―――ガリガリ…ガリガリ

部屋の前まで来ると、部屋の中からドアを引っ掻くような音が聞こえた

そう言えばマヨ犬を放置したままだった

外に出たくてドアを引っ掻いているのだろう、話せると言っても犬は犬か

「まったく、大人しく待ってられないのか? ってうぉ!?」

ドアを開けるとマヨ犬が飛び出してきた

そのまま俺の足元を潜り抜け、一階へと降りていく

「って! おい待てって!」

マヨ犬を追いかけ、俺も一階に降りる

下にはまだ寮の連中がいた

マヨ犬は玄関まで辿り着くと、部屋の扉にしていたように、玄関の扉を爪で引っ掻くようにしていた

マヨ犬を捕まえようと寮生の一人がマヨ犬に近付いた

しかしマヨ犬は唸り声を上げ、寮生を威嚇する

「何やってんだよ、犬」

俺はマヨ犬の首根っこを掴み、マヨ犬を身動きの取れない状態にする

マヨ犬はもがきながら騒ぎ立てた

「私は行かなくてはならないんだ、その手を離せ!」

「行かなきゃならないってお前…何処に行くんだよ」

何処に行くのかと問いかけるがマヨ犬は答えない

しかも床に押さえつけている俺の手の中で暴れるマヨ犬の動きはより一層強くなった

「カイゼル、マヨ押さえつけて何やってるんだ?」

と、俺の後ろからカイルが聞いてくる

「何って、コイツが外に出ようとするもんだから」

俺の手の下で暴れているマヨ犬を指差す

暴れるのを止めたものの、マヨ犬は恨めしそうな目で俺の顔を睨んでいた

そんな目で睨んでも駄目なものは駄目だ

モンスターが徘徊している所になんて出て行ったらそれこそお陀仏だ

そんな危険な所に犬一匹でも放り込むわけにはいかないだろう

古代呪文で防壁が張られているここの方が確実に安全だ

「あれ、そいやジュリアンは何処行った?」

マヨ犬を抱きかかえ談話室に向かう途中、カイルに聞いてみた

エルリラは今アイラの部屋に行ってるし、他の寮生も談話室やら部屋へと戻っていくのを確認した

だけどその中にジュリアンの姿は見れなかったからだ

「ん? 庭の方に行くとか何とか言ってたけど?」

「ふ〜ん…まぁ敷地内にいれば安全らしいからな、大丈夫だろ」

俺は特に気にも留めずに談話室へと向かった

カイルも俺の後を追うようにして後ろを付いてきていた




「はぁ〜…」

談話室の中に会話は無かった

ラジオもテレビも放送が止まっており、今街はどのような状況なのか解らなかったからだ

不安、焦り、絶望、恐怖

そんな空気が談話室を覆っていた

誰も彼もこのような状況は初めてだ

楽観的に物事を考える事など出来ず、ただただ早くモンスターが退治されるのを待つしか出来ない

街中の、プロンテラ中の実力者が今戦いの真っ最中であろう

だが戦いがいつ終わるのかなんてのは誰にも解らない

そのせいもあってか、時間が経つに連れて談話室を取り巻く空気が段々と重くなる

―――ガチャリ

玄関のドアが開く音に反応して、談話室の全員が一斉にそちらを振り向く

だがそこに立っていたのはジュリアンだった

戦いの終わりを告げる者でもなく、人間側の勝利を伝えに来た者でもなかった

「え? どうか…したの?」

談話室の全員に見られ、ジュリアンは驚いたような口調で言う

こんな大勢の人間に見られたらそりゃ驚くだろう

「って! おい!」

一瞬気が抜けて緩んだ俺の腕の中からマヨ犬が飛び出した

床に着地すると素早く玄関に向かって走り出す

「ジュリアン! 早くドアを閉めろ!」

言うが間に合わず、ジュリアンの足元を走り抜けるマヨ犬

その銀色の毛をなびかせながら走り去った

「あんの馬鹿犬!」

俺は立ち上がるとマヨ犬を追いかけるようにして寮を飛び出した

少しの休憩もあってか、幾分か疲労が体から抜けていた

今ならマヨ犬を追いかけるくらいは出来るだろう

「お、おい! 俺も行く!」

「解った!」

俺を追って走ってくるカイルに速度上昇を唱える

そして走りながら自分自身へも速度上昇を

「流石犬、足はえー!」

既にマヨ犬は俺達のかなり先を走っていた

だが、速度上昇がかかっている俺達に追いつけないような速さでもなかった

マヨ犬は俺達が追ってきているのを知らないのか、はたまた気にしないでいるのか…

何処かに向かって一直線に向かっていた

「くそ! こんな時に!」

少し先を走るマヨ犬の先で影が蠢いた

影は形を作り、色をつけ、数体のモンスターへと姿を変える

このままじゃマヨ犬と衝突してしまう

だからと言って俺達が追いつけるような距離でもない

「カイル! 何とか出来ないか!?」

「ちっ! 少し遠い! 間に合わないぞ!」

長い射程を誇る魔法でさえあとギリギリ届かない場所

現れたモンスターの一体――マーターがマヨ犬の前へと躍り出た

しかしマヨ犬の走る速度は衰えない

むしろそのままマーターに向かって突っ込んでいくようだった

「っだぁ! 犬! とっととこっち来い! 逃げろって言ってんだよ!」

俺は叫んだ

しかしマヨ犬は俺の声を聞き入れず、姿勢を低くしてマーターに向かっていく

走った、跳んだ、銀色の毛を靡かせて

そして輝きだした、マヨ犬の周囲が輝き出し、マヨ犬を包んでいった

多分一瞬の出来事だった

マヨ犬は姿を変え、人間の姿へと変化していった

黒いマントを靡かせ、銀色の瞳を持ち、長い銀色の髪を持つ者へと

その姿はアサシン、暗殺者と呼ばれ、イキモノを『殺す』事にかけては一流の者

「え…な…」

あまりの出来事に言葉を失ってしまう

マーターもアサシンへと変化したマヨ犬を見上げたまま動かない

当のマヨは冷たい瞳でモンスターを睨みつけ、腰に付けている短剣を両手へと持った

流れる風、流れる光、風が流れ、光が流れた

俺の目には銀色の風が吹いたように見えた

モンスター達の間を通り抜け、マヨは人間の姿のまま走り出す

マヨが去ったその場所には…

少なくとも10以上のパーツに分解されたモンスターの骸だけが残っていた

俺とカイルはあまりに突然な出来事に、暫しその場に佇んでいた


〜わぬ〜ん〜