おもいのままに
上で木の葉がさらさらと揺れる音を立てている。
その動きに合わせて、地面では木漏れ日が揺れ動く。
額を流れる汗を拭って、一条は一息吐いた。
思わず逃げ込んでしまった木陰は予想以上に涼しく、ここから出るにはまた勇気が入りそうだと彼は思う。
残暑と言いながら、まだまだ暑さは厳しい時期。
長野に戻ってから二回目の夏は、近年同様の猛暑を迎えていた。
署の近くにある公園は、彼と同じように避暑のために人々が集まっている。
噴水で遊ぶ親子連れを見ながら、光る水しぶきに目を細めた。
「…にしても、あっついですよねー」
同じように暑い時期の、同じような場所。
公園の木に凭れるようにしてしゃがみこみ、どこか楽しそうに雄介は笑っていた。
必要事項の連絡のために落ち合い…話が終わったあと、そのままのんびりと過ごしてしまっている。
早く仕事に戻らなくてはという気持ちを隠そうともしない一条に苦笑しながら、彼はんん、と伸びをした。
「…夏だからな」
「そですねえ、夏ですもんね」
気の利いていない返事を気にもせず、んしょ、と立ち上がる。
目の前では噴水の周りできゃあきゃあと遊び回る子供たち。
近くのベンチでは母親と思われる女性たちが歓談していた。
ばしゃ、と跳ねた水に、子供たちの歓声があがる。
「いーなあ、気持ち良さそうですねー」
「…仲間に入れてもらったらどうだ?」
明るい日差しにきらきらと水面が光る。
そこに加わる子供たちの笑顔も、彼にはとても似合いだと一条は思った。
「そんときは一条さんも一緒です」
「…遠慮しておく」
「えー、ずるいですよー!」
それこそ子供のように抗議する彼に苦笑する。
「第一、俺が行ったら保護者の方々が不審に思うだろう」
こんな愛想の無い人間が子供の傍に寄るなんて…
そう考えて一条が言うと、立ち上がったはずの雄介は再びしゃがみこんで頭を抱えていた。
何か小声で、呟いているのがかすかに聞こえる…分かってないとか何とか。
「…五代?」
「……ほんっと、一条さんですよねえ……」
「…?」
どこか諦めたように見上げてくる雄介を、一条は不思議そうに見下ろした。
また、歓声があがる。
あれから既に二年も立っているのに、昨日のことのようにまざまざと記憶が甦るのに一条は苦笑した。
ふとした拍子に…それこそ日常生活の様々な場合で、彼と過ごした記憶は柔らかく思い出すことが出来る。
離れていても、傍にいてもそれは変わらなかった。
ふと上空を見上げると、木の隙間から雲一つ無い青空が見えた。
ざ、と足音が近付く。
「あ〜…あっついですねー」
片手で手をぱたぱたさせながら、ちょん、と一条の隣に雄介がしゃがみこんだ。
「…夏だからな」
「夏ですもんねー…あ、はいこれ、お弁当です」
下から笑顔で、雄介が包みを差し出す。
「すまないな、いつも」
「いえいえ、俺が無理にお願いしてるようなもんですし」
ちゃんとご飯食べてくださいねって。
「…分かってる」
雄介がふらりと冒険から戻ってきて、一条の部屋に居ついてしばらくが経つ。
久しぶりに対面した冷蔵庫の閑散たる中身に肩を落とした雄介は、それからというもの一条の食事には一際気を配るようになった。
…ようは、何も変わっていない。
何のかんのと言いながらまめに部屋を訪れた二年前を思い出して苦笑すると、雄介は一条を見上げて頬を膨らませた。
「…ほんっとに、分かってますよね?」
「ああ」
分かっている、と答えて目の前の噴水に視線を移す。
日差しに反射して、水面がきらきらと輝いていた。
「…暑いな」
「そですねえ…も少し涼んでましょっか」
「…そうだな」
fin.
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