wish
12月25日。
「こんな日に残業とは…物好きだな」
「何だ、彼女とケンカでもしたのか?」
周りからかかる冷やかしを一つずつ訂正するのにも疲れ、一条は机の上に貯まっている書類に目を通していた。
大きな事件も無く…街とは裏腹に、署内では静かに時計の針が動いている。
「無理にとは言わんが、クリスマス会にでも参加すれば良かったのに」
署内の有志が集って開いたクリスマス会には参加するように誘われてはいたが、何となく乗り気になれずに断っていた。
…もちろん、それ以外の理由があることは否めないが。
何かを言い掛けて口を閉じた一条を見てどう思ったのかは分からないが、同僚の刑事は彼の様子を見て苦笑を重ねた。
「ま、せっかくの祭りなんだ…自分の好きなように楽しまなきゃ損だろ?」
その内に冷やかしの声も止み…時計の短針が11を指す頃、一条はようやく机の上を片付け署を後にする。
眩しいイルミネーションに目を細めて、こんな時間にしては街を通る人が多いことに目を丸くしながらも何とか自分の部屋へと戻りついた。
冷えた部屋に入り明かりを点け、暖房を入れる。
外気とほぼ変わらない温度の部屋が次第に暖まっていく中で、一条は身を竦ませながら着替えを済ませ台所へと向かった。
朝食に使用した食器を片付け、さてどうするかと思案する。
夕食は軽く食べたが、これから来る人を迎えるには何か用意しておいた方がいいのだろうか。
…まあ、その人自身が気を利かせて何かを持ってくるという可能性が非常に高いことは認識してはいるのだけれど。
それでも黙って待っているだけというのは、何となく落ち着かなかった。
軽く眉間に皺を寄せながら、冷蔵庫を開けて…すぐに閉める。
残念ながら、自分でどうにか出来る類いの食材は入ってはいなかった。
仕方がないと小さくため息をついた丁度そのとき、軽やかな音を立てて来客を報せる音が鳴った。
心持ち頬が弛むのを自覚しながら、玄関へと向かう。
「…どちらさまですか」
それでもこんなときでさえ、ドア越しに確認をしてしまう自分の習性は変わらなかった。
「毎度さまです!ピザお届けにあがりましたー!」
板一枚向こうから、屈託の無い声があがる。
一条はそれに苦笑しながらも、すぐにドアを開けた。
「メリークリスマース!」
隙間から、ぱぁん、と軽い音を立ててクラッカーが割れて中身が飛び散る。
その声の主は赤に白の縁取りがされた…所謂サンタクロースの服装をしている雄介だった。
「…その服は?」
「あ、今の期間はこの服装で配達するんですよ。で、借りてもいいかって聞いたら、いいよって言ってもらったもので…つい」
あ、これおみやげです。
そう言われて手渡されたピザの箱はまだ暖かかった。
雄介がバイトをすると言い始めたのはここ数週間前で、それから彼はずっとピザチェーン店での宅配に精を出していた。
今日もそのバイトがあると言っていたが、まさかそんな服装で来られるとは思っても見ず…
クラッカーから飛び散った紙テープなどをかぶりながら、一条は苦笑を浮かべるしかなかった。
「ホワイトクリスマスでしたねー…もうバイクじゃ大変で大変で」
言われて見ると、衣裳の所々に雪が積もっている。
ピザの箱を置き、空いた手をのばして雪を払ってやると雄介は擽ったそうにされるがままになった。
その途中、ぶるっと身を震わせる。
「…冷えるな、入ろう」
一条が暖房の利いた室内に促そうとすると、腕を掴まれる。
服越しにもその手が冷えていることが伝わってきて、軽く眉を寄せた。
「その前に、良い子にはサンタクロースからプレゼントがあります」
「…『子』、な年では無いつもりなんだが…」
上から下まで、見事なまでのサンタ衣裳に身を包んだ雄介と玄関先で対峙しながら一条は首を傾げた。
「いーんです…良いことをしている人にはご褒美があると相場が決まってます」
「…そうか?」
「そうなんです」
釈然としないものを抱えながらも一条が首肯くと、サンタも満足気に首肯いた。
「じゃ、目を閉じて」
「……?」
言われたままに素直に一条が目を閉じると、冷えた空気と共にふわりと唇が重ねられた。
外気に晒されて少しかさつき冷えたそれが、暖を求めるように押しつけられる。
一条は応じて掴まれたままだった腕を軽く振って拘束を解くと、両手で雄介を抱き締めた。
冷えた生地に手を滑らせて、背中を暖めるように優しく掻き抱く。
しばらくして重なっていた唇を離すと、悪戯に成功したように微笑む雄介と目があった。
「…なあ」
「はい?」
何でしょう、と空惚ける雄介に苦笑しながら、一条は彼の手のひらに自分の手のひらを重ねた。
まだそれは冷えていたが…次第に温もりが増していく感覚が心地よかった。
「…これだけか?」
「……お任せします」
いそいそと靴を脱ぎながら楽しそうに笑う雄介を、一条は先立って部屋に迎え入れた。
二人は歩きながら会話を続ける。
「…ピザ、冷えちゃいますね」
「まあ…後で暖めればいいだろう」
「お腹ぺこぺこなんですけど」
「…すまないが、後にしてくれ」
「はあい」
雄介はくすくすと笑みをこぼして、後から一条に抱きついた。
「…ね」
「…何だ?」
「このまま?」
一条の目の前で赤い袖を振って見せると、彼は軽く目を瞬かせる。
そして何の衒いもなく、肩越しに雄介を見た。
「…そのつもりだったが?」
「ぅわ」
一瞬ことばにつまった雄介の腰をしっかりと抱き、一条は寝室のドアを開ける。
「じょ、冗談ですってばぁ」
「俺は、本気だったんだが…」
「借り物ですし、ほら」
「汚さなければいい」
「…こどもに夢を届けるサンタさんですよっ」
「…良い『子』にご褒美くれるんじゃなかったのか?」
「………もーっ!」
ぼす、と一条をベッドに突き飛ばすと、その勢いのまま雄介はその隣に腰掛けた。
「…サンタさん来ても気付かないで寝ていないと駄目なんです」
拗ねたような目で頬を膨らませ、一条を見下ろす。
「さっきはくれたじゃないか」
一条は起き上がると雄介の隣に腰掛け、疑問をぶつけた。
「だから…」
「…だから?」
首を傾げている一条を見て、仕方無さそうに雄介は破顔する。
「……も、好きにしちゃってください」
「…ああ」
そうさせてもらう、と呟いて、一条も笑みを浮かべた。
結局朝食になったピザは、予想以上に美味しかった。
fin.
………………
お、おしあわせに……!!!(全力疾走逃亡)
こ、こんな話にするつもりは無かった…のですが(汗)
久しぶりに書いたためか恐ろしいことになってしまいました…
…だって、書いているうちに、二人揃って、
「いちゃつかせろ」と無言の抗議を。(特にデカ)
すんませんすんませんすんませんすんませんんんん!(多方面に。特に一条さんに)
ちなみにピザサンタを見かけたときにこの話が出来ました。
街中を疾走するサンタが、とっても素敵だったんです。
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