「ミコトさまーっ!!」

遠くから名を呼ばれる声で、ミコトは目が覚めた。

急を告げる人の声が次第に近付いて…ミコトは急いで寝台から離れ、外に出る。

朝靄が立ち篭め、ひんやりとした空気が肌を刺すのに身をすくめる。

「ミコトさま…っ!」

角を曲がり、駈けてきた人が息を切らせながら叫ぶ。

「カモリさまが………!!」

その名を聞いた瞬間、ミコトは駆け出した。

「…お急ぎくださいっ!」

伝えにきた人はあらん限りの声で、叫んだ。





出来得るかぎりの速さで、ミコトは走った。

そう離れた場所にあるわけでもない家だったが…酷く、遠くに感じる。

近付くにつれ人々の声が聞こえてくる。

不安そうにさざめくその声に、胸が騒めいた。

人だかりが見え、その端にいた人が彼に気がつき道を開ける。

「ミコトさま……」

「……カモリさま、は」

軽く息を切らせつつ、人々に問う。

「今、マナイさまが診ていらっしゃいます……」

「…そうか」

人の山を抜け、目に飛込んだ光景に…ミコトはことばを失った。

確かに昨日までは家があったその場所には、もはや瓦礫の山しか無い。

その前にはマナイと、地に倒れ伏す人が一人。

そしてその人の横には幼子が寄り添っていた。

「…マナイさま」

ご容体は、と尋ねる。

「……御覧に、なられませ」

これはあなた様の役割です。

と静かに言い、マナイは身体を寄せる。

入れ代わり、その人の横に座った。

近くで見て、足や手があらぬ方向に曲がっていることに気がつく。

ただ奇跡的に顔だけは、いつもと変わらずに穏やかに微笑んでいた。

「……カモリ、さま」

手首をとり、目を覗き込み……そのまま静かにその目を閉ざしてやる。

「……ミコトさま………」

横にいた幼子がくい、とミコトの服を引っ張った。

「……父さま、大丈夫?」

まだねんねしてるの?

と見上げてくる少女の髪を、ミコトは優しく撫でた。

「………カモリさまは、輪に還られたよ」

「わ?」

「……私たちが住まう、全てに」

静かに、鳥の鳴き声が響いた。





カモリは集落のまつりごとに携わる人だった。

人が生まれ、亡くなるときにはいつも彼が祝い弔った。

輪の人々はそれぞれに交流を持つが、彼ほど多くの輪人に慕われた人はいない。

芯が強く、おおらかで…彼の声は輪へと還る人を送るときには集落中に優しく響き渡った。

そんな彼を送ろうと多くの人が集まり…そこで初めて彼の役割を継ぐものがいないことに皆は気付いた。

「…困りましたね」

ミコトが呟く。

このままではカモリを送ることが出来ない。

横にいるマナイも目を伏せた。

「…仕方がありませんな。皆で、送るということに…」

それで腹を立てるような方ではありませぬよ。

そうマナイが言うと、周りにいた人も同意するように首肯いた。

くい、とミコトの服の端が引っ張られる。

「…?」

カモリの傍から離れようとしなかった幼子が、その小さな手で懸命にミコトの服を引っ張っていた。

「…何か?」

ミコトは腰を落とし、その子と視線を合わせる。

するとその子はまっすぐな瞳でこう言った。

「父さまをおくる」

「……な……」

「うたなら知ってる……いつも聞いてた」

だから、と言い募る彼女にミコトが戸惑っていると、マナイがその肩にやんわりと手を置いた。

「……本当に、よろしいか?」

そう静かに問うと、幼子ははっきりと首肯いた。

「…だって、父さまが」

「?」

「このおやくめが好きだって、いつも言ってた」

だからやる。

「それに……父さまともう会えなくなるのなら……」

最後まで一緒にいたい。

そう迷いの無い瞳で言われ、人々は皆頭を下げた。

「……では、お頼み申し上げます」

静かにミコトが言うと、彼女はようやく微笑みミコトの服を離した。





「ゆきたまえ……」

たどたどしくも、はっきりとした声が謳をつむぐ。

ぺたり、と小さな足が列の先頭に立ち、ゆっくりと進んでいく。

時折抱えられたカモリを振り返っては、また前を向く。

「……われらはいつでもともにあらん……」

集落から連なる列は、長く……どこまでも続くかのように見えた。





父が墓地に葬られる間、幼子はミコトの服の端を掴んで離さなかった。

「……ミコトさま」

ぎゅ、と目元を引き締め彼女は言う。

「父さまは、誰が亡くなられても…泣かなかった」

「…ええ」

「だから、泣かない」

もし泣いたら父さま、悲しいって言ってた。

ミコトはただその子の柔らかな髪を、撫で続けた。

彼女に、怪我は無かった。

あったとしても擦り傷程度で……とりあえず薬を塗ったが、もう既に血は止まっていた。

おそらく、カモリは我が子を庇ったのだろうとマナイは言った。

そしてきっと、この幼くも強い子はそのことを知っているとも。





母は既に亡く、その子は一人になった。

儀式が終わってもミコトの服の端を掴んで離さない彼女を、とりあえずマナイの家へと連れていく。

茶を出すと興味深そうに器を持ち、息を吹き掛けた。

ず、と少し啜り、目を丸くする。

「…いかがですか?」

「…おいしい」

そうして少しずつ飲んでいくのを微笑んで見守りながら、ミコトはマナイに尋ねた。

「これから、どうしましょうか…」

「…やはり、誰かの家に養子として迎えてもらうことですな」

問題は、それをどの家に頼むかということ。

二人がそうして悩んでいると、彼女は不思議そうに彼らを見上げる。

美味しそうにゆっくりと茶を啜り終え、満足そうに器を置いた。

とりあえず何件かの候補を二人はまとめ、彼女を見る。

「?」

不思議そうに首を傾げる彼女に、ミコトはゆっくりと言った。

「…これから幾つかの家を言うから…どこの家がいいか、言っていただけますか?」

「家?」

「貴女がこれから、住まう家ですよ」

マナイも優しく微笑み、続ける。

「…残念なことに、貴女の家は壊れてしまいましたから…」

輪人の力では及びもしない力で粉砕されたカモリの家。

それを思い出したのか、彼女は小さな唇を噛んだ。

ミコトは優しく髪を梳く。

幼子はミコトの服の端を黙って掴んだ。

「…おかわり、いりますか?」

「うん」

こくん、と速答するその子に、二人は苦笑した。





新しく煎れた茶を皆で啜る。

そうして彼女にそれぞれの家の特徴…こどもが何人いて、夫婦はどんな人柄なのか等を話して聞かせた。

全ての説明を終え、マナイは静かに言う。

「…ゆっくり、お考えになられて大丈夫ですから」

お急ぎになることはありません。

そう言うマナイを見、黙って首肯くミコトを彼女は見上げる。

少し考えるように俯いたが……すぐに面を上げた。

「…きめた」

迷いの無い、真っすぐな瞳は生前の彼女の父を彷彿とさせる。

「……どの家に、なさいましたか」

マナイが小さな丸い目を細めて問うと、彼女はミコトの服の端を掴んで言った。

「ミコトさまの、いもうとになる」

二人の目が、点になった。





「な………?」

驚き、彼女を見下ろすミコト。

そしてその意志の強い瞳を見て口篭もる。

「ミコトさま……いや、いもうとになるから…ミコト」

「…はあ」

勢いに釣られて思わず首肯く。

落ち着きを取り戻したマナイはそんな二人の様子を面白そうに見つめた。

「ミコトもひとりだろう?」

「…ええ」

「だから、いもうとになる」

それともこどもの方がいいか?

と首を傾げられるのに、ミコトは急いで頭を横に振る。

その光景を見、マナイは口元を綻ばせた。

「……敵いませぬな」

「……ええ」

彼女はにこにこと微笑みながら、ミコトの服の端を掴む。

そうして見上げて、言った。

「これからよろしく、ミコト」

「…よろしく、ウエナ」

くしゃ、と髪を撫でて、ミコトも笑った。









クウメイ

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