| 力が必要だ ドゥエガーはそう言った 強大な力に対抗しうる程の力が必要だと モロクの街をカグラの手から取り戻す為の力が必要だと だけど僕は… 無駄な争いはしたくない、でもそれは単なる理想 この街だけじゃない、僕がいた世界だって強大な力を振り翳している人々は沢山いる それが武力だけではなく、お金の力だったり権力という力だったり 今ここで戦う事は間違っているとは思わないけど… 傷付き傷付けな生き方なんてあまり好きじゃない 「どうした、何を考え込んでいるんだ」 剣を手にしながらそんな事を考えてると、備前先生が声をかけてきた 夕暮れに染まるモロクの街はさっきの惨状を思い出してしまう 赤く染まる剣を鞘に収めると僕は備前先生の方へと向き直った 「カグラを倒してこの街を救うって行為は… カグラがしてるような事と何が違うんでしょうか? こっちも武器を手にして戦いを挑むわけでしょう? 力で押さえつけるカグラと何が…」 きっとこれは僕の本心なんかじゃないってどこかで気付いている だけど聞いておきたかったのだと思う 一言言って欲しかったんだと思う 違う、と 僕達とカグラは違う存在なのだと。この戦いの先に光があるものなんだと りあらぐ 第9話 「救うとか救わないとか俺は別にどうでもいいんだ 何が正義とかってのは勝者が言う言葉だと思うしな、お前は英雄にでもなりたいのか?」 僕の目を真っ直ぐに見て備前先生は言った 言っている事はよく解らない。僕のした質問とは別の答えのような気がするから だけどそこの答えはあると思い、僕は答えた 「違いますよ。この世界の僕は何故か知らないですけどラグナロクの世界で生き抜く為の力を持っている そして苦しんでいる人達がいる。じゃあどうしたら…僕に何か出来る事があれば…って」 「別にそれでいいじゃん、まずお前とカグラじゃ目的が違うだろ 持ってる力も違えば人格も違う、生まれも違うし名前も、年齢も、体つきだって違う 相違点が多過ぎだろ。力で力を制する事なんて日常茶飯事だろ? それが支持されるかされないかは別としてな」 「よく…解りません」 僕の言ったこの言葉は多分嘘 何となくだけど備前先生の言いたい事は解ってきた 言いたい事は解ってきたけど言いたい事を理解して受け入れる事はまだ出来ない どうしてもネガティブに、悪い方向へと考えが行ってしまう 「お前はカグラのやってる事が許せるのか?」 「それはっ…! 絶対に許せないと思います。多くの人達が…」 「俺もそうだ。許せないって言うか、瀬戸の言葉じゃないが気に喰わない 確実に間違っちゃいない事は奴等が悪だって事だ。それで十分だろう」 そう言って備前先生は僕の頭に手を置いて笑った これ以上考えるのはよせ、という事だろう 備前先生の言葉を聞いて少しは楽になったような感じだった 力を行使する事で人を不幸にするか幸せにするか… カグラのしている事は前者だろう 現に多くの人達が傷付き、悲しみ、絶望していた そんな状況からみんなを解放出来れば…きっと僕の力はカグラのそれと違いが出てくるだろう 元の世界に戻れる手立てがない今はあまり迷ってもいられない 何でこんなにも僕はカグラと違う存在になりたいか 備前先生の言葉を聞いてそんな疑問も晴れたと思う それはカグラが悪だという事だからだろう 正義というものは勝者が決める事だが… 悪という存在は悪のままで決定付ける事が出来る 人々に恐怖を与え、悲しみを降らせ、絶望を抱かせる存在は悪だと決め付ける事が出来る 何か理由があっての事かもしれないが、他人を踏み台にしていいという事はない 僕はそんな事は出来ないし、しようとも思わない 時には痛みを知る事も必要だと思う 戦う事も…力を行使する事も、今の僕にはきっと必要なのだ そう思うと少し心が軽くなったような気がした 日も沈み少しその身が欠けた月が昇る時間 カグラとアディックは数人の男達を引き連れて、モロクの街の中心部へと来ていた モロクの街の中央部には何に使用する為のものか解らない建物が建っている 旧時代の建造物かと思われるその建物の周りは、カグラの力によって蘇った泉が湧き出ていた モロクの街が建造された時に建てられた物らしいのだが、何の目的があってそこに佇んでいるのかは解らない 「何とか間に合ったな…」 馬車から降りたカグラが空を見上げながら言った それに続き数人の男達が馬車から降りてくる 「んー! んー!」 そして最後に体中を包帯のような白い布で身動きを取れないようにされた少女が下ろされる 首から下は布でがんじがらめ、口には猿轡をされている 少女の顔にはこれから行われるとある儀式に対しての恐怖が浮かび上がっていた 「光栄に思うがいい、オシリス神への捧げ物へとなれるお前の運命を」 カグラは懐から古びた鍵を取り出すと、それを鍵穴へと差し込む カグラが来る前にはこの建物内への侵入は自由だった しかしなぜかカグラがこの街に来てからは扉が堅く閉ざされてしまっていた 石畳を擦る音と共に扉が開かれる アディックは松明に火をつけ、一番に建物の中へと入っていった 建物内には足音と少女のうめき声だけが響いていた 少女を担いで運んでいる男達はそんな事を気にする事なくただただ歩いている そしてカグラとアディックも… 少し歩いた所で行き止まりへと辿り着いた カグラは壁にはめ込まれているレンガをひとつ押し込む ガコンという音と共にレンガが奥に入り込み、壁が左右へと開いていった 「さてアディック、時間がないから早目に始めてくれ」 「解りました」 アディックは男達に目配せをする 男達は無言で担いでいた少女を部屋の中央の台座へと運ぶ 台座の周りはモロクの泉から湧き出ているであろう水で満たされていた 深さは解らないが底が見えない程に深いという事だけは解る 「それじゃ始めます」 アディックは台座の両隣にある灯篭に火を灯した そしてカグラのもとへと戻り、古文書と思われる本を取り出し呪文を詠唱する 灯篭の炎がゆらゆらと揺れ始め、台座の周囲の水が紫色に染まっていく 「んんんんん! うー!! んー!」 その水は意思があるかのように台座を登っていった 少女は身動ぎソレから逃げ出そうとするがかなわない 紫色の水は徐々に少女の体へと登っていき、取り囲み、最後には少女を埋め尽くす 「クックック…流石長い間封印されていただけの事はある。食欲旺盛だ」 その光景を見ながらカグラはこれ以上に楽しい事はないといった表情を浮かべた その横ではアディックが無表情で呪文を唱え続けていた 「これでほぼ準備は整ったな」 紫色の水が元の場所へと戻っていき、透明な色へと戻っていく 台座の上には少女の姿は無い さっきの水に喰われたからだった 「後は満月の夜を待つだけですね」 アディックは古文書を閉じ、それをカグラへと渡す オシリスを完全に復活させるのに必要なものはほぼ揃った オシリスの血と肉になる為の生贄 オシリスを従える為の魔法書 そして最後に オシリスをこの世に完全に降ろす為の満月の魔力 「後2日か…楽しみでしょうがない」 満月の夜まで後2日 カグラの野望が実行に移される日が近づいていた 〜次のページへ〜 |