| 『OK、こっちは所定の位置についた』 モロク中心部、元お城だった場所かと思われる建物の後ろに身を隠す 今聞こえてきた声は瀬戸先生の声だ 隠密行動故に声は出せない。今聞こえてきた声は頭に直接響いてくるものだった 一時的にドゥエガーが作成したギルドに今僕達は入っている つまりはギルドチャット。念じるだけでギルドに入っている人達全員に声を送れるのだ 「どうした、大丈夫か?」 備前先生が会場の方に目を向けながら言った 備前先生の手は僕の肩に置かれている 「大丈夫です」 僕は備前先生と一緒に建物の右側に身を隠している 梶原と瀬戸先生は僕達とは逆の場所にいる 挟み撃ちを狙う形だ 全員がタイミングを間違えずに行動しなければ失敗してしまう恐れがある 大丈夫、と備前先生に言ったものの本当は凄い緊張している 備前先生は多分それを知っているだろうから僕に声をかけてくれたのだろう 「なぁに、俺だってこんな事今までやった事ないから」 「普通そうですよね…」 普通の人が普通に生活してる分じゃこんな事には巻き込まれない ゲリラ戦を行うとか日本じゃ考えもしない事だ 「なるようになるさ、時間までゆっくりしようや」 「はぁ…」 そう言って備前先生は壁に背をつけて座り、タバコを取り出して口に咥えると火を点けた 演説の中盤辺りで民衆の中に潜り込んだ工作員が事を起こすまでまだまだ時間はある 僕も備前先生の横に座り吐き出される煙を見つめながら何をする訳でもなくボーっとしていた 僕達が待機している所まで人々の歓声が届いてくる どうやらカグラが現れたようだ。空気が揺れているような感じがひしひしと伝わってくる 否応なしに戦いが既に始まった事を再確認出来た 「これほどまでに多数の民が集まってくれた事に、私は深く感謝している」 モロクの中央に出来た特設会場 地下から湧き出る泉の前に作られたその会場には沢山の人々が集まっていた 人々の歓声を割って響いてくるカグラの声 人々の歓声はカグラの声に合わせて徐々に大きくなっていった 「先にも話したように、私にはとある目的がある 我等モロクの民が住まうこの地を更に発展させる事だ 今現在、ルーンミッドガッツを統治しているのはプロンテラの王トリスタンである」 カグラは大きく息を吸い、視線を遥か先にあるプロンテラへと向けた その姿を見入るように、会場は水を打ったように静かになった 「プロンテラに程近い都市、イズルートやゲフェンはなぜあれ程までに発展しているのか? なぜモロクはこうも廃れているのか? 皆は考えた事があるだろうか…… 単にプロンテラとの距離が離れているからだと思っているだろうが――― それは間違いなのである。 トリスタンは恐れているのだ、モロクという街に眠る神の力を恐れているのだ オシリスを復活させる事が出来ればトリスタンに代わって私が覇権を握るのは容易い事」 選民主義に取り付かれた男・カグラの演説は徐々にヒートアップしていく 早い話がピラミッドに奉られているオシリスを復活させ、プロンテラに攻め入ろうという考えなのだ トリスタンがモロクという街を恐れているかどうかというのは別とするが ゲフェンやイズルートのような発展を見せてはいないのは事実だった モロクの街がある場所が砂漠という事もあるのだが、他の街のように開発があまり行われていない しかし街に住んでいる殆どの人間は今の生活に不便をしている訳では無かった プロンテラに攻め入ろうというのはカグラ自身の為 トリスタンを亡き者にしオシリスが眠るこの地をミッドガッツの中心部にしようと企てているのであった 「…どうした、アディック…」 演説も中盤に入った頃、裏に控えていたアディックが会場の中―――カグラのいる場所まで走ってきた アディックはカグラに耳打ちをする カグラはそれに納得したような表情をするとアディックと一言二言言葉を交わしアディックを下がらせた 『ヤバイぞ…俺等の計画がバレたかもしれない…』 頭に響く声 人々に紛れて演説会場に潜り込んでいた人達の一人からだった 「どうやらよからぬ事を企んでいる者が潜り込んでいるようだ」 それと同時に会場内に響くカグラの声 僕と備前先生は会場へと視線を向ける そこには数人の憲兵に捕まった僕達とは何の関係もない人が立っていた 僕達の他にも騒ぎを起こそうとした人がいたようだ 「ふむ…丁度いい機会だ、皆の衆にもオシリスを見て頂こう、アディック!」 「はい」 『どうする? 行動に移すか?』 ギルドチャットを通して瀬戸先生の声が聞こえてくる 正直僕もそろそろ出て行った方がいいように思える どうにも嫌な胸騒ぎが… 『…少し様子を見よう、計画してたタイミングを崩すのはまずい』 今度はドゥエガーからギルチャが入る 会場の外、スラムで一番高い建物の上から会場を見渡しながらドゥエガーは指示を出している この計画を考えたのもドゥエガーだし、ここは従うべきだけど 「闇の奥の漆黒よりも深き憎悪を纏いし古の神よ… …我、汝の血肉とならん甘き赤い蜜を携えし者なり この声汝に届くならば、その姿―――今ここに!」 アディックの声に反応するかのように、泉の水が波立ち紫色に変色していく アディックは手にしていた本を閉じるとカグラにひとつの指輪を渡す それを受け取りカグラは指に通す 空気が脈打つような感覚がする。嫌な物が全て泉に収束していくような感覚がする 「さて、その前にひとつお話をしておかねばならない事があります」 「何だ? アディック」 「実はひとつふたつカグラ様…いや、カグラに嘘を言っていた」 「何を言ってるんだ!?」 「後数人の生贄でオシリスが復活するってのは嘘だ オシリスという思念を具現化する為に必要な血肉は既に事足りてるのだよ むしろ過剰なくらいさ。もう必要はない。後は仕上げだけなのだ」 「どういう事だ!?」 何か様子がおかしい アディックとカグラが何やら言い争っているようだ いや、アディックの方は冷静でカグラの方が一方的に大声を上げているような感じだった 「それと、今渡した指輪だけどな… そんなんでオシリスは操れないよ。というかそれが最後の仕上げ オシリスは魂を持っていない、魂を持たせる為には……」 「まさか……この私が…」 「そう、具現化した思念をカグラの肉体に宿らせるのさ その指輪はオシリスと器を繋ぎ止める為の物、つまりお前はオシリスの器になるんだよ」 「き、貴様!」 「話が長くなった……そろそろ…グッバイ」 「アディック! おのれぇぇぇぇぇ!」 アディックの放ったナパームビートによって吹き飛ばされるカグラ カグラの体は紫色に変色した泉の中に吸い込まれるようにして消えていく …何が起きたのか僕は少しの間理解出来なかった アディックがカグラを泉に落としたというのだけはどうにか理解出来たけど… 「あれだけ入れ込んだオシリスと一緒になれるんだ、幸せだろ?」 『…ちょーっと思ってた事とは違うようになったみたいだな』 「さて、ドゥエガーには悪いが……臨機応変で行かしてもらうか、な?」 備前先生は咥えていたタバコを放り投げ、壁に立てかけておいたアークワンドを手にした 僕も慌てて腰に提げていたツーハンドソードを手にする 計画が失敗しないように気を張ってたのに計画が全ておじゃんになってしまった だけど流石にアディックがカグラを裏切るような事は予想していなかった 「しっかり気ぃ張れよ村瀬!」 「は、はい!」 僕は備前先生の後に付いて、アディックのいる会場へと飛び出していった 〜次回へ続く〜 |