「以前のノウハウがあってなのか…中々にしていい出来です。
が、所詮は機械人形…ある程度の水準以上の動きは期待出来ませんね」

男爵のソードメイスによって吹き飛ばされたレインが地面を滑る。転がる。
壁にぶつかった衝撃でレインは口から赤色の液体を吐き出す
が、それは血液ではなかった
その赤い液体は地面に触れると煙を上げて蒸発し、辺りには何とも言えない匂いが充満する

「…え…あ…機械…人形って…」

突然の展開に俺はついていけなかった
機械人形…? 昔出会った少女の面影を持つそれは人間ではなく人形…?
え…っ?


第59話 夕食前の戦い


「一撃…か、なるほど、流石、素晴らしい、何とも見事
私の理論ではいい勝負が出来ると思っていたが…いやはや何とも…」

ウィザードは困ったような仕草を見せ、顎に手を当てしばし何かを考えていた
困ったような素振りは見せているが実際はそうでもないようだ
ファントム仮面の隙間から見える目は笑っていた
というよりにやけているようにも見える

「諦めて引くもよし、無駄な抵抗をするもよし
ご自由のお選び下さい? …もっとも…どっちも許しませんが…」

そう言って男爵はまたソードメイスを構え直す
辺りを包み込むような殺気が男爵から放たれた
また先程のような攻防が繰り広げられるのかと思うと恐怖すら覚える
普段はこんなに殺意と敵意を前面に押し出した男爵なんて見た事がなかった
多分そのせいもあると思う。普段の男爵とのギャップがとてつもなく激しいのだ

「仕方ない……」

ウィザードは壁に激突して動かないレイン…いや、機械人形に近付き、胸に手を突き刺す
機械人形の体が一度だけビクンと跳ね上がる
機械人形の体の中を何かを探すように手荒に扱うウィザード
そしてお目当ての物を見つけたのか、一気に腕を引き抜く
腕には何本ものケーブルと赤い液体を絡ませていた
荒々しく機械人形の胸から引き抜いたウィザードの手には小さな球が握られていた

「それならば…法王、貴様を倒してフェイヨンへと凱旋といこうではないか」

ウィザードはその球を懐にしまうと、素早く魔法の詠唱を始めた
それに反応した男爵は俺を押し退け戦闘体勢に入った
ウィザードの詠唱が終わるのと同時に男爵も詠唱が終わる

「落ちろ! 烈火の雷!」

男爵目掛けて飛んでくる火の玉。数にして軽く10個は超えている
だが男爵はそれを軽々と避けると素早くウィザードの背後に回る
そしてソードメイスを振り被り一歩踏み出す

「ぬっ!?」

男爵が踏み込んだ場所から火柱が伸びた
その火柱は蛇のようにうねると男爵を飲み込んでいった
炎の上級魔法のひとつ、ファイヤーピラーだ
ファイヤーピラーの魔法自体珍しいもので、この魔法を得意としているウィザードは少ない
俺も今この場で見るまではファイヤーピラーの存在を忘れていたくらいだ
発動条件を満たすのが難しい為、ほとんどのウィザードが敬遠している
だが、このウィザードのようにうまく使えば相当のダメージを与えられる

「懐古主義と言いますか…
流石アナクロなものがお好きなようで」

馬鹿に出来ない程のダメージを負いながらも男爵は炎の渦から飛び出してくる
片腕を抑えながらヒールを施し、ある程度の傷を塞いでいるが辛いところだろう

「男爵! 大丈夫かよ!?」

「えぇ、大丈夫です。むしろ何ともありませんよ」

男爵はシルクハットのずれを直し、自分は大丈夫だという事をアピールした
だがそれは嘘だ、それくらい俺にも解る
いくら男爵がタフだからって膨大な魔力を注ぎ込まれた魔法を受けたら無事でいられない
この一撃もなんとか耐えたような感じだろう

「素晴らしい、本当に素晴らしい……
が、実験材料にも値しない…法王、お前は嬲らん、殺す!」

「それはこちらの台詞…」

……っ!
ウィザードの詠唱開始と男爵の特攻は同時だった
男爵がソードメイスを振り下ろす
ウィザードの体が白く輝く
先に全ての行動を終わらせた方が勝利する
決めるのは男爵が先かウィザードが先か

「………っ!!」

「ソウル…ストライクッ!!」

男爵がソードメイスを振り下ろすよりも一瞬早くウィザードの詠唱が完了する
無数に出現した光弾をその身に浴びて男爵は勢いよく吹き飛んだ
地面に叩き付けられた男爵に容赦なく残りの光弾が襲い掛かる
一発の光弾が男爵に命中する度に鈍い音が響き渡った
光弾の雨が止むと、そこにはピクリとも動かない男爵が横たわるだけだった

「て…めぇ…!」

俺は無意識のうちにメイスを掴み、ウィザードへと殴りかかっていた
走りながらメイスを両手で構え、力一杯握り締める
そして大きく振り被りウィザードの顔面目掛けて振り下ろす

「がっ…!」

だが俺のメイスはウィザードに届くことなく俺の体ごと吹き飛ばされる
胸から背中に向けて突き抜けるような衝撃が走る
その衝撃は体全体に響き渡り、握っていたメイスすら俺の手を逃れ宙を舞っていた
普通のナパームビートとは思えない程の威力だ

「貴様は後で消し炭にしてやる、いいから大人しくしていろ」

悔しい事だがナパームビートの一発で体が動かない
転がったメイスを掴もうと手を伸ばすが、ただそれだけで激痛が走った
今の俺の力量じゃヒールを使ったとしても効果なんて期待は出来なかった

「は…口調変わってんじゃねぇか…げほっ!」

俺は再度ナパームビートを叩き込まれる
ナパームビートの衝撃は俺の体を突き抜け地面に亀裂を走らせた
視界が揺れ遠退きそうになる意識を無理矢理繋ぎ止める
俺にこいつを退ける力なんて無いのは解っている
が、何とかしなければいけない…そう思っていた
このまま黙って事の一部始終を見守れる程俺は臆病じゃない
死ぬ事は怖くない、傷つく事も恐れない
自分にそう言い聞かし大して効果のないヒールを自分に掛ける
雀の涙程度とはこの事なのか、ほんの僅かだが痛みが引いていった
とはいえまだ激痛が体に残っている

「く…う…っだぁぁぁ!」

だがそれでも寝てる訳にはいかない
痛む体を無理矢理起こし2本の足でしっかりと地面を掴むように立ち上がる
ウィザードは溜息をつきながら男爵に近寄る足を止め、こっちを振り向いた

「…先に死んどくか? 機械人形の生体材料くらいになら使ってやるよ…」

殺気に押し潰されそうになった…