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ガラガラと壁が崩れる音がする
崩れた壁の石がオークロードの身体へと降り注ぐ
それを見た俺は思った、恐怖は去った、と
情けなくて恥ずかしい話だが心底俺は怖がっていた
「お、終わったかぁ…」
緊張の糸が解れ、俺はだらしなくその場に座り込む
―――ドクンッ
心臓が波打つ
血が逆流するような感覚を覚える
喉の奥が熱くなる、乾く
「まぁ終わってないみたいですね」
閉じた聖書をまた開くサルバ
先程感じたような強大なプレッシャーは感じない
だけどそれ以上にドロドロとした、ヘドロのような嫌な魔力が流れてくる
「え!? え!? 何!?」
エルリラも声を上げて慌てている
「何? 何? 倒したんじゃないの!?」
だがそれはヘドロのように纏わりつく魔力を感じての慌て方ではなかった
知らないという事の恐怖
目の前には倒れているオークロード
しかし、それでも『まだ終わってない』と言われた事による安堵の否定
それがエルリラ――それ以外の奴らの感覚
だけど俺や、この教師達の感覚はそのようなものではなかった
「まさかこんな所で…いや、コンナトコロだから、デスかね…」
さらに強くなっていく瘴気、魔力、怨念
「でも、願ったり適ったりだけどね」
アリスは手にした剣――村正を鞘に収めると何も無い空間から一本の剣を現出させる
剣先に『反し』が施されている、見ようによってはその反しが鎌の刃のようにも見える
「さあ…姿を現すデス…」
ユツキの声に反応するかのように、絶命した筈のオークロードが起き上がる
ガラガラと瓦礫を落とし、死んだ筈のオークロードが起き上がる
雰囲気が変わっていた
それもその筈、緑色をしていた肌はアンデッドを表すかのような黒色へと変化していた
立ち上がり、前に進むスピードも遅い
「なっ…ぁ!?」
ジュリアンは見てはいけない物を見てしまったような表情をし、声を上げる
出来る事なら俺もこんなのは見たくなかった
アリスによって切り落とされた腕から触手のような物が伸び、オークロードの右腕へと絡み付いていく
そしてそのまま腕は何事もなかったようにくっ付いた
「闇のエンペリウム…間違いないデスね!!」
「破壊しなきゃね!」
同時に飛び出すアリスとユツキ
「絶対に!!」
その後ろからホーリーライトで援護射撃をするサルバ
まずホーリーライトがオークロードに命中する、今まで見た事の無い程の威力を持ってして
それに続き聖水をロングメイスに振り掛けながらユツキが飛び込み、一撃
そして間髪入れずに反しのついた剣――エクスキューショナーで切りかかるアリス
全ての攻撃が急所に入った
が、それによって出来た傷の部分に触手が纏わりつき、傷を治していく
「―――っ!?」
「なっ!」
「うわっ!」
オークロードゾンビの咆哮が発せられる
それは『声』というカタチを突破し、音の魔力へと昇華されたかのような威力を持っていた
オークロードゾンビの一声で天井が崩れ、壁が崩れ、俺達の身体が吹き飛ぶ
そこに追い討ちをかけるようにオークロードゾンビが両手を地面へと叩きつける
走る衝撃、身体を伝う異様な力
横を見ると誰もが大きなダメージを受けていた
しかも爆心地の近くにいたユツキとアリスは動けない程のダメージのようだ
「うっ…ヒー…ぐ!?」
ヒールをかけようとしたサルバの手をオークロードゾンビの足が踏みつけた
そして聞こえる『折れた』音
オークロードゾンビはそれすらも気にせずに血が滴り、腐っている自分の拳をサルバへと振り下ろす
「んなろぉぉぉ!!」
俺は痛む身体をヒールで誤魔化し、オークロードゾンビへと突っ込む
「くぁ!」
しかしオークロードゾンビの背中から伸びてきた触手に身体の自由を奪われてしまう
「が…あぐ…」
一気に締め付ける力の強さが増す触手
首の骨を折ろうとかそんな生易しい力では無かった
明らかに引き千切ろうとしていた
だが首と胴体が泣き分かれになる前に俺の意識は途切れるだろう
それ程までに締め付けがキツイ
「ぐ…げほっ…」
マジでやばい
意識が朦朧としてきたし、視界が段々霞んできた
ここで俺の人生ジ・エンドかな
そう思ってた時だった
「うぐっ! げほげほげほ!」
不意に締め付けが緩み、地面へと落ちる
俺は今まで途切れてた酸素分を吸引しようとめいっぱい呼吸をする
そして呼吸が落ち着いた頃、それはなぜなのかようやく解った
ふと見上げると…
ヘルムを深く被り、左手にはゼピュロスを持った騎士がオークロードゾンビと対峙していたからだった
いや、よく見るとその騎士の右手がオークロードゾンビの胸を貫いていた
その騎士はさらに深く、深く手を押し進める
騎士の腕を伝う赤黒い血、ダンジョン内に木霊する叫び声
しかし騎士の表情は仮面によって遮られており読み取れなかった
騎士はある程度腕を押し進めた所で動きを止め、腕を捻る
そして思いっきり腕を引き抜く
引き抜いた騎士の腕には金色に輝く宝石が握られていた
騎士はその石を放り投げるとゼピュロスで突き刺す
ゼピュロスの一撃を受けた石は甲高い音を立て、霧散する
そしてそれと同時にオークロードゾンビも霧散していった
〜仮面の騎士〜
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