俺は大聖堂前まで来ると、呼吸を整え、乱れた髪と衣服を正した

どんなに服を直しても胸がどうも隠れない、しょうがないので頑張れる範囲で衣服を正す

ポケットからアコライトである証明のロザリーを出すと、大聖堂の扉を開ける

「神の御心のままに…」

「神の御心のままに」

扉のすぐ傍に立っていたプリーストにロザリーを胸元で掲げ、挨拶を交わす

ロザリーを胸元で掲げる、これは大聖堂に入る時の通過儀礼であった

普通の人も大聖堂に入る事は出来るのだが、アコライトやプリーストだけにしか入れない部屋もあり

部外者がその部屋に入れないようにする為の、いわゆる通行証の役割もしていた

俺は歩いて1番目の扉を開けると中に入り、大聖堂の廊下を全力で走る

そして、とある部屋の前に立ち、扉をノックする

「刹さん! 刹さーん! 開けてくださいー!」

大聖堂で寝泊りをし、主に退魔に関する魔法を日々研究しているプリーストがここにいた

そのプリーストの名前は刹夜、ちなみに俺の兄であるアトラスの親友でもあった

「はいはい、ちょっと待ってくれー」

中から声がして、扉が開く

出てきた男は少し長めの黒い髪と黒い瞳を持った、いかにも聖職者という感じの男だった

「どうかしましたか?」

…やっぱり俺だと解らないようだ

思いっきり仕事口調だからな

「いや、俺、カイゼル、イズルートのカイゼル」

「…私の知り合いにもイズルート出身のカイゼルという者がおりますが?」

「いやいやいや、そのカイゼル、カイゼル・FC・グリディア、兄貴の名前はアトラス・RC・グリディア!」

刹夜は俺の頭の先から足の先まで見回す

そりゃこんな姿になっちまってるからしょうがないっちゃあしょうがないんだが

やっぱりいい気はしない

「…えーっと、刹夜…さん?」

いつまで経ってもこの状態なので俺から声をかける

「お、あぁ、すまない…本当にカイゼルなんだな…?」

「何度も言うようだけどカイゼル、趣味は読書と映画鑑賞、好きな物はカレーだ! 主にイズ壱番屋」

「た、確かにカイゼルのようだな…とりあえず中に入れ」

刹夜は俺を自室に招き入れると鍵を閉め、音が漏れないようにしてくれた

「で、いったいどうしてそんな姿に…」

俺は部屋に入ると、本が乱雑に散らばっている部屋を見渡した

相変わらず難しい本が所狭しと置かれていた

いかにも怪しそうな一冊の本を手に取ると俺は話し始めた

「今日、朝起きたらこうなってた」

話し終わった

「それだけじゃ解らないんだが…何か心当たりとかあるのか?」

そうだった、心当たりがあるからここに来たんだった

「刹さん、聖水余ってない?」

「聖水? あるけど?」

「あぁ、良かった、1個下さい」

もしこれが呪いならこれで全てが終わる

男に戻れる、女とおさらば出来る

そしてエルリラが自動的に犯人と決定する、多分だけど…

「ほら、どーすんだ? 聖水なんか」

刹夜は部屋の隅に積んであった本をどかすと、そこにあった箱から聖水を一個取り出す

中身を確認するとそれを俺に投げてよこす

俺はそれを受け取ると蓋を開け、深呼吸をする

「もしかしたら呪いかな、って思って…ってかその線が強いんだけど…」

そう言うと俺は聖水を頭から被る

大きめのビンに入っていた聖水が俺の全身を濡らし、体を伝い、床に水滴を落とす

水滴は光となり、俺の体を包むようにゆっくりと上へ上がってくる

「ブレッシング使えばよかったじゃん」

「……デバインプロテクションを…10にしちゃったんで…」

そう、俺はブレッシングを覚える前に不死悪魔に防御耐性がつくデバインプロテクションを覚えた

いや、覚えてしまったっていうんだろう、この場合

今の俺のレベルじゃ不死系最弱モブのゾンビすら倒せない

だからデバインプロテクションを覚えるのはもっと後でも良かったのだ

だけどもう遅い…人生にやり直しはきかないから

「言ってくれれば俺がかけたんだけど?」

もう遅いです…

頭から聖水を被ってしまいましたよ俺

だけど呪われてれば全ての聖水は呪いを解き消えるはず

「…消えるはず…」

「消えないな」

だけど俺が被った聖水は俺の服を濡らしたまま何の変化も起きなかった

って事は

「呪いじゃないのか…じゃあ何だ…何が原因だ!?」

俺は頭を抱えて考え込む

考えて考えて考える

やっぱりあの謎ポーションしか思い浮かばない

だけどあの時一緒に同じ物を飲んだディルは何も変化がなかったみたいだったし

「うーん…ちょっと横になれ」

そう言うと刹夜はベッドを指差す

その瞬間、俺の頭にはピンク色の妄想が膨れ上がる

「へ、変態めっ!」

「…俺はそんな趣味は無い…女の体と言えどお前は男だろ…」

俺は何も言い返さずベッドに横たわる

そうすると刹夜は医学魔術書を取り出すと読み始める

暫く本を読んでいた刹夜は俺の目をまじまじと見つめる、そして次に右腕を見る

次は足の先、そして最後にまた目を見る

「…薬物反応確認、かな」

何をやったかよく解らないが、医学魔術書を持ってる辺りその系統の技術や魔術だろう

それよりも薬物反応、か

だとしたらやっぱり謎ポーションの影響ってのが妥当か

だけど何で俺が…

「過剰に薬物を摂取したとか、心当たりあるか?」

「あ……」

そうか、俺とディルさんとじゃ条件が違ったか

俺はあの謎ポーションを2本飲んだんだっけな

「うーん、原因は解ったんだけど…どうしよう…このままかな? ずっと」

「薬物が抜けるまでは暫く我慢しろよ、抜ければ自然と治るかもな」

「治る!? 治るんだな!?」

「治る『かも』だ」

何を材料にして作ったかは解らないけど、その薬物が体から抜ければ…

希望的推測かもしれないけど、今の俺には十分の吉報だった

「っしゃ! よし、じゃあ暫くはこのまま我慢すっか」

「いいのかそれで…」

それで良し

原因も解ったし、時間さえ経てば治るかもしれないんだし

そもそもそれしか今のところ治す見込みがないし、他に方法は無いし

「んじゃ俺帰るわ、どもサンキュね刹さん」

「あぁ、また何かあったら来いよ…」

俺は刹夜に別れを告げると部屋を出て行った

「神の御心のままに…」

「神の御心のままに」

入り口でプリーストと通過儀礼を済ませると、プロンテラの街中を寮へと向けて駆け出した

…だけど視線が痛いのは変わりなかった

せめて一着くらい女物の服を買うかな、そんな事も思ったり



で…

寮の玄関の前まで来たけど中を開けるのが怖い…

何が怖いって帰省してた奴等が帰ってきてるんじゃないかって言うのが怖い

「う〜ん……」

俺は躊躇しながらも玄関の扉を開けてゆっくりと中に入っていく

中を見渡すが誰もいない、今がチャンスだ

そう思うと俺は一目散に2階へ上がり、自分の部屋を目指す

が…

「うわっ!?」

階段を登る途中で足を滑らせて転げ落ちる

そういえば聖水被ったままの状態だったっけ…どうやら水滴で滑っちゃったようだな

「おい、大丈夫かよ」

転げ落ちた状態の俺に声をかけてくる男がいた

その男は商人の格好をしており、じっと俺の事を見つめている

「な、何とか…」

寝転がったままで答える

何か恥ずかしいところを見られちゃったかな…

って人がいた!?

「あと、服着替えた方がいいぜ、そのままじゃ風邪引くだろ」

「あ、いや…大丈夫、大丈夫だからぁぁぁぁ!」

「お、おい!」

俺は再度階段を駆け上ると自分の部屋に戻り、鍵をかける

「ちょ、一体どうしたのよ!?」

「な、何でもない何でもない何でもない、着替える」

「何をそんなに慌てて…」

「何でもない! 気にするなぁぁぁぁぁぁ!」

俺は叫びながら濡れた衣服を脱ぎ、自分のクローゼットを漁り服を探す

服を探してる時に後ろから

『私より大きい…』

とか聞こえたけど気にしない

気にしないっていうか嬉しくない

…新学期…一体どうなっちまうんだよ…

〜どーでもいいけど上から88・59・87〜