普通感冒における無作為民間療法試験





 遠坂凛が風邪を引いた。
 彼女は魔術師ということもあり日ごろから身体の管理を怠ることはなかったのだが、どうやら季節の変わり目だけはどうにもならなかったようである。
 朝、目を覚ましたとき「あれ、何か頭が重いなー」と、感じながらも「まあ、生理による身体の変調でしょう」と、たかくくったのが運のつき。身体全体を包む倦怠感は時間が経過するごとに酷くなり、三時間目の体育の時間に事件が起きた。
 その日の体育の時間はマラソンだった。四百メートルのトラックを十五周つまり六キロメートルを走ることが今日の課題。陸上部に所属する蒔寺楓や氷室鐘、それに武芸百般と評される美綴綾子らには簡単な課題ではあるが、穂群原学園一のほにゃっ娘である三枝由紀香を筆頭とする一般的女生徒には辛い課題。
 で、我らが凛様であるが、本来の調子であるならば六キロメートルを猪突猛進――失礼、爆走することなど容易いことである。だが、しかし、But、However、今日の凛は朝からすこぶる調子が悪かった。どれくらい調子が悪いかというと、生理が重い人の二日目ぐらい調子が悪いのだ。そういうときの女性に近づかないことが生活の知恵である。
 文武両道の凛らしく、五週目までトップグループで走っていたが六週目に入ったときその事件がおきた。凛が第一コーナーを回ろうとしたとき、ガクンと世界が回った。そのサービス具合はマウント深山商店街の八百屋がおまけをしてくれるかのように「おう、どうせだったらおまけして世界も回してやるよ」ってな具合に、全くはた迷惑な。
 その事態にいち早く気づいたのは穂群原学園で一番の凛様命――もとい、ほにゃっ娘三枝由紀香嬢。凛がトラックに倒れたのと同時に由紀香の中の加速装置が発動。別名リミッター解除。コンマ六秒で凛の元に到着、ちなみに直線距離で一二〇メートル。あんた化け物か。
 まあ、その辺のごたごたはともかくとして体育の授業中に派手にぶっ倒れた凛はそのまま保健室へと搬送され、保険医の診断の結果。

「三十八度九分。まあ、風邪だね」

 だそうである。
 つまり今朝凛が感じた倦怠感は風邪の諸症状であったわけだ。
 何で風邪だとすぐに凛が気づかなかったのか。別段その理由に固有スキル『うっかり』が発動したわけでもない。簡単に言えば、遠坂凛は風邪をひいたことがなかったから分からなかった、からである。
 こら、そこ。うそつけ、とか言うな。
 忘れてはいけないことだが遠坂凛は魔術師である。魔術師であれば自身の肉体管理など当たり前のことである。
 つまり肉体管理を徹底しているからそういった病気にほとんどかかったことがないのだ。ここ最近かかった病気が幼稚園のときの水疱瘡だというくらいの徹底した肉体管理。
 では、なぜそんな肉体管理を徹底していた凛が風邪をひいてしまったのか。
 その原因なのだが、実は至極簡単だったりする。
 ぶっちゃけなことを言えば、恋人兼不肖の弟子兼小間使い兼正義の味方である衛宮士郎にあるのだった。
 先述した通り二人は恋人同士である。
 さらに言えば二人の関係は小学生のおままごと恋愛とは違い、お互いの肉体の一部分で究極二身合体をするぐらいの肉体関係にまで進んでいる。
 つまり凛が風邪をひいた理由。
 たった一言の言葉にするほど無粋ではないので、ここは分かりやすく音声を使ってお伝えしよう。



「はあんっ! やっ……士郎、ちょ、ちょっと待って、はうんっ!」

「や、だめ、だって士、郎。そこは、舐め……ないで……」

「ひぐぅっ! な、ど、どこに指いれてんのよっ! あ、や、だめ、そん、なに、動かさ、ないで、よっ」

「ば、かっ、士郎、の、ばかぁ……」

「んあ、やだ、そんな、に……激、しく、しな、いで、よ……壊、れ、ちゃう、からぁ」

「おね、がいっ……ふあっ、んっぅ……だ、駄目ぇっ! あ、あぁぁああぁっ……!!」

「はぁ……はぁ……えっ、ちょっと、なんで、あんたのは、まだ、そ、そんなに元気な――」

「だ、駄目、だって……これ、以上する、と、わた、し……や、はあぁああぁぁっ!」

「…………ぁん、やはぁんぅ……」



 てな感じに。
 ここまで書いておけば分かると思うが遠坂凛は衛宮士郎との夜の情事の後、そのまんまの格好で睡眠についてしまったのだ。そりゃ、風邪の一つもひくわ。
 そんなわけで凛は体育の時間いぶっ倒れて保健室でぐっすり睡眠。目を覚ました後、保険の先生の「今日は早退してゆっくり身体を休めなさい」の言葉にあやかり、昼休み中に帰宅。でも、帰宅したのは遠坂の本宅でなく衛宮家であったのには言葉はあえて必要ないだろう。
 なお、凛が保健室で寝ている間に士郎やら桜やらが保健室に訪れていた。
 そのとき士郎は保険医から凛を早退させることを聞き「俺も一緒に帰ろう」と、不用意に学生の本分を忘れて恋人の本分を優先させた発言をしたことにより、同じように凛を心配してその場に現れた聖杯から引き出した反則的語学力を持つセイバー、その真名をアルトリア・ペンドラゴン穂群原学園非常勤英語講師にきついお灸を喰らうこととなる。どんなお灸かと問われれば以下の通り。

 蹴り>風王結界>しゃがみ強斬り(浮かせ効果)>ジャンプ斬り>ジャンプ斬り>ジャンプ強斬り>蹴り落とし>ダウン攻撃

 見事な八連続コンボであった。てか、元マスターを遠慮の欠片もなく斬るなよ。
 よって、凛が寝ていたベッドの上には只今代わりに士郎が寝ている。委員長気質で溢れるセイバーの前では不適切な発言は控えようということだ。控えなければ君も今すぐ八連続コンボ。

 閑話休題。

 保険医の言うことを大人しく聞いて帰路に着いた凛なのだが、やはりどうにもすこぶる調子が悪いらしく衛宮家についた頃には倦怠感はもちろんのこと頭痛に吐き気、さらには眩暈まで引き起こしていた。
 ここまで症状がくると流石の凛もどうしようもなく、別宅にある自分色に染めた客室でもぐりこむようにベッドに入りご就寝。
 朝からの無理が祟ったのか、ベッドに入って一分経たずに深い眠りに。天才魔術師として名高い凛も自分を蝕む病魔には勝てなかったらしい。まあ、たんなる風邪なんだけど。
 本来ならこの後恋人関係である士郎が帰ってきて凛を手厚くらぶらぶ看病をするのが世のパターンであるが、悲しいけどこれってえろSSなのよね。ぶっちゃけ、そんな展開に持っていくほど作者――もといそうは問屋が下ろさないのだった。





 コンコン、と部屋の扉をノックする音に気づき凛は目を覚ました。

「……んー、だれー?」

 誰が見ても明らかな――ていうか新宿の路地裏で黒人のおにーさんが売っているようなヤヴァイ薬をキメているような――据わった目と声でそのノックに答える。

「姉さん、わたしです。お部屋に入ってもいいですか?」
「桜? あ、いいわよ」

 凛の声を律儀に聞いてから桜は凛の部屋へと入った。お盆を両手に持ち、そこには一人用の土鍋にと受け皿、蓮華が乗っている。どうやら桜は風邪をひいたときの友達といっても過言ではないお粥を作って持ってきたようだ。
 入室を許された凛の部屋は優等生「遠坂凛」の名に相応しくないほどにバラバラに散らかっており、足の踏み場がないとまでは言わないがそれにしても汚い。まるで無意味に散らかすクレヨンしんちゃんである。せめてバベルの塔のように積み上げる魔術書の塔は止めてください。人類が永久に知る得ることが出来なかった神秘の塔は地球の重力により今にも崩れそうです。
 優等生の仮面を被るってことは思いのほか大変なことなんですね、凛様。あ、床にポッキーの箱が転がってる。それぐらいゴミ箱に捨てなさいよ。
 何とか歩く場所を見つけた桜は部屋の中央に置かれたテーブルの上に何とかスペースを作り、持ってきたお盆をそこにおく。

「お加減は大丈夫ですか」
「ん、一眠りしたら、大分よくなったみたい。ところで今何時?」
「……えっと、確か八時ぐらいだと思います。セイバーさんが銭金見てましたし」

 凛が早退して衛宮家に着き床に入ったのが午後一時ぐらい。単純計算で約七時間の睡眠をとったことになる。よほど具合が悪かったのだろう。
 それにしても銭金を見ているなんてセイバーもこの世界に慣れ親しんでいるというかなんというか、郷に入れば郷に従えという諺があるが、それにしても慣れ親しみすぎだろ、いくらなんでも。

「そっかー、結構寝ちゃったわね。……あ、そういえば士郎は?」
「先輩ですか? 先輩ならセイバーさんのキツイお仕置きを喰らって寝込んでますよ」
「……何それ」
「英語講師版セイバーさんの前で不用意の発言をしちゃったんです」
「あー、納得」

 余談ではあるが以前セイバーが担当する英語の講義のときに居眠りをしていた生徒後藤(仮)君は、セイバーのお仕置き(チョーク投げ)により保健室へと運ばれるという伝説というか珍事件を起こしている。これも勉強するときはしっかりとする、というセイバーの委員長体質が具現化した結果であろう。哀れ。

「それで、桜が持ってきたのはわたしの夕飯ってところかしら」
「ええ。先輩が寝込んじゃったので先輩の手作りではないですが、それでも栄養とかしっかりと考えて作ってますし、一応先輩直伝の衛宮家お粥ですから」
「わっ、わたしはそんなこと気にしないわよっ」
「クスクス、ホントですか?」

 てきぱきと土鍋からお椀にお粥を移しつつ意地悪いことを言う桜。ああ、発売前の日常を代表するような平凡な後輩はどこへやら。お兄さんは悲しいですよ。
 だけど純朴な後輩らしい装いもいいだが、その何か黒いものを含んでいる笑顔もなかなかグー。惚れるぜ。
 脱線失礼。
 それはそうと桜が持ってきたお粥の美味しそうなこと。しかも風邪をひいている凛の身体のことを案じてか、とろりとした七分粥。
 黒くなっても家庭的な後輩。その辺の気遣いは流石である。

「はい、どうぞ。中華が好きな姉さん好みに今日は中華粥にしてみました」
「あら、それはわたしへの挑戦ととっていいかしら」
「そんなこと考えてません。単にこういうときは慣れ親しんだ味のほうが良いと思っただけです」
「はいはい、ごめんなさい」

 憎まれ口にじゃれ合い。ちょっと前までは色んなことがあって疎遠と言うか絶縁状態の姉妹だったのに、何時の間にこんなに仲良く。これが若さというものなのか。いや、違うか。

「どうせだったらふーふーして食べさせてあげましょうか」
「別にそこまでされなくてもいいわよっ」
「……やっぱ、妹のわたしじゃなくて恋人の先輩のほうがいいんですね」
「だっ、だから、そんなこと言ってあちっ」
「あー、姉さんたら出来立てなんですから熱いに決まっているじゃないですか。ちゃんとふーふーして食べてください」

 桜のある意味暴言に対し、凛はその耐性なく見事に轟沈。
 こういった攻撃にも余裕持って返すのが姉というものでしょう。あ、でも凛は恋愛に関しては完全に奥手というか超絶初心者だから仕方ないか。天才魔術師にも弱点ありということで一つ。
 その後も凛は桜からの言葉の猛攻に耐えつつも……というか完全に弄ばれ、嬲られ、弄繰り回されつつ桜が作った特製中華粥を食した。読んでいる人は桜がこのおかゆの中に何かしら――明言するならばアッパー系のドラッグとかかなりキまる媚薬などを混入してるのではないかと疑っているかもしれないが、予め言っておこう。桜はおかゆの中に如何わしい薬品を入れなかった、入れる事はしなかった。これだけは天地が裂けても真実である。
 いや、ほら、クスリでとんじゃう凛なんて見たくないじゃないですか、読者的にも。
 桜だってそうである。クスリなんて二次的なものよりも、やっぱり最初はゲフンゲフン。

「ごちそうさま。美味しかったわ、桜」
「そうですか。ありがとうございます」
「流石士郎の直伝って言う事はあるわね。こういった家庭で作るような温かい中華料理はわたし苦手だし」

 そう言って凛は苦笑しながら頬を人差し指で掻く。まあ最後に、麻婆豆腐とか青椒牛肉絲みたいな代表的な中華料理なら士郎にも桜にも負けない自信あるんだけど、と付け加えたが。そうだとしても桜が作った料理は凛にとって最高のものだったに違いない。食べ終わった後の笑顔にそのことが十二分に表れている。
 食べ終わった凛の食器を片付けつつ桜はお盆に乗せていたあるものを手にした。

「食事も終わったことですし、この後はお薬の時間ですね」

 で、取り出すはとてつもなく薬だった。
 それはとっても尖ってた。いや、丸みはあったが一応尖ってた。
 世間一般的に薬として認識はあるがそれでも公衆の面前で出すのには恥ずかしいもの。

「いや、ちょっと待って桜」
「なんですか、姉さん?」
「食後に飲む薬って普通錠剤とか粉薬よね」
「そうなんですか?」
「――って、あんたがその手に持ってるの、どこからどう見ても座薬じゃないっ!!」

 そう、桜が用意していた薬とは座薬であった。何故、他のを用意しない。
 しかもご丁寧に指サックも用意されている。確かに指サックを使えば安全かつ衛生的ではあるが、どこからそんなものを手に入れたんだ。

「薬局で。二個百円位で親指から小指まで色々と種類があるんですよ」
「……桜。奇妙な独り言は止めなさい」
「あ、そうですね。ナレーションと質疑応答するのはこの世界の理に反しますから」
「意味不明なことも言わないっ」

 その後も凛は桜に対し次々と口撃を仕掛けるが、桜はのらりくらりとかわす。なんとなく今後の二人のやり取りが手に取るように分かるような気がするが、気のせいであろう。ああ、気のせいであろう。





「ふぅ、仕方ないです座薬は諦めます」
「当たり前でしょ。誰がそんなこと許すと思ってんの」

 最終的に頑としてお尻の穴に解熱効果がある座薬を突っ込まれることを嫌がる凛に対して桜が折れる形となった。
 桜としても嫌がる凛を無理やり押さえつけてパジャマを剥いでパンツ下ろして座薬を突っ込むのは遠慮したいらしい。コチラとしてはそのほうがいろんな意味でそそられるものがあるが、こういうのは本人の意思を尊重しなければならない。

「悪ふざけはさておき、早く風邪薬を頂戴」
「え、他に薬なんてありませんよ」

 時が止まった、ザ・ワールド。ネタ的にちょっと古いか。

「桜、あんたなんで座薬なんて人が思いつかないところをピンポイントでついといて粉薬や錠剤みたいな一般的なものを用意してないのっ」
「仕様です」
「……一体なんの」

 それはごもっとも。

「まあ、仕様辺りは冗談として、本当に薬とかは持って来てないんですよ。正直、座薬だって姉さんを慌てさせるネタ的なものですし。だって、風邪薬って本来効果ないんですよ。人間の自然治癒力に任せたほうが治りが早いですし、それに姉さんだったら魔術回路があるんですからゆっくりと休んだほうが早く直るんです」
「へぇ、詳しいのね」

 最後に先輩や美綴先輩の受け売りですけど、とつなげていたが桜の知識は素晴らしいものである。高校生の身でそこまでの知識を持っている人間はそうそういない。

「ですから、こういうときは民間療法です」

 桜が取り出したのは近所のスーパーでよく見かける一般的食材。ラーメンの薬味たまに油、豚汁やけんちん汁に欠かせなく、まれに日本のハーブと称させる食材が桜の手の中にあった。
 根のほうは白く、葉は緑。
 それはまさしく――

「ネギって、あんたまさか――」

 凛の頭の中に一つの不安がよぎる。
 ネギは日本古来から風邪に効く薬草として重宝されている。それはもちろん民間療法という観点からもだ。
 そして民間療法だからといって馬鹿にできるものはほとんどない。現代の医学から見てその効果が立証されているのも多数。その中にはネギを使った風邪予防及び対策、治療も含まれている。
 でもって凛が一番最初に思いついたネギを使った風邪の民間療法とは、お尻の穴にネギをぶっ挿す効くのかプレイなのか微妙に分からない、きわめて都市伝説化している恥ずかしい療法であった。
 そんなのことを真っ先に思いついてしまった凛であるから、さあ大変。桜の手に持ったネギがいやらしく見える。
 どうしよう初めてのお尻がネギに奪われるなんてああこんなことになるなら先日の士郎のわがままを聞いてあげればよかっただってあの時は恥ずかしかったんだもんお尻なんてあんな汚いところを舐められて感じちゃったわたしもわたしだけどあそこに士郎のモノを挿れるなんて――とまあ、凛の思考回路は句読点をつけることを忘れるくらいに混乱していた。おかげで読みにくい読みにくい。
 てか、意外と廃れた夜の生活をしていらっしゃるのですね、お二人は。SEX覚えたての時期のカップルヤりたい盛りの法則が魔術師である二人にも当てはまるとは思わなかったが、これも種を残すという人類の本能の結果なのだろう。
 さて前置きが少し長くなってしまったが、只今絶好調で凛は大ピンチである。
 ネギを片手ににじり寄ってくる桜。ベッドで寝ていた凛はすでに逃げ場を失っていた。
 凛と桜、二人の距離が完全に無くなる。目と鼻の先とまではいかないが、手を伸ばせば届く距離。
 そして、桜は凛に対して――

「ええ、ネギって風邪の諸症状にとっても効くんですよ。例えば薬味のように刻んでガーゼに包んでのどに巻くと、ネギに含まれる硫化アリルがのどを温め痛みを和らげてくれるんです。姉さん、のどの痛みとかありますか?」

 いたって普通な民間療法を薦めたのだった、しかも医学的に効果が立証されている信頼性抜群の。

「……あれ?」
「どうしました、わたし何か変なこと言いましたか?」
「あ、そ、そんなことないわよ。のどの痛みね、特にないかな」

 桜から薦められた療法は極めて普通で、凛が予想していたものとは百八十度正反対なものであった。
 完全に出足を取られる形となった凛は返答に少々どもることになるが、それでもなんとか冷静を保とうとする。

「んーと、それに鼻風邪って感じじゃないですね。さっきから姉さんと話していますけど、声とかはそんなに普段と変わりませんから」
「わたしものどや鼻には違和感を感じられないから、桜の見立てどおりだと思う。問題があるとしたら少し身体がだるいかなー、て思うくらいだから」
「でしたら体温を測ってみたほうがいいかもしれませんね。はい、体温計です」
「ありがと、桜」

 凛は桜から手渡された体温計をパジャマの襟元から腋へと挟む。そうすると少しだけはだけた襟元から凛の控えめな胸が顔を出す。寝るときはブラつけない派の凛であるから、そういった無防備な姿には素晴らしいものがある。
 そして待つこと数分。体温計からピピピと言う電子音が鳴り響いた。

「あ、終わったみたい」
「何度ですか?」
「えーっと、三十七度七分。昼から比べてちょっと下がったみたい」
「そうですか、それぐらいならあと一日二日安静していればいつも通りに戻れますね。とりあえず今日一日はゆっくりとしてください」
「そうね。今日は桜の言葉に甘えて遠慮なく休ませてもらうわ」

 起こしていた上半身をまたベッドに預け凛は最初と同じようにベッドにもぐりこむ。毛布が乱れたところは桜が木を利かせて直す。そんな桜の気遣いに凛は「ありがと」の言葉を自然に投げかけ、桜は「いえいえ。きにしないでください」といった感じに投げ返した。
 だけど、これだけで終わってしまったら全国――正確には茨城のネギの人の期待にそぐわない。
 桜はなにかを思い出したかのように右手人差し指を下唇へ持ってきて、

「あ、でも姉さん。ネギを使った民間療法ってあともう一つあるんですよね。……ネギをお尻の穴にさすやつ」

 と述べてくれました、しかも妖艶に。

「にゃひっ! さ、さささ桜、いきなり何をい、言い出すのよ」
「何って、民間療法に決まってるじゃありませんか。わたし、おかしなこと言いました?」

 ほとんど不意打ちに近いような形で桜の口から出た、最終兵器ネギ治療。
 先ほど都市伝説化されている民間療法と説明したが、実はこれも医学的観点から証明されているのだ。ああ、性質が悪い。
 効能としてはネギをお尻の穴にさすと温熱効果で体が温まり心地よい、さらに浣腸の効果もあり熱が上がると便秘気味になりやすいのでありがたい効果である。なお、便を出すことには解熱効果があるので、病院にいくと極まれに風邪薬と共に便秘薬が処方されるのもこのためなのだ。
 再度ネギを握り締めた桜に対して、凛は少し身をひくような感じになる。それに気持ち顔が青ざめている。まあ、だれもお尻の穴にネギを挿されたくないから、凛の顔が青ざめているのも分からないこともない。
 ベッドの中で毛布を手元に手繰り寄せ微かにおびえる凛に対し、桜はふとキレイな笑顔を見せる。
 その笑顔はとてもキレイなものだった。ただ純粋に、姉を病状を心配するたった一人の妹が浮かべるような――。

「姉さん」
「な、何」
「わたし、姉さんのことが心配なんです、本当に。……今まで、わたしは姉さんに迷惑をかけてばかりでしたし、何もお礼らしいことも出来ませんでした。今回だって先輩怪我しているのに自分がやるって言って聞かなかったところをセイバーさんと共謀して無理やり布団に押し込めたんです。だから、わたしわたし……」
「桜――」

 多少おやっと思うところもあったが桜が凛を心配している気持ちには嘘偽りはない。そんな桜の気持ちは凛にとってとても嬉しいものだった。
 小さい頃に離れ離れとなり、満足な交流を取れなかった。姉らしいことを一つも出来なかった。それは魔術師として心の贅肉なのかもしれないが、凛には大切なこと。
 だからこそ、今の桜の言葉は凛の心に心地よく響き渡る。
 ――嬉しい。
 その感情だけで凛の心の中がいっぱいになった。
 許容範囲以上の感情は時として脊髄反射よりも早く人を動かす。
 さっきまで凛はどこへやら、おびえた表情を優しい表情へ一瞬に変え桜に抱きつく。

「ね、姉さん」
「ありがと、桜」

 突然抱きつかれて口をパクパクさせる桜に対し、凛はポンポンと頭を撫でる。

「桜がこんなにもわたしのことを思っていてくれたなんて知らなかった。凄く嬉しい、これは本当よ」

 凛は桜の頭をそっと抱くと自分の胸に引き寄せた。
 パジャマの隙間から控えめに自己表現する胸を感じ桜は少し頬を染める。それに凛の身体からは女性特有の甘い香りが漂い、桜の鼻腔を程よくくすぐる。
 凛に優しく包まれることを桜は経験したことが無かった。いや、正確にはそうされた記憶が存在していない。
 ずっと昔――まだ桜が遠坂の姓を名乗っていたときにそのような行為を経験した事はあったかもしれないが、物心つく前に間桐の家へと養女に出された桜にはまさしく初めて家族から与えられた優しさだった。

「……うっ、くぅっ、ひっく、ぅぅ――姉さん」
「こんなことで泣くなんて仕方ないわね。自分の感情をコントロールできないのは魔術師としては失格だけど、姉として言うなら今の桜、凄く誇らしい」

 そう言って凛はまた桜をぎゅっと抱く。ずっと長い間できなかった姉妹の抱擁を今このときを使って全部埋め尽くすようにぎゅっと抱く。

「だから、ね。今日は桜に甘えることにするわ。これって心の贅肉なのかもしれないけど、それでもわたしには凄く嬉しいことだから」
「……姉さん。温かい」
「え、あ、ごめん。わたし風邪ひいていたんだっけ。これじゃあうつっちゃうわね」

 自分が風邪をひいていたことをすっかり忘れていた凛は慌てて桜から離れる。流石に看病しに着てくれた妹に風邪をうつしてしまったら洒落にならない。
 抱きついたときに少し乱れた衣服を整え、さっきと同じように布団にもぐりこむ。
 安静して、自然治癒力に任せる。一番何もしていないが、これが一番風邪に効く治療法なのだ。

「とりあえずわたしは安静にしているから、桜はもう戻ってもいいわよ。これ以上この部屋にいたら貴方にも風邪がうつっちゃうし」
「わたしなら大丈夫ですよ。部活動で鍛えてますからそんなに柔な身体してませんから」
「で、でも」

 そうは言うものも風邪のような完璧な特効薬かつ治療法が確立されていない病気は厄介なものである。
 日本古来から『馬鹿は風邪をひかない』とか『夏風邪は馬鹿しかひかない』なんて格言があるがその信憑性は極めて薄い。いや、ほとんど当てにならないといっていいだろう。
 故に風邪を甘く見てはならない。身体が丈夫だ。ここ数年風邪なんてひいたことない。そんなものは全く関係ない。それこそが風邪、普通感冒の怖いところ。ちなみに流行性感冒はインフルエンザのことを指す。

「せめて体温だけでも下げませんか」
「でも貴方、薬とかは持ってこなかったんでしょ。解熱剤だってあるわけないじゃない」
「ええ、まあ、確かに解熱剤は持ってきませんでしたけど。ですがわたしには民間療法という強い味方がいます」

 グッと意味も無く拳を握り締め、何か分からないものに誓いを立てる桜。
 自分の風邪を治すためだけにここまで気合を入れてくれる桜に対し、凛は嬉しい気持ちがこみ上げてくる。
 だがその一方、凛は一つだけ聞き逃さなかった言葉がある。それは『民間療法』という言葉。

「そういうわけですから姉さん、お尻をこっちに向けてください」
「いや、そんなこと言われても普通誰も言うこと聞かないわよ」
「これは医学的根拠に基づいたれっきとした治療法ですよ」
「だけど民間療法だわ。必ずしも効果があるとは限らないじゃない」
「よく考えてください、姉さん。効果があるからこそこうやって伝えられてきたんじゃなですか」

 流石魔術師姉妹、論争にも抜け目がない。
 論争がダメなら最終的には実力行使しかなくなるわけなのだが、流石に二人ともキャットファイトに戦いの舞台を移行するわけにいかない。それにそんなことをしたら只今風邪で体力が激減している凛にとっては不利である。魔力でそれを補うにしても健康体の桜に対して十二分の足かせとなる。
 にらみ合う二人の魔術師。でも争っている内容が『お尻の穴にネギ』だから、目も当てられない。

「いい桜。わたしはネギなんて物をお尻の穴に入れる趣味も治療も認めないの。そんな人間として終わっていることをするぐらいなら二三日寝込んでいたほうがましだわ」
「姉さん……」

 ベッドの中で顔を真っ赤にしながら凛はきっぱりと答えた。
 そこまで嫌がる凛に対し、桜を少し考えるように表情を変える。
 このままの平行線では埒が明かない。それに幾分体調が戻ってきたとはいえ凛はまだまだ病人である。頭に血を上らせるような事はできる限り避けたい。まあ、その原因を桜が自分から作っているような気がしないでもない。
 考えること数秒、桜がたどり着いた答えとは。

「分かりました」
「そう、分かってくれたのね」
「そういうことなのでお尻をこっちに向けてください」
「ぜ、全然分かってないじゃないのっ!」

 ダメダメな結論だった。

「桜、お願いだからわたしを安静にさせて」
「何を言っているんですか、姉さん」

 本日一番の笑顔をうかべた桜は胸の前に手を握り締め、真摯に凛を見つめる。
 うるうると潤んだ瞳。微妙な上目遣い。朱色に染まった頬。腹黒い考え。全てが姉を心配する妹そのものだった……いや、最後は違うか。

「わたしは本気で心配しているんですよ」
「それは料理を作ってきてくれたり、こうやって看病を率先してやってくれてることから分かるわよ。だけどね、それとこれとは話が別だと――」
「ごだごだ言ってないで、さっさとぱんつ脱げよ」

 何もかもが台無しだった。
 ついさっきまで書かれていた姉と妹の約十七キロバイトに渡る美談はこの一言で全て無駄になった。畜生、桜、貴様何しやがる、書いてきた苦労を無駄にしやがって。

「ちょ、ちょっと貴方それ本気で言ってるのっ!?」
「――だから、能書きはどうでもいいからこっちにケツ向けろよ」

 会話が進むごとに崩れ落ちてゆく桜の純情、及び固定概念。お父さんこんな娘に育てた覚えはありません。
 てか、明らかに顔つきやら口調が変わってるし。あの大和撫子な桜は一体どこへやら、クーリングオフを要求したい気分である。
 「待って桜どこ触ってんのっ!?」「女同士だから良いじゃないですか」「だけど、限度というものだってあるでしょ――ひゃうっ」「無駄な抵抗なんてやめて正直になったほうが良いですよ、ふふふ」「そんな正直なんていらないからっ!!」
 あんたら何してるんだ。この病人にこの危ない看護人。

「ふぅ、やっぱり姉さんは強情ですね」
「誰だって、お尻の穴にネギを突っ込まされそうになったら強情にも意固地にもなるわよっ!」
「そうですか。わたしもこの手だけは使いたくなかったのですが」

 そう言って桜は「かもーん。myサーヴァントー」と二回拍手。
 一応断っておくが桜のサーヴァントは黒化セイバーではない。もちろん偽臣の書で慎二にマスターの権利を譲渡しているからマスターではありませんというネタでもない。
 その体は極めてエロス。桜の能力値と書いてスリーサイズを85/56/87というなら彼女の能力値は88/56/84の天下無双。
 さあ、お兄さんと一緒に彼女の名前を呼ぼう。せーのっ。
 ……。
 ダメだ、ダメだ。そんな小さな声じゃ出てきてくれないぞ。もっと大きな声でディスプレイの前で叫ぶんだ。
 せぇーのっ!

「呼びましたか、サクラ」
「にゃうっ! ライダー一体貴方どこから現れてるのよっ。――胸揉むなぁ!」
「リンの後ろからですが、何か不具合でも?」
「不具合も何も、どうして普通に出てこないの」

 唐突に現れたライダーは凛のベッド――それも背後から現れた。魔眼殺しの眼鏡をかけ、ジーンズにトレーナーというラフな格好でよく霊体化できたな、という疑問も残るがいわゆるご都合主義と呼ばれるものだろう。便利な言葉だ。
 で、現れたライダーはさも当然の如く凛の胸を揉んでいる。その行動はあまりにも自然すぎて怖いくらいだ。

「難しいことは考えないほうが良いですよ。そういうわけですから、とっととケツ出してください」
「ライダーまでそんなたわけたこと言うかぁ!!」

 凛の火山が大噴火。決して止まることも下がることもしない大噴火である。
 だけど、目の前にいる桜&ライダーに通用するかと問われれば果てしなくノーだったりして。
 極上の笑顔を浮かべる二人は聞くも涙、語るも波だな悲しい抵抗をし続ける古い歴史を持つ魔術の名門の遠坂家六代目遠坂凛に対してこう語りかけるのだった。

「ネギを挿すんだから、早くその小さいケツ向けろよ」

 そろってロクデナシだった。

「ね、ね、落ち着きましょう。そんなことしても何にもならないから、ね、ね」
「ふぅ、このままでは埒が明かないですね。……ライダー」
「分かりました」

 そう言ってライダーはかけていた眼鏡をはずし、凛の前に立つ。
 知っているとは思うがライダーは最高レベルの魔眼・キュベレイの持ち主である。誰だ、ハマーン様の機体だと思った奴は、お兄さんは怒らないからちょっと前に出なさい。

「ま、待ってそんなことに魔眼を使うなんて――」

 凛の抵抗も虚しく結局ライダーの魔眼の手に落ちるわけでして、結果石化することに――って、それじゃあ無意味だろ。
 世の中の人は石像プレイなんてコアな楽しみを持っているわけないし、そんな楽しみがあるのかどうかも不明だ。だけど、現に凛は石化され――

「ちょっと手足の自由が全く利かなくなっちゃってるじゃない。一体これってどういうことっ!?」

 なかった。何故。ヤックデカルチャ。
 本来ライダーが持つ魔眼はMGIがC以下のも者は無条件で石化させ、Bの者でもセーブ判定次第で石化させる。そしてAの者には石化判定はないが全能力をワンランク下げる重圧をかける代物であって、このような手足の自由を奪うような能力は確認されていない。あったとしてもそれはどこかのFAN FICSIONでその作者が勝手に付け加えた設定である。決して公式設定ではない。

「リンが大人しくしてくれませんでしたから魔眼を使わせていただきました」
「嘘っ! ライダーの魔眼って石化能力だけでしょ。何でこんな便利な機能が付加されるのよっ!」
「それは姉さん、ご都合主義ですから」
「ええ、今回はギャグがメインらしいのであんまり難しいことを考えないのが吉でしょう」
「ご都合主義で全て片付けるなー!」

 それはご尤も。

「でも姉さん」
「……何よ」
「手足の自由が利かないその状態で何を言ってもすでに時遅しだと思います」
「うっ」
「ではサクラ。早速リンのぱんつを脱がせましょう」
「嫌ーーーーーーっ!」
「……ああ、そうですね。先にパジャマを脱がさないといけませんでした」
「妙に冷静なのがもっと嫌ーーーーーーっ!」

 ぎゃーぎゃー、どたんばたん、軋むベッドの上でやさしさを持ち寄ることなく桜とライダーの手により裸にひん剥かれる凛。一つ残念なことといえばパジャマ状態だったからニーソックスがないことか。悲しいけどこれ寝間着なのよね。
 結果ベッドの上には四つんばいで桜とライダーに対してお尻を突き出している凛が完成したのだった。
 ちなみに部屋の暖房は室温常時二十度を保っているので、風邪が右肩のぼりで悪くなるという心配はない。むしろこれから先で悪化するのではないか心配である。

「いくらお尻にネギを挿すとはいえ上半身も脱がす必要があったでしょうか?」
「言われて見ればそうですよね。わたしったらつい」
「……アンタら言いたい事はそれだけかしら」

 「てへっ」と舌を出して可愛がる桜に対して、地獄の底から這い出てくる幽鬼のような声を出す。

「まあまあ、このままでは肌寒いでしょうから」

 そう言って桜は何かを取り出して凛に穿かせる。……穿かせる?

「それで何でニーソックスを穿かせるのよっ! こういう時は上着とかでしょ!!」
「いえ、世の中のニーズを考えてみて」
「どこのニーズよっ!」
「サクラの言ってることは正しいと思いますが」
「うっさい」
「姉さん、頭寒足熱と昔の人が言ってるじゃないですか」
「今正論言われても何も信じられないわ」

 妹とそのサーヴァントに裸にされて、お尻を突き出すような屈辱的な格好にさせられて、さらに何故かニーソックスだけを穿かせられては信じられるものも信じられなくなるものだろう。ああ、世の中というものは無情である。

「今気づいたのですが、このままネギを挿してはネギが汚れてしまいます、サクラ」
「そういえばそうですね。わたしも失念していました」
「だったら、止めれば良いじゃないのよ」
「それは」
「聞けない相談です」
「何時から患者の意思を尊重しない悪徳医師になったのよ、アンタらはっ!!」

 喧々囂々と騒ぎ立てる凛を無視して「あーでもない」「こーでもない」と相談する二人。
 そうして二人がたどり着いた結論は、

「そういうわけで姉さん、腸内洗浄することになりました」
「さらっとディープなこといわないで頂戴」

 マニアックプレイの階段を上るものだった。
 ちなみに桜の後ろには二百ミリリットルの浣腸器(定価二万六千円)を手にしたライダー。浣腸器には二百ミリリットル満タンにローションが入っていていつでもどこでも注入オッケー状態である。凛には嬉しくないとは思うが。

「ではリン、早速浣腸をしますので」
「ちょ、ちょっと展開早っ!」

 何らかな抗議をしようと慌てふためくリンだったが、その瞬間つぷりと何か変なものが入ってくる。そして注入されてゆく二百ミリリットルのローション。ちなみに温度は人肌。にくいサービスだね、アン畜生。

「あ、あ、ああぁあぁぁぁああ」

 普段は排泄に使われている器官に対し、逆に液体を注入される違和感。
 百五十、百、五十と残酷にメモリは減少されてゆき、その度に凛は目を開かせ唇を噛む。
 時間にして数十秒。浣腸器の中にあった二百ミリリットルのローションはめでたく凛の直腸に輸送作業が完了された。

「……健康を考えてコーヒーの方が良かったかもしれませんね」
「ぜ、全部、注ぎ、込んだ、後の言葉が、そんななの……」

 冷や汗だらだらの凛に対し、ライダーはいたって平静。まあ、いきなり腸内に二百ミリリットルのローションが姿を出現したのだから、凛の冷や汗は無理もない自然な症状である。

「あ、あ、あ、あ」

 凛の中に生まれ出てきた強烈な排泄感。それは少しでも気を抜いたら全てを出してしまいそうな猛烈なもの。
 四肢の自由が奪われているだけでそれ以外は自由に動ける。故にお尻に力を入れて今は我慢できているが、何時その堤防が決壊するから分からない。

「お、おね、お願い、トイレ……トイレ、連れてって」
「えー」
「えー」
「あ、アンタらっ、んにゃっ!」

 思わず叫ぼうとしたら、お尻がやばかった。危うく出るところだった。
 これは不用意に叫べない。むしろ喋ることすら危険状態である。

「でも大丈夫です。ちゃんと代わりのものをわたしたちは用意しました」

 ベッドから桜が指差したほうに目を落とすと、そこにはソレが存在していた。
 ソレは白くて、取っ手があって、羽が生えていて、中に空洞があって、小さい頃によく世話になったもの。
 まあ、ぶっちゃけおまるなんだけど。なぜかペガサス型。羽がとても邪魔で座り辛そうである。

「――っ! ――っ!」
「サクラ、リンも私たちの心遣いに感謝の言葉を口にしてます」
「姉さんなら喜んでもらえると思ってました」

 「あんたら、何たわけたことほざいてんのよ。殴る、絶対ベアで殴る」と本当は口にしたかったのだが、今喋ったら先ほどまで便意を我慢していた苦労が水の泡。本音はベッドを汚したくない。
 さらに言えば目の前の二人はそんな凛の気持ちを一ミクロンとして理解していなかった。ああ、素晴らしき姉妹愛。

「このままベッドの上にいたら何時漏らすか分かりませんので、おまるの上に移動してもらいましょう」
「あ、ら、いだー、ちょっ――」
「大丈夫です。こう見えても怪力Bですから」

 多分、凛はそういうことを言ってるんじゃないだろう。今現在の凛の心の中を表現するなら「下手に動かさないで、漏れちゃうから」とかである。観客に二名の変態しかいないところで薔薇を摘む(隠語)なんてもってのほか。それに一人は血を分けた実の妹である。
 そうこうしているうちにライダーは凛をおまるにセッティングし終わった。流石敏捷A、行動がすばやい。運んでいる最中に粗相が無くてよかったね、凛。いや、現状でもそんなに良いとは言えないが。 

「さあ、姉さん。安心して出しちゃってください」
「――っ! ――っ!」

 「誰が、安心できるかっ!」と口にしたいが、今喋ったら(ry。凛も複雑なお年頃なのである。

「ふむ」
「どうしました、ライダー」
「リン、ちょっと失礼します」

 ライダーは凛に近づく、そして背後に回る。
 またろくでもないことをするんじゃないかと凛はびくびく。
 そっと乱れた横髪をかきあげると、髪の毛に隠れていた凛の可愛らしい耳が現れる。ライダーはその耳に口を近づけると――

「な、何すんの――ひぃ」

 ぺろんと一舐めした。
 んで、その拍子に凛の堤防に亀裂が走った。それはもうストッキングが伝線するかのように凄い勢いで。
 一度亀裂が走った堤防は果てしなく脆い。亀裂から水が染み込んでゆき堤防を決壊させるように、凛の括約筋により作られた堤防も決壊寸前黙示録。絶対運命黙示録。もくし、くしも、しもく、くもし、もしく、しくも。
 カウントダウンはもう止められない。3、2、1――

「あっ、あっ、あぁぁああぁぁぁあああぁぁあぁあぁぁああぁぁあぁぁぁ――――――――」






しばらくお待ちください







「ううう、もうわたしお嫁に行けない……」
「なら先輩はわたしが貰って良いですか?」
「それは絶対、や」

 全力で薔薇を摘んだ(隠語)後、涙でシーツを濡らす凛。ちなみ格好は先ほどと同じように四つんばいニーソ。
 忘れているかもしれないが、只今の凛はライダーのご都合主義魔眼により手足の自由を奪われているのだ。

「さて今から姉さんのお尻の穴にネギを挿すわけですが、このまま挿しちゃうとお尻を傷つけちゃいます」
「ええ、これは治療行為ですからリンを傷つけることは本末転倒になります」
「私のことを心配しているように聞こえるけど、すでにわたしの心は貴方たちのおかげで治療不可の難病状態よ」

 母親が赤ちゃんのオムツを代えるかのように、お尻をサクラの手によってキレイに拭かれた凛の心はもはやハートブレイクショット。
 今ならどんな深い穴であろうが、二回宙二回転半ひねりで飛び込んでくれることだろう。

「そんなに褒めないでください、リン」
「誰も褒めてないわよっ!」
「まあまあ二人とも落ち着いて」

 んなことをこんな格好プラスこれからネギを挿そうとしている桜に言われても収まるものも収まらない。
 それはまるで思春期の男の子が朝立ちをやめることが出来ないくらいの状態、状況である。まあ、関連性は全くといって良いほど皆無だが。

「それでネギですけど、このまま挿すのは姉さんの腸内を著しく傷つけちゃう可能性があるので何かしらの潤滑液が必要なんです」
「潤滑液って、アンタねぇ――」

 とここまで言いかけて凛は思い出してはいけない事を思い出す。
 セックスをする際、ペニスの挿入を容易くするために膣内を愛液で濡らす。これぞ人体の神秘。つまり愛液は自然がもたらした至高の潤滑液なのだ。
 つまりだ。今桜が必要としているのは潤滑液で、凛が思いついたのは愛液。そして、只今凛は桜とライダーに対して女性器を見せている状態。
 ここまで書けば分かると思うが、凛の頭に過ぎった最悪の展開とは桜が「じゃあ、姉さんの愛液をネギに塗れば済むことですね」と言い出すことだ。ここまでの桜の行動を考えればありえうる展開である。むしろその方が自然。

「潤滑液なら先ほどのローションを使えば問題解決でしょう」
「ああ、そうでしたね、ライダー」
「……」
「あれ、どうしました姉さん。そのまま挿したほうが良かったですか?」
「い、いや、そ、そんなことがあるわけがないじゃないのよっ。あはは、ははははははは」

 思わず変なことを考えてしまった自分を恥ずかしがる凛。
 これも桜とライダーがこんな格好をさせるのが悪い、絶対悪い、と自己完結させて冷静さを取り戻そうと深呼吸を一回、二回。大分落ち着いてきたところで、悪巧みしている桜とライダーに目を向けると、

「ベビーオイルはどれくらい塗ればいいのでしょうか?」
「どうなんでしょう、私も経験ないですから……。そうですね、二三回中出しした後のペニスぐらいに濡らせば良いんじゃないですか」

 ロクデモない話の真っ最中だった。
 忘れているかもしれないがこの物語上の設定では凛と士郎は恋人同士の関係であり、週に数回究極二身合体をするくらいである。
 だが、二人は現役の高校生で今後の進路が決まっている。故に中出し、それ以前に生でセックスをするなんて幸せ家族計画的ロシアンルーレットに参加する勇気も度胸も無謀も存在しない。
 そんなわけであるから凛は中出しされた後のペニスを見たことない。まあ凛はセックスをするときは薄暗くしているのでそんなにまじまじとペニスを見たこともないのだが。
 手馴れたようにネギにベビーオイルを擦り付ける桜とライダー。手コキするようににゅるにゅる、にゅるにゅる。
 それにしてもアンタら二人はどこまでネギを濡らすつもりですか。いくらなんでも緑の付近までは挿さないだろ。

「ふう、ここまでぬるぬるならお尻の穴が傷つくことはなさそうですね」
「では早速挿入してみましょう」

 凛のお尻にネギが刺さる時間へと刻一刻と近づく。
 明らかに楽しんでいる桜とライダーと反比例してテンションが奈落の底まで落ちきっている凛。ここまで対照的だと逆に面白い。

「ね、ねえ」
「どうしました、姉さん」
「か、考え直す気ない……わよね?」

 無駄だと思うが凛は最後に聞いてみる。
 四肢の自由を奪われ、ベッドの上で四つんばいになってお尻を突き出している状態でも最後の最後まで諦めることはしない。それが遠坂凛という少女なのだ。

「ここまで来たら」
「それは無理な相談です、リン」
「やっぱし〜〜〜」

 でもかえってきた答えは予想されたものでして、凛もいい加減に諦めろよ。




「そういうわけでこれよりドクターわたし、助手ライダーによる風邪っぴき姉さんに対して民間治療を行ないまーす」
「ぱちぱちぱち」

 挿入予定のネギをマイク代わりにして、桜はどっかの幼稚園でやってるヒーローショーの司会のお姉さんみたいに告げる。そして○イブドアと大人気ない喧嘩を繰り広げているフ○テレビで放映している、お昼の人気番組のサクラの様に業務的な拍手をするライダー。
 ベビーオイルの冷たさがお尻の当たる。
 ああ、初めてのお尻がまさかネギだなんて……。
 そんな凛の悲しい心の慟哭は、恋人の士郎に届いているわけもなくここに民間治療は始まった。

「んあ」

 細いながらも、本来なら排泄器官に当たる肛門にネギが差し込まれてゆく。
 今まで味わったことのない異物感がお尻に生まれる。風邪に効くとか、身体が温まるとかそんなレベルの話じゃない。一言で言うなら気持ち悪い。
 初めてのアナルネギ挿入は凛にカルチャーショックを与えるに十分な出来事である。さっきの腸内洗浄も十二分にカルチャーショックを与えていたが、凛にとってはこっちのほうがショックの度がはるかに大きい。
 太さ約一.五センチのネギくらいでここまでの違和感があるのだ。これがもし、もしもだ挿入されているのが士郎のペニスだったりするとしたら。そのことを想像するだけで絶望が頭を過ぎる。

「んー、案外入るものなんですね」
「知、知らないわよ。そんなこと……」

 中指の長さくらいだけ凛のアヌスに埋まったネギを手にしつつ、さも他人事のようにのたまう桜。当事者の癖になかなかの図々しさである。
 毎秒一センチというゆっくりとしたペースでネギは奥深くを進み、その探究心を止める気配はない。ネギの白い部分が少しずつ無くなってゆき、緑の部分へと少しずつ近づく。
 そして半分ほどネギが埋まると奥のほうでこつんと当たる。どうやらこの辺りが限界のようだ。

「こういうのを『鴨がネギを挿してやってくる』というのですね」
「それを言うなら『鴨がネギをしょってやってくる』! 間違った日本語を覚えないっ!!」

 明らかに間違った感想を述べるライダーに対し、凛はアヌスインネギ状態でもツッコミは忘れなかった。
 流石は第一級ツッコミストである。

「で、姉さん。効果はありましたか」
「そんな即効性があるわけないでしょっ! それ以前にわたしはこんな民間療法信じてないからっ!!」
「えー」
「そこあからさまな不快感を出さないっ!」

 しかしネギがアヌスに刺さった状態で凄まれてもはっきり言って違和感しかない。

「サクラ分かりました」
「何がです?」

 少し遠めでことの顛末を見守っていたライダーが「私、重大なことに気づきましたよ」と大声で言わんばかりに、自信満々に立ち上がる。

「サクラも既知のことだと思いますが、リンは優秀な魔術師です。それに家は名門の遠坂家です。さらに言えば属性は五大属性(アベレージ・ワン)です」
「ふむふむ」
「ですが、私たちが凛のアヌスに挿したのはマウント深山商店街の八百屋で買った一本六十八円の長ネギ」
「はっ、まさか!」

 驚いたように声を上げる桜。そして、そんな桜に対してうなづくライダー。置いてけぼりの凛。
 はてなマークが頭の周りを周回運動している凛を尻目に盛り上がる、変態マスター及びサーヴァント。

「理解しましたね、サクラ。リンの治療にはそれ相応のネギを使わないといけないのですっ!」
「そ、それは――」

 ライダーの手にあるネギは普段スーパーで見かける長ネギと違い、太くてずんぐりしていた。そのネギはもしや――、

「そうです、群馬県甘楽郡下仁田町特産の一本ネギ! 別名『殿様ネギ』と呼ばれる――その名も下仁田ネギですっ!!」
「アンタら馬鹿でしょ! なんでそんな高級ネギをこんなことに使うのよっ!」

 そりゃそうだ。凛がいっていることは尤もなことである。否定はしない。
 だけど、桜とライダーはそんな凛の必死の叫びをこう跳ね返した。

「治療ですから」
「ええ、治療ですから」
「目が笑ってる――っ!!」

 まあ、アレだ。
 さようなら、凛。
 君のことは忘れないよ。
 大人しく二人の玩具になってくれ。
 ――合掌。

「じゃあ、このネギは無意味で無意味ですね。とっとと抜いちゃいましょう」
「ひぃ――ぁっ」

 そう言って桜が、半分近く突き刺さっていたネギを一息で抜いたとき凛に変化が起きた。
 挿し込まれたときは違和感があったネギなのに、今抜かれたときだけ違和感以外の別の間隔が生まれたのだ。それは凛にとって認めたくない性感と呼ばれる感覚。

「ん。どうかしましたか、姉さん?」
「な、何でもないわ。気にしないで良いから」
「そうですか。ライダー、下仁田ネギの用意は出来ましたか」
「ええ、一応ローションで濡らしましたし。何とかなるでしょう」

 ライダーは手にした下仁田ネギを逆手に持ち替え、狙いを定める。ひくひくと蠢く凛のアヌスはピンク色で先ほどまで長ネギが挿さっていたとは思えない。
 くにゅくにゅと長ネギよりも一回り太い下仁田ネギを受け入れやすいようにアヌスの入り口付近を十二分にほぐす。
 ほぐすというよりもライダーのそれはどちらかというと愛撫の動きに近く、先ほど長ネギを一気に抜かれたときに生まれた性感はライダーの愛撫により次第に高ぶっていった。

「うっ、くぅっ、……あっ」

 次は中のほうをほぐそうというのか、ライダーはネギを持っていない左手の中指を立ててそれを自分の口に含む。
 中指をペニスを見立てるかのように奥まで含み、音をたてて舐めまわす。もし、口内を透視できるのならそれだけで人の性欲を奮い立たせるだろう。
 静かにそして艶かしくライダーの口が開き、出てくるのは唾液でコーティングされた左手中指。それを遠慮の言葉がないくらいの勢いで凛のアヌスに突き入れる。
 「かはっ」と凛の口から空気が漏れる。それでもライダーは中指を動かすのを止めない。前後に動くだけでなく左右にも、指をくの字にして中を刺激したり、手首を回転させたりと愛撫の仕方は様々。

「ん、案外いい締りをしていますね」
「あんぅ、か、はぁんぅ」

 一連の動きを単調にならないように、パターンを変えたり強弱をつけて凛に慣れを覚えさせるようなことをさせない。
 その愛撫を二分ぐらい続けていただろうか、凛はもう息絶え絶えで呼吸を整えるだけで精一杯。アヌスを弄られていたはずなのに、膣のほうにも僅かながら液がにじみ出ている。それもこれもライダーの技術の賜物である。

「……これぐらいで良いですかね。じゃあ、入れますよ」

 先ほどまで凛の腸内を弄んでいた中指を一舐めさせ、下仁田ネギをアヌスにあてがう。そして、一気に――

「にゃっ――うっ」

 入れられたネギは長ネギよりも確実に太かった。
 ライダーによって大分ほぐされたせいもあるが、確実に凛のアナル周りは感度が上がりきっていた。先ほどまであった違和感はすでに消え、代わり出てきたのが快楽と言う名のアブノーマルへの堕天使。

「きゅうきゅうに締まってますね、自分の指を入れなくても分かります。こうやってこのままの位置を保っているだけなのに外へ出そう、外へ出そうと抵抗感があります」
「アヌスは入れることよりも、出すほうのほうが快楽が高いですからね。姉さんの身体もそのことを本能的に察したんですよ」
「くぅ、な、そ、そんな、こと、ないわよぅ……」
「まあ、リンも魔術師なだけでなく女であったということでしょう」

 でも凛にお尻の悦びの一歩を教えたのはライダーだと思う、確実に。

「ふむ。これも効果がなさそうですね」
「みたいですね。もしかしたら、日本産のネギなのがいけないのかもしれません」
「……なるほど、遠坂の家は元は隠れ切支丹でしたね。それに家も洋風。魔術の色の濃い地方の特産のほうがよいかも。サクラもなかなか鋭い」

「いや、アンタらは確実に頭が足りないわ」

 ご尤も。

「そういうわけでこれです」

 凛の悪態を心地よいくらいに無視して桜は下仁田ネギとは違う別のネギを取り出す。
 見た目は似ているが、押しつぶされたように扁平な葉をしていて葉が筒形の日本産のネギとは明らかに違う。

「リーキですか、地中海原産の西洋ネギ。これなら効果があるかもしれません」

 リーキ。
 日本ではポロネギ呼ばれており古くから欧米諸国で広く普及されている西洋ネギである。
 古代エジプト時代から栽培されておりその歴史は古く、見た目が下仁田ネギに似ているのと同様に甘みとトロミが強い非常に美味しいネギ。

「今度フランス料理に挑戦しようと思って購入していたんですけど使う機会に恵まれなくて、まさかこんな所で役に立つとは思ってもいませんでした、取り寄せていた甲斐があったものです」

 ていうか、誰もが思ってない。遠い異国の地でリーキが乙女のアヌスに挿されるなんて。

「では、下仁田ネギを抜いてリーキを挿すとしましょう」
「ちょ、ちょっと待ってっ! 一気に抜、抜かないでぇ……」

 だけど、凛の言葉に素直に聞くライダーではない。凛のアヌスに挿さった下仁田ネギを手に取ると、一気に抜き出した。

「ひいぃっ、ぐっ!!」

 脊髄を通り抜け脳に直接電気が走ったような、直線的な快楽が凛の身体の中を暴れまわる。
 凛からは見えないが、凛のアヌスは最初のときよりも少しばかり広がりひくひくと蠢いている。それはまるで早く次のモノを咥えたいとせがんでいるようであった。
 理性は否定していても、身体は欲望は正直である。まさしく今の凛のその状態に陥っていた。
 そんな凛を知っているのだろう。桜は手にしたリーキを凛のアヌスにあてがうと、焦らすようにアナル周りを動かした。
 少し入れたと思ったらすぐに抜き出し、アナル周辺にリーキを塗りつける。そしてまた入れる。その繰り返しを桜は続ける。
 鋼鉄のような凛の理性は桜の執拗な責めに少しずつ崩れ始める。嫌がっていた声は次第に甘さを隠し切れなくなりあえぎ声と変わってゆく。
 その様子を確認し、桜は「クスリ」と小さく笑うとリーキを持つ力を少しばかりだけ強めて、一気に奥へと挿し込んだ。

「あぁぅんっ――っぅ!」

 ガクガクと震えるくらいの快感がまた凛の身体を通り過ぎていった。
 挿し込まれてゆくたびに肺に溜められた空気が口から漏れてゆく。崩れかけの理性を総動員して、身体を蝕んでゆく快感に立ち向かう。

「もう少しぐらいは入りそうですね」
「――っあ!」

 だが、リーキの攻撃力は騎英の手綱(ベルレフォーン)のような対軍宝具。凛が総動員した理性をことごとく打ち破ってゆく。熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)はないのか、どこにもないのか。

「ふぅ、ふぅ、ふー、ふぅ」

 息荒げに呼吸を整えようとするが、アヌスに挿さったリーキが凛の集中を妨げる。いや、正確にはアヌスへリーキを挿し込んでいる桜が凛の邪魔をしている。
 一気に五センチばかり挿し込んだあとはじっくりと、ゆっくりとしたスピードでリーキを凛のアヌスに埋没させていた。少し挿し込んでは、その後焦らすように戻したり回転させたりと遊ばせる。その行動はまるで楽しんでいるかのように見えた。

「――この辺が限界ですね」
「これは見事なリンの一本ネギです」
「馬、馬鹿なこと言わないでよぉ」

 明らかに違うことをのたまっているライダーに対して条件反射的にツッコミを入れる。
 もはや凛のツッコミは潜在的なところに染み込んでいるに違いない。
 そんな凛の姿を見ながら愛の民間療法師桜&ライダーは何かを考え込むかのようにヒソヒソと相談を始めた。
 横で怪しい相談をしている二人を見て凛は「おい、待て。まだこれから続けられるの」という人として当然な反論をするが、二人の耳には届かない。むしろ無意味。

「先ほど桜は頭寒足熱という素晴らしいことをいいました。頭寒足熱は身体の仕組みをよく考えた健康法です」
「つまり風邪の治療に使えるということですね」
「はい、そうです、サクラ。ですけどこれはみぞおちから下だけを半身浴をするだけでも効果があるんです。要するに、上半身を温めず下半身を温めれば手軽に効果が得られるわけです」
「へー、よく調べましたね、ライダー」
「みのさんの知恵です」

 話している内容は実に理にかなっているものだった。
 だけど凛にはその会話内容が地獄の階段を上るようなものにしか聞こえない。
 先ほどの民間療法も理にかなったものであったが、結局は明後日の方向にH−Uロケット発射をしている。油断は決して出来ない、してはいけない。

「で、下半身を温めるわけですが普通に温めても、魔術の名門遠坂家の後継者であるリンには効果は少ないでしょう」

 ほら、見事に話の角度が斜め上三百十五度へとずれていった。
 凛も「身体の仕組みに名門もヘッポコも関係あるかいっ!」と言葉を荒げるがもちろん効果なし。いや、効果を期待するほうが間違っている。

「そういうわけで私は提案します。セックスをすることにより下半身を効率的に温めることをっ!」

 ずぎゅぅぅぅぅぅぅんっ!
 拳を力強く握り締めるライダー!
 四方八方からライダーを写すカメラアクション! あっ! 三カメさん転んだっ!
 吹き荒れる嵐! 轟音に爆発! 味噌買い忘れた! 走る大アリクイ! ペディ、悪くない!

「馬鹿でしょ、アンタら――っ!」

 吼えた。確実に吼えた。
 頭寒足熱からどういう発想及び発展をしたらセックスが結びつくのだろうか。
 悲しいけどこれみのりふさんに捧げるエロSSなのよね。

「あはは、大丈夫ですから」
「どこが大じょ――」

 全部言い切る前に凛は桜に唇を唇で塞がれてしまった。
 頬に優しく添えられた桜の両手はほんのりと温かく、重ねあった唇は艶かしく柔らかい。
 凛がこれ以上何も言わせないようにと、桜は凛の口内に自分の下をもぐりこませる。
 絡み合う二人の舌は時を忘れるように動き回る。時折、絡み合わせるのを止めたかと思うと、今度は舌で互いの唇をなぞりはじめる。凛も桜に触れようと腕に力を入れようとするが、今の凛は手足の自由が利かない状態。非常にもどかしい。
 子猫がじゃれ合うようにキスをし合う桜と凛。口付けを重ね、舌を吸い付き、唇を舐める。
 はっきり言おう。桜のキスは士郎のそれよりも数十倍テクニシャンであった。

「――ふぁ、んぅ」
「――んふぅ。最後は結構ノリノリでしたね、姉さん」
「う、うっさい」

 怪しく哂う桜に対して、そっぽ向いて拗ねる子供のような凛。

「じゃあ、このままエッチしちゃいましょうか」
「いや、それは別」
「姉さん」
「リン」
「な、何よ」

 ずいっといった感じで目の前に顔を出す二人に対し、凛は少しだけ引き下がる。身体が動かないからあくまで気持ちだけだが。

「嫌がる女性にするのもなかなか乙なものなんですよ」
「へ、ヘンタイーっ!」

 まあ、なんと言うのか。
 あえて言うなら、がんばれ。
 本日二度目の――合掌。




「さて、色んな紆余曲折がありましたがこれから遠慮なし、容赦無用で姉さんを弄繰り回したいと思いまーす」
「ぱちぱちぱち」
「……ひーん」

 声を潜めて泣く凛に対し、楽しそうな二人。

「……と、言いたいところですがここで一つ問題があります」
「ああ、それはなんなのでしょう」

 なんだか棒読みなライダーを見て凛は思った。
 「こいつら確実にわたしを使って遊んでやがる」、と。凛、多分それ正解。

「わたしたちは女性です。故にある器官が損失しています。それは男女が愛を確かめ合うのに必要なもの」
「そ、それはまさか――」
「そうです。わたしたちにはペニスが存在していないんですっ!」
「あ、あんたら、本気で馬鹿だろーー!!」

 今頃気づいたのか。
 凛が全力を用いたツッコミも二人には届いていない。奇妙な寸劇はいまだ続いている。

「ですが、そんなわたしたちに朗報が」
「そうなのですか、サクラ」
「ええ、今回紹介したい商品は封印指定の人形師が丹精込めて作りました、こちらのものですっ」

 いつの間にか用意されたテーブルの上に桜がドンと置いたのは――

「寂しい夜もこれさえあれば大丈夫。超リアル型双頭ディルドーコクトー君一号ですっ」
「おおおーーー」

 このとき凛は思った。
 父さん、今日ほど遠坂家にまつわるうっかり癖を恨んだことはありません。どーして桜を間桐の家に養女に出したんですか。あんなに素直で純情だった子がこうなっちゃって――。
 双頭ディルドーを誇らしげに掲げる実の妹に対し、凛は悲しくて涙が出てきた。

「しかもこのディルドー、封印指定の人形師が作っただけあってリアルさがそこらの商品とは比較になりません。装着すると擬似的に神経が――」

 ジャパネット高田も真っ青な商品トークが桜の口から繰り広げられる。
 要約して説明するなら、あのディルドーを装着すると男性とほとんど変わらない効果が得られるらしい。
 つまり擬似的にペニスを得られるというわけだ、なんてご都合主義な。

「――で」
「つまり――なんですか、姉さん」
「それを使って桜はわたしとあの、セ、セックスをするつもりなの」
「そんなまさか」

 そう言われて少し安心した凛であったが、次の瞬間に、

「装着するのはライダーです」
「そんなことだと思ったわよーーーー!」

 見事にひっくり返されるのでした。同じパターンの繰り返しって飽きられる第一原因なんだから、いい加減に展開読めよ。
 そうこうしているうちにいつの間にかライダーは封印指定の人形師が作った双頭ディルドーを装着していた。
 88/56/84のナイスバディ(死語)美女の股間に現れた本物そっくりのグロテスクな一物。半立ちである状態がいやに生々しい。

「毎回ながら思うのですが、この装着感はなかなか慣れません」
「ラ、ライダー、貴方これを試したことがあるの?」
「ええ、基本は私が男役でサクラが女役です。こういった稀有な体験は何度体感しても飽きませんから」

 何かさらっと凄いことをライダーが言ったような気がするが気にしないでおこう。ああ、気にしないでおこう。
 少し頭を混乱させた凛であったが、いきなり目の前にライダーが現れて覚醒する。
 いや、だって、ほら。ライダーが凛の目の前に現れると丁度凛の顔の前に装着されたディルドーが現れるのだ。否が応でも覚醒するしかない。
 初めて凛はこのディルドーをこんな目の前で見たわけなのだが、こう見てみると本当に本物そっくりである。血管の収縮も目に見えるし、カリの部分もリアル。封印指定の人形師が何故こんなものを作ったのかは分からないが、本当に本物と言っても間違いない凄い出来である。これぞまさしく才能の無駄遣い。

「ふむ、正直立ちが悪いですね。……仕方ありません、リン失礼します」
「ふぇ? ――むぐっぅぅっ!」

 凛の了解を取らないまま、ライダーはディルドーを凛の口内へとねじりこむ。突然の行為に凛は驚き、むせかえり、訳が分からなくなる。
 だがライダーはそんな凛のことを気にしないのか、口を女性器のように使いだす。凛の頭を押さえ腰を振る。頬の裏側にディルドーをこすり付けたり、舌先を亀頭に上手く当たるように動かしたり、喉の奥をつくようにとほとんど犯すようにライダーは腰を動かした。
 手足の自由が利かない凛は何も抵抗が出来なかった。いや、出来たとしてもライダー相手ではすずめの涙であろう。もとより、魔術師とサーヴァントでは力量が違いすぎる。抵抗したとしても簡単に組み伏せられて口内を蹂躙されていただろう。
 ライダーが腰を動かすたびにディルドーは硬さを増し、大きくなってゆく。初めは凛の口に余裕で入っていたのに、今では精一杯広げられて苦しそうだ。苦しさからか凛の目元には涙がうっすら光っている。

「これぐらいで大丈夫でしょう。さて、これからが本番です」
「ケハッ……、カハッ、はぁ、はぁ」

 満足する大きさになったのかライダーは凛の口からディルドーを引き抜く。
 ディルドーは成人男性の並の大きさを超えそのでかさはすでにイタリア人もビックリなほどであった。

「どうせなら魔眼を解除(キャンセル)してしまいましょうか。こんな状態のリンなら私の力でどうにかなりますし」

 そう言ってライダーは口の中で何かをぶつぶつ言うと、突如凛が崩れ落ちた。
 いきなりのことに凛は驚いて自分の力で起き上がる。

「……え?」
「言いたいことは分かりますが、これからのことを考えて魔眼は解除しましたので。ああ、でも逃げるなんてことは考えないほうが良いですよ。その瞬間もう一回かけますから。さあ、大人しくベッドの上へ」
「……あぅ」

 先に先手をうたれて何も出来なくなった凛であった。流石にどっかの無鉄砲正義の味方ではないから生身、それも素っ裸でサーヴァントに逆らおうと思わない。

「ではリン、楽しみましょう」
「いや、風邪の治療ならそんなことをしなくても」
「安心してください。先人の方たちは面白いことをいいました」
「……何よ」

 凛の恨み声に対し、ライダーはにやりと笑うとこう言い放った。

「情事をすることで汗をかいて風邪治療です」
「そんなことだと思ったわよーーーっ!」

 本日数回目の凛の絶叫であった。
 ライダーにより股を開かれ絶体絶命のピンチ。果たして凛に救いの手は下りてくるのか。
 まあ、くるわけねーよな。
 ライダーは凛の口を唇で塞ぎ、空いた手で膣を愛撫する。女性の身体を知っている愛撫は士郎のよりもずっと気持ちよく、雲の上で眠るような快楽だった。
 ひとしきりライダーは凛の唇で遊び終わると口の中で、

「でも、普通の情事では面白くありませんね」

 と、言い放った。
 ライダーの愛撫に身を預けていた凛には何のことか分からない。そんな凛の様子に気づいたのかライダーは指でとある方向を何度か指差す。
 ぼやけた瞳でその方向を見ると、そこには桜がいた。
 すでに準備万端というのか桜も裸になっている。ディルドーをつけてない代わりに手に何かを持っていた。
 凛の視線に気づいたのか桜は凛の元に近づいて、それを口に含ませる。

「ん、んちゅ、あむ……これって、アイス?」
「ええ、十勝産の牛乳を使ってわたしが手作りした。純度百%のミルクバーです」

 誇らしげに胸を張り振るわせる桜。心の中で「畜生」と毒づく凛。

「それで、そのミルクバーで何をするつもりなの、桜」
「わたしとある番組で知ったんです。人間の身体って急激に冷やすとその部分に血液が集まり身体を温めてくれるらしくて、凍傷などをした後にその部分が熱を帯びるのもその所為らしいんです」
「……で」
「ミルクバーを姉さんの膣内につっこんで、一時的に冷やし血液を集めさせて温めようと思いました」
「いっぺんその脳みそ解体して調べてもらいなさい」
「えー」
「えー」
「無意味に息を合わせない、そこのマスター&サーヴァントっ!!」

 何はともわれ二人はヘンタイだった。
 凛がどう抵抗しようが、どう反抗しようが敵うわけがない。
 結局はライダーに組み伏せられていつでもミルクバー挿入OK状態となる。ああ、無情。

「じゃあ、入れますから」
「ううう」

 今日一日でアブノーマルの階段を三段抜かしどころかエレベーターで上がりまくっている。そのことを思うと凛は悲しみを超えて情けない気持ちでいっぱいになる。
 しかもそれだけならまだしも、そのアブノーマルの快感を叩き込まれているからなおさら性質が悪い。
 膣口にミルクバーがあてがわれる。
 普段士郎の熱い肉棒とは違い、ミルクバーは冷えた棒アイスだ。その温度差に吃驚した凛は思わず「ひぃ!」声を上げてしまう。
 そしてミルクバーは膣内へと埋まっていった。外気、それも膣口を通して体内へと潜り込んでゆく。外気よりも熱を帯びた中は加速度的にミルクバーを溶かすスピードをあげる。

「冷……たい、や、やだぁぁ」
「溶け具合はどうですか、サクラ」
「元々愛液で溢れてましたから、凄い勢いですよ。溶けて垂れるミルクバーがあふれ出てくる本気液や精液みたいで、ああ」
「ひぁやぁっ!」

 桜が膣口の入り口をそっと一舐めする。ミルクバーの冷たさで当てられた膣口に触れる桜の舌。冷たさと温かさのコラボレーションに凛の脳髄は今まで味わったことがない刺激に襲われた。
 微かに前後するミルクバーは動くたびにその身を溶かし膣内を白く彩る。そして突き入れられるたびに溶けたミルクバーは子宮口に向かい奥へ、引き出されるたびに溶けたミルクバーは膣内からかきだされ、入り口付近を白く汚す。

「ミルクバーだけを動かしていてもつまらないですね。じゃあ、こっちのも……」
「こっちって、ま、まさ――んむぅっ!」

 凛が何か言おうとするとライダーがキスをして強制的に口を塞いだ。
 そして、桜がミルクバーのほかに手に取ったのは、

「むぐぅっ! ――ぷはぁ、ちょ、ちょっと待ちなさい、桜! そ、そっちは止めて、むぐぅっ!!」
「あは、ミルクバーとリーキを同時に動かされる気分はどうですか?」
「や、やだぁ、ちょ、ちょっと、きつい、きついからぁ」
「サクラ、リンも悦んでます」

 的外れもここまでいけば芸術的だろう。
 桜はミルクバーとリーキを交互に動かし凛の中に生まれた火照りを加速させ、ライダーは凛の口内を蹂躙することで理性を蕩けさせる。
 ミルクバーの木の棒が見える頃になると凛の身体は全体的に朱色になり、目の焦点もあっていない状態になっていた。ミルクバーをくわえ込んでいた膣はヒクヒクとまた別のものを欲しがるようにおねだりをし、リーキが挿さったアヌスはくわえ込んだものを離さないようにと、ぎゅっとリーキを締め付けていた。
 十二分に凛の身体を味わった桜とライダーは、ベッドに寝転び呼吸を整えている凛を二人で抱きしめると耳元で呟く。

「リンは病気ですから、これ以上の無理は出来ません。後は身体の汗を拭き寝間着を着て安静にしていましょう」
「ですけど姉さんが望むならもっと治療をしてもいいんですよ」
「ええ、私たちはリンが望むならもう少し治療をしても構いません」

 二人の言葉は人々を堕落へと誘う悪魔の囁きか。二人の動きは人の内に潜んだ欲望を増幅させる妖精の悪戯か。
 決して何かと比べることは出来ないだろう。
 桜とライダーの声は透き通るように甘く、彩るように妖艶だった。
 僅か数十分の時間であったが二人に様々の技巧で弄ばれ、舐められ、絶頂の寸前まで何度となく導かされ――そこで止められた。頭からつま先まで染み渡った火照りはもう誰にも止めることができない。

「……だめ。こんなに変なことばかりされたのに、でも全部気持ちよくなって、これ以上焦らされたら我慢の限界を超えるに決まってるじゃないのぉ。そんな意地悪なこと言わないで最後までして、ライダーので突いて、桜の舌で舐めて」
「ええ、いいですよ姉さん。わたしが姉さんのお口を犯して上げます。その可愛らしい胸を愛してあげます」
「そして私がリンの身体の隙間を埋めるように貫いてあげます。リンが望むよう犯しつくしてあげます」

 ぐいと凛の身体の奥底に何かが埋まってゆく。冷たいミルクバーでかき回された膣内は身体中から集められた血液で温かさをましており、一突きされるごとに中で溜まっていた溶けたミルクバーがかき出される。
 自然と喉の奥からこぼれる吐息は花の蜜のように甘露で妖艶。吐息は凛の口から生まれ出るごとに桜の口へと注がれてゆく。代わりに桜からもたらされるのは桜色をした魅惑の唇。

「ああ、サクラの身体のようにすべてを包み込むような柔らかさはありませんが、リンの身体にもそれとは違う良さがあります。雌豹のようなしなやかな肉体、私のディルドーを包む温かさ。リン、貴方は魔術師として一流だけでなく女としても一流なのですね」
「ああ、あぅん、だめ、あぅああぁあっ!」

 凛の腰に手を添え時には荒々しく、時には優しく、時には柔らかく、ライダーは腰を振った。動かすのは腰だけではない、空いた手でアヌスに突き刺さったままのリーキを動かす。その動きには優しさは込められていない。肉壁を通し自らのディルドーに更なる快楽を得ようとする自己中心的な行動。
 だがディルドーから感じる優しく愛そうとする動き、アヌスから感じる相手のことを考えない無慈悲な動き。この相反する二つの快楽は凛の中で今まで感じたことのない更なる痺れを生み出していった。

「あは、姉さんってばかわいい。それに漏れる声もかわいい、胸も首筋も耳も唇も全部かわいい。先輩はこんな姉さんを毎日毎日毎日可愛がっていたんですね。ふふ、先輩のこと好きですけどこれだけは許せませんね」
「やぁ桜、耳、耳舐めないでぇ……、きす、キスがいい。桜ぁ、キスがいいのぅ」
「ふふ、姉さんってば甘えん坊さんなんですから。いいですよ、キス、してあげます」

 桜はそういうと凛の唇を唇で塞いだ。
 お互いの唾液を交換し、体内に染み渡らせる。それは上等のワインのように甘く、そして全てを溶かす薬品のようだった。一回の交換では物足りないのか何度も何度も口付けを交わす。
 口付けの雨は凛と桜だけでは終わらない。ライダーも凛に腰を打ちつけながら二人に口付けの雨を降らした。
 心に潜む淫欲の獣は三人の中で駆け回り、理性を噛み千切り、欲望だけを残す。身体の境界線はもはやどこにも存在していなかった。三人で抱きしめ合い、貪り合う。三人の嬌声が艶かしく交じり合う。
 女性同士のセックスは終わりを知らない、と言われている。それは間違っていない。
 絶頂に絶頂を重ねても三人は飽きるという言葉を忘れた獣のように時間を忘れて情事を続けるのだった。
 今もまた凛と、桜と、ライダーの嬌声が部屋の中に響き渡る――。





 すでに時計の針が十二時を過ぎていた。
 ベッドには凛がすやすやと寝息を立てていた。数時間に渡る桜とライダーの責めに疲れたのか、起きる気配は見受けられない。

「すやすや眠る姉さんもかわいいですねー」
「……んにゅぅ」
「サクラ、それ以上リンの頬を突くと起きてしまうから程ほどにしてください」

 そう言ってクスクスと笑う二人。

「ああ、そういえば」
「ライダー、どうしたんですか?」
「いえ、なんとなく思い出したんですけど風邪のもっともらしい治療法に『他人にうつせば治る』ってものがあったと」
「確かにそういうのを聞きますね。でもそれは民間療法でなく迷信とかそういうもので――」
「かもしれ――」




















「くちゅん」
「くしゅん」










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