いつだって世界中を飛び回っている父さんが、この時期は必ず家にいる。 それを、ずっと不思議に思わなかったんだ。 雪降る街の子どもらに ひらり、と一枚の色紙を子どもが手に取る。 既に出来上がった飾りは五つ集まった机の上に所狭しと並べられている。 そんな机の島がきれいに並んだ六年一組の教室の中は、普段の授業よりも活気にあふれていた。 話し声がちょっと高くなると、誰かから注意が出て静かになる…その繰り返しがしばらく続いている。 それでも誰もが熱心に作業に取り組んでいるのを、担任は優しく見回っていた。 「これさ、もうちょっと増やした方が良くない?」 一つのグループで、女の子が金色の紙で作られた星を一枚手にとって言う。 「そうだよねー…すっごくきれいだし、もっとあってもいいんじゃない?」 「ねえ、これ作ったのは?」 星を持ったまま一緒に作業しているグループを見渡すと、一人を除いて首を振る。 「…ん?」 残された一人が、他の子たちより少し遅れて星をかざす子を見た。 「ね、聞いてた?」 「あ…ごめん。どれ?」 「これ」 ひょい、と目の前に出された星を見て頷く。 「あ、俺の」 確かさっき折ったやつ、と続けて言って雄介は嬉しそうに笑った。 「わー、教えて教えて!」 「五代って、器用なんだよねー」 「ほんとほんと」 「ねね、まずどう折るの?」 畳み掛けるように同じグループの女の子たちに言われて、彼は目を瞬かせながら新しい紙を手にとった。 学期末に行われるクリスマス会まで、あと少し。 「ただいまー」 「あ、お兄ちゃん!おかえりなさーい!」 学校が終わって雄介が家に帰ると、みのりが笑顔で出迎えてくれた。 母はまだ仕事から戻ってきていないので、しばらくは二人でお留守番。 北海道から引っ越してきて数ヶ月が経ったとはいえ、まだまだ小学生には慣れない街だった。 ランドセルを部屋に置いて居間に行くとみのりは嬉しそうに兄を待っている。 期待感がいっぱいになった彼女の視線を受け止めて、雄介はにか、と笑った。 「では、今日の特技を披露しまーす!」 「わー!」 ぱちぱちぱち、とみのりが明るく拍手をする。 床にぺたりと座り込んで、彼は持ってきた折り紙を広げた。 「今日の特技その一は、折り紙のお星さま!」 「お星さま?」 「うん、みんなにも上手だねってほめてもらったんだ」 話しながら、手は正確に星を折る。 「…っと。ほら、出来た」 「ほんとだー…すごいよお兄ちゃん!きれいだよ」 横から覗き込んでいるみのりが、出来上がった星を手にとってにこにこと笑った。 「これで何番目の特技だったっけ?」 「ええと、75番目!」 「すごーい!」 広くはない家に、こども二人の嬉しそうな声が響き渡る。 折り紙でも特技が増やせる、と分かった彼が特技を82まで増やしていたとき、横でみのりが呟いた。 「…ねえお兄ちゃん」 「んー?」 「今年は、サンタさん来るかなあ」 「そーだなー…みのりにはきっと来るよ!」 「本当?」 「うん、だってみのはいい子だろ?俺はちょっともう来ないかもだけど」 「えー!お兄ちゃんだっていい子だよ!」 「そうかあ…?でもほら、俺もう六年生だし」 「…六年生は大人?」 「うーん…子どもじゃあないと思うけど」 「それなら私だって子どもじゃないもん」 「そーだなー…みのりは子どもじゃないよなあ」 「…やっぱり来ない?」 「でも俺には去年も来たから、子どもじゃなくてもくれるんだよきっと」 「あ、そうかあ」 「そ、だから安心していつもの大きい靴下用意しておこうな」 「うん!」 ほっとしたのか満面の笑みを浮かべる妹の頭を、雄介は優しく撫でた。 「ただいまー」 「あ、お母さんだ!」 「お帰りなさーい!」 その夜、布団にもぐりこんで雄介は一人考えた。 ずっとずっと、自分たちにプレゼントを届けてくれたサンタのことを。 …友達みんなが言うような正体を、そろそろ受け止めた方がいいのだろうか。 常識では既に理解しているのに、こころの片隅でまだそれを受け止めることを拒んでいる。 だって、いつだって…頑張って起きていようとしても、彼はその正体を見ることが出来なかったのだから。 朝起きたら枕元に置かれている不思議なプレゼント。 小さな頃からずっと、雄介はそのプレゼントが楽しみだった。 みのりと揃ってそのプレゼントを両親に見せに行くと、彼らは目を丸くさせて驚いていた。 サンタにお礼を言いに行かなくちゃ、とそのまま父親がフィンランドに旅立ったときもある。 不思議でも、非常識でも、ヒカガクテキでも。 彼らにとって、それはサンタからのプレゼントだったのだ。 …でも。やっぱり。 今年はサンタが来ないんだろうなと、雄介は思っている。 身近にいたサンタ最有力候補者は果てしなく遠くに行ってしまった。 その次の候補者は、その日の夜に仕事が入ったと済まなそうに子ども二人に詫びている。 …いなくなったサンタ候補者の分も頑張らなくちゃ、と決めたのは自分自身。 「…どんなの、喜んでくれるかな」 ごろんと寝返りを打って、雄介は隣で眠る妹を見つめた。 そうして、迎えたクリスマス当夜。 「雪、降らなかったなー」 「ねー」 兄妹は寒さに震えながら窓を開けて外を見ていた。 きらきら光る星は見えても、白い雪は降ってこない。 「あっちだったらなー…」 「ねー…」 二人は遠く離れた北の国にほんの少し、思いを馳せてみる。 冬に地面が真っ黒なままなのが、まだちょっと不思議だった。 「でも、これならサンタさん楽だよね?」 窓枠から顎を離して、みのりは雄介を見上げた。 「いつもね、雪の中大変だなあって思ってたんだ」 「そうだなー…これならトナカイも楽だろうなあ」 うんうん、と妹の意見に賛同する。 段々部屋の中も寒くなってきたので、ようやく窓を閉めた。 「…準備できたか、みのり?」 「うん、ばっちり!」 パジャマに着替えた雄介とみのりは、布団の脇に目をやる。 「ばっちりだよね」 「うん」 雄介とみのり、それぞれ用意した靴下がきれいに置かれている。 「あ。ちょっと待って」 完璧に思えたその中から、みのりは自分の靴下を手に取った。 「…?どしたみのり?」 「ちょっと確認だから、お兄ちゃんは見ないでね」 ぱら、と小さな紙が靴下の中から落ちてきた。 「あー、お手紙?」 「うん、お手紙!」 真剣に読み返すみのりの横で、雄介はぺしりと両手で自分の顔を隠す。 「…ちゃんと書けてるか?」 「うん書けてる…もーいいよお兄ちゃん」 手を離して見ると、みのりは嬉しそうに親指を立てていた。 同じ仕草を返しながら、雄介はこころの中でみのりにぺこりと頭を下げた。 みのりが眠ってしまって、一時間。 寝ないように寝ないように…と呪文を唱えるようにして雄介は頑張っていた。 去年まではこの辺りから気がつくと記憶が無くなっていたけれども、今回は何とか眠らずに済んだようだ。 眉をしかめながらこっそり飲んだ、真っ黒なコーヒーが効いてくれたのかもしれない。 あまり物音を立てないように体を起こして、そうっと、プレゼントを用意する。 …いつも彼ら兄妹は、何が欲しいと口に出したことは無かった。 それなのにプレゼントはいつも二人にとって嬉しいものだったのを思い出す。 初めは驚くものの、見ているうちに嬉しくなれるもの。 サンタさんはすごい、といつも感動できるもの… (…ちょっと、それは初心者には難しいよなあ…) 例によって何も言わない妹を見ながら頑張って考えたプレゼントを取り出して、雄介は苦笑した。 まず、枕元にある靴下を手に取る。 数年前に母さんと一緒に作った、ちょっと歪んだ形の毛糸の靴下。 ちくちくするその靴下の中に手を入れて、眠る前にみのりが読んでいた手紙を取り出した。 手紙とはいっても、欲しいものが書かれていることは無いだろうと雄介は思う。 いつも彼女が書いているのは、サンタさんありがとう…といった内容。 でも、他のことが書いている可能性も捨て切れなかった。 眠る妹を見て、ごめんな、とこころの中で呟いてから雄介はその手紙を開いた。 カチ、カチ、と時計の針が動く音が部屋に響く。 妹の手紙を見つめたまま動けなくなった彼の肩を、優しく誰かが叩いた。 「……!?」 驚いて後ろを振り返ると。 「メリー、クリスマス」 絵本で見た、そのままのサンタクロースが笑ってそこにいた。 「………!」 目を見開いて口を開けた瞬間、ばほ、と大きな手袋で口を押さえられる。 「…大きな声出すと、みのりちゃん起きちゃうよ?」 必死でこくこくと頷くと、白い髭と深くかぶられた帽子の隙間から見える目がウインクした。 手袋を離されてもなお呆然としている雄介の手元から、サンタはすいっと手紙を抜き取る。 「お手紙とは嬉しいね……おやおや」 は、と気がついた雄介が手紙を取り返そうとしたときには既にサンタはその中身を読んでいた。 短い…すぐに目を通せてしまうくらいの文章。 それでもそれは雄介を慌てさせるには十分だった。 「あ、あの…!」 「うんうん…」 『サンタさんへ こんばんは。こんなにさむいのに来てくれてありがとう。 今年はおねがいがあります。 もしもお兄ちゃんのプレゼントがなかったら、 みのりの分をお兄ちゃんに上げてください。 お兄ちゃんは、みのりよりもずっといい子です。 六年生で、子どもじゃないけどいい子です。 だから、みのりよりもお兄ちゃんに上げてください。 さむいけど、つぎのいい子の家までがんばってください。 みのり』 「やさしい子だねえ、君たちは」 ふ、っと髭の奥の目が優しく笑った。 「あの、みのりにはプレゼントありますよね?」 「そりゃもちろん。そして君にもね、ゆーすけ」 「え…」 「ただしそれはちゃんと寝ているよい子にだね」 「あ…」 しまった、と正直に顔に出た雄介を見て、ふふ、とサンタは笑う。 「ちょっと意地悪して悪いねえ…弟子がいて嬉しかったんだよ」 「弟子?」 「誰かさんを喜ばそうという気概のある人は人類皆サンタクロース!」 そう力強く言うとサンタは雄介をひょいっと抱き上げた。 「……!?」 「ちゃんと寝なさい。夜更かしは体に悪いよ小さなサンタさん」 「あ、あの…」 「心配しなくてもちゃんとプレゼントは入れていくって。君が寝た後にだけど」 「本当?」 「サンタクロース嘘つかない!」 ほれほれ、と布団に雄介を突っ込み、サンタはぐりぐりと頭を撫でた。 「では、良い夢を」 ばちん、と音がなるように小さな目がウインクした。 カチ、カチ、と時計の針が動く音で目が覚めた。 まだ部屋は薄暗く、夜は明けきっていない。 は、と気がついて部屋を見渡すが、そこには既に妹と自分しかいなかった。 「…ゆめ?」 小学校六年生としての常識が、そんな結論を弾き出す。 頭を軽く振りながら、それでも期待に負けて靴下を手に取った。 ひらり、と、何も入っていないはずの靴下から封筒が落ちてきた。 「………」 目をぱちぱちさせながら、その封筒の中身を取り出した。 「…」 きれいに笑う父と母と赤ん坊が、揃って白黒写真に納まっている。 その縁に自分の名前を見つける。 「……」 何だか悔しいほど嬉しくなって、顔を上げて窓を見た。 「……あ」 覚えのある薄明かりに驚いてカーテンを開けに行く。 静かに降り積もる雪が、窓枠を白く飾っていた。 朝になって起きたみのりはやはり自分の靴下を見て歓声を上げた。 入っていたのは小さな子供用の帽子と、今の彼女に合った大きさの帽子。 みのりに話を聞くと、その子供用の帽子はたいへんなお気に入りだったのにいつからか無くしてすごく残念だったものだという。 「だからね、また会えてすっごくうれしいの…やっぱり今年もサンタさんはすごいねお兄ちゃん!」 ほっぺを赤くして喜ぶみのりの笑顔を見て、雄介も嬉しくなった。 「…な、そっちの帽子被ってみたら?」 「あ、うん!」 雄介に言われた通り、新しい方の帽子を被るみのり。 毛糸で編まれた可愛い色合いのその帽子は、彼女によく似合った。 「…良かったあ」 「?お兄ちゃん?」 「ああいや、すごく似合ってるよみのり!」 「えへへー」 はにかむように笑う妹の頭をぽんぽんと撫でて、雄介は大役を果たし終えた充足感に浸った。 二人で布団をたたみ片付け、靴下もまた仕舞おうとしたそのとき、みのりがあれ?と声を上げた。 「どした?」 「んっと…何かまだ入ってる」 もぞもぞと靴下の中に手を入れたみのりが取り出したのは、小さな紙切れだった。 『いつもいい子のゆうすけとみのりへ おはよう、サンタクロースです。 プレゼントはよろこんでもらえたかな? 実は、あやまらなくてはいけないことがあります。 来年からは君たちにプレゼントをもって来れなくなりました。 君たちよりも小さな良い子たちがどんどん増えてきて、 サンタのおじさんは忙しくなってしまったのです。ごめんね。 ずっと優しい手紙をありがとう。 二人元気で仲良く、大きくなってください。 サンタクロースより 』 きれいな字で書かれたそれを、二人黙って読み終わる。 はふぅ、と何だか満足げなため息をついてみのりは言った。 「来年からは来ないのかぁ…」 「…残念じゃないのか?みのり」 「だって、ちっちゃい皆もプレゼント欲しいよね?みのはたくさんもらったから」 だからいーの!と振り切るようにみのりは笑った。 「それより、お兄ちゃんは何もらったの?」 「んー…ナイショ」 ずるいー!と声を上げるみのりから逃げるように、雄介は台所へと走った。 もらった大事なプレゼントは机のマットの下に挟みこんである。 …いつか、もうちょっと大人になったら。 その写真の話を母に聞いてみようと雄介は思った。 もちろん、サンタさんの正体と共に。 fin. 超季節外れに更新しておりますクリスマス小説です。(※二月更新) …クリスマス当日付近に浮かんでしまったんですよ(汗) クリスマスプレゼントに喜ぶ甥っ子たちを見て思いついたとも言いますね。 喜んでいる姿がたいそう輝いて見えました。 ハテ自分は…と思いだして凹んでみたり(涙) …で、蛇足かと思いながら。 サンタさんの正体ネタ晴らしはこちらになります。 身も蓋も夢も希望も無いですのでお気をつけください…(汗) |