部屋に戻ると俺はすぐさまベッドに寝転がる
サルバとユツキにテスト範囲の勉強を見てもらったのはいいが、滅茶苦茶疲れた
何かと専門用語が出てきたせいで覚えるのが大変だった
どうせテストの時間までしか覚えてないと思うが…

「うん…あ、そう…それじゃ仕方ないね」

寝転がりながらぼーっとしてると、エルリラの話し声が聞こえてくる
どうやらIDカードで誰かと話しているようだ
そんな事より明日のテストの方が俺には重要だ
夕食が終わったら猛勉強が開始される
今のうちにダラダラ出来る分はダラダラしておかないと…


第64話 テスト前日の騒動


夕食を終えて食堂を出ると談話室の方が騒がしかった
言い争い、というか何やら押し問答をしているような声が聞こえてくる

「いや、だからこれ飲んでくれないと!」

「そんな内容物がなんだか判らない物を私に飲めと!?」

妙に気になって談話室の中を覗いてみるときつねと見た事のないアルケミストの二人が揉めていた
談話室にいる他の奴等は遠巻きに二人のやり取りを見守っていた
と言うより、巻き込まれるのが嫌で近寄りたくない、関わりたくないから二人から離れているのだろう
当の本人達は周りの状況なんて見える筈もなく、ただただ押し問答を繰り返しているばかりだった

「じゃあまず、マヨに飲ませてからってのはどう?」

「私かよ!?」

ソファーに寝転がってたマヨ犬が飛び起きる
そうか…マヨ犬にも苦手な物があったか
だがそのアルケミストはきつねの言葉にも耳を貸さずにグイグイと瓶を持つ手に力を入れる
…っ!?
と、そこで嫌な記憶が蘇ってくる
目の前にいるアルケミストの持つ瓶の中の液体に見覚えがある
紫色に変色した液体…いや、混合されたポーションに見覚えがある
蘇ってきた記憶は徐々に形を作り、色をつけ、その日体験した事を明確にしていった

「よく見ればそれ、前回作ったやつと同じじゃない! 失敗作でしょ!」

「ちょっと違う、少し入れるもの変えたから大丈夫………きっと」

「今小声できっととか言ったなー!? まず自分で飲んでからにしないさいよー!」

一旦二人は距離を置き対峙する
そのまま談話室のほぼ中心に置かれているテーブルの周りを回り始めた
互いの視線が交差する
この二人が真っ向からぶつかり合ったらどっちが勝つのだろうか
接近戦ではアルケミストの方に分があるだろう
ウィザードは魔法を使うのに詠唱が必要だ。その隙に攻められたら…

「ふっ!」

「はぁぁぁ!」

二人が同時に腕を伸ばす
両方ともお互いの腕を封じようと必死だ。手を繰り出すスピードが速すぎて俺達には目視出来ない
二人の手と手のぶつかる音だけが辺りに響き渡る
それだけでも驚いたがそれ以上に驚いたのがきつねの体捌きだった
ウィザードだというのにその身のこなしは相当なものだ

「こりゃあ解らなくなってきたぜ…」

そんな台詞も聞こえてくるくらいだった
ってか遠巻きで見ていた他の奴等はトトカルチョなんてものを始めている
それでいいのか…

「くぅっ!?」

先に体勢が崩れたのはきつねの方だった
どうやらテーブルに足をぶつけて体勢を崩したらしい
小指か…足の小指をぶつけたのか、さぞかし痛かっただろうに

「もらったぁぁぁ!!」

その隙を逃さずに、アルケミストは手にしたポーションをきつねに向かって投げつける
超至近距離で投げる必要はあるのかと問いたいが、手元を離れてしまったポーションを止める術はほぼない

「え…?」

だが、投げつけられたポーションが入った瓶はきつねに当たる事なく俺に命中した
よく見るときつねは膝だけを曲げて上体を逸らしていた
無茶な体勢だと思うがそれもありなんだろう

「あーらら…」

きつねが上体を起こし俺に視線を投げかけてくる
冷たいっす、きつねさん
見てないでタオルとか欲しいんですけど…

「…あー…私そろそろ行かなきゃだ、それじゃまたねー!」

「ちょ、ちょっと待てぇ!」

俺の呼びかけも空しくアルケミストは速攻で談話室を逃げ出し寮を出て行く
俺のこの怒りとも言えぬ不快感とも言えぬ妙な感情はどこにぶつければいいんだろうか
しかも浴びせられたポーションは例のごとく謎ポーションというのも問題ありだ
例え飲まなくても何かしらの影響が出るんじゃないかと思ってしまう
いや、絶対に起きると思う

「……風呂入ってきます…」

とりあえず、一刻も早くこの有害な液体を洗い流さねば
俺は他の奴等と目を合わせないようにして素早く部屋へと戻った
何て言うか……
物凄く見られている気がしたからだ
…肌に張り付く衣服が気持ち悪い…