ふたなりともよ

 

 

 

「おかしいよなあ」

 ベッドの上で寝転びながら、朋也は先ほどまでの出来事を思い返していた。

 いつものように夕食を作りに来てくれた智代といい雰囲気になって、夕食を取りながらさりげなく泊まらないかと誘いをかけて、いつものように断られた。

「明日は休みなのによ、ちょっとくらい遅くなったっていいじゃないか」

 落ち込んでしまうのはどうしようもない。朋也は冷蔵庫から取り出してきたビールを、やけのように一気に呷った。喉を通る刺激に思わずむせかえりそうになって、慌てて体を丸める。

「はあ」

 けほっけほっと狭い部屋にえづく音が響き、カタンとテーブルに缶の置かれる音。

 キスだけは呆れ返るほどしているのに、一向にその先へ進もうとしない。それ以上のことに及ぼうとすると、露骨に避けられてしまうのだ。唇は重ねても心まで重ねていられているのか疑わしい。

「嫌われているわけではないしなあ」

 付き合って、すれ違って、また結ばれて、早半年。遅々として進まない関係に苛立ちを隠せない。確かに、智代は自分とは違ってまだ学生である。それはよく分かっている。しかし、現実と男の本能はまた違ったものであり、今日に限らず悶々とした夜を過ごさなければならないのはさすがにきつくなってきた。

「どうしてなんだよ……」

 べこっと音を立てて凹んだ缶を、朋也は詰まらなそうに放り投げた。

 

 

 

 唐突に降り出した雨は、あっという間にバケツをひっくり返す騒ぎになった。仕事にならなくなった朋也は帰宅することになり、愚痴る先輩たちと挨拶を交わして職場を出る。

 道すがら思案していた朋也は、取りあえず智代を迎えに行こうかと足を学校に向けた。

 程なく目に入ってくるあの長い坂と、そびえ立つような威圧感のある校舎。ほんのちょっと前まで通っていた場所なのに、とても歓迎されているとは言いがたい空気。

 卑屈な感情が沸き起こるが、気にせずに朋也は坂を上る。

「おや、こんな時間に」

 途中、目当ての人物が坂を下りてくる朋也はほっとしたように息をついた。

「ああ、今日はもうあがりだ」

「そうか、わざわざ迎えに来てくれたのだな、その……うれしいぞ」

 傘を閉じると朋也の元に近寄ってくる。

「お、おい」

 恥ずかしさと、うれしさの中にほんの少しだけ、引っかかるものを感じていたのは昨日考えていたことが頭にあったからかもしれない。

 

 

 

「今日は何が食べたい?」

 智代がそう聞いてくる。特にない、朋也が返すと少し不満げな顔をした。何もないわけはないだろう、重ねて智代が追求する。誰がどうみても仲睦まじい恋人たちの姿。

 それに腹が立ったというわけではないだろうが、スピードの乗った車がふたりのそばを通り過ぎると、その際にアスファルトの水を思いっきり跳ね上げた。

「うわっ」

 朋也のことに気を取られているのか普段の智代らしからぬ様、ふたりともずぶ濡れになってしまう。さすがに鋭い眼光が小さくなっていく車を捕らえると、智代はふうっと息を吐いて、自分の姿を見下ろした。

「これじゃ買い物に行くのはつらいな」

「まあ、俺の部屋に行く方が近いだろうな」

「そうするか」

 朋也に対してうなずくと、先ほどよりも早足で智代が歩き始める。そして朋也の部屋にたどり着くと、朋也に構わず、ポケットの鍵を取り出して扉を開けた。すでに合鍵を入手済みである。

「このままじゃ風邪引いちまうだろ、とりあえず風呂入ってこいよ……着替えは、まあなんとかなるだろ」

「すまない」

「そうだ……」

 ふと聞こえたのは悪魔の囁きか、脱衣所に向かう後ろ姿に朋也はごくりと唾を飲んだ。

「どうする? どうする?」

 何度も自分に問いかける。いまいち踏ん切りがつかない。当然、今から行おうとすることは智代の感情を酷く傷つける場合だってある。いや、その可能性のほうが高いと言ってもいい。

 智代のための着替えを見繕いながら、朋也は様子を窺っていた。ガラス戸の向こうから聞こえる湯の音と合間に聞こえる智代の声に、朋也の意識が引き込まれる。

「強引だけど、大丈夫。きっとお互いのためになるって」

 自分勝手な思考にとらわれていた朋也には、おぼろげに見える智代の姿態に自制が効かなくなっていた。

「うぇっ?! と、ととも」

 温かい湯に身を委ねていた智代はあり得ない扉を開く音に息を飲んだ。

「だめっ! 入ってきちゃ!」

 蹴られるか、殴られるか、どちらかを覚悟してきた朋也は意外な行動に目を疑った。

「え?」

 あの智代が自分の身体を抱え込むようにその場にしゃがみこんでしまう。

「早く出て行ってくれ!」

 悲鳴に近い智代の言葉。

「ちょっと待て……」

 朋也の目に一瞬映ったそれは。

「それは……」

 あり得ないはずの。

「ち、違うんだ」

 狼狽する智代の体から目を離すことが出来ない。そして朋也にその部分を見られていると自覚した智代の体から力が抜けた。だらんと力なく下ろされた腕の間からはっきりと姿を現す。

「ははは、おかしいだろう。私の体」

 男性の象徴に目を落として智代は虚ろに笑った。

「それは、やっぱり、その」

「ああ、そうだ。私の身体にはこんなものがついているんだ。生まれた時には気づかれなかったのに、大きくなっていくにしたがってこれもな」

 髪の毛からぽたぽたと雫が落ちていく。それを振り払おうともせずに、智代の話は淡々と続いていく。

「私も幼い頃は何のことか分からなかった、だから両親に見せても変ではないと思っていたんだ。ふふっ、きっと家が荒れたのはこれのこともあるんだろうな……」

「と、智代……」

「私は女なんだ、そうでありたいんだっ」

 悲痛な叫びが浴室に木霊する。

「朋也……黙っててごめん、騙しててごめん……ごめんなさい。お前だけには嫌われたくなかったんだけどな」

 うなだれていた智代はタオルを奪うようにして乱暴に自分の体を拭う。

「おい、どうする気だ」

「帰る」

 その言葉を聞いたとたん、朋也の中で沸騰する感情があった。立ち上がりかけた智代の体をつかむと乱暴に抱きすくめる。

「ふざけるなっ」

 ふたりはそのまま床の上にもつれ合うように倒れこんだ。

「だ、だって……」

 いつもの凛々しさは消え、儚さしか残らない、坂上智代という少女の弱さが露にされる。そこに朋也は激しい興奮を覚えた。荒々しく抱きすくめると唇を奪っていく。

 密着されては智代の凶器も繰り出すことは出来ない。男性の力に組み伏せられて朋也のキスを受け入れる。

「ふあ……」

 智代の抵抗がなくなると朋也はようやく唇を離した。ふたりはとろけた表情でしばらくはあはあと息をつく。

「ったく、俺は智代が好きなんだよ」

「だけど……」

 腕をつかんでいた手を下ろすと、智代のを手のひらで包み込む。すぐに熱を帯びて、朋也の手のひらの中で大きくなっていく。

「いやっ! ああ、触らないで……」

 さわさわと指を動かすと智代は切羽詰った声をあげた。

「やだっ、これ以上はやだっ!」

 左右に首を振って必死に抗議する。しかし肝心の身体に力が入らないせいで、結果として朋也を喜ばせるだけにしかなっていなかった。

「智代のすごいな……」

 耳元で囁かれる言葉が智代の羞恥心をあおる。全身がうっすらと紅潮してピンク色に染まり始めている。智代の体が欲情していることを如実に示していた。

「言うなってばぁ」

 快感を得てしまう体に羞恥心を越えた部分で、何かが目覚めていく。いつしか朋也にしごかれているそれと、智代の女の部分が連動してるように思えてきた。

「ああっ、なにか来るっ?!」

 汚らわしいと思い、タブーにしてきた部分に与えられた感覚にもてあそばれていくうちに体の中心から女の中心にじわりと滲んでいく。

 朋也としてもいつまでもその部分だけをいじっていても面白くないと考えたのか、目の前で弾む乳房の先に息づく突起に歯を当てた。

 その強い刺激が決め手になったのか。

「ああっ、ああーーっっ!」

 智代は高く悲鳴をあげて激しく身体を弾ませた。そのあまりの激しさに、朋也は思わず心配げな目を向ける。そうさせたのは自分なのに。

「だ、大丈夫か」

「…………」

 そう聞かれても智代に答えられるはずがない、全力疾走した後のように必死に酸素を取り込もうと口を大きく開ける。しばらくしてようやく呼吸が落ち着いてきた時、初めて朋也は気が付いたように、自分がたった今まで智代のそれを握っていた手のひらを見た。

「出ないんだな」

「ないから当然だろ」

 かすかに喉をひくつかせながら朋也の体の下で睨む。元の気の強さを取り戻したようだった。

「それじゃ、今度はこっちの番だな」

「やめっ、まだ敏感だかひうっ」

 熱く、わずかにほころんでいる太ももの奥に手を伸ばす。合わさった中心を上下させるように中指と人差し指で刺激すると、すぐにまとわりつく愛液でてらてらと光る。

 寝転んでいても豊かに息づく胸に口付ける。舌をなぞらせると駄々をこねる子供みたいに首を左右に振って、智代があえいだ。

「こ、こんな朋也が乱暴に、する、なんてっ、ああっ」

「今日までずっと我慢してたんだ、もう抑えることなんてできないっ、さっ」

 興奮で血走った瞳が智代の全身に注がれる。自らを突き上げる感情がすべて一部分に集まったかのように痛いほど勃起していた。

「くそっ、もう我慢できない」

「でも、私はこんな身体で」

「だから、俺はさっきも言っただろ、智代だから」

 まくし立てる朋也の言葉を遮ると、智代はただまっすぐに見つめた。

「じゃあ……キスして」

「え?」

「キスしてくれたら、信じてもいい。お願いだから信じさせて」

 智代は目を閉じた。閉じた唇がかすかに震えている。すっと朋也の心が冷えていく。自分を取り戻したかのように冷静になっていた。俺はいったい何をやっていたんだ、後悔と苛立ちの混じった感情が朋也の口から吐き出される。

 智代は待っていた。それがすべてだった。朋也は口元を引き締めると、顔をゆっくりと近づける。

「ん」

 触れた、と同時に智代の腕が首に回される。朋也の方も応えるように強く唇を押し付ける。そしてついばむように上唇を挟んでやる。また両の唇を塞ぐ。できるだけ優しく、できるだけしっかりと。

 しだいに強ばっていた心がほぐれていく。雪解けの水のように智代の目の端から涙が一粒こぼれて、消えた。満足したのかふたりがゆっくりと見つめ合う。

「えへへ、もう迷わないからな。覚悟しておけよ、朋也」

「ああ、分かってるさ」

 清々しい智代本来の笑顔に、朋也も笑顔で応えてみせた。

 

 

 

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