| この街にはある噂が流れている この街にはある事件が起きてる 全身の血を抜かれて人が殺されるというオカルト染みた殺人事件 この事件の犯人は吸血鬼なんじゃないかというホラー染みた噂 人々は知らない 1年前に起きたゼロインダストリィ社崩壊事件で流れ出たウィルスが原因という事を… 人々は知らない ブラッディトランスを呼ばれるそいつらが元人間だという事を… 人々は知らない 人間の想像を遥かに超えたその人外の者達と戦っている者達がいる事を 人々は知らない 街角、街中で起きてるこの事件が大いなる厄災になるという事を… 1st seen―――ブラッディトランス 「どうだ水乃」 「古典的であまり成果の上がらない事だと俺は思う」 人々の行き交う大通りをビルとビルの間の通りから見つめる二人の男。 180を超える大柄な男の名は瀬戸和海。25歳、赤乃木高校の数学教師。 もう一人の男、とは言ってもまだ幼さが残る17歳の少年、赤乃木高校の2年生。名は水乃潤哉。 二人は同じ高校の通う教師と生徒という間柄なのだが、その本職とは別の仕事を持っていた。 その中のひとつが現在行っている人々のチェックだ。 数週間前から起き始めたひとつの事件を調べている。 「しっかし何で俺はこんな所にいるんだ…」 「ぼやくな水乃。よく言うだろ、犯人は必ず現場に戻ってくる、と」 「そりゃ普通の人間に対してだろが、化け物相手にそれが通じるのかよ」 「知らん。口を動かす暇があったら向こう見てろ」 はあ、と溜息をひとつついて水乃は大通りに視線を移す。 水乃と瀬戸の視線の先には相変わらずの人々の群れ。 学校も終わり、会社も終わり、道行く人々の顔ぶれは様々なものだった。 学校帰りの女子高生、定時終わりのサラリーマン、まだ仕事を抱えているのか慌ただしく駆けていくOL。 そんな人達を見ていると今やっているこの行為自体が無駄な事ではないのか、水乃はそう思うようになってくる。 「っつかさ、こんな所で張り込みとか気分がいいものじゃ無いよな…」 水乃達が今いる場所… ビルとビルの間にある狭い路地なのだが、数日前にこの場所で殺人事件が起きたのだった。 被害者は一人の女性、全身の血を抜かれるように殺されていた。 警察は今まで起きた同様の事件と同じく異常者の犯行と考えているが、真相はそんなものではなかった。 しかしその真相を知っている人間は少ない。 水乃が言ったようにこの事件の犯人は化け物なのだ。しかも人の血を好んで飲むという最悪の化け物。 そして水乃と瀬戸はそんな化け物を始末する為にネオファクトリーという企業に雇われた戦士なのである。 二人とも以前にその化け物『ブラッディトランス』に遭遇しており、そのブラッディトランスが残す痕跡を見分ける事が出来るという事で雇われていた。 「今回はここしか何もないからな。奴らも結構頭が回っているらしい、ノイズを片っ端から消していやがった。今回はそれこそ探偵染みた事くらいやらないと駄目だろ」 ブラッディトランスが残す痕跡のひとつにノイズという雑音のようなものがある。 視覚的ノイズとも言えるそれが現れると目の前の風景が歪むのだった。 しかし今回のトランスはそのノイズをほとんど消しているらしく僅かな痕跡しか残していなかった。 その為にいつも通りの調査が出来ず、数日前に死体があった場所で張り込むくらいしか手は残っていなかったのだ。 「…何しているんですか?」 張り込みを始めて2時間が経った頃だろうか、一人の女性が瀬戸と水乃に声を掛けてきた。 水乃達のいる路地の両隣は所謂オフィスビル。 夕方の薄暗い時間、春先の暖かいこの時期に黒い服で身を固めた二人は明らかに不振人物だろう。 「あ、いや、ちょっと何て言うか人を待っているというか…」 突然声を掛けられて水乃は戸惑ってしまう。 正直に「化け物を探してるんです」とか言ったら更に不振人物感を増大させてしまうだろう。 何とか説明をして張り込みを続けたかったが、考えれば考えるほど変ないい訳じみた言葉しか浮かんでこなかった。 「水乃、行くぞ。ここにいてもしょうがないだろ」 「え、あ、あぁ」 そんな水乃を見かねたのか瀬戸は水乃の腕を引っ張ってその場から離れようとする。 水乃もあまり深く考えずにその場を離れる。 水乃達を見つめる女性の視線が妙に鋭く、心に突き刺さる程だった。 「…完っっっ全に不振人物扱いされたぁぁ…」 流れに流れる赤くて黒い映像 白い靄のようなゆらゆらと揺れる影 それは徐々に色をつけ、形を明確にしていきヒトの形へと変化する 薄い肌色に目の見えない程目にかかる黒髪 白いブラウスに白いスカート 更にパーツが追加されていく そしてそれは唐突に崩れ落ちていく 糸の切れた操り人形のように 間接を繋いでいる糸を切断した人形のように しかしそれは人形ではなく…人間だった 壊れた人形のように崩れ落ちたその人間の手足から赤い赤い血液が流れ出す 終には崩れながらも繋がっていた手足がバラバラになっていく そして最後には首が転げ落ち、コロコロコロコロと一直線に転がってくる それが途中で止まり、前髪の間から見える瞳が睨み付けてくる 「おまえか、おまえが、わたしを、ころしたのか」 口元が弱弱しく動いた 音として耳には届かなかったがはっきりと頭に響いてきた 自分の手を見てみると赤く赤く染まっていた 赤い赤い血が手からポタリポタリと滴り落ちていた 「うっ……あ……」 あまりのおぞましさに声を上げるのも苦痛に感じる いつの間にか寝てしまっていたのか時計を見ると20時を指していた 家に戻ってきたのが17時少し過ぎ それからの記憶がないと考えると、帰ってきてからすぐに眠ってしまったらしい 外は既に暗くなっていた 空の暗さを見るとさっき見た夢の黒さが脳裏に蘇えってくる そして寝ていなくても襲い掛かってくるような赤い悪夢 「っっっっはぁ〜〜〜〜」 息を大きく吸い大きく吐く 幾分か楽にはなったが血の匂いが鼻に突き刺さる感じがする 手についた血の生暖かさを感じる 実際に血が出ているわけでもなく血が付いているわけでもなかった あまりにもリアルな色と感触が今現在も感じられる 「ここ最近…どうしたんだろう…」 ほぼ毎夜のように続く黒く染まったスクリーンに展開される赤い映像 見始めたのはいつの頃だっただろうか… 随分前だったような気がするし、3日ほど前からのような気もする 疲れているだけだ、と自分に言い聞かせる日が徐々に多くなっていった いつまでも白昼夢を見ているような感覚に脳が痺れるような感覚になる時もあった 「駄目だ何も解らない…」 考えれば考えるほど何も解らなくなってく まるで霧を掴むような水を掴むような 確かな感触もないままに異様なほどリアル染みた感触を手に抱えているようだった まさにつじつまの合わない感覚 火を触って冷たいというような、平和が一番と思いながらスナッフビデオを見るような 狂気と狂喜が一緒になっているような… おぞましくもありながらそれを自分が望んでいるような… 不快な思いと共に別の感情や感覚があるのは自分でも気がついていた そんな思いが答えを導き出す為の思考を邪魔して何も解らないという状況に陥っているようだった 「夜は…長い、まだまだ続くんだよ…」 不意に頭の中にそんな言葉が響いてきた 「そろそろいいか…」 路地から死角になる場所で瀬戸は足を止めて呟くと今までいた路地に目を向けた。 今まで水乃達がいた所にはさきほどの女性が立って辺りを見回している。 「うっわぁ…絶対俺らを探してるな、ありゃ」 「そうでもないかもな」 「どういう事よ?」 視線の先にいる女性が路地に入ると同時に瀬戸はその場から離れる 水乃もそれに続くようにして瀬戸の後を追う 「勘半分、もう半分はなんとなく、かな」 さっきの女性が怪しいと思った理由だ 全部勘ではないかと水乃は思っていたが、それ以上は何も言わなかった 意外と瀬戸の勘は当たる、今までもそういう事が何回かあったからだ だが瀬戸本人からしてみれば、それは勘とかではなく色々と考えた結果だった そして導き出された答えが「さっきの女は怪しい」という答えだった 「殺人現場に好き好んで自分から足を運ぶ奴なんていないだろ…普通さぁ」 「…確かに」 「普通じゃないってなら解らない…が 何となくあの女の雰囲気が普通と違ったから普通じゃないって事にゃなるな… ま、行ってみれば解るか…」 水乃と瀬戸がさっきまでいた路地に辿り着く 既にさっきの女性はその場にはいなかった。どこかに行ってしまったのだろう しかしさっきとは違う雰囲気がその場を包んでいた ジジ…ザ…ザザ そんな中ブラッディトランスの存在を示すノイズの音が聞こえる どうやらすぐ近くにトランスが出没したようだ 「こりゃ当たりだな…トランスが戻ってきたのか…」 水乃は咄嗟に懐に入れておいたデバイスへと手が伸びる だが瀬戸はそんな事は気にせずに路地の奥へ奥へと進んでいく ある程度進んだところで瀬戸は足下に落ちていた何かを拾い上げる 「おい水乃、ちょっとこれ見てみろ」 「何だ? 財布だな、しかもこれ女物か…?」 瀬戸は財布を開くと中の物を調べ始める その中から免許証を取り出すと、そこに記載されている内容を読み上げていった 「三井幸恵、あー…昭和54年生まれって事は26歳か、こいつはさっきに女だな 偶然なのかそれとも違うのか…ノイズはこれからも出てるな…で、マンホールへ続いてる、と」 「あの女がトランスって事か…?」 「それもあるかもな、後はトランスに襲われた、か…」 言いながら瀬戸は力任せにマンホールをこじ開ける。 ガコン、と鈍い音がしてマンホールの蓋が外れる。 「どっちにしろ早く行った方がいいな、行くぞ水乃」 「おうよ」 二人はマンホールの中に飛び込み小型の懐中電灯で中を照らす 下水道の中の構造というものを知っている訳ではなかったが、見回してみる限り特に変わった所はなかった ただひとつ普通とは違うという事がはっきり解る事があった。 それは下水道内を取り巻くように流れるノイズの渦だ ブラッディトランスという存在がなぜノイズを発するのかは解らない 曰く憎悪の象徴として発しているとか… 曰く人間の脳が身体の各所に電気信号を送るのだが、トランスの場合はそれが強過ぎてノイズとして現れるとか… ネオファクトリーの研究員の中にはトランスはデジタルな存在ではないかと言う者もいた 色々と憶測はあるものの、ノイズを発する者はトランス、と定義付けられるのは確かだった トランスと普通の人間を見分けるのも、トランスの足取りを調べるのも今はこのノイズに頼るしかないのだ 「濃いな…」 ノイズを辿る様にして下水道内を右に曲がり左に曲がりトランスを散策していく 5分ほど歩いたところで急にトランスの気配が強くなっていった 瀬戸とは違いノイズにあまり敏感ではない水乃ですらその存在を、気配を感じる事が出来るほどだった それと共に何とも言えぬ異臭が漂ってくる 「そこ右な」 「言われなくても解ってる。 鈍感な俺でも解るぜ、尋常じゃない、異常だって事くらい… しっかしなんだ、この匂いは…下水の匂いじゃないな」 「そこを曲がったら腐乱死体がたっぷり…なんてな」 「黙れ馬鹿教師、洒落にならねぇ…」 それからは無言の時間が続く 異様な雰囲気が発せられる場所までおよそ100m程だ しかし、体感的にはその何倍にも感じられていた まるで来る者を拒むような、そんなオーラが発せられているようだった 水乃と瀬戸の二人はゆっくりと足を進め、永遠に続くように感じられる100mを歩き切る 「そう言えば知ってる?」 前を歩いていた2人組の女性が何やら話している それほどまで大きな声ではなかったがはっきりと耳に届いてきた 人々の雑踏に消え入りそうな声であったがはっきりと耳に届いてきた 「また行方不明だって…」 「え? またなの…?」 最近立て続けに起きている行方不明事件 吸血殺人と同じくして起きたひとつの事件 最初に起きてからは、ほぼ1ヶ月周期で起きていた事件だったが、最近になって頻繁に起きるようになっていた 「また、か…一体何が起きてるんだろう…」 夜の街を歩きながら考えるが何も解る筈が無かった ただアテもなく街を歩いてみるものの流れてくるのはいつもと変わらない風景 華やかに彩られた電飾と物音ひとつ聞こえてこない商店街 徐々に活気付きある歓楽街、大量の人々を吐き出すように佇む駅 くたびれたスーツを着て家路に急ぐサラリーマン、信号待ちをしているタクシー運転手 全てに置いて何も変わらない風景と日常 ――ジジ…ジジザ… だが何かが変わっている日常 特に最近になってからはラジオで聞くようなノイズ音が聞こえるようになっていた 始めの内はただの空耳かと思っていたが 日に日に聞こえてくる回数が多くなっていき、最近では殆ど毎日のように聞こえていた それと共に見える歪んだ風景 変な夢を見るようになってきた時から続く不可解な現象だった しばらく歩くと黄色く長い物が見えてくる それには『KEEP OUT』と書かれていた 警察が進入禁止の場所などを囲うために用いているものだった しかしそれは本来の使い方をされておらず、引き千切られて捨てられていた その切れ端はすぐ近くに残っていた 見上げると電気ひとつ付いていないビルが聳え立っていた ここで何か事件が起きたのであろう、ビルへ入ることが禁止されたと思われる 隣のビルにいたっては3階から上が崩れてなくなっていた その崩れたビルには『ゼロインダストリィ』と書かれている 「…この辺りに人がいないわけだ…」 ――ザザザ…ザ…ザザザザザザ! 不自然なまでの、今まで聞いた事のない程の大きさのノイズ音 その音源は崩れたビルの中から聞こえてきた 実際には聞こえてはいない、聞こえているのではなく感じている 例えて言うなら頭の中に直接響いてくるような感覚 そして何より今まで感じたことのない不快感を覚えた それに反応するように脳が痺れるような、頭に靄がかかったような、軽く甘い感覚に包まれる 血の一滴まで麻酔に変化してしまったかのように体中の自由が利かなくなる 「あ…あ、あ…」 狂いそうになる自分をどうにか押さえ込もうとした 身体の痺れが弱まり、身体の感覚が戻ってくると心地よい気分になってくる 「っ!! ぁ…っぐ!」 そうなると体中の血液全てが麻酔から麻薬に変わってしまったように感じる 腕を動かす度に、足を動かす度に、頭が揺れる度に、何とも言えない心地良さが背骨から頭の頂点まで走りぬける それに伴い、保っていた人としての意識が徐々に違うものになっていく それに伴い、保っていた人としての形が徐々に違うものになっていった… 「う…っわ…こりゃひでぇ…」 下水に流れる汚水よりも鼻に付く匂い 人の血液の匂い。水に浸かって腐敗した人体の匂い だが、それ以上に突き刺さるような殺意がひしひしと伝わってくる 「危ねぇ! 水乃!」 「おわっ!?」 殺意が動く 影が躍る 幾分か遅れて風が走る 「隠れてたか、コノヤロウ!」 瀬戸に突き飛ばされた状態から体制を立て直し叫ぶ そして内ポケットから取り出した閃光ボトルを取り出し、壁に叩き付ける 閃光ボトルから放たれる光に照らされて、2人を襲った影の正体が明らかになってくる 「はっ! まさか節足野郎とは思ってみなかったぜ…」 明かりに照らされたトランスの姿に瀬戸が軽く笑う 180cmを超える瀬戸よりも大きい身体を持った蜘蛛がそこにはいた 「っわぁ…赤と黄色の斑模様が素敵ですねお客さん、ってか、うおっ!?」 通常、普通の蜘蛛が糸を出す部位からこのトランスは針の付いた管を伸ばす その管は水乃に襲い掛かるが、紙一重で水が避ける 「っし、初仕事だ、デバイスの調子はいいんだろうな水乃」 「問題ねぇよ、んじゃいきますか!」 瀬戸と水乃は内ポケットから金属製の装置を取り出す それを展開し、腰に装着する 「いっくぜ、変身!」 「…変身!」 2人のその言葉と共にデバイスは更に展開し、眩い光を発した 〜to be next seen |