| 空気が軋む音が耳まで響く 光を遮るように空気が軋む 全てを拒むように時間が止まる 暗く閉ざされた地下の一室に現れたのは漆黒の衣に身を包んだ一人の女 手には長い時間を共に過ごしてきた相棒とも言えるロングメイスを握っていた 真っ暗な空間に響くのはその女の足音と時を刻むのを忘れた場所に響く歯車の音のみ 音がする方向は解らないがその音は―――ひとつじゃなかった 正確なリズムを刻み規則正しく音を発しているが、その音はいくつもの音が重なり合っていた ―――ガチガチガチ…ギギギ ―――ガチガチガチ…ギギギ ―――ガチガチガチ…ギギギ 「辛気臭い所には辛気臭い人間が居つくものか…」 「…早いな…すでにこの場所が割れていたのか」 暗闇の先にいる影との対話… 座り込んでいただろう影が立ち上がり指を一回鳴らす 壁に備え付けられていた燭台全てに火が灯る 血よりも鮮やかに赤く光を浴びて映し出される一人の男はファントムマスクの男 先日プロンテラでカイゼル達が応戦したウィザードだった 第73話 「元人形作成師…ベイル・フロウ… 死体遊びが趣味になったのか? 道を外れたのは自分の意思? それとも…」 「セラフィックゲート創始者、元アサシン、元ハンター、元セージ… 解るのはそれくらいか、いや…それだけか…それ以外は何もかもが不明…お前は何者なんだ、ユツキ・エイス」 お互いがお互いの事を語り合う そして共にそれを発している肉体は人の物ではあるが 過去という情景を脳内に描いているのは別のものであった 解り易く表現するならば、記憶だけは他の何かの物であるという事 「不明? 今不明と言ったか? お前は私を知っているだろう? 本能で私が何者であるかを感じ取っているのだろう? ユツキ・エイスという肉体の中にある別の波動をその身で感じてるのだろう? 受け入れられた知識と知恵と魔力と技術の中に蠢くワタシを知っているだろう!」 ユツキはロングメイスを両手で握り締め、地面を軽く蹴って狭く薄暗い空間を駆けた 闇のエンペリウムの力をその身に宿した事によって得た能力がユツキには備わっていた 古代呪文-エンシェントスペル-という太古の技術 ユツキが得ていた力はクラスチェンジと呼ばれる能力 通常、普通の冒険者はノービスの卒業と同時に一次職と呼ばれる職業に就く その後の二次職は一次職によって変わっていく 職業によって得られる力が違う為に、別の系列へと変化出来ないからだ 闇から闇へとその姿を現すアサシンは騎士になろうと思ってもなれない 神の力を借りるプリーストの魔力が高いからといって、複雑な術式が必要なウィザードにはなれない 力があっても騎士がブラックスミスになることも出来ない 自分で選んだ道の先はある程度決められているのだ しかしユツキは違った アサシンの技を使いこなす技術を ウィザードが長い年月をかけて編み出してきた術式を ハンターに備わっている高い集中力を その職業に就く為に必要な力と能力を瞬時に備える事が出来るのだ 「流石は一級品だっ! だが私とて貴様に易々とっ!!」 ベイルはマントを翻しユツキの放ったロングメイスの一撃を避ける そしてすぐさま魔法の詠唱に入った 常人のレベルなら術式を組み立てるだけでも相当な時間がかかる魔法の詠唱 大魔法と呼ばれるそれは膨大な精神力と膨大な詠唱と膨大な術式が必要となる しかしベイルはそれを気にもしない風に詠唱を続けていた 湿った地下の部屋の空気が急速に冷え始める 白いモヤが足元を覆いつくす 地下室の温度はすでにマイナスになっているだろうか 燭台に溜まった溶けた蝋燭の蝋が一瞬で凍り付いていた 炎さえも凍らせてしまいそうな勢いだ 「惜しい…極普通に日々を過ごしていれば名のあるウィザードとなっただろうに… 惜しい…本当に惜しい、何で道を外れてしまったんだ…」 ユツキは頭上に生成されていくひときわ冷たい霧を見上げながら呟いた ベイルという男はこんな狂気に走るような男ではなかったはず 優しく、家族思い、身体の弱い娘が倒れた時など一晩中看病をしていたほどだ しかし、逆にそんな性格だから堕ちてしまったのだった 一人で思いつめるタイプ。それがベイル・フロウという男の性格 娘を溺愛するばかりに徐々にその道を外れていったのだった 「道を外れただけならまだいい… 一番最悪な事は…自ら闇のエンペリウムを求めた事だ!」 |