| 「早くしろ…早く起動しろ…」 俺は家に戻るとすぐさま自分の部屋のパソコンの電源を入れた 俺のパソコンの性能は良い方ではなく、起動するまでに結構時間がかかる 今ほど自分のパソコンの起動の遅さを恨めしく思った事はないだろう 見慣れた壁紙――俺の好きなミュージシャンのHUSKING BEEの壁紙が表示され、MSNメッセンジャーが起動される パソコンを起動する度にメッセンジャーが起動するようになっていたっけ… たかだた十数秒の事なのだが、やはりそれも恨めしく思う 「おっせーんだよ…っと…さて」 俺はスタートメニューからインターネットエクスプローラーを起動させる お気に入りから検索エンジンであるgoogleのページに行き、キーワードを入力する 「選ばれ…し者……の…楽園…と」 そして検索ボタンを押す だが出てくるのは『存在しません』の文字だ 絞り込みすらしてないのに存在しませんって…? おかしい…何でいきなり存在しません、なんだ この単語のどれかは引っかかるんじゃないか? なのに何で何も引っかからない 平仮名や片仮名を混ぜて検索を続けても一向にヒットしない ラグナロク関係のサイトからリンクを辿ってみたがどこにも存在しなかった 「おかしいぞ…どうなってんだ……」 キーボードを叩きマウスを乱雑に置いた ふと画面の端を見ると、メッセージを受信しているのに気がつく 差出人は『R.G.S』となっていた。誰だ、こんな名前の人をメッセンジャーに登録した覚えはないけど とりあえずクリックし、窓を表示させる メッセージウィンドウには簡単な一言が書かれていた 『切羽詰っているようだね?』 確かに切羽詰った状況だが 差出人は一体誰なんだ? アドレスを見ても見覚えがない 『失礼ですけど、どちら様でしょうか?』 と返信する R.G.Sからの返信はそれから10秒と経たずに返ってきた 『あなたの協力者ですよ』 『協力者?』 『最近この街で広まっている奇病について調べているんですよね?』 『奇病? そんなものは調べていないけど』 『実は調べているんですよ あぁ、解り易く言えば…ラグナロクオンラインというやつですかね』 『…誰だ、お前は誰だ? 何を知ってるんだ? 目的は? 何で俺のアドを知ってる』 『詳しい事は今は言えません が、もし私に協力してくれるのであれば…ご友人を助けるのを手伝ってもいいですよ?』 『信じると思うか?』 『…いや、あなたは絶対、私に協力してくれる筈です。 そして気付いている筈です。 ラグナロクオンラインという名前を出した時点で気が付いている筈です。 何が起きたのかということも実は気付いています。 だけど信じていない、どこかで一線を引いてしまっている、非現実的なこの状況を受け入れていない。 私が言ってあげましょうか? あなたの友人はラグナロクオンラインの世界に入り込んでしまった、と これで信じます? それとも信じられません? あなたと同じ境遇の私を信じられませんか?』 さっきまでと違って威圧感のある文章が送られてくる そしてそれを読んで俺は納得してしまっていた 守と美香がラグナロクの世界に入り込んでいる事を信じてしまった 目の前であんな事が起きなければR.G.Sの事なんてただの冗談で片付けたかもしれない だけど… 『信じて大丈夫かよ? 俺は絶対に守達を助けたいんだ…』 『それでは…まずあなたの友人を助ける事を優先させましょう それから私の話を聞いてくれてもよろしですが?』 『解った、本当に助けられるなら…俺もお前に協力してやる』 少し考えたがさっきまでの、何も手掛かりがない状況からは随分の進歩だ それに、先に守達を助け出す事を優先してくれるのはありがたい もしR.G.Sの言ってる事が本当なら何も知らない俺一人よりも、R.G.Sがいた方が心強い 俺はキーボードをゆっくりと叩き、ある一文を送信した 『まず色々な事を知りたい、教えてくれ』 と 体が重い 水のような物が体の上に乗っているようだ ゆっくりと目を開ける 「………」 僕の上には誰かが乗っていた 乗っているというより、僕の上で寝ていた ……猫だ しかも真っ黒な黒猫 「僕は……」 その黒猫を見ながら呟いた 猫は目を覚まし大口を開けて欠伸をした 何とも愛嬌のある猫だ で、誰の猫なんだろう…そしてここは…? 僕は身を起こしてベッドから起き上がる 体にダルさは残ってるけど特に不調は感じなかった 「…助かったんだ…」 何とか生きているようだ 頬を抓ったが痛い、生きてる、今日は頬を抓ってばかりな気もする 現代日本には合わないようなこの建物の内装も夢じゃないんだ 僕は扉を手で押し、外に出る 辺り一面には石造りの建物と石畳があった その脇を流れる水とエジプトの砂を彷彿とさせる黄色い砂 ここは…モロクだ、砂漠の街モロク 僕はモロクに辿り着いたんだ…途中の記憶はないけど 梶原の姿も見えないし…いったい何があったんだろう ――ニャァーン 僕の背後でさっきの黒猫が鳴いた 励ましてくれてるのだろうか、そんなにまで僕の顔は暗かったのかな 不吉を呼ぶと言われてる黒猫に励まされるなんて… 「そうだね、僕は大丈夫だから」 大丈夫だ うん、大丈夫、生きてる 生きてればきっとどうにかなる、希望は持とうね、希望は 〜次回へ続く〜 |