レイン…フェイヨンに言っちゃうんだね…」

「そうだな…」

ジュリアンの言葉に素っ気無い返事を返すカイゼル

カイルは何も言わずに2人の後を付いて歩いてるだけだった

3人とも突然の事に何をしたらいいのか、何を言えばいいのか解らなかった

別れの言葉を言えるはずもなく、笑顔で見送る事も出来る筈もなく…

レインが泣き止むのを待って病室を後にする事しか出来なかった

「ねぇ…?」

「何?」

「うん?」

ジュリアンは足を止め2人へと向き直る

それと同時にカイゼルとカイルも歩みを止めた

「…海蝋流しの船…をさ…」

「だなぁ…ちょっと拝借しちまうか」

「あ、俺もそう思ってた」

「えっ?」

カイゼルとカイルの答えにジュリアンは数秒間固まってしまった

こんな事を考えてるのは自分だけかと思ったらそうではなかった

この2人も自分と同じ気持ちだと気がつくまで数秒かかってしまったからだ

「ま、うまく行けば…だけどな」

カイゼルは走り出すと塀の上へと登り、辺りを見渡した

レインのいる病室から船に取り付けた蝋燭の光がよく見える場所を確認する為だった

停泊所から少し離れた岩場の近く、ここが一番蝋燭の光が見える場所だろう

カイゼルはその位置を確認すると塀から飛び降りた

「じゃあ蝋燭のノルマは一人100本って事で…」

「100本!? うーん…何とかしてみる」

ジュリアンはそう言うと自分の家へと向かった

「じゃ、俺も戻る、100本だな?」

「ああ、派手にな、派手に」

カイルも手を振りながら帰路へとついた

一人残ったカイゼルは目の前に建つ病院を見上げた

そして何かを決意したように、自分もまた家路へとついた



夏は太陽の昇っている時間が長い

とは言っても夜の7時を過ぎた辺りからは太陽の光は弱くなっていく

そんな薄暗闇の中、カイゼルとカイル、そしてジュリアンは港の停泊所近くへと集まっていた

「持ってきたか?」

カイゼルは自分が持ってきた皮袋を地面へと置いた

そしてジュリアンとカイルも手にしていた袋を地面へと置く

袋の中身、蝋燭が100本

全てを合わせると300本、いや、もしかしたらそれ以上になるかもしれない

3人は顔を見合わせると、それぞれを担ぎ一隻の船へと近付いた

その船は明日出港する船のなかでは一番大きかった

「どうせだし…これくらいデカイのがいいよな」

カイゼルは括り付けられているロープを伝い、船へと登っていく

「こりゃ蝋燭全部つけたら凄いだろうな」

続いてカイルがロープを登っていく

「…レイン…待っててね」

ジュリアンも袋を担ぎ甲板へと降り立った

「さって…まずどうするか…」

カイゼルは荷物を降ろし、船内を散策し始めた

幸運な事に扉には鍵がかかっておらず、全ての場所に自由に出入りする事が出来た

3人はまず船底内部に入った

錨を上げない事には船を発進される事は出来ないからだ

「っと、ここかな?」

それはすぐに見つかった

船底の一番後ろの部屋の扉を開け、中に入っていく

そしてカイルは袋から蝋燭を一本取り出し、それに火をつけた

「あれかな…」

ジュリアンは部屋の一番奥にあるレバーを倒す

鎖が船体にぶつかる音が響き、錨が引き上げられる

錨が引き上げられるのを確認すると、3人は甲板へと上がり蝋燭を船体に取り付ける作業へと移った

カイゼルは船体の前半分を、カイルは後ろ半分、ジュリアンはマスト部と作業を分担して始めた

明日の海蝋流しの準備を早くすませる為か、船体には既に燭台が取り付けられていた

この分だとさほど時間もかからずに作業は終わるかと思われた

「誰かいるのか!?」

ほぼ半分まで蝋燭を取り付けた時だった

停泊所の見回りをしていた警備員に見つかったのは

「おい! お前ら何してる、降りて来い!」

「見つかった!?」

ジュリアンはマストから滑り落ちるようにして甲板へと降りてくる

体勢を崩しながらも片手をつき、何とか着地する

3人は身を乗り出し下の様子を窺った

「ちょ、これは拙いな…」

カイルは手にした火種を軽く回しながら言った

今は見回りの人間一人だけだが、他に人を呼ばれたら結構大変だ

海の男は屈強であり、カイゼル達の数倍は腕力がある

船に乗り込まれてきたらたちまち組み伏せられて船から引き摺り下ろされてしまうだろう

そうなったらこの計画は終了だ

「…えぇい! こうなったら!」

カイゼルは腰にかけてあったナイフを取り出す

ノービスになった者へと支給される何の変哲もないナイフだ

カイゼルはナイフを手にしたまま一本のロープへと近付いた

「お前らも早くしろ! 船と港を繋いでるロープを切り離せ!」

「マジかよ!? ったくよー!」

カイルとジュリアンもカイゼルにならいナイフを取り出した

そして結構な太さを持ったロープへと刃をあてがった

「くそっ…結構硬い…」

巨大な船を港に括り付けておく為のロープだ、そう簡単には切れないだろう

だからと言って結び目を解くのも相当な労力を要する

それこそナイフで切るよりも大変な作業だ

「カイゼル、カイル! こっちは切れた!」

ジュリアンは真っ先にロープを切り終えマストを登り始めた

この時すでにジュリアンは武器を扱う為の手先の器用さ、アーチャーの資質を備えていたのかもしれない

力で裂くのではなく、ナイフを巧みに使用してロープを切っていた

「よし! こっちもだ!」

続いてカイゼルがロープを切り終える

カイルも同時に終わったようだ

残りのロープは後2本、だが少し離れた所では大人達の叫ぶ声が聞こえてきた

よく見ると数人の船乗り達がこの船を目指して向かっている所だった

「ジュリアン! 早く帆を張れ!」

次のロープの切断に取り掛かりながらカイルが叫んだ

声が段々と近付いてくる、時間が無い

「くっ…もう…少し!!」

カイゼルは目一杯の力を込めてナイフを引く

ブチブチという音がロープから発せられ、船と港を繋ぐ最後のロープが宙を舞った

ジュリアンの方も帆に巻きつけられているロープを全て切り離した所だった

視界良好、風向き良し、絶好の航海日和だ

帆が風をその身に全て受け止め、イズルート最大の帆船が発進する

発進する際に数隻の船を巻き込んだが、カイゼル達の乗っている船には一切の支障は発生しなかった

「いぃぃいいぃよっしゃぁぁああぁ!」

カイルは大きくガッツポーズをし、飛び跳ねる

カイゼルは遠ざかる港を眺めナイフをしまった

「時間がないから早くしようよ!」

上からはジュリアンの声が響く

既に残りの蝋燭の取り付けに取り掛かっていた


〜続く〜