!?」
「返事はハイだーーーーッッ!!!」
「は、はいぃ〜っ!」
アパートに絶叫が響き渡った。
大声に息を切らせながら、しばし不思議なまで見つめ合う。
言った。
言っちまった。
とことん、どこまでも……。
渚と、えっちしたいって。
そうして、いまだに強い力で握っていたことに気づいて慌てて手を離した途端。
「ごっ、ご飯食べますっ!」
「……あ」
弾かれたように渚が動き出した。
ぱくぱくと、もごもごと一心不乱に食べまくる。
必死な渚の様子を見る俺は、どこか怒ったような顔をしていたように思う思う。
とにかくしばらくの間、箸と食器と嚥下する音だけが、俺たちの間に流れていた。
やがて渚が飯を平らげると、「じゃ、じゃあ、食器かたしちゃいますねっ」と動き始める。
そそくさとちゃぶ台の上を片付ける渚を目だけで追っていた。
やがて流しから水の音と食器の擦れ合う音。
ふらふらと揺れる、渚の後姿。
いつもぼんやりと眺めてしまうその背中に、途端日常と現実が俺の中に戻ってきた。
つーか俺、とうとう言っちまったんだ。
渚と、えっちしたい。
さっきのやり取り、というか一方的な言葉を思い出すに、言い遂げられたという晴れやかな
嬉しさが半分、言っちまったようわーなんて不安が半分弱恥ずかしさ少々という微妙な配合の
中、もう言った手前後には引けないし引く気もない俺は、そそくさとちゃぶ台を片付けたりざ
っと床を掃除したりしながら、渚の後姿をちらちらと見ていた。
ああ、それにしても……やっとだ。
渚とあれしたりこれしたりそれしたりそうしたりが、もうそこまで……。
長かった……長かったですよ。
同棲を始めてから早一年余り。渚が学生のうちはと堅く守り続けた自分ルールも、今はもう
浜辺からぽいっと投げ捨ててやる。
視線を向けると、渚は相変わらず流しにいる。
食器と水とが混じりぶつかる音がどこか遠くに聴こえた。
それにしても、渚的にはどう思ったんだろうか。
一方的に押し通したからいいも悪いも聞かなかった。俺がアホな言い訳したせいで気落ちし
てた最中だったし、そう考えると辻斬り強盗みたいな強引さだったのかも……。
もしかして、実はものすげぇ怒ってたりして……?
でっ、でも渚って真面目だし強情なところあるからな。ダメなことはダメって言うから、う
ん、きっと渚も了承してくれてるんだよ、うんうん。
ほら、前だって一度そういう雰囲気になったことがあったじゃないか、そうだっ。
渚自身、えっちすることには反対じゃないはずだっ。そうだよそうだよっ! つーかなんで
俺はこんなこと考えてんだ? てか焦りすぎじゃんか俺。さっきの勢いはどうしたっ!
そわそわして台所を見る。渚はまだ流しに立っていた。
……洗い物っていつもこんな時間かかってたっけか?
い、いやたぶん掛かってるんだろう、うん。今の俺は気持ちが逸ってるからきっとそんな風
に感じるんだ。そうそう。
…………。
な、なんか手持ち無沙汰だな。
……と、床でもとろうか。
誰にも見られやしないのに、妙に焦りながら襖を開ける。
そんな気持ちが伝染ったのか、布団が床に落ちたとき、ばさっと、かつてないほど大きな音
がたった。
ああ何やってんだよ。下の人がいたら確実に近所迷惑だ、今のは。
「ん……?」
ふと気配を感じて、振り返る。
渚と視線がぶつかった。
動きが止まる。
渚も同じようで、がちゃがちゃと喧しかった流しの音が水の流れの音だけになっていた。
お互い歪に固まった姿勢。
しばらく止まる。
「……あ、あはははっ」
「……あ、あはははっ」
どちらからともなく乾いた笑い。
な、なんか恥ずい。
とにかく恥ずいっ。
「……じゃ、じゃあまたあとで」
「は、はい、またあとで」
言って、ぱっと振り返る。
俺は布団に敷いたシーツの皺を徹底的に伸ばすことに勤め、渚はとんでもない量で近年稀に
見る食器洗いをしてくれた。
またあとで、ってなぁ……
もうわけわかんねぇよ俺たち。
無駄に動きまくる腕の煩雑さとは正反対に、急速に頭の熱が冷めていく。
こんなんで、夫婦の一線越えられるのかなぁ。
大丈夫かなぁ〜。
とっても、不安……。
「…………」
「…………」
電気を消した、六畳一間。
部屋の明かりはカーテンから漏れ入ってくる何処かの外灯の灯りと、消えきらない電化製品
の篭り光。
……そして。
床の上、無言で向かい合う、若い男女がここに二人。
俯いた渚が時折ちらりちらりと視線を送ってきながら、胸元辺りで指を弄び始めてからもう
随分と時間が経っている。相撲なら座布団飛びまくりの膠着状態だった。
いい加減、いい加減だな……ってああ、なんかヘンなこと言ってるぞっ。
どうした岡崎朋也っ。今日こそらぶらぶえっちするっていう意気込みはどこにいったんだっ。
ああっ!?
チャンスを逃すこと一度や二度じゃきかないこの思いを、とうとう昇華できるんだろうが
っ!
つーか実際今だってこれからの事が脳裏に先走っちまって、正座した上に腰まで引かないと
テント設営まかり成ろうという状態でありまして、大変なんすよ。
そうだ、この気持ちをぶつければいいんだそうだそうだじゃあいざいこうそれやろうはい
っ!
キッと顔を上げた。
びくっと震えながら渚も顔を上げた。
目が合う。心が怯む。うるせぇいくんだ俺はっ!
「じゃ、じゃあ……するか」
見ていてわかるくらい、渚の顔が赤くなっていく。
何も言わずに、ただ視線だけを向けてくる。
「……そ、その、いい……か?」
「――あ」
渚の口から漏れた吐息のような声。
どくり、と。
心臓が脈を打つ。
胸元で組まれている渚の小さな両手の動きはいつの間にか止まっていて、今は硬く結ばれて
いた。胸元にある。胸元。胸。渚の胸が手の奥、服越しの、俺が手を伸ばせばすぐ届くそこに
ある。大きいとは言えないけど、間違いなくふっくらとした丸みが目に苦しい。
視線をずらすと、渚の顔。赤く染まった顔。くりくりと大きい瞳は赤く染まった頬に浮いて、
少し潤んでいるよう。少しくせっ毛な甘栗色の髪が蛍光灯の光を反射して天子の輪っかを作っ
ている。ああ、アレに触りたくて触りたくてうずうずする。
……ああ、やっぱり。
さっきから、情けないことしか言えないんだけどさ。
俺もう、止まるつもりないんだ。
渚と繋がることしか、自分を収める術がない。
そんな当然のことを、はっきりと自覚した。
渚の一挙一動が劣情に火を注ぐ燃料油に変換されるこの感覚。
腰から下がバカに熱い。そりゃそうだ、さっきっからもう勃ちっぱなしだもんさ。
ああ、早くあの肌に触れたい――
触ってみたい――
触って、そして――
――――
卑しさと愛おしさとをない交ぜにして、渚を見た。
真っ赤な顔のままで、でもしっかりと視線を返してくれる渚。
きゅっと、胸元の手が握られる。
「……あの、朋也くん」
「な、なんだ?」
「わたし、朋也くんより、年上です」
「……へ?」
は?
「年上の、おねえさんです」
「え……と?」
そりゃあ、うん。そうだ。そうだ、けど?
「それがどうかしたのか?」
素で聞いてしまった。
「だから……ええと、その、わたしはおねえさんなんですけど、その、残念ながらと言います
か、不勉強なのがいけないと言いますか、その、あのっ」
真っ赤な顔でしどろもどろ。
わけがわからず、ただぽかんと、わたわたと焦りまくる渚を眺めていた。
そんな様子がしばらく続いた後、渚は真っ赤の上に真っ赤を重ねたまっかっかな顔をしなが
ら、びっくりするくらいの大声で、
「わたし、えっちってどうやればいいのかわかりませんっ」
と言って、
「朋也くんはわかってますかっ?」
と聞いてきた。
「…………」
いや、まぁ。
「どっちかと答えるなら、たぶん、わかってる方だと思うけど……」
「ああ、やっぱりですかっ。成人したというのに何も知らないわたしはダメな大人ですっ」
……ええと、なんと言ったらいいのか。
「一つ、確認していいか?」
「うう……なんですか?」
「つまりええと、それってえっちっていうのが、何をするのかわからないってことなのか?」
「それは知ってます。男の人と女の人がえっちするのは、赤ちゃんを作るためです」
そりゃそうだわな。
「じゃなくてさ、どうやったらえっちって言えるのか、知ってるのか?」
「ええと、男の人が女の人の胸を見たりしたらえっちですっ」
「それ初級過ぎ。もっと男と女的な意味で」
「ええと、ええと、男の人のおちんちんを女の人のところに挿すとえっちになります」
――――オゥ。
「ど、どうしましたか朋也くん? 顔に手を当てて」
「ごめんちょい待ち」
まぁー。アレだ。
こいつ爆弾発言魔だから。うんうん。
あーほらほら、あとで思う存分開放してやるから、今はしずまれーしずまれー俺の劣情ー。
「……で、そのなんだ、わかってるじゃんか」
「なにがですか?」
「なにがって、えっちってどんなのか」
「そうなんですか? え、でも、えっちは最後、どこかに飛んでいかなくちゃいけないって、
お父さんが言ってました」
「ぐあぁっ!?」
仰け反った。いい具合に。
「一生懸命考えたんですけど、どうやって跳ねたりすればいいのか全然わからないんです……」
愛娘に八段抜かしの性教育してんじゃねぇよオッサンっ!!
「――いい、もういいから。オッサンの言うことなんか気にすんな」
「え? ……あ、もしかしてわたし、またお父さんに騙されましたか?」
「大きな意味で言うと騙されてないと思うけど、少なくとも今はいらない知識だから」
今度古河の実家に行ったら早苗さんに叱ってもらおう。
やり場のない怒りとともにそう固く心に決めた。
「……でも、それだけではなくて、わたし、どうやって朋也くんを、その、喜ばせてあげたら
いいかとかも……わかりません」
「え?」
「その……わたし、お母さんみたいに胸もおっきくないですし」
「胸は別にそんなんどうでも」
「でも朋也くんっ、よくお母さんの胸を見てますっ」
「はぁっ!? いやっそんなことはないぞっ」
ヤケにキッと見つめてくる目がなんだか怖くて、思わず尻込みする。
「それにこの間のえっちな本に載ってた女の人もみんな、胸が大きかったです」
「な――っ!? お、おまえあれ見たのかよっ」
「っっ!? 捨てる時にちょっとだけですっ。ぱらっと、ちらっと見えちゃっただけですっ!」
茹だこみたいになってぶんぶん首を振る渚。
そうですそうですアレはただページが捲れちゃっただけなんですそれだけなんですみたくて
見たいと持ったわけでは決してないんですと必死に呟きながら煩悩を打ち払うように頭を回す
渚を見て、思った。
もしかしてこいつ……俺の趣向が気になって?
「ううっ。わたし、えっちな子になっちゃいました」
やがてがくりと項垂れる。
すんと鼻を鳴らすその様が、いじけている様にも、羞恥に苛まれているようにも見えた。
そんな渚を見て、沸き立っていた性欲がだんだんと燻っていく代わりに、ある疑問が浮かび
上がってきた。
こいつなんだか、様子おかしくないか?
さっきから言い訳したり、難癖つけたり、凡そいつものこいつらしくない。
そういえば……前もこういうのなかったっけか?
あった……よな?
……ああ、あった。
あれは、そう。今、渚が悶々としている事の原因、オッサンからえろ本をもらった日のこと。
あの日もちょっとえっち出来そうな雰囲気になって、でも、渚がテレビとか何とかで誤魔化
して、結局ご破算になっちゃったヤツ。
ああ、そっか。
そういうことなんだ。
やっと、わかった。
あの時もそうなんだ。
はぐらかしていたとか、潔癖症とかそういうんじゃなくて。
こいつは、ただ――。
「渚」
「……はい」
いろんな気持ちが綯い交ぜになって潤んだ瞳が、俺を映す。
それが一瞬、見えなくなって。
そっと、肩を引き寄せた。
「と、朋也くん……?」
「ごめんな、気づいてやれなくて」
「え?」
「不安、なんだろ」
ぴくりと、小さい身体が揺れた。
腕の中で。俺の腕の中にある、渚。
こうして身体を合わせているとわかる。
今も、渚の身体は小刻みに震えていた。
渚自身、意識していないのかもしれない。
でも、わかる。
毎日毎日、一緒にいるときも離れている時も、ただこいつのことだけを考えて生きている俺
には、それがよくわかる。
こいつの内にある不安が今、渚の意識を迂回して身体や言葉を通して、外に出たがっていた。
だから今、こんなにもこいつは震えている。
ふるふると、心細く。
時には手を取って、時には頭を撫でてくれて、時にはその小さい身体で俺の身体を覆ってく
れる渚。
俺が迷った時、病んだ時、苦しんだ時、不安な時、いつも大きな安堵と安らぎをくれる、渚。
いつも身体を通して温もりを与えてくれるのは渚ばっかりで、俺は渚がそれでいいという言
葉に安心しきって、言葉や、そこにいるだけでよしとしてきちまったんじゃないのか。
だけど、今は違う。
今は、こいつが不安なんだ。
今は、俺がこいつに安らぎを与えてあげなくちゃならない。
言葉と、身体で。
腕の中で小さく震える、渚の身体。
ぎゅっと、強く抱きしめた。
「俺はさ、渚。おまえが好きなんだ、すごく」
何を言うのかなんて、俺は知らない。
だから、どんな恥ずかしいことでも、今だから言ってしまえた。
「いつもいつも、どんな時でも、おまえのことばっか考えてる。もう俺ダメなんじゃないかって
くらい、おまえに惚れてる。すんげぇぞ俺の頭ん中見たら。もうおまえでいっぱいで、他に入る余
地なんてないんだからさ」
「ともや、くん……」
「だから、俺おまえとすんごくえっちしたいし、おまえとだからえっちしたいって思う。他の
女じゃダメなんだよ。下世話な話、おまえじゃないとうまく勃たねぇ。勃つって意味わかんね
ぇかもしれないけど」
「…………」
「だから、胸が小さかろうがなんだろうが関係ねぇって。おまえ見るとえっちしたくなる。他
の男は知らないけど、俺はさ、好きな女とじゃないと、えっちしたくなんねぇんだ。ホント…
…ってまぁ、オッサンからえろ本貰った前例があるわけだから、信じろっていうのもおこがま
しい話だけどさ。でも――」
いつの間にか震えが止まっていた身体を、そっと離す。
潤んだ瞳。
大きな、渚の目。
「いつでも、二人でがんばるんだろ。だから、えっちも一緒にがんばりたいんだ。それで、一
緒にがんばって……一緒に、気持ちよくなろうぜ」
ゆっくりと、渚に顔を寄せた。
渚の双眸が近づいてくる。
時間だけが遠く引き伸ばされた感覚。音が去る。
唇が触れる寸前、俺が瞼を閉じる数瞬。
ちゃんと目を閉じてくれた渚に、心が震えた。
「「 ………… 」」
長い。長い口付け。
息も止めて、ただ、触れ合う小さな温もりと柔らかさを強く意識していた。
渚の腰に当てた左手が、渚の細い身体からだんだんと緊張が抜けていくのを感じる。
肩を抱く右手を、そっと後頭部に回した。
そうして、ゆっくりと、自分の体重を渚に掛けていく。
驚かさないように、怖がらせないように、唇を触れ合わせたままそっと、そっと。
壊れやすい砂糖菓子を扱うような大人しい手つきで、宵闇に満たされてなおウェディングド
レスみたい輝く純白のシーツの上に、優しく渚を寝転ばせた。
静かに、唇を離す。
「あ……」
切なげな吐息にも、情欲は掻き立たない。
ただ、愛おしさが燈った。
ほのかな温もりを失っていく唇。その寂しさの代わりに、少しだけ口を開けて、真っ赤な顔
の渚を見ることが出来た。
優しい渚の目。いつまでも見ていたくなるその双眸が、俺を見ていてくれる。
真っ直ぐな、真っ直ぐな渚の瞳。
その瞳の奥では、まだ不安の色が霞めいているように見えた。
……拭えるだろうか、俺に。
渚にとって、俺にとっても、うまく出来るかなんて全然わからないことをこれからするって
いうのに、その中で、こいつを安心させてやることが出来るだろうか。
だってほら、見てみろよ。
えっちしてぇと叫んだときと違って心は穏やかになってるなのに、身体は違う。
結局のところ、下半身は変わらず熱を持ったままで、この瞬間にも渚の全身を舐め尽そうと
息巻いている。
心と身体は別物だなんてチンケな一般論だけど、少なくとも、俺はそうらしい。
――渚と、えっちしたい。
そうしたい。
――渚と、気持ちよくなりたい。
そうおもう。
この二つの気持ちは似ているようで、たぶん違う。
始まりが前者だった俺。今日だって、それだけを突き上げてここまで来たようなもんだ。
いつ何時、渚と肌を合わせた喜びと心地よさに浸ってしまうとも限らない。
だけど、溺れるわけにはいかない。
渚の不安。
引き金は、俺。
そして、その不安を拭ってやれるのも、俺なんだ。
「…………」
膝立ちで、両腕を床に押し付けて、俺は見る。
影が射した渚の顔を。
夜の暗さなんて全然問題にならないほど、驚くくらい冴え渡っている視覚に戸惑う。
それほどに、渚の顔の一つ一つがよく見えた。
丁寧に丹精に育まれた優しい顔立ち。長い睫が小刻みに震える。額に掛かった栗毛の一本一
本まで繊細に見える。そんな間合い。キスよりも遠くて、誰よりも近い場所。仄かに石鹸の香
り。長く、望めばいつまでもこうしていられる俺だけの距離。何処か遠くに救急車のサイレン。
頬の赤みがそこにあって、ぷっくりと膨れたピンク色の唇が微かに開かれていて、光を受けき
らない双眸がゆらゆらと、揺れながら俺を見ていてくれていた。
大好きな渚の顔が、そこにあった。
思い返してみれば、こうして真正面からこいつの顔をじっくりと眺めたことって、あんまり
なかった。
こいつはいつも真っ直ぐに俺を見ていてくれるけど、俺すぐ恥ずかしくなっちゃって、じっ
と見てるのに堪えられなかったから。
だから、今だからあえて言おう。
渚ってホント、すんげぇ可愛い。
「―――」
口だけを形にして、名を呼ぶ。
声に出すのが、なんだか憚られた。
これだけの距離だから、渚もなんて言ったかはわかったと思う。
それだけで、いい。
「…………」
渚の口が開きかけて、そして動かなかった。
闇に塗れても、ゆらゆらと揺れる双眸。
その奥にある、昏い揺らめき。
まだ、渚の中にそれはある。
渚は俺なんかより強いヤツで、とてもとても強いヤツで、もう泣かないって決めたすごいヤ
ツで。
だから、その言葉を口にしない。
不安だって、言わない。
まったく隠しきれていないのに、それでも、言わない。
こいつ、頑固でお堅いヤツだから、不安だって言うことも、自分を卑下することだとか、弱
音を吐くことだとか思っているのかもしれない。
そんなの、いつも見せ合ってるのに。
そうやって、ここまで二人でやってきたじゃないか。
だから、今もさ、また――
――――え?
視線のすぐ先。
不安げに向けられる、渚の目。
いつも、いつも真っ直ぐに向けられていたのに。
不意に、逸らされた。
――え あれ?
背けられた顔。
戻ってこない。
――あ、あれ?
――な、なんで……
不安。それはわかる。渚の瞳を見てたから。
でも、この横顔に浮く表情は何だ?
なんでそんなに、悲しそうななんだよ。
もしかして俺、自分でも気づかないうちに、渚のこと変な目で見てたのか?
それが気持ち悪くてそっぽを向かれた?
違う、そんなんじゃない。いや、疾しい気持ちがあったのは否定できないけど、違う。それ
じゃない違う。
もっと違う。別の、何か。
――…………
渚の顔。
今は、横に向けられて。
どうすれば、いい。
どうすればいい?
どうすれば俺は、こいつの悲しみを払ってやることが出来る?
不安だって拭ってやれない俺がだぞ?
何が出来るんだよ。俺に。
いつも渚に支えられてばっかりの俺が、渚にしてやれることは何だ?
何だ、それはなんだ、どうすれば俺はこいつの顔を、目をまた俺に向けさせられるんだっ!
――……渚
時が長い。
気持ちだけが逸って慌てふためいて、自分だけが足早に駆けて行く様で。
その長さ分だけ、渚と俺の距離が広がっていくように思えてまた焦る。
こんなに近くにいるのに。
こんなに、傍にいるのに。
渚が、遠くに――
――……イヤだ
そんなの、イヤだ。
――……渚
こっちを向いてくれ。
――渚
おまえの見たい。
――渚
おまえに見ていてもらいたい。
――渚
だから、
――渚っ
その顔を、
――渚っ
こっちに――向けてくれっ!
渚っ!
…………。
……自分の物じゃないような、もどかしい程の動き。
ほんのすぐそこなのに、遠くて、長い。
俺の、手。
毎日毎日作業に明け暮れて、皮膚が硬くなって、ごつごつとして、軍手で守られているはず
の肉は傷だらけで、誰かに見せるのが恥ずかしいとすら思う、俺の手。
頬に、触れていた。
どこまでも柔らかくて、いつまでも温かい。
その頬に、触れていた。
渚の頬に。
渚の横顔に。
…………。
ああ、ダメだ。
これ以上、見ていられない。
横を向いている渚が、つらい。
ぎゅっと目を閉じる。
すごく、きつい……。
キリキリと締め上げられるのはなんだ、心か? ……わかんねぇ。
でも、痛い。
すげぇイタイ。
きつい、すごくきつい。
てのひらから柔らかさと温かさが感じられる分だけ、尚更にきつい。
横を向いてしまっている渚。
渚。
なぎさ。
なぎさぁ〜……。
「…………」
頬に添えた、無骨な手。
傍にいて欲しいと、必死に差し出した手。
「…………な、ぎさ」
柔らかくて、温かい、感触。
硬い手の、両側から。
包まれていた。
頬と――小さな手に。
俺の無骨な手に、渚の優しい手が重なっていた。
「…………朋也くん」
声。
「あったかいです」
渚の声。
「大きくて、あったかいです」
いとおしそうに、頬を擦り付けてくる。
「朋也くんの手です」
渚が……。
「あったかいです
笑った。
「――――」
声が出ない。
何か言いたい、はずだった。
でも、出ない。
出せない。
言葉にならない。
沈んでいた渚を振り向かせられた。
それで、笑ったこいつが見られた。
なんて言えばいいんだろう。これ。
こんなに、こんなにもすごい気持ちは。
……だから、せめて。
言葉を知らないバカな俺が、たった一言、万感の思いを込められる、この言葉。
「――なぎさ」
大好きな名前を呼んで、頬を撫でた。
すると渚は微笑んで、ねこみたいにふにふにと、嬉しそうに頬を寄せてくれる。
ああ、渚だぁ……。
渚が笑ってくれてるよ。
嬉しい。嬉しい。嬉しい。すごく嬉しい。
嬉しくて、そしてその嬉しさいっぱいの中で、俺はあることに気が付いた。
俺が気持ちが不安定になった時、渚はよく、俺の身体に触れてくれる。
時には抱いてくれることもあるけど、手とか、頭とか、頬とか肩とか、そういうちょっとし
たところにそっと、でもずっと触れてくれる。
それは、とても温かかった。
それだけで俺は、いくつもいくつも間違いそうになる中で、唯一その温もりだけを目指して、
こうしてここまでこれた。
渚のしてくれたことは、そういうことだったんだ。
ここにいるよと、言ってくれる温かさ。
言葉じゃない、そんなモノ。
なんで気づかなかったんだろう、俺。
こんな簡単なことでよかったのに。
それだけで、こんなにも渚を安心させてやれたのに。
思えば俺はいつも言葉に頼るばかりで、渚の身体へ触れる時は、そのほとんどが身勝手で自
分本位なことばかりだったように思う。
でも、こいつは違う。
俺のことを考えて、渚は手を伸ばしてくれる。
そんな渚は、俺の言葉だったらそれだけでもう十分だとか言ってくれるかもしれない。
だけど、それに慢心しちゃいけない。
十分は十分で終わらない、がんばれば十二分に出来る。
嬉しいことや楽しいことは、嬉しければ嬉しいほど、楽しければ楽しいほどいい。
渚が嬉しくて楽しければ、俺も嬉しくて楽しい。
なら、がんばらないといけない。
そうだろ?
俺はバカなヤツだから、たぶんまた、何処かで失敗すると思うけど、それでもとにかく、が
んばらないといけない。
渚に笑顔を咲かせたこの手の温もりを忘れずに。
「ごめんな、こんな硬い手で」
「そんなことないです。朋也くんの手って本当にあったかくて、すごく落ち着けます」
「そうかな」
「はい。わたしは朋也くんの手、すごく好きです」
「……なら、いっか」
「はい」
真っ直ぐな渚の瞳。
微笑んだ。
「……それであの、朋也くん」
「ん?」
「朋也くんの手みたいにあったかいのが、その、えっちすると、いっぱいなんでしょうか?」
「はっ?」
なに?
「あ、もしかしたらわたしまたヘンなこと言ってますか。でも、さっきはお返事しませんでし
たから、ちゃんと言わないといけません。ヘンだと思いますけど、ちょっとわたし、我儘言い
ますっ」
むっと額に力を入れると、顔を真っ赤にしながら渚は言った。
「朋也くんのあったかさが、すごく今気持ちいです。だから、もっといっぱい朋也くんのあっ
たかさ、感じたいです」
「な……」
「えっちすることで朋也くんのあったかさをもらえるのなら、その、わたし、朋也くんとえっ
ちしたいです」
「、」
「がんばってえっちして、二人で気持ちよくなりましょうっ」
片手でぎゅっと握りこぶしを作る渚が……その……。
…………。
……うわぁ〜。
「……あ、あれ? どうしましたか、朋也くん?」
なんだ、そのなんだ、うん……。
えっちしたい、さっき散々言った言葉だけど、言われるとこう……ああ、こりゃ確かに固ま
ると思う。
好きなヤツから、それ言われるんだもんなぁ。
えっちしたいって言った時、俺と同じ気持ちで渚がいたとは思わないけど。
これ頭ぶっ飛ぶってっ。
やばいってホントっ!
「やっぱりすごくヘンなこと言いましたかわたし。朋也くん? あの、朋也くん?」
「……渚、ごめん」
「え」
「明日バイト遅刻させるかも」
「え?」
戸惑いの形を描く渚の口をそのまま塞いだ。
一瞬驚いたようだったけど、すぐに強張りを緩めてくれる渚の身体。
さっき寝転ばせた時の口付けは違う、キス。熱いキス。唇を食む。渚の柔らかい口の肌と肉
を覆うように、潰すように、時に優しく噛んで。とにかくキスをする。二人で気持ちよくなろ
うとがんばる。そう考えるだけで俺はもう気持ちいいんだけど、渚はどうなんだろう。わから
ない。だから一生懸命渚にキスをする。
俺の口から洩れ出た涎が渚の唇に塗られていく。やがてさらさらとした触れ合いからねちょ
つく感触へ。肌と肌の吸い付きが増す。吸盤のようにくっついたまま離れない俺たちの口。そ
この神経に意識を集中させまくる。まくりまくりまくる。むしろ口肉の神経になる感覚とかそ
ういうの。
「んむ、ふぅむ……っ」
口で息が出来なくなった渚がと鼻を鳴らした。鳴らし続ける。でも嫌がってない。行為に没
頭しているのを示すように、渚からもリップサービス。ちゅっちゅと唇を吸われる。うわあ気
持ちいいコレ。やるなぁ渚。
食まれて覆われて、少し噛まれもした。本当に集中しているようで気づいていない。ちょっ
と痛いけど、なんだかそれも嬉しいから全然いい。つーかもっとどんと来い。
そんな心の信号を直に受けた下半身が果敢に反応した。ああ、もう俺ダメだ。完全にスイッ
チが入っちまった。もうバカになるしかねぇよこれ。
やがて呼吸が乱れてきて、鼻だけじゃどうにもならなくなった渚の呼気が俺の口の中へと流
れてくる。ちょっと苦しそうな渚。軽く瞼の伏せられた目が「朋也くん」と呼んでいるように
見えた。
ダメだ。あんまりにかわいそうなんで少しだけ口を離して隙間を作る。口離すのほんの数瞬
でも名残惜しいんだけどさ。
「ぷはぁ〜」
渚の吐息。少しだけしか離れていないのに、ヤケに遠い。せつない、とか思うこれ。その代
わりに見えたのが渚の口元で、その周りには薄闇の中でもべっとりとお互いの涎が塗りたくら
れているのがわかった。ちょっとだけ罪悪感。いや汚くしちゃったかなって。
それで、たぶん神経を集中させているせいだと思うけど、俺の濡れた唇の先で吸い込まれて
いく、吐き出されていく、そんな渚の呼吸を文字通り肌で感じることもできた。
う、うわぁ〜。なんかコレ、すごいことなんじゃないかもしかして?
渚が息を吸って吐いてる。そんなことに、たったそれだけのことに、渚って今、生きてるん
だなぁとなんだか感動して胸が熱くなる。当たり前のこと、でも普段は意識しないことを強く
感じて無性に嬉しくなるのはこんなに近くでこいつといるからだ。つーか渚だから。渚じゃな
いと感じない。こんなの他の女じゃ無理。絶対。
上気した赤い顔を眺めている。と、渚と目が合った。潤んだ瞳。覗き込むと、静かに瞼が閉
じられた。長い睫が小刻みに震えている。それが合図。渚の了承。続けましょうと言ってくれ
ている。どこまでも澄んだ瞳。大好きな渚の目。嬉しくて、渚もこの行為がいいって伝えてく
れるのが嬉しすぎて、頷く代わりに勢いよく口付けた。ねっとりと熱くねぶる。濡れる柔肌。
口と口を合わせたり離したりしながら戯れる。ねちょねちょとちゅるちゅると音が立つ。。
の合間に洩れ聴こえる「ん……むぅ」とか「はんむぅ、ふむぅ」とかそういう類のなんつーん
だろ喘ぎ声じゃなくて、とにかくそういう普段の渚からは絶対に聞こえない声というか渚が出
す音がもうダメ。俺の中のアッチのほうがどんどん高まっていく。それだけで臨界突破しそう。
いろんな意味で。だって一年以上なんだぜこの瞬間待ち望んでたのっ。ああなんで俺早くやん
なかったんだろう――って俺の気持ちいいだけに浸っちゃいけないそれ絶対。渚も一緒。二人
で一緒にだ。
だけど気持ちよりも身体が先に進む。言うことを聞かない元俺の一部の身体は体勢的に圧し
掛かれるのをいいことに、唇を強く押し付けてからちょっと強めに口を開いた。案の定ぴった
りと合わさっていた渚の口元も少し開く。そこを見計らってするりと舌を差し込む。狙いはま
ず口先、そして内側、最後に歯の付け根をざらりと舐めるお散歩コース。おもしろいほど腕の
中の身体がぴくりぴくり揺れた。
キスだけなら幾度も交わしている俺たち。だから渚もこの次に来る流れはわかっていると思
う。渚との視線だけ会話の中で、「……中に入れますか?」と聞かれたと俺頭脳は都合のいい
変換をかましてくれた。
ダメだ、大バカだ、しかもその言葉が妙にえろくって勝手に身体に熱が入る。渚に向ける視
線に当然と強く念じる。何度かむず痒そうに身体を捩ってから、焦らされるような数瞬の後、
渚はおずおずと舌の侵入を許してくれた。
また鼓動が高鳴る。ホントもうヤバい熱い。焼けるような渚の口腔。盗人のようにそろりそ
ろりと進む。
なかなか渚の舌がいない。どこだろう。探す途中でちょっと歯の裏に寄り道。擦る。跳ねる
渚。こりゃやっぱり奥に引っ込んでるのかなぁ。
たぶん喉先でぷるぷる震えているだろうそれを怖がらせないように、脅かさないようにそっ
と近づいていくと、やがて舌の先端がつん、と触れ合った。
「っ!?」
びくりと跳ねる渚の身体。やった、渚の舌発見。ぬるぬるねとねとと蠢いている。だけど今
の俺にはそのもどかしい動きでさえ淫靡で淫乱で淫欲に盛っているように思えた。
きっとこれは渚の中の悪いナニカなんだ。口の奥底で虎視眈々と渚をえろくしようと企んで
るナニカ。そうだ、そうに違いない。さぁ攻めよう。いざゆこうこれは戦いだ。
何度かしてきて気づいたけど、渚は舌と舌の触れ合いに弱いらしい。深い深い大人のキス。
前に本人に聞いたところによると、「だってすごく恥ずかしいんですっ」とのこと。出来れば
もっと恥ずかしがらせたい。そんな欲望に火がつく。
つんと突つく度に身体が震える。また突つく、また揺れる。その度に「ふむんぅ」と鳴らす
鼻がなんだか抗議しているようだけどそれもまた楽しい。いや楽しんじゃいけないんだけど、
でも楽しい。このくらいはいいだろと目を向けると、渚は少しだけ涙目になって、やっぱり少
し抗議してきた。「朋也くん、これ以上はもう……」、そう目が語る。
それでいつもならここまでとなるけど、今日はほら、アレだから、ちょっと意地悪をしてち
ょんと突ついてみた。
「んんむぅ〜!」
てっきり終わりと安心していた渚が一際大きく震える。ごめん渚。今日はほらやっぱ特別だ
しもうちょっと俺的には渚と楽しみたいなーと思うんだな……とか空々しいことを思いながら
も、逃げ込むように奥に窄まっていく舌を逃さないようぎゅっと伸ばして巻き込んだ。
絡み合う舌とナニカ。反則なほど柔らかいそれはいくら巻き込んでもぬるんと逃げていく。
逃げ上手。負けて入られない。くるりと回して逃げ場を囲う。突然の変化に戸惑う様子。そこ
を突く。擦る。締め上げる。渚の口の奥から苦しげな声。ほらやっぱりだ。このナニカ、渚を
じんわりくるしめてやがるんだ。さっきから悩ましげな声を渚に出させるとはなんて不届き者
だ、まったく。
ぬるぬると滑ってはまた溶け合う。混濁し過ぎて舌とナニカが二つで一つの生き物になるよ
うな気さえしてくる。呼吸をしようとする振動とくちゅるむちゅると音を立てる口元。渚とも
うどっちがどっちの口なのかよくわからない。ぬちゅるぬちゅる混ざり合ういろいろ。口があ
るはずの部分が液体で満たされた熱い壺になったよう。ねちょねちょと熔けてぐるぐる回る。
ああくそ俺までナニカに頭やられたみたいだ、もうわけわかんねぇ。
反面、なぜか冷静な自分が、キスってこんなにすげぇことになるんだと感心していた。
知らなかったこんなの。さらに舌を伸ばす。熔ける。口がなんなのか忘れたまま、渚を見る。
ナニカと戦う。ナニカは強い。とても強い。柔らかくて何をしても効かない。ねっちょりとえ
ろい。だから戦う。渚を救うために縦横無尽に舌を駆け巡らせる。息の詰まった声。渚の声。
渚はきゅっと目を閉じて苦しそう。がんばれ俺、渚が苦しそうだぞ。渚が大変だ。渚がほら。
渚が――渚が苦しそう?
あれ? おい。苦しそうって何だ? だからそれはナニカのせいで渚はなんでくるし
――つーか正気戻れっ!
「ぷはぁっ!」
「ふはぅっ!」
慌てて顔を離すと、渚も俺も大きく息を吸って酸素に喘いだ。
く、苦しい……すげぇ胸イテぇぞ。
そういや俺最後に息吸ったのいつだ?
あ、あんまりにキスに没頭しすぎて、忘れてたのかよ……。
「はぁ、はぁ……と、ともや、くん……くるしい、です……」
「わ、わりぃっごめんっ!」
「息、させてもらえないのかとおもいました」
起き上がった渚が涙交じりの横目でじぃっと見てくる……ああ、そんな目で見ないでくれ、
すんげぇ悲しくなる。いや、見られても仕方ないんだけどさぁ。
「ごめんホント……。その、渚とすげぇキスしてるって思ったら、嬉しくて止まんなくて…
…」
「あ、そうなんですか、ありがとうございます。……じゃないですっ、そんなのダメですっ。
朋也くん、がんばり過ぎです」
「ごめんごめん」
「ちゃんと二人でがんばるんですから、わたしにもがんばらせてください」
「あ、え? それって、今のにもか?」
「そ、そうですっ。ま、まぁその……さすがにあんなのはちょっと無理ですけど……でも次は
わたし、朋也くんと同じくらいがんばりますっ」
ぐっと胸元で握り拳の渚。
……えっと。
「でもー、次はそのー、服を脱がせるって感じになろうかと思うんですがぁ〜?」
「え……?」
「どうやってそれ、がんばるんだ?」
「え、えっと……」
一瞬迷いの表情を見せたがしかし、
「じゃ、じゃあっ!」
なに?、と訊く前に立ち上がった渚は俺の正面で、
「朋也くん、両手を上げてください」
というので反射的に上げたらさっと脇の下を掴まれて、
「え――わぷっ!」
そして一気にシャツを持ち上げられた。
うまい具合にするりと抜けて、後は半身素っ裸の俺がそこにいた。
「次は足ですっ」
えっと思う間に、渚は組んだ俺の足を掴んで伸ばして、そのままずるずるとズボンを引っ張
っていく。
「い、いやぁぁーーっ!」
思わず声が出た。
……そして、乱れた床の上に打ち上げられたトランクス一丁の二十歳男が一人。
渚おまえ……いつの間にこんな技を……?
ここにいるのは渚だけなのに、なんだか妙に心細い気持ちになる。
ああ、これが辱めを受けたときの気持ちってやつなのか? そんなことこんな時に思いたく
はなかった……。
「この間本で読んだ『休みの日に寝巻きを脱がない旦那様から洗濯物を回収する方法』が役に
立ちました。やっぱり人はいつでも勉強を忘れてはいけません」
「俺に同意を求めないでくれますかねぇっ!」
なんかすげぇ懐かしいどっかの誰かのような口調になってるよっ!?
「――くそっ、こうなったら俺も脱がしてやるっ」
暢気に人のズボンを折り畳みながらにへらと笑っている渚に猛然と襲い掛かる。
渚が顔を上げた時にはもう俺は渚服脱がし射程圏内だった。
「あっ! わ、わたしはいいです自分で脱ぎますからっ!」
「一緒にがんばるんだよなー、なぎさぁー?」
「で、でも今のはさっき朋也くんががんばった分のお返しで――」
「関係ないっ」
ぴしゃりと言い放ってさっと渚の首下に手を伸ばした。
なだらかふっくらとした胸元に沿ってボタンが並ぶ。生憎と留め具式じゃない、掛ける方。
「と、朋也くんいいですっ」
「俺に任せろ」
と勢い込んだはいいけど、人のそれを取るなんて初めてで……あれ? なんだ、うまくいか
ねぇ。くそっ。
そんな危うい手付きがおかしいのか、最初は慌てていた渚もだんだんと表情が緩んでしまい
には微笑みすら出る始末。く、悔しい〜っ!
「は、外れたっ」
「お疲れ様です」
「じゃあ脱がす」
「はい。……ってちょっと待」
って、と続く言葉を待たずに一気に服を巻くし上げた。
力の入っていなかった渚の腕ごと掴んだまま脇に沿ってそのまま一息にずり上げ―――――
――え?
「と、朋也くん苦しいですっ」
渚をバンザイさせた格好のまま、服を途中で上げた止まってしまった俺。
もぞもぞと揺れる渚を余所に、俺は……俺の目は、ある位置に固定されたまま動かなかった。
いや、動けなかった。
服を捲くり上げていく時に、一瞬変な取っ掛かりがあった。
それがなんだったのか、今の目の前に現れたモノを見れば、考えるもなかった。
「この体勢は辛いです。やるのなら一思いにやってくださいっ」
捲れ上がったブラジャーに上の部分が隠されながら……。
視界の中には、それがちゃんと二つあった。
いつぞやおあずけを食らった、夢にまで見たソレ。
渚の、おっぱい。
おっぱい。
おっぱい。
渚のおっぱい。
腕を上げているせいで、少し引き延ばされた感じのが、右と左に
上気した顔をばかり見ていたせいか、渚のおっぱいは陶磁のように白く見えた。
ちょうど楕円形のようになっているその真ん中辺りに、ピンク色の小振りで可愛い乳首がち
ょこんちょこんとおすまししていた。
可愛い、乳首が。
かわいい、ちくびが……おっぱいが……。
――うわぁ〜。
もはや茫然自失の体。
いきなり飛び出してきたこと、やっと巡り合えたこと、渚のおっぱいであること、それらす
べてが思考力を完全に奪ってくれちゃっていた。
渚のふるんとした胸から目を離せないまま、自動的な感じで渚の服を脱がした。
「……ふぅ。どうしたんですか、いきなり止ま」
って、と続く言葉の前に止まった。
ただ、視線だけがつついと下がる。
そして、俺が見つめているモノと同じモノを、渚も見た。
「――――だっだめですーーーっ!!!!」
ボンと音がしそうなくらい真っ赤に爆発した渚はばっと胸を覆い隠すと神速で背中を向けた。
「朋也くんずるいですっ! 不意打ちですっ、いくらなんでもこれはひどすぎますっ!」
なっ――!?
「ちっちがっ!? ちょっちょっと待ってくれ渚っ! 今のは完全に不可抗力で――」
「ひどいですずるいですまたがんばりすぎですある意味すごすぎますっ!」
「違う違う違うからってなんだすごいってーっ!?」
ぶんぶんと首を振りまくってる渚。ああもうどうすりゃいいんだこれっ。原因は俺というか
ホント偶然なのに、見てた俺も悪いけどっ。つーかさっきまでの雰囲気はどこいったんだよっ!
「な、なぁ渚……今のは本当にたまたま、なんだよ、偶然の産物ってヤツ。そういうことしよ
うと思ったわけじゃないんだ」
「でもじっと見てました、ずっと見てましたすごく見てましたっ」
「そ、そりゃ見るさ。渚の胸なんだから」
「えっちですっ!」
「ま、まぁ、これからもっとすごいことするけど」
「そうでした。あ、でもそういうことじゃなくてえっちですっ」
「ああうぅ〜」
ズレたブラの紐が掛かる小さな背中を眺めながら、思わず情けない声が洩れた。
渚怒っちゃってるよ。まぁ、そりゃそうかもしんないけどさ。
俺はどうしてこう、自分に正直すぎるんだ?
まぁ男としちゃそれでいいんだけど、でも、はいけない。
俺たちは、二人でがんばるんだから。
だから、どうにかして渚をまた、振り向かせなくちゃ。
「……渚」
恐る恐る近づいて、素肌が晒されている肩に……手を置いた。
ぴくっと揺れる身体。
避けられるかっ――と一瞬思ったけど、それだけで渚はそこにいてくれた。
電灯の消された部屋。甘栗色の髪の毛。綺麗に切り揃えられたその隙間から、渚の幾分熱を
持っているようにも思える白い肌が覗く。両手からは渚の体温。やっぱり熱い。熱くて――っ
て今えろモードはなしだ。
「渚……」
もう一度、名を呼ぶ。
手に力は込めない。
そっと置いて、待つ。
本当は抱きしめてくて堪らないんだけど、我慢する。
こうやって自分を抑えることもまた、渚と決めたがんばるってことの一つだと思う。
「ごめんな。もう、あんなことしないから」
まぁ、そもそもしたくてしたんじゃないんだけどさ、それは置いといて。
さっきのキスのときでも、今もわかったけど、俺、相当えっちだ。
もちろん渚だからっていうのもあるけど、だから尚更に、自分が不安定になる。
ちゃんと抑えないと。
俺一人だけじゃ、意味ないから。
「ごめんな、渚」
ちゃんと渚と二人で、えっちして、気持ちよくならないと。
「…………朋也くんは、えっちです」
「うん、そうだな」
「朋也くんがこんなにえっちだったなんて、知りませんでした」
「うん、ごめんな」
「それに、ずるいです」
「ごめん」
「今も、ですからね」
「え……」
さらりと髪が揺れて。
肩越しに、渚が振り向いた。
小さな口が動く。
「朋也くんの手。とてもあったかいから。わたし、怒れなくなってしまいました」
ちょっと拗ねたような表情で、そんなことを言う。
「なぎ――」
胸に、軽い重み。
ふわっと、顎の下に栗色の髪が溢れる。
「あったかいです。あったかい」
すべすべとした感触が胸を撫でる。
見ると、ねこが匂い付けをするように、渚が頬を撫で付けていた。
それがこそばゆくて、でも、あったかい。
「朋也くんの肌にこんなことして、わたしも、えっちです。だから、おあいこです。わたしも
朋也くんも、ふたりでえっちな人です」
「なぎ、さぁ〜……」
「それに、その、この際だから言ってしまいますけど……」
「な、何を?」
「朋也くんとキスすると、いつもドキドキするんですけど」
「、ああ」
「さっきのキスは、ドキドキしすぎました」
……息ができなくてなんて理由でないことを、とても真剣に願いたい。
「それに、なんだか少し、ちょっと、その……気持ちよかったです」
「――――」
「苦しかったですけど、なんだかぼお〜っとして、ふわふわした感じでした」
「…………」
「今もそうです。こうして朋也くんと肌を合わせていると、ドキドキして、ふわふわして、気
持ちいいです」
「渚……」
「わたし、朋也くんとえっち、がんばれていますか?」
顔が上がる。
頬が赤く染まって、小さく微笑んでくれている渚の顔が。
「……たぶん、すごくがんばれてると思うぞ」
「なら、よかったです」
綻んだ。
「――――」
心の漣が風に吹かれたように、静まった。
……わかった。
自分の欲情に負けないやり方。
簡単じゃないか。
これ。
渚の笑顔。
この笑顔を思い浮かべればいい。
そうすれば、大丈夫。
きっと、それでいい。
「渚」
「はい」
「俺たち、この先は初めてだから、なんか、ヘンことになるかもしれない」
「はい」
「だから、二人でがんばろう」
「はい。二人でがんばりましょう」
「えっちをな」
「えっちをです」
笑った。二人で。
人に聞かれたら、きっとヘンなこと言ってると思われるんだろうなぁ。
渚のヘンなこと言う病が俺にも伝染っちまったんだ。あ〜あ。
目を合わせて、おかしそうに笑い合う。
考えたことが、口に出さなくとも渚に届いていくような、嬉しい錯覚。
触れ合わせた肌の温もりと、合わせて触れた心の温もり。
なんだかここまで来てようやくスタートラインに立ったような、そんな心境になっていた。
遅すぎるといえば、遅すぎるけど。
たぶんまた、俺は劣情に溺れかけるだろうけど。
渚の笑顔を。
信じよう。
「続き……いくぞ」
「はい。いつでもどうぞ」
自然と顔が近づいて、唇が触れ合った。
食み合うような、熱い、熱い口付け。
貪欲な感情は起きない。
少しだけ舌を出して渚の唇を塗らす。渚も同じように、でもさすがにぎこちない動きで、俺
の唇を舐めてくれた。
何度か繰り返してから、ゆっくりと離す。
口を離す時、つぅーと二人を結ぶ端が銀色に光って見えた。
やがてぷつりと切れたそれから視線を上げると、ちょうど渚もこっちを向いたところで、情
けなくはにかんでしまう。
そのまま、渚の頭に手を触れる。
「渚の髪って手触りいいな」
「朋也くんもです」
「俺のは硬い」
「そんなことないです」
もう片方の手で肩を支えながら、ゆっくりと倒した。
乱れてしまったシーツの上、夜の闇に浮かぶ、渚の裸体。
上気した頬から首筋に掛けての柔らかい線。それはなだらかな曲線を何度も描いて、首元か
ら鎖骨、細い肩から二の腕、胸の前で交差された両手、脇を抜けて腰にまで途切れることなく
駆け抜けていた。
上半身だけの、裸身。
それは十分過ぎるほど扇情的で、また俺の心を掻き乱そうとそこに在った。
でも落ち着け、見失うな。大丈夫、大丈夫。
ほら、見てみろよ朋也。
渚、微笑んでくれてるぞ。
「……ごめん、渚」
「え?」
「好きな女の身体見てんのに、俺こんなことしか言えない」
「はい?」
「おまえ、すんげぇ綺麗」
高校時代の不良の杵柄は伊達じゃないとでも言ってしまいたいくらいにホント俺、語彙が少
ねぇ……。
本当はもともっとすごいこと言ってやりたいのに、本当におまえすげぇ超すげぇってのを伝え
てやりたいのに、本当に馬鹿な自分が悔しい。
なのに、渚ときたら、
「すごく、うれしい、です」
なんて、泣きそうに笑ってくれた。
「嘘でも、嬉しいです」
「嘘じゃねぇよ」
「もちろん、信じます。だって朋也くん、本当の顔してますから」
俺が渚の顔を見て、いろいろ思うように。
渚も俺の顔を見て、いろいろ思ってくれていること。
そんなことが、涙ぐむ渚を見て、すごくよくわかった。
わかってるつもりが、本当にわかること。
今日はなんか、発見の連続だ。
「渚、腕、解いてもらっていいか」
少しだけ渚の顔に躊躇の色が過ぎった。けれどすぐにまた笑顔に戻って、おずおずと、おっ
かなびっくりに、胸の前から両腕がどけられた。
その下から現れた、渚の胸。おっぱい。
渚は恥ずかしそうに顔を背けて、ちらりちらりと視線を送ってくる。
「そ、その……わたしのなんて小さいですから、見ても、おもしろくないですよ」、
「別に大きい方が好きってわけじゃないんだって」
「でも、お茶碗くらいもありません……」
その生活感溢れる表現がとても渚らしくて、少し笑ってしまった。
渚も渚で自分の言った言葉のおかしさに恥じ入って、また顔を赤くする。
確かに、早苗さんとかから比べれば、渚のおっぱいは大きいと言えない。
けど、横になってもこうしてちゃんと膨らんでいるっていうのは、形がいいとかそういうふ
うに言うんじゃなかったっけか。
もちろんそんなこと言ったところで納得しなさそうだけど、でも、なんだかこの渚のおっぱ
いはとてもいい。そんな風に思う。
横を向いている渚。また不意打ちとか言われるかなとか思いながらも、そっと触れた。
「とっ――」
驚いて振り返った渚が何か言いかけて、言わなかった。
顔はもうまっかっか。そういう光で照らされているんじゃないかってくらい、夜目にもよく
見える。
右手に、とてもなまっこい感触。
なんて言えばいいのかな、これ?
風呂に浸かりながら水面をちゃぷちゃぷ叩いると水が吸い付いてくる感じをもっともっと強
くして、水そのものをぎゅっと纏めたらこんなんなるかもなーという絶妙な柔らかさ。
そしてちょうど人差し指を中指の間にある、ぷっつりとした突起。色の薄い渚の乳首。
実物としてある事実に堪え切れなくてがむしゃらに揉み下したくなる……けど、その前にじ
っとしている渚の目に目を合わせた。
赤い顔をしながらも、俺を見ていてくれている渚の瞳。
「……あったかいです」
そう言って、ほんわりと目を閉じる渚。
手を通して、胸の奥、小さな鼓動が感じられた。
とくん、とくん。
元気に脈打っている。
渚の鼓動。
渚は今、生きている。
俺の、傍で。
「渚の胸、好きだから」
免罪符にしたかったのかもしれない。やっぱり俺は渚の言う通り、すごくずるいヤツだ。
だから、手を動かす。
「んっ」と鼻に掛かる渚の声。
こんな硬い手で悪いと思いながら、少しでも渚が感じてくれるようにと願いながら。
ふに、ふに、と、くに、くに、と、手の動くまま、上手に形を変えるおっぱい。
……や、柔らけぇ〜、ホントこれ。
楽しくて気持ちよくて、もうちょっとだけ早く動かしてみる。その動きに負けじと上下左右
変幻自在に動く渚のおっぱいがおもしろい。
このまま突っ走りたいのはヤマヤマだけど、それじゃいけない。
俺一人じゃダメ。ちゃんと渚と一緒に気持ちよくならないと。
「ん……んん……んんぅ、」
渚の喉の奥からもれ聴こえる声。
色のある声……というわけじゃないけど、少なくとも、苦しくてというわけじゃなさそうな、
そんなような。
「あ、あの、渚」
「んっ――はい……」
「気持ちいいのか、これ?」
ゆっくりと、円を描くように揉みながら聞く。
「…………ええと――んぅっ」
また、あの声。
「その、なんと言いますか、んっ。だから朋也くんのんぅんっ、指の間に……ん」
よく聞きたくて、手の動きを止めた。
「指の間がなんだって?」
「そこに乳首が挟まれてて、ちょっとこそばゆいです」
「あ、ああ……なるほど」
頭がくらくらする。
こいつはこう、言葉を隠すとか出来ないんだろうか……?
「渚はこれがいいのかな」
おっぱいにつけていた手を少し浮かせて、試しに先端をちょいと摘んでみる。
「はぅんぅ〜っ!」
すごい反応があった。
「とっ朋也くんっ、いきなりはびっくりしますっ!」
「わ、わりぃ。あ、でも、一つ一つ今度はこれするからなって言うのも、ちょっと間抜けすぎ
ないか?」
「……え」
「ええと、だから、渚がイヤって言うこと以外は、まぁ今回えっち初めてだし、いろいろやっ
てみたいと思うんだけど……」
「…………」
「そういうのって、がんばるうちに入らないかな」
押し黙ってなんとも情けない表情をみせる渚。
今の言い方、俺すごいずるいヤツだ。すんげぇ自己嫌悪……。
渚のことだから、確かにそうだとか思っているのかもしれない。
なんだか、すごく苛めてるみたいな心境になるのはきっと間違いじゃないと思う……。
「だから、気持ちよくなかったり、逆に気持ち悪かったりしたら言ってくれ。そしたら俺、そ
れはやめるから」
「……はい、わかりました」
しぶしぶと頷く渚にかなりの罪悪感。
でも渚に任せたら前みたいになるのがオチだから、ここは俺主導でやらせてもらうしかない。
「じゃあ、また行くからな」
少し心配そうにしながらも、こくりと頷いてくれた。
真上を向いている渚の乳首を指で摘む。
「んっ!」と渚の声。今度は構わずに摘んだ乳首をそのままこりこりと回してみる。
「ん、んぅっ――ぁん」
指を離して、今度はてのひらを使って乳首ごとおっぱいを押して回す。まぁあるくまぁるく、
ぐるりぐるりと。倒れた乳首が円運動を原動力としておっぱいサーキットの上を小回りする。
喉から鼻に抜ける渚の声は、まだ喘ぎ声とは言えない詰まったもの。もちろんそれだけでも
下半身の彼は元気を十分もらえるわけで、俺的な面で言えばもういつでも準備オッケーだった。
けど、まだダメだ。
今は、まだ早い。
このままの状態で最後までしても渚は気持ちよくなれないと、耳じゃなく、心で聞き分けた。
空いていた左手をもう片方の胸に乗せる。それだけでびくんっと震える渚の身体はやっぱり
まだ緊張しているんだろう。もっと、解してやらなくちゃ。
乳首を中心に攻める右手。さて左手はどうしよう。こっちも揉めばいいかな。でもおっぱい
ばっかりじゃ俺が楽しんでるだけのような気がする。もうちょっと違うことをしてみよう。
「んあぅ、んっ――えっ!? そ、そんな手をんふぅあっ」
一際大きく上がった声。
おっぱいに当てた左手は一度二度乳首を弄んでから、脇に滑って腰まで淑やかに続くライン
を撫で擦りながらお腹の中心に辿り着いた。
つまり、おへそ。
「とっともやくんっンぁっ!」
右手とは逆回転の軸で、人差し指でおへその周りに円を書いた。
大きく、小さく、時にはおへその縁を突きながら、右手と連動して丸く動く。
「んあぅ、あっ、あはっ……とっとも、あはは、ともや、くんそれ、あはっ―くすぐあははっ」
くるくると回す度に身体を捩る渚with笑い声。
「あ、ダメかこれ」
残念、新境地発掘失敗らしい。
「そ、その指の先の動きがとってもくすぐったいんです」
「う〜ん、そうか」
というか俺がやられてもたぶんそうかな。
「あの、ところで朋也くん」
「ん?」
「そ、その、朋也くんの手で触ってもらうのは嬉しいんですけど、わたし、朋也くんに何もし
てません」
「ああ、いいってそんなの」
「いえ、二人でがんばるです。だからわたしも朋也くんにしてあげたいです」
こう言うところは本当に頑固だ、渚は。
つっても、してもらうことってもなぁ。
まぁその、興味があるっちゃある行為もいくつかあるけど、初っ端からそんなに高いハード
ルを越えてもらわなくてもいいと思うし。
「わかった。だったらさ」
「何をすればいいですか?」
「おまえ、がんばってもっと自分の気持ちいいところ見つけてくれ」
「え?」
「渚が感じてくれてくれると、俺もすごく気持ちいいんだ。直接何かしてもらわなくても、そ
れでいい」
「でも……」
「俺ってそういうもんなんだよ。他の男は知らないけど、俺はそう。だからそうだって覚えて
おいてくれ。な?」
「……はい、わかりましたっ」
朗らかに笑ってくれる。
そう、それ。
それもさ、俺が気持ちよくなれる元なんだからな、渚。
「――あ」
右手の動きを再開する。今度は胸全体を解すように大きく、緩く、そして強く、また軽く。
左手はしばらくすべすべのお腹をするりすると撫でて、だんだんと円を大きくしていった後、
隈なく全身を巡る旅に出す。
白い肌、その下から赤い流れが浮き出ているのが薄暗い中でもよくわかる。元来た道を逆に
辿る。少しだけ滑りが悪いような気がしたけど、何のことはない。
渚の身体に、しっとりと汗が浮いてきていた。
「てが――んぅっ、上にあっ、うえぁふぅ」
感じて……くれているんだろうか?
少し不安に思いながらも脇に到着。休んでいる暇はない。もっと渚を探求して気持ちよくな
らせないと。
一歩下に伸ばす、ちょうどあばらの辺り。
つぅ、と爪の腹で撫でた。
「ひゃあぁぁぁああぁ――」
柔らかい肌と肉で形作られた優しい山脈を行ったり来たり。断続的に渚の口から洩れ出る吐
息は良好。旅は順調。どこかで聞いた、ギターって楽器は女性を模して作られているという話。
とてもよく頷ける話。
「んふぅ……はぅっ、くすぐっあっ……ンぁう」
しばらく山あり谷ありの道に精を出してから、左手は更なる秘境を求めて先を行く。
ああ、なんだろうこれ……
渚の身体、こんなに小さいのに本当に飽きない。おもしろい。気持ちいい。俺旅なんてした
ことなかったけど、これがそうなら今度渚と旅行にでも行こう。それがいい。
「ふはぅっ、す、すべってきんぁっ、ます――はぁあ〜」
脇を抜けて二の腕、その腹、肘、腕と撫で降りる
そうしてようやく最果ての指の先まで届いたところで、きゅっと左手が掴まれた。
汗ばんだ俺の手と、汗ばんでいた渚の手。
顔を上げると、視線が合った。
眠る前のまどろみのような、どこかとろんとした目。
「……渚」
胸に当てていた右手が自然と離れて、赤みの差した頬に触れた。
掴みすぎて汗で濡れた、たぶん心地いいとは言えない感触。
「――きもち、いいです」
いとおしそうに擦り寄せてくれた。
「わたし、きもちいいです、ともやくん」
すりすりと、きゅっと。
「身体中が熱くなって、ちょっと苦しいんですけど、イヤじゃないです」
「……なぎさぁ」
「これが、感じるってことなんでしょうか?」
「たぶん、そうかもしんない」
「なら、わたしはこれ……すき、かもしれません」
「――え、と」
「朋也くん、その、あの……」
「な、なに?」
「いろいろ……もっと、してくださいっ」
落ち着け俺ぇぇええ――――ッッッ!!!
「・ ・ ・・・……――わかった……」
両手に伝わる振動とテレテレの笑顔を拡大認識してどうにか自分を保ちながら、渚の頬に当
てていた右手を頭に持っていって、柔らかい栗毛をくしゃりと撫でた。
気持ちよさそうにしているところに、そっと口付ける。自然に受け入れてくれた。
頭と、唇と、それぞれ撫でて舐めて、右手をゆっくりと南下させる。
首から喉から肩から鎖骨、そして芸術的なまでに可愛い窪みをくるりと指先で撫でて胸へ、
さらにその下、先ほどとは反対側のコースを取りながらとしっとりと火照り出した身体を舐め
るように撫ぜていく。
「ぅんんぅ……ともや…あぅ…くンんぅ――」
渚の声。これ以上ないくらい近い距離で聞く。
声の中に艶めいたモノを感じるのは、たぶん気のせいじゃないと思う。
撫で擦れば甘く、指を這わせれば切なく、優しく摘めば高く、止めて触れ続ければ安堵した
ように……。
右手に独立した意思を持たせて、しばらくその音色を堪能する。
――ぺろっ
「っ!? なっなぎさっ?」
「えへへ……舐めちゃいました」
だから落ち着けええぇぇえッッッ!!!!!
「今の、気持ちいいですか、朋也くん?」
「き、気持ちいいというか、なんというか……」
ヤバかった。
いろいろと。
「ちょっと悪戯しちゃいました」と語る渚の目。
ぺろっと舌が覗いている。
艶かしく、紅朱しく。
部屋の微光。
てらてらと輝く。
「――――」
吸った。
「んんぅっ!?」
ごめん渚すぐ収まるからっ。
「むぅんっふぅんちゅむぅんっ」
吸って舐めてねぶりながら汗ばんだ身体にべっとりと右手を這い回す。
要所要所を突く度撫でる度、渚の喉の奥からヒクつくような呼気がせり上がってくる。洩れ
る喘ぎ。
一瞬後には自我が消えそうになる中で、きっと強過ぎる刺激や口を塞がれた苦しさに大変な
はずの渚が、たどたどしくも確かに舌を絡め合わせてきてくれたこと。
そして重ね合わせた手を通して伝わる渚の必死さが、暴発しそうな熱情を寸でのところで諫
めてくれていた。
やっぱ俺、こいつがいなくちゃダメだ。
こいつが一緒にいてくれないと、きっと間違った道に進んじまう。
渚がいてくれるから、俺は俺でいる。
……唇を離した。
「あふぅ――はぁ、うくっ、はぁうっ、はぁ」
やっと解放されて、熱く息を乱している渚。
組み合わさったまま離れない、左手と小さな右手。
とろんとした目と視線が交わる。
「愛してる」
自然と洩れた言葉に、自分で驚く。
乱れた呼吸の中、熱病に浮かされたような表情の渚。
二人の液で汚れた可愛い口が、ほろんと緩む。
「愛しちゃってください」
そうして、ふにゃあと笑ってくれる渚。
大好きな渚の、笑顔。
……目尻が熱くなる。
こいつを、愛そう。
いつまでも。
どこまでも。
「あ、ともっひゃンッ!」
左手をぎゅっと握りながら、右手は湯たんぽのように熱を発する肢体を撫で擦りながら一直
線に下を目指した。
胸、脇を順に手繰り絹漉豆腐にも似たすべすべのお腹を爪の引っ掻く。一度は静まった渚の
声の温度がまた上がり始める。
俺のする一つ一つが渚の快感を高めていっているっていう感覚。
錯覚とは思いたくない。
だって、二人でがんばって、一緒に気持ちよくなりたいから。
「んあっはっ――ぅはふぅむっ……くふぅ」
デタラメながらも旋律を奏でる艶声。
そうしてようやく、左手はそこへ辿り着く――。
「――――あ」
声と渚の身体が微かに脅えた。
渚のパジャマのズボンの中に差し込まれた手。
そこは身体が発していた熱を限界まで篭らせたように、蒸れるような熱気に溢れていた。
指先に触れる柔らかな感触は、たぶんショーツのそれだと思う。
渚の目を覗く。
さすがに、不安そうな翳りを隠せない。
「渚」
目を見つめながら言う。
「がんばろう」
言葉にしなくちゃならないこともある。
少し強張った表情ながらも、こくりと頷いてくれる渚。
頷き返して、手を潜らせる。
熱い、熱いズボンの中。ショーツの上。
おなかの上でそうしたように、まずは全体をぐるぐると撫でてみた。
「ふ……んぅ――あん」
額に皺が寄る。
苦悶じゃない、ちょっとくすぐったいのを堪えるように。
そうしているうちに、ズボンの中はさらに熱度を増していく。包まれているせいか、身体に
触れていたときの比じゃない熱さ。もう炬燵のよう。
やがて、手の動きを止める。
「……ふわぁ」
浮き上がった声。
ちょっと不思議そうな顔で見つめてくる。
答える代わりに両脚の付け根、柔らかな布に包まれた丸みのある部分。
指を添えた。
「……ヘンなこと、訊いて悪いけどさ」
「は、い……」
「自分でここのとこ、触ったことあるか?」
「トイレではいつも」
「いつもぉっ!?」
「えっ? ――あっ、いえそういう意味ではなくてっ、ちゃんと拭いてますってことですっ」
そ、それはそれでなんだかすごい発言のような気もするけど。
でも、そっか。
今の小爆弾発言から察するにだ。
「おまえ、何も知らないってわけじゃないんだな」
「…………」
真っ赤になった。
「……朋也くん、意地悪です」
自分でもそう思う。
「まぁ、とにかくがんばってみようか。この先もあるし」
「その言い方、なんだかちょっと事務的です」
「バカ」
ちょっと不機嫌そうに言って、指先に触れた丸みに――するっと指を滑らせた。
「っぁふぁあぅっ!?」
電撃が走り抜けたらこんな感じだってくらいに渚の身体は震えた。
その様子にちょっとびっくりした……けど、ぎゅっと握ってくる手をしっかりと握り返して、
指の腹を使って優しく擦り出してみる。
「はあぅっ、ぁっあんっはぅっ!」
今までとは違う、蓋を開けた嬌声。
淫らとも言える連続的なリズムに――刺激に反応する身体に――陶酔し始めた渚の瞳に――
熱く濡れた唇に――もう俺ん中の欲情とか下半身とかがすごいことになった。
「はぁ、あはぁっ、はぁっと、ともやく、ぅン」
こいつを気持ちよくさせてやりたい。
もっと、もっと――。
「、あっあっくふぅ、ゆびがっ、」
擦る。擦り続ける。
嬌声が上がる。上がり続ける。
弱く擦るとふるふると、強く擦るとびくりと跳ねる。
渚のああしたりこうしたりする場所。
擦る。
「えくっ、そ、それはそあぅッ!」
指の力を込めるとしっとりとした肌着越しにその形がはっきりとわかった。
頭の裏側が異様に熱した感覚。たぶん今俺なら体温計くらい軽く振り切れる。
「あぅはぁ、ん、んくっ」
もぞもぞと脚を閉じてぎゅぅと挟み込まれる手。
お返しとばかりに残りの四指を使って不器用に撫で擦った。
「ああぁうンッ!?」
でも普段人に触られないという意味でそこはショーツの中と同じくらいのモノで、パっと股
が開いた。
その隙を突く。文字通り突っつく。渚の股がまた閉じてくる。四指起動。股を擦る。また逃
げる。その繰り返し。
「はぅっぅあっ、と、ともやくんのあんっ、うご――んくっ、いて、そ、そん――はっくぅ
っ!」
馴染みのない激しい刺激に躍る身体。
あまりの動きに気持ちよくなっているのか心配になる。
でも止めない。続ける。俺はがんばる。
渚からのダメがないから。
約束したことは守るヤツだ。この行為が不快ながら、ちゃんとやめてと言ってくるだろう。
声を上げて喉を鳴らして、首を逸らして振って、背を弓成らせながら、眉間に皺を寄せなが
らも、渚は自分の秘所を弄る手を払おうとはしなかった。
俺は、そんな渚を信じたい。
気持ちいいと感じていてくれることを、信じている。
「俺いま、すごくがんばってるぞ、渚」
ちょっとだけ右手を休めて、代わりに汗まみれになった二人の手をさらに強く組み合わせる。
「はぁ、はぁ、はぁ――」
荒く息を吐く渚。
声も出せなくて、ただ呼吸を整えるだけだったけど。
代わりに、目が教えてくれる。
「わたしもがんばっています」――と。
「あっはぁあぅ――っ」
また指を動かす。
たまごの側面を滑らすように。
熱い声、渚の嬌声が部屋の中に高く低く響いた。
「……あれ?」
さきほどから続く渚の脚のもぞもぞという動き。
いつの間にかそれがもぞもぞから、もじもじに変わっていた。
――そして。
「渚、おまえ――」
手全体が熱くて、気づかなかったけど……。
ショーツを這う指の腹に伝わる馴染みのない感触。
さらさらと、でも擦る時の摩擦が粘着質を思わせる絡み付き。
濡れていた。
渚の、そこが。
「……うぅ〜」
もじもじ、もじもじと。
俺の手に内股を擦り合わせては、落ち着かない様子で視線を彷徨わせる渚……。
熱くて湿り気があったから、だから気づかなかっただけで、たぶん明かりの下で見たらそこ
はきっとかなり濡れていると思う。
いくら経験のない俺でも、男である俺でも、これならわかる。
感じて、るんだ。
しかもすっごく。
ここがこんなになるくらいにまで――。
「……と、ともやくん」
「あ、ああ」
もういろいろありえない気持ちでいっぱいいっぱいになりながら、潤んだ瞳を見つめ返す。
「その、そろそろいいと思います」
「え? い、いいって?」
なにが?
「わたしいま、すごく……気持ちいいですから」
で、ですから?
「その、そこに朋也くんのおちんちん入れても、大丈夫だと思いますっ」
「――なぎさぁぁぁああああああ―――――ッッッ!!!!」
叫んだ。
心の底から。
アカンですもう。
濡れたショーツの中に手を突っ込んで、濡れた恥毛をやり過ごして直にそこに触れる。
吸い付くほどに熱く濡れた渚のあそこ。
敏感になった指先の脇に感じる二つの小肉の丘。
その、奥底を感じさせる細い窪み。
「と、ともやく――――ッッっ!!」
爆発的に弓反る身体。
大きく口を開いて、でも声もない。ただ喉が震えるだけ。
割れ目に指を沈めていく途中で第二関節の付け根辺りにちょっとした突起に触れてしまった
ことを知っていた。
そしてそれがなんであるかも知っていた。
人によっては、そこが一番敏感と言われる箇所。
だから胸の下で急激に跳ねた渚の反応は理解できた。
「あっ――あ、ああっ、あ」
――ごめんごめん渚ごめんっ。
指を通して感じる湿り気。指先の異常な熱気。入ってきたモノを拒むように爪の頭がきゅう
と締められる感覚。
熱い、その入り口。
「、はぁ、はぁ、はぁ……はぁ、はぁ」
刺激に堪えた身体が大きく息を吐く。
そこを見計らって、今度は例のあれに当たらないようにしながら動かす。
口と、口の周り、微かに折り重なる皺。その度に渚の口から断続的なヨガリ声。
じっくりことこと煮込まれたような渚のそこはもう潤みに潤んでいて、なんだかせつなそう
に泣いているようだったとか思うのはたぶん俺が錯乱しているせいだけどでも止まらない。
だんだんと頭が燃えてくる、興奮する、しまくる。
「あはっ、はぅあっ、はぁっ!」
音を立てそうなくらい濡れているそこを静かに掻き回す。
渚の脚がぎゅぅーっと窄まる。ショーツに包まれているせいで頼みの四指は使えない。指一
本でこの難局を乗り切る。
「とっともやはあぁ、ああぅ、んふあっ!」
幸い、俺の指は両股のバインド圏内を離れて人には言えないかくしどころに突入していたか
ら問題がないと言いますか、とにかく人差し指だけは俺の自由。熟れた液体を楽しむも自由。
淫らな声を立てさせるも自由。身体を躍らせるも自由。自由主義万歳。
――って静まれ俺っ!
こんなところで満足してどうするっ!
渚が待ってくれているんだっ。
次を――しなくちゃ。
劣情にげんこつくれてから、つぷっと音がしそうなほど塗るんだ茂みの奥から指を引いた。
「あんっ――――はぁっ、はっはっ――はぁ、はぁ」
一瞬ぴくんと震えて、そして肩で息を吐く。
渚の吐く息が熱い。異様に熱い。
熱病に浮かされたとはこういう風だろうって思うくらい顔が赤くなっていた。
身体はだらんと弛緩して投げ出されている。
ショーツから、ズボンの中から手を抜く。取って返してズボンの淵に手をかけた。
「あ、あ……」
右手だけで不器用にズボンを下ろしていく。
途中引っかかったり、うまくいかなかったり。
でも、いろんな刺激に苛まれて大変なはずの渚も、一緒に手伝ってくれた。
慌ててないようにと、ゆっくりでいいですからと労る気持ちが、ズボンに目が向いていると
きも、頬に触れる視線を通して沁み込んでくる。
猛り狂う心が打ち流されていく……。
静かに、渚を感じる感覚だけが、冴え渡る。
そうして、生渇きくらいに湿ってしまったショーツを四苦八苦しながら下ろ終えた。
そうすれば、そこにはもう、一糸纏わぬ俺が大好きな女しかいなかった。
「……渚」
渚。
渚だ。
岡崎、渚。
一生を共にすると誓った女。
小さな左手を俺の右手に重ね合わせて、開いた小さな右手を胸に置こうか下の部分を隠そう
かと迷って、結局左手と同じ頭の横に持ってきてしまうような、そんなヤツ。
「朋也くんも、いっしょに――」
「ああ」
頷いている間にも自分のパンツに手を掛けて破かんばかりの勢いでずるっと下げてすぱっと
飛ばした。
我ながら見事な脱ぎっぷりだった。
「は、早いですね」
「もう俺、辛抱できないからな」
言うと、渚はくすりと笑った。
これからする行為には似つかわしくないほどの、楽しそうな、それはそれは楽しそうな笑顔。
「あと一歩だ、渚」
「がんばりましょう」
「一緒にな」
二人して笑ってから、掠るくらいにちゅっと口付けた。
右手を頬に添えて、柔らかく撫でる。
「あったかいです」
「俺も」
手を離して、また小さく口付けて、話して、渚の双眸を見つめながら、少し腰を下げた。
愚問ながら、俺の元気一番は過去例のないほど元気いっぱい準備万端。心の高鳴りに合わせ
てぴくぴくと猛っていた。
自分でも驚くくらい熱いそれを掴んで、渚の股の間におっかなびっくりで寄せる。
「あ……今何か、つんと当たりました」
「まぁ、その、アレね、それ」
「あ、おちんちんですね」
――その言葉を言うのに抵抗はないのかおまえは。
そもそもどこか乳幼児のソレに使われるっぽい形容が当てはまるようなモノじゃないはずな
んだけどな、コレ。
……あ、もしかして渚が小さい頃に見たであろうオッサンのウェットマグナムが印象に……
って男として屈辱的なことを思い浮かべるのはいい、いいんだよもうっ。しかも今見せてない
んだしさっ。
そんなことより、今は――。
「……しょ、っと――」
右手で支えながら、ぬるんだ液体を湛える部分に先っぽを宛がう。
これくらいの暗さなら見て入れればすぐなんだろうけど、できるなら、渚の顔見ていてやり
たいし、いやでも実際渚のとこがどうなってるのかみたいけど、でも渚は俺のこと見ていてく
れるから、マイサンには自分でがんばってもらうしかない。
だけどこう、濡れているせいかうまく場所が定まらなくて、うまく、この、入ら――くそ―
―ない。
「ん、あん……」
一物が熟れた柔肉を上り降りする。
さっきまで指でやってたのをそのまま棒に変えたような格好。
正直言ってそれだけで気持ちいいわけだけど、ここまで来てそれではいおしまいよなんて納
得できない。
つるつると滑る。震える渚の声
くそっ、なんで、こんな簡単なこと――っ。
「――あ」
「あっ」
起立してなお人目を憚らないソレの先が、ようやく定位置を確保した。
渚成分100%の恥液が漏れ出す、奥まった蛇口。
存分に硬くなった俺の一部が、僅かに口を広げている。
……ああもう、これだけでホント気持ちいいんだけどさ。
早く押しめたい気持ちもあるんだけどさ。
理性水域ギリギリのところで、俺は待っていた。
「……朋也くん」
この、呼び声を。
「痛かったら、痛いって言えよ」
「はい……わかりました」
頷く渚。背中になんかあったかい小さいの。
渚の左手だった。
「…………」
無言の合図。
信じて、腰を前に出す。
ゆっくりとゆっくりと、きつ締まった蛇口を押し広げていく。
「――あ」
先端に掛かる強い圧力。
渚の、初めての証。
これだけ潤ってなお、それが最後の試練のように俺と渚の間に立ちはだかっていた。
「朋やくんが、入って――くぅぅうんンンン〜〜――」
背中の手が強く、肌を引っ掻くように力を込められる。
額による皺が痛々しい。
……気持ちとしては、ゆっくり入ってやりたいけど。
それがむしろ、渚の苦痛になるなら――。
俺は……ぐっと、
「く、」
腰を、
「と、ともやくぅっ」
突き入れた。
「んあんくぅぅくっンはァァッッ――――」
入っ……たぁ〜。
とうとう……。
とうとう。
渚の……中に――
「――――はぁっ、はぁあは、はぁ、んく、はぁ」
荒く、荒く息を吐く渚。
突き入れる途中の抵抗。
突き破って入った。
渚の額に吹き出てきた玉の汗と、目じりに浮いた涙が見ていて息苦しい。
「……はぁっ、はぁっ、んくっと、ともや、くん、あぅ――」
敏感を通り越して感覚器そのものになった俺一号が、渚の呼吸に合わせて律動する動きを捉
えていた。
それほどまでの、密着感。
こ、これ……は……。
熱くて――きつい。
気持ちいい。
気持ちいい……けど。握り潰されそうなほどぎゅうと締められる。
まだ、渚は、男を受け入れるようには整えられていないんだ。
これだけ濡れて、中も十分潤っているけど、それだもまだ、足りない。
正直、痛い。
いてぇ。でも気持ちいい。
いたきもちいい。
裏筋に当たる唇と太った竿を縛り付ける咥内。
つーかヤバい。
いろんなもんがもう溜まりになまっているから、すぐにでもバッと行きそうだ。
「なぎさ……」
「はぁはぁともやくん……ともやくん、ともやくん、はんっ、はぁ、ともや…くぅん」
うわ言のように何度も名を呼ぶ。
苦痛に歪む薄目越しに届けられる視線。
痛いか……なんて、聞けない。
痛いんだ。当然。それもすっごく。
だから、俺の名を呼んで、苦痛を散らそうとしている。
その言葉だけは言わないように、がんばっている渚。
……こいつ、すごいよ、ホント。
「――なぎさ」
静かに、腰を戻す。
「あぅんっ、ああっ!」
声を上げる渚。
艶はなかった。
でも、ああ、ダメだ……。
これが、限界。
「あっ、くぅぅ、あぅぅ、ぁクぅっ」
きつくて、痛みすらあるのにもかかわらず。
二分の一の俺は、渚の熱い中をもっと心地よく味わいたいと疼きまくっている。
「なぎさ」
頭部分まで戻して、またゆっくりと沈めていく。
「あっああぃっ、またはいって……あっくぅ〜」
背中に置かれた手が、爪を食い込ませてくる。
刺すような痛み。
その苦痛に、感謝さえした。
「はぁ、はぁっ、はァ、く……ぅぅ」
今渚が感じている万分の一にも満たないだろうけど、一緒に痛みを分かち合えることに。
満員電車に押し入るように、膣中を拡げていく。
「あぅっ、はぁあぁっ、はっ、はっ」
渚の中の奥が見えないところで止める。
そして、ゆっくりと引き戻す。
「はぁっ、も、もどって、くっ――うぅ〜」
濡れそぼって、滑りは問題がない。
ただ、あまりにも狭かった。
だから苦しい。第二の本体が軋みを上げる。サイズの合わないジーパンを穿いた時のよう。
だけど、ぬめりの下に潜む柔肉のざらりとした感触が直に擦り上げてきて、根元に溜まった
塊のような高まりを一気にぶっ放させようと意地悪をする。
……たった、二擦りで、これかよ……。
正直、気合を入れてなければ今にもどかんと出そうだった。
俺溜まり過ぎか。
「なぎさ。なぎさ」
「と、ともや、くんっ」
前に。
後ろに。
浅く、深く。
「くぅ、あくっ、と、ともぅあんっ」
前に、熱く、浅く。
後ろに、戻して、外気に触れる冷却。
前に、少し強く、さらに熱く。
「あっくぅ〜〜」
掘れば掘るほど、そこは柔らかくなっていく気がする。
実際は締め付けが少し気にならなくなってきたからかもしれない。
もう、快感っていうかなんかがすごい。
やべぇくらいに気持ちいいっす。
だから、前後の動きも次第に増す。
「あはぅっ!」
突いて、引いて、また突く。
腰を突き出すたび、渚の身体が揺れる。あの小さいおっぱいも揺れる。小さくてもおっぱい
は揺れる。だっておっぱいだもの。
「く……ぅぅ〜」
思わず声が洩れた。
動いているだけじゃなくて腰ががくがく言う。それほどの快感。痛さも窮屈さも通り越して、
このねちょねちょとしてむちゃむちゃする行為はとてもとても気持ちいい。
渚の中。
だけど、まだ十回ちょっとしか動いてないのに。
もう、限界が近かった――。
ゆっくりと突いては抜きする動きは、何よりも俺自身を焦らしていた。
「なぎさ、なぎさ」
必死に名を呼んで意識を渚だけに集中しようとする。
それなのに渚のこの世で一番熱い場所は俺の神経を否応なくそこに集中させる。
ぬちょりとする柔らかい感触と、ざらりとする刺激の強い肉襞の感触。
行き来する度に強くなる。
「なぎさ、なぎさっ、なぎさぁっ」
「あ―はぁあっ――と、ともやくっ、ともやくぅンッ!」
無意識の内に運動量が増す。
くっくっと上り詰めていく快感の世界。
だ、ダメだっ、止まらねぇっ
もっと、もっと早く動きたい――っ!
でも、まだ渚がついてこられていない。
ジレンマ。
狂おしくて、でも腰は今まさに絶賛稼動中で。
も、もう、このまま――。
「なぎさぁっ、なぎさぁ、なぎ――」
びくんっ!――と
咄嗟に腰を引いた。
ある意味、奇跡だった。
「はっあ――はぁくぅ――――」
あ、ああ……ああぁ……。
びくんびくんと、暴れ馬のように跳ね回る我が一部。
ごっそりと、内臓がそのまま出るんじゃないかってくらいの凶悪な射精感……。
近年稀に見る勢いで射出される白い弾丸は、もう塊のよう。
渚の腹や胸の辺りまで、とろりとした薄い白濁で汚した。
「はぁ、はぁ、はぁはぁ」
「ん、んんぅ……お、おなかの、うえが――あつ、い、です……」
「はぁ、はぁ、はぁ……ご、ごめんな」
ところどころ精液塗れになってしまった渚は、熱病に冒されたかのようなぼんやりとした表
情で俺を眺めていた。
「あ、あれ?」
傍らに置いてあったティッシュ箱に手を伸ばそうとして――できなかった。
左手に強い拘束力。
見ると、渚の手と俺の手の指同士がぎっちり噛み合っていた。
ああ、そういえば、こいつと手、組んだままだったんだ。
「……しょっと」
左手はそのままにして、身体を捻って右手でがっと掴む。
何枚か纏めて取り出して、牛の模様みたいに散らばしてしまった迸り汁を拭き取った。
途中渚の下半身のあそこというかつまりアソコの毛が目に入ったりしてやり場に困るという
か出来ればそのままもっと見ていたいというかあんまり濃くないからその下の本体というかミ
ニ谷間が見えるというか見てぇ。
けど、まぁ、今は先に拭かなくちゃな。心頭滅却心頭滅却。
そうして、やっぱり某所にもティッシュに当てる。
ほら、まぁ、濡れたし、いろいろ。
優しく優しく、毛とか挟まないように、優しく。
丸まって新しいのに換えようと思ったとき、目に入ったティッシュに一瞬息が詰まった。
……赤かった。
血の、色。
紛れもない、証。
ようやく呼吸が落ち着いてきた渚が、上の空の様子で視線を合わせてくる。
「悪い、汚しちまった」
「いえ、そんなことはないです」
新しいティッシュに換えて、ふきふきと、おっぱいの付け根に飛んだのを拭う。
「あの、朋也くん」
「ん?」
「どうして外で出したんですか?」
ぴたりと、手の動きが止まる。
何を言われたのかわからなかった。
「……え、外でって……だって」
不用意なことに、俺は避妊具を買っていなかった。
だから、つまり、
「そのまま中に出したら、妊娠するかもしれないだろ」
つっても外に出しただけで妊娠しないとは限らないんだけど。
「はい、妊娠するかもしれません」
「だろ?」
「ええ。でも、それはいけないことなんですか?」
「へっ?」
完全に動きが止まった。
目を見開いて、渚を見てしまう。
「朋也くん、わたしたち、夫婦です」
「そうだな」
「ですから、子供が出来たら、親子になれますっ」
「そう、だな……」
「ですから、何も問題はないはずです」
え、ええと。
まぁ、確かにそうだ。
俺たち二人の間に子供が出来ても、別に問題はない。
金銭的って面が一つあるけど、少なくとも、えっちに関してだけをいうのなら、外で出す必
要はない。
…………。
そんな心の葛藤を知ってか知らずか、渚は言う
「あの、朋也くん。朋也くんがいいなら、わたしは――」
笑いながら、
「朋也くんとの赤ちゃん、妊娠したいですっ」
「なぎさぁぁぁぁぁぁあああああアアアアアァァーーーっ!!!」
ティッシュが飛ぶ。世界が回る。
光速で渚に覆い被さってセットアップ。
瞬間的に硬度を取り戻したヘッドを渚の裏口に当て付けた。
ダメだっ、俺もう今ダメだぁっ!
「あ、ああ……」
こいつを孕ませてぇっ!
一気にぐっと突き刺した。
「あぁああああ――――ッッ!!」
部屋に響く嬌声。それが合図。元気に腰が動き始める。
「、はぁんっ、あアっ、あっ、」
突いては抜いてまた突いて。
ぱんぱんぱんと単調なリズム。
射精したばかりの棒さんは敏感になり過ぎていて刺激が苦痛じみていたけど、それでも構わ
ず突き出した。
「あぅっ、あふぁあぁっ――」
気持ちがもうヤバかった。止まらない。
こいつを俺が孕ませるっ。
男の本能が激しく熱血していた。
「あっひゃぅっ、と、ともやく、」
潤みの堪えない渚の秘所も、立派に俺を支えてくれた。
ちゅばちゅばと妖艶に、にちゃにちゃとえろっちく。
渚果汁を搾り出すように突いて抜いてのエンドレスレイン。
しゅっぷしゅぷと、耳に聞こえるまでの水っぽい音の返答。
「んあはぁ、あっあっ、あはぁっ」
あの渚が、あの可愛い渚が、こんな淫らに呻いてるなんて――。
さらに動きが早まる。
「アっ、あっ、あアっ
ぎしぎしと揺れる渚の身体。
腰の欲望にただ一人負けない右手は、懸命にあちこちを撫で擦る。
燃えるように、熱い。
「あっあっくぅっあはァ――」
ああ、なんて可愛い声出すんだこいつはさ――。
熱い中の最奥をこつんこつんノックする。
「あっ、ああぅ、あっあっアはぁっ、」
飛び出す声色からはもう、苦痛は薄らいでいた。
「あん―はぁっあクッ、はぁ、と、とも――はぁんっ!」
上の声と下の音。
少しずつ、微妙に合い始める俺と渚の律動リズム。
「あっああっ! な、なかでおおきくな――あふぅっん!」
湯壷のような渚の中。
じゅくじゅくと捏ね回す。
切れ上がる喘ぎ声。その声も息も熱さもぬぷぬぷも全部が今の俺の原動力。
右手をおっぱいに走らせる。
「はぁあっく、て……手ぇあンッ」
乳首を弾く
震えるように啼く。
膝。
両股を抱えて乗せる。
「あぁ……アっ」
腰を低く落とす。
渚の中で反るイチモツ。
その角度で突いてみた。
上壁をざりっと。
「ひあゃんっ!」
きゅんっと弓形に反る身体。
口が大きく開く。
ぎゅっと締まる膣。
くの字に曲がった背中に右手差し込んで、脊髄ラインをさっとひと撫でヒット&ウェイ。
「ひゃうんっ!」
逆に弓成る。
腹筋の要領。
熱さの根源が上反ったマイイノセンスの形に沿う。
生命誕生からの本能がここが狙い目と叫ぶ。
一際深く、奥壁目掛けて突き出した。
「、あああくぅっァアぅっ!!」
絶叫といっても差し支えない嬌声。
もう、間違いない。
「あっ、はぁっ、うぁ、あアンッ、ハァぅっ!」
また腰と腰の激しいぶつかり合い。
突き入れる勢いと戻す速度がさっきより速い。
渚の身体はただ揺らされるだけじゃなくて、ちゃんと調子を合わせてくれていた。
「あくッ、あっ、アっ、はぁっ」
たぶん、無意識だと思うけど。
快感を、求めていた。
渚も――。
「あっ、アッ、アっ、あっ、あっ」
「はっ、はっ、あっ、はっ、はっ」
スタッカート、連奏曲。
視線が絡む。渚が見てる。俺を見てる。
「なぎさ、なぎさっ、あぁああっ」
「あっ、あっ、とっ、あっ、ともやくッ、ともヤアァんっ!」
揺れる。熱い。
愛液で腰はだだ濡れ。
合わせた唇は涎だらけ。
突き合う腹はさっき拭き残った精液で粘つき。
両手は熱すぎる汗でべどべど。
「なぎさっ、いいっ、おまえいいっ」
「あっ、あっ、あはぁっ、う、うれし――あンぅ」
唇身体秘所と液という液とお互いに塗りたくる。
ちゅぱちゅぱ、ねちょねちょ、ぱちゅぱちゅ。
五感全てを通して、心という第六感が刺激されまくる。
それが全て快感と愛おしさに変わる、変わる。好き。
「あっ、あっ、あっ」
「はぁあぁ――」
止まらない渚との激しいえっち。
「あっ、はぅっ、んんっ!」
お互いの性器をびちゃびちゃと熟れさせて、さらにさらに熱くなる。
擦る。
「ああァあぁっ!」
打ち、
「あはぁっ!
突く。
「はくぅっ!」
純粋にえっちへの快感と、渚とのえっちへの快感と。
「はっ、はぁ、な、なぎさっ、またっ、おれ――」
だ、ダメだ、さっき出したばかりなのに――ッ。
腰を振りながら渚の目を見る。
「あっ、ああぅ、とも、ともや、くぅンっ!」
名が。俺の名が。
「ともやくん、ともやくぅんっ、ともやくンんんん――っ!」
きゅぅぅぅぅっと第二我が絞め上げられる。
こ、この反応――。
「と、あンふぁっ、ともっあはぁっ! あっ、あっ、き、な、なにか――ああっ!」
熱い呼気がさらに焦る。
快感に、酸素に喘ぐ声。
きゅぅきゅぅと躍動する渚の中。
そ、そんな動かれると――もう――ッ。
「なぎさっなぎさっなぎさぁっぁああっ!!」
早い。
速い。
腰が。
突く。
「ともやくんぅっ、ともやくんんっ、ともくぅぅああんっ!」
来る。
熱いのが。
来る。
中のうねり。
来る。
塊。
来る
ぎゅうぅぅうと締まる。
来る。
くる。
く――ぅぅううう――――ッッッ!!!
「ぁなぎ――さぁぁあああああっっ!!」
「あっぁああはぁともやくぅぅんんんああぁあぁあ――っ!!」
左手を強く握りながら、右手で渚を掴みながら。
強く、強く、渚の中に俺の熱さの全てを打ち放つ。
どぐ、どぐ、どぐ――と。
「あっ、あっ、あ――あ、あぁ……あつぃ……ともやくんの――」
音が聞こえそうな勢いの強い射精。
それに合わせて、渚の身体がぴくぴく震える。
渚も、絶頂に、達したのか……?
わからない。
わからない、けど。
背中に置かれた手が、強く、つよく、ぎゅっと、抱きしめてくれていた。
「…………」
「…………」
身体をべたりと付け合せたまま、無言で熱い息を交わす。
耳を通しての荒い呼吸。
肌を通しての荒い鼓動。
伝わる、伝える。
そのリズムが、ぴたりと同じ。
寸分のズレもなく。
渚とおんなじ。
渚と、一緒。
「……なぎさぁ」
「……ともや、くん」
激しい運動の後の、気だるい声。
でも、嬉しい。
すごく嬉しい。
右手を頭に添える。
乱れてしまった髪を、さらさらと撫でる。
そうして、ゆるゆると唇を重ねた。
「ん――」
肌と肌の触れ合いだけの口付け。
熱く火照った身体の余韻を冷ます、心の触れ合い。
やわらかい。
あったかい。
「……ふぅ」
「――はぁ〜」
顔を離して、また元の距離。
渚の顔が近くに見える。
さすがに疲れた表情。
笑顔にも力なく、へにゃぁと。
「……おつかれさま、渚」
「朋也くんも、です」
「俺は気持ちよかったから、別にそんなのいい。渚のが大変だろ、その、痛かったりとかさ」
「わたしも、気持ちよかったですから、全然です」
「あ、そ、そうか。あはは、そりゃまぁ、よかった……」
「はい」
そうして、くすりと笑う。
「えっち、すごくあったかかったです」
「まぁ、あれだけ動いたからなぁ」
「それもそうでしょうけど、それだけじゃないです」
ちょっと、ほにゃんと微笑んで。
「朋也くんの心が、あったかかったです」
「心?」
「はい。朋也くん、優しくて、大きくて、だからわたし、とても大切にされてるんだって思え
て、胸の奥が、すごくすごく、あったかくなりました」
「でも俺、あの、なんつったらいいか、その、おまえにすごく欲情して……実は途中意識ぶっ飛
んだりしたんだ……。全然、声もかけてやれなかったし……」
「そんなことないです」
「いや、そんなことあるだろ」
「そんなことないです」
微笑みながら首を振る。
「朋也くんの声、聴こえてました。それはずっと優しかったです」
「そんなこと、ないって」
「そんなことあります。だって朋也くん、途中からずっと、わたしの手、握っていてくれまし
た」
「……あ」
「あれだけ動いたのに、いろいろつらい体勢とかだったのに、それでも朋也くん、わたしの手、
握っていてくれました」
笑う。
「ぎゅって、してくれてました」
笑う。
「ここにいるって、言ってくれてました」
渚が、笑う。
「そして今も、握っていてくれています」
きゅっ――と
左手に伝わる頼りなげな力。
渚の頭のすぐ横。
小さな手。
渚の手。
俺の手の中にあって、とてもあったかい。
幸せそうに、渚ははにかむ。
「朋也くん、すごく、すごくがんばってくれました」
「…………」
「朋也くんの手から、声とか、言葉とか、気持ちとか、いろんなモノが伝わってきて、だから
わたし、えっちして、こんなにいっぱい、気持ちよくなれたんだと思います」
「……渚」
「わたし、朋也くんにすごく、すごく、すごく愛されてるんですね」
少し崩れた、笑い顔。
「――えへへ」
伝う、一筋。
……それはよく、笑顔には似合わないって言われるけど。
でも、こういうときに流すそれは、きっと笑顔じゃないと似合わない。
そんなことを、思った。
「あ、ごめんなさい、わたし」
「いいや」
目元を拭う。
くすぐったそうに、情けない顔で笑う渚。
「あ、あと、お父さんが言ってた飛ぶって意味、ちょっとわかったような気がします」
「……え?」
「最後の方とか、すごかったです。頭がぼわぁ〜っとなっちゃって、それで、くらっときて」
「そ、そうなんだ」
「あの感覚は、また感じてみたいです」
にこりと笑う。
すごいこと言ってるのに、何の邪気もなく。
「…………まぁ、その、また近いうちにな」
「はい。またえっちしましょうっ」
ぐぁっ!
やべっ、可愛いこいつっ!
またシモがヤバいことなりそうだ。このままじゃもう一回戦行けちゃいそうなくらいに。
慌てて今だ半勃ちした状態で渚に入ったままだったヤツを抜いた。
「あン――」
今そういう声やめてくれ……。
「……あ、そうだ拭かないと」
気持ちを宥めるように呟いて、ティッシュにまたお出で願った。
俺のを抜いたせいで、例の箇所からはぶっ放した億万のワンダフルライフたちが溢れ出てい
るはず。
さすがにこれは見て拭かなくちゃダメかなぁ。渚のあそこ。
いや見たくないわけじゃ全然これっぽっちもないけど、初っ端からあんまりじろじろ見るの
もなんだしなぁ〜。
まぁほら、俺たち夫婦だし、時が来ればお互い堂々と見せ合うこともあるだろ、うん。
ふっふっふ、その時は覚悟しろよな、渚。
「あ――」
「ん、どうした?」
「朋也くんの赤ちゃんの種、垂れちゃってます」
「……ああ、そうだけど」
「いいんでしょうか?」
いや、そんなこと訊かれても。
入りきらなかった分は、当然出てくるんだし。
「どうしようもないんじゃないのか」
「でも、可愛そうです。せっかく朋也くんの中から出てきたのに」
「……さすがにそこまでの発想は俺でもついていけないぞ」
「そうですか」
ちょっとだけしゅんとなる渚。
なんかもうこいつ、珍しい生き物とか通り越して、天然記念物とかに指定した方がいい気が
する。
ある意味、貴重だ。
「まぁ、どうしてもいやだって言うなら、蓋でもするしかないだろうけど」
「蓋ですか」
「そう。あ、あと栓とかでもいいな。棒っぽくて身体にも優しい……ああそうほら、ネギと
か」
「栓なんてダメですっ。それに朋也くんの以外入れたくありませんっ」
――――――オゥ。
「食べ物を粗末にしてはいけないです。食べ物は食べるためにあるんです」
「ま、まぁそうだな」
「そんなにネギがいいなら、今日買ってきた中華鍋で明日は野菜炒めです」
「ああ、うんうん」
上の空でこくこく頷く。
もうホント……よくもそんな核爆弾級の発言を繰り返してくれるよなぁ〜。
こいつの羞恥心ってどこら辺から組み立てられてるんだろう。不思議すぎ。
ネギはダメですネギなんていけませんネギはちゃんと食べましょうと力説する渚に、俺はた
だただ頷くだけしか出来なかった。
それから俺たちはもう一度風呂に入って、汗とかいろんなのを流して、そして寝た。
布団は一つ、枕は二つ。
俺の横に、渚の顔。
静かにはにかんでいる、渚。
大好きな、渚が。
並んで寝る、渚と俺。
そんな風に眺めていたら、だんだんと瞼が重くなっていく。
うつらうつらと、渚の笑顔がぼやける。
渚が遠くなる。
……でも、近い。
とても、近い。
見えなくても、渚は俺のすぐ傍で、ちゃんと俺を包んでくれている。
手。
小さな手。
伝わってくる――渚。
何にも増して、安らげる。
布団の中で、繋ぐ。
小さな手の、ぬくもり。
――あったかい